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細胞膜バリアをすり抜けるリン脂質模倣ポリマー 利用統計を見る

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細胞膜バリアをすり抜けるリン脂質模倣ポリマー

著者

合田 達郎

著者別名

GODA Tatsuro

雑誌名

工業技術

43

ページ

28-32

発行年

2021-02-24

URL

http://doi.org/10.34428/00012418

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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細胞膜バリアをすり抜けるリン脂質模倣ポリマー

Biomembrane-penetrating Polymers Mimicking Phospholipids

合田 達郎* 1.はじめに 真核生物の細胞膜とナノ材料との相互作用を理解する ことは、効率的で安全なナノメディシンとバイオエンジ ニアリングを構築するために不可欠である。細胞エネル ギー消費型のエンドサイトーシスによるナノキャリア の能動的細胞内取り込みは、その細胞内分布をエンドソ ーム区画に制限し、積み荷分子の生物学的作用を損なう。 カチオン性または両親媒性の特性を備えたナノ材料に ついては、非エンドサイトーシスによる細胞内透過によ って脂質二重膜のバリア機能を回避できることが知ら れている。ナノ材料の細胞への直接輸送は効率的である 一方、生体膜バリアを一時的に破壊する場合があり、細 胞毒性または殺生効果を引き起こす。我々のグループで は、近年、天然のリン脂質の分子構造を模倣した両親媒 性合成高分子が非エンドサイトーシスによって、細胞毒 性を誘発することなく細胞内に移行することを発見し た。1) 独自に開発した水素イオン漏出試験による分析で は、ポリマーが膜貫通孔形成ではなく両親媒性によって 誘発された膜融合によって細胞に入ることが示された。 2) 細胞毒性を誘発しない細胞膜透過性ポリマーは、ド ラッグデリバリーシステム、遺伝子トランスフェクショ ン、細胞療法、および生体分子工学での用途が見込める。 2.細胞膜とナノ材料との相互作用  2.1 生体膜の物質透過制御 生物は、進化の過程で生体膜をもつことにより、安定し た生命の基本単位として細胞を獲得した。細胞の皮膚と 呼ばれる細胞膜は、厚さ6〜10nm の脂質二重層で構成 されている。この自己組織化分子膜は、細胞質を物理的 に外部から隔離する保護膜である。また、細胞膜は受容 体、輸送体、およびチャネルを含み、細胞シグナル伝達 および細胞間コミュニケーションのための分子認識反 応場を提供する。細胞膜は半透膜であり、非極性分子(溶 存ガス・ステロイドなど)は膜を透過できるが、極性分 子とイオンは透過できない。荷電分子とイオンは、生体 膜に存在する特定のチャネルを介して恒常的に輸送さ れる。(図1)  2.2 ナノ材料の細胞内取り込み機構 近年、さまざまなナノ材料を使用して、効率的な薬物送 達、遺伝子トランスフェクション、タンパク質送達、お よび細胞内分子イメージングを実行する試みがなされ てきた。しかし、薬物や核酸などの治療用分子を細胞に 効率的に導入するには、脂質二重層の膜バリアを回避す る必要がある。ナノ粒子、生体高分子、高分子ミセル、 合成リポソームなど、細胞膜を越えて自由に浸透できな いナノ担体は、エネルギー依存性のエンドサイトーシス を介して輸送される。取り込み時には、ナノキャリアは エンドソームと呼ばれる細胞内小胞に封入され、細胞の 内側と外側は隔絶されたままである。(図 2)エンドソ ームは最終的にリソソームと結合し、細胞のオートファ ジー機能によって代謝および分解される。したがって、 積み荷分子の大部分は細胞質に到達できない。効率の高 い細胞質遊走を実現するには、プロトンスポンジ効果な どを利用してエンドソーム膜を破壊する必要がある。 図1.生体膜の物質透過制御

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細胞膜バリアをすり抜けるリン脂質模倣ポリマー

Biomembrane-penetrating Polymers Mimicking Phospholipids

合田 達郎* 1.はじめに 真核生物の細胞膜とナノ材料との相互作用を理解する ことは、効率的で安全なナノメディシンとバイオエンジ ニアリングを構築するために不可欠である。細胞エネル ギー消費型のエンドサイトーシスによるナノキャリア の能動的細胞内取り込みは、その細胞内分布をエンドソ ーム区画に制限し、積み荷分子の生物学的作用を損なう。 カチオン性または両親媒性の特性を備えたナノ材料に ついては、非エンドサイトーシスによる細胞内透過によ って脂質二重膜のバリア機能を回避できることが知ら れている。ナノ材料の細胞への直接輸送は効率的である 一方、生体膜バリアを一時的に破壊する場合があり、細 胞毒性または殺生効果を引き起こす。我々のグループで は、近年、天然のリン脂質の分子構造を模倣した両親媒 性合成高分子が非エンドサイトーシスによって、細胞毒 性を誘発することなく細胞内に移行することを発見し た。1) 独自に開発した水素イオン漏出試験による分析で は、ポリマーが膜貫通孔形成ではなく両親媒性によって 誘発された膜融合によって細胞に入ることが示された。 2) 細胞毒性を誘発しない細胞膜透過性ポリマーは、ド ラッグデリバリーシステム、遺伝子トランスフェクショ ン、細胞療法、および生体分子工学での用途が見込める。 2.細胞膜とナノ材料との相互作用  2.1 生体膜の物質透過制御 生物は、進化の過程で生体膜をもつことにより、安定し た生命の基本単位として細胞を獲得した。細胞の皮膚と 呼ばれる細胞膜は、厚さ6〜10nm の脂質二重層で構成 されている。この自己組織化分子膜は、細胞質を物理的 に外部から隔離する保護膜である。また、細胞膜は受容 体、輸送体、およびチャネルを含み、細胞シグナル伝達 および細胞間コミュニケーションのための分子認識反 応場を提供する。細胞膜は半透膜であり、非極性分子(溶 存ガス・ステロイドなど)は膜を透過できるが、極性分 子とイオンは透過できない。荷電分子とイオンは、生体 膜に存在する特定のチャネルを介して恒常的に輸送さ れる。(図1)  2.2 ナノ材料の細胞内取り込み機構 近年、さまざまなナノ材料を使用して、効率的な薬物送 達、遺伝子トランスフェクション、タンパク質送達、お よび細胞内分子イメージングを実行する試みがなされ てきた。しかし、薬物や核酸などの治療用分子を細胞に 効率的に導入するには、脂質二重層の膜バリアを回避す る必要がある。ナノ粒子、生体高分子、高分子ミセル、 合成リポソームなど、細胞膜を越えて自由に浸透できな いナノ担体は、エネルギー依存性のエンドサイトーシス を介して輸送される。取り込み時には、ナノキャリアは エンドソームと呼ばれる細胞内小胞に封入され、細胞の 内側と外側は隔絶されたままである。(図 2)エンドソ ームは最終的にリソソームと結合し、細胞のオートファ ジー機能によって代謝および分解される。したがって、 積み荷分子の大部分は細胞質に到達できない。効率の高 い細胞質遊走を実現するには、プロトンスポンジ効果な どを利用してエンドソーム膜を破壊する必要がある。 図1.生体膜の物質透過制御      2.3 膜透過による物質輸送 積み荷分子は、細胞膜を部分的に破壊することによって 細胞質に送達することもできる。エレクトロポレーショ ン、マイクロインジェクション、および界面活性剤を使 用した物理化学的刺激は、膜の部分的な破壊を伴う主な 方法である。しかし、これらの方法は、生理学的イオン (例えば、Ca2+Na+K+)、細胞質タンパク質、ATP の流出入を引き起し、最終的に細胞死につながる。細胞 壊死は、ナノ材料との接触により細胞膜が実質的に破壊 された場合にも発生するため、膜毒性を最小限に抑える 細胞透過性ナノキャリアを開発する必要がある。 一方で、一部の天然ウイルスおよび細胞外小胞(エク ソソーム)は、生体膜バリアをすり抜けて通過できる。 したがって、ウイルスエンベロープに存在する細胞透過 性プロモーターを模倣した細胞透過性ペプチド(CPP) は細胞膜バリアを乱すことなく積み荷分子の浸透を促 進することが可能である。同様に、いくつかの人工ナノ 材料は細胞透過性を示す。直径が数ナノメートル未満の 半導体ナノ結晶(量子ドット)は、細胞膜に浸透するこ とが知られている。また、化学表面修飾がなされた金属 ナノ粒子(ナノプレックス)、表面に親水性基と疎水性 基の交互のパターンを持つ金ナノ粒子、カチオン性およ び芳香族脂質を含む融合性リポソームは、細胞質に直接 侵入する。ポリエチレンイミンなどのカチオン性ポリマ ーは、静電相互作用によって負電荷の細胞膜に穴を開け ることによって細胞質に移動する。しかし、孔の形成は 急性の細胞毒性を引き起こす。一般に、水溶性または水 分散性の中性ポリマーはエンドサイトーシスによって 取り込まれ、合成ポリマーによる細胞浸透現象はほとん ど報告されていない。 我々のグループでは、近年、リン脂質の分子構造を模 倣したバイオミメティックなポリマーが、脂質二重層膜 を破壊することなく非エンドサイトーシス機構で細胞 膜を通過することを発見した。1) 細胞膜透過性ポリマ ーは、脂質二重層バリアを越えて機能性薬剤を効率的に 送達するためのナノキャリアとして期待される。以下、 細胞膜透過性ポリマーの分子機構を紹介し、将来の応用 について記述する。 3.細胞膜透過性ポリマー  3.1 リン脂質模倣ポリマー 血管内皮細胞の表面では血液が凝固しないことをきっ かけに、1990 年代に、細胞膜リン脂質の分子構造を模 倣したポリマーが医用材料として開発された。3) リン 脂質模倣ポリマーを人工材料表面に修飾することでタ ンパク質の吸着と細胞接着を大幅に抑制できる。この生 物不活性は、リン脂質極性基の周りの特異な水和構造に 基づく。リン脂質極性基を有するメタクリレートモノマ ーである 2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコ リン(MPC)を開発することにより、フリーラジカル重 合、リビングラジカル重合、グラフト重合、光重合、ゲ ル化などのさまざまな重合反応が可能となり、これまで に多種多様な高分子が合成されてきた。一連の研究を通 じて、MPC ベースのポリマーは、医療材料やナノ材料 に抗血栓性、抗バイオフィルム形成、抗炎症反応を付与 できることが示された。4) 我々のグループでは、MPC を 30 mol%含むメタクリ ル酸 n-ブチル(BMA)との水溶性ランダム共重合体 (PMB30W、Mw = 24.0 kDa)が、細胞膜に急速に浸 透する現象を発見した。(図 3)細胞内への浸透は、エ 図2.エンドサイトーシスによる細胞取り込み と内容物の分解過程 細胞膜バリアをすり抜けるリン脂質模倣 ポリマー Biomembrane-penetrating Polymers Mimicking Phospholipids

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ンドサイトーシスが起こらない低温環境(4℃)でも確 認 さ れ た 。1)細 胞 膜 透 過 性 は 、 分 子 量 で は な く 、 PMB30W の両親媒性に大きく依存しており、BMA ユ ニットを持たないpoly(MPC)(PMPC)は、非透過性 であった。リガンド分子を担持したPMB30W は細胞内 浸透後に細胞小器官へ局在することが可能であった。一 方、細胞膜浸透にともなう細胞毒性は検出されなかった。  3.2 透過機構の解明 リン脂質模倣ポリマーが生体膜に損傷を与えることな く細胞に侵入する詳細な分子メカニズムが議論されて いる。一方で、使用される分析技術の感度が不足してい るため、構造障害が検出されない問題がある。そこで、 近年、独自に開発した分析手法を用いて実験的証拠から この現象を考察した。  既存の膜障害性試験には、赤血球溶血アッセイ、乳酸 脱水素酵素(LDH)漏出アッセイ、およびカルセイン漏 出アッセイが含まれる。しかし、これらの方法は、細胞 表面の膜貫通孔から漏れるインジケーター分子を測定 するため、分子ふるい効果によって、それらよりも小さ い空孔は検出できない。この問題を解決するために、pH 摂動法を開発した。5) このアッセイでは、水素イオン (ヒドロニウムイオン)を最小のインジケーターとして 用いて、細胞表面の分子サイズの細孔形成をも検出する。 (図4)具体的には、細胞外マトリックスでコーティン グされた pH 電極(イオン感応性電界効果トランジス タ:ISFET)上に細胞を直接培養し、弱酸(塩化アンモ ニウム)溶液に瞬間的にさらすことによって生じるプロ トンとアンモニウムイオンの過渡的な物質移動から細 孔形成を検出する。正常な細胞膜では、生理学的イオン はそれぞれのイオントランスポーターを介する場合を 除いて細胞膜に浸透することはできない。一方、損傷し た膜の膜貫通孔はこれらのイオン透過を引き起こす。プ ロトンの水和半径は0.33nm 未満であり、従来の膜毒性 アッセイで使用されているタンパク質および蛍光色素 よりも1 桁小さい。実際、LDH 及びヘモグロビンの水 和半径は3.4-4.6 nm である。したがって、細胞膜に分 子サイズの細孔が形成されてもプロトン動態の変化に よってこれらの細孔を検出することができる。  3.3 空孔形成か、膜融合か? 究極感度の膜障害アッセイを使用して PMB30W の細 胞膜透過時にプロトン漏出が誘起されるかどうかを調 査したところ、漏出は確認されなかった。2) つまり、 PMB30W は細胞膜孔を形成することなく細胞に侵入 する。一方、細胞がトランス活性化転写活性化因子(TAT) やオクタアルギニン(R8)などのカチオン性の細胞膜 透過ペプチド(CPP)に曝露された場合、わずかなイオ ン漏出が観測された。よって、CPP が小さなプロトン がアクセスできる一時的な細孔を形成することによっ て膜に浸透することが示唆された。  膜障害の種類はプロトンの漏出と LDH の漏出とを 図3.リン脂質模倣ポリマーの細胞浸透現象 図4.最小分子水素イオンを指標にした細胞膜 漏出試験の開発

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   ンドサイトーシスが起こらない低温環境(4℃)でも確 認 さ れ た 。1)細 胞 膜 透 過 性 は 、 分 子 量 で は な く 、 PMB30W の両親媒性に大きく依存しており、BMA ユ ニットを持たないpoly(MPC)(PMPC)は、非透過性 であった。リガンド分子を担持したPMB30W は細胞内 浸透後に細胞小器官へ局在することが可能であった。一 方、細胞膜浸透にともなう細胞毒性は検出されなかった。  3.2 透過機構の解明 リン脂質模倣ポリマーが生体膜に損傷を与えることな く細胞に侵入する詳細な分子メカニズムが議論されて いる。一方で、使用される分析技術の感度が不足してい るため、構造障害が検出されない問題がある。そこで、 近年、独自に開発した分析手法を用いて実験的証拠から この現象を考察した。  既存の膜障害性試験には、赤血球溶血アッセイ、乳酸 脱水素酵素(LDH)漏出アッセイ、およびカルセイン漏 出アッセイが含まれる。しかし、これらの方法は、細胞 表面の膜貫通孔から漏れるインジケーター分子を測定 するため、分子ふるい効果によって、それらよりも小さ い空孔は検出できない。この問題を解決するために、pH 摂動法を開発した。5) このアッセイでは、水素イオン (ヒドロニウムイオン)を最小のインジケーターとして 用いて、細胞表面の分子サイズの細孔形成をも検出する。 (図4)具体的には、細胞外マトリックスでコーティン グされた pH 電極(イオン感応性電界効果トランジス タ:ISFET)上に細胞を直接培養し、弱酸(塩化アンモ ニウム)溶液に瞬間的にさらすことによって生じるプロ トンとアンモニウムイオンの過渡的な物質移動から細 孔形成を検出する。正常な細胞膜では、生理学的イオン はそれぞれのイオントランスポーターを介する場合を 除いて細胞膜に浸透することはできない。一方、損傷し た膜の膜貫通孔はこれらのイオン透過を引き起こす。プ ロトンの水和半径は0.33nm 未満であり、従来の膜毒性 アッセイで使用されているタンパク質および蛍光色素 よりも1 桁小さい。実際、LDH 及びヘモグロビンの水 和半径は3.4-4.6 nm である。したがって、細胞膜に分 子サイズの細孔が形成されてもプロトン動態の変化に よってこれらの細孔を検出することができる。  3.3 空孔形成か、膜融合か? 究極感度の膜障害アッセイを使用して PMB30W の細 胞膜透過時にプロトン漏出が誘起されるかどうかを調 査したところ、漏出は確認されなかった。2) つまり、 PMB30W は細胞膜孔を形成することなく細胞に侵入 する。一方、細胞がトランス活性化転写活性化因子(TAT) やオクタアルギニン(R8)などのカチオン性の細胞膜 透過ペプチド(CPP)に曝露された場合、わずかなイオ ン漏出が観測された。よって、CPP が小さなプロトン がアクセスできる一時的な細孔を形成することによっ て膜に浸透することが示唆された。  膜障害の種類はプロトンの漏出と LDH の漏出とを 図3.リン脂質模倣ポリマーの細胞浸透現象 図4.最小分子水素イオンを指標にした細胞膜 漏出試験の開発    比較することによって区別できることも見出された。6) PMB30W の細胞透過時には LDH のわずかな漏出が見 られた。この現象は、脂質型遺伝子導入剤、ポリエチレ ングリコール、非イオン性界面活性剤でも計測された。 したがって、ISFET(−)/LDH(+)の結果は、化学的に誘発さ れた生体膜の極性変化を示していると考えられる。脂質 二重層コアにPMB30W が到達するとポリマー内 BMA ユニットはリン脂質の脂肪酸基よりも疎水性が低いた め膜の極性が変化する。イオンバリア性を維持しながら のわずかなLDH 漏出の状態は、細胞膜に対する溶解度 の違いによって説明できる。透過係数は拡散係数と溶解 係数の積であり、水和イオンはLDH よりも親水性が高 いため脂質二重層への溶解性が不足していることによ ってイオンが透過できない。要約すると、PMB30W は 膜融合によって細胞に浸透する。まず、ポリマー内疎水 性BMA が細胞膜の脂質コアに浸透する。次に、疎水性 コアを貫通する際に PMB30W は逆ミセル様構造を形 成する。最後に、ポリマーは元の形態に戻ることによっ て二重層から脱出する。(図5)  4.将来応用  4.1 薬物療法 真核生物は進化の過程においてリン脂質膜で囲われた 区画を獲得した。この障壁を容易に通過して貨物を輸送 できる高分子ナノキャリアは、これまでボトルネックを 解消すると期待される。ドラッグデリバリーシステム (DDS)では、血中滞留性と癌や腫瘍への標的性の向上 が重要である。薬物ナノキャリアの大部分は腫瘍に蓄積 する傾向があるが、これは血管壁が緩い腫瘍組織で起こ るEPR 効果に由来しており、全身性 DDS の受動的薬 物標的化戦略に使用される。しかし、非血管新生腫瘍や 無血管組織に薬物を送達するのは困難である。そのよう な場合、薬物送達の有効性を高めるために、CPP や細 胞膜透過性ポリマーなどの組織透過性の高いナノキャ リアが必要となる。また、細胞膜透過性ナノキャリアは 細胞膜、上皮細胞層、血液脳関門(BBB)などの生体内 障壁を透過することも期待される。以前の研究より、 PMB30W は生体内で高い生体浸透性を発揮しており、 細胞膜透過性ポリマーは組織透過性の高いナノキャリ アとして期待されている。7) 上皮細胞層は、タイトジャンクション(TJ)と呼ばれ るジッパーのような複数タンパク質構造体で細胞間隙 を密着させることにより高いバリア機能を提供する。こ の上皮バリアはバクテリアやウイルスの侵入防止には 効果的であるが、治療薬の組織送達も阻害する。上皮バ リアを越えた浸透によって、経口および経皮薬物送達が 可能になる。なかでも、経口インスリン送達は腸上皮バ リアを通過できるナノキャリアを使用してインスリン を血管内に吸収することを目的としている。昨今では、 インスリン輸送のためにCPP 結合ナノキャリアを使用 して上皮バリアを一時的に破壊するが、これにより感染 のリスクが高まる可能性がある。したがって、バリア破 壊を誘発しない組織透過性ナノキャリアの使用はDDS の安全性を向上させることが期待できる。BBB は TJ を 伴う内皮細胞で構成され、血液中の栄養素と親水性分子 が中枢神経系に入るのを防ぐ。BBB を介した安全な薬 物送達はアルツハイマー病と精神障害の治療に有望で ある。  4.2 細胞工学 ナノキャリアによる細胞操作は、代謝、遺伝子発現、細 胞周期などの細胞内機能を可視化するために不可欠で ある。DNA ベースの分子ビーコンを運ぶリン脂質模倣 図5.リン脂質模倣ポリマーの細胞膜透過機序 細胞膜バリアをすり抜けるリン脂質模倣 ポリマー Biomembrane-penetrating Polymers Mimicking Phospholipids

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ランダム共重合体は、非エンドサイトーシス経路によっ て細胞内に到達し、細胞質内のメッセンジャーRNA (mRNA)の量と分布をその場で測定することが可能 である。細胞内mRNA の分布とダイナミクスの視覚化 は、細胞の病因と重要な細胞プロセスの早期発見への洞 察を提供するのに役立つ。8)  細胞活動は細胞外電子伝達(EET)機構により電気化 学的に操作できる。これは、生細胞内の電子が細胞膜を 越えて細胞外電極に伝達される仕組みである。酸化還元 活性種を有する細胞膜透過性ポリマーは、EET システ ムにおける効率的な電子メディエーターとして期待さ れている。乳がん細胞のオルガネラの酸化還元状態を操 作させることによって、酸化ストレス型のアポトーシス を誘導できる。9) 本手法は、抗がん剤由来の細胞毒性の 制約なしにがん細胞の治療がおこなえる観点から興味 深い。また、細胞質の酸化還元状態が概日時計に影響を 与えるという観点から、細胞膜透過性電子メディエータ ーはシアノバクテリアの概日時計を電気化学的に調節 できる。10) さらに、EET を介して廃棄バイオマス中の 培養微生物から電気化学的エネルギーを収穫したり、細 胞膜透過性電子メディエーターによって微生物に追加 の呼吸経路を創出させることで貴重な生分解性ポリエ ステルの産生を向上させた。  4.3 課題と挑戦 体内には細胞膜に加えて上皮バリアやBBB など様々な 物理的バリアが存在する。PMB30W が上皮バリアをも 透過できることが明らかになりつつある。一方で、将来 の実用化に向けて考慮すべきいくつかの課題がある。ま ず、積み荷分子の性質によっては細胞膜透過性が損なわ れる場合が考えられる。次に、ナノキャリアが生体内分 子と相互作用することによって意図した活性が示され ない可能性がある。これらの問題を克服するには、実験 結果とコンピューターシミュレーションより積み荷分 子を安全かつ効率的に供給するためのナノキャリアの 合理的な設計をおこなう必要がある。最後に、癌免疫療 法などの組織や臓器への積極的なターゲティングも全 身薬物投与には必要である。今後、高い組織透過性と標 的性を達成するためにナノキャリアの分子設計の概念 を確立する必要がある。 5.まとめ リン脂質を模倣した合成高分子は、生体との非特異的相 互作用をなくすための生体材料として実績を積んでき た。一方、この生体不活性特性とは別に、本稿では、リ ン脂質を模倣した両親媒性ポリマーの細胞膜透過現象 に焦点を当てた。このバイオミメティックなポリマーは、 細胞膜の物理的障壁を越えて非エンドサイトーシスで 細胞質に侵入する。透過機構を明らかにするために、水 素イオン漏出を検知する新しい細胞膜障害性アッセイ を開発した結果、ポリマーが細胞膜空孔を形成すること なく逆ミセル様構造形成によって脂質二重層をすり抜 けることを示した。今後、バイオエンジニアリングでの 様々な応用が見込まれる。  謝辞 本研究は、新学術領域研究「ナノメディシン分子科学」 (#26107705)、日本学術振興会科研費(19K12776)、 中谷医工計測技術振興財団、立石科学技術振興財団から の財政的支援によってなされた。ここに謝意を表する。 参考文献

1) T. Goda, et al., Biomaterials, 2010, 31, 2380.

2) T. Goda, et al., Langmuir, 2019, 35, 8167.

3) K. Ishihara, J. Biomed. Mater. Res. A, 2019, 107, 933.

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5) Y. Imaizumi, et al., Acta Biomater., 2017, 50 , 502.

6) Y. Imaizumi, et al., Analyst, 2017, 142 , 3451.

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8) X. J. Lin, et al., Biomacromolecules, 2014, 15 , 150.

9) M. Kaneko, et al., Biomacromolecules, 2019, 20 , 4447.

参照

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