片 上 孝 洋*

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(1)126 社学研論集 Vol. 12 2008年9月 論. 文. 憲法の基本原理からみる納税の義務. ‑自由意志による贈り物からの仮説‑. 片 上 孝 洋* 与」にあると考えれば,「なぜ国家は国民に租 1. はじめに. 税を課すことができるのか」という問いに対し. 租税の歴史的発展を考察してみると,租税と. 正当な根拠を探し求めているのは,国民側では. は,元来,国民の「自由意志による寄付あるい. なく財政権力を有する国家側であるとは考えら. は贈与」であった,という重要な概念にたどり. れないだろうか。 また,従来の「『租税』とは,. 着く。この概念から,租税の本質は,伝統的な. 国または地方公共団体が,その経費に充てる目. 国家あるいは政府という財政権力者側からの. 的で(特別の給付に対する反対給付としてで. 「強制性」と「無償性」にあるのではなく,納. はなく)強制的に徴収する金銭をいう」[宮沢. 税者である国民側の「自由意志」にあると考え. 1978:710]とする定義のなかに「無償性」と「強. れば,日本国憲法の「租税」概念も従来の財政. 制性」の要素を盛り込んだのは,国家側からの. 権力者側からではなく,国民側から再考するこ. 強い要請があったとは考えられないだろうか。. とに意義があると考える。. さらに,納税者であ. さらに,国民の「納税の義務」を日本国憲法に. る国民が「自由意志によって寄付あるいは贈. 明文化していることも国家側からの強い要請で. 与」するものは何であるかを考えた場合,それ. あったとは考えられないだろうか。. は国民が有する自然権としての財産権の一部で. 「寄付者が自らの意志により公共の事業・団. あると考えるのは至極当然である。. そうである. 体や社寺などの活動に役立つよう,個人の力で. ならば,神聖不可侵性の観点から財産権の保障. できる範囲でお金や品物を無償で贈ること」が. が最も重要であり,自らの財産権の一部を「租. 寄付の概念(1)であると捉えれば,本来,寄付す. 税」として差し出すのは,あくまでも国民の. るのか否か,また,寄付するとすれば,どこに,. 「自由な意志」に委ねることが「租税」全般に. どれだけするのかという決定主体は寄付者自身. 係る法的基本概念であると考える[片上2008:. であり,また,本来,寄付に「無償性」の要素. 210‑215]。. が備わっていることから,寄付に「対価性」の. このように,租税の本質は,納税者である国 民側からの「自由意志による寄付あるいは贈. 要素も備わっておらず,寄付者が自らの「自由 な意志」から始めた寄付行為に何らかの報い(2). *早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程2年(指導教員 後藤光男).

(2) 憲法の基本原理からみる納税の義務. 127. や見返り(3)を期待していないということにな る。 つまり,仮に寄付者に寄付を正当化する根. 2. 納税の義務と租税法律主義. 拠や理由付けが必要であるとしても,寄付を受. (1)国民の側からみる租税法律主義. ける側が寄付を正当化する根拠などを求める必. 租税の本質から見て,それを国民の「自由な. 要はなく,また,租税の本質は「自由意志によ. 意志」に委ねることが「租税」全般に係る法. る寄付」にあり,前述した寄付の概念に照らせ. 的基本概念であるとの立場からすれば,従来. ば,租税とは「納税者が自らの意志により公共. の「租税」に関する定義,理論,実定法などす. の事業・団体などの活動に役立つよう,個人の. べては,国家側の都合,あるいは国家側の苦肉. 力でできる範囲において無償で贈るお金や品物. の策であると考える。 つまり,国民が「租税に. をいう」(4)と捉えるのが素直であり,わざわざ. 託した意志」に国家が応えられない,あるいは. 租税の定義のなかで「無償性」や「強制性」の. それに背く事態に備えて,国家が国民に租税を 賦課徴収し続けるための危機管理を図ったので. 要素を強調する必要はないと考えるからであ さらに,寄付者が寄付を継続するか否か る。 は,それを受けた側が寄付者の意志‑動機. はないか。日本国憲法は,「租税」に関する条 文として84条で「あらたに租税を課し,又は現. 付け‑に応えているか否かが重要な要素で. 行の租税を変更するには,法律又は法律の定め. あり,寄付されたお金や品物を託された側がそ. る条件によることを必要とする」と規定し,財. の託された意志‑動機付け‑を汲み取り,. 政民主主義の原則を歳入面から具体化した原則. それに応え続けていくことができれば,寄付が. である租税法律主義を明記している。. 途絶える心配は無用であると考える。. の租税法律主義は,第3章「国民の権利及び義. ここまで述べてきたことは,「なぜ国民は神. 務」にある30条で「国民は,法律の定めるとこ. 聖不可侵である財産権の一部を惜し気もなく租. ろにより,納税の義務を負ふ」と国民の側から. 税として国家に差し出すのか」という問いに対. も規定されている。 日本国憲法が「租税」に関. する回答を導くヒントがあると考える。. する条文を2ヵ条も置いているのは,国民の財. つま. また,こ. り,国民は明示であろうと黙示であろうと画家. 産権の保障を重要視しているからであるという. に対して何かを託し,それに応えてくれること. 理由ではなく,国家が「租税」という国家財政. を期待しているからこそ財産を差し出す,ある. の基本的財源を恒久的かつ安定的に確保するた. いは差し出し続けているとは考えられないだろ. めにこれらの条文を置かざるを得なかったと考. 国家は国民が「租税に託した意志」を汲 うか。. える。. み取り,それに応え続けていくことができれ. 確かに,租税法律主義は,私有財産制の下に. ば,租税収入が途絶える心配は無用であるとい. 国民の財産権を保障し,課税という形での財産. うことになる。. 権の収奪は,国民の総意の現れというべき法律 の定めに基づくべきものとすることにより,経 済生活の安定を図り,経済活動の予測可能性を 与えようとする租税の基本原則であることは言.

(3) 128. うまでもない。 また,「国民の側からは,公権. 祝しているように見えるが,「租税を実質的に. 力の無制限な行使により,財産権が窓意に侵さ 定義することは,租税法の解釈・適用上,ほと れないため,国家の側からは,自ら満足する範. 租税の学問上の定義に該 んど実益をもたない。. 囲と限度とを,それぞれ法秩序の上で保障しよ 当しない課徴金であっても,実定法上租税とさ それが,租税法律主義の立場であ うとする。. れている場合には,関係の租税法規が適用され. る」[上野1971:4631c租税法律主義の主な内. 逆に,実質的には租税であって るからである。. 容として,①租税は,国又は地方公共団体がそ. も,実定法上租税とされていない場合には,租. 要するに適用 の課税権に基づいて一方的・強制的に徴収され 税法規は直接には適用されない。 るため,課税要件及び賦課徴収の手続は法律に 法規を決定するうえで,租税であるかどうかを よって規定されなければならないとする「課税 実質的に判断する必要は,ほとんど生じない」 要件法定主義の原則」,(卦法律によって課税要. [金子2007:8]という立場をとった場合(5)国. 件や賦課徴収手続に関する定めをする場合,そ 家側に形式的に法律で定められた「租税」が名 の定めはできる限り一義的かつ明確でなければ 目のみであるとしてち,それが国民の財産権を ならないとする「課税要件明確主義の原則」, (彰課税要件が充足されている限り,租税行政庁. 課税という形で収奪する正当な法的根拠を有す つまり, る余地を与えることになると考える。 実質的な「租税」であるかどうかを十分に検討. には租税を減免したり,徴収したりしないとい う自由はなく,法律で定められたとおりの租税. することなく,「ただ法的な根拠が存在してい る」という理由のみで,国家が自ら満足する財 を徴収しなければならないとする「合法性の原 則」,④租税の賦課徴収は公権力の行使である. 源と税収を確保することにつながることもあり これこそ国民の側からすれば形式的な租 うる。 から,適正な手続に従って行わなければならな. 税法律主義の適用であるが,国家の側からすれ いとする「適正手続の保障の原則」が挙げられ 課税という形式で国又は地方公共団体が金 ば実質的な租税法律主義の適用であるとも言え る。 銭を徴収するためには,これらの原則を形式的 る。 に満たしているだけでは足りず,内容的には憲 法の定める基本的人権の尊重,平等原則,生存. また,納税の総額は国の財政政策によって決 定され,かつ変動するから,法律は財政政策の. 権保障などの要求に適合しなければならない。 基本であり,財政が法律によるべきことは,国 このように租税は,憲法,その他の法律の定め. 会に対する行政府の責任を明らかにするという. る実体的・手続的制約に服しているのであっ. 租税法律主義は,罪刑法 民主制の論理である0. て,納税者である国民はその反面として,これ. 定主義が人類普遍の自然法に基づく憲法の論理. らの制約に違反した租税の賦課によって財産権 であって,行政が法律のみならず自然法の支配 租税法律主義 や基本的人権を侵害されないという地位を憲法 を受けるのとは,著しく異なる。 上保障されているのである[畠山2000:31c. は行政府の命令または処分が法律に違反するか. しかし,国民の側から見た租税法律主義は,. 否かを問題とするもので,罪刑法定主義のよう. 私有財産制の下に財産権を保障することを重要 に法律自体の合憲性を審査するものではない.

(4) 憲法の基本原理からみる納税の義務. 129. [田上1985:291‑292]という立場をとった場. 条は特に必要な規定とは考えられないとの見解. 合,国家は公権力の行使が法律に準拠している. [小嶋1987:291],「El本国憲法は立憲民主制憲. か否かが重要であって,公権力の行使やその根. 法として三権分立と国民代表の原理を確立して. 拠となる法律そのものが内容的に憲法の定める. いるので,租税法律主義を規定した84条,30条. 基本的人権の尊重,平等原則,生存権保障など. は法理論的には不必要であるはずである。. の要求に適合しているか否かは重要でないとも. おいては,行為規範にしろ裁判規範にしろ同じ. 言える0. ことを二度規定する必要はない。. これらのことを考え合わせると,国家は,そ. もとでは41条の,国会は『唯一の立法機関』で. の課税権に基づき,その経費に充当するために. あるという条項からも租税法律主義の法理をひ. 国民の総意の現れである「税」という名称が付. きだすことが可能である。 したがって,ことさ. された法律を制定したとしても,その法律に基. ら84条,30条を必要としない」という見解[北. づいて国民に対し一方的・強制的に税の負担を. 野1983:116],「国民の権利義務にかかわるこ. 課すお墨付きを日本国の最高法規である日本国. とを定めるには,国会の制定する法律を要する. 憲法より頂いている,という考え方に結びつく. のであり,租税が国民から強制的に財産権を奪. ように思われる。. うものであって,国の唯一の立法機関である国. 法に. 日本国憲法の. 会(41条)の承認を得なければならないことは (2)憲法30条(納税の義務)と憲法84条(租. 当然のことである。 その意味では,租税法律主. 税法律主義). 義は法治国の当然の事理であって,あらためて. 日本国憲法が租税法律主義を規定する30条と. 憲法の明文を要することではない。. 84条の2ヵ条も置いているのは,どのような意. 政における国会中心主義をうたう83条がある以. 義や関係があるのかが問題となる。. 上,それからの直接の帰結といってよい。. この点について,租税法律主義を84条は国家. し,日本国憲法は,30条において,国民の義務. の財政に関する国会の権限という面から規定し. の面から納税に関する規定のうちに租税が法律. ているのに対し,30条は国民の納税義務が法律. で定められるべきことを示し,さらに84条にお. によって具体化されるという面から規定してい. いて重ねて課税権の側面から同じことを再言し これは『代表なくして課税なし』とい ている。 う近代憲法の基礎となった租税民主制の原則が. るとの見解[佐藤1980:247;阿部1982:176], 30条は国民の納税義務が「法律の定めるとこ ろ」により具体化されるべきであることを示す 点で,立憲原則たる租税法律主義を宣言してい しかし,租税の賦課徴収は「法律又は法律 る。 の定める条件」によるべきであることは84条. まして,財. しか. 現代国家においてもなお重要なものであること を明らかにするとともに,国民の負担する租税 のもつ意味の重要性を示唆するもの」であると する見解[伊藤1995:475],第7章「財政」の. でも規定されており,また,これがなくとも,. 冒頭83条で財政における国会中心主義が宣言さ. いっさいの義務づけは法律を要するとの体制が. れており,そこですでに租税法律主義も明言さ. 採用されているから,日本国憲法において,30. れている以上,84条は収入の単なる手続的規定.

(5) 130. にすぎず,84条により国民の権利が保障された. うとき,そのような意味の義務,すなわち前国. り,国民に義務が生じたりするものではない。. 家的義務というものは存在しないのであるか. また,国民に基本的人権の確立を保障したこと. ら,人権規定のなかに義務を定めることは,憲. により,法律に拠らずして国民が国家から税金. 法の本質と矛盾することになる。 したがって,. を徴収されることはあり得ないと解するが,憲. 憲法の本質からすれば,30条は確認規定の意義. 法は念のため第3章「国民の権利及び義務」に. すら失うことになる。. 30条を置くことにより,法律に拠らずしては納 税の義務が生ずることはないことを改めて規定 しており,もし強いて租税法律主義を強調した いというならば,その根拠は30条に求めるべき であるとする見解[安津1976:128‑129]があ る。 これらの見解によれば,日本国憲法は,直接. 3. 日本国憲法と納税の義務 (1)GHQ草案(1946年2月13日)と納税の 義務 GHq草案は「第3章人民ノ権利及義務」に 人権規定を置いていた。 しかし,この草案の標 題に「人民ノ義務」とあるものの,義務を規定. 的な根拠条文のあるなしにかかわらず,租税法. することには消極的であり,具体的な義務は,. 律主義の原則を謳っているという点では一致し. わずかに2ヵ条‑11条「此ノ憲法二依り宣. ており,国家の権限の面から84条で租税法律主. 言セラルル自由,権利及機会ハ人民ノ不断ノ監. 義を規定すれば,あえて30条でそれを追加的に. 視二依り確保セラルルモノニシテ人民ハ其ノ濫. ただ30条を規定 規定する必要はないと考える。. 用ヲ防キ常二之ヲ共同ノ福祉ノ為こ行使スル義. することになんらかの意義を見出すとすれば,. 務ヲ有ス」,29条「財産ヲ所有スル者ハ義務ヲ. 第3章「国民の権利及び義務」にずらりとなら. 負フ其ノ使用ハ公共ノ利益ノ為タルヘシ国家ハ. ぶ基本的人権規定にそれを置くことにより,国. 公正ナル補償ヲ払ヒテ私有財産ヲ公共ノ利益ノ. 民に「納税の義務」を自覚喚起するための確. ま 為二収用スルコトヲ得」‑だけであった。. しか 認規定(6)にすぎないものであると考える。. た,この草案の段階で日本国憲法が定める「教. し,近代憲法は,立憲主義の原則に立ち,国家. 育の義務」,「勤労の義務」,「納税の義務」の扱. に対して国民の有する自由や権利を侵害したり. い方について見てみると,「教育の義務」は24. 制限したりすることを禁止するための基本法で. 条で「無償,普遍的且強制的ナル教育ヲ設立ス. あるから,人権規定ばかりが並ぶということは. ヘシ」とあるだけで「教育を受ける権利」の保. また,憲法に義務規定がなけれ 当然である。. 障さえも触れられておらず,また「勤労の義務」. ば,国家は国民に義務を課すことができないわ. は25条で「何人モ働ク権利ヲ有ス」と「労働. けではなく,人権を侵害しない限り,法律によ. に,自由や権利が,国家以前に「人が人たるこ. の権利」に触れられているだけで,「勤労の義 さらに「納税の 務」に触れられていなかった。 義務」は一切触れられていなかった[森1983:. とによって存在している」という思想に基づく. 514‑537]。. ものであるという意味において国民の義務とい. 日本政府は,1946年3月6日,GHQ草案に. さら り国民に義務を課すことは可能である。.

(6) 憲法の基本原理からみる納税の義務 基づく「憲法改正草案要綱」を発表し,同年4. は,国民としての当然の本分(責任)であるか. 月17日,「憲法改正草案要綱」を口語体にした. ら,本来規定する必要はないが,種々の本分. 「憲法改正草案」を発表し,枢密院の諮諭に付. (義務)のなかでも特に重要な本分(義務)で. その後,枢密院で可決した「憲法改正草 した。. あるという理由から30条で規定したという趣旨. 案」が,1946年6月20日,第90回帝国議会の衆. である。しかし,「納税の義務」を負うことが. 議院に「帝国憲法改正案」として提出されてか. 国民として当然の本分(責任)であると信じる. ら,同年10月7日,衆議院で可決されるまでの. ならば,日本国憲法にそれを規定しなくても良. 過程で,「納税の義務」を規定する30条が日本. いはずなのに,あえて規定したのはそれなりの. 国憲法に置かれることになった(7). 理由があったと考える。. 131. 北野弘久は,「ひとしく納税義務ということ (2)納税の義務と権利. についてみても,法理論・法思想としては明治. では,なぜ日本国憲法は30条「納税の義務」. 憲法の場合には被治者である日本臣民としての. の規定を迫補する必要があったのだろうか。. 納税の義務を主権者である天皇が宣言したもの. 30条の「納税の義務」について,美濃部達吉. ととらえるべきであったが,日本国憲法の場合. は,「衆議院の修正により追補せられた条文で,. には主権者である日本国民が,主体的に自律的. 規定がなくとも実際上は異なるところはない. に,ほかならぬ自分たち自身の生活・福祉を擁. が,国民が国家の構成貞として国費を分担すべ. 護するために納税の義務を負うことを宣言し. きことは国民として当然の本分でなければなら. たものとみなければならない」[北野2007:91]. ぬから,旧憲法に臣民の義務として規定してい. との見解を示し,「納税の義務」を定める明治. たもののうち,兵役義務については軍備の解消. 憲法21条「日本臣民ハ法律ノ定ムル所二従ヒ納. とともにこれを撤廃したけれども,納税義務に. 税ノ義務ヲ有ス」と日本国憲法30条「国民は,. ついては国民の重要な本分として旧憲法と同じ. 法律の定めるところにより,納税の義務を負. く憲法中にとくにこれを宣言することとしたの である」と述べている[美濃部1956:96]。 た,宮沢俊義も「納税の義務は,‑‑‑納税によっ. ふ」との間に形式的にはあまり差異はないよう ま に思われるが,「納税の義務」を理解するにあ たっては,新旧憲法全体の法構造という視点か. て,国民が主権者として支配する国の財政を維 ら読み解くことが重要であり,そうすることに 持することは,なにより『国民』の責任」であ. 正で加えられた。 第84条があれば,本条はいら. よって新旧憲法間の重要な基本的差異が浮かび それを踏まえた あがってくると指摘している。 上で新旧憲法間の重要な基本的差異から導かれ. ないとも考えられるが,国民の重大な義務とし. る納税の義務‑の理解について,30条は単なる. て,ほかの義務とならべて,権利宣言で宣言す. 義務規定ではなく,納税義務の限界,言葉をか. るのが妥当とされたのであろう」と述べている. えて言えば,徴税権行使の限界を明示すること. [宮沢1978:293]c. により,納税者の権利を擁護しようとする人権. 美濃部と宮沢の見解によれば,「納税の義務」. 規定としての性格を有するとの見解を示してい. り,「本条は,内閣草案にはなく,衆議院の修.

(7) 132. る[北野2007:77‑78]cまた,「日本国憲法は. したものである(前文)0 従って,『国家』体制. 租税国家体制を前提にしている。 租税国家とい. の存在は主権者である国民の意思にかからしめ. うのは,国家の財政収入のほとんどを租税に依. ている」のであり,日本国憲法が国民主権の原. 存する体制である。 そのような租税国家体制で. 理をとっている以上,「基本的には,憲法上の. は,憲法で規定する法規範原則はすべて租税の. 租税とは,国民の利益を享受するためにつくっ. とり方と使い方とに関するものといえる。 人々. た『国家』社会の維持・存続に必要な費用とい. は,憲法で規定する法規範原則にしたがって租. そうだとすれば,わが国の憲法 うことになる。. 税が使用されることを前提にしてその限度で,. 30条が『納税の義務を負ふ』と規定しているの. むし かつ憲法で規定する法規範原則にしたがっての は,当然の確認規定ということになる。 み納税の義務を負う」のであり,「日本国憲法. ろ,納税の権利といってもさしつかえない」[桧. のもとでは,納税者には右のように租税の徴収. また,「国 沢1983:14]との見解を示している。. と使途とに関する憲法規範原則にしたがっての み納税の義務を負うという権利が存在」してお り,これを「納税者基本権」とよんでいる[北 野2007:83]c納税者基本権については憲法上 明文の規定はないが,「憲法30条の『納税の義 務』は,この点を確認するものと解されるので このように,日本国憲法の納税の義務は ある。 一方的な義務規定ではなく,右のような納税者. 民主権」が「基本的人権尊重主義」とともに憲 法の基本原則と解される以上,30条にもこれら 2つの原則が包含されていることを踏まえて現 代的な解釈を施す必要があることを指摘し,30 条の「『国民は‑‑納税の義務を負ふ』との文 言は,民主主義を表明した現行憲法の国民主権 主義の原理からすれば,主権者としての国民に とってみれば自己賦課の性質をもち,国家の構. 基本権の意味での『納税の義務』を規定したも 成員として当然のことを宣言した文言であると 納税者基本権は一口で のと解されるのである。. このような当然の本分を宣言したこと いえる。. いえば,納税者としては右の日本国憲法に適合. の意義は,憲法前文の国民主権の宣言的文言と. するかたちでのみ納税義務を負うという権利」 を併せ考えれば,要するに,主権者としての国 [北野2007:83‑84],つまり,日本国憲法が定. 民が,国民代表による立法により,平等に租税. める「さまざまな権利の集合概念であって,納. を負担し,その租税によって生ずる効果(福利). 税者に関する自由権も,社会権もふくまれる」. はすべて国民に帰属(享受)することを宣言し. [北野1983:122]権利であるとの見解を示して. それは,まさに た規定と解することができる。. いる。 松沢智は,「納税の義務」を規定する日本国. 主権者たる納税者の責務を表明したものといえ これを『納税者主権主義』と呼ぶこと よう。. 憲法の「条項の外形的体裁は確かに明治憲法と ができる」との見解を示している[松沢1983: 同様であったとしても,憲法そのものは明治憲. 44]。. すなわち, 法とは本質的に異なるものである。. 北野も松沢も第3章「国民の権利及び義務」. 明治憲法は天皇が定めたもの(「欽定」)である のなかにある「納税の義務」を現代的に解釈す のに対し,現憲法は,主権の存する国民が制定. る上で,日本国憲法が国民主権主義と基本的人.

(8) 憲法の基本原理からみる納税の義務. 133. 権尊重主義という基本原理に支えられているこ. 及び9条で平和主義と戦争の放棄を宣言してい. とが最も重要であり,これらの基本原理という. ることから,これらの宣言を日本国憲法が掲げ. フィルターを通すことによって30条は「納税」. ている限り憲法上「兵役の義務」を負うことは. が有する一方的・受動的な「義務」ではなく. なくなったため「兵役の義務」規定を憲法の条. 「権利」を宣言していると読み替えるという見. 文から削除せざるを得なかったにすぎない。. 解である。. かし,「納税の義務」については,「兵役の義務」. しかし,美濃部と宮沢の見解から「納税の義. のように削除する明確な理由がないため,引き. 務」を解釈する上で,新旧憲法を支える基本原. 続き30条で宣言しているにすぎないということ. 麺が変わったことが重要であるいうことは見え. つまり,日本という国家を構成する者 になる。. てこない。仮にそれが重要であるとすれば,美. は,当然に重要な本分である「兵役の義務」と. 濃部の「規定がなくとも実際上は異なるところ. 「納税の義務」の二大義務を負っていることが. はないが,‑‑‑旧憲法に臣民の義務として規定. 重要であり,誰が主権を有するのか,政治体制. していたもののうち,兵役義務については軍備. が君主制か民主制か,人権規定が臣民の権利か. の解消とともにこれを撤廃したけれども,納税. 基本的人権かなどは,「納税の義務」を解釈す. 義務については国民の重要な本分として旧憲法. る上で重要ではないと考える。. し. と同じく憲法中にとくにこれを宣言することと したのである」[美濃部1956:96],「政府の原. 4. 臣民ノ本分と国民の本分. 案に之を放いて居たのは勿論之を否定する趣意. 美濃部と宮沢は,戦後,日本国憲法の制定に. ではなく,言を侯たない所として居たので,修. 直接関わった人物である。 美濃部は,憲法問題. 正案に於いて之を加‑たのは敢て趣意を愛じた. 調査委員会顧問,枢密顧問官に任命されて日本. のではなく,唯国民の本分として菩憲法に於け. 国憲法の制定に関与し,また,宮沢は,政府の. ると等しく憲法に之を明示して置くことを適昔 と認めたのである」[美濃部1952:189]という 見解や宮沢の「明治憲法にも,同じような規定 があったので,日本国憲法でもこれを定める ことを適当と考えたのであろう」(8)r宮沢1974: これ 331]という見解にはならないであろう。 らの文言を素直に解釈すれば,「納税の義務」. 憲法問題調査委員会の委員として「憲法改正要 綱」等のとりまとめ作業に当たった。. 彼らは,. 明治憲法を可能な限り立憲主義的に解釈・運用 しようとする立憲学派に属し,かつ,宮沢は美 濃部の門下生であったことから,上述した彼ら の「納税の義務」に対する見解は一致している ように見えても不思議ではないであろう。. そこ. と「兵役の義務」の2つの義務は,新旧憲法の. で,立憲学派の中心人物であった美濃部が「納. 区別なく,つまり「臣民」,「国民」の区別なく. 税の義務」をどのように理解していたのかにつ. 日本という国家を構成する者にとって重要な本. いて彼の憲法解釈を通して考察する。. 分であり続けるため,憲法上で2つの義務を規 定しなくても依然として2つの義務を負ってい ることは自明であるが,ただ日本国憲法が前文. (1)臣民ノ本分と納税の義務 美濃部は, 「臣民ノ本質」について「臣民ハ.

(9) 134. 第一二園惟トシテノ国家ヲ構成スルー分子」で. (2)国民の本分と納税の義務. あり,「国家ヲ構成スルー分子トシテハ,囲民. 美濃部は,「国民の本質」について「第一に. ハ国家ノ運命ヲ負拾シ,其ノ存立ヲ保持シ其ノ. 国民は国家を構成する‑分子であり」,「国家を. 進運ヲ扶翼スル責務ト権能トヲ有ス,国家ハ国. 構成する‑分子としては,国民は国家の運命を. 民ノ園膿ナルヲ以テ国家ノ盛衰興亡一二国民二. 負掩し其の存立を保持し其の進運を扶翼する責. 繋ラザルナケレバナリ」[美濃部1932:151]と. 務と権能とを有する。 国家は国民の園健である. このように「臣民ノ本 の見解を示している。 質」を理解した上で,美濃部は,「臣民として. から国家の盛衰興亡は一に国民に繋るものでな. 当然の本分」について「臣民ハ国家ノ構成分子. このように「国民の本 との見解を示している。. トシテ又社食ノー貞トシテ国家ノ統制に服シ,. 質」を理解した上で,美濃部は,「国民として. 其ノ命令シ強制スル所二野シテハ無債件二之こ. 当然の本分」について「国民の囲家に野する義. 之ヲ臣民ノ公義務ト謂 服従スル義務ヲ負掩ス0. 務としては,第‑に国民は国家を構成する一員. フ」[美濃部1932:152]ことを前提とし,臣民. として国家に暫し忠誠奉公の義務を負ふもので. がどのような義務をどの限度まで負うのかにつ. 国家は国民の圏健であり国家 なければならぬ。. 其ノ いては,「各時代ノ国法二依リテ定マル。 各人ノ之ヲ分婚スル程度モ,固ヨリ歴史的侍統. の運命は国民に繋って居るのであるから,国民. ト各人ノ能力ノ差異トニ依り,一様ナルコトヲ. を其の首然の本文と為すものである」[美濃部. 得ずルハ勿論ニシテ,亦国法ノ定ムル所二依ラ. 1952:186]ことを前提とし,国民がどのような. ザルベカラズ」[美濃部1932:151‑152]として,. 義務をどの限度まで負うのかについては,「各. 明治憲法においては,「臣民の国家に封する義. 国各時代の国法に依って定まる所で,歴史的傍. そ 務として唯此の二個債の規定を設けて居る。. 流と各人の能力の差異とに依り固より一様では. れは,兵役義務は身力を捧げて国家に轟すべき. ない」[美濃部1952:139]が,日本国憲法にお. 義務であり,納税義務は財力を以て国家に貢戯 すべき義務であって,臣民の国家に野する種々. ければならぬからである」[美濃部1952:139]. は国家の存立を保持し其の進運に貢献すること. いては,「国家の防衛力及び経済力も勿論国民 に依ってのみ支持し得らるるもので,其の防衛. の義務の中でも殊に重要なものであり,之に依. 力を支持する為には菖憲法には国民の兵役義務. って国家を維持することが出来るのであるか そ ら,特に之を憲法に揚記して居たのである。. を認めて居たが,是は新憲法に依り軍備の撤癒. れは主として唯臣民の道徳的本文を明にするこ. と共に廃止せられ,国家の安全と生存とは平和. 捧げ又は財力を貢献して,以て国家の進運を保. を愛する諸国民の公正と信義とに信頼して之を 其の経済力を支持する 保持することとなった。 翁には国民の納税義務に得たねばならぬのであ. 持すべき責任を分揺する者なることを示して居. って,是は舌憲法に於けると同じく新憲法に於. るのである」[美濃部1927:351‑352]という見. いても国民の重要な義務として宣言せられて居. 解を示している。. る」[美濃部1952:186‑187]という見解を示し. とに於いて意義を有するもので,臣民は身力を. ている。.

(10) 憲法の基本原理からみる納税の義務. 135. (3)新旧憲法の基本原理と納税の義務. 政治の基礎精神は民政主義自由主義・法治主. 美濃部の見解からすれば,新旧憲法の区別な. 義に在り,我が憲法が等しくこの基本精神に. く国家を構成する‑分子である国民(9)は,国家. 拠るものであることは,憲法の上諭に照らし. と運命を共有する関係にあり,まずもって国家. ても更に疑を容れない所である」[美濃部・高. の永続性を希求し,そのために国家の外に対し. 見2007:118]と捉え,「憲法の解釈に於いても. て国家を防衛する力を提供し,国家の内におい. 必ず此の主義を基礎としなければならぬ」[美. て国家活動を支える費用を分担することこそが 「国民の重要な本分」として求められているこ つまり,「国民の重要な本分」とし とである。 て国家の経済力を支持する「納税の義務」と国 家の防衛力を担う「兵役の義務」は,日本国憲 法にも引き継がれていると考える。. ただし,日. 濃部1927:序5]と説いていた。. 家永三郎は,. 「立憲主義を熱烈に支持した」美濃部にとって 「民主主義」と「自由主義」が立憲政治の全体 を貫通する基本原理であると同時に「彼自身の 主義」でもあった,と評している[家永1964: 165‑167]cまた,家永は,この2つの基本原理. 本国憲法が前文及び9条で平和主義と戦争の放. のうち「自由主義」こそが美濃部法学の最も本. 棄を宣言していることから,「兵役の義務」規. 領とするところであり,国家の統治権の限界を. 定は削除されているが,憲法上に規定がなくて. 画定し国民の権利・自由への侵害を防止するた. も国家を防衛する力については,「国家の安全. めの理論を提供することが,美濃部法学の最も. と生存とは平和を愛する諸国民の公正と信義と. 重要な任務とするところであった,とも評して. に信頼して之を保持」[美濃部1952:187]して いることに変わりはないと考える。. 国民が国権に服従 いる[家永1964:169‑173]。 するのは,「唯法律上に定められて居る一定の. このように考えると,美濃部は新旧憲法を支. 範囲に於てのみであって,無限に服従の義務を. える基本原理が重要であると考えた上で,「納. 有って居るのではありませぬ。 吾々の生命自由. 税の義務」を解釈しておらず,基本原理が天皇. 及財産は吾々は安全に之を享有するの権利を有. 主権主義から国民主権主義,臣民の権利から基. って居るもので,国家と錐も張りに之を奪ふこ. 本的人権へすっかり変わったから「納税の義. とは出来ぬ」[美濃部1912:553]と論じている. 務」の解釈も新旧憲法間で当然異なっていると. のは,国民の国家に対する服従義務もまた無制. いう見解は説得力に欠けるように思える。. 限ではなく国家の統治権によっても侵されない. また,美濃部は,明治憲法の「君主主義」に. 自由があるという美濃部なりの命題であり,そ. 関する部分については,日本古来の「歴史」を. の命題に対して「国民ガ国家ノ権カニ依リテモ. 標準として解釈すべきとする一方,「近代立憲. 侵害セラレザル自由権ヲ有セザルベカラズトス. 制度ノ基礎精神ヲ知ルニハ外国憲法ノ比較ハ 其ノ歓クベカラザル資料ナリ」[美濃部1932: 119]とした比較法的解釈を前提とし,明治憲 法も「他の諸立憲国と等しく立憲政治を採用せ るものであるとは言うまでなく,しかして立憲. ル思想ハ近代ノ立憲制度ノ最モ重要ナル根本思 想ノーニシテ,政府ノ専制的権力ヲ抑制シテ以 テ国民ノ自由ヲ保障スルコトハ,賓二立憲制度 ノ沓達ヲ促セル最大ノ原因ヲ翁セルモノナリ」, 「諸国ノ憲法こハ殆ド例外ナク,国民ノ自由権.

(11) 136. ヲ揺保スルノ規定ヲ設ケザルモノナク,而シテ 義務モ亦法律ノ規定二依ルコトヲ要スヘキ旨ヲ 我ガ憲法第二章ノ規定モ亦此等諸国ノ例ヲ襲ヒ 規定セリ。 従テ国税タルト地方税タルトヲ問ハ タルモノニ外ナラズ」[美濃部1932:155],第. ス納税義務ヲ負擦セシムルニハ法律ノ規定こ依. 2章「臣民ノ権利及義務」の本質について「西 ルコトヲ要シ命令ヲ以テ之ヲ強制スルヲ得ス。 洋諸国の憲法に於いては,概ね人民の権利を規 故二兵役及納税ノ義務ハ一面之ヲ臣民ノ権利ト 即チ法律二依ラス 定することを主眼とし,随ってその標題に於い シテ観察スルコトヲ得へシ。 ても『権利』とのみ題して居る」のと差異を示 シテ兵役納税ヲ課セラルルコトナキノ権利ナル すものではなく[美濃部1927:328‑329],本章. ト認メルコトヲ得へシ」(句点・引用者)[清水. の規定は,明治憲法も近代西欧立憲国の法理に 澄1936:179],「法律以外に納税の義務なしと 範をとっているが,「それは必ずしもフランス せるは,即ち臣民の権利を保護する翁にして立 革命のそのまゝ受け入れたのではなく,殊に国 憲政鉢の要義玄に存す」[高田1895:56]といっ 民主権及び天蹴人権の思想はその採る所ではな た「納税」に「権利」の一面を有するという解 いが,尚国権商能の思想を排して,各個人の権 利を尊重し,社会上有害ならざる限に於いて各 個人をして自由,にその天賦の能力を登揮せし め,国権を以ても之を抑塵するを得ないものと. 釈をする見解があったとすれば,国民主権主義 と基本的人権尊重主義の基本原理というフィル ターを通すことによって30条は「納税」が有す る一方的・受動的な「義務」ではなく「権利」. を宣言していると読み替えるという見解も説得 する主義を採って居ることは,疑を容れないと 憲法の上諭に於いて既に『臣民ノ 力に欠けるように思える。 ころである。 権利及財産ノ安全ヲ貴重シ』とあるのは,此の 趣意を宣言せられて居るものであり,而して此 (4)納税の義務の存置理由 の趣意に基いて本章の規定が設けられて居る」 では,なぜ新旧憲法に義務規定を置いたのか [美濃部1927:328]という理論を示すことに. について美濃部はどのように考えていたのかが. この点,美濃部は,新憲法と旧憲 よって,国民の権利・自由の不可侵性を実定法 問題となる。 国家の有する課税権と 的に裏付けようとした。. 法の国民の権利義務について,旧憲法において. それに対する国民の納税の義務について美濃部 は「権利の義務性に付き何等言明する所なく, は,国家の有する課税権も「絶対無限」ではな 権利は軍に権利としてのみ規定して居た」[美 く「唯法律上に定められて居る一定の範囲に」 濃部1952:144]ため,「権利と義務とは相反す 限られたものである以上,国民の納税義務も. る観念の如くに認められ,権利が同時に義務た. 「絶対の服従」ではなく「唯租税法の範囲に於 る性質を有するが如きことは全く認められな てのみ為し得べき所」であるとすれば,国民は かった」[美濃部・高見2007:247]が,新憲法 国家に対して権利を主張することができる「権 においては「国民の義務に関する規定は,条文 利の主催たるもの」であるとの見解を示してい の数も少く,その規定して居る事項も,限られ る[美濃部1912:552‑554]cまた,美濃部と同. た数個の事項に止まって居り,権利及び自由に. 様に明治憲法においても「第二十一俵ハ納税ノ 関するもののように綿密な規定は設けられて居.

(12) 憲法の基本原理からみる納税の義務 らぬ」[美濃部・高見2007:271]が,「権利と. 憲法上に明文化する必要はないと考える。. 義務とは相反する観念ではなく,総ての権利. に,国民の「納税の義務」への遵奉の精神が希. は同時に義務たることの二重の性質を有する」. 薄になり国民が納税を拒否することも考えられ. [美濃部・高見2007:272]ことを明示している. るという懸念に対し,12条により権利や自由を. という見解を示している。. この見解によれば,. 137 さら. 単に保有するということだけではなく積極的に. 明治憲法において「兵役の義務」,「納税の義務」. 基本的人権を定める憲法規定を擁護する義務が. の個別の義務規定を置くことに意義はあった. 一般国民に課せられていることを明文化すれば. が,日本国憲法において12条を置くことにより. 足りると考える。. 権利や自由を単に保有するということだけでは なく積極的に基本的人権を定める憲法規定を擁. 5. 義務なき「納税の義務」 護する義務が一般国民に課されていると宣言す. このように考えれば,「納税の義務」を規定. れば,特に個別の義務規定を置く必要はなかっ. した理由は,「兵役の義務」と「納税の義務」. たと考える。. 美濃部も「憲法第12条は包括的に. を二大義務として明定した明治憲法(10)により,. 国民の個々の公法上の義務に付き規定して居. 国民は大戦時において戦争要員などの確保のた. り,その以外に於いても国民が法律に服従する. めに「兵役の義務」を,また,戦費調達のため. 義務あることは勿論であるから,国民の個々の. に「納税の義務」を負わされたが,その結果(あ. 公法上の義務に付き,憲法中に特に綿密な規定. るいは事実)は,国民の生命・自由・財産が国. を設けて之を列記することは,その必要を認め. き」であり,「納税の義務」について特別の規. 家によって窓意的に奪われ,また,その生活は そのことを考 疲弊し続けた苛酷な体験をした。 えれば,国民は,個人の尊厳と基本的人権の保. 定を設けているが,これについてもその具体的. 障を誼う日本国憲法の制定に伴い,自らの人権. な条件は法律に定めればよく,そこに必要性や. を探踊し続けてきた元凶である「兵役の義務」. 意味を見出せないとの見解を示している[美濃. が撤廃されたと同時に,「納税の義務」も撤廃. ないのみならず,寧ろ無意味の規定とも見るべ. 部・高見2007:276]。. つまり,近代憲法は立憲. されても当然であると考えたとは思えないだろ. 主義の原則に立脚し国家に対して国民の有する. つまり,国家の側から見れば,たとえ立 うか。. 自由や権利を侵害したり制限したりすることを. 憲主義の見地から憲法は具体的義務の創設手続. 禁止するための基本法であるから,「納税の義. を特定すれば十分であり,「納税の義務」を創. 務」規定を定めることは憲法の本質と矛盾し,. 設する手続規定として84条が置かれ,それに基. また,立憲主義の見地から憲法は具体的義務の. づく法律によって,人権を侵害しない限り,国. 創設手続を特定すれば十分であり,「納税の義. 民に「納税の義務」を課すことは可能であると. 務」を創設する手続規定として84条が置かれ,. しても,改正される最高法規である日本国憲法. それに基づく法律によって人権を侵害しない限. に「納税の義務」を掲げない限り,国民が「納. り,国民に「納税の義務」を課すことは可能で. 税の義務」は国民として当然の本分(責任)で. あることから,特に個々の義務の内容について. あると思わず,十分な税収が確保されないこと.

(13) 138. を見越して国民に向けて「依然として『納税のみ置けばよく,「自由の基礎法」である憲法の 義務』は存在し続ける」と注意喚起せざるを得本質からすれば,30条の「納税の義務」規定は ず,「納税の義務」を明文化したのではないか 法的必要性や意味を見出せないのではないか, ただし,「納税の義務」を明文化し と考える。. と考える。. たことは,「人間の権利・自由をあらゆる国家 では,なぜ日本国憲法は法的必要性や意味の 権力から不可侵のものとして保障する」「自由ない「納税の義務」を盛り込んだのか,しかも, の基礎法」[芦部2007:12]である憲法の本質. なぜその義務を規定する30条は同じ義務を規定. から考えれば,国民に倫理的指示を与えたり,. していた明治憲法21条と形式的にあまり差異が. それについて,日本国憲法を支える 法律によってそれが具体化されたりすることをないのか。 予定するといった意味をもつにすぎず,それ自 国民主権主義と基本的人権尊重主義の基本原理 身としては法的意味をほとんどもたないものでというフィルターを通すことにより30条は「納 あると考える[伊藤1995:408]。. 税」が有する一方的・受動的な「義務」ではな く「権利」を宣言していると読み替えるという. 6.おわりに. 見解がある。. 租税の本質は,国民からの「自由意志による. しかし,日本国憲法の制定に直接関わった美. 寄付」にあり,寄付の概念に照らせば,租税と. 濃部の新旧憲法における解釈によれば,「納税. は「納税者が自らの意志により公共の事業・団の義務」は,「臣民」,「国民」の区別なく日本 体などの活動に役立つよう,個人の力でできる 国の構成員として「当然の重要な本分」であり, 範囲において無償で贈るお金や品物をいう」とこれを新旧憲法において明文化しなくてもその このように考えれば, 捉えるのが素直である。. 義務を負うことは自明であり,新旧憲法の基本. 「なぜ国民は神聖不可侵である財産権の一部を原理の差異が「納税の義務」を解釈する上で重 また,30条がなく 惜し気もなく租税として差し出すのか」という要であるとは考えられない。 問いに対して,「国民自らが『租税に託した意 ても84条に基づく法律により国民に「納税の義 志』を国家が汲み取り,それに応え続けている 務」を課すことは可能であり,12条により権利 から国民は『租税』という名目で財産権の一部や自由を単に保有するということだけではなく を国家にプレゼントしている」と回答するだろ積極的に基本的人権を定める憲法規定を擁護す うという仮説を立てて,国民の側から租税法律 る義務が一般国民に課されていることを明文化 主義,納税の義務を考察した。. すれば,国民の「納税の義務」への遵奉の精神. この仮説を通して見れば,租税法律主義を規. が希薄になり国民が納税を拒否するだろうとい. 定する30条及び84条は,私有財産制度の下で国 う懸念は払拭されると考える。 このように考え 民の財産権を保障するためではなく,国家が. れば,30条には法的必要性や意味が見出せず,. 「租税」という国家財政の基本的財源を恒久的国民になんら義務を課さない「納税の義務」規 かつ安定的に確保するために置かれているので定という結論に至る。 はないか,また,租税法律主義の規定は84条の. だが重要なことは,美濃部が「納税の義務」.

(14) 憲法の基本原理からみる納税の義務 について,国家を構成する‑分子である国民 は,国家と遵命を共有する関係にあり,まず もって国家の永続性を希求し,そのために国家 の内において国家活動を支える費用を分担する ことこそが「国民の重要な本分」として求めら. 139. (3)辞書によると「見返り」には, ・人が自分にしてくれたことにこたえて,その人 に何かをしてあげること[松村2006:2428]。 ・相手のしてくれたことにこたえて,何かをする こと[新村2008:2681]。 という意味がある。 (4)租税の本質は「自由意志による寄付あるいは贈. れているとする見解は,ロックやルソーの「社. 与」であるとの見解をもつ一人としてセリグマン. 会契約論」から導き出されているように思える 美濃部の見解には,個々人間で契 ことである。 約を結んでつくった「国家」を優先し,それを. (EdwinRobertAndersonSeligman,1861‑1939)があ. 維持する単なる費用として「租税」を考えるの. げられる。 彼は,「文明の発達していない社会にお いて,自発的な贈り物(voluntaryofferings)が最初 の公費の負担金(commoncontributions)の形態」 [Seligman1921:2]であり,「社会が進歩するに伴っ. か,それとも個々人間が契約を結んだ「目的」. て貴初は自由に寄付されていたものが,道徳的義. を優先し,それを維持する費用として「租税」 を考えるのかということが,「国民」,「租税」,. 務(moralobligation)の観念に駆られて個々人が が,人間性のもつ弱さやさまざ 支払うようになる. まな利益を目前にすると,義務の観念だけでは十. 「国家」の関係を理解する上で重要な手がかり. 分な歳入が確保できなくなったために,徐々に道. であると考え,次稿でさらに考察を深めること にする。 〔投稿受理日2008.. 5. 24/掲載決定日2008. 6.16〕. 徳的義務が法的義務(legalobligation)となり,結 果,自発的な贈り物が強制的な負担金(compulsory contributions)になった」と述べ[Seligman1921: 2‑3],このような歴史的変遷は,租税を表すため に使用されてきた単語の語源をたどればよく理解. 注 (1)辞書によると「寄付」には, ・公共事業または社寺などに金銭・物品を送るこ と[新村2008:699]c ・個人や団体に無償で金品を差し出すこと[新潮. できるとして,その語源により租税概念を7つの 段階に分け,「第1段階の概念は,贈与,つまり, 政府に対する贈り物であった("Theoriginalidea Theindividualmadeapresenttothe wasthatofgift. )」と説明している[Seligmanl921:5]。 government.. 社2007:618]。 ・金品を贈ること。 特に,公共の事業や寺社など. また,第1段階の概念であるgi氏presentには,. に金品を進んで出すこと[小学館2006:1407]。 ・公のことや事業のために,もうけやむくいを. [Longman2005:582]. 考えないで,おかね・品物を出すこと[見坊 2008:314]c ・個人の力でできる範囲で団体にものやかねをさ し出す[大野・田中1995:316]c という意味があり,寄付の概念は,これらの説明 文から重要な要素を抽出したものである。 (2)辞書によると「報いる」には,. 蝣gift‑somethingwhichisgivenwillingly;apresent. present‑somethingthatisgivenwillingly,without theexpectationthatanythingwillbegiveninreturn; agift[Longman2005:1091] という意味がある。 租税の本質とその要素であるg晩presentに前掲 注(1)の寄付の概念を重ね合わせて租税の定義を 試みている。 (5)租税と負担金について,「租税は,特定範囲の受. ・相手の行動に対してそれに見合う行為を相手に. 益者に限定されず,広く一般的に国民に課される」. 行う[新潮社2007:494]c. という点で,「国・地方公共団体の公益事業に特別. ・受けた恩義・行為に対して,相応のことを返す [新村2008:2731]。 という意味がある。. の利害関係を有する者に,その事業に要する経費 の全部または一部を負担させるために課される負 担金とは区別される。 しかし,地方税の中には,.

(15) 140. 水利地益税・共同施設税のように,受益者負担金 は,フランスの人権宣言にいう「国民」であって も国権に服従しない者は国家の内にある訳はない との区別のあいまいなものや,都市計画税・宅地 開発税のように,原因者負担金の性格を備えたも から,やはり「国民」も「臣民」に変わりはない したがって,両者の区別を固定的・絶という解釈から,「国民工「臣民」の区別なく国家 のもある。 対的なものと考えるべきではない。 目的税は,む の内にある者は,二大義務を負うということにな しろ特定の事業目的の費用にあてるために徴収さ る[上杉1911:237‑238]c れるのであり,費用徴収の方法を租税とするか負 参考文献 担金とするかは,立法政策の問題であるといえる 芦部信喜・高橋和之補訂2007. 『憲法(第四版)』, だろう」[畠山2000:2]という見解がある。 (6)国民に義務の自覚を喚起するため,基本的権利 岩波書店 をならべて,いくつかの義務を憲法典に規定する 『憲法』,青林書院新社 阿部照哉1982. 明治憲法 家永三郎1964. 『美濃部達吉の思想史的研究』,岩 例も,フランス革命以来すくなくない。 典・現行憲法典はともにこの立場をとっているが, 波書店 伊藤正己1995. 『憲法〔第3版〕』,弘文堂 そこに掲げられる義務は,精神史的に特別の意味 『帝国憲法講義』,有斐閣 をもつと考えられたものにとどまり,義務がそれ 上杉慣吉1911. 「租税法律主義の憲法的性格」,近 らに限定されるわけではない'[小鴨1987:289]上野林平1971. 畿大学法学会編『近故大学創立45周年記念近大法 (7)納税の義務に関する審議内容については,[清水 学』,近畿大学法学会 伸1962:72ト723]を参照。 (8)宮沢によれば,兵役の義務について「日本国憲 片上孝洋2008. 「近代立憲主義思想から自明の租 法は,戦争を放棄し,戦力を保持しない建前をとっ 税概念を求めて一国家への自由意志による贈り物 ているので,そこには,もちろん兵役の義務の規 ‑」,早稲田大学大学院社会科学研究科『社学研論 定はない」という見解である[宮沢1974:326]。 集』第11号 『租税法第〔第12版〕』,弘文堂 (9)新旧憲法において国家を基礎としてそこに永久 金子宏2007. 的に所属する者を「国民」と称するとの美濃部の 北野弘久2007. 『税法学原論〔第六版〕』,青林書院 『憲法と税財政』,三省堂 見解からすれば,「臣民」と「国民」は単なる呼称 1983. 小嶋和司1987. 『憲法概説』,良書普及会 の違いという理解である[美濃部1932:142‑143; また,佐藤清勝は,美濃部が『逐 佐藤功1980.『日本国憲法概説(全訂第2版)』, 1952:135‑136]。 条憲法精義』なかで「国民」という語を用いてい 学陽書房 佐藤清勝1934. 『美濃部博士の日本憲法論批判』,東 ることについて,「美濃部氏の臣民に野する観念は 亜時局研究会 本来の日本人の観念と大に異な」っており,「園 清水伸1962.『逐条日本国憲法審議録第二巻』, 民なる語は国家を基礎として人民を考ふるの語」 有斐閣 であり「国家に封する公樺の主催として臣民を見 んとするもの」であると批判している[佐藤清清水澄1936.『帝国公法大意』,清水書店 高田早苗述1895. 『帝国憲法』,東京専門学校 1934:32‑34]。 (10)君権学派に属する上杉慎吾は,「兵役の義務」と 『新版日本国憲法原論』,青林書院 田上穣治1985. 「納税の義務」の二大義務は,臣民が本来有する 畠山武道・渡辺充2000. 『新版租税法』,青林書 院 服従の性格の内に含まれているものであり,これ 松沢智1983.『租税法の基本原理』,中央経済社 らの義務は「国民たるの本来の性質に属する事で したがっ ある」と説明しなくても明らかである。. 美濃部達吉著・高見勝利編2007. 『美濃部達吉著作. 集』,慈学社 て,憲法に二大義務が規定されていなくても,国 美濃部達吉・宮沢俊義増補1956. 『新憲法逐候解 家により命じられれば,国民はこれらの義務を負 わなければならない,と述べている[上杉1911:説』,日本評論新社 ここで上杉が,二大義務は「国民たる 美濃部達吉・宮沢俊義補訂1952. 『日本国憲法原 247‑248]。 論』,有斐閣 の本来の性質に属する事である」と述べているの.

(16) 憲法の基本原理からみる納税の義務. 美濃部達吉1932. 『憲法撮要』,有斐閣 1927.『逐条憲法精義』,有斐閣 1912.『憲法講話』,有斐閣 宮沢俊義・芦部信書補訂1978.. 『全訂日本国憲法』,. 日本評論社 宮沢俊義1974. 森清監訳1983.. 『憲法Ⅱ〔新版〕』,有斐閣 『憲法改正小委員会秘密議事録. 米国公文書公開資料‑』,第一法規出版 「日本国憲法における租税の本 安滞喜一郎1976. 質」,明治大学法律研究所編『創立95周年記念論文 集』,明治大学法律研究所 Seligman,EdwinR. completelyrev. 新村出編2008.. A.,1921,Essay.. ∫inTaxation,9thed.. andenl.,Macmillan 『広辞苑第6版』,岩波書店. 見坊豪紀[ほか]編2008.. 『三省堂国語辞典』,三. 省堂 新潮社編2007.. 『新潮日本語漢字辞典』,新潮社. 小学館国語辞典編集部2006.. 『日本国語大辞典第. 1巻』,小学館 『大辞林第3版』,三省堂 松村明編2006. 大野晋・田中章夫編1995. 『角川必携国語辞典』, 角川書店 Longman,LongmanDictionaryofEngli∫hLanguageand Culture,3rded.,2005. 141.

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