翻 訳
年 の 大 聖 堂 祭 典
ゲオルク・ヴェールト 髙 木 文 夫 訳
偉大な日々が終わった。世界のように偉大で,大聖堂のように偉大な日々が。実際 にはケルンの人々は国王のために火中に飛び込まなかったが,水中に飛び込んだと言 うことが出来る。
木曜朝 時から 時まで驟雨以上に見事なものがあっただろうか。地上の立憲君 主制の国王に夢中になって,民衆は天上の絶対君主,雲を集めるゼウスを忘れてしまっ ていた。激怒したゼウスは突然水門を開き,神を忘れた群衆の汚れたところすべてを 力を込めて洗い清めたので,誰にも洗い落とす物はたった一つの罪深い税でさえ残っ ていなかった。
認めねばならないが,運命は神々に不老不死の飲み物ネクターを与えただけでな く,雨水も与えてしまい,雨水が余りに大量だったために,乾いていた哀れな人間が お湿りを最も必要としないときに,過剰に溜まっていた水で片をつけるのは問題にさ えならなかったのである。
ついでだが,うやうやしくじっと待ち受ける群衆に降りかかる強い土砂降りほど愉 快なことはない。屋外の説教壇で説教の最高潮のときにクシャミをせざるを得ない牧 師と全く同じだ。幻想がすべて消えてしまった。敬虔な信徒たちは,すべてのことは
うつし み
現 世であることを思い出し,土砂降りの雨を注がれた人々は濡れて冷たくなった足 で帰宅し,イブラヒム・パシャやポマーレ女王よりも暖かい室内履きのことを考える のだ。
私は乾いた隠れ場から全ての人々が雨水の洗礼を受けているのを見るのが大好き だ。まず最初は微かな風が埃を陽気に地面から吹き上げる ―― 美しい婦人の巻き毛
よろい
が優雅に輝く頰にゆらゆらとかかる。それからそっと感じ取れるほどの風が,窓の鎧
ど さじきがわら
戸と桟 瓦をガタガタ鳴らす ―― 貴婦人の衣装はスラリと調和の取れた体にますます ぴたりと合った。その上に最初の重い数滴が落ちたが,それは液状の真珠のように,
水を求めて喘ぐ地面に転がっていく ―― 貴婦人は不安げに見上げ,雪のように白く 美しい横顔はうっとりとして濃紺の空とは対照的だ。今嵐と降雨が同時に起こり,埃 が巻き上がって窓がパタンと音を立てる ―― 貴婦人は幸せそうにショールを肩にか け,鵞鳥の雛鳥が親の翼を探すように不安げに雨傘を探して見回している。嵐と雨は ますます激しくなる。その若い美女はますます落ち着かなくなる。傘もない,外套も ない,屋根もない,ましてよける場所もない。そのとき雲の中で一番不躾なやつがパ ーンとはじけ,天と地は濡れたままの抱擁や接吻に酔いしれる ―― 貴婦人は憑かれ たように逃げ出してゆく。ああ,しかし,彼女と一緒にかなり年配のご婦人や泣いて いる子どもたちも,のっぽのギムナジウムの生徒や臭い宮廷顧問官,田舎の不作法者 や教養ある都会人,兵士や職人,野菜売りの女やスリたちも逃げ出してゆく。とうと う貴婦人は雑踏の中に紛れてしまい,一群全体が大声で悪態をつきながら手近な逃げ 口に殺到する。帽子や靴,杖や火の消えた煙草を人の渦の中に残して,ますます前進 し,ますます荒れ狂い救いようのない天候に追われる。ああ,全員退却より面白いも のはない。
残念ながら,私は大聖堂建立の日の有名な祭典の雨を上機嫌に見ることにはならな かった。非常に大胆に自分の部署を主張しようと固く決心して,ちょうど大聖堂入り 口前に根を生やしたように立っていた。何故なら,三歩先に帝国摂政大公殿下と国王 を見ることになっていたからである。このとき自分が黒白と黒赤金が独特に混じり 合った雰囲気の中にあったことを認めなければならない。雨が落ちてきた。私は初め て国王のために堪え忍んだ。私はそれを誇りに思っている。私は半時間待っていた,
雨の中を。恋人はあるいは国王を見ようと思う者はそんなにも愚直でいられるのだ。
その間国王も帝国執政大公殿下も大聖堂から出てこようとはしなかった。
おどおどした期待に苦しめられ,雨に打たれながら,私は物思いで暇つぶしをして
いた。プロイセン国王は本当に立派な国王ではないのか。いや,本当に彼は立派な国 王だ。一人の君主が無遠慮かつ礼儀正しく一つの町を取り扱うとすれば,それはフリ
カーニヴァル
ードリヒ・ヴィルヘルムのことだった。善良なケルン市民が単純に謝肉祭の色鮮やか な鈴付き帽子を王に渡した時,私自身そこに居合わせなかっただろうか。私たちは
コメーディエン・シュトラーセ
劇 場 通 りで,アイザーショイ・ホールの前に,謝肉祭協会酒場前に立っていた。
私の思い違いでなければ,そこへ国王の馬車がやってきたが,現在ベルリン会議代議 員代表のB博士と一緒に代表者たちが馬車のドアに歩み寄り,とても見事な帽子,道 化帽を手渡したのである ―― こんな大胆な行為に及ぶなんて,神のみぞ知るという ことだ。ネロやティベリウスのような人物だったら,すぐに我々の首をはねさせただ ろう ―― しかし,フリードリヒ・ヴィルヘルムは道化の帽子を微笑みながら受け 取った。その時以来私は彼が賢明で機知豊かな男で,ネロのような人間ではないと確 信している ―― ケルン市民の無邪気さ万歳。
ケルンの火花は本来鈴の付いた帽子を決して脱がせることはなく,年がら年中レー マー・グラスの軋む音のように耳に「嗚呼,ひぇー」と鳴り響く。これらの人々と真 面目に関わりを持とうとすれば,裏切られ売り飛ばされてしまう。冗談は彼らの性格 の基本的な特徴で,この冗談はどんな折りにでも彼らをむずむずさせ,笑い飛ばして,
全世界は彼らのためにだけ存在する。祖父が寝間着と堅く結びついているように,ケ ルン子は昔のデコボコしたケルンと愛すべく堅く結びついている。ユーモラスな祖父 とユーモラスな寝間着。謝肉祭以外に毎年少なくとも二つあるいは三つのまさに徹底 的な祭りを市壁内で行わなかったなら,ケルン子は全く不幸である。音楽祭,高位聖 職者あるいは芸術家の出迎え,過去の栄光を追憶する祭典,政治祭典,新しい白衣の 到着,ボック・ビール祭り等々。可能なあらゆる祝典に対し準備が整っている。少な くとも年に二,三回何らかの祝典で全ての鐘と全てのレーマー・グラスを鳴らし,少 なくとも年に二,三回大砲や小臼砲を打ち,花火を打ち上げ,破風を旗で満たし,
家々のドアを樫の落ち葉で,自らの背中を晴れ着で飾る。少なくとも二,三回全世界 がすばらしい聖者像を見られるように,教会を開け,余所者がケルンの人々がとても 敬虔で,愉快な人々であることを納得するように飲食店を広く開けておく。少なくと も二,三回飲み屋の重要人物に見事な演説をさせ,町の音楽家全員にはいくらかの控
えめな楽しみのためにヴァルトホルンを吹かせ,年に二,三回玄武岩でできた古い ギュルツェニヒの土台を陽気な市民の踊りや宴会で揺らす。これまではそうだった。
将来もそうだろう。グロース・マルティンやバイエン塔がライン川に臨む限り,ライ ン川上を古い旗幟りが三つの王冠と の花火と,ある程度ケルンで飲まれる白や赤 のワインの象徴である,白と赤の色とともにはためく限り,ケルンには祝典があるだ ろう。
このように思い出と遊び,湿気と甘い期待に震えながら,私はさらに半時間ものす ごい雑踏の中に立っていたようだったが,その時大聖堂の扉の前で不穏な動きが起 こった。口々に囁き,首を伸ばし,傘をすぼめ,帝国摂政大公殿下と長い口髭と軍人 姿の人物が大聖堂の中庭に向かってお辞儀をした。帝国摂政大公殿下とプロイセン国 王が前に進み出た。帝国摂政大公殿下は小柄な老人で,善良そうな顔つきで大きな頭 は禿げている。実際,この真面目な頭は氷河が平和なアルプスの谷間に懸かるように,
優しい顔に乗っかっている。この老紳士は灰色の軍用外套を着て,全く愛想良く見え た。大聖堂の敬虔な熱気の後で,湿っぽい外では寒気を感じているようだった。彼は 外套の襟をしっかりとつまみ合わせ,滑らかな石の上を慎重に,気取って歩いた。帝 国摂政に最高の敬意を持っていなかったら,私は泣くよりも笑うことの方がより親密 に感じられたと思う。つまり,皇帝や帝国執政は相変わらず少なくとも七フィートの 高さで,ぞくっとするような腰回り,幅広い胸,おぞましい髭をしていると思う ――
一言で言えば,皇帝は,私の意見では,大ぼら吹きで,騎乗するごとに一,二頭の雄馬 を乗り潰し,トルコ人を生きたまま食す男でなくてはならず,いつも帝国拡張論者で,
舗道をサーベルで音を立てながら,最後の審判の恐怖をすべて思い起こさねばならな い。それ故,老ヨーハンの安らかな顔を認めたときどれほど嬉しかったことか。私は 全く馴れ馴れしい気分になって,両手がポケットに入っていなくて,物見高い隣人た ちに押し潰されて,心臓の動きだけが不可能になって,帽子を振り回すことが全く考 えられないことになっていなければ,帽子を頭からもぎとり,歓迎して帽子を振って いただろう。よろしい,老大公にしてドイツ帝国摂政は例外的に私が気に入るところ だった。私に関する限り,発言でも著作でも彼を侮辱することは決して企てなかっ た。彼に関する限り,ヨハン殿が同じように私に同情し,私の首を刎ねさせることな
どないことを期待している。プロイセン国王はすでに以前から知っていた。彼は相変 わらず青年のように赤い頰と抜け目のなさそうな微笑の,同じく見栄えの良い男だ。
我が隣人の何人かは,勿論いくらか痩せた,苦悩と悲嘆の跡が顔つきに窺える,国王 の眼は以前ほど民衆に信頼を寄せているようには輝いていないと主張した ――
このような見方は根本的に間違いであると私は思っている。私はこれまであれ以上 に快活な陛下を見たことがない ―― その原因は存在しないのか,すべては希望通り に進んでいないのか。すべては再び落ち着いて,再び失礼な暴動が勃発することに なったとしたら,ハンゼマン氏をさんざんに殴りつけることにならないだろうか。だ から私は喉を振り絞って叫んだ。「国王万歳」と叫んだ。数人の年老いた将軍たちが 嫌悪感を引き起こすような顔で二人の後ろに踵を接するようについて行き,奇妙な眼 で私を,まるで私の王室賛美の叫びにもかかわらず,いくらかの疑いを感じ取り,「野 郎,お前は隠れ共和主義者だな,お前なんか悪魔にさらわれちまえ」と言おうとして いるかのように私を上から下までジロジロ見たので,私は声を弱めた。―― その時 国王たちは防御用の馬車に身を沈め,彼らの背後から民衆,のっぽのギムナジウムの 生徒,臭い宮中顧問官,田舎の不良,教養ある市民,兵士,手工業者,野菜売りの女 やスリが波のように押し寄せた。大聖堂の石でできた葉の飾り綱で鐘が唸り,菩提樹 の枝にいる巨大な虫のように音を立て始めた。笑ったり,呪ったりしながら,殴った り,祈ったり,不平を言ったり,万歳を叫んだりしながら,群衆の流れは路地に押し 寄せていき,好敵手の魚の目を踏みつけ,喜びと熱狂の余り,家々の壁によじ登るな どと言っていた。[ここまで『新ライン新聞』第 号 年 月 日付け]
ヴェスヴィオ山が赤い火の塊を濃い青色の海へ投げ込むのは感動的な光景だ。アル プスの氷河が谷へ転がり落ちるのは崇高な眺めだ。ナイアガラが河床に向かって,泡 を立てるのは壮大に違いない ―― しかし,それよりはるかに感動的で,崇高で,壮 大なのは神聖都市ケルンのギュルツェニヒの広間で,大聖堂建設の祝典へ来た , 人の,おなかをすかせたお客が鰊サラダをガツガツ食べ始めることだ。私は生涯にお いてこれ以上に印象深いことを眼にしたことがない。この場面は忘れられないだろ う。大聖堂と鰊サラダを愛する者として,沢山のお金を払って,私は大聖堂建立中央 協会事務局で祝宴の切符を買った。私はこの時より鰊サラダ一人前に高価な沢山の満
足とともにお金を払ったことはない。それどころか半日もその後ろを付いて走ったの である。シュニッツラー氏があんなに上品な男でなかったなら,私はまだ走っている だろう ―― すべては鰊サラダ一人前のためだ。恐ろしいほどの二日酔いになってい ただろうと言うべきかもしれない。
しかし,読者がご存知のようにそうはならなかった。私はその朝ずっと臣下らしい 抑えたユーモアで,大聖堂の出入り口に立ち,贅沢なワインよりも廉価な雨水を味 わった。ついに帝国執政閣下と国王陛下が姿を現し,ついに私は二人に驚き,ついに 私はプードル犬のようにびしょ濡れになって戻って,目前の正餐のために身支度する ことができた。
神のように美しく,狼のようにお腹をすかせて私は広間に入った。敷居でもう驚き のあまり,危うく宙返りをしてしまうところだった。これがあのギュルツェニヒなの だろうか。何と奇妙な変わりようだろうか。
嗚呼,青春時代に,ペーター・パウル・ルーベンス氏が生まれ,メディチ家のヴィ ーナスが亡くなったと,非常に真面目なケルン市民から聞かされた,あの有名な家か ら遠くないシュテルン小路に住んでいた時代から,私はギュルツェニヒを知ってい る。―― 嗚呼,当時私はまだ頭がまともであって,謝肉祭の時には毎度借金して時 計を買い,神聖都市ケルンの路地をを飛び跳ねる,とても綺麗な仮面を古くからの,
無愛想な友人に隠れて作ることを義務だと思っていた。私は黄色い長靴を履き,黒の メリヤスズボンを履いて,胸に鎧を当て,首にレースの襟を巻き,頭に床屋の洗面器 を被り,右手に恐ろしい槍を持つドン・キホーテを演じてはいなかったか。
私の後ろには地球のように丸いお腹の,田舎風の衣装を着たサンチョがついてき て,私はギュルツェニヒでは少なくとも沢山のとても愛らしいドゥルシネーアを踊り に挑発し,最後には足が体の下で動き続けて,顔色の悪い屍のように永久に忠実で,
忘れがたい,当時は熊の扮装をしていた,我が友クリュッチュの胸に沈んでしまった のではなかったか。
嗚呼,何もかもがどれほど変わってしまったことか。かつて神聖都市ケルンの最も 秀でた道化だけが,色とりどりに混じっているのを見た,同じ広間で,同じ喜びの広 間で,今この時私は限りなく長い食卓に,嗚呼,神よ,政治の,祓い清めた頭,ヘッ
センの,オーストリアの,シュヴァーベンの,バイエルンの,ハンガリーの,オルデ ンブルクの代議員と,彼らの真ん中に他ならぬ真っ黒な主任司祭,枢密顧問官,商人,
そして他の人間社会に有用な構成員を見て ―― 私は泣かねばならないと思った。
かつては薔薇や葡萄蔓が見下ろして広間の天井からは今は怒ったような帝国の鷲が 覗いていた。かつては最も優れた洒落男の頭が飾っていた柱には今は様々なドイツ領 邦の紋章盾が懸かっていて,広間の壁には「すべての道化万歳」の代わりに ――「唯 一のドイツ」と「あらゆる人に喜びを与え,誰にも悲しみを与えてはならない」とい う代わりに ――「協調と忍耐」と書かれていた。
限りない悲哀が私を襲った。私は初めて忌々しい革命,さらに付け加えて,善良な ケルン市民が一度だってしたことがない革命が,我々から全ての楽しみを奪おうと脅 かしているのを感じた。食卓の列を通り抜け,気味悪いほどに理解ができないことを 話している民衆の代表者たちの傍を私はとても悲しい気持ちで通り過ぎたが,それは ひょっとしたら昔の朽ち果てたギリシアの神の精神がプロテスタント教会のツルツル になったベンチの傍を幽霊のように通り過ぎたのと同じだったかもしれない。巨大な 部屋の高いところで,以前ドン・キホーテに扮した私が我がドゥルネーシアを追いか けたのと同じ場所を,高貴なガーゲルンがドイツ統一の後ろから駆けていくのを見て,
サンチョ・ゾイロンが,その著名な騎士が驢馬の早足でよろめくのを追いかけようと 努めているのを見たときようやく私は再び心から真に笑うことができたのである。
この現象の愉快なことが私を多少なりとも慰めたのだ。私は少なくとも世界からユ ーモアがすべて消えてしまったのではないと確信したし,ちょうど鰊サラダの代わり に食欲をそそる鮭が食卓に泳いできたので,生命の危険もなく,食器を我が物にして 数人の見知らぬ参会者の間に自分を押し込み,食前の祈りをモゴモゴと言った。いつ ものように私はホメーロスの一節をヘクサメーターで祈った。
「そして,尊敬すべき創造者がやって来て,食卓にパンを乗せ,
そして,料理の多くを集めた蓄えから,
そして,私は両手を美味しく調理した食卓へと持ち上げた。」
大聖堂建設協会会員の ギュルツェニヒにおける
祝宴 大聖堂礎石設置 第六回祝賀を記念して
1848 年 8 月 15 日
* イタリア風サラダ
ライン産鮭
ヴェストヴァルト風雄牛の背肉 インカーマンの祝宴歌
ヴェストファーレン風ハム,サラダ豆添え 葡萄蔓ヲ讃エヨ等々
鶏の詰め物
落ち葉で飾られた野生獣のパイ 等々
甘いスープ・デザート
ツェルトリンガー 10 グロッシェン,モーゼル。ブリュームヒェン 20 グロッシェン,
シャッツホーフベルガー 40 グロッシェン
リープフラウミルヒ 25 グロッシェン,アールブライカント 10 グロッシェン,ボルドー 25 グロッシェン
シャンペン,ギーセレ=ムム或いはロワソン 2 ターラー
美味しく調理された食事を読者にはまずもさらに詳しく紹介しなければならない。
食事の時には料理は決して副次的な物ではない。我が読者がご存知のように,鰊サラ ダの後に鮭が続いた。しかし,決してそれで全てというわけではなかった。だから私 は各客人が皿の傍らの大型判の献立表をつかみ,後で目録全体を誠実に充分味わった かどうかを確かめようと家に持ち帰ったが,それは賢明なことだった。特別に気持ち を落ち着けようとしたのである。
献立表は忠実に写し取ると次のようであった。
全体は唐草模様と寓意図で囲んであった。酒蔵番人,解読不能な人物,帝国の鷲を 連れた極めてキリスト教的ゲルマン的な顔の輩,四番目にはプロイセンの鷲を連れた 同一人物。
ドイツの良質な新聞,特に,この祝典について,いつもは内容豊かで美しい文体の 報告を載せる『ケルン新聞』が,このような記録文書を併せて掲載しなかったという ことに触れないわけにはいかない。割愛の理由はどんなに努力しても追究することは できないが,私が聞く限りでは,悪意が根底にあるわけではなさそうで,それは勿論 他のあり方でも期待はできなかった。
ザルム
献立表を念入りに研究し,私の鮭に ―― 魚に,ザルム侯爵ではなく ―― ナイフと フォークで,最後の時が来たよと予告した後,初めて私は隣席を見回した。見知らぬ顔 ばかりで,みんな餌に没頭していた。 , 人もの人々の間に座り,誰とも話を交わし てはならないというのは悲しい。独房の囚人のような気持ちだ。だから私は隣の男の 腕越しにシャンペンをグラスに注ぎ,極めて卑屈に謝って,会話を始めたのである。
その善良な男は流儀を持っているようだった。何故なら彼は罠にかかって,すぐ私 に自分はオーストリア人で,フランクフルト国民議会の一員だと打ち明けたからだ。
「私はあなた方が我々の大公をとても好意的に迎えたことに感激しています」と彼は 言った。「それは私の心をなごませました。私にはケルンの方々の礼儀正しさを充分 に讃えることはできません。こんな熱狂や万歳の叫び声を聞いたことは滅多にありま せん ―― 帝国執政閣下を国王陛下よりも好意的に迎えるなんて ―― 」対話は私には 生真面目になりすぎた。「申し訳ありません ―― あなたは思い違いをなさっていらっ しゃいます。帝国執政閣下の到着時にケルンの高台に登り,それ故お出迎えの全容を 鳥瞰し,あるいはもっと高い場所から見た飛行船のコックスウェル船長は私に,式典 にはおおいに文句がある,一度だって太陽が輝かなかったし,これ以上ないほどひど い降雨だったときっぱりと言いました。」―― オーストリア人は驚いて私を見た。「し かし,いずれにせよ」と私は続けた。「私たちは帝国執政閣下のことは非常に喜びま した。神の罰を受けると思っています。擦り切れた上着を着て,白い胴着を身に付け,
頭をむき出しにして我が町に入ってきた,親切な老人を,昔懐かしいおとぎ話を見つ けました ―― ところであなたは献立表にもう目を通されましたか。」
そのオーストリア人は大型判の献立表を見た。「イタリア風サラダは味わいまし た。」前もってどんな思い違いも防ごうと彼は胴着から鉛筆を取り出し,問題の料理 にバッテンを付けた。「このサラダはラデツキー自身が混ぜ合わせた物ほど立派では ありませんね。」オーストリア人は非常に驚いてもう一度私を見た。「サラダや」と彼 は改めて話し始めた。「鮭は分かります。ヴェスターヴァルトの雄牛の背肉も知って います。しかし,インカーマンの祝宴歌とはどんな意味でしょう ―― 料理の間にあ ります。それは料理なのでしょうね。」
「勿論ですとも。政治料理です。真にゲルマン風のラグーで,三行あるいは三皿で す。」――「驚きです」と知りたがり屋の男が答えた。「それからヴェストファーレン のハムとサラダ豆が出ます。またまたこの二つははっきりとしています。しかし,そ れから葡萄蔓ヲ讃エヨですって。」
「これはワインソースとトリュフを付け合わせた,最高に詩的な鴨です。」――「何 と仰有います」とオーストリア人は叫び,指を嘗めた。「それから鶏の詰め物と野生 獣のパイ,これについては疑念はありません。どちらも選り抜きの二品です。しかし,
最後にまたですね,落ち葉で飾られた ―― これは何ですか。」私は死んだ駱駝のよう に顰め面をした。「落ち葉で飾られた,というのは真に国民的な食餌です。大学生た ちは何よりもまずこれを愛しています。コンパの度に食卓に載せ,ビールで湿らせて 飲み込むのです。その他にも陽気な酒飲み全員の口の中にも見つかります。私がひど い思い違いをしていなければ,老年のアスムースがある晩妻とともに戸口に立ち,星 を眺めていたときにそれを発明したのです。大聖堂建立中央協会がこの料理を直接
「ヴァンツベルガーの使者」を通じて運ばせたように思われます。」――「それはとて もご丁寧なことです」とオーストリア人が言った。そこで私は彼を甘い食事に,デザ ートに,ワイン・メニューに,そしてパウロ教会の将来を委ねた。
私は右手の隣人から向かい側の卓友に向きを変えたが,彼は純粋にウッカーマルク のアクセントで,ガチガチのプロイセン人であることや様々な高貴な祝典用の言葉 で,尋常ならざる教養の持ち主であることをすでに証明していた。彼も国民議会議員 だった。私は直ちに栄誉礼をして,彼に我が精神の塩と我が会話の芥子を差し出した。
しかし,彼はライン川の鮭は油と酢の方が美味しいと主張していた。「あなたはベル
リンで鮭をお食べになることは滅多にないのですか」と私は彼に訊いた。「滅多にあ
かぶら
りません」と彼は簡潔に答えた。「しかし,私たちはテルトウの蕪はたっぷり食べま す ――」私は悲しい気持ちになった。私はすでに最初の試みで,我がプロイセン人 の不滅の魂は途方もない奮闘なしには,蕪畑の地平線を持ち上げることができないこ とが分かった。だから私はご時世を現在の最も刺激的なものにする手段使った。「本 当に帝国摂政は国王よりもはるかに好意的に迎えられました。」と私はオーストリア 人に向かって叫び,周囲に分かるように大声で言った。
これは効果があった。プロイセン人はフォークとナイフを落とした。「思い違いで す」と彼は非常に深い憤りを露わにして叫んだ。―― 私の計画は成功した。私は黒 白と黒赤金を並べてけしかけたのだ。
この時後者は我らがテルトウ人にもう一度老大公への乾杯や万歳の叫び声を思い出 させようと努めたが無駄だった。黒白は声をすぐに鋭いデスカントにまで押し上げ て,すばやくオーストリア人を圧倒し,瞬時に話し合いを操ることができた。
「間違っています」と彼は改めて言い始めた。セルビアの歌の初めを思い出して下 さい。
「雷鳴が轟くのか,それとも大地が揺れるのか それは雷鳴でも大地でもない
大砲が祝宴に向かって放たれた ペーターバルダイの祝宴に向かって」
「ずっとこの文句が私の頭で唸っていました。国王陛下がドイツからケルンへ渡られ たとき,まるで町中が土台まで縮みあがるかのように,まるで大聖堂が壊れそうにな るかのようではありませんでしたか。そうですとも,陛下はこの出迎えに感動されま した。陛下の目に喜びと幸福が輝きました。いくらか青ざめ,怖ず怖ずと陛下は鉄道 を後にされましたが,薔薇色に幸福に轟音を上げる喜びの町へ入られたのです。」
オーストリア人とプロイセン人は黙った。何故なら広間の反対側で突然嵐のように 挨拶を交わし,床を踏みならし,ナプキンを振り始めて,古いギュルツェニヒが大き
く揺れ,私は何時如何なる瞬間にも建物の下の部屋へ,シロップの壺へ,商店のバタ ー桶へ落ちてしまうかも知れないと思うほかなかった。――
疑いの余地はなかった。ちょうど国王と帝国執政が姿を現したのだ。[ここまで『新 ライン新聞』第 号 年 月 日付け]
「ようこそ,ようこそと我らは叫ぶ,
このとき君たち全員に,
フリードリヒ・ヴィルヘルムよ,
全国民の口がそう響くのだ」
すでに述べた,真にインカーマンのゲルマン的なラグーの最初の一節はそう響いた。
彼はグスタフ・プファリウス博士と同時にオットー・シュテルナウという名前でもし ばらく前から公式なケルン市民歌手になっていたようだった。
「ようこそ,ようこそ,汝に向かって響いてくる オーストリアのヨハンにも
栄誉の盃を我らは汝に渡さん
いにしえ
今日 古の習わしに従って」
このように第 節が続き,我が隣人,オーストリアの代議員はインカーマン・シュテ ルナウ氏の祝宴歌は真にゲルマン的なラグーであり,しかもとても食べられたもので はないことをますます納得したのである。市民歌手プファリウスだったら,これ以上 にうまくはできなかっただろう。
「ようこそ,汝ら全ての誠実な男たちよ,
マイン河畔のフランクフルトから来た者たちよ ようこそ,ラッパが鳴り響く,
ライン河畔の古きケルンへ」
これが第 節で,最終節であって,古いギュルツェニヒは歓呼で,拍手で轟いたので,
私の神経質な懐中時計は驚いて停まったままだった。市民歌手シュテルナウのインカ ーマンは,拍手は単に彼の詩的なラグーに,単に彼のたっぷりな思想と彼の韻律法の 繊細さに向けられたのだと主張するだろう。市民歌手プファリウスは勿論純粋に芸術 的な嫉妬心からいつまでも別の意見を言うだろう。それがどんな様子かは誰にも分か らない。二人の市民歌手のことは彼らの見解とさらなる高貴な競争に委ねよう。律儀 な人々全員の喝采に彼らの実直な努力が欠けることはないだろう。
高貴な方々は歌を歌っている群衆に向かって親しく微笑んだ。しかし,インカーマ ンのポエジーの魔法が巨大な広間の最後の端っこで消えたとき,輝くばかりの軍服を 着て,機知に溢れる顔で諸侯のベンチから飛び上がるように立ち上がったのは,国王 陛下であって,ある時は左手で静粛を求め,又あるときは一杯になったレーマー・グ ラスを持つ右手を挙げて,乾杯の辞を述べて感激させた。
「余は,あるドイツ人男性の健康を祈念し,我が最も忠実なる友人の健康を祈 念して飲む。彼があなた方の信頼を得ているように,余の信頼と愛情を得ている。
彼が我らに二,三の自由なる諸国民を与えるように。彼が我らに二,三の自由な 諸侯を与えるように。帝国摂政大公殿下万歳。」
およそそんなことを陛下は語り,レーマー・グラスを空にして,飲み干したことを きわめて優雅に見せた。―― これは何にもまして観衆を陶酔させる印象を与えたよ うだ。隣席の何人かは歓喜し,荒れ狂った。彼らは同類の人たちをも無邪気にからかっ たと思われるマックス皇帝の時代に戻されたと感じた。例えば,ニュルンベルクで。
つまり,当時愚かな市庁舎の役人たちは帝国祭典が続いている間,未婚の美しい女性 たち全員を町から追い払ったのである。何故なら違法な恋愛沙汰は紳士方が嫌悪する と思えたからである。市門の前に哀れで好色な踊り子たちが立っていて,死ヌホド退 屈していた。そこへ皇帝がやって来た。あっという間に一ダースのこれ以上ないほど
た お や め
美しい手弱女が彼を取り囲み,あなたは物わかりの良いお方ですが,市庁舎の方々は 愚かな驢馬です,陛下があんな頭の弱い人たちにもっと分別を要求されて,私たち舞
姫が祭典を,巻き毛や唇や波打つ胸で賛美しても良いようになさって下さい,と言っ た。
マックスは沈着に愛想の良い女たちの言うことに耳を傾け,微笑んだ。しかし,彼 は前進する前に,約束をする代わりに,間近に立っている若い娘に対し,己の馬の背 後までやって来て,馬の尻尾を摑むよう命じ,もう一人には同輩の後ろに立って,ス カートを摑むよう命じた。最初の女性が駄馬の尻尾を手にとって,二人目が最初の娘 のスカートを摑み,三人目が二人目のスカートを摑み等々となったとき,マックス皇 帝は馬に拍車を当てた。すると, , , , , , ,いやどれだけかは分から ないが,茶色や金髪の,くすくす笑うシュレップタウの女たちと一緒に彼はニュルン ベルクへ向かってさらに進んだ。ニュルンベルクでは皇帝を出迎えようと市庁舎の 人々がすでに市門に立っていた。そして皇帝の到着と同時に馬の尻尾のあまやかな従 者も通過させねばならなかったので,人々は恥と憤りですっかり狂ってしまったと 思った。
ニュルンベルク年代記は,この時の祝典は「かなりいまわしく,朗らかなものだっ た」と付け加えている。
正直なマックスが女性たちにしたように,国王フリードリヒ・ヴィルヘルムはワイ ンに対して行ったのだ。飲み干したことを見せて,彼はギュルツェニヒ全体を魅了し た。ニュルンベルクの頑固な市庁舎の人々が演じたのと同じ役回りを,ケルンでは救 いようのないリベラル派が演じた。それどころか彼らは国王がグラスを飲み干して見 せることだけですべての人々の心を再び摑み,すべてを,そうすべてを, 月 日 から今日に至るまでの全てを忘れさせることができたのを見て驚いたのである。嗚 呼,君たち民主派よ,愚かな共和派よ,ここから立ち去って,首をくくれ。賢明な国 王がグラスを飲み干して見せたことに対しては,君たちのベルゼルカーのような憤激 が何だというのだろう。
国王の後に帝国執政が続いた。グラスを持ち上げながら彼が言った。
「たった今私の健康を祝して下さった陛下のために,プロイセン国王陛下のために,
我らが大聖堂に書かれてある,和合と忍耐のために。」
両君主は抱き合い,接吻し合った。集まった人々の歓声が高らかに響き,彼らの黒
白及び黒赤金の熱情が互いに溢れた。君たちはこれ以上に何を望むのか。全ての民衆 の面前で。この接吻で,この和解の抱擁で,プロイセンはドイツに吸収され,ドイツ はプロイセンに吸収された。相変わらず,双方の帽章間の内戦の亡霊を見ている君た ちはこれ以上に何を望むのか。分裂がすべて終わりになったことは明らかではないの か。嗚呼,しかし,君たちは冷たい打算的な人間だ。君たちは暗い主権者だ。君たち は接吻も抱擁も信じていない。君たちに神聖なものはもう何もない ―― 君たちの冷 たい利己主義だけが神聖なのだ。嗚呼,それでも君たちがケルンに,ギュルツェニヒ に,大聖堂建設の祝宴にいたのなら,君主が国民に対してできることや,国民が君主 に対して屈しなければならないことを学んだだろう。そうだとも,我が古のケルン よ,汝は都市として,誠実だの,義理堅さだのの土地として,見事に自らを示した。
かまど
誰にでもこれから先汝のことについて,汝が騒乱の,革命や無秩序の竈であるとはも う言えないだろう。
は し よ
義理堅いケルン市民の祝辞は端折って,フランクフルト国民議会の議長フォン・ガ ーゲルンに目を転じよう。この大柄な男が登場した。すでに何度も耳にし,読まねば ならなかった,この鈴を付けたゼウスを一度間近に見て,自らの耳でじっくり聞くこ とに,自分の極度に興味津々だったことを告白しなければならない。しかし,老若併 せて,少なくとも 人の男たちが,ガーゲルンは半神半人であり,直接オリンポス の出身であり,ジュピターがオーバーラントの水の精を連れた休暇旅行へ彼を連れ出 したと私を信じ込ませなかったか ―― 私はいつもを信じようとはしなかった。男た ちのお喋りには重きを置かない。彼らは殆どいつもとんでもない思い違いをしてい る。男が男について判断するとき,結果は相変わらずああなった。男はあてにできな い。最近ある美しい女性が雪のように白い歯と恋い焦がれた眼をして,ガーゲルンは 素晴らしい男性で,私は彼に夢中になっているかも知れない,そうそれでも,それに もかかわらず夢中になるわと,確かに証明して以来,ようやく,この瞬間以来私は様々 な噂の真実をそれほどまでには疑うことはしなくなり始めていた。何故なら美しい婦 人の発言はあらゆる事柄で基準であり,婦人の言うことは福音書よりも信じなければ
ナイチンゲール
ならないからだ。 小夜鶯が歌うことや薔薇や百合に書かれていること,そして天使 が人間の姿で言うことはもっと純粋な真理であり,信じるべき,そのために人は生
き,死に,よみがえらねばならない。そうだとも,君の首に飛び付いて接吻し,続い て最も愛想の良い呪いで,自分が正しいままでいるわと言う,漆黒の巻き毛の小さな 人に対しては,ソクラテスやヘーゲルのような人間は何ほどのものだろう。
「婦人が讃える者が有名になり,
そのものは手に名声を持ち,
加えて,心の至上の喜びを持つ」
このようにすでに老ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハが言っている。実際 の所,ガーゲルンは当世の最も幸福な人間になる見込みがある。ケルンの風貌は健康 的だ。若い娘たちが彼に熱中することはほとんど無い。美しい婦人たちは彼を評価で きるだろう。――
ガーゲルンは「一つの自由な強いドイツ」を唱える祝辞を述べた。またしても広間 が拍手で震えた。すべての愛国者と全てのグラスが揺れた。国王陛下はこれに応えて もう一度体を起こした。私が彼をパウロ教会のジュピターよりもはるかに偉大な演説 者であると見なしたことは告白しなければならない。「すでに二度」と国王が言った。
「最も美しき我が青春の愛の充足のために,統一される強いドイツのために乾杯し た。この統一ドイツ建設に働く人々の息災も祈念して杯を交わすように促したい ――
ご列席の,そして欠席のフランクフルト国民議会議員万歳。」
帝国執政大公殿下は国王陛下に続いて,再びケルン市の息災を祈念する祝辞を述べ た。老いた男の能弁はその容姿と同様に感動的なところがあった。老いた君主と古い 都市 ―― 双方は教会の二つの塔のように互いに挨拶を交わした。それはまるで大聖 堂のクレーンとシュテファン教会の塔が抱き合っているかのようだった。
他の演説者の中で目についたのはフランクフルト国民議会の副議長フォン・ゾイロ ンだった。この男には以前一度あったことがあるに違いない。ブリュッセルで,リヴァ プールで,ハンブルクで ―― 私には分からない。しかし,私が彼を見かけたのは馬 車の御者台の上だったことは賭けても良い。そう,そのとおりだ。私は首を賭けても 良い。フォン・ゾイロン氏は馬車の御者だったことがある。それは同じ御者の髭,同
いか
じ御者の厳めしさ,同じ御者の激情だろうか。ゾイロンさん,あなたは何番目でし たっけ。
「お集まりの,高貴なるお歴々」とサンチョ・ゾイロンが始めた。「単純素朴 な言葉を,心から出た言葉を与えなさい。祖国ドイツのすべての地域を通して手 を差しのばし,我々の間に同胞愛が,極限に至るまで支配するようにしなさい。
ドイツ国民の同胞愛万歳。」
愛国者の御者にこれ以上のことが言えるだろうか。高貴なる参会者 ―― 単純素朴 な男 ―― 祖国ドイツが手をさしのべる ―― 極限 ―― 同胞愛万歳。とても素晴らし い。単純素朴な男サンチョ万歳。[ここまで『新ライン新聞』第 号 年 月 日付け]
実際の所,私は多くの貴重な祝辞を聞くのに疲労困憊していた。私は自分の席を 立って,今世紀最大の男たちの姿を間近に見学することが楽しめるようにと広間の高 台の際まで歩いて行った。突然でっぷりと太った男が私の肩に触れて,ヴェストファ ーレン方言丸出しで,私の居場所がそれまで全員が演説に熱中していたために気に懸 けられていなかった,愛すべき君主の見事に美しい髭によって,ジュピターの健康な 外見によって,あるいはフォン・ゾイロン氏の意味深長な類似の特徴によって,極め て魅力的なケーキが見えるのを妨げていると注意しなかったら,どれほど長く私はそ こに金縛りになっていたか分からない。ハム,ゼースト,ドルトムントあるいは赤い 大地の,安息日のように静かな他の町からケルンへ,ワインや祈りや愛国心で活力を 取り戻すためにやって来た,厳めしい,大聖堂建立協会代議員は宴会の高い入場料を 手堅く食べ尽くそうと堅く決心しているように思われた。その尊敬すべき男は帝国摂 政大公殿下,フォン・ガーゲルン氏およびローマ教皇大使のことは殆ど気に懸けてい なかった ―― 彼は世界史の成り行き任せにして,むしろ飢えと渇きという実践的な 利害に取り組んでいた。
「あのケーキが私に見えるようにしていただけませんか」とその善良なヴェストファ ーレン人は最高の愛想の良さを見せながら訊いた。私はこの童子のような年老いた男
の熱狂的な欲望に気づいた。何故なら私に話しかけている間,彼は私を見ないで,
ずっと心を喜ばせるケーキが置いてある場所を見ていたからである。「喜んで」と私 は答え,拳を脇に当てたので,ヴェストファーレン人はビンガーロッホからラインガ ウを,あるいはローランツボーゲンからジーベンゲビルゲを覗くように,私の曲がっ た腕を通して,切望する対象を見ることができた。ヴェストファーレン人は私が彼の もっと深い意図を理解しなかったと思っているようだった。だから,大きな青い眼で,
まるでサロモンの箴言をご存知ないのですか,脱穀している雄牛の口をつながせるな とどこに書いてあるかと訊こうとしているかのように私を見たのである。―― しか し,私はずっと聞き入れなかった。「お願いですから,あのケーキが私に見えるよう にしていただけませんか」と赤い大地の息子がもう一度訊いた。欲望と憂鬱の入り交 じったものが彼の非常に大きな口の周りに漂った。哀れな男の苦しみが私を感動させ た。「喜んで」と私はもう一度叫んだ。「あなたは目が良くお見えになっていらっしゃ らないようですね ―― 私の柄付き眼鏡をお使いになりますか。」右腕で彼の体を元の ままにしておいて,私は左手でテーブル越しに柄付眼鏡を彼に渡した。ヴェストファ ーレン人は面食らった。あなたはとても愚かな人間でなければ,非常に図々しい人間 に違いありません ―― この不幸な,思い焦がれる男はそんなふうに考えているよう だった。そこで彼は勇気を振り絞って,石さえ柔らかくできているかのような,懇願 するような悲しげな声でもう一度言った。「あのケーキが私に見えるようにしていた だけませんか。私は入場券に ターラー グロッシェン支払いました ―― お金はゴ ミですが,ゴミはお金ではありません ―― 私はあのケーキが欲しくてたまらないの です ――」哀れな男の顔に明らかに不安が浮かんでいた。他の側からさらに二番目 の志願者が魅力的なケーキに向かって一直線に進む様を見た。それは恋人のように幾 らかは恥じらいながら左右を見,全体の騒ぎで誰にも見られていないことを確信した 一人の男だった。略奪を成し遂げる絶好の頃合いだった。千本の針に刺されたように,
あのヴェストファーレン人はあちこちへと体を動かし,ますます嘆願し,ますます懇 願するように,彼の無垢な眼は輝いた。
あらが
それで私はそれ以上 抗うことはできなかった。私は脇へ体を転じた。すでに私は 熱く望んでいたものに手を伸ばしていたが,突然哀れなヴェストファーレン人の,
もっと如才ない競争相手が先に来た。自分の相手は以前の隣人,プロイセンの代議員
かぶら
で,テルトウの蕪の騎手だった。彼が本当に悪魔のような素早さで獲得したケーキと ともに立ち去ってゆくのを見て,私は危うく笑い死にするところだった。
しかし,その哀れなヴェストファーレン人は手折られた花のようにくずおれた。彼 はナプキンに穴を空けた。「お金はゴミだが,ゴミはお金ではない」と溜息をついて いるようだ。そこで私はこっそりと逃げ出した。何故ならその男のまっとうな怒りを 恐れたからだ。彼がナイフとフォークで私を殺し,あらゆるケーキの中で最も不吉な ものの代わりに私を食べてしまうのではと私は思った。
私は注意を広間の反対側に向けたが,そこではファン・アーケン動物園を思い出さ せる独特な物音が起こっていて,夜十二時ドイツの大学のビアホールから響いてく る,ブウブウ啼いたり,ぶんぶん唸ったりする音と同じ程度に私の音楽センスをひど く傷つけた。
私は驚いて思わず周囲を見回し,少なからず遺憾なことに,両手足と軽んずべから ざるビール腹でもう一度良く聞いてもらおうとしている,尊敬すべき副会長を見たの である。彼はたぶん自分が単純素朴な人間で単純素朴な言葉だけを話さねばならない ことを改めて証明し,心から全般的な同胞愛について,ギリギリまで祖国ドイツの全 地域を通じて語ろうとしていた。その有名な演説家は乗合馬車の御者が悪天候時に通 りすがりの人々に馬車に乗るようにと誘うのと同じ方法で,両手で合図を送ってい た。
そそのか
しかし,嗚呼,集まっている高貴な方々は二度目には唆されなかった。サンチョが 床を踏みならし,合図を送り,叫んでも無駄だった ―― 真にドイツらしい不作法さ で人々は己の席に座ったままか,あるいはその善良な男の傍を通り過ぎたので,サン チョは終いには言葉の栄誉は放棄し,主人と親方に戦場を譲った。フォン・ガーゲル ン氏はその間再度の演説をしようとはしなかった。
いや彼は数人の代議員を回りに集めただけで,ゼウスのようにオリンポスの住民た ちに囲まれ ―― 諸侯とえり抜きの議員たちのために予約された高台から愛国的な民 衆の居並ぶ列に降りていった。
それは印象深い光景だった。気高いガーゲルンが先頭に立っていたが,現世の崇高
さに健やかに包まれていた。彼の後ろには,降りてくる途中のアポロに似た,それ以 上に注目すべき人物がいる ―― 彼は神々しい巻き毛が抜け落ち始めているが,それ でも相変わらず,歩き方や物腰に優美さと男らしい威厳が現れている。私は手当たり 次第隣人に,この立派な紳士を知っているかと尋ねた。「あのミュラーさんですよ」と 隣人は特に強調して答えた。私は恥じねばならないが,危うく笑ってしまうところ だった。
有名になろうと思っている誰かには,もっと大きな不幸があるかもしれない ――
それでも尊敬すべき代議員の誰にでも,少なくともおよそ名声への忌わしい渇望を 持っていることが確実に期待できる ―― そのような名声を渇望する者にとってミュ ラーという名前であること以上にひどいことがあるだろうか,と言おう。すでに多く の優れた男たちが,知られている名前を持っていて,しばしばもう区別ができず,
木々だけの名前で森をもはや見ないようなときには。ミュラー,ミュラー,こんな名 前は途方もない。生まれたときから運命が彼の勘定書を不可能にした。すでにヨハネ ス・ミュラー,ヴィルヘルム・ミュラー,それどころかヴォルフガング・ミュラーさ え存在しているのではないか。新しいミュラーで,これから何をせよというのか,哀 れなミュラー氏よ。
一方でミュラー氏以外に残りの賓客の元へへりくだることを義務と見なしている三 人目の参会者の姿が認められた。それは物静かに堪え忍ぶ男で,十八年間ドイツの自 由のために「飢え苦しんだ」男であり,共和国がその身体の上,屍の上のみを行き,
栄光溢れるドイツの未来を確信しているので,今は我らが未来の司令長官のために略 奪戦の商品を定めたと主張する男と同一人物だった ―― 一言で言えば,国民議会の ヨブに他ならない人物で,素晴らしい忍耐の持ち主フェネダイ氏だった。
ゼウス,ミュラーそしてヨブがテーブルからテーブルへと歩き回るので,全ての 人々が歓声を上げ,すべてのレーマー・グラスがガチャガチャ音を立てるのは分かり 切ったことだ。
明朗さがクロニオンの額に君臨していた。彼は演説を黒い燕尾服のポケットに突っ 込み,計り知れない精神の,無害な遠くの稲光を気軽に弄んでいるだけだった。ミュ ラーは愛想良く威厳ある平静さで神に正しい背景を与えようとした。彼はいわば親方
の稲光があちこちで光る,美しい夕べの雲のようだ。痛々しく甘い笑みを浮かべたヨ ブは二人の背後で柔和な西風のようにサワサワと音を立てていた。私は三人を目で 追ったが,彼らはお喋りしながら,頷きながら,そして握手を交わしながら,テーブ ルからテーブルへと移っていった。しかし,彼らはすぐに雑踏の中へ消えたので,私 は自分の席へと戻った。―― そこで以前のテーブル仲間のオーストリア人とプロイ セン人を再び見たのは少なからず嬉しかった。後者は口では言い表せないほどの尽力 の後,ちょうどケーキに到達した所だった。黒白の男と黒赤金の男もすぐに戦利品を ドイツの完全な団結で分けようと取りかかっていた。
ポーランドはこのケーキほどにも良心的に分けられなかった。勿論分割に際して,
すぐに私にロシアの役を引き受け,美しき同盟の三人目になるよう申し出があった。
しかし,その話は私の胃には負担が重すぎるかもしれないと言って,拒否したが,そ れは政治的な理由と言うよりも,内面的な理由からだった。
「しかし,あの後ろに」と私は言った。「喜んで私と交替する人がいます。彼はヴェ ストファーレンの方ですから,コサックよりも食べることはありません。その方は何 よりもケーキを愛していらっしゃいます。あの方をご招待しませんか。」「勿論ですと も」とプロイセン人が叫んだ。「それどころか彼に相談することが切に必要だと思っ ています」とオーストリア人が言った。しかし,嗚呼,私が二歩も行かないうちに我 らが友人は呼ばれもせずに近づいてきた。彼の頭はワイン,怒り,そして健康で燃え ていた。彼は私には気づかなかった。何故なら彼の目はこわばってケーキに向けられ ていたからだ。ニヤニヤと笑みを浮かべてヴェストファーレン人はオーストリア人と プロイセン人の間に身体をねじ込んだ。私はすぐにこれがあの男だと合図を送った。
一分もたたないうちに彼らは思う存分食らいついていた。三人全員が。そして哀れな ケーキの美しい飾りがパチパチと音を立てて崩れ落ちた。
しかし,三人がとても幸せそうに食べているのを見て,どうしてかは誰にも分から ないが,ケーキで哀れなポーランドが突然私の脳裏に浮かんで,血管が沸騰し始めた。
全能のパン屋は,偉大な創造者は,この美しいケーキを,この美しいポーランドを君 たちがフォークとナイフで,散弾と流弾で,襲いかかり,全てを入り乱れて攻撃し,
永遠に抹殺するためにのみ作ったのだろうか。私の心臓はさらに早く鼓動した。そし
て大食漢で絶対主義的なヴェストファーレンのロシア人が,立憲主義のプロイセン人 が,いくらか民主主義的なオーストリア人が再び何らかの卑劣な行為を祈念して乾杯 しようと体を起こしたとき ―― 私はグラスをつかんで「共和国万歳」と叫んだが,
それはギュルツェニヒの天井にまで響いた。前代未聞の私の悪事がケーキを分配して いる者にまで与えたに違いない結果を見回す余裕はもうなかった。何故なら私が右手 でレーマー・グラスを持ち上げ,呪いに満ちた言葉が唇から出た,同じ瞬間に私は後 ろについて来る左手が鉄のような拳に捕まれたのを感じ,驚いて振り向いたからだ。
ゼウス・クロニオン,偉大なガーゲルンが私の前に立っていた。広間をさまよい歩く 間に彼は従者とともに私たちのテーブルにも来ていたのだ ―― そうだともゼウスが 自らの拳で私を捕まえていたのだ。私は背筋がゾッとした。お前の状態は良くない。
第一のジュピターがプロメテウスを鷲が彼の肝をつつきだそうとコーカサスにしたよ うに,今第二のジュピターは,気高いガーゲルンは,お前を大聖堂のクレーンに吊し て,愚かな立憲主義者がお前に駄洒落を飛ばすだろう。―― それが私の頭をよぎっ た最初の考えだった。そうだとも,お前は早朝にはすでにあの上空にぶら下がり,お 前の敵がやってきて,笑うだろう。そこへインカーマン=シュテルナウ氏がやって来 て,叫ぶだろう,見ろよ,あそこに私の詩を嘲笑した野郎がぶら下がっていると。そ してグスタフ・プファリウス博士がやって来て言うだろう,見ろよ,あれが私を市民 歌手だと言った人間であると。そこへゾイロン氏が急ぎ足でやって来て,叫ぶだろ う,あれが私が御者のようだと言った悪党だと。そしてフェネダイ氏が走ってきて,
歓声を上げて言うだろう,見ろよ,あれが私を忍耐強い奴でヨブみたいだと言った舌 だと。そうして全員が一緒に姿を見せ,当てこすりを言い,皮肉を言い合い,それど ころか私の目の前に女性を登場させ,接吻もできずにずっと彼女たちを眺めさせるだ ろう ―― 神よ,憐れみ給え。
そんな風に私の頭に閃いた。そして相変わらずガーゲルンの手が私をとらえたまま だった。今にでも彼が私に死や劫罰を私の身の上に轟音を立てて落とすことを待ち受 けていたが,座ったり立ったりせずに,恐ろしく緊張してもう一度彼を見上げると,
私は最初の恐怖よりももっと多く第二の恐怖に襲われるところだった。何故なら,見 よ,偉大な男の顔,それは恐ろしい雲で一杯だったが,これ以上ないほど嬉しそうな
満足感を表して私を見下ろしていた。吊り上げるためでなく,いや挨拶をするために その雷鳴をとどろかす男は私を捕まえたのだ。疑うべくもなかった。彼は私が共和国 万歳と叫んだことを,立憲君主制を大いに評価する叫び声だと思っていたのだ。そし て,悪魔に誓って,確かに全く突然に私は不運な大波に引きずり込まれたのですぐに ヴェストファーレン人,オーストリア人,そしてプロイセン人をケーキの残りととも に視界から失ってしまったのである。ついにガーゲルンの手から解放されて,黒赤金 の大洪水に流されて,テーブルやベンチを越え,とうとう私は広間の反対側の扉の敷 居へと,敷居から階段へと,階段から路上へと放り出されたのである ―― ケルン万 歳,そしてギュルツェニヒの祭典は終わった。[ここまで『新ライン新聞』第 号
年 月 日付け]
昨日から私は突然これ以上ないほど恐ろしい良心の呵責を感じている。元々大聖堂
そ
のことを語ることを企てていたが,小人物によって再三再四逸らされていた。これは 正しくない。私は大聖堂を愛していないのだと言われたくない。 月 日に 回 目の誕生日を迎えたが,古い大聖堂は,毎年惨めに醜くなる通常の老人のようにはい かず,いやあらゆる法則に反し,あらゆる慣習に反して,相変わらず成長し,益々美 しくなる我らが祖父の大聖堂は,周囲に何もない広場に快適な社会的な地位を得てい たにもかかわらず,ライン川にぴったり寄り沿い,あらゆる風雨にさらされてはいる が,それでもまだ偏頭痛やリューマチに悩まされることもなく,加齢にもかかわらず 冬は鼻の周りに雪が舞うのかと首切り役人に尋ね,それどころかどんな嵐でも笑い飛 ばし,ますます陽気にますます信頼し切って世間を覗く,それどころか,一言で言え ば,神聖都市ケルンの最も年取った老人であり,最も希望に満ちた若者である。――
嗚呼,私は昔の大聖堂を愛している。最近大聖堂の誕生日に集まり,年老いた大聖堂 の柱の間を走り抜け,幅広い背中を這い回って,帽子やハンカチで合図を送り,尊い 顔を旗や花輪で飾り,大聖堂のために歌を歌い,祝辞を述べ,改めて毎年 ないし ターラーを大きな上着のポケットに突っ込んで,この善良で,年取った少年が将 来も人生を楽しみ,さらに成長し,栄えるようにとの確約を与える人々を私は愛して いる。
そうだとも,私は大聖堂を愛している。大聖堂が壮健なことは嬉しい。大聖堂は今,