要約:縦隔炎は様々な疾患に引き続いて発生するが,降下性壊死性縦隔炎は歯科および頚部 感染症によって起こる,致死的で緊急を要する病態である。歯科および頚部感染症は一般的 に見られるものであるが,頚胸部の臨床所見を認める場合には直ちに頚胸部CTを施行するこ とにより,降下性壊死性縦隔炎を早期に発見することが可能となる。患者を救命するためには, 積極的な頚部や縦隔の外科的ドレナージが必要である。また術後も膿瘍の再燃が起こり得る ため,その早期発見のためにCTが有用である。降下性壊死性縦隔炎はすべての臨床医が把握 すべき病態であり,総説した。 Key words: ①deep neck infection, ②mediastinal abscess, ③computed tomography, ④surgical drainage, ⑤debridement
Ⅰ.はじめに
急性縦隔炎は重篤な感染症のひとつであり,多くは 食道穿孔や胸骨縦切開による心臓大血管手術後に起こ る。降下性壊死性縦隔炎(descending necrotizing me-diastinitis, DNM)は,急性縦隔炎の原因としては稀で あるが,縦隔炎の中でも特に重篤で致死率の高い,口 咽頭膿瘍や頚部外傷などに伴う膿瘍が筋膜間隙に沿っ て縦隔へ至る炎症性疾患である1)。深頚筋膜に沿って 感染が縦隔へ到達すると,壊死,膿瘍,そして敗血症 へと進行してゆく。診断や縦隔ドレナージの遅延,不 適切なドレナージが,本疾患の高い致死率に直結して いる。CTを用いた早期発見,積極的なドレナージ, 抗生物質の普及など,医療環境の発達した現代におい ても,DNMの致死率は高いと言わざるを得ない。 DNMに対する外科的治療は,特に縦隔ドレナージに 対する適切な施行方法について議論の残るところであ り,頚部からのドレナージのみでよしとするものから, 積極的に開胸を行うべきとするものまである。今回は DNMの病態ならびに治療方法を中心に総論する。 この論文は今号のハイライトで取り上げています。 嶋津 岳士,角 由香,中森 靖,他.降下性壊死性 縦隔炎 —最新の治療戦略.日集中医誌 2008; 15: 1-4.Ⅱ.定 義
DNMの定義は,Estreraらによれば,①重症感染症 の存在,②典型的な画像所見,③手術時や剖検時に確 認される壊死を伴う縦隔の感染,④口咽頭感染と壊死 性縦隔炎との関連性の証明とされている1)。厳密には, 臨床ならびに画像所見からDNMと判断されても,手 術や剖検がなされていないとDNMと診断できないこ とになる1)が,画像診断の発達した現在では頚胸部 CTにて十分診断可能である。頚部食道の穿孔に伴う 縦隔炎は除外するが,挿管時の咽頭穿孔に伴う縦隔炎 は,DNMに含めるのが一般的である1)〜4)。Ⅲ.発生経路と病態
頚部の筋膜(fascia)は浅頚筋膜と深頚筋膜とに分け られ,浅頚筋膜は広頚筋とその下の皮下脂肪組織まで をいう。一方,深頚筋膜は浅葉の他に,中葉(気管前葉, 内臓葉あるいは臓側筋膜,頬咽頭葉,前甲状腺葉),深 葉(後葉,椎前葉,翼状葉)の三層に分かれている。こ の三層の筋膜は組織学的に異なるものではなく,お互 いに連続しており,臨床解剖学的に分類したものであ る1),2),5)〜12)。これら筋膜によって間隙(space)が形成 *1横浜旭中央総合病院呼吸器外科(〒241-0801 神奈川県横浜市旭区若葉台4-20-1) 受付日2007年 2 月16日 *2昭和大学医学部呼吸器外科(〒142-8666 東京都品川区旗の台1-5-8) 採択日2007年 6 月16日Fig. 1 Spaces in the neck Fig. 2 Pathway from neck infection to mediastinal
abscess され,例えば舌骨レベル以下では気管前間隙(前内臓隙,
pretracheal space),血管内臓隙(血管内間隙,頚動脈 間隙, vascular visceral space),後内臓隙(posterior visceral space)などが存在する(Fig. 1〜Fig. 3)。 気管前間隙は,後方は気管や喉頭,前方はstrap muscles(胸骨舌骨筋,胸骨甲状筋,甲状舌骨筋,肩甲 舌骨筋からなる),頭側は甲状軟骨や舌骨,尾側は上縦 隔前面(大動脈弓部上縁から気管左右分岐部レベル, 第4胸椎レベル)までの縦隔に囲まれた間隙である。 気管前葉は,気管分岐部において心膜や壁側胸膜と連 続していることから,気管前間隙の膿瘍も心膜炎や胸 膜炎の原因となる(Fig. 1〜Fig. 3)。 血管内臓隙は頚動脈鞘(carotid sheath)に覆われた 間隙であり,これは深頚筋膜の三葉の癒合によって形 成されたものである。鼻咽頭レベルでは旁咽頭間隙 (側咽隙, parapharyngeal space)の後茎突区に相当す る。内頚静脈,内頚動脈,総頚動脈,第9〜12脳神経(舌 咽神経,迷走神経,副神経,舌下神経),交感神経を含 んでいる。これらの構造物とともに縦隔内へ膿瘍が降 下することもある(Lincoln Highway)1)が,同部組織 は密であるため降下することは比較的少なく,膿瘍は 頚部に限局することが多い(Fig. 1〜Fig. 3)。 後内臓隙は下咽頭腔の背側に存在し,前方は深頚筋 膜の内臓葉によって食道と,背側は深頚筋膜の椎前葉 によって境されている。また,この後内臓隙は,翼状 葉(alar fascia)によって咽頭後間隙(retropharyngeal space)と危険隙(danger space)に分けられている。 すなわち咽頭後間隙は,前方は深頚筋膜の内臓葉によ り,後方は翼状葉により境されている。この2枚の筋 膜は第1〜2胸椎レベルで癒合するため,咽頭後間隙 も尾側は第1〜2胸椎レベルで消失する。この部位は 壁側心膜や縦隔壁側胸膜と癒合しており,同部位への 感染の波及により,心膜炎や胸膜炎をきたすようにな Fig. 3 Illustration showing the route of the descending necrotizing mediastinitis る。一方,深頚筋膜の椎前葉の前方,翼状葉の背側に 存在する危険隙は,頭蓋底から横隔膜まで開存してお り,危険隙が感染に冒されると直ちに縦隔まで障害を 受ける。Lincoln Highwayという名称は血管内臓隙に 対して付けられたものであるが,Estreraらも指摘し ているように,むしろ危険隙の方がHighwayと呼ぶ にふさわしい印象がある1)。危険隙に膿瘍が原発する ことは稀であり,一般的には危険隙をとりまく咽頭後 間隙や旁咽頭間隙の感染の波及によって起こる(Fig. 1〜Fig. 3)。 頚部感染症はこれら間隙を通って縦隔へと進展して ゆくが,重力や呼吸運動,胸腔内の陰圧も関与してい る(Fig. 2,Fig. 3)。DNMの70%は危険隙を通って広 がり,気管前間隙を経由するものは10%弱に過ぎな い。残りが血管内臓隙を下降するが,この場合には内 頚動脈の破綻や内頚静脈血栓症,脳神経障害(Vernet 症候群,Collet-Sicard症候群,Villaret症候群など)を 伴う危険性がある。 椎前間隙(prevertebral space)は深頚筋膜の椎前葉 の背側,椎骨の前方にある間隙であり,脊椎カリエス
Ⅳ.臨床症状
DNMの一般的な臨床所見は,発熱,疼痛,敗血症で あり,入院時の症状所見として頻脈,動悸,頚部の発 赤・腫脹,頚部や上胸部の皮下気腫・びまん性褐色硬 結,咽頭痛,嚥下痛・嚥下困難,呼吸促迫や喘鳴,呼吸 困難・胸痛,見当識障害などが挙げられている1),13)。 頚部症状に胸部症状が伴う場合には,直ちにDNMを 考慮に入れなければならない。 感染が縦隔へ広がることにより全身状態の悪化,低 栄養,毛細血管透過性の亢進,脱水,血圧低下,呼吸促 迫症候群,胸膜炎,肺炎,膿胸,心膜炎,心タンポナー デへと進行する。そして酸素化能の低下,肺動静脈シャ ントによる呼吸機能の悪化をきたし,播種性血管内 凝固症候群,多臓器不全,心肺停止へと進行してゆ く1),5)。 稀に気管気管支瘻をきたすほか7),14),15),膿胸に対す る胸腔ドレナージ洗浄中に食道穿孔を併発したり3), 経横隔膜的に裂孔から腹腔や後腹膜腔へ膿瘍が進行し てゆく1),16)。さらに,血管壁の溶解穿孔や動脈瘤をき たすほか,血管内臓隙を経由して上腕の筋膜炎を引き 起こすこともある2),17)。Ⅴ.画像所見
縦隔炎の発見の遅れはDNMの高い致死率の要因と なっているが,理学的所見や臨床経過から縦隔炎を診 断するのは容易ではない5),13),18)。 DNMの単純X線写真の特徴は,咽後ないし気管後 の軟部組織影の拡大,気管陰影の前方移動,ならびに 上縦隔陰影の拡大(Fig. 4),ときに頚部皮下気腫,縦 隔気腫,胸水貯留,心拡大などである5),13),18)。頚部側 面単純X線写真において,成人では咽後(咽頭後部軟 部組織,postpharyngeal soft tissue, PP)が椎体前後径 の約30%,気管後(気管後部軟部組織,retrotracheal soft tissue, RT)は椎体前後径とほぼ等しいのが正常 であり,咽後が同部位の頚椎の半分を超えると異常と Fig. 4 Chest radiography demonstrates widening of the superior mediastinum される19) 〜21)(Fig. 5,Fig. 6)。具体的には第2頚椎下 縁において咽後が7 mm以上,第6頚椎下縁において 気管後が22 mm以上で異常と判定する19)〜21)。頚部 の場合は高圧撮影が有用である。 しかし,これらの所見が認められてからでは手遅れ である1),2),5),18)。CTであれば高い確率で直ちに縦隔炎 の診断が可能であり,その所見として正常な脂肪層の 消失を伴う軟部組織の浸潤影や筋層の浮腫状変化,液 体成分の貯留やガス像,食道壁の肥厚などが挙げられ る2),5),13),18),22)。胸部CTにて軟部組織のびまん性浸潤 影が25 HUよりも高いか,または正常脂肪層の消失を 伴うガス像を認めれば縦隔炎と診断し得る20)。また, ガス像の存在は縦隔感染と強く関連しているとされて いる20)。また胸部CTにて単房性あるいは多房性の境 界明瞭で輪状の低吸収領域(20 HU未満)を認めれば, ガス像の有無にかかわらず縦隔膿瘍と診断される20) (Fig. 7,Fig. 8)。 DNMの画像診断がつけば,直ちに頚部ないし胸部 ドレナージを施行する必要がある。ただし,急性感染 性縦隔炎の原因としてしばしば見られる特発性食道破 裂を除外する目的で,全身状態や状況が許せば水溶性 造影剤による食道造影を術前に緊急に施行しておくこ とが望ましい23)。Ⅵ.原因疾患と原因菌
1
)原因疾患 DNMの原因疾患としては,歯科膿瘍,扁桃周囲膿 瘍,咽後膿瘍,喉頭蓋炎,副鼻腔炎,耳下腺炎,頚部外 傷などが挙げられる1),2),4),13)。Brunelliらによる1960 〜1995年のDNM 58例の集計によれば,原因疾患と して最も多いのは歯原性(57%)であり,咽後膿瘍Fig. 5 Cervical radiography of a normal subject
The width of postpharyngeal soft tissue is less than 7 mm(a: 2nd cervical vertebra) and of ret-rotracheal soft tissue is less than 22 mm(b: 6th cervical vertebra). Fig. 6 Cervical radiography of a patient with descend-ing necrotizing mediastinitis The postpharyngeal and retrotracheal soft tissue is widened(a: 2nd cervical vertebra, b: 6th cervical vertebra).
Fig. 7 Chest CT appearance of multilobar mediastinal
abscess(58-year-old female)
Fig. 8 Chest CT disclosing mediastinal abscess and
pleural effusion(63-year-old male) (14%),扁桃周囲膿瘍(11%)と続いている2)。本邦で は歯科感染症よりも頚部感染症の方が原因として多い ようである22),24)〜26)。
2
)原因菌 DNMの原因菌は多くは混合性感染であるが,とく にストレプトコッカス,スタフィロコッカス,バクテロ イデス,緑膿菌が多く検出される2),13),16),18),22),24)〜27)。 好気性菌が閉鎖間隙で増殖すると嫌気性菌が繁殖し, ガス産生性壊死が進行するという特殊な環境要因が 存在する1),2)。歯原性の場合にはβ溶連菌が最も多 い13)。Mihosらは,ICU滞在が長期に及ぶ症例では胸 水や気道分泌物から緑膿菌を検出したとしている16)。 切開排膿以前の投与抗生物質によっても検出菌が左右 される。口腔咽頭常在菌のカンジダやアスペルギルス も念頭に置く必要がある2),5),28)。いずれにしても縦隔 炎の診断がつき次第,広域スペクトルの抗生物質投与 を開始し,培養結果を待って適切な抗生物質へ変更す る1),2),5),13),22),27)。3
)併存疾患 口腔内や頚部の感染症は決して稀な疾患ではなく, 多くは消炎鎮痛薬ならびに抗生物質の投与により治癒 する。しかし,症例によっては稀に難治性で致死的な 縦隔炎へと広がってゆく。その患者素因として糖尿病 や肝硬変,重喫煙,ステロイドや免疫抑制薬の投与, 精神疾患,薬物中毒やアルコール依存症などが挙げら れており13),16),18),22),25),26),かかる状態における頚部感 染症においては,縦隔炎を引き起こしやすいことを念 頭に置き,治療ならびに経過観察を行うことが重要で ある。4
)縦隔炎発症までの期間 Estreraらは縦隔炎10例を経験し,原因疾患から壊 死性縦隔炎までの期間は最短で12時間以内,最長で2までの期間は 1 〜 4 日,平均 1.8 日と報告されてお り16),ほんの数日間の診断の遅延が生命予後を左右す る1),4),7)。DNMは稀ではあるが,ひとたび発症すれば 致死的である。広域スペクトル抗生物質の静脈内投与 のみでは不十分であり,頚部縦隔の的確で積極的な外 科的ドレナージを必要とする。すなわち広範なデブ リードメントと壊死組織の除去,縦隔や胸腔内の洗浄 ドレナージ,臓側胸膜肥厚時には剥皮,心嚢液貯留時 には心嚢ドレナージを行う5),13),22)。広範な縦隔炎に “wait-and-see approach”は適切ではない4)。また,頚 部膿瘍に対するドレナージ後にもDNMは起こり得る ことを念頭に置く必要がある。 縦隔ドレナージにはHowellらを引き継いだEstrera らのコンセプトが頻用されており,それは,後方は第 4胸椎以下あるいは前方は気管分岐部よりも尾側に縦 隔炎が広がった場合に経胸的ドレナージを行うとする ものである1),17)。第4胸椎レベルといえば,気管前間 隙の尾側縁にあたる。EndoらはDNMを,気管分岐部 より頭側に留まっているもの(Type 1),下前縦隔に 及んだもの(Type 2A),下前後縦隔まで進展している もの(Type 2B)の3群に分類した24)。これを受けて Hiraiらは,本邦で報告されたDNM 43例を分析し (Type 1:19例,Type 2A:18例,Type 2B:6例) Type 1では経頚部アプローチが63%,開胸が16%, , Type 2Aでは胸骨縦切開22%,開胸22%,経前縦隔 17%,Type 2Bでは開胸67%の割合で手術アプロー チ方法が選択されていたことを明らかにした25)。 Marty-Aneらは1994年に,DNMはその広がりにかか わらず積極的な開胸ドレナージを基本とすべきと報告 した7)。しかし,1999年に彼らは,開胸ドレナージを 強く勧めることに変わりはないが,膿瘍が極めて上縦 隔に限局しているのであれば,段階的な経頚部的縦隔 ドレナージの選択も許容している18)。しかし慎重な 経過観察を行い,縦隔膿瘍に伴う敗血症へと進行して ゆく傾向が見られたならば,決して遅延することなく 開胸ドレナージを行うべきとしている18)。 縦隔ドレナージには,頚部,後側方切開開胸,胸骨 左右の胸腔洗浄ドレナージが可能であるが,左背側の 横隔膜直上の視野は悪く,術後骨髄炎の危険性も残さ れている13)。 クラムシェル切開(胸骨横断両側開胸術)は両側乳 房下部の弓状にわたる切開法であり,縦隔や心嚢,両 側胸腔内の外科処置が広範な視野のもとに可能であ る。本法はRisらが報告しているように,DNMに伴う 両側急性膿胸に対して,縦隔膿瘍の掻爬ドレナージの ほかに一期的に両側の剥皮術や心膜切開を加える際に は有用である29)。しかし一方で,骨髄炎や内胸動脈 の損傷の恐れがあるほか,左背側の視野が悪いという 欠点があるうえ,極めて重症な患者には過大侵襲であ るため避けるべきとされている13),29)。この広大な視 野は極めて魅力的であるが,閉胸にかかる労力には閉 口する。 最近では胸腔鏡によるアプローチ法も選択されてい る。1990年後半にRobertらや川真田らがDNMに対 する胸腔鏡下ドレナージを報告して以来,様々な症例 報告が見られるようになった30),31)。Minらは,胸部 症状出現から3〜7日(平均5日)に半側臥位で右側か ら胸腔鏡下縦隔ドレナージを施行したDNM 4例を経 験し,術後14〜47日(平均29日)にて退院ないし転 院,術死なしと報告している32)。術後も胸水残存に 対する処置を要したのみであり,とくに縦隔炎早期発 見例であればDNMに対しても胸腔鏡下手術の適応と している32)。Isowa らや Nagayasu らも胸腔鏡下に 手術を施行し,良好な結果を得た 1 例を報告してい る33),34)。縦隔炎の発見が遅れるほど,すなわち抗生 物質投与が長期に及ぶほど,隔壁形成による膿瘍腔の 形成拡大ならびに多房化をきたし,手術が困難となる ことはしばしば経験されることであり,縦隔炎の早期 発見ならびに早期治療が胸腔鏡下手術を成功させる因 子の一つである。また,患者が片肺換気に耐えられる 状態であることも条件となるが,かつては全身麻酔に 耐えられなかった症例も麻酔可能となってきている。 胸腔鏡下ドレナージを推進する側の考え方としては, 「確実な切開排膿ドレナージが必要なのは理解できる
が,後側方切開に要する開胸閉胸に伴う手術時間の延 長,過大侵襲による全身衰弱を考慮すると,負荷の大 きいアプローチ方法は賛成し難い」というところであ ろう32)。光学器具の発展のもと,左右分離肺換気や 敗血性ショックの麻酔に習熟した麻酔科医により麻酔 が行われ,胸腔鏡手術手技を習熟している呼吸器外科 医が迅速かつ的確に切開,排膿,ドレナージを遂行 し得ればよいものと思われるが,否定的な意見も多 く13),22),まだ一般的とはいえないのが現状である。
2
)気管切開の必要性 DNMに対する外科的縦隔ドレナージ時に,気管切 開を必ず施行するか否かにも議論がある。気管切開を 施行する根拠としては,①経口挿管の場合,手術後, 抜管時に咽喉頭がすでに頚部感染によって浮腫状と なっていることが予測され,その際には抜管後の再挿 管が極めて困難となり致命的であること,②抜管後の 咽喉頭浮腫に伴う病棟での窒息を防止できること, ③嚥下機能の低下に基づく誤嚥が起こりやすいこと, ④気道分泌物の増加に伴う吸引を頻回に要すること が予測されること,⑤気管切開に伴う感染を危惧する 声もあるが,すでに頚部は感染巣であり,十分に解放 ドレナージしているので新たな感染源とはみなせない こと,⑥深頚部膿瘍の時点で気管切開をおいてあるこ となどが挙げられる1),4)。一方で,かかる日常的な気 管切開は不必要とする根拠に,さらに脆弱化した大血 管の晩期損傷の可能性があること,気道分泌物の吸引 であればミニ気管切開で十分であること,よって上気 道の浮腫に伴う高度狭窄による呼吸困難例に対しての み気管切開を施行する,という報告もある2),29)。これ は緊急気管切開の手技の功拙のみならず35),術後看護 体制や主治医の考え方によっても左右され得るものと 思われる。3
)縦隔ドレナージ後の経過 術後も抗生物質の経静脈投与,ならびに必要に応じ て胸腔ドレーンからの洗浄を行う7),14),26),27),31),32)。か つてはイソジン加生理食塩水にて経ドレーン洗浄が行 われ,その濃度や量,回数ならびにイソジン譫妄の傾 向と対策など様々な議論がなされてきたが,イソジン の体腔内投与の禁止が確認されて以来,その議論は下 火となってしまった。 術前のみならず周術期にも頚胸部CTは重要であ り,それは,最初の外科ドレナージが常に十分という ことはなく,再手術や再ドレナージが必要となること もしばしば見られるからである13),18),32)。さらにドレー ン位置の確認,洗浄中止時期やドレーン抜去時期の決 定,術後敗血症持続時の再手術のタイミングの決定に も有用である13),18),22)。 Freemanらは,術後48〜72時間後から定期的に CT撮影を行い,必要に応じて再手術を行い,極めて 良好な結果を示している36)。一方でPapaliaらは術後 臨床所見が改善しない場合に頚胸部CT撮影を行い, 必要に応じて再手術を行い,これも良好な結果を示し ている13)。術後の定期的なCTの必要性は明らかとさ れていないが,いずれにしても,「頚部縦隔ドレナージ を施行すればもう安心」と思わないこと,再手術を躊 躇しないことが肝要である。 術後,頚部縦隔感染症の軽快に伴って経口摂取を進 めてゆくが,誤嚥には十分注意する必要がある。これ は気管切開が施行されている場合には当然であるが, 気管切開が施行されていない場合にも頻繁に起こり得 る。これは,咽頭後間隙は正中固定が無く,嚥下に関 与しているが,この間隙がDNMによって癒着ないし 障害されると,円滑な嚥下運動ができなくなるためと 考えている。 感染症に対するドレーン抜去時期の決定は,症例ご とに臨床経過によって検討すべき問題であるが,頚胸 部CT所見が正常に復し,ドレーンからの排液が培養 で陰性になった時点で抜去するのが一般的と思われ る7),16)。縦隔ドレーン挿入期間は,Mihosら(6例)は 8〜22日(平均13日),Marty-Aneら(12例)は8〜25 日(平均14日),Sanchoら(7例)は13〜25日(平均15 日)と報告している16),18),27)。Estreraらは経頚部的に 左胸腔内へ挿入したドレーンによって左腕頭静脈の糜 爛,裂傷から左胸腔内への出血をきたし,死亡した症 例を経験している1)。同様にIchimuraらは,DNMに 対して頚部ドレナージ後36日目にドレーンに接して いた部位の腕頭動脈破裂を経験したことから,たとえ ドレーンが細く軟らかくとも経頚部的ドレーンを3週 間以上同じ場所に留めることは避けるべきとしてい る37)。Ⅷ.予 後
DNMの入院期間は長期にわたることが多く,Marty- Aneら(5例)は63〜157日(平均89日),Takanamiら (5例)は25〜87日(平均48日),Brunelliら(5例)は 24〜52日(平均35日),Minら(4例)は14〜47日(平 均29日),Mihosら(6例)は18〜45日(平均27日)と報 告している2),7),16),22),32)。術後も敗血症やdisseminated intravascular coagulation(DIC)の治療が必要である こと,感染再燃に備えて慎重な管理を要すること,ド レーン抜去し得た後も元々存在する併存疾患の管理に力がなされてきた。1930年代,抗生物質が無かった時 代の報告では,DNMの死亡率は55%(外科的治療を 施行した68例では35%,手術を施行しなかった42例 では85%)に及んだ1)。その後,抗生物質の普及や麻 酔,ICUやCTなどの医療環境が進歩したにもかかわ らず,その致死率は依然として高く,死亡率は約40% と報告されていた1),4)。しかし,近年のDNMに対す る歯科医,口腔外科医,耳鼻咽喉科医や外科医らの理 解,積極的な頚胸部CTでの画像診断により,その致死 率はおよそ20%前後まで減少してきている5),13),18),27)。 Brunelliらは,1960〜1995年の死亡率は31%であっ たが,1990〜1995年では15%に減少していると報告 している2)。ただしDNMは稀な病態であるため,少 ない対象症例数においては,1例の死亡が大きく死亡 率を左右することを考慮に入れなければならない。今 後の症例の蓄積により,死亡率も減少してゆくものと 思われる。
Ⅸ.おわりに
縦隔炎は様々な原因によって引き起こされるが,な かでも歯科および頚部感染症に引き続いて起こる DNMは致死的である。歯科および頚部感染症は一般 的に見られるものであるが,胸部症状や危険因子を有 する症例に対しては,たとえ胸部単純写真が正常で あっても,すみやかに頚胸部CT撮影を施行し,縦隔 炎を認める場合には直ちに集中治療の対象とする必要 がある。迅速な診断ならびに積極的で的確な頚部縦隔 ドレナージならびにデブリードメントを複数科の連携 の下に行うことが重要である。術後も頚胸部CTを用 いることにより,ドレーン抜去時期の決定,新生膿瘍 腔の早期発見およびドレナージが可能となる。DNM は科の枠を超えた全身管理が要求される疾患であり, 総説した。 enough. Ann Thorac Surg. 1990;49:780-4. 5) Kiernan PD, Hernandez A, Byrne WD, et al. Descending cervical mediastinitis. Ann Thorac Surg. 1998;65:1483-8. 6) Levitt MGW. Cervical fascia and deep neck infections.Laryngoscope. 1970;80:409-35.
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Abstract
Descending necrotizing mediastinitis: its early detection and acceptable approach
Makoto Nonaka*1, Mitsutaka Kadokura*2
*1 Department of Chest Surgery, Yokohama Asahi Central and General Hospital *2 Department of Chest Surgery, Showa University School of Medicine
*1 4-20-1 Wakabadai, Asahi-ku, Yokohama, Kanagawa 241-0801, Japan *2 1-5-8 Hatanodai, Shinagawa-ku, Tokyo 142-8666, Japan
Mediastinitis is caused by various diseases. Especially, descending necrotizing mediastinitis(DNM) is a life-threatening emergency after dental and oropharyngeal infection. Every physician should acknowledge the DNM and, in this article, the DNM is reviewed. The dental and oropharyngeal disease is common in DNM, however, if cervical and chest symptom is apparent, neck and chest CT shoud be conducted immediately for early detection of DNM. Aggressive neck and mediastinal surgical drainage is essential for the patient survival. Postoperative follow-up using CT is useful for detecting the recurrence of abscess. Key words: ①deep neck infection, ②mediastinal abscess, ③computed tomography, ④surgical drainage, ⑤debridement J Jpn Soc Intensive Care Med. 2008;15:41〜48.