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微生物生態と分子生物の接点 : 環境適応を中心に

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(1)

著者

東北大学遺伝生態研究センター

雑誌名

IGEシリーズ

14

ページ

1-112

発行年

1991-10

URL

http://hdl.handle.net/10097/49100

(2)

□◎匿シ・J-ス可4***

微生物生態と分子生物の接点

一環境適応を中心に-東北大学遺伝生態研究センター

(3)

地球上の環境は,今,かってない大きな問題に当

面しております。世界各地で進行している生態系の

急速な変化のなかには,人間生活に深刻な影響をも

たらす可能性のあるものが,多数含まれています。一

方,人間の活動が宇宙空間へと拡がるにつれ,地球

外生態系の構築が,新しい課題として登場しつつあ

ります。生態系の崩壊を防ぎ,より豊かな環境を創

造するための科学的努力が,今日ほど強く求められ

ている時はありません。

本研究センターは, DNA分子技術を中心に遺伝

子的段階にまで到達した生物研究の諸成果を生か

し,生態系における生物の生活を一層深く解明し,節

たな人間環境の創造に貢献することを目指しており

ます。いうまでもなく,この課題はきわめて学際的

であり,多分野の研究者との相互交流と協力によっ

て,はじめて達成されるものであります。本研究セ

ンターでは,ワークショップによる研究者間の討論

と意見交換を重視するとともに,その成果をより多

くの方々にご利用いただく出版活動にとり組んでお

り ます。ここに発刊しますIGE(Institute of Genetic Ecologyの略)シリーズも,こうした努力

(4)

の一環であります。

本シリーズの内容は,多岐にわたる可能性をもっ

ておりますが, 3つのタイプに大きく類別されるだ ろうと考えております。すなわち, (i)特定のテー マ,又はトピックについての解明に関するもの(* 印を付します), (ii)特定のテーマ又はトピックに

関する最新の文献,実験法の紹介に重点をおくもの

(**印),そして(iii)新しい可能性を求める学際的 交流,対話を試みるもの(***印)であります。 このIGEシリーズが,多方面の方々のお役に少し でも立つことを願って,発刊の辞とします。 1989年3月

東北大学遺伝生態研究センター

(5)

はじめに 服部 勉 第1部 E氏よりM氏へ 鹿野秀一 川端善一郎 石田祐三郎・吉永郁生 第2部 M氏よりE氏へ 吉川 寛 細菌の染色体複製の調節機構:普遍性と 3 9 5 1 9 7 1 2 2 3 中田篤男 大腸菌のリン酸欠乏に対する適応応答 --- 65 水野 猛 大腸菌における外界浸答圧応答の分子機構 - 75 小林泰夫 枯草菌の胞子形成 -その開始機構を中心に--・-・・・----・ 89 第3郡 Yさんへ  服部 勉 105

(6)

はじめに

服 部   勉* 私どもの研究センターが, 「遺伝生態」という新し

い研究分野の開拓をめざして発足して, 4年目を迎

えます。分子生物学の目覚ましい発展によって生ま

れる新しい可能性を充分生かして,生態系における

生物種の研究の飛躍的展開を実現させるために貢献

することが,私どもの目標であります。今回のワー

ク・ショップは,微生物生態分野でこの目標を追求

しようとするものであります。

微生物生態学と分子生物学との間には,現在大き

な溝があり,この溝を埋める努力なしに,前進する

ことは困難であります。この溝には,二つの側面が-あるといえます。第一に,今日の分子生物学,とく

にそのDNA遺伝子に関する知識は,大腸菌,枯草菌

など少数の細菌において著しく豊かになっています

が,土壌や海洋などにすむ多数の細菌は,殆んど手

付かずの状態であることです。大変なギャップがあ

るわけです。第二の側面は,微生物生態研究の現状

が,定性的・概念的段階にあるということです。こ

うした困難の背後にもっと深刻な問題が秘められて

いるように思われます。それは,こうした溝が形成

された歴史的経過とその今日への影響の問題であり

'東北大'芋遺伝生態研究センター

(7)

ます。つまり,学問の流れ,研究者の考え方,世代

から世代へと受け継がれ,強化されたり変形された

りしてきた考え方・研究に対する態度,さらには他

の社会生活とくに産業とそれに携わる人々との共通

観念など,さまざまな影響が強固に存在していると

みられます。

いずれにせよ,こうした異質の性格を形成してし

まった両分野の接点を求めて,ワーク・ショップご

参加の方々に大変な知的な労働をお願いいたしまし

た。本シリーズには,皆さんに手紙風の原稿をお願

いし,新しい接点の探求の促進を試みました。この

書の第一部は, E氏(微生物生態研究者)からM氏

-.(分子生物研究者)への手紙であります。各E氏には, ワーク・ショップ前(第1信)と後(第2信)の2通 の手紙を書いて頂きました。もっとも,この趣旨を 生かす立場で,ワーク・ショップ終了後,二つの手 紙とも手を入れなおされるケースもありました。第 二部は, M氏からE氏への手紙で,当日お話下さっ

た研究のお話を手紙風にまとめて頂きました。第三

部は,微生物生態学と分子生物学の間の溝について

の,若干の解明,問題提起であります。

この書が,研究者のみなさんの中に,活発な討論

を引き起こす契機にでもなればと念ずる次第です。

1991年 盛夏

(8)
(9)
(10)

鹿 野 秀 一*

第1倍

最近の分子生物学の進歩,特にDNAを解析したり操作する技術 の進歩には目を見張るものがあります。このような進歩は微生物の 研究に利用されていくことは間違いないでしょうが, 2,3どのよう に考えたら良いか迷っていることがあります。 ある微生物個体群は周りの状況によって細々と生存していても, いったん好条件になると急激に増殖し多数の個体からなる個体群を 形成することが考えられます。特にバクテリアでは,時には108/ml といった大きな個体群に発達し,そこでは様々なタイプのミュータ ントが出現することが期待できます。このような微生物個体群に自 然淘汰が働いた時,その結果遺伝子頻度がどのように変るか,また は変らないかが問題になります。そしてこれらの変化の様式は個体 群の置かれている環境によって異なると考えられます。 Wrightは, ある個体群では遺伝子構成(genetic composition)に対応して適応 度が決り,その個体群の遺伝子構成は適応度が増す方向に変化し,過 応度のピークに達すると,そこでストップすると言っています。そ

のような曲線はadaptive topographyとかadaptive landscapeと 呼ばれ,その環境に特有なもので,もし環境が変化するとそのよう なadaptivetopographyむ変化し,あるピークに留まっていた遺伝 子構成も新しい地形にそって変化し別のピークに移ると考えられて います。 ここで興味の対象になるのは次の2点があげられます。 1.環境が生物の形質をどのように変化させるか?自然淘汰 '東北大学稗学部

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はどのように遺伝子頻度を変化させるか? 2・生物の形質に変化があったのは,遺伝子変異の間にどのよ うな淘汰の差があったためか? 1番目は自然淘汰の結果であり, 2番目は自然淘汰の機構(原因) は何かということです。自然淘汰の結果については多く研究がなさ れていますが, 2番目の問題はまだあまり多くは研究されていませ ん。 これらの考え方の中で生態学では環境適応の原因を考えるには, いろいろな遺伝的変異が起きることを前提として,表現型間の淘汰 の差を問題にしていると言えるでしょう。これに対して分子生物や 遺伝学で良く研究されている特定の遺伝子を考えたとき,ある環境 でのその遺伝子を持つ個体群が増加し定着できるか,消失するか(例 えば組換え体の運命)が問題になると思いますが,遺伝子の持つ機 能が分かっていても,多面発現効果などによってそれがストレート にセレクトされるかどうかはわからないことが多いと考えられま す。 次に微生物の環境適応についての実験的研究について触れたと思 います。 環境適応の問題を実験的に解析する場合,世代時間の短いバクテ リアを用いることにより,試験管やフラスコで109-1010といった多 数の個体を扱え,短期間で数百世代を経過したストレインを得るこ とができ,それらのストレインと元株の間の相対的な適応度を評価 すること(competitionexperiments)も可能である利点があります。 バクテリアを用いた実験系として連続培養がポピュラーですが,比 較的簡便で最近多く便われだした方法にserial transfer法があり

ますo serial transfer法は培養液の小量を新しい培地に移植し一定

期間培養した後,またその一部を更に新しい培地に移植する操作を 繰り返し,それによって比較的短期間で数百世代経過したバクテリ

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鹿野 秀一  5 これらの方法によってバクテリアの形質が環境によって様々に変 化する実験例がいくつかあります。たとえば,不安定で低密度に抑 えられた環境と安定した生育場所で飽和密度が維持された環境での 自然淘汰をロジステイク曲線のr, kにちなんでr-selection, k -selectionと呼ばれていますが,これをそれぞれ密度非依存的,密度 依存的状態でserial transferを行った結果のストレインの増殖率 と環境収容力を調べたLuckinbillの実験や温度への適応や増殖条 件への適応をE. coliを使って行ったLenskiらの研究などがあり ます。 また環境適応には,無機的環境だけでなく他種との競争や捕食者 の影響を受けて変化することが考えられます。例えば強い捕食下に ある被食者は捕食から逃れるような形態や能力を獲得する形質の変 化が生じることが期待されます。 そのような見方から私たちは,バクテリア,原生動物,ワムシ,水 生ミミズ,クロレラ,ランソウを構成種とするミクロコズムより単

離した4種のバクテリア(Pseudomonas sp., Bacillus sp., a cor-yneform-type bacterium, Gram negative rod [Eと呼ぶ])を用い

て,種間競争ある条件や捕食者のいる条件で, serial transferを行 うことによって,比較的短期間で数百世代経過したバクテリアを得 て,それらの性質を調べていますので次に紹介します。 1.競争関係 単独培養でserial transferを行うと増殖率の上昇したストレイ ンが出現しましたが,種間競争のある2者混合培養系から得たスト レインの増殖率は変化が机)かまたは低下しました。この現象は増 殖率の上昇する見返りに種間競争力が低下することやその道の関係 があること(trade-off)を示唆し,その妥当性をコンピュータ・シ ミュレーションによって検討しました(1)。 2.捕食・披食関係 マイクロコズムより単離し,無菌化した原生動物(Cyclidiumsp.) を捕食者とする特定のバクテリアと原生動物の被食・捕食系を作成

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し,この培養系をserialtransferを行ったところ,バクテリアEの 個体群中に混じって長い細胞のストレイン(TypeL)が60-80世代 後に出現しましまが,バクテリアE単独のserialtransferでは, 200 世代過ぎてもこのような形態変化は現れませんでした。このType Lは細胞の長さを長くすることによって原生動物による捕食が減少 し,捕食に対する抵抗性が増加しましたが,一方捕食がない場合に は元株に比べ適応度が低下していましたi:2)。 このようにバクテリアの環境適応の現象とその原因となる形質間 の適応度の違いを探っていますが,分子生物学や遺伝学からみると 形質の変化を起こしたストレインはどこの遺伝子や遺伝子群が変化 したのかが問題になるでしょう。しかLE.coliのように良く研究さ れたバクテリアでは細胞の長さが長くなるenvAlocusが知られて い鼓すが,ここで用いたミクロコズムのバクテリアより出現した type Lのような遺伝的バックグランドが全く研究されていない微 生物ですと,観察される現象とそれに関わる遺伝子の間のギャップ はまだ大きいと思います。 少し消極的な手紙になってしまいましたが,技術の進歩は想像以 上でしょうし,それに伴って全く新しい発想が生まれることを期待 しています。 参考文献

(1) Kurihara, Y., S. Shikano, and M. Toda. 1990. Trade-off between

interspecifiC competitive ability and growth rate in bacteria. Ecology 71 : 645-650.

(2) Shikano, S., LS.Luckinbill, and Y.Kurihara. 1990. Changes of

traits in a bacterial population associated with protozoal

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鹿野 秀 一  7

第2信

この3日間のワークショップとそれに続くシンポジウムに参加す るまで,分子生物学では遺伝子クローニングや塩基配列の決定など の技術の発達は目を見張るものがあるだろうと漠然とは感じてはい ましたが,このシンポシウムで遺伝子発現調節に関して具体的の研 究をお話していただき,複数の遺伝子が巧みに働くシステムに驚く と同時に,この分野が飛躍的に発展し続けていることを知ることが できました。 シンポジウムの4人の先生の講演に続く質疑応答中で興味深く感 じたことがありました。それは大腸菌にはおよそ3,000の遺伝子が 存在することについて,これを"3,000もの遺伝子"と見るか,それ とも"たった3,000の遺伝子"と考えるかということでした。前者は 主に微生物生態関係の人々の感想で, 3,000という遺伝子は非常に 多くて,ほんとうにその機能が分かるのだろうか,また複数の遺伝 子が相互作用をしている場合遺伝子の組み合わせを考えると, ・その 数は膨大なものになるのではないかという疑問でした。これに対す る分子生物の先生方の答は,3,000という数は有限なものであり,近 い将来大腸菌では全ての遺伝子が解明されるでしょうし, "3,000も の遺伝子"と考えるよりは"たった3,000の遺伝子"と考えていい のではないかというものでした。 これについて私は相反するような2つの感想を持ちました。ひと つは分子生物学では遺伝子発現のモデルシステムとして大腸菌や枯 草菌を扱っているのに対して,生態学で微生物を考えるとその多様 性が問題となり,大腸菌や枯草菌の環境適応の機構がどこまで適用 できるのか,結局"3,000の遺伝子"×"多様性"と膨大な数になって しまわないかということです。 しかしその一万で自分のテーマを考えると,生態系のモデルであ る混合培養系より単離したバクテリアを用いて種間関係と微生物の

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形質の変化について研究していますので,材料のバクテリアは一種 のモデル生物として扱っていることになります。モデル生物として バクテリアを考えた場合には,大腸菌を用いた方が遺伝的な解析の ためには有利であり,進化の実験的研究にも多くの研究者によって 使われていますが,大腸菌の遺伝子の数は"たった3,000"という見 方をすること自体が新しい発想をもたらすのに大切でないかという ことです。まだ漠然とした感想ですが今後よく考えていきたいと思 います。 草 々

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川 端 善一郎*

第1信

拝  啓 私が初めてワトソン・クリックのDNA二垂ら旋構造モデルを 知ったのは,このモデルが発表されてから十数年後でしたが,あま りにも合理的な美しさに新鮮な深い感動をうけたことを今でもはっ きりと覚えています。さらにDNAが生命活動の秩序の根元的情報 源となっていることを知りこの感動は何倍にも増幅されました。こ の感動は今でも私の研究テーマの中で共和音になったり,不共和音 になったりして生き続けています。こんな時,いまここに,分子生 物学の最先端の研究に携わっているMさんと話が出来ることを大 変光栄に思います。 生態学が従来から主に取り扱ってきた生物の環境適応は,環境変 化と個体や個体群の維持・増加機構の対応関係を明らかにすること であったと思います。これらの対応関係はさらに掘り下げられ個体 や個体群の生理特性の変化によって説明されてきました。つまり環 境変化-生理・生態特性の変化-生物間,非生物間との相互作用-個体群の維持・増加-環境変化という一連の動的構造を明らかにす ることであったし,今でもこれは重要な課題で有り続けています。生 物の表現型を問題にしているわけです。最近私は,環境変化-生理・ 生態特性の変化過程の中身を遺伝子のダイナミックスを通して説明 することに興味をもっています。遺伝子型と表現型の関係を問題に したいと思っています。つまり環境変化-感知(場合によってはゲ ノタイプの変化)-遺伝子発現-生理関連物質-生理・生態特性の変 ■愛媛大学農学部

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化という一連の変化過程を環境適応過程に組み込んでみようという わけです。 こうしてみると,生物が環境適応を成し遂げるまでの過程で考察 しなければならない項目がずいぶん増えてしまいました。研究意欲 が吹き飛ばされそうです。しかし,一連の反応系を,環境変化-遺 伝子発現-生理・生態特性の変化という程度の比較的単純な過程と して捉えることが出来れば研究の意欲較持続できそうです。そこで ある環境下で遺伝子発現機構の中の何に注目すれば,どの様な遺伝 子に注目すれば,どの様な物質に注目すれば-う垂の遺伝子発現過程 のモデルになるのかが問題になると思います。生物が異なっても遺 伝子発現機構の共通な概念は存在するのかどうかです。例えば Bacillusの芽胞形成におけるシグマ国子は示唆に富む物質だと思い ます。シグマ因子のかかわる様々な環境変化一遺伝子発現系が存在す れば,これらの系を「シグマ因子を介在にした環境適応」として整 理することが出来ます。環境適応の型の類型化という考え方ができ るのでしょうか? Mさん,これをどの様にお考えですか? 適応の起点になる環境変化の実態は,環境適応まで結び付く環境 変化に限定したとしても質,壷とも実に様々です。さらにその組合 せや順序,頻度まで考慮したら膨大な環境変化の情報になると思い ます。有限な数の構造遺伝子の制限内で,ある環境変化とそれを感 知する遺伝子(群)とには一対一の対応が成り立つのか,それとも 環境変化の質は問わず大ざっばに環境変化があったことを知る遺伝 子群-物質系があり,次に具体的な環境変化の質等を区別できる遺 伝子祥-物質系があるといった具合いに,段階的に環境変化の実態 を検索できる制御系が存在するのかいなか興味ある点です。具体的 例を示していただければ有難く思います。 上の段落で述べたことに関連するかも知れませんが,複数の環境 要因に目を向けてみます。個体の遺伝子発現の多様性をもってして も環境変化の多様性に対応できない場合,個体群として多様性をも つことが種を維持して行くためには重要だと思われます。同一種内

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川端善一郎 11 でも各個体間で遺伝子の変異があることが環境適応にとっての手段 になると思います。個体群サイズが大きけれぽこの手段はなおさら 強力になります。つまり個体群における遺伝子変異の多様性が環境 適応を可能にするのではないかと想像できます。種の潜在的環境適 応度なる指標を個体群の遺伝的多型の度合で評価出来ないもので しょうか?潜在的環境適応度の高い個体群からなる群集は安定性 があると共にその中に進化の推進力も内包しているのではないで しょうか?このような考え方の具体的な事例を示して,さらに概 念的に整理をしていただけないでしょうか 一つの環境変化,たとえばある一種の基質濃度が低くなるような 変化でも,生態系の中ではこれがきっかけになって様々な相互作用 が起き,結果的には新しい環境ができることになります。個体また は個体群はこの新しい環境に適応し,新たなこ1.ソチェを獲得し,は じめて存続が可能になるとも考えられます。このような場合,最初 の一つの環境変化を感知した細胞が相互作用の結果最終的にできる 新しいニッチェを知ることができるとは考えられません。そこで,一 連の環境変化過程の一部分を感知して,それに適応するための生理 機能が発現するある個体群が存在し,これが次の環境変化を引き起 こし,引きつづいてこれに適応するある他の個体群が存在するとい うように,多種多様な適応細胞群がすでに環境中に存在していて,そ のどれかがたまたま新しいニッチェを獲得すると考えられないで しょうか? 環境変化の速度と適応の速度との関係はどのようになっているの でしょうか?例えば水温が上昇し,これに適応するために一一一連の 変化が起こったとします。一連の変化が終了する前に水温がまた変 化したとします。この場合,最初の水温変化に適応するための一連 の変化は途中で休止してしまうのでしょうか?短時間で絶え間な く変化する環境にその都度適応のための反応がおこっていたら細胞 にとっては多大な仕事をしなければなりません。また途中まで起 こった適応のための変化が新しい環境変化に対する一連の新たな適

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応過程にどの様な影響があると考えられるのでしょうか? 環境適応の型には主にこっがあると思います。一つは,個体また は個体群がいままで属していた無機環境や群集との関係を断ち切る 場合で,渦鞭毛藻のシストなどの耐久細胞が例に挙げられると思い ますo他の一つは,エれレギ-や物質を効率よく取り入れるように 生理特性を変化させ,あくまでも回りの環境や群集との係わりの中 で生命活動を維持する場合で,藻類など/の増殖不適環境下の生理特 性の変化か挙げられると思います。この二つの環境適応の型の遺伝 的仕組みを比較したとき,どの様な遺伝子発現機構が相違点と類似 点としてあげられるの下しょうか?これを知ることによって,生 活史の進化や群集の動態が遺伝子発現機構の形成にどの様な影響を 及ぼし合っているかの手がかりが得られるかも知れません。 ここで書いたことは無知による想像が多いかも知れません。観念 的で具体的でないかも知れません。後でMさんの具体的事例や意見 を参考にさせていただきながらゲノタイプとフェノタイプの関連性 を生物群集の中で捉える努力をしたいと思っています。今日の問い かけはウォーミングアップとお考え下さい。返事を楽しみにしてお ります。       敬 具 追  伸 私にMさんを紹介してくださったHさんに最近お逢いしました か?あの方は創造的で夢のある問題を相手かまわず投げかけてき て,凡人の想像力をかき立ててくれますが,難問が多く当惑してい ます。 Hさんはすでに具体的実験に基づいた解をいくつか持ってい るに違いありません。近い内にHさんと話をして,きょうの私の問 題提起や関心事をもう一一一度練り直してみます。その後改めてまた辛 紙を書きたいと思います。

(20)

川端善一郎 13

第2信

拝  啓 Mさんの講演を聞いたあと, 「モデル生物とモデル生物群集」につ いて考えて見ました。講演の感想も含め,ここに手紙を書きます。 これほど多くのノートをとったシンポジウムも私にとってはめず らしいことでした。講演の内容は,生態学を専攻する私にとっては 研究手法も用語も馴染みの少ない,遺伝子発現にかかわる生化学反 応の一連の過程でありましたので,研究内容の理解を深めるために は,その場でノートにできるだけ要点を記録し,反復確認すること が最も有益な方法でした。このようなやり方で分子生物学者の紹介 した最先端の研究成果はお話としては理解できましたが,ノートの あちこちに同じメモがありました。それは「細胞外の環境変化を感 知する分子機構はなにか」であります。例えば栄養塩濃度低下を感 知するspoOXやシグマA,浸透圧の変化を感知するEnvZ,リン濃 度低下を感知するphoR,などのセンサー蛋白がいくつも見つかっ ているということでしたが,私にはそれらの蛋白がどの様にして環 境変化のシグナルを感受するのかが興味ある点でした。この点は分 子生物学でも未解決の問題だそうですが,リン酸化されたセンサー 蛋白の量を測定して,微生物の生存にとっての環境変化を定立した り,生物群集の適応度を定量化するというようなことが坦来ないだ ろうかなどと想像してみまーした。 環境変化に対する遺伝子群の発現機構の解析には徹底して「モデ ル生物」,ここでは大腸菌と枯草菌が使われていました。これらの細 菌は生命活動するために最小限必要な要素のみを残したシステムで あり,遺伝子解析の進んだ生物であるからでしょう。実験に使われ ている株と野生株の遺伝子組成や細胞の生理特性が違っても,当面 これを問題にしないわけです。何を知りたいかがあって,材料に何

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を選ぶかが決まります。大腸菌についていえば約3,000の遺伝子が あるといいます。全ての遺伝子がわかり,遺伝子発現の組合せがわ かればすべての環境変化に対する適応機構は理解できるはずだとい います。実に明快な考え方だと思いました。この「モデル生物」を 積極的に微生物生態学の研究対象として生かす方法はないでしょう か。生物群集の要素を遺伝子群まで還元すれば,遺伝子の発現が細 胞の生理特性を決め,その結果生物の相互作用に影響を与え,これ がさらに新たな環境をつくり,これが再び新たな遺伝子の発現を引 き起こすという情報の流れの環が出来ます。 「モデル生物」を構成生 物とするこの情報の流れの環をもつ「モデル生物群集」を作ること が出来れば,これを研究対象として生物群集の相互作用が遺伝子発 現に与える影響がわかるかも知れないと思いました。 Mさんの具体的実験例や解析の方法やさらには自然観までお聞 きできて大変感銘を受けました。この明快な解にたどり着くまで,の べ何人の人がのべ何時間位研究に費やしたのでしょうか?分子生 物学と生態学の接点の研究に日本ではのべ何人のひとがのべ何時間 位費やしたのでしょうか?このシンポジウムをきっかけに研究の 環を是非つくりたいものです。これからも宜しくおねがいいたしま す。 敬  負

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石田祐三郎,吉永 郁生*

第1信

前  略 海洋微生物の環境に対する生存戦略を遺伝子発現機構のレベルで 解析を行うことは我々にとってきわめて興味深く,また避けては通 れない問題であると考えています。 海洋環境は温度,圧力,そして"有機物濃度"などの面で陸上の環 境とは大きく異なり,環境に対する微生物集団の適応機構にも新し い知見が得られることが期待されます。 従来から,生育環境の変動に対して種々の遺伝子情報が発現する までの制御機構については,主に大腸菌が材料として用いられてい ますが,それらの知見は海洋微生物生態学の研究者に充分に理解さ れ,評価されているとは思われません。そうかといって海洋の微生 物について行われた例は,皆無であります。その大きな理由として は,外洋域などの低濃度有機物(低栄養)環境において優占してお り生態学上重要な役割を果たしていると思われる微生物集団が,実 験室レベルで常用されている培養条件ではほとんど増殖することが できないため,いろいろな意味でunculturableであるからだと考え られます。そこで今回はこのような海洋環境特有の現象の中で従属 栄養海洋細菌に関連するい/(つかの問題点についてご意見を伺おう と思っております。 1.海洋細菌は飢餓状態か低栄養増殖か? 現在,海洋微生物の分野では,外洋の低栄養環境における主な細 '京都大学農学部

(23)

菌の生存戦略として飢餓状態なのか低栄養増殖状態なのかが問題と なっています。いく人かの研究者は浮遊細菌は懸濁物や植物プラン クトンの近傍にパッチ的に生じる高有機物環境でのみ増殖し,それ 以外の時は増殖しない飢餓状態にあると考えております。多くの浮 遊細菌が寒天平坂上(高濃度有機物を含み,気一国界面という環境) で増殖することができない理由も飢餓生残の過程で増殖能を失った からではないか(injuredcell)と推定しています。事実,寒天平抜 から分離された多くの海洋細菌がまったく有機物を添加しない人工 海水中で長期間生残することが知られており,その際飢餓環境で生 合成されるいくつかのタンパク質(starvationinducedprotein)の 存在も確認されています。我々の研究室で外洋から分離し保存され ている海洋細菌Vibrio sp.も人工海水中で長期間生残し,その"飢 餓2週間経過した細菌細胞"は"高濃度有機物培地で増殖している 細菌細胞"のそれにはみられないタンパク質をペリプラズム空間に いくつか保持していました。両者の間にはアミノ酸の取り込み能な どの面でも違いがみられ,おそらく飢餓環境で誘導される遺伝子が 有機物の取り込み系に関与している可能性が示唆されました。 しかし我々は,"準栄養環境下で希薄な有機基質を効率よく利用し てゆっくりと増殖をしている状態(oligotrophic growing)"の海洋 性低栄養細菌が低栄養環境に最も適応している状態なのではないか と考えています。上記の海洋細菌は海水程度の有機物しか含んでい ない低濃度有機物培地(0.2 mgC/1)でも増殖可能な海洋性通性低栄 養細菌であり,またこの時の細菌細胞は高分子合成活性や基質の利 用能などの面で"高濃度有機物培地で増殖している細菌細胞"とも, "飢餓生残の状態の細菌細胞"とも異なる性質を持っている事が明 らかになりました。 そこでまず,海水中の浮遊細菌が飢餓生残状態であるのか否かを

starvation induced proteinをマーカーとして明らかにできないも

のかと考えております。 starvationinducedproteinのなかには,熱

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石田祐三郎,吉永 郁生 17 ショック誘導タンパク質を指標として個々の細菌がストレスを受け ているのかどうかを判定できないだろうかとも考えています。さら に"飢餓細菌細胞"と"低栄養殖状態と細菌細胞"との相違をこのよ うなタンパク質,そしてできればDNAの面から明確にできないか と考えています。ご意見をお聞かせください。また,熱ショックタ ンパク質は多くの生物間できわめて良く似ているとの事。もしこれ が事実ならば細菌群集の多様性という問題をこえて環境中の個々の 細菌の生理的状態をモニターすることはできないでしょうか。 2. "偏性"低栄養細菌の特殊な増殖特性にかかわる問題 (1)低濃度有機物液体培地(0.2mgC/1)でのみ増殖可能で,通常 の高濃度有機物培地(約2,000mgC/1)では増殖が認められない一群 の偏性低栄養細菌obligate oligotrophが外洋低栄養海域において 優占していること,また単離したこの細菌が実験室内でも同様の増 殖特性を示すことを明らかにしました。海洋細菌の多くがuncultur-ableである理由についても,多くが偏性低栄養細菌であるからでは ないかということも考えられます。では高濃度の有機物環境がどの ような機構で細菌の増殖を阻害するのでしょうか。大腸菌でよく研 究されているカタボライトリプレッションや緊縮制御機構のような 遺伝子制御系がこのような現象にかかわっていると思われますが。 (2)偏性低栄養細菌は最も細胞収量がよい状態であっても,約107 cells/ml以上の細菌密度にはなりません。この細菌密度は海水中の 細菌数の上限と奇しくも一致しており,きわめて興味深い問題の-っです。海洋環境における細菌数の最大値は一般に栄養の枯渇と従 属栄養鞭毛虫の捕食などが考えられますが,それ以外の要因として まだ知られない未知の制御機構が関与しているのかもしれません? (3)大腸菌での研究から外挿して,低栄養環境下の細菌が"利用基 質の特異性が低い"という特徴を持つのではないかと考えられてい ますが,実際に偏性低栄養細菌を用いた実験ではむしろ"利用基質 に対する特異性が高い"という結果が得られています。このことか

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ら有機物環境への適応の場合,大腸菌の遺伝子制御機構が一般化さ れないこともあるのではないかとも思いますが。 (4)我々は低濃度 有機物液体培地を用いて通常の寒天培地では検知できない上記のよ うな細菌を捉えることに成功しました。しかし多くの場合それらの 細菌は何代か継代培養する間に増殖能を失ってしまいます。このよ うに自然環境から分離した微生物が継代培養に耐えられないという 現象はどのように考えればよいのでしょえか。 3.麻痔性貝毒(PSP)原因渦鞭毛藻Alexandrium属のPSP起 源について 内湾に6月頃出現し,麻痔性貝毒を引き起こすAlemndrium tamarenseや, A. catenelhzは雌雄異株で有性生殖を行い,休眠性接 合子(シスト)を形成します。低温休眠の後,シストは発芽し,減 数分裂後, (+)株と(-)株の栄養細胞となります。この栄養細胞 をそれぞれ無菌・クローン株として分離し,培養すると,株間につ ぎのような差異がみられます。 (1)雌雄の接合率は,同一シスト由 来の株間でも10%程度で,他株間でさらに低くなる。 (2)各株の生 産する麻痔性貝毒PSP (低分子物質であるサキシトキシンやゴニオ トキシンー多くの誘導体がある)は,毒性がそれぞれ異なり,その違 いは同一シスト由来の株間に比べて異なるシストの株間の方が大き い。毒組成も異なる。このようなことから, PSPの起源が細胞内共 生細菌(?)に由来するなどという説もあります。 そこで, PSPの起源が染色体DNA由来か,葉緑体・ミトコンド リアDNA由来かその他の外部因子かを探るため,異なる毒組成の (+)株と(-)株を接合させ,得た雌雄Flの2株の毒組成を調べた ところ,親株の毒組成がFl株に1:1で伝わるメンデル則に従うこ とから, PSP生合成系(生合成系は不明)が染色体DNAに由来す ると推定しました。しかしながら,まだ不明確の点が多く,たとえ ば,なぜ同一湾内に分布する多くのシストから得た栄養細胞の毒性 や毒組成が異なるのか。なぜ同じ毒成分が本属のみならず

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石田祐三郎,吉永 郁生19

pyrodinium bahamenseやGymnodinium catenatumなどの渦鞭毛

藻にも見出され,ラン藻のAz)hanizomenonjlos-aqueにも,さらに 一部の細菌にも存在するのかわかりません。私は, PSP生合成系に 関わるDNAが未知の外来性の小さなDNAキャリアーに由来し, それが染色体DNAにトランスポゾンのような形で組み込まれたの ではないかと漠然と考えているのですが,いかがでしょう。 草  々

第2信

今回のワークショップとシンポジウムにおい七我々の提出した疑 問・質問に直接答えをいただけなかったのは当然であるが,反面,鷲 念にも思っています。それは我々の研究が個体の域を出ていないこ とにも起因しているでしょう。とはいえ,今回海洋微生物生態学の 研究に遺伝子レベルにおける制御機構をも考慮した志向が大切であ り,また,感覚的にも分子が身近なものになり,近い将来,我々の 分野においてもこのようなアプローチが可能であることを認識出来 たことは有意義でした。 また,我々微生物生態学者が1つのエコシステム全体を把握する ことが困難であるが故にエコシステムの一部に限って研究するよう に,分子生物学者もE. coli細胞のある特定の制御機構の解明を目ざ さざるを得ないという共通性に一種の安堵を憶えました。 草  々

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(28)

松 山 東 平*

第1信

私は,ヒトに感染する微生物を主な研究対象としております。Sal-monella anatum, Bordelella pertussis, Bacteroides fragilis, Seryla/ia

marcescensなどが,特に扱った細菌です。医学そして生態学の視点 からの界面微生物学を仕事としていますが,気になること不思議に 思うことで,そのままになっているものが多々あります。御専門と される分野に関連しているものもあるかと思いますので,このワー クショップを好機とし,掘り起こしてみました。ご検討頂けたら幸 甚です。 1.変わりやすさについて S. marcescensは, prodigiosin産生により赤いコロニーを作るの で有名ですが,培養を繰り返したり,凍結保存菌を起こしたりする と白色コロニーが高頻度で出てまいります。 Beijerinckの昔から注 目されている変異ですが,この生理的意義,変化の機構などいまだ 未解明のままです。私が気になるのは,この変異がコロニーを一一一見 してわかる赤-白の変化なので容易に気づかれただけで,見過ごさ れている目立たない変異が細菌一般でかなりあるのではということ です。純培養法を確立したKochに始まる病原微生物学は,菌種菌株 の特性の恒常性を強調し発展を確かなものにしました。しかし,時 代が変わり日和見感染症が医療の日常で問題となっている今日で は,細菌の変異性が注目されるのは当然かと思っております。例え ば,緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)による慢性気道感染症(特 に, cysticfibrosisで好発する)では,感染菌がalginatecapsuleを ●新潟大学医学部

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有するムコイド型にゆっくりと変異し抗生剤が作用しにくい難治性 の予後になるので問題となっています。また,このムコイド型はin vitro培養で,速やかにノンムコイド型に戻る性質があり,ムコイド 型を維持するのに特別な培地(5% glycerol加MacConkey agar)で 植継ぎをしなければなりません。環境変化の内容や将来性を細菌が 認知し変異するのに,ゆっくりと様子をみながらのタイプと,蹟槽 しないタイプものがあるように思えますoy 次に気になるのは,そのような変異が,特定の条件(ムコイド化 は,気道粘膜で多発し他臓器での感染や自然環境では殆どみられま せん)で好発するのですが,その条件が多彩なことです。ケモスタ トでの実験では,遅い増殖速度(dilutionrate),高濃度NaCl, phos-phatelimitationなどでムコイド化(全部ではなく一部が)します。 一万,変異の誘因が多彩であるばかりではなく,多様な変異が同時 に出現する例が多々あります。 S. marcescensが白色集落型に変異 する場合, prodigiosin産生だけではなく,全く異質の物質である界 面活性脂質serrawettinの産生もなくなります。百日咳菌(B. I)er-lussis)では,病原性のI相菌が非病原性のIII相菌へと継代培養や 感染中途で変異(phasevariation)することが知られています。こ の例でも,潜血素,赤血球凝集素,百口咳毒素といった数種の物質 の産生が平行してなくなります。環境の変化に対応して一括変異す る特別の機構があるよう思えてなりません。上記と同じ変化が可逆 的に惹起可能であることも興味深いです。即ち, S. marcescensで は, 30oC培養で, prodigiosinやserrawettinの産生が盛んですが, 37oC培養では両物質が殆ど産生されません。 B. pertussisでは,

antigenic modulationと呼ばれている現象があり, 37oC培養や

NaCl培地では,溶血素などの諸物質が認められるのに28oC培養や MgSO。培地では認められなくなります。環境温度や培地組成と いった異質のシグナルがどう感知され7-15回ほどの細胞分裂を経

てphasevariationと同じ内容の変化に至るのか。また,ヒトの気道

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松山 東平 23 とって,それが生理的にどう大事なのか。判らないことだらけです。 細菌がハブロイドであることは,サルモネラ鞭毛の相変異で調べ られているようなpseud0-mutationalな適応を容易にしていると 思われます。自然界の細菌は,様々に厳しい環境に対応しつつ生き 延びているようで,その秘めた能力を実験室での通常の培養法,培 養期間では,発揮していない気がしております。私は,細菌の環境 適応機構として, transcriptionレベル以上の対応による一時的なも

のの他に, invertible elementなどによるvariation typeのものが

かなりあるのではと考えています。 2.細菌集団としての外界適応 私は,固形培地上で細菌を長期間増殖させると, Salmonelkl tjやhimuriumなどで,コロニーの2次元の拡がり方がフラクタル成 長になることを兄い出しました。即ち,細菌集団(図1)が自己相似 性のパターンを形成し極度に長い成長線で外界に接しています。 個々の菌に注目したとき周囲の込み具合が同じ程度になる配置で集 団が成長しており,界面環境での乏しい栄養分拡散に集団で対応し た生育の仕方と思われます。細菌はこういった環境適応能力を遺伝 的に獲得しているのでしょうか。グラム陽性球菌であるMic710COC-cus luteusでは,同じように長期間培養しても,小さな円盤状のコロ ニーが出来るだけでコロニーは広がらず,また,コロニー中央部の 菌が密な部位からは,生菌が回収出来ませんo Serylatia属の細菌は, フラクタル成長を速やかに行う菌であり,私が最初にフラクタルに 注目したのもこの菌によってですが,コロニーのフラクタル成長が 殆どみられない変異株を得ることが出来ます。調べてみると,これ は前述した界面活性脂質を産生しない菌でした。界面での菌の動き に関係する要因として,菌自体の運動,増殖圧,各種の分子間力な どがありますが, serrawettinなどによる界面張力の軽減は菌の自 由度を増し,フラクタル成長を促進したと考えられます。フラクタ ルは,気管枝や血管,木の枝や根の分枝の仕方と,生物界至るとこ

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1      10      100 p

図1細菌集落にみるフラクタルo A. Salmonelkl anatum KS 200

をVogel Bonner最小栄養寒天培地(寒天1.4%,グルコース 0.4%)中央に点接種し, 4週間, 37oCで培養したもの。 B.上 図をボックスカウンテイング法によりlog-logプロットし, 一定ピクセル範囲内でのフラクタル性を確認,フラクタル次 元(Df)を出したもの.p.ピクセルスケールo N.ボックス 数。

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松山 東平 25 ろに認められます。これが,環境との効率良い接触交流を約束する ものなら,その特異性に富むパターン形成に与る生物学的プロセス があっても不思議ではないのでないでしょうか。 SalmonelhZは界面 活性物質を特に産生しませんが,フラクタルコロニーを形成し,突 然変異によりその能力を欠落したり回復したりします。この場合ど のような因子が関与しているのか未解明ですが,生物でのフラクタ ル形成を遺伝的に解析する最も単純な実験系になるのではと考えて います。 文  献

1. Terry, J.M. et al. Environmental conditions which in臥IenCe

mucoid conversion in Pseudomonas aenLglnOSa PAOl. Infect.

Immun, 59. 47ト477, 1991.

2. Beattie, D.T. el al. Evidence that modulation requlreS Sequences

downstream of the promoters of two uir-repressed genes of

BoTdelella Perlussis. J. Bacteriol. 172, 6997-7004, 1990.

3, Matsuyama, T. el al. Extracellular vesicle formation and biosur-factant production by Ser71atia marcescens. J.Gen. Microbiol・ 132,

865-872, 1986.

4. Matsuyama, T. et al. Surface-active novel glycolipid and linked

3-hydroxy fatty acids produced by Ser71atia rubidaea. J Bacteriol・

172, 3015-3022, 1990.

5, Matsuyama, T. et al. Fractal spreading growth of Ser71atia mar-cescens which produces surface active exolipids. FEMS

Mi-crobiol. Lett. 61, 243-246, 1989.

6. Mandelbrot, B. B. The fractal geometry of nature. W.

H.Free-man & Co. New York, 1983.

7. Matsuyama, T. et al・ ,Cultivation of &JCleroidesJ771gilis l'n tissue culture, J. Infect. Dis, 145, 859-862, 1982,

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第2信

ワークショップそしてシンポジウムと,細菌の環境適応機構を分 子レベルで解明されたお仕事,お話いただき有難うございました。明 快さのなかから新たな謎が提示される,そういったサイエンスの魅 力を感じた思いです。微生物生態に興味をもち調べているものとし て,現在思い至る点をいくつか連記してみました。 1.科学の対象には,細部をみることで物が見えて来るものと,細 部をいくらみても何も見えて来ないものがあると言われています。 後者の端的な例が,フラクタルであり,これまでは取り付きようが ないとされていた自然界の風景的諸現象(雲,山,木の形や,時系 列的なパターン変化など)が,科学の対象とされ始めています。ワー クショップでは,生物の細部を分子レベルで調べると,視界が開け る特異点があり,物が見えて来る例をいくつもみせて戴きました。

Two-component regulatory systemにみられるアミノ酸配列特異

性やその組み合わせP普遍性,またOriC DNA構造の特異的motif は,生物の特異機能を記述する語法文法などの解明がいかに重要で あるかを明示していました。現象を帰納法的に解析するのが生物学 のこれまでのあり方でしたが,特異な分子構造の解析により明らか される法則性に論拠を置いた生物学が急速に発展しつつあるようで す。想定する機能物質が水不溶性や極微壷性で扱いかねるまま,堰 幅可能な核酸の解読から科学することの危うさは,実際にやってら れる万々がよく口にされますが,将来性豊かであることは否定のし ょうがないと思います。私は,フラクタルを考慮しての視点から生 物界を見つめ,固有の法則性を見出せないか模索していますが,な ぜフラクタルになるのかのメカニズムの解明という点では,どうし ても解析的になってしまいます。細菌集落のフラクタル成長は,細 菌本来の増殖特性と外界の環境要因に大きく左右されますが,どの

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松山 東平 27 ような生物学的素過程が関与しているのかはよく判っていません。 まずは,mutantをたくさん取ることにより始めてますが,環境適応 についての分子生物学的知見そして方法論をどう役立てるかはこれ からの課題であり期待しつつ仕事を進めております。 2.私は,上述のように微生物集団の環境適応機構に興味をもっ ています。当然のことですが,集団は単なる塊ではなくヘテロであ り成長死滅する構造を持ち,環境もまた動的構造よりなると考えて います。分子生物学が明らかしてくれた微生物の適応の明快なしく みを,何かカオス的な微生物集団や環境のあり方と対応させるのに は低抗を感じています。環境そのもの集団そのものの構造を的確に とらえる研究を相応に発展させなければと痛感いたしました。分子 生物学で詳細に解析されている微生物の特性を利用すると,環境構 造の解析に役立てられる可能性は色々あるのでは考えております。 以前,私は動物細胞表面の酸素分圧が低く嫌気的微環境であること を示しましたが,偏性嫌気性菌が気道粘膜上で増殖する不思議を調 べての結論でした。また,病原微生物のビルレンス因子の解析が√宿 主環境の特異な動的構造の解明に役立っている例は数多いと思いま す。 3.ワークショップで示して戴いた細菌による環境応答の精妙さ は,逆にその脆弱さ変わりやすさを暗示している気がします。単細 胞生物ではその変異は実害少なくむしろ進化に好都合で,一層の精 妙化そして多様化を深めたのでは思われます。多細胞生物では変異 細胞が体内に居すわる虞れがありますが, 2倍体体制によってその 変わりやすさを発展させると共に管理しているのでしょう。単一コ ロニー分離で純培養菌を使い再現性を大事にする実験が医学や分子 生物学では主流ですが,微生物生態学では,菌種名ひとつ出てこな い研究もあります。ヘテロで変わりやすい細菌集団を在りのままに 調べるのに,分子生物学的アプローチがどの程度適用可能なので

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しょうか。核酸ハイブリダイゼ-ションなどテクこクの多くが分子 レベルの特異性に支えられ,変化や異端には弱いだけに,容易なこ とではないと思います。科学に潜む規律と多様性のデイコトミイが ここでも表出しているようです。 4.細菌やウイルスのゲノムが解読されそのストラテジィの見事 さが判るにつれ, 「自然は我々よりも想像力に富む」という科学者達 の言い伝えが確かなものに感じられます。これを踏まえたうえで気 になるのは,微生物が時に示すマイナスの性状です。浸透圧変化に は巧妙に対応する大腸菌が, pH変化には殆ど無低抗なのはどうし てでしょうか。多様な生物全体の進化の過程で,相互に弱点を維持 することが大事だったのでしょうか。環境適応の欠損部分を調べる ことも,微生物生態をトータルに把握するうえで大切ではと考えて います。 草  々

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南 沢   究*

第1信

前  略 このような手紙を書くのは初めてなので若干当惑しております。 私は,微生物生態関係のメンバーとして今回この企画に参加して おりますが,私自身は植物栄養・肥料学の出身です。最初は,ダイ ズと根粒菌の共生窒素固定を窒素固定効率の面から調べる仕事をし ておりましたが,最近は,研究の内容がダイズ根粒菌の遺伝や生態 にシフトしてきました。その中で,分子生物学と微生物生態学の境 界領域は非常に興味深い分野であると考えるようになりました。し かし,私は微生物学や微生物生態学の訓練や指導はほとんど受けて おらず,微生物生態関係のメンバーといってもそのバックグランド はあまり持っていません。まして,分子生物学については断片的な 知識しか持ち合わせていません。そこでまず,私が自分の研究をど のように進め,どのように感じてきたかをご紹介し,その中からM さんに対する要望・質問を考えたいと思います。 4年くらい前のことですが,ダイズ根粒菌の共生窒素固定に関わ る性質を種々の菌株を用いて調べていたところ,どうも既存のダイ ズ根粒菌は窒素固定効率を上昇させるヒドロゲナ-ゼ活性を示すグ ループと植物毒であるT)ゾビトキシンを生産するグループに分かれ るらしいことに気づきました。これは面白いと考え,ダイズ根粒菌 の系統分類を扱った論文を探してみたところ,「既存のダイズ根粒菌 は2-3の系統から成る」という文献が二つ見つかりました。一つは 全DNAのDNA-DNA交雑によるもので,もう一つはゲノム上に ●茨城大学農学部

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存在しているmf遺伝子内外の塩基置換に基づくものでした。後者 の方法でなんとか実験を組んでみたいと思い,いろいろな方に聞き まわった末,クローン化されたダイズ根粒菌mf遺伝子を手に入れ ることができ,また,DNAハイブリダイゼ-ションの方法も教えて 頂けました。 供試菌のmf遺伝子内外の塩基置換(mf遺伝子のRFLP)を調べ たところ,予想通りでありましたomf遺伝子によって分けられたダ ィズ根粒菌のグループは,ヒドロゲナ-ゼ活性を示すグループとリ ゾビトキシンを生産するグループに一致しておりましたoさらに,ヒ ドロゲナ-ゼをコードしているhup遺伝子を用いた同様の実験に ょって, hup遺伝子はリゾビトキシンを生産するグループには存在 しないことも分かりました。ここで行った実験は,分子生物学にお いては初歩的なものですが,私の研究の流れから提起された問題に 対・して極めて明快な回答を与えましたo今までデータの再現性や唆 昧さに悩まされてきた私にとって分子生物学的な手法の切れ味のよ さは非常に魅力的に感じましたoまた,近年の分子進化学の発展に 裏付けられて,得られた結果を生物進化との関連で考察することが 可能になってきていることも大きな魅力でありました。 圃場レベルでは,たとえ窒素固定能の高い作物生産にとって優良 な根粒菌を接種しても,土着菌の方が括抗力が高く,接種菌の根粒 形成率が低いという現象がしばしば認められます。その原因の解明 のために,免疫学的手法や抗生物質耐性といった方法で,接種菌の 追跡や土着菌の生態が調べられてきましたが,もっと優れた分子生 物学的な手法がないかと考えていましたoある日, 「ダイズ根粒菌の ゲノム上には原核生物の挿入配列と同様の構造的特徴を持った数種 類の反復配列が存在し,これを菌株同定の手段としても利用できる かもしれない」という報告を読んで,これだと思いとびつきました。 幸い,その反復配列のうち2種類が,当初手に入れた乃If遺伝子の クローンの上流に含まれており,すぐにプローブとして用いること ができました。その反復配列が,通常の植え継ぎや共生によって変

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南沢  究 31 化しない安定なものであることを確認したのちに, 1種類の土壌中 に生息しているダイズ根粒菌単離株を調べてみました。 68個の根粒 から単離されたダイズ根粒菌は, 48種類の異なった反復配列のパ ターンを示しました.試験管の純粋培養菌ならばどうやっても1種 類のパターンしか示さないのに,たった数グラムの土壌中に少しず つ異なった48種類ゲノムDNAを持ったダイズ根粒菌が生息して いたのです。供試菌株数を増やしていけば,さらに多くのパターン が観察されるものと考えられました。さらに驚いたことは,一部の 単離株のゲノムDNA中に異常に多くの反復配列が見出されたこと でした。これらの結果の評価と考察はまだ不十分ですが,感度のよ いゲノムレベルの識別を行なうと,土壌中のダイズ根粒菌は私達の 想像以上に多様性に富んでおり,また,ここで調べた反復配列はや はり「動く遺伝子」といわれる挿入配列(IS)ではないかと考えら れました。 このようなダイズ根粒菌の研究の中から,私は分子生物学と微生 物生態学の境界領域に興味を持ってきたわけです。そして,このよ うな境界領域を,今回のテーマになっている「微生物の環境適応に 関する遺伝子群の解明」も含めて発展させるには何が必要かを私な りに考えてみました。 1)分子生物学が明らかにした(微)生物学 現在の分子生物学は,大腸菌や枯草菌などのある特定の生物を対 象とし,ある特定の生物現象を支配している遺伝子の同定とその発 現のメカニズムを明らかにすることが目標であり,それらは最終的 にDNAの塩基配列として記述されます。科学の分析と総合という 二分的な考え方を当てはめますと,文字どおり「徹底的な分析」に なります。しかし,分子生物学は,この特定の対象と事象の徹底的 な分析の中から,逆に,生物に共通した一般的総合的な法則を明ら かにしつつあると思われます。遺伝子の実体が相補的な二重ら旋構 造をもったDNAであることや,使用されているコドンが生物界で

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ほぼ共通であるということはその範噂にはいると思います。また,分 子生物学は,私達の生物に対する概念を何度も大きく変えてきたよ うに思います。例えば,今まで安定であると考えられてきた染色体 DNAは,実はダイナミックな存在であることが最近分かってきて います。これに関連した私の関心のある項目を羅列すれば,生物の 系統進化を明らかにする分子進化学の確立・低分子シグナル物質を 介した遺伝子発現調節機構・ゲノムの再編成による遺伝子の発現調 節・トラシスポゾンや挿入配列の役割や意義・細胞分化とゲノムの 再編成などが思い浮かびます。しかし,これらの項目についての私 の知識は恐らく断片的で不正確であり,その全体像や相互関係が見 えません。私達が分子生物学の最新の成果をそれなりに吸収するこ とは,分子生物学と微生物生態学の境界領域で仕事をする上でおお いに役立つと思います。そこでMさんへのお願いですが,分子生物 学で明らかになった生物学・微生物学の基本概念・最新の成果を微 生物生態学の分野・その他の分野の研究者にわかりやすく解説して 頂きたいのです。場合によっては,概念やエッセンスだけでもよい と思います。お願いするからには,私達も努力しなければならない と思います。 2)環境について 生態学は環境と生物の相互作用を扱う字間であります。ここでい う環境は,その生物を取り巻く無機的な環境のみではありません。生 物自身もひとつの環境と考えられます。例えば,土壌では多くの生 物間で相互作用が起こっていますし,腸内細菌は宿主の腸内が一つ の環境であり,共生状態の根粒菌は宿主植物が環境となっています。 自然生態系で,生物はこのような複雑な無機的・生物的環境におか れています。 このような環境との相互作用をどのように扱うかという点につい て,今までは, Mさんと私達は全く異なったアプローチをしてきま したo Mさんは,対象をクローン化された特定の生物に限定するだ

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南沢  究 33 けでなく,実験系を徹底的に単純化しようとします。一方,私達は, 自然生態系の複雑な無機的・生物的環境をできるだけ保ったまま調 べようとします。微生物生態学者の中に, Mさんや生化学者がよく 行なう実験系の単純化を嫌う傾向があります。それは,自然生態系 から取り出された培養された微生物はもとの微生物と異なっている 可能性があり,また,自然生態系から取り出すことのできない微生 物も多数存在するというのがその理由であります。そこで考えたい ことは,分子生物学的な手法を用いて,自然生態系もしくはそれに 近い状態におかれている特定の微生物あるいは微生物群の環境との 相互作用を調べられないかということです。分子生物学の成果や切 れ味のよい分子生物学的手法を用いればできるような気がします が, Mさんどうでしょう。 3)種および種内の多様性について 自然生態系では,多様な種が存在しているだけでなく,同じ種内 でもある幅の変異が集積しています。このような多様性は種の保存 や自然生態系の安定性に貢献していると考えられます。先ほどのダ イズ根粒菌の例では,たった数グラムの土壌に,ゲノム構造の少し ずつ異なった48種類以上のダイズ根粒菌が生息していることにな ります。しかし,ダイズ根粒菌の分子生物学の研究では,世界中の 研究者がUSDAllO株という特定の菌株を対象としています。これ は,大腸菌の特定の菌株が分子生物学の研究でよく用いられている のに似ていますo このような多様な菌株の集団を対象とする際, -っの菌株が終わったから次の菌株に移るという方法は,その数から いって不可能であると思います。そこで,お聞きしたいのですが,M さんは種および種内の多様性についてどのように考え,どのような アプローチが可能であるか教えて頂ければ幸いです。 4)分子生物学的手法について 分子生物学と微生物生態学の環境領域の仕事をするためには,私

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達は自分の課題・問題意識を明確にした上で,実験計画として具体 化しなければなりません。その際,どのような分子生物学的手法が あるのか,その手法の利点や限界を知っておくことは非常に大切で あると思います。最近,遺伝子増幅PCR法が注目されており,考古 学・法医学・遺伝病の診断などの広い分野で利用されつつあり,恐 らく,私達の分野でも活用できるのではないかと考えています。し かし, PCR法の利点や限界,またそのバl)エーションが具体的にわ からないことが,利用を妨げているように思えます。そこで, Mさ んにまたまたお願いですが,分子生物学と微生物生態学の境界領域 の仕事をするためには,PCR法も含めましてどのような分子生物学 的な手法のメニューがあるのでしょうか,教えて頂けたら幸いです。 質問や要望ばかりで申し訳ありませんが,宜しくお願い致します。 草  々

第2信

前  略 わかりやすく話して頂いた為もあって, Mさんのお話は自体は, 非常に面白くまた勉強になりました。しかし,微生物生態学と分f 生物学との接点に関する討論になると,正直言いまして何か暗い気 持ちになり,今まで自分が考えてきたことに対して自信がなくなっ てきました。シンポジウムの時は,何故そういう混沌とした感じを 抱いたのか自分でもよくわからなかったのですが,少し時間をおい て考えてみると,その原因は「立場」にあるように思えてきました。 Mさんのお話を聞いている時と微生物生態学のことを考える時 の「立場」や出発点があまりにもかけ離れており,どちらの立場に

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南沢  究 35 も立ちきれない私にとって,分子生物学の「立場」と微生物生態学 の「立場」と往復しているうちに頭が混乱してくる-こんな状態 であったと分析しております。どちらの立場にも立ちきれない原因 の一つは私の不勉強にあるのですが,分子生物学話を聞いている時 は「大腸菌や枯草菌以外の細菌ではどうなんだろう?」と考えてしま い,微生物生態学の話を聞いている時は「その研究目的や課題の絞 り込み」などに疑問を感じてしまいました。 このように分極化した二つの微生物芋にどのような接点を兄いだ すことができるのかについて,私は一応二つのイメージをもってい ます。分子生物学的にアプローチしやすく絞り込まれた微生物生態 学の研究課題はMさん(分子生物学者)主導型で進む場合が多いと 思われます。例えば,根粒菌の分野では, 「宿主植物根の分泌する各 種のフラボノイドが根粒菌の根粒形成遺伝子(nod遺伝子)の発現 を促し,宿主特異性を決定している。」というシナリオが,海外の分 子生物学者主導の下で短期間に書かれてしまいました。一方,分子 生物学的なアプローチにあまり適さない生態学的な課題は,各種の 手法を用いつつも,やはり微生物生態学者中心に時間をかけて進む ものと思われます。Mさんを紹介してくださったHさんは,シンポ ジウムの挨拶で,両者の接点のあり方の可能性として, 「折衷型」 ・ 「相互浸透型」 ・ 「中間テーマの設定」 ・ 「運待ち型」と面白い分類をし ておられましたが,実際は限られた課題について「相互浸透型」 ・ 「運 待ち型」で進んでゆくのではないかと思います。私も,自分の研究 の「立場」をもう一度見つめ直しながら, 「MolecularEcology」に 挑戦してみようと考えておりますので,ご指導のほど宜しくお願い します。 草  〟

(43)
(44)

木 村 異 人*

第1倍

その後お変わりございませんでしょうか。 さて, 「微生物の環境適応に関する遺伝子群の解明」を微生物生態学 の視点,特に私の長らく対象としてきました土壌微生物芋の立場か ら考えますとき,まず「微生物環境としての土壌」に対する認識が 必要と考えます。私は この土壌という環境がそこに生育する微生物にとって 極めて変化に富んだ不均一な場である一方,他の水圏や 気圏にくらべその棲息場所としては安定な環境である と考えております。また,土壌中には多数の異なる微生物が生育し その括抗関係が複雑な場でもあります。まず2, 3の例から微生物に とっての土壌環境の特徴を述べさせていただきます。 土壌への有用微生物接種の失敗の歴史: これまで農業生産の増大を目的として,窒素固定菌やリン酸溶解 菌などの有用微生物が土壌に添加され,添加にともなう作物生産の 増大が試みられてきました。しかし歴史の示すところは, Azotobacterやリン溶解菌では多くの場合添加効果が認められな かったり,再現性の無い6'のでした。これは,両微生物の生育の場 が土壌中であり,一種類の微生物にとってこの土壌環境はあまりに も不均一・多様で各micro-siteで他の括抗する微生物をしのぎ,倭 勢に増殖することが不可能なためと考えられています。他方,殺菌 した後に同様にこれら微生物を添加した場合にはいずれの土壌にお *名古屋大学農学部

参照

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