[書評] 高橋 望著『米国航空規制緩和をめぐる諸議 論の展開』 : 白桃書房1999年
その他のタイトル [Book Reviews] Nozomu Takahashi, Economics Related to Airline Deregulation in the United States
著者 榊原 胖夫
雑誌名 關西大學商學論集
巻 44
号 1
ページ 77‑95
発行年 1999‑04‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00019100
関西大学商学論集 第44巻 第1号 (1999年4月) (77) 77
【 書 評 】
高 橋 望 著
『米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開』
― 白 桃 書 房
1999年—榊 原 眸 夫
I.
本書の意義と評価
本書は民間航空における経済規制撤廃に関連して経済学者たちが展開し てきた議論をまとめたものである。著者はそれらの議論の展開をアメリカ の航空政策の推移と,その結果生じた変化とをからませながら記述し,論 評している。本書は著者の長年にわたる研究の成果であり,日本でもアメ
リカでも類書はなく,高く評価されてしかるべきであると考える。
経済規制の撤廃ないし緩和はアメリカでは1970年代前半から80年代後半 にかけて各分野でいっきょに実施された。アメリカ経済は1970年代から80 年代スタグフレーションになやんでいた。 2度にわたる石油危機の結果と
して物価の上昇はさけられず,インフレを抑えようとして経済をひきしめ ると,経済は停滞し失業は増加した。そのなかでアメリカは,いわば伝統 的な価値観にたちもどり, ミクロ経済分野での市場競争重視という方向に 経済政策を転換させたのである。それは航空にはじまり, トラックなどの 交通分野,通信,電力,ガスなどの公益事業,さらに証券,銀行,保険な
どの金融部門におよんで,市場競争を激化させた。
規制撤廃と競争激化の正確な評価にはいましばらくの時をかさねばなる まいが,少なくともそれらが1990年代のアメリカ経済活性化に大きく貢献
78 (78) 第 44巻 第 1 号
したことは認めるべきであろう。クリントン政権のもとで,経済は記録的 な上昇をつづけ,生産性は向上し,失業率は低下し,財政も均衡を達成し た。しかしクリントン政権は70年代後半以降の規制撤廃の成果をうけとっ ているにすぎないと見ることもできる。
経済のグローバル化がすすんだ今日では,規制撤廃は他国のこと,他山 の石とかまえているわけにはいかない。航空の分野でアメリカは規制撤廃 による競争力強化を背景に多くの国と自由な協定をむすんだ。一国がアメ
リカと自由な協定をむすび運賃や輸送力の制限をなくすと,近隣諸国の航 空はその影響をうける。今日では航空輸送における国境の壁はなくなりつ つある。また多くの国は国内航空の自由化をすすめている。とくにEUは 域内の航空自由化を着実に段階的に実行し,今日ではほぽ単一の市場を形 成したとみることができる。
一方規制撤廃にたいする航空業界の対応も進展した。ハプ・アンド・ス ポーク型の路線ネットワーク形成, CRSをつうじるイールド・マネージメ ント,地球的規模のアライアンスなどがそれである。そのような航空会社 の行動を経済学的にどう理解し,解釈するか,またそれらの行動が消費者 にとってプラスかマイナスか,独占禁止法にふれるかふれないか,現実の 航空市場がコンスタプルな市場として機能しているかどうかなど,まだ決 着にいたらない議論は多い。
本書の意義の一つは,本書がとりあげているテーマがグローバルなイン プリケーションをもっていることであり,展開されている議論がアメリカ 経済学者の政策議論でなく,世界の経済学者たちの議論であることにある。
世界交通会議 (WCTR)のなかに航空研究グループ (ATIG)があり,こ こ数年毎年のように国際会議がひらかれているが,そこで報告されるペー パーの論点の大部分は,本書で論じられている諸説のいっそうの展開か,
本書で記述されている航空市場の現実を評価したポジション・ペーパーで ある。
その意味で本書は航空の経済的研究をこころざすものにとって,最初に
米国航空規制緩相をめぐる諸議論の展開(榊原) (79) 79 熟読吟味されるべき書物としての価値をもつ。
本書は 11章から成り,それに序章と結語が加えられている。序章は本書 のねらいと構成を説明したものであるが,結語はわが国の航空政策はアメ
リカの経験から何を学ぶべきかを論じている。
以下各章の内容を点検してみよう。
I I .
航空にたいする経済規制とその結果としての産業構造第1章は航空業に経済的規制が行われるにいたった歴史的背景をとりあ げ,規制あるいは規制撤廃がそれに依拠した経済学を論じている。著者は 規制が行われた背景に, 1930年代の大不況とそれにともなって生じた自由 企業体制の将来にたいする悲観論,ニューディール期にあった政府の統制 にたいする議会の理解があったと論じる。ついで規制の内容にふれ,幹線 への参入規制が固定化した産業組織をもたらしたという。
ついで著者は規制の経済学的根拠として当時広くみとめられていた自然 独占という考え方をとりあげ,それが収穫遠増ないし費用遠減に由来する とし,航空業にはたして規模の経済性があるかどうかを検討する。著者は 今日までの研究を参照しながら,使用機材にはサイズとスピードの経済性 が認められても,企業レベルに規模の経済性はほとんど存在しない。企業 レベルで一見存在するかにみえる規模の経済性は,固定化された産業組織 のなかで,幹線企業が保有する大型機材使用に適した長大路線のせいであ るにすぎない。またそれを前提にして考えても,現実の企業の大きさは最 適規模をこえていたと論じる。したがって航空には自然独占はありえず,
政府の規制がなければ独占は維持できない。
著者の説は正しく議論の余地はないが,少し敷術(ふえん)すれば,評 者は航空規制はそれまでの公益事業とはかたちのうえでは似ていても,そ れとは異なる論理ではじまったと考える。自然独占は19世紀末アメリカで 創りだされた概念で,その創始者リチャード・T・イリは西部の鉄道を観察
80 (80) 第 44巻 第 1 号
していて思いついたといわれている。当時鉄道の規制は東部を中心にすで に州レペルで存在していたが,それらは主に鉄道の独占的な行為から消費 者を守ることに重点をおいていた。連邦レベルの州際商業法も同様の主旨 でつくられたが,自然独占は国家による民間企業規制の正当性を論理づけ るものとなった。簡単に図式化していえば,競争は善であり,独占は生産 量を少なくして価格をつりあげ,独占利潤を企業にもたらすから悪である。
独占には2種類ある。ひとつは人為的独占で,いまひとつは自然独占であ る。人為的独占には独占禁止法を適用して競争を回復させればよい。自然 独占にたいしては,政府がこれを統制して,消費者を独占から守ればよい というわけである。つまり経済学は独占的「行動」から消費者を守るとい う法律の姿勢とは別にマーケットそのものを問題にしたということができ る。このような市場の2分法はエドワード・チェンバリンの独占的競争論 を経て,第二次世界大戦後に産業組織論という研究領城が成熟するまでつ づいたのであった。
しかし航空の規制は,はじめから消費者を独占から守ろうという立場に たっていなかった。むしろ民間航空産業を保護育成させるために,人為的 に独占ないし寡占市場をつくりだし,企業利潤を上げようとしたものであ った。もちろんその背後には航空が将来性をもつ幼稚産業であるという認 識があったが,同時に必要があれば民間航空を国家目的に奉仕させること ができると考えられたからであった。そのため1940年代に幹線航空会社が 経済的自立を達成したのちも,ながいあいだ航空は政府によって保護され てきたのである。
もちろんそのような規制概念はアメリカだけのものでなくヨーロッパ諸 国も,その他の国も同様であった。したがって航空規制の撤廃は航空が国 家目的に資する特別な産業であるという認識がなくなり,鉄鋼業,化学工 業や,電気産業と同じようなひとつの産業になったということを意味した。
著者はつづいて規制緩和論の理論的な支柱となったコンテスタプル・マ ーケットという考えについて説明する。著者が第1章であらかじめ自然独
米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開(榊原) (81) 81
占とコンテスタプル・マーケットをとりあげた理由は,規制や規制撤廃が それらにもとづいて行われたというよりも,むしろ本書のその後の理論的 展開の準備であるように思われる。
コンテスタプル・マーケット論は,周知のように,ある一定の条件のも とで,参入の可能性がつねにあれば,現実の市場が独占であっても,消費 者の利益はそこなわれないという説である。著者は後の章でコンテスタブ ル・マーケットが航空市場に適合するかどうか検証する。
第2章は1978年以前の約20年間の航空市場の分析である。規制されてい る航空市場のなかでジェット機の就航という技術革新が生じた。それにた いして航空業界はどう対応したかがまず論じられる。
航空各社は業績に関係なく,いっせいに新しいジェット機を購入する。
運賃は統制されているため,運賃以外の要因による競争…非価格競争がは じまったのである。そしてそのような競争は超過利潤がなくなるまでつづ く。航空における非価格競争の手段は,いち早い新型機の導入と便数増,
およぴそのもっとも便利な時間帯へのはりつけである。その結果過剰容量 が発生し,ロード・ファクターが減少する。著者はジェット機導入競争と 各社のロード・ファクターとの相関をとり,そのことを実証する。そして 価格と品質をくみあわせることができないため,各社ともサービス水準は 最適から大きくはなれる結果となると論じる。また航空企業は,スケジュ ール頻度をふやさないかぎり,シェアの拡大はのぞめないから,増便につ
とめることになる。
いまひとつ評者がつけ加えるならば,当時の航空会社の株価は,業績に くらべてはるかに高かった。それはおそらく市場関係者のあいだで,航空 業には政府の後ろだてがあり,業績が悪化しても政府が最終的には救済す
るにちがいないという認識があったからと思われる。
著者はつづいて規制当局にどのような選択がありえたかについてオール ソン・トラッパニのモデルをつかって経済学的に解明し,輸送量極大化と なる価格・品質水準は競争市場の方が規制市場に比べて低いことを指摘す
82 (82) る。
第 44 巻 第 1 号
著者はCABの規制をうけた全国市場と CABの規制をうけない州内市 場とを比較する。もちろん州内市場といっても州監督機関の政策はまちま ちであるが,ここでは部分的に自由であったカリフォルニア州およぴテキ サス州の州内企業とを比較する。この種の比較は,エドワード・ケネディ 議員が主催した上院公聴会でもとりげられ,規制緩和の根拠となったもの である。著者は規制によってジェット機導入後の航空市場がどうなったか をつぎのようにまとめる。それによれば,規制は参入を制限し,退出を管 理する一方,合併よって若干の企業数を減らし,価格統制によってサービ ス競争を誘因して品質を押し上げ,ロード・ファクター低下によって資源 の有効利用をさまたげた。その結果平均費用が上昇し,価格引上げ圧力を 生じさせた。評者としてつけ加えるならば,このような傾向はジャンポ機 が導入された1970年代はじめにもくりかえされたところである。それでは 規制によってだれが得をしたのであろうか。通常考えられる受益者は航空 企業とその従業員である。そのほかに補助をうけて航空サービスが提供さ れている小都市の住民,さらにCAB認可企業と長期リース契約をもつ空 港管理者がある。一方運賃水準は高すぎ,その分消費者の利益はそこなわ れていた。この時期に航空業の利益水準が低かったのは,価格が利潤極大 化水準よりも高かったからと説明される。規制はまた利潤極大化水準以上 に輸送力を大きくするため,結局のところ規制の便益をもっとも多くうけ たのは,航空機メーカーであったと考えることができる。
第3章では1970年代に規制をめぐる経済環境,政治環境がどう変化した か規制当局 (CAB)がそれに対してどう対応したかが論じられる。そして 最後に1978年の航空規制緩和法のおもな内容が紹介される。こうして1章 から 3章までで航空規制緩和の歴史が完成する。
60年代後半からはじまった航空需要の伸ぴ率の鈍化にたいして,CABが とった政策はもっぱら運賃値上げであったことにたいして,連邦議会の批 判が高まった。 CABは明確な運賃決定基準をもうける必要にせまられ,
米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開(榊原) (83) 83
1970‑74年にかけて「国内航空旅客運賃調査」をおこなった。その結果運 賃水準は供給原価算定基準としてロード・ファクター55%,投資収益率12
%と定めた。また不当な差別という批判をかわすため,すべての運賃は完 全配分費用によるとした。著者はこの決定を重視し,規制のあり方が法律 的なものの考え方から経済的なものに変ったという。しかしそれは基本的 には費用原則にすぎず,参入やサービス競争と価格との関係を検討したも のではなかった。事実CABの政策には価格競争の抑制,チャーター便の削 減など幹線航空を保護する姿勢がめだった。
一方政治環境にも変化がみられた。規制一般にたいする大衆の反発,イ ンフレの一因が市場にたいする政府の介入にあるという経済学者たちの意 見,規制撤廃にむけたフォード大統領の政治姿勢,エドワード・ケネディ やキャノン上院議員の役割が評価される。一方消費者団体はラルフ・ネー ダーを中心に規制緩和を支持していた。
評者はラルフ・ネーダーは航空については自動車のときほどは熱心でな かったという印象をもっている。自動車のばあいは政府による安全規制強 化の論陣をはったが,航空については規制撤廃を主張することになったた めかもしれないが,むしろ当時の状況では航空はマスコミの注目をうける ほど重要な問題でないと判断したためと思われる。著者はつづいて当時の 規制緩和反対論とそれにたいする反論を紹介し,反論の方が経済的に合理 的である所以を論じる。
つづいて著者はCABの内部に眼をむけ,経済的政治的環境変化にCAB がどう対応したか論じる。逆説的な意味でかれがいなかったならば規制緩 和はおくれていたであろうと評された保守的なテイム委員長の役割,それ をついだロプソン委員長による政策の転換,国内割引運賃の導入,そして 1977年のカーン委員長の登場となる過程が述べられる。
この過程をみると,独立の規制委員会といえども,経済的政治的環境の 変化と無縁ではありえないことがよくわかる。そして時代に適した人事が すすめられ,政策の転換がすすむ。航空のばあいも CABの対応が規制緩和
84 (84) 第 44 巻 第 1 号
への移行をスムーズにしたと著者は考えている。そして章末の表で米国航 空政策の歩みをまとめている。
I l l .
規制緩和とその影響第4章以降第10章までは規制緩和以降になにが起こったかの分析であ る。そのなかで第4章は航空会社が規制緩和にたいしてとった経営戦略に ついてのべている。航空会社は規制撤廃が提案されたとき,ほぼすべて反 対であった。そのなかでいち早く賛成にまわったユナイテッドは,おそら く規制撤廃が不可避とみて,他社にさきがけてそのための戦略をたてるべ しと考えたのであろう。
ユナイテッドにかぎらずこの時期にたてられた戦略は今Hでも世界の航 空会社の経営の甚本となっている。規制緩和直後の1979年には第二次石油 危機があり,コストの上昇,需要の減少があり,航空会社は深刻な経営危 機におちいった。そこに数多くの新規参入企業が登場した。新規参入企業 の運航コストは既存航空会社よりも低かった。低い賃金と低いサービス水 準によって運賃を下げることができたのである。
その結果として市場構造は大きく変化した。著者は1978,1985,1992,1996 年の旅客輸送のシェア分布状況を示して,倒産,買収,合併の数がふえた
にもかかわらず州際定期航空企業の数が増加したこと,業界内のシェア順 位にはげしい変動が生じたこと,寡占化にもかかわらず新規参入がつづい ていることを指摘する。
はげしい競争に直面して既存企業は,経営戦略の優劣が利益だけでなく,
会社の存在,経営者の地位に直接影響する立場におかれた。まず価格につ いては割引がふつうとなり,今日では有償旅客トンマイルに占める割引運 賃利用客は90%,平均割引率も65%をこえた。市場間の運賃格差もひろが った。価格は各市場における需要の価格弾力性に応じて決定されたからで ある。当然のことながらあらかじめスケジュールをきめられないビズネス
米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開(榊原) (85) 85 客にたいして割引はほとんど適用されず,観光客が割引の恩恵をうけた。
路線については,周知のようにハブ・アンド・スポーク型が一般的とな った。著者はハブ空港の成長を跡づけ,フレクエンシーが少ないノン・ス トップ便よりは, 1度ののりかえがあっても便数の多い方が選好されるこ と,航空会社にとってもコストの節約があること, したがって直行型より 運賃を安くできることなど,ハブ・アンド・スポーク型路線の経済的合理 性について論証する。
第5章は経営戦略のつづきで,まず利用回数と距離によって,無料航空 券などの特典を与える FFP(フリークエント・フライヤー・プログラム)
とコンピューター予約システム/イールド・マネージメントがとりあげら れる。 FFPは主としてビズネス客のロイヤルティーを確保する戦略であ る。著者はFFPの会員の行動を分析し, FFPの問題点をも指摘する。産業 全体でみると FFPによって輸送量は増大しているが,不必要な旅行や迂 回ルートの採用がふえていること,出張が多い企業のばあい FFPにたい する合理的な対策が見出しにくいこと, FFPは航空企業にコスト負担を強 いること, FFPは航空企業統合に拍車をかけること, FFPは価格弾力性が 小さい旅客を目標にしているため需要創出効果が少ないことなどが指摘さ れている。
コンピュータ予約システム (CRS) は,多種多様な運賃,多種多様な路 線をサポートした用具であった。そして今日では座席毎の収益をはかり,
属性の異なる旅客の需要の価格弾力性に応じた運賃を設定するイールドマ ネージメントに発展した。著者はその過程をたどり, CRSが航空市場に与 えつつある影響を評価する。
著者はついでコード・シェアリングと企業間提携に筆を進める。 FFPと CRSは範囲の経済を拡大し,各社はネットワークの充実にむけてコード・
シェアリングと相互提携にむかった。そしてそれは国際的な規模にひろが った。コード・シェアリングは個々の政府が課している規制をバイパスす ることができるという利点をもつ。国際航空では市場の理論が国家の理論
86 (86) 第 44巻 第 1 号
に優先することになったということもできよう。著者は「米国の国内航空 の規制緩和によって,航空企業の多国籍化がその緒についた」としめくく る。
第 6章では規制緩和が労働と労使関係に与えた影響が分析される。
規制緩和によって新規参入した航空企業は,労働組合が存在しないか,
従来からの労働慣行では考えられない種類の労働協約をむすんで,低コス ト,低運賃を達成したものが少なくなかった。既存企業はそれにたいする 対応を迫られたが,倒産した企業は労働問題の処理に失敗したものが多か
った。
規制下の航空業では労働組合の力は強かったし,職能別組合であったた めに,ひとつの組合のストライキで全社の運航がとまるということも多か った。したがって賃金水準は他の産業とくらべて高かったし,労働条件も 良かったといえる。規制緩和が提案されたとき,労働組合はおしなべてそ れに反対した。何が起こるかについてある程度の予測がついたからである。
規制緩和後,交渉力は企業側にシフトした。直後に発生した深刻な不況 によって余剰労働力が発生したこともその一因であった。さらに大きな事 件は1981年の航空管制官のストライキにたいするレーガン政権の強固な対 応であった。レーガンは11,000人におよぶ管制官を解雇して,軍の管制官 を配置し,再雇用を拒否したのである。レーガン政権のメッセッジは明ら かであった。また一方で労働者の組織ばなれ,産業構造の変化による組織 率の低下も起こっていた。
規制撤廃後に生きのこった航空会社は何らかのかたちで労働コストの引 下げに成功した会社であった。その方法は,合理化,賃金の切下げ,従業 員の複数職種就業,二重賃金制(新規採用者に従来とはちがう低い体系を 適用すること)などであった。しかしこのような方法の採用には組合への 譲歩も必要であった。雇用の保証,利益のシェアリング(ポーナス),従業 員持株制度,組合代表の経営参加などがそれであった。
会社が提示した賃金切下げ,合理化案にはげしく抵抗した組合にたいし
米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開(榊原) (87) 87
てとられた極端な手段は倒産であった。 82年のプラフニフ社, 83年のコン ティネンタル社の倒産は,従米の労働協約を無効にして,低い賃金に同意
したものだけを再雇用する乱暴な人件費削減策であったといわれる。
著者は規制緩和後の労働条件の変化はマイナスばかりではなかったこと を指摘する。規制緩和によって増大した航空需要のために雇用量は1979年 の33万人から96年の56万人に,乎均賃金も 3万ドルから63,000ドルに増加 したことを指摘,さらに新しくむすばれた労働協約のパタンを分析して,
結果において規制緩和は労働にとっても大きなプラスになったと論じてい る。
第7章は規制緩和が安全性に与えた影響である。規制緩和にたいする反 対論のひとつは,航空会社に一定の利潤が確保されていないかぎり,安全 性は維持されないということであった。航空会社がつねに利潤極大をもと めなければならない状況におかれれば,安全性が無視されるというのであ る。
そこで著者は規制緩和以降安全性がどうなったかを検証する。著者は注 意深くいくつもの指標を規制前と規制後について比較する。事故数,死亡 事故数,死者数,出発便数当たり死亡率のいずれをとってみても事故は規 制緩和後滅少している。しかし,事故率の低下が規制緩和のせいであると 論じることはむずかしい。むしろ規制緩和は安全性にたいして悪影響をお よぼさなかったというのが適切であろう。規制緩和がなかったら安全性は もっと向上していたであろうとか,競争の結果,安全性にたいしていっつ そうの注意がはらわれるようになったという説について実証することは困 難である。
ただし規制緩和が航空会社の整備慣行を変えたのは事実である。総営業 費にたいする整備費の比率は低下したが,有効トンマイル当たり整備費は 増大した。整備ミスによる事故数は減少しているから,規制緩和が整備面 の効率化をうながした可能性がつよいが,同時に最近の機械の整備手順が 簡略化していることもあろう。
88 (88) 第 44巻 第 1 号
一方収益性と安全性との相関をとってみると,統計的に有意ではない。
しかし個別の中小規模の企業では統計的に有意な負の相関がみとめられ た。もっともそれは因果関係ではなく,中小の企業の安全性が低い原因は 収益性以外のものに求められよう。
コミューター企業の事故率は大手ジェット企業にくらべて高いが,規制 緩和以降大きく改善されている。コミューター企業の中でも安全性に格差 があり,小規模のものほど安全性は低い。規制緩和以降コミューター便が ふえたため乗用車からの旅客のシフトが生じ,旅客輸送全体として事故が 減少したことも指摘されうる。ついで著者は航空事故にたいする株式市場 の反応を航空企業と航空機メーカーについて論じ,最後の節で,安全水準 のいっそうの向上が必要であり,安全規制と同時に不法行為にたいする罰 則などが,市場インセンテイヴに加えて必要であるとしている。
規制緩和が行われれば.航空会社は採算がとれない小都市の航空サービ スを廃止するにちがいないというのが反対論のひとつの論点であった。第
8章はその問題にたいする検討である。
規制緩和が行われる以前には航空会社は高密度路線で利潤を確保し,そ れを低密度路線に内部補助することによって路線網を維持していたとされ る。著者はそういう事実はなかったと考える。 CABの規制は非価格競争に つながっただけで路線網の拡大につながらず,ローカル路線は減りつづけ ていた。低密度路線については補助金制度があったが,補助金額も減少し ていた。規制緩和後,小都市航空サービスは例外はあるにしても便数,旅 客数ともに増加した。たしかに大手企業で小都市のサービスから撤退した ところがあった。しかしそのあとに小型機をつかったコミューター企業が 進出したのである。したがって週間便数は増加しても提供座席数は低下し たばあいも少なかった。需要量に適した機材が使われるようになったので ある。また地方路線からハブ空港への乗りいれが倍増して接続も改善され
t
・ ~o
一方インフレ調整ずみの平均運賃は1979年よりも88年のほうが低くなっ
米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開(榊原) (89) 89
たが,大都市(MASA150万人以上)の空港発着の運賃低下は5.0%であっ たのにたいして中小都市のそれは9.3%‑9.6%であった。
ついで著者はアメリカにおける小都市サービス維持にたいする補助金制 度の歴史をのべ,ついで規制緩和当初,免許に記載されていたすべての都 市が10年間サービスを保証される補助プログラムがもりこまれたこと,補 助金総額は減少しつづけたこと, 1990年からは空港・航空路信託基金から 補助金額を調達することになったことなどを解説する。
つぎに著者はコミューター航空の問題をとりあげる。コミューターは規 制時代においても安全規制はうけていたが,経済規制は受けておらず,そ のため自立性が強く,経営ノウハウも蓄積されていた。そしてその輸送旅 客数は1970年の427万人から1993年には約10倍の5,270万人にまで伸ぴた。
コミューターのコード・シェアリングは1984年以降急速にふえたが,それ は大手企業がハプ化を推進した結果である。それによってコミューターの 系列化と集中化がすすんだ。またコミューター旅客の大半はビジネス客で コミューターについての苦情の多くは大手企業に比べて低いと考えられる 安全性に関するものである。安全性は旅客マイルを分母にとるとかなり高 いが,飛行距離が短かく,事故の大半が離発着時に生じることを考え,分 母を出発便当たりにすると差は小さくなる。
最後に著者はコミューターについてアメリカから学ぶべきいくつかの教 訓についてのべる。そのなかで地域振興や所得再配分の目的をもってコミ
ューターに補助金を与える政策が採用されるばあい,入札など効率的,効 果的な手段が工夫されるべきであり,政策目標にたいして航空サービスが 必要であるかどうかの判断は地方政府にまかせられるべきであると論じて いる。
第9章はハプ・アンド・スポーク型路線形成の経済的根拠,ネットワー ク化と寡占化との関係,そしてそれらにたいする経済学評価をとりあつか っている。加えてそれらの路線形成が空港混雑に拍車をかけたこと,それ をどう評価し,それにどう対応するべきかをも論じている。
90 (90) 第 44 巻 第 1 号
著者はまずハブ・アンド・スポーク路線が費用低滅効果をもつことをの ベ,それがどういう理由にもとづくかを分析する。同時にハブ化がすすむ と空港施設の占有が生じ,新規企業や競合企業の参入がむずかしくなるこ とが指摘される。
ところでハプ化は経済的優位性にもかかわらず,企業の収益に直接むす ぴつかず,収益性を決定するのは路線独占の程度であることが実証されて いる。企業は他社を排除する目的で施設の占有をはかり,占有がすすむと ハブ発路線の運賃が高くなる傾向がある。
また規制緩和以降多くの合併・併合がおこなわれ,競争の完全排除や参 入の不可能化はないにしても,大手企業による寡占化がすすんだことも明
らかである。
これらのことをもって規制緩和は失敗であったと論じる人,あるいはそ れらこそ規制緩和の最大の問題点であるという意見,さらには独占禁止法 の適用を考えるべきであるという見解まで,さまざまの状況である。
著者は注意深く,ハブ・システムのもたらすネットワーク外部性の質と 量,企業の最適規模の増大,それにもとずく寡占化の経済性に言及し,最 終的には社会的余剰にたいする影響を比較することでハブ・システムと競 争とを判断しなければならないと主張する。
空港の混雑は規制緩和の失敗というより,空港の建設・運営に市場機構 が活用されず,公共投資というかたちで投資そのものが抑制されてきたこ とから生じたものであると著者は論じる。たしかに航空の規制緩和は空港 の規制緩和がすすまなければ完全ではない。短期的には混雑料金の導入や スロットの入札制などの手段がとりえても,最終的には空港の民営化がな ければならないであろう。
第10章はアメリカの航空規制緩和の国際的影響である。著者は主として ヨーロッパの事例をとりあげて分析している。
アメリカの国際線自由化政策は, IATAにたいする批判と改革にむけて の圧力からはじまった。つづいてアメリカは航空協定の改定をめざし,国
米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開(榊原) (91) 91
際線においても航空企業の活動にほとんど制約がない協定をむすぶことに 全力をあげた。最初は自国需要が少なく,中継交易によって立国してきた オランダ,イスラエル,西ドイツ,ベルギー,コスタリカ,シンガポール などがアメリカとの自由な協定締結に応じたが,次第に自由化の不可避性 とその経済的優位性が認識され,多くの国がアメリカと新たな自由な協定 をむすんだ。その結果実質運賃は低下し,需要も拡大した。その一方で国 内線の大きさと規制撤廃による競争力の強化を背景に,アメリカ企業の積 取比率も増大した。
そのような情勢のなかでヨーロッパは市場統合にむけで慎重な歩みをす すめていた。
ヨーロッパの航空企業の労働コストや生産性は,域内企業間のはげしい 競争もあって米国とくらべて遜色のない水準にあった。しかし国境の壁を 完全にとりはずすということになると調整が必要であった。もともとヨー ロッパのフライトの80%は国際線であった。それを EU内の国内線化する わけである。免税店がなくなるというだけで,空港の経営には大きなマイ ナスになりかねない。EUはパッケージIとパッケージII,と徐々に自由化 をすすめ, 1997年3月のパッケージIIIをもって自由化を完了した。パッケ ージIIIには運賃自由化,カボタージュの解放がふくまれており,それによ って共同市場が形成されたとみてよい。しかし問題は残されている。城内 は自由化されたが,域外との交渉権を ECが完全に保有すべきかどうか,混 雑空港をどうするか,発着枠の配分,航空保安システムの完全統合などが
それである。
著者は,ヨーロッパ人は規制撤廃よりは自由化という言葉を好むが,そ の背後にはアメリカとは異なるヨーロッパの航空環境があったという。し かしそれにもかかわらず,アメリカの規制緩和がもった誇示効果は大きく,
ヨーロッパがアメリカから学んだことも多かったと論じている。
著者は第11章で,規制緩和の市場におよぽした影響の総合評価をこころ みる。その視点は競争の程度の変化,価格競争の成果,生産性の向上,企
92 (92) 第 44 巻 第 1 号
業経営の財務,経済厚生,であり,最後に航空市場のコンスタビリティを 評価する。いわばこの章はこれまでの分析の結論にあたる。
まず定期航空事業をいとなむ企業数は規制緩和後増大したが,寡占化も 進行し, トップ企業のシェアは増大した。しかし競争は都市ペア毎にみる べきで,上位100市場の「有効競合企業数」が4社以上存在する市場は76年 16から, 85年の53,91年の42へと推移し,それらが旅客数に占める比率はそ れぞれ17.8%,から58.2%, 43.8%になっている。規制緩和以前にくらベ ると,寡占化がすすんだといわれる今日でも,市場ははるかに競争的なの である。寡占化は主として「範囲」や「密度」の経済のためである。
輸送量の伸びは規制緩和以前にくらミると若干低下しているが,市場の 成熟度を考えると当然で,規制緩和がなかったならば,輸送量の伸びはは るかに小さかったであろう。実質運賃は,価格弾力的な市場に適用された 割引によって大幅に低下した。インフレ調整ずみのイールド(実収単価)
は93年には76年水準の3分の2になっている。
著者はここで規制緩和後の差別運賃体系をどう評価するべきかを自答す る。たしかにある程度の独占力がなければ価格差別は成立しないが,支払 意志にもとずく市場の再分化は,資源配分を大きくゆがめるものではない と著者は考え,サウスウエスト航空など低コスト企業の参入など規制緩和 がもたらした実質運賃低下による消費者便益を考えると,差別運賃体系に
よるマイナスは,あったとしてもわずかであるとみる。
規制緩和後の運賃低下を可能にしたのは生産性の向上であった。ロー ド・ファクターの上昇にともなって過剰能力が減少したことが大きく貢献
'した。また規制緩和後平均輸送距離が増加したことも営業費用を低下させ た。その結果,労働生産性も,全要索生産性も一貫して向上している。
企業収益をみると規制緩和後から80年代前半まで利益率は低下したが,
それは規制緩和以外の要因によるものである。しかし財務成果の企業間格 差は増大した。 1984年以降収益性は回復, 90年‑92年の不況期をのぞいて,
順調である。ただし各企業の経営戦略の成否が直接財務成果に反映される
米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開(榊原) (93) 93
ようになり,株価や債権価格もそれを反映して変動する。
規制緩和の最終的評価は,その経済的厚生に与えた影響でなければなら ない。今Hまで行われてきたいくつかの研究は,おしなべて規制緩和の結 果として経済的厚生は上昇したという結論に到達している。運賃低下,便 数増などの便益は,一部のりかえの増加,旅行時間の増大をおぎなって十 二分に余りあったのである。
米国国内市場で潜在的競争はどの程度有効に機能したのであろうか。
著者はいくつもの研究を引用して市場集中度が高いほど価格水準は高 く,市場企業数が多いほど価格水準は低いことは実証されるが,潜在的な 競争との関係は証明されないという。またハプ・アンド・スポーク・シス テムや企業の知名度, FFPや旅行代理店にたいする手数料など,参入障壁 も高くなっていると主張する。したがって航空市場をコンステタプル市場 の典型とするのは正しくないが,航空市場が「不完全コンステタブル」で ある可能性も否定できないと結論する。
結語はまとめである。そして経済学者が規制緩和にはたした役割にふれ,
今後の課題と日本の航空政策に言及している。日本の航空政策については,
規制緩和をいかに遅滞なくすすめるか,生産性の向上と国際競争力の回復 をいかにはかるか,空港整備制度をいかに改善するかが問題であると指摘
している。
IV. 本書が意図したもの
このように各章ごとの内容をみてくると,本書の構成が一見簡単なよう にみえながら, きわめて複雑であることに気づく。
本書はいくつもの目的をもっている。本書の目的のもっとも大きなもの はいうまでもなく規制緩和の経済分析でありその総合評価である。著者は 規制緩和が,経営,労働,市場構造,空港,安全性にたいしてどのような 効果をもったか分析し,最後には経済的厚生の立場からそれを評価する。
94 (94) 第 44 巻 第 1 号
第2の目的はアメリカの航空業における規制緩和の歴史をかくことであ る。そもそも航空規制がどのようなものであり,その結果どのような市場 が形成されていたかからはじまりそれが規制緩和の結果どう変っていった かをあとづけている。
いまひとつの目的は,規制に関する経済学説史である。アメリカにおけ る航空規制とその緩和にたいして経済学者たちがどのような経済政策論を 展開してきたかが「経済史」との関連でのべられる。自然独占,コンテス タビリティ,規模の経済,範囲の経済,密度の経済,ネットワーク外部性,
寡占,ラムゼー価格。そしてそれらの理論が航空という現実の場でどのよ うなかたちをとったか,それらの理論はどれほどの妥当性をもっていたか が検証される。したがって本書は交通理論の教科書としても利用できる。
とりあげられている理論的分析は航空だけでなく,他の交通市場や,ネッ トワーク性をもつ他の産業にも適用できるからである。
航空規制緩和には歴史上はじめてといってよいほど深く経済学者が関与 していた。そのことが今日でも航空市場にたいする経済学者の関心を高く している理由である。本書はまた政策と理論とを関連させながら記述する ことによって,新しいかたちの政策論を展開していることに特徴がある。
著者の頭のなかには政策と理論とが遊離してきた日本の学会や,経済理論 をかえりみることなく政策を立案してきた官僚にたいする批判があるかも
しれない。
しかし本書が複数の目的をもって書かれたがゆえに,十分に描ききれな かった部分もないとはいえない。本書の目的が規制緩和の歴史を書くこと であったならば,航空の発展や規制緩和の背後にあった政治経済状況,で
きたばかりの連邦運輸省の役割などについて,いっそう詳しい説明があっ たであろう。
また本書が理論や学説史の書物であったならば,自然独占やコンスタビ リティだけでなく寡占の経済理論についてより詳しい説明があったであろ う。本書の後半部分はネットワーク性や範囲の経済をもつひとつの現実の
米国航空規制緩和をめぐる諸議論の展開(榊原) (95) 95
寡占市場の実証分析といってよいからである。
本書が単に政策論であったならば,市場のパフォーマンスや企業のコン ダクトについてより多くの説明があったにちがいない。
その意味で本書の長所は,また短所ともなっており,本書をよみこなす には,経済学についてかなりの知識を必要とする。
しかし本書の複合的な性格こそ著者がもとめたものであり,また評価さ れるべき点でもある。そしてそれが著者の今後の研究のベースとも,けん 引力ともなるであろう。くりかえしになるが,本書は日本で交通を研究し ようと意図するものが,必ず読み,必ず理解してほしい一冊である。