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犬および猫の心膜疾患―病理と病態生理を中心に―

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解 説

犬および猫の心膜疾患

―病理と病態生理を中心に―

町田 登 東京農工大学大学院 農学研究院 動物生命科学部門 〒183‒8509 東京都府中市幸町3‒5‒8 犬および猫の心膜疾患は先天性のものと後天 性のものとに大別される。先天性の心膜疾患と しては腹膜心膜‒横隔膜ヘルニア(犬・猫),心 膜欠損(完全または部分的; 犬・猫),心膜嚢胞 (犬)などが挙げられるが,臨床の現場で遭遇す る機会はきわめて少ない。一方,後天性の心膜 疾患は他の心疾患あるいは全身性疾患の一分症 として生じ,明瞭な臨床徴候を発現しないこと も多い。それゆえ,とかく軽視されがちではあ るが,特に犬の場合には右心不全の原因の1つ として重要である。なお,本稿を記すに当たっ ては末尾に記載した6つの成書を参考にした。 心膜疾患,とりわけ後天性の心膜疾患に特徴 的な病態が心膜液貯留であり,その量が多けれ ば心タンポナーデが引き起こされる(図1)。 犬の心膜腔内に生理食塩水を注入して血行力 学的影響を調べた実験では,心膜腔容積が 100 ml(心 膜 腔 内 圧10 mmHg)に 達 し た 段 階で右心室に拡張期虚脱(=心タンポナーデ) が見られるようになる(Leimgruber, P. P. et al. (1983): , 68, 612‒620)。なお,心タ ンポナーデにつながる心膜液貯留量は心膜の伸 展性に依存するところが大きいが,一般に心膜 腔容積10∼15 mlでその弾性限界を超える。心 膜貯留液の性状は原因によって様々であるが, 漿液(=心膜水腫),血液(=心膜血腫),血様 液(=出血性心膜液貯留; このうちで原因不明 のものを 特発性出血性心膜液貯留 という) などからなる。 かなり古いデータではあるが,University of Minnesota Veterinary Medical Centerで の 1999年1月∼2001年12月の集計では,心膜液 貯留に起因する臨床徴候によって来院した犬は 87例で全体の0.43%に相当しており,平均年齢 は9.7(±2.2)歳,平均体重は31.2(±12.6)kg, 性比 は雄46: 雌41, 好発犬種はゴールデン・レト リーバー(87例中23例)であった。原因別内 図1 多量の心膜液貯留(PE)により心タンポナー デ症状を呈した犬(ブルドッグ/7歳/雄) の心エコー画像(右側傍胸骨短軸断面像乳 頭筋レベル) 収縮期(A)に拡張していた右心室(RV)は, 拡張期(B)には押しつぶされて虚脱状態に ある(LV, 左心室)。

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訳としては,心臓腫瘍に随伴するものがその大 半を占めており(血管肉腫53例,心底部腫瘍6 例,中皮腫4例),これに次ぐのが特発性出血 性心膜液貯留(20例)であった。 一方,猫についてみると,5,560例の剖検例 のうちで心膜液貯留がみられたものは57例(発 生率1%)であったとの報告がある。猫では肥 大型心筋症に伴ううっ血性心不全に起因するも のが多く,かつ液体貯留量も比較的少ないた め,臨床徴候(心タンポナーデ)を発現するに 至らない例がかなり多い。ちなみに,猫で心膜 液貯留をきたす他の疾患には腫瘍,猫伝染性腹 膜炎を含めた全身性感染症などがある。 以下に,臨床上特に重要な後天性の心膜疾患 について個々に概説する。なお,先天性の心膜 疾患についてはその概略を末尾に付記した。 1. 心膜水腫 心膜腔内には常時,琥珀色で透明な漿液(心 膜液)が少量(0.25±0.15 ml)貯留しており,心 拍動に伴って生じる心外膜と心膜の摩擦を軽減 する潤滑油の役割を果たしている。この心膜液 が増量した状態が心膜水腫であり,心筋組織か ら漏れ出た過剰な間質液の貯留に起因する (図2)。心膜水腫はうっ血性心不全を伴う各種 心疾患(特に拡張型心筋症),慢性消耗性疾患 や肝疾患に伴う低アルブミン血症,腎不全など の際に,全身性水腫の一分症として胸水症や腹 水症とともに生じる。心膜の先天性異常である 腹膜心膜‒横隔膜ヘルニアや,血管傷害を伴う 全身性感染症に随伴することもある。 一般に急性経過をとった心膜水腫の場合に は,心膜の表面は滑沢で,心膜液の貯留以外に 明らかな肉眼的異常は認められない。病態生理 学的には,心膜液増量に伴う心膜腔の内圧上昇 によって心室充満が障害され,1回拍出量およ び心拍出量が減少して心不全に陥る。特に心膜 液が急激に増加した場合には,犬で50∼100 ml のような比較的少ない量であっても重度の心タ ンポナーデ,低血圧,ショック状態が引き起こ され,さらには急死に至ることさえある。しか しながら,実際には心膜水腫によって急性心タ ンポナーデが惹起されることは少ない。一方, 慢性経過の心膜水腫では液体が徐々に貯留する ため,臨床症状も緩徐に表れる。そして,右室 拡張期圧の上昇に伴う静脈還流障害により静脈 系にうっ血が生じると,肝臓の腫大,腹水症, 胸水症,頸静脈怒張などの右心不全症状(うっ 血性心不全)を呈するようになる。慢性心タン ポナーデの際に右心機能障害が特に顕著に表れ る理由は,右室壁の厚さが左室壁に比べて薄い ため,右心室が心膜腔内圧上昇の影響をより受 けやすいことによる。剖検では,心膜は多量の 液体貯留によって著しく伸展し線維性に肥厚す るとともに,心外膜は絨毛状増殖により粗造化 する。 図2 慢性犬糸状虫症の犬(雑種/ 12歳/雄) にみられた心膜水腫 拡張した心膜腔内に麦わら色の漿液が多量 に貯留している。心膜は軽度に肥厚してい る。

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2. 心膜血腫 心膜腔内に血液(全血)が貯留した状態を心 膜血腫といい(図3A),犬では僧帽弁閉鎖不全 症や尿毒症性心内膜炎に伴う左房破裂に起因す る場合が多い(そのほとんどは前者による)(図 3B)。罹患動物はしばしば心タンポナーデによ り急死し,剖検で心膜腔内に貯留した多量の凝 固血液が見いだされる。急死に至らない例で は,一般に顕著な活力低下や虚脱など,急性の 心膜液貯留に一致した臨床徴候がみられるが, 来院時にはすでに症状が消失し,超音波検査に て心膜液貯留や心タンポナーデの所見が明確に 観察されないこともある。しかしながら,その 後再び出血をきたして急性経過で心不全死する 場合がほとんどであり,いずれにしても予後は 不良である。 3. 出血性心膜液貯留 心膜血腫に類似した疾患として,犬にしばし ば血様心膜液の貯留がみられる(図4A)。本疾 患は出血性心膜液貯留(hemorrhagic pericardi-al effusion)と呼ばれ,貯留液中に凝固血液が認 められないことから,心膜血腫とは一線を画す るものである。犬の出血性心膜液貯留例の多く は,心臓血管肉腫(そのほとんどは右心房もし くは右心耳原発),心底部腫瘍(その多くは大 動脈小体腫瘍,ときに異所性の甲状腺腫瘍また は上皮小体腫瘍)などの腫瘍性疾患に随伴して 生じる(図4B)。これらの腫瘍性病変が心臓・ 血管系に与える影響は,その大きさと発生部 位,滲出液の量などによって異なる。腫瘤が小 さくて滲出液の貯留がみられなければ臨床的に 問題はないが,大きな腫瘤の場合には心タンポ ナーデに加えて心臓や血管を圧迫して物理的な 影響を与える。腫瘤が大静脈を圧迫すると,静 脈還流障害の結果として,かかる領域にうっ 血・水腫が生じる。すなわち,前大静脈の圧迫 であれば頭・頸部および前肢のうっ血・水腫, 後大静脈の圧迫であれば腹腔内臓器のうっ血・ 水腫と腹水貯留がみられる。また,大動脈ある いは肺動脈が圧迫された場合には,駆出抵抗の 図3 重度の慢性僧帽弁逆流により左房破裂をき たした犬(雑種/ 12歳/雄)にみられた 心膜血腫 A: 心膜腔内には心臓の外形をかたどった 凝血塊が形成されている。B: 左房壁の一 部に亀裂(矢印)が生じており,その周囲 に心外膜下出血を伴っている(1目盛り= 1 mm)。 図4 右心房に血管肉腫を有する犬(雑種/9歳 /雌)にみられた出血性心膜液貯留 A: 心膜腔内には血様の心膜液が多量に貯 留している。なお,貯留液が凝固していな いことから心膜血腫(図3)とは明確に区 別される。B: 右房壁の外側前部に赤褐色 で比較的平坦な不整形病巣(矢印)が形成 されている(1目盛り=1 mm)。

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増大により左心肥大または右心肥大が生じる。 さらに心拍出量の低下を伴う場合には,運動耐 容能の低下,虚脱,失神などがみられることも ある。 4. 特発性出血性心膜液貯留 犬の特発性出血性心膜液貯留でも,前述した 出血性心膜液貯留と同様,血様心膜液の貯留が みられる(図5A)。本疾患は中年齢層の雌の ゴールデン・レトリーバー,グレート・デー ン,セント・バーナード,グレート・ピレニー ズなどに好発するが,もちろん他の品種の中型 ∼大型犬にもみられる。原因について明らかに されてはいないが,免疫介在性因子あるいはウ イルスの関与が示唆されている。心膜と心外膜 はいずれも厚さを増して透明感を失い(図 5B),組織学的に心膜内面の層板状線維性肥厚 とヘモジデリン沈着が認められる(図5C)。心 膜の炎症性変化は比較的軽微ではあるが,リン パ球・形質細胞を主体とした単核細胞浸潤が 細・小血管の周囲にみられることから,血管傷 害が本疾患の病理発生に密接にかかわっている 可能性が推察される。これらの特発性出血性心 膜液貯留例では滲出液の貯留が緩徐であるた め,臨床的には慢性心タンポナーデ(右心不 全)の病態を示す。 図5 原因不明の血様心膜液貯留(特発性出血性心膜液貯留)を繰り返した犬(ゴールデン・レトリーバー/7 歳/雄)より切除した心膜とその組織像。 A: 心膜穿刺により抜去した血様心膜液。B: 切除された心膜は種々の程度に厚さを増し透明感を欠いて いる(1目盛り=1 mm)。C: 顕著に肥厚した心膜は,組織学的に密実な線維組織が重積した構造を有し ている。すなわち,最下層をなす既存の心膜(a)の上に,本疾患の初発(b), 再発(c), 再々発(d)に起因する とみなされる境界明瞭な成熟瘢痕組織(線維層)が層板状に積み上がっており,最上層は幼若な肉芽組 織からなっている(マッソン・トリクローム染色×中拡大)。

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5. 心膜炎 心膜に炎症性変化がみられる症例のほとんど は,心外膜にも同様の炎症性機転を伴っている ことから,心膜の炎症と心外膜の炎症とを区別 せずに,一括して心膜炎と呼ぶのが一般的であ る。心膜炎はそれだけで単独に生じることは少 なく,ほとんどの場合は全身性感染症(敗血 症)の一分症として,あるいは心筋炎や胸膜炎 の合併症として発生する。原因疾患として犬で はレプトスピラ症,犬ジステンパー,レンサ球 菌感染症,コクシジオイデス症,結核症,アク チノミセス症,ノカルジア症など,猫では猫伝 染性腹膜炎,トキソプラズマ症,パスツレラ感 染症などが挙げられるが,感染性心膜炎の発生 は実際にそれほど多くはない。 心膜炎は,炎症性滲出物の性状によって漿液 線維素性ないし線維素性,化膿性,肉芽腫性な ど分類される。一般に,漿液線維素性ないし線 維素性の心膜炎では,漿液とともに滲出した線 維素が心膜の内側面と心外膜の表面に付着し, 線維素性の膜様物を形成する(図6A),このタ イプの心膜炎は,尿毒症,犬のレプトスピラ症 やレンサ球菌感染症,猫伝染性腹膜炎などの際 にみられる。なお,心臓全体に多量の線維素塊 が付着して心膜と心外膜とが膠着(線維素性癒 着)したところへさらに線維素が沈着すると, 心拍動によって心外膜が毛羽立ち絨毛状を呈す るようになる。こうした状態になった心臓を 絨毛心 と呼ぶ。 化膿菌感染に起因する心膜炎では,心膜腔内 に混濁したクリーム状の膿汁が貯留する。滲出 液の色は原因菌によって異なり(黄色∼緑色), 腐敗菌が感染した場合には汚穢・灰白色を呈す る。猫では胸腔内に形成された膿瘍の破裂や化 膿性胸膜炎(膿胸)が化膿性心膜炎に進展する ことがある。上述の漿液線維素性や線維素性の 心膜炎だけでなく,化膿性心膜炎もしばしば絨 毛心の形態を呈する(図6B)。 線維素性心膜炎,化膿性心膜炎ともに病原性 が非常に強い細菌の感染に起因するため,多く の例は敗血症により死亡する。もし長期にわ たって生存しえた場合には,心膜腔内の炎症性 滲出物は器質化され,心膜と心外膜とが線維性 に癒着する(癒着性心膜炎)。さらに重篤な例 では,増殖した線維性結合組織によって心膜腔 が完全に閉鎖されて心臓が十分に拡張できない 状態になり(収縮性心膜炎),拡張期における 心房・心室腔の血液充満が障害される。すなわ ち,本疾患の病態生理は前述の心膜水腫や心膜 血腫における心タンポナーデと概ね一致してお り,最終的にはうっ血性心不全に陥る。また, 図6 尿毒症の犬(ミニチュア・ダックスフンド /9歳/雄)にみられた漿液線維素性心膜 炎と膿性滲出液貯留を繰り返した犬(雑種 /18歳/雄)にみられた化膿性心膜炎 A: 漿液線維素性心膜炎では,漿液ととも に滲出した線維素が心膜(上側1/2)の内 側面と心外膜(下側1/2)の表面に付着し, 線維素性の膜様物を形成している。B: 化 膿性心膜炎では,膿性滲出物をまじえた多 量の線維素塊が心臓全体に付着し,肥厚し た心膜と心外膜がところどころで線維素性 に癒着している。なお,心外膜の表面は毛 羽立ち絨毛状を呈している(絨毛心)(1目 盛り=1 mm)。

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本疾患における炎症性機転は多くの場合,心外 膜に加えて心筋層内にも波及するため,心室収 縮性の低下も加わって病態はさらに悪化する。 しかしながら,実際のところ犬や猫における収 縮性心膜炎の発生はきわめてまれである。 一方,肉芽腫性心膜炎は結核症に代表される が,最近ではほとんどみられなくなっている。 結核性心膜炎は多量の漿液線維素性滲出物の心 膜腔内貯留を特徴とし,心膜は肉芽組織の形成 により肥厚して赤色・ビロード状を呈する。ま た,犬のコクシジオイデス症でも,リンパ球, 形質細胞,マクロファージなどの集簇からなる 肉芽腫性炎が観察される。 参考1)腹膜心膜‒横隔膜ヘルニア 先天性の心膜疾患の中で最も多くみられるの が腹膜心膜‒横隔膜ヘルニアである。交通事故 などの外傷によって後天性に生じることもある が,その発生頻度はきわめて低い。本疾患で は,横隔膜の欠損孔を介して腹腔と心膜腔とが 連絡しているため,腹腔内臓器が心膜腔内に入 り込む。嵌入する臓器ならびにその程度は欠損 孔の大きさによって異なるが,肝臓および胆嚢 の脱出が最も多く,そのほかに脾臓,胃,小 腸,腸間膜なども入り込むことがある。臨床的 に症状をまったく示さない場合もあるが,一般 にはヘルニアに付随した症状,すなわち呼吸器 症状として呼吸困難,発咳など,消化器症状と して嘔吐,下痢,食欲低下などがみられる。 参考2)心膜欠損 先天性の心膜欠損はきわめてまれな疾患であ る。心膜の完全欠損も報告されてはいるが,ほ とんどは左心側に生じる円形∼卵円形の部分的 欠損である。明らかな臨床症状を示さないこと が多いため,治療対象となることは少なく,他 の疾患によって死亡した際に偶発的に見いださ れる場合がほとんどである。しかしながら,心 臓の一部あるいは全体が心膜外に突出・脱出し ているのが,心陰影の異常像としてX線検査 で認められることもある。 文   献

1) Kienle RD: Pericardial disease and cardiac neo-plasia. In: Small Animal Cardiovascular Medi-cine. Kittleson MD, Kienle RD eds. pp. 413‒432, Mosby, St. Louis, 1998.

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