不法残留罪に関する一考察
清水晴生
一 一一 三 四 考察の端緒 在留特別許可 実行行為 入国管理の適正のための不安定さの低減考察の端緒
平成一五年一二月三日、第一小法廷︵裁判長裁判官横尾和子他四名︶が弁護側上告を棄却した。争点は、不法残 留を理由に退去強制令書の発付を受けた被告人が、自費出国の許可を得て、その後同許可の際指定された出国予定時ま での間、身柄を仮放免されて本邦に滞在していた行為についてまで、出入国管理及び難民認定法七〇条一項五号の不法 残留罪が成立するかというものであった。 積極に解した原審、原々審を受け、第一小法廷もまた全員一致の意見で、﹁原判決は、結論において正当というべきである﹂とした。その理由のすべては次のとおりである。いわく、﹁自費出国の許可及び仮放免は、在留期間を更新し たり、新たな滞在の権利を付与したりするような法的効果を伴うものではなく、被退去強制者の出国の自由を拘束する ものでもないから、出国待機期問中の滞在についても不法残留罪の成立は否定されないと解するのが相当である﹂。 だとすれば仮放免とは何なのか。目の前でまさに行われようとしている犯罪︵本罪は判例上継続犯と解されている︶ に、︵弁護人が言うように︶同じ入管法に基づいてお墨付きを与えておいて、それを処罰するというのである。これは 最高裁判所が語る道理として、はたしてありうるものなのか。 弁護人は上告趣意の中で述べている。﹁収容中の場合犯罪は不成立という前提であったとすれば、仮放免という制度 そのものが積極的に不法残留罪という犯罪を新たに生み出すものと解さざるを得ず、そのような解釈が到底合理的かつ 妥当なものとは言えないことは、素人でもわかる道理である﹂と。 このような道理を、五人の最高裁判事の一人もわからなかったとすれば驚きというほかないが、そんなことはなかろ う。むしろ第一小法廷は決定の中で語ることをせず、このような内容の決定を出すことによって語ったのだといわざる をえない。
二在留特別許可
ところで、東京地裁平成一五年九月一九日判決︵判例時報一八三六号四六頁︶ は 、具体的事案における立法事実の顕現を慎重に見定めている。オーバーステイの原告ら家族の現状とそれまでの経過、完全に日本の習慣になじんでいる長 女の、イランに帰国した場合の負担・不利益、一〇年近くも本国を離れていた原告らが、失業率の高い状態が続く本国 に帰国した場合に予想される生活の困難さ、他方で、彼らを退去強制させた場合に得られる利益の抽象性や僅少さ。 東京地裁民事第三部は、まず﹁判断のあり方﹂を明らかにしている。即ち、﹁主任審査官の裁量の適否は、要すると ころ、当該外国人が在留特別許可を与えるべき者に該当するか否かについての判断を誤ったと評価し得るか否かにかか るところ、その判断自体にも裁量が認められるべきものであるから、裁判所としては、主任審査官の上記の点について の判断は裁量権の逸脱濫用があったか否か、すなわち、原告らにつき在留特別許可を与えるべき者に該当するか否かの 判断に当たり、当然に重視すべき事項を不当に軽視し、又は、本来重視すべきでない事項を不当に重視することにより、 その判断が左右されたものと認められるか否かという観点から審査を行い、これが肯定される場合には本件各退令発付 処分を取り消すべきものとするのが相当である。そして、主任審査官が本件各退令発付処分に当たり、いかなる事項を 重視すべきであり、いかなる事項を重視すべきでないかについては、本来法の趣旨に基づいて決すべきものであるが、 外国人に有利に考慮すべき事項について、実務上、明示的又は黙示的に基準が設けられ、それに基づく運用がされてい るときは、平等原則の要請からして、特段の事情がない限り、その基準を無視することは許されないのであり、当該基 準において当然考慮すべきものとされている事情を考慮せずにされた処分については、特段の事情がない限り、本来重 視すべき事項を不当に軽視したものと評価せざるを得ない。被告らは、この点について、裁量権の本質が実務によって 変更されるものではなく、原則として、当不当の問題が生ずるにすぎないと主張し、過去の裁判例にもこれを一般論と して説示するものが少なくないが︵例えば、最高裁大法廷判決昭和五三年一〇月四日民集三二巻七号二一三一頁︶、こ
のような考え方は、行政裁量一般を規制する平等原則を無視するものであって採用できない﹂。 このように述べた上で、裁量権の逸脱濫用の有無に関して、︵1︶長期間平穏に在留している事実の評価、︵2︶本国 に帰国した場合の原告らの生活、︵3︶帰国による原告長女及び次女への影響、︵4︶比例原則違反、の各点について詳
パイロ
細に論じている。 ︵1︶長期間平穏かつ公然と在留を継続し、既に善良な一市民として生活の基盤を築いているという事実の評価に関し ては、原告らが有利に考慮すべき重要な事実と指摘したのに対して、被告らは長期問不法在留を継続した点において不 利益な事実と主張した︵したがって、﹁このことからすると、本件各処分は、上記事実を原告らに不利益な事実と評価 してされたものと認めざるを得ない﹂︶。 民事第三部の判断は、畢寛、行政の二枚舌を厳しく批判するものとなった。即ち、民事第三部は、衆議院法務委員会 での当時の法務省入国管理局長や法務大臣による、居住歴や家族状況、子供が学齢に達したとか自主申告などの諸点に 関して人道的配慮を重視するといった答弁を挙げ、また同旨の運用があることを明記している法務省告示の内容も示し た上で、次のように述べた。 ﹁これらによると、上記のように適法な在留資格を持たない外国人が長期間平穏かつ公然と我が国に在留し、その間 に素行に問題なくすでに善良な一市民として生活の基盤を築いていることが、当該外国人に在留特別許可を与える方向 に考慮すべき第一の事由であることは、本件処分時までに黙示的にせよ実務上確立した基準であったと認められるので あり、本件処分は、これを無視したばかりか、むしろ逆の結論を導く事由として考慮しているのであって、そのような取扱いを正当化する特段の事情も見当たらず、しかも、それが原告らに最も有利な事由と考えられるのであるから、 然考慮すべき事由を考慮しなかったことにより、その判断が左右されたものと認めざるを得ない﹂。 当 ︵2︶本国に帰国した場合の原告らの生活に関しても、次のように述べている。﹁被告らは、原告夫及び原告妻の親兄 弟が本国イランに在住していること、及び原告夫名義の自宅を本国において購入していることの二点を根拠として原告 らが本国に帰国しても生活に支障はないと主張している。 しかし、原告夫及び原告妻の親兄弟の職業や収入状況等は明らかでなく、帰国した原告らにどの程度援助をし得るか も明らかではない。また、自宅が存在することから当面居住する場所を確保し得ると被告らは判断したと思われるが、 原告らが収入を得る途については何ら考慮が払われておらず、原告らが特段の技能を有するものでもなく、原告夫が本 件処分時三七才であり、一〇年近くも本国を離れていたこと、本国においては失業率が高い状態が続いていることから すると、むしろ、原告らが本国に帰国した場合には、その生活には相当な困難が生ずると予測するのが通常人の常識に かなうものと認められる。そうすると、被告らの上記指摘は、十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件 処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い﹂。 ︵3︶帰国による原告長女及び次女への影響について、被告らが、﹁原告子らが未だ可塑性に富む年代であることを根 拠に両親とともに帰国することがその福祉又は最善の利益に適う﹂と主張したことに対しても、それがいかに安易かつ 非常識なものであるかを厳しく述べた上で斥けている。
﹁しかし、被告らの上記主張の根拠は極めて抽象的なもので、我が国で幼少から過ごした原告子らが、言語、風俗及 び習慣を全く異にするイランに帰国した場合に、どのような影響を受けるかについて具体的かつ真摯に検討したものと は到底うかがわれない。特に、我が国とイランとにおける女性の地位には、前記認定のように著しい差異があり、イラ ンの女性が法律上も事実上も男性よりも劣った地位におかれていることを耐え得るのは、宗教教育等により幼少時から それをやむを得ないものとして受け入れていることによるところが大きいと考えられるのである。これに対し、原告子 ら、特に原告長女は、本件処分当時一二才であり、その年齢まで一貫して我が国社会において男子と対等の生活を続け てきたのであるから、本国に帰国した際には、相当な精神的衝撃を受け、場合によっては生涯いやすことの困難な精神 的苦痛を受けることもあり得ると考えるのが、通常人の常識に適うものと認められる。そうすると、被告らの上記主張 も十分な根拠に基づかない独断と評価せざるを得ず、本件処分の相当性を基礎付けるものとは考え難い﹂。 ︵4︶出入国管理の適正と本件処分との間の比例原則違反の問題に関しても、民事第三部は、特に長女が帰国した場合 の﹁想像を絶する﹂負担に対して十分に人道的な配慮を尽くし、本件処分の違法性を断じている。 ﹁特に、二歳のときに来日し、一〇年以上を日本で過ごした原告長女は、上記のとおり、その生活様式や思考過程、 趣向等が完全に日本人と同化しているものでみり、イランの生活様式等が日本の生活様式等と著しく乖離していること を考慮すれば、それは単に文化の違いに苦しむといった程度のものにとどまらず、原告長女のこれまで築き上げてきた 人格や価値観等を根底から覆すものというべきであり、それは、本人の努力や周囲の協力等のみで克服しきれるもので はないことが容易に推認される。原告長女は、現在、日本の中学で勉学に励み、日本の生徒と遜色のない成績を修めて
いるが、イランに帰国した場合には、在学を維持することにすら相当な困難が伴い、就職等に際しても、日本で培われ た価値観がマイナスに作用することが十分考えられる。原告次女については、原告長女よりは年少であり、相対的には 適応の可能性が高いとみることもできるであろうが、それが容易でないことも明らかというべきである。この点におい て、中村証人の日本で生まれたり日本で育ったイスラム教徒の子供が、イスラムに帰るということは死ねと言うに等し いという趣旨の証言は、十分傾聴に値するものというべきである。前記の子どもの権利条約三条の内容にかんがみれば、 この点は、退去強制令書の発付に当たり重視されるべき事情であるといえる。以上によれば、退去強制令書の発付及び その執行がされた場合には、原告ら家族の生活は大きな変化が生じることが予想され、特に原告長女に生じる負担は想 像を絶するものであり、これらの事態は、人道に反するものとの評価をすることも十分可能である。そして、前記のよ うな不法在留外国人の取締りの必要性があることは確かではあるが、不法残留以外に何らの犯罪行為等をしていない原 告ら家族につき、在留資格を与えたとしても、それにより生じる支障は、同種の事案について在留資格を付与せざるを 得なくなること等、出入国管理全体という観点において生じる、いわば抽象的なものに限られ、原告ら家族の在留資格 を認めることそのものにより具体的に生じる支障は認められない。仮に、原告らと同様の条件の者に在留特別許可を与 えざるを得ない事態が生じたとしても、原告らのように長期にわたって在留資格を有しないまま在留を継続し、かつ、 善良な一市民として生活の基盤を築くことは至難の業というべきことであるから、そのような条件を満たす者に在留特 別許可を与えることにどれほどの支障が生ずるかには大いに疑問がある。本件においても、原告らの在留資格付与の要 否について、在留期間や生活の安定性、自己申告の有無に加え、イランに帰国した場合どのような事態が予測されるか 等を考慮した上で検討を行っているものであり、他の者についてもこれと同様慎重な判断を行った場合には、前記のよ
うな出入国管理全体という観点からも著しい支障は生じないというべきであろう。このことは、現に、前記判示のとお り、被告法務大臣が、原告と特段の事情の差異が認められない家族について、在留特別許可を行っているところからし ても明らかである。以上によれば、原告ら家族が受ける著しい不利益との比較衡量において、本件処分により達成され る利益は決して大きいものではないというべきであり、本件各退去強制令書発付処分は、比例原則に反した違法なもの というべきである﹂。 そして本稿にとって特に重要なのは、右判示に続き述べられている次の点である。 ﹁在留特別許可の制度は、退去強制事由が存在する外国人に対し、在留資格を付与する制度であり、その退去強制事 由から不法残留や不法入国が除外されていることなどはないのであるから、法は、不法入国や不法残留の者であっても、 一定の事情がある場合には在留資格を付与することを予定しているものとみることもでき、単純に、不法在留者の本邦 での生活が違法状態の継続にすぎないとしてそれを保護されないものとするのはあまりに一面的であり、当該外国人に 酷なものであるといわざるを得ない﹂。 そして、右と同旨の判断を示したものに、同じく東京地裁民事第三部の平成一一年一一月一二日判決︵判例時報 一七二七号九四頁︶がある。本判決において、在留特別許可を与えなかった法務大臣の裁決に、裁量権の範囲を逸脱し またはこれを濫用した違法があり取り消されるべきとされる根拠となった事実は婚姻関係であり、それは﹁真意に基づ く実体の備わった関係﹂であった。 先に見た判例と同様、在特許可付与の判断にあたっては、不法残留を過度に評価すべきではなく、人道的配慮を十二
分に尽くすべきと述べる。 ﹁ところで、婚姻は、夫婦が同等の権利を有することを基本とし、相互の協力により維持されなければならないもの であり︵憲法二四条参照︶、我が国の国民が外国人と婚姻した場合においては、国家としても当該外国人の在留状況、 国内事情、国際情勢等に照らして当該外国人の在留を認めるのを相当としない事情がある場合は格別、そうでない限り、 両名が夫婦として互いに同居、協力、扶助の義務を履行し、円満な関係を築くことができるようにその在留関係等につ いて一定の配慮をすべきものと考えられ、B規約≡二条も﹃家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国 による保護を受ける権利を有する。﹄、﹃婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は、認 められる。﹄と規定し、その趣旨を明らかにしているところである。そして、入管法が﹃日本人の配偶者﹄を在留資格 として掲げているのもその配慮の一つの現れであるとみることができる。被告法務大臣は、在留特別許可を与えるか否 かについて前記のとおり広範な裁量権を有するものであるが、日本人と婚姻し、夫婦の実体を形成している外国人につ いて右の裁量権を行使するに当たっては、両名の夫婦関係の維持、継続を保護するという右に述べた見地から十分な配 慮をすることが要請されているものというべきである。被告らは、原告が本国であるバングラデシュで生活することは、 その家族関係、資産関係からみて十分可能であること、甲田も同国に赴いて原告と婚姻生活を送ることも十分可能であ るとし、原告が我が国に在留すべき特別の事情はないかのように主張する。しかしながら、甲田の母親は離婚していて、 両名は母一人子一人の関係にあり、甲田において手術をしたばかりの母を残して外国に赴きそこで生活をすることは困 難な状況にあり、また、我が国とバングラデシュとでは、経済事情のみならず、生活習慣等も相当異なることを考慮す れば、甲田と原告の婚姻が真意に基づくものであれば、原告の母国であるバングラデシュで夫婦生活を送ればよいかの
ようにいう被告らの主張は、原告及び甲田が我が国で築いた具体的な人間関係、国籍を異にする男女が円満な夫婦生活 を送る上での実際上の困難、各国の経済・生活の実情を考慮しない議論であって、たやすく採用することができない。 また、原告は、結果的に約七年九か月にわたり我が国に不法残留し不法に就労していたものであり、右行為は、我が国 の出入国管理の秩序を乱すものであって強く非難されるべきであるが、就労行為自体及びその他の生活状況に関してい えば、原告は、その間まじめに就労し、入管法違反︵不法残留︶のほかには、犯罪行為を犯した事実は認められず、我 が国において平穏に生活していたものと評価できるのであって、在留特別許可を付与すべきかどうかの判断に当たって、 不法残留の点のみを過大に評価し過ぎるのは適当でないというべきである﹂。 本件に関する評釈では、判決の立場を支持するものが少なくないばかりでなく、更に、十分な人道的配慮を可能とす る在特許可基準の明確化が求められている。蓋し、上に見てきたような判例による具体的判断こそが、保護されるべき 平穏な生活実体に対する十全な人道的配慮の範となり、以てまさに、真の意味での﹁出入国管理の適正﹂に資するもの である。 そして右に見てきたような判例の態度は、必ずしも目新しいものではない。在留期間経過後に期問更新不許可の通知 を受け、引き続き在留した事案に関して、東京高裁第四刑事部も既に次のように判示していた。 ﹁若し在留期間更新が不許可とされた場合には、在留期間満了後の在留を、令第七十条第五号に該当する在留である とされることは一応これを肯認せざるを得ないものといわなければならない。しかしながら、在留期間更新申請が正式 に受理された場合にも、その許可が在留期間満了迄になされない場合があり、その場合においては、行政運用上令第 三十九条の収容を含む退去強制の手続を差し控えていることは前記回答により明らかであるから、行政運用上も違法残
留の治癒されるべきことを考慮して居るものと思料されるのであり、外国人の入国および在留の許否は専ら当該国家の 自由裁量により決定しえるものであるといつても、右更新申請に対する許否の通知がなくても、在留期間が満了すれば 直ちに出国すべく、その後に及んでなお在留する者は不法残留の廉で刑罰を科せられるというのでは、余りにも右更新 申請が正式に受理されたことに伴う申請者の利益を無視した偏頗な取扱いといわなければならない。而して本件におい て、被告人は元来引続き本邦に在留することを望んでいるものであり、しかも、過去において二度に亘つて在留期問満 了後に更新を許可された経験︵第一回は在留期間は昭和三十九年四月二十四日までであるところ同月二十日更新申請を なし同年五月四日許容され、第二回は在留期間は同四十年四月二十四日までであるところ同月二十二日更新申請をなし 同年五月二十五日許可された。︶を有し、当時既に明治大学大学院修士課程を卒業していたからといつて、必ずしもそ れまでの令第四条第一項第六号による在留資格に抵触して絶対に在留期間の更新が許される余地がないわけではないか ら、被告人が右在留期間更新申請が許可されることを期待して、右在留期問経過も引続き在留していたからといつて、 強ちこれを不法な態度として非難しえないものがあり、前記の如く六月十三日に更新不許可の通知がなされた後十一月 十日に至り初めて収容処分がなされたことは、このことを容認する行政運用と解されるところである。それ故、被告人 の昭和四十一年四月二十四日の在留期間満了後同年六月十三日在留期間更新不許可の通知を受けた日までの在留は、一 応令第七十条第五号に該当するが、右在留の動機、目的、態様や右法条の立法目的ないしは法秩序全体の見地から考え て、これを右法条によつて処罰すべき程の実質的な違法性はないものと解するのが相当である﹂。 そしてこれを受けた最高裁第二小法廷もまた、﹁更新不許可の通知を受けた後身柄を収容されるまでの期間について 同令七〇条五号の罪が成立する、とした原判決の判断は相当である﹂と判示したのである。
三実行行為
右に見てきたように、在留特別許可の可否は、不法残留期間における平穏な生活実態を判断対象たる実体として捉え た上でなされるものであり、その実体は入管法上の正当化実体として﹁不法﹂を治癒するものと解されている。 しかし刑法上の違法は、﹁行為﹂時の不法事実に基づいて認定されうるものであって、つまり治癒しうる実体があっ たとすれば、それは即ち、そもそも不法事実が存在していなかったと解さなければならない。しかもそのような平穏な 生活が入管法上の不法を治癒しうるものであるとすれば、刑法上はなおさら、そうした平穏な生活を継続的な不法残留 行為として︵刑法上の違法の意味で︶違法なものとみなすことは不可能である︵そこでは個別・具体的に捉えられる ﹁入国管理の適正﹂という法益は侵害されていない︶。したがってこのとき、不法残留罪の成立に足りる一般的違法は、 入国管理を積極的に潜脱する行為の不法によって基礎づけられなければならないことになる。そしてさらに、特別刑法 上の不法残留行為を右の意味で捉えるときには、それ以外の平穏な生活実態は、せいぜいそうした積極的潜脱行為の違 法状態の継続にすぎないと捉えざるをえないから、本罪は状態犯であって、継続犯と解することはできない。 そしてこのとき、同様の行為形態をなす、同法七〇条二項の不法在留罪にも同じことがあてはまることになる。 平成一一年五月一三日第一四五回国会参議院法務委員会一〇号において、大森礼子委員による不法入国と不法在留と の罪数関係に関する質問に対して、松尾邦弘政府委員が船で不法入国したブローカーの例を挙げて、バスあるいはトラッ クでさらに移動し始めた時点で新たに不法在留が成立すると答えているように、行為の不法はこうした積極的潜脱行為 の実行に本質的に見出されうるものである。さらに右に見てきた考慮を、大森礼子委員もすでに的確に述べていた。いわく、﹁継続犯というのは違法侵害状態が ずっと続くということですから、この期間といいますか、これが長ければ長いほど犯罪の違法性は高いということに普 通はなるのだと思います。ところが、この不法在留罪につきましては、犯罪が長く続くということは日本の中に長くい るということでありまして、山の中に入って生活するわけじゃありませんから、それなりの生活基盤というものを築く と。長く続くということは、ほかの違法行為をしないから長く在留できているということにもなるわけですね。そうし ますと、ほかの刑罰といいますか犯罪と違いまして、ほかの継続犯と違いまして、この不法在留罪につきましては期問 が長いということをもって情状として悪く評価できないような性質があるのではないかと思うんです。普通の犯罪です と、長ければ長いほど情状が悪いということになるんですけれども、この点について刑事局長、どのようにお考えにな りますでしょうか﹂。 これに対して松尾委員は次のように答えている。﹁長くいるという行為そのものをもって直ちにその長短によって、 例えば二倍長いからおまえ二倍責任が重いと単純には言えないと思います。不法在留している期間に個人は活動するわ けですから、さまざまな事情がございます。例えば、事実上婚姻をするなんということもあろうかと思います。そうな ると、なかなか相手との関係で日本を離れがたいというような事情も場合によると出てくると思います。その場合は、 しかも子供ができる場合も考えられるわけでございまして、単に長くいたから違法性はその期間だけどんどんふえてい くということにはならないのでありまして、具体的な事件を処理する過程でも、警察官、検察官、そこらあたりの事情 には、十分違法性の評価、情状面で配慮する必要があります。個々のケースごとにそれは必要な配慮だろうと私は思っ ております﹂。
しかし実体として継続犯ではない以上、警察官や検察官による具体的配慮が継続犯性を理論的に基礎づけるというこ とはありえない。 また右に見てきた理解は、共犯の成立との関係でも、妥当な結論を導く。なぜなら、不法残留・不法在留となる積極 的潜脱行為自体に関与した者については措くとしても、人道的配慮からオーバーステイの状態にある者の生活を支援す る近隣住民、ボランティア、NPOの活動に関しては、それらはなんら刑法上の新たな法益侵害を助長するものではな く、むしろ平穏な生活実態という正当化︵違法減少・阻却︶実体の形成に与るものだからである。 そして積極的潜脱行為が複数回行われた場合については、同一法益に対する同一態様の行為でもって、法益侵害の程 度を増大するわけでもなく、単に再度同程度の侵害を繰り返したというのでみるから、それらは包括一罪として捉えら れることになる。
四入国管理の適正のための不安定さの低減
先に挙げた大森委員の質問の中では、次のような指摘もなされていた。 ﹁不法在留罪の新設によりまして、日本にいる限り犯罪者になるわけですね。正規の手続を経ないで入国しても、不 法入国ないしは不法上陸の罪を犯した人ですが、これまででしたら三年以上おりましたら時効は完成するというふうに 考えられております。それで、やはり強制退去事由というのはもう変わらないわけなんです、続くわけなんですけれども、やはり犯罪を構成するかどうかというのは、本人にとっても与える影響というのが違いますし、また周りの取り扱 いというのも違ってくるんだろうとは思うんです。そうしますと、この不法在留罪新設によりまして、例えば在留特別 許可の申請自体が出しにくくなる。例えば、みずから不法在留の方でも退去強制する中で在留特別許可というこの手続 があるわけなんですけれども、時効が完成してしまったら単なる行政処分としての退去強制しか該当しないという場合 と、犯罪にも該当するという場合とではちょっと申請自体がしにくくなるのではないか。つまり、そこでまた捕まっちゃ うんじゃないかと思いますと、なかなか申請しにくくなる。つまり、中には、不法入国自体は悪いことですけれども、 一つ悪いことをしたからすべての行為が否定されるということではないと思うんです。不法入国自体は悪いことですけ れども、しかし、ほかに長期間きちっと特に問題も起こさず生活している方にとって在留特別許可を得ようかどうしよ うかというときに、窓口に行くときに、進退両難、進むこともできず引くこともできないというような地位に陥れられ るのではないかという気がするわけです﹂。 この指摘はこの問題領野においてもっとも重要なものである。なぜなら右のような不安定・不確実な状況を作り出す ことは、適正な入国管理という法の存在理由に真っ向から対立することになるからである。 同じことは、実体のない継続犯性を具体的配慮・運用で正当化しようとする誤謬に関してもすでに述べた。 同じことはさらに、仮放免中の滞在にまで不法残留罪を認めた冒頭の一連の判例に対しても妥当するといわなければ ならない。その事案において弁護人は上告趣意の中で、正当にも右と同趣旨の指摘をしていた。いわく、﹁こうした自 主的帰国活動にもとづくあるいは身柄拘束後の仮放免期間中にも不法残留罪が成立したとすると、当該外国人としては 仮放免により入管法上の収容こそ免れるものの、なお犯罪の現行犯として外を出歩くにも全く安心できず、いつ何時職
務質問を受けたり、犯罪の被害者として警察に申告するなどしたりして現行犯逮捕されるかわからず、なんのために仮 放免を受けたのか全くわからない状況に追い込まれてしまうのである﹂と。 このように、処罰範囲の安易な拡大や安易な厳罰化は、オーバーステイの状態にある外国人をして、入国管理の適正 に与らしめるインセンティブをむしろ奪い、違法状態の維持やさらには拡大ばかりを促進することになる。 国際人権規約B規約二三条や児童の権利に関する条約三条などが示す人道的観点に適う在特許可基準の明確化、処罰 範囲の適正な限定等によって、右に述べてきたような不安定さ・不確実さを可及的に低減・解消し、もって真の意味で の入国管理の適正を図ると共に、刑事処分に係る限り、立憲主義を具体化する実体的デュー・プロセスが最大限保障さ
ハゆロ
れなければならない。 そして、以上に示してきた理解は、不法に入国・在留して犯罪行為を行う者らを取り締まる必要性といささかも矛盾 しない。21
︵3︶ 判例タイムズニ四四号一七〇頁、刑集五七巻一一号一〇七五頁。 原審、東京高裁第一刑事部平成一四年七月一五日判決判例時報一八〇二号一六〇頁、刑集五七巻二号一〇八四頁。原々審、東京地裁刑 事第三部平成一二年一一月一五日判決判例時報一七六二号一五三頁、刑集五七巻一一号一〇八二頁。 原々審に関する評釈として、本田稔﹁仮放免許可日から自費出国予定日までの期間における不法残留罪の成否﹂法学セミナー五七二号 一〇八頁がある。そこでは、入管法上の手続きに基づく仮放免中の在留を不法残留と同一視することは妥当でなく、前後の不法残留と法的 根拠のある残留とを全体的に考察することにも理論的に問題があり、また法的根拠のある仮放免中の在留の違法性を被告人が認識すること は不可能であったから故意が阻却されると解すべきとされている。 大阪高裁刑事第二部平成二年五月三〇日判決判例時報一三六八号一五七頁。しかし理論的な批判が妥当する。︵4︶ ︵5︶
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︵9︶ ︵10︶ 近藤敦﹁在留特別許可の新傾向﹂法学セミナー五九〇号六六頁以下参照。 高佐智美﹁特別在留許可と憲法二四条・国際人権B規約二三条﹂法学セミナー五五八号一〇八頁、山下威士﹁特別在留許可を与えなかっ た法務大臣の裁決を、婚姻関係の存在を理由に、裁量権の濫用・逸脱として違法とした事例﹂判例評論五〇九号二八頁︵判例時報一七四六 号二〇六頁︶、武市周作﹁出入国管理及び難民認定法四九条一項の異議の申出を棄却し、同法五〇条一項三号の在留特別許可を与えなかっ た法務大臣の裁決に、裁量権の範囲の逸脱または濫用があったものとされた事例﹂法学新報一〇八巻一一・二一号一三五頁。 東京高裁昭和四三年一〇月一三日第四刑事部判決・刑集二四巻一一号一四七三頁。 最高裁昭和四五年一〇月二日第二小法廷決定・刑集二四巻一一号一四五七頁。 同様の思考を示す判例がある。浦和地裁平成五年三月一九日刑事第一部判決・判例時報一四八七号一四四頁は以下のようにいう。﹁とこ ろで、在留期間満了前に在留期間更新の申請をしたが、許可不許可の処分を受けないままに期間を経過した者に対する出入国管理及び難民 認定法七〇条五号の罪︵以下﹁不法残留の罪﹂という。︶が成立するためには、不許可通知が被告人に到達するなどにより、不許可処分が 効力を生ずることが必要であり、かつ、その始期も右不許可処分が効力を生じた日と解するのが相当である。けだし、在留期間更新申請に 対して期間満了後に許可がなされた場合には、右期間満了時に遡って在留資格が付与されることとなるのであるから、許可不許可が確定し ない限りは、不法残留の罪に問うことはできない筋合であるが、不許可処分が効力を生じた場合には、遡って在留資格が付与される余地が 確定的に消滅するからである︵右のように解するときは、更新申請中の者は、許可不許可が確定するまでは、退去強制を受けることがなく、 不法残留の罪に問われないという意味では、暫定的な在留資格が与えられるとも見ることができる。︶。そこで、いかなる場合に不許可処分 が効力を生ずるかが問題となるが、この点については、出入国管理及び難民認定法上に明文の規定が存在しないから、解釈によってこれを 確定する必要があるが、不許可処分が、申請者に対して与えられている、退去強制を受けず、不法残留の罪に問われないという地位︵いわ ば暫定的な在留資格とでもいうべきもの︶を剥奪する性質の不利益処分であることを考慮するならば、不許可処分が効力を生ずるためには 原則として不許可通知が申請者に到達することを必要とし、ただし、申請者が不許可を予想して身を隠し、不許可通知が届かない状況を作 出するなど、更新申請の制度を不法に潜脱したような場合には、不許可通知を発信したときに不許可処分が効力を生ずるものと解すべきで ある﹂︵同一四六頁︶。 刑集五七巻二号一〇八一頁。 ﹁自由裁量﹂を金科玉条のごとく振り回すことは、それがとりわけ、いわゆるマイノリティに向けられるときには、平等原則に抵触する 危険が大きいことを肝に銘じなければならない。 東京高裁平成九年九月一六日第四民事部判決︵判例タイムズ九八六号二〇六頁︶は、同性愛者の団体からの青年の家の利用申込を教育委員会が不承認とした処分を巡って争われた裁判で、これを違法と認め︵同旨、原審東京地裁平成六年三月三〇日民事第一七部判決判例タイ ムズ八五九号一六三頁︶、都に対する損害賠償請求の一部を認容する判決を下した。 正当性を強弁する東京都の主張は、いずれも空疎というほかない。次のようにいう。﹁男女をその構成員とする団体であっても、当該青 年の家の部屋数や当日の他団体の利用状況によっては、宿泊利用が不可能となる場合が現実に生じ得るのであるから、男女別室宿泊の原則 を同性愛者の団体に適用した結果、相当数の個室でもない限り青年の家での宿泊が不可能となったとしても、それは、同性愛者の団体に対 して特に不利益な取扱いをしたものではなく、それは男女を構成員とする団体の場合に比して程度の差に過ぎない﹂。この点につき、第四 民事部は次のように答えた。いわく、﹁青年の家が予定している宿泊形態︵数名の者が同一の部屋に宿泊するものであって、一人ずつ個室 に分かれて宿泊できるような相当数の個室はない。︶では、同性愛者は、青年の家の宿泊利用は全くできなくなってしまうものであり、こ れは異性愛者に比べて著しく不利益であり、同性愛者である限り、青年の家の宿泊を伴う利用権は全く奪われるに等しいものである﹂。 また、﹁宿泊すること自体は青年の家における団体としての本来の活動に必須のものでないことは明らかであり、団体としての活動は就 寝時間中は行われないのであるから、日帰り利用の団体と比較して、宿泊が認められなかったとしても、そのことが団体の活動に与える影 響は、せいぜい就寝時間前後の短時間に関するものに過ぎない﹂という自己否定・自己矛盾の都の主張に対しても、正当にも次のように述 べている。いわく、﹁控訴人は、この点について、同性愛者も日帰り利用ができるから、それほど重大な不利益ではないと主張するが、青 年の家は、宿泊機能と活動機能が一体となった施設であり、青少年が共同宿泊活動を通して成長する場として設置されたものであって、そ こには、青少年の健全な育成という観点からは、共同宿泊活動が重要であるとの認識があること、したがって、その施設の主要かつ特徴的 な利用は、宿泊を伴う利用であることは前記認定のとおりである。そして、同性愛者も、当然に青年の家を右のような共同宿泊活動の場と して利用し、その利益を享受する権利を有するというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない﹂。 都はなお、男女別室宿泊の原則が﹁男女を同室に宿泊させた場合、一般的に性的行為に出る可能性があることに鑑み、社会の性に対する 意識や規範、人間の性的董恥心等に照らして認められたもの﹂というが、自らの処分が社会の平等に対する意識や規範に反していることに は無自覚である。 また、﹁平成二年当時の青年の家の利用者のうち、最も性的成熟が未発達で、学習に対するレディネスが備わっていない小学生たちが同 性愛者の同室宿泊を知れば、男女の同室宿泊以上に強い衝撃を受け、誤解あるいは理解不能な対象に対する過剰反応を起こす可能性を否定 できないのである。まさに、平成二年二月一一日から一二日にかけて、被訴訟人が府中青年の家を利用した際に、小学生がとった言動は、 この意味に理解されるべきである。もっともこれに対し、被控訴人は、十分な性的自己決定能力を育てるためには多様な性のあり方を率直 に知らせ教育していくことが重要だと主張するかもしれない。しかし、性の自由化に伴う現代の人々の﹃多様な性のあり方﹄のすべてを、
未だ性的な自立性が十分備わっていない青少年、とりわけ小学生に知らせ教えることは、その性的自己決定能力を育てる上で混乱を生ずる ばかりか有害でさえもある﹂ともいうが、右小学生らがとった言動が全くそのような意味に解されないことは、原判示の内容から明らかで あるし、その意味でこの主張にはなんらの根拠も示されていないばかりか、同性愛を知ることが小学生にとっては有害で、それは秘匿され るべきものであるという誤った、差別を助長するメッセージを発することになる。 なおいう。﹁瀬川所長から協議を受けた都教育委員会においても、本件不承認処分をするまでの間は、約二か月足らずであり、海外の文 献、大学、研究機関の所持する文献、専門家からの意見の聴取などに基づく検討を行う時間的猶予は全くなかった。このような状況で、同 性愛者が青年の家を宿泊利用することが、小学生をはじめとする青年の家の他の利用者の健全育成に悪影響を及ぼすと判断したことはやむ を得ないものであった﹂と。これについてアカー︵OOOC知︶側は、﹁平成二年当時は、同性愛を人間の正常な発達の一形態とする評価は 世界的に確立されて久しい時期であり、日本の専門家においてもこの点は共通認識になっていた。これらに関する資料を入手することも都 教育委員会ほどの人的・物的条件を有する組織であれば可能であったはずである。そして、検討する時間も十分あった﹂と反論している。 二か月もかけて検討できないのでは、都が主張する﹁広範な裁量﹂の行使を任せることなどできはしない。 そして、第四民事部が述べたように、﹁同性愛者と同宿させることにより、青少年、特に小学生等に、有害な影響を与えると都教育委員 会が相応の根拠をもって判断する場合には、いずれかの団体のうち、後に使用申込をした団体の申込を都青年の家条例八条に基づき拒否す ることも場合によっては可能と考えられるから、右のような事態が生じる可能性があるからといって、当然に同性愛者の宿泊利用を全て拒 否できるということはできない﹂のである。 第四民事部は最後に次のようにいう。﹁平成二年当時は、一般国民も行政当局も、同性愛ないし同性愛者については無関心であって、正 確な知識もなかったものと考えられる。しかし、一般国民はともかくとして、都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うにつ いて、少数者である同性愛者をも視野に入れた、肌理の細かな配慮が必要であり、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請され ているものというべきであって、無関心であったり知識がないというとは公権力の行使に当たる者として許されないことである。このこと は、現在ではもちろん、平成二年当時においても同様である﹂と。 行政処分は、個人と社会とに対してメッセージを語るものでもある。その語りは、不見識に基づいて差別を助長する神話であってはなら ない。ましてやその誤謬を法廷で正当化しようと強弁し、司法の良心を辱めることは決して許されない。 ︵本学法学部専任講師︶