その他のタイトル Entstehungsgrund der Garantenpflichten bei der strafrechtlichen Produkthaftung
著者 山中 敬一
雑誌名 關西大學法學論集
巻 60
号 5
ページ 999‑1071
発行年 2011‑01‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/5006
刑事製造物責任論における 作為義務の根拠
山 中 敬
目 次 1. は じ め に
2. 刑事製造物責任に関する初期の判例
3 .
刑事製造物責任に関する最近の判例 4. 刑事製造物責任の理論的前提5. 刑事製造物責任における作為義務の発生根拠論 6. 刑事製造物責任における安全義務の理論的根拠 7. ま と め
1 . は じ め に
1 .
過失犯類型の展開日本における過失犯論の展開は, 1960 年代の交通事故型の過失,すなわち,
個人の不注意な行為としての過失が中心であった時代から
,1980年代の公害犯 罪・大規模火災などの構造型過失の時代における企業組織内における欠陥組織 形成過失ないしシステム過失の時代を経て, 2000 年代以降,流通におかれた欠 陥製品に対するいわば危険源に対する安全義務違反型ないし危害防止義務違反 型の過失の時代に入っている
。交通事故型の過失とは,不注意な運転によって事故を起こした
一人の行為者の過失責任を問うものである
。したがって,これを「個人モデルの過失論」と 呼ぶことにする
。これに対して,当時,構造型過失と呼ばれたのは,ある
一つの組織体の構造の欠陥から
事故が発生する類型の過失をいう 。企業組織体責任論1)のモデルと
1 )
板倉 宏 『現代社会と新しい刑法理論』( 1 9 8 0 年)8 6
頁以下参照。して想定されていたのは,ある企業が全体として汚染された排水を排出し,そ の排水に含まれだ汚染物質の作用によって人が死亡したが,その企業の誰がそ れについて責任を負うかという個人の責任の割出しの前提としての,汚染物質 を含んだ排水の排出という企業組織体の全体としての「客観的落度」を原因と する事故の責任であった。この理論自体は認められないとしても,大規模火災 の結果である死傷事故が,それぞれ原因となっている組織の構成員の「過失」
の競合によって発生したことは明らかであるという場合,通説は,ここで各過 失を「不作為犯」であると構成しようとするが,ここでは,むしろ,死傷事故 の全体としての原因である組織体の活動が,「作為」であって,その活動を構 成する各個人の「過失の作為」が死傷事故を惹起したと解すべきであると思わ れる叫ここでは,ある組織内のどのような役割を果たす個人に過失責任が割 り当てられるべきなのかが重要な関心であるので,これを「組織モデルの過失 論」と呼ぶこともできる。
この組織モデルの過失論においては,上記の排出行為をした従業員に対して 指揮監督すべき地位にあった上司の過失責任のように,① 直接行為者とその 監督者の責任が問われる監督過失が問題になる事例と,② 事故を発生させた 企業等の全体の組織における欠陥が死傷結果の事惹起につながった場合に,そ の欠陥ある組織の形成と管理につき,責任が問われる場合とがある。この後者 の組織モデルの過失論は,組織全体の上記の排出のように,作為で結果を発生 させていることは明らかな,全体としての作為犯であり,個人の責任は,その 組織全体の作為にどのように寄与したかによって定められる点にある。した がって,そこでは,結果発生につながる欠陥を含むその組全体を動かす原動力 を与えた者が,その結果を生みだした主要人物であり,いわば「危険システム 形成過失」(システム過失ないし組織化過失)3)が正面から問われる。この事例と しては,大規模火災事件における代表取締役の消防法上の管理権原者としての 過失責任の中にこれに当たる事案が認められる。例えば,川路プリンスホテル
2 ) i i
」中敬一 『刑法総論l ( 2 0 0 s
年・第2
版)394
頁以下参照。3 )
これについて,山中『刑法総論』(第2
版)395
頁参照。刑事製造物責任論における作為義務の根拠
火災事件4)においては,実質上の管理権原者たる専務取締に対する過失責任が その例であり,ホテル・ニュージャパン事件5)における代表取締役に対する過 失責任がそうである。そこでは,ホテルの営業に当たって,防火設備を付けず,
川路プリンスホテル事件では ,防火管理者を任命することもなく,火 災が発生すれば大罪の人間が死
1
笏する可能性のある「危険なシステムを形成し た」ことによって死傷結果を発生させた責任が問われているのである。製造物 の製造・販売に関する過失責任も,通常はこの理論で対処できるであろう。2 .
過失製造物責任しかし,最近では,製造物の製造・販売ではなく,すでに販売された製造物 に後に欠陥が見つかったためそれらを回収して危険の実現を防止する義務を 怠った事案が問題となっている叫製造物に欠陥があることが,販売後に判明 した事案につき,行政官の過失責任を問うた薬害エイズ刑事事件厚生省ルート
4 )
最決平2・11・16
刑集44・8・744 。
5 )
最決平5・11・25
刑集47・9・242 。
6 )
堀内捷三「製造物の欠陥と刑事責任 その序論的考察ー~ 研 修54 6
号( 1 9 9 3
年)3
頁以下,北川佳世子「製造物責任をめぐる刑法上の問題点」早稲田法学71
巻2
号( 1 9 9 6
年)1 7 1
頁以下,鎮目征樹 「刑事製造物責任における不作為犯論の意義 と展開」本郷法政紀要8
号( 1 9 9 9
年)3 4 3
頁以下,北川佳世子「欠陥製品による事 故と製造者の刑事責任 製品回収義務の発生根拠をめぐるオットーの分析」宮沢 古稀(第3
巻・2 0 0 0
年)4 1
頁以下,田寺さおり「製造物責任領域における刑事責任 の 可 能 性」明冶学院大学大学院ジャーナル1 6
号( 2 0 0 1
年)5 7
頁以下,ローター・クーレン(神例康樽訳)「刑法上の製造物責任の必要性と限界」松山大学論集
1 4
巻5
号( 2 0 0 2
年)7 9
頁以下, 日山恵美「刑事製造物責任と取締役の行為主体性」広島 法学2 6
巻4
号( 2 0 0 3
年)1 6 1
頁,神例康博「ドイツにおける刑事製造物責任」松山 大 学 論 集1 5
巻5
号( 2 0 0 3
年)1 4 1
頁 以 下 , 平I I
J幹子「欠陥製品の製造・販売・リ コール隠し」伊東研祐(絹)『はじめての刑法」〔2004
年〕1 0 9
頁以下,同『不作為犯 と正犯原理」( 2 0 0 5
年)5 5
頁以下,甲斐克則「欠陥製品の製造・販売と刑事過失」神山古稀(第
1
巻・2 0 0 6
年)1 5 7
頁以下,北川佳世子「欠陥製品回収義務と刑事責 任」神山古稀(第1
巻・2 0 0 6
年)1 8 1
頁 以 下 , 塩 見 淳「
瑕疵ある製造物を回収する 義務について」刑法雑誌42
巻3
号( 2 0 0 3 ) 8 1
頁以下,神例康博「欠陥製造物の回収 とその限界に関する覚書」板倉古稀(現代社会型犯罪の諸問題) 〔2 0 0 4
年〕1 8 3
頁以 下,岩間康夫『
製造物責任と不作為犯論』( 2 0 1 0
年)判決のほかに,自動車会社が欠陥車のリコールを怠ったために事故が発生した 場合に,会社の品質管理責任者に業務上過失傷害剤の成立を認めた簡裁判例7)
が一見存在するが,未公刊である。ここでは,問題の所在を明らかにするため,
判例未公刊のパロマ工業の瞬間湯沸器の不正改造による一酸化炭素による死亡 事故によってこれを示そう8)。
経済産業省の調査によると,パロマ工業の湯沸器による事故の発生件数は
1 9 8 5
年1
月より2 1
年間で28
件(死亡21
名,重軽傷1 9
名)であり,そのうち,2007
年12
月11
日に,東京地検が,事故当時のパロマ社長と品質管理部長を業務上過 失致死傷罪で起訴したのであるが,その他の事件ではすぺて時効が成立してい たので,2005
年11
月にマンションで瞬間湯沸器を使っていた大学生と,その時 部屋を訪ねていた兄が,不正改造されていたため排気ファンが止まっても使うことができた給湯器の使用により,一酸化炭素中毒にかかり,弟が死亡し,兄 が重傷を負ったという事件のみが対象であった。事故の発生原因は,パロマエ 業が,電気系の経年劣化等により制御匝路のプリント基板が故障し,それに よって排気ファンが回らなくなる状態になったとき,一酸化炭素中毒の発生す る危険があったにもかかわらず,社員や業者がその電線を短絡するという不正 改造を行ったことを
1 9 8 5
年の事故発生当初から認識しながらも,不正改造をせ ぬよう社員と業者に通知しただけで,消費者への告知,さらに製品の回収もしくは不正改造をできなくする改良をしなかったという点にある。
本件の特徴は,製造販売時には過失がなく,不正改造がなされたときに,事 故を防止するための適切な措置を取らなかったという作為義務違反により死亡 事故が発生したことにつき過失が問われている点にある。欠陥製品の製造販売 ではなく,すでに流通している製品に欠陥が発見された場合に,その製品から
7 )
大津簡判平12・4・5
(公刊物未公刊)。1 9 9 9
年に発生した「スバルレガシー欠陥 隠し事件」である (北川・ 宮沢古稀〔第3
巻〕4 2
頁以下(注3 )
参照)。8 )
以下の記述は,主として失敗学会ホームページによる。h t t p : / / www.shippai . o r g / s h i p p a i / h t m l / index.php?name = nenkan2006 ̲ 07 ̲ Paloma 2 0 1 0
年5
月11
日に, パロマ工業の元社長 (禁固
l
年6
月執行猶予3
年)および元品質管理部長(禁固1
年 執行猶予3
年)に業務上過失致死罪で有罪判決が出た。刑事製造物責任論における作為義務の根拠
事故が生じるのを防止する責任を負うのは, どのような義務を負う者かが問わ れているのであり,ここでは,過失不作為犯が問題となっているのである。も
とより,その責任は,第
1
次的には,その製品に不正改造を加えた者が負うべ きである。しかし,そのような不正改造の可能な製造販売した者は,それがな されないように何らかの措置を取る義務が牛じるのではないかが問われるべき である。その場合,問題はその根拠は何かである。さらに,製薬会社が,血液 製剤を製造・販売するに当たっては,監督官庁たる厚生労働省の担当部局の承 認を受けなければならないが,このような部局は,その製薬が販売された後も,販売中止に向けた勧告を行いあるいはその製薬から生じうる危害を防止すべき 命令を出すことが義務づけられ,その義務違反がその結果生じた死傷事故に対 する責任を根拠づけることがあるのか,どのような前提のもとで,過失不作為 責任を問われるのかも検討されなければならない。
本稿は,このような過失犯の最近の動向を,学説と判例を中心に検討し
9 ) .
新しい現象としての刑事製造物責任とその作為義務の根拠について,事案の分 析と類型化に基づいてその過失ないし不作為責任の新たな理論的根拠づけを試 みようとするものである。
2 .
刑事製造物責任に関する初期の判例戦後の製造物過失事故に関する過失責任が問題とされたもっとも重要な刑事 事件は,森永ヒ素ミルク中毒事件である。ピ素入りのドライミルクを製造・販 売した森永の徳島工場の製造課長と工場長の業務上過失致死罪に対する責任が 問われた。この事件の差戻後第一審判決は,危惧感説を採り,企業間の信頼の
9 ) 本稿の判例の検討の部分をドイツ語で要約した論文として,
ペルーにおいてその スペイン語訳 を 公 刊 予 定 の 次 の も の が あ る。Yamanaka , Die s t r a f r e c h t l i c h e P r o ‑
d u k t h a f t u n g i n d e r j a p a n i s c h e n J u d i k a t u r ‑ Eine v o r b e r e i t e n d e B e t r a c h t u n g u b e r
d i e Begrundung d e r G a r a n t e n p f l i c h t b e i den U n t e r l a s s u n g s d e l i k t e n ‑ i n : F e s t s c h r i f t
f u r Miguel P o l a i n o N a v a r r e t e , (Hrsg . von J o s e Antonio C a r l o John / Ferdinando
C o r c i n o B a r r u c t a ) , 2 0 1 0 i n Peru .
ドイ ツ語のテキストについては,K a n s a iU n i v e r s i t y
Review o f Law and P o l i t i c s N r . 32 (March , 2 0 1 1 ) S . 1 7 f f .
に掲載予定である。原則の適用を否定した点に特徴がある
。
1. 森永ドライミルク中毒事件10)
(1) 事実の概要
昭和
30
年6
月下旬ごろから岡山県を中心に人工栄養乳児に限って奇病が発生 し,8
月に入って生後2
か月から2
年ぐらいまでの人工栄養乳児に食欲不振,貧血,皮膚に発疹又は色素沈着,下痢,嘔吐,発熱,腹部膨満等の諸症状を伴 う原因不明の疾患が続発し始めた。岡山大学医学部小児科では,原因究明に 当ったが,同年
8
月23
日,患者に砒素を検出したため,その本態は砒素の混入 された粉乳による中毒症であることが確認された。新聞で,有毒粉乳は本件工 場で製造されたM F
印乳児用調製粉乳のみであることも同時に発表され,同 日事故原因となった右粉乳の販売停止,回収,消費者等に対する使用中止の広 報等の措置がとられた。また,その後,岡山大学では死亡した患者の肝臓や毛 髪からも砒素を検出し,砒素による中毒が死因であることが確認された。
この事件は,全体で患者数は,死者
113
名,患者1
万1,778
名,総計1
万1,891
名とされるものである。昭和30
年8
月27
日未明に至って本件工場で乳児 用調製粉乳製造の際,安定剤として原料牛乳に添加していた薬剤の残品中に多 量の砒素が含有されている事実が確認され,本件事故の根本原因は右安定剤に 多量の砒素が混入していたことにあることが明らかとなった。製造課長 A と工場長 Bの過失責任が問題となり,徳島地裁は,最終的に差戻 し審において, Aを有罪, Bを無罪とした。製造課長の責任は,監督責任で あって,直接過失責任を問いうるものではないとする。
(2) 判 旨
「予見可能性は,行為者に結果回避義務として結果防止に向けられたなんら かの負担を課するのが合理的だということを裏付ける程度のものであればよく,
1 0 )
徳島地昭和48・11・28 刑月 5・11・1473
。(第1
審)昭和3 8
年1 0 月 2 5
日徳島地裁 昭和3 0
年(わ)第3 8 0
号, (控訴審)昭和4 1
年3 月 3 1
日高松高裁昭和3 8
年(う)第4 0 4
号,(上告審)昭和
4 4
年2
月2 7
日最高裁(第1
小法廷)昭和4 4
年(あ)第1 5 3 1
号。刑事製造物責任論における作為義務の根拠
したがって,この場合の予見可能性は具体的な因果過程を見とおすことの可能 性である必要はなく,何事かは特定できないが,ある種の危険が絶無であると して無視するわけにはゆかないという程度の危惧感であれば足りるのである」
。「結果回避義務は,具体的には,
(イ)予想される危険の蓋然性,(口)予想され る危険の重大性,(ハ
)危険の原因となる行為の目的,性質とりわけ社会的効用 などを考慮し,危険防止の責任をどこまで行為者に負担させるのが妥当である かが判定されなければならない(……)」。
① 製造課長 A の過失について 被告人 A は,製造課長として製造業務に 関しては最高の責任者であって,実際上も
工場長の一般的統制は受けていたものの,乳児用調製粉乳をはじめ乳製品の製造業務については,同被告人がその 全般を掌握し,製造技術面の最高責任者として部下従業員を指導監督し,その 業務内容も製造業務に関する指導監督の面に重点が置かれていたが,ただ第 2 燐酸ソーダの発注及び使用時期については自ら積極的に関与し,右薬剤の成分,
規格,効果等についての知識はもとより,その用法についても高度の経験を有 し,本件工場における第 2 燐酸 ノーダの発注,使用について全面的,直接的統 制力を有していた。
以上のような製造課長としての被告人 A の職務権限,第 2 燐酸ソーダの具体 的な発注手続などに照らすと第 2 燐酸ソーダについては, Y 副主任が被告人 A の承認を得たうえ,事務課に対して発注を依頼していたもので,被告人 A は右 発注の承認はしているけれども,発注についての直接行為者であるとはいえな いから,後述する発注についての監督責任についてはともかく,直接行為責任 を問い得る筋合いのものではない
。「製造課長としては,砒素を有害な程度に多量に含有する粗悪有毒品が乳児 用調製粉乳に紛入することを防止するために,まず第 1 に,規格品を発注する
よう Y 副主任に命じ, もって規格品を使用させるべき業務上の客観的注意義務 があり,これに違反して
工業用第2 燐酸ソーダを使用するときには,同じく Y 副主任に命じて,試験係責任者 z をして,右薬剤の使用前に容器(木箱)ごと
にそれが間違いなく第 2 燐酸ソーダであるかどうかを確認するための化学的検
査を実施させるべき業務上の客観的注意義務があるといわなければならない」。
② 工場長 Bの過失について 次に,本件工場長としての被告人
B
が部下 従業員をして第2
燐酸ソーダの規格品を発注(使用)させ,若しくは納入品の 化学的検査を行わせるよう監督すべき注意義務を負っていたか否かが検討される。
「本件工場長が被告人
B
のように事務系出身者である場合には,当該工場長 には (1)自ら(若しくは部下従業員を自己の手足として用いて),第 2燐酸ソーダの 規格品を発注使用し,そうでなければ納入品につきその化学的検査を行うべき 注意義務は存しないし, (2)
また部下従業員をしてこれらの行為を行わせるよ う監督すべき注意義務も認めることはできない。もっとも,被告人B
はこれだ け多数の死傷者を出した粉乳製造工場の最高責任者としての立場上,企業内に おいてあるいは社会的に負うぺき責任は軽くないであろうが,そのことが直ち に刑法上の過失責任に結びつくというわけのものではない」のである。かくし て, 工場長の過失責任は否定された。(3) 評 価
本 判 決11)では,危惧感説が採用され,製造課長の直接過失は否定し,規格 品を使用させるべき義務を認め,監督過失を肯定したが, 工場長については,
監督過失も否定した。ヒ素の入った松野製剤を納入させた点につき,粗悪品で ない触媒剤を納入するということを信頼できるかどうかという,信頼の原則の 適用の可能性については,本件では, 工場と納入業者の間の信頼関係を援用す ることを認めなかった。また,本件では,製造課長の「客観的注意義務違反」
が肯定されたが,直接の過失ではなく,部下の行為に対する監督過失が問われ たのである。工場長の過失責任については,「企業内においてあるいは社会的
1 1 )
評釈として,内田文昭「過失犯における結果の予見可能性と回避可能性一ー一森永 ドライミルク中毒事件差戻後第1
審判決」判夕309
号( 1 9 7 4
年)1 0 2
頁以下,中義 勝「業務上過失致死傷罪ー一伶絨くドライミルク事件一」昭和48年度重要判例解説( 1 9 7 4
年)1 3 6
頁以下,福田 平 「過失犯における予見可能性途監督義務違反」判時743
号( 1 9 7 4
年)1 5 6
頁以下,西原春夫『交通事故と過失の認定』( 1 9 7 5
年)26
頁以 下。刑事製造物責任論における作為義務の根拠
に負うべき責任は軽くない」としたが,「化学的検査を実施させるべき業務上 の客観的注意義務」はないとし,過失を否定した
。したがって,本件における 監督過失は,まさに部下の過失行為に対する「監督義務」が問われたのであっ て,経営者のシステム形成過失が問われたものではない。
2 .
カネミ油症刑事事件12) (1) カネミ油症事件カネミ湘症刑事事件は,森永ミルク中毒事件と並ぶ食品公害事件である
。昭和 43 年に九什 l で体に黒い吹き出物や歯肉が黒ずむなどの奇病が発生したが,そ の被害者は,北九州市にあるカネミ倉庫 ( K ) 株式会社で製造した「米ぬか油
=ライスオイル」を食していることが判明した
。九州大学などで調査の結果,カネミ倉庫では米ぬか油の製造工程で,米ぬか油の脱臭のためタンク内で摂氏 200 ℃
~230℃の過熱をしていたが, その加熱媒体として鐘淵化学工業(現・カネカ)の製造した「カネクロール」という商品名の PCB
(ポリ塩化ビフェニル)が使用されていた
。カネクロールの加熱分解により発生した塩酸により腐食孔 ができ,そこから PCBが漏れて米ぬか油に混入したことが判明した
。本件の認定患者数は, 2006 年末現在で 1,906 人である
。1970年にカネミ倉庫,カネカ,
国を相手取って民事訴訟が提起された
13)。現在も,未認定患者が,被害者救済の立法化を求めて運動している
。(2)
事実の概要
被告人 A は,米ぬか油の製造販売を
一業務とするK 株式会社の社員であり,
本社工場長に任ぜられ製袖部精製課長も兼務し,昭和43年 6 月から同1~
場長に
専務していた。被告人 A は,脱臭工程で使用されていたカネクロールが過熱に よって分解を起こすことがないよう詳細な設計々算を経て作られた脱臭装置で
1 2 )
福岡高判昭57・1・25 刑月 14・1
=2・26 。 (第 1
審)福岡地小倉支判昭5 3 ・ 3 ・ 2 4 刑月 10・3・313 。
1 3 )
(第 1
審 ) 福 岡 地 小 倉支判昭5 7・3・29
判時1037・14,
(控 訴 審)福 岡 高 判 昭61・5・15
判時1191・28 。
あるにもかかわらず,設計者の意見を聴取することもなく,独自の判断で,そ の安全性の検討確認をしないまま改造し,かつ同様の操作方法により約3年9 ヶ月の間右脱臭缶を運転操作した。それによって,カネクロールの過熱分解に より発生した塩化水素ガスと脱臭装置内に存在した水分とが結合して出来た塩 酸が,蛇管々壁に作用して腐食孔を多数生成させ,同蛇管々壁を貰通する所謂 腐食貰通孔を生成させ,同所からカネクロールが漏出しうる状態になって,運 転を休止したが,運転再開に先立ち,同蛇管の点検,検査等を実施しないまま 運転を再開し,それによって,内槽内の米ぬか油中に多量のカネクロールを漏 出混入させるに至らしめた。更にまた,臭係員その他の担当者らをしてカネク
ロールの使用状況の正確な把握もその減量の発見も殆んどなしえない状態のま ま右管理を放置し,前記のような多量のカネクロールが漏出混入していること に気付かず,ネクロールの混入した米ぬか油を製品詰し,その頃出荷せしめた。
これよって,これらカネクロール混入の米ぬか油を購入摂取した別紙被害者 890名に対し,それぞれポリ塩化ジフエニール (PCB) による有機塩素中毒症
所謂油症 に罹患させ,もって同人らに対して各傷害を与えた。
第
1
審福岡地裁小倉支部は,工場長の過失を肯定し,代表取締役の過失を否 定した。控訴審では工場長がその過失を争ったが,福岡高裁は工場長の過失責 任を確認した。ここでは,まず,控訴審が工場長の「予見可能性」を肯定した 判旨を紹介し,次いで,第1
審が代表取締役社長の監督責任を否定した判旨を 紹介しておこう。( 3 )
控訴審判旨① PCBの毒性に関する予見可能性について 「本件袖症事件の発生当時,
PCBの毒性に対する認識は一般に極めて低い状況にあり,殊にこれを経口摂 取した場合の毒性については曽って議論されたこともなく,経口摂取に関する 先例ともいうべき本件油症事件が生起するまでは,被告人もその他の関係者も すぺてカネクロールに本件被害の結果を惹起するほどの毒性があるとまでは知
らなかったことが明らかであって, PCBの毒性の予見可能性ということを具
刑事製造物責任論における作為義務の根拠
体的な本件被害を惹起する毒性の予見可能性の意味でみるときは,被告人がこ れを予測することは客観的にも不可能であったといわなければならない。しか しながら,右毒性の予見可能性の問題は,結果回避義務を認める前提としての 予見可能性,換言すれば,カネクロールに関しどの程度の毒性を予見したとき に結果回避義務を肯定するのが相当であるかの問題に外ならない。そして,一 般的にいえば,物質の有する毒性はその物質により複雑多彩な内容が考えられ るが,右毒性の内容に未知の部分が多ければ多いほどその物質を使用すること によって生起する結果を具体的に予測することができない反面,生命や身体に 対する危険感,危惧感は増大する関係にあると考えられるから,このような場 合,結果に対する因果の機序や被害の態様,程度などの詳細を逐一具体的に予 測することまで要求するのは相当でない。しかしながら他面,何事かは特定で きないがある種の危険が絶無であるとして無視するわけにはいかないという程 度の漠然たる不安感,危惧感を感じる程度では足りず,少くとも身体の生理的 機能を障害するに至ることの予測は必要とし,かつ,これをもって足りると解 するのが相当である。そうしてみると,カネクロールは食品自体でないことは 勿論,食品添加物でもなく,熱媒体に使用される工業用品かつ化学合成物質で あり,体内摂取の無害性が証明されていない物質であって, 工業用品即毒物と 断定することはできないとしても,かかる物質を体内に経口摂取することは生 物の本能としてあるいは経験に基づく常識として身体の生理的機能に不良の障 害を来たす危険性があるものと予測するのはむしろ当然のことというべきであ る。のみならず,被告人は,カネクロールを経皮的,経気的に摂取,接触した 場合の毒性に関しては経験上すでに知悉していたし,カネクロールカタログの 毒性に関する前記記載も閲読了知しており,これらの事実をもって,カネク ロールを経口摂取した場合の毒性に関する情報の提供ないし警告たる意味を有 するものと理解し,読み取るぺきものと認めうるのであって,このように解し ても,食品製造業を営む会社の工場長であり,かつ製造技術面の最高責任者の 地位にある被告人に対しては決して過酷な要求をするものではなく, しかも被 告人が体内摂取の場合に下痢をする程度の不良の影轡力があることを予測して
いた事実をも併せ考えるときは,被告人において,カネクロールが経口摂取さ れた場合,身体の生理的機能を障害するほどの毒性を有することを予見するこ
とは十分に可能であったものというべきである」。
② 蛇管の腐食貫通孔の予見可能性について 「この点に関しては,因果の 経過を構成する事実の全部あるいは因果の具体的機序の細部まで予見する必要 はなく,因果関係の基本的部分についての予見があれば足りると解するのが相 当である。これを本件についてみるに,本件蛇管の腐食貰通孔は,前示のとお り……二条件が寄与して形成されたと認められるが,そのうちの基本的部分は,
本件蛇管がカネクロールの過熱分解によって生成した塩酸の作用で腐食するこ とにあり,この点の予見があれば,結果の予見可能性を肯定するに十分で,こ れを超えて腐食の経過,機序あるいは種類,性質等に関して認識する必要はな く,その認識の欠如があったとしても予見可能性を肯定する妨げにはならない というべきである。……, したがって,本件蛇管腐食の予見可能性は十分肯定 しうるのであるから,所論は理由がない」。
(
4)
第1
審判旨福岡地裁小倉支部は,被告人
A
の過失責任を肯定したが,B
の過失を否定し た14)。ここでは,被告人B
の過失の否定理由につき,検討しておこう。まず,被告人Bは, Kの代表取締役社長として同社の対外的対内的業務一切を統轄掌 理すると共に,同社の米ぬか油製造に関しては,被告人
A
がその地位に就任するまで本社工場の工場長をも兼任していたという者である。
「企業や組織全体の統轄的責任者として,その従業員らに一般的に指示監督 をすべき職責があることから直ちにその従業員らの過失行為によって生じた結 果についても監督者としての過失責任があると解しえないことは勿論である。 企業組織体における直接の過失行為を監督すべき立場にある者の過失責任を問 いうるためには, 当然のことながら一般の直接的過失責任の場合と同様,その 監督者に結果発生やその因果経過についての予見ないし予見可能性があり,
1 4 )
福岡地小倉支部判昭53・3・24 。
刑事製造物責任論における作為義務の根拠
従ってその予見義務を尽したか否か,それによってとられるべき結果回避のた めの具体的で有効適切な措置をとりうる立場にあったか,即ち単なる企業や組 織全体の統轄責任者としてその責任に随伴する以上の具体的個別的な注意義務 が存したか否かが問われなければならない。従って監督者の過失もその者の現 実の個別的監督行為を対象とし,当該行為につきその過失の有無を判断せざる
を得ないことは個人責任を原則とする刑事責任原理の建前上已むを得ないこと である。その結果,事故と直接的個別的具体的な関連を通常有する現場に近い 従業員ほど刑事責任を問われるという 一見不都合とみえる結果を招来すること となるけれども,過失犯の成立に心理的要素より築構される予見義務ないし予 見可能性をもその要件とする以上,全く機械的な単純作業に従事する者は格別 として,より現場に近く従って危険に近接する者ほど具体的直接的にその危険 を予見しうる立場にあるといえるから,その予見義務を尽す度合も当然強くな るという状況下におかれている以上已むを得ないものと考えられるし,その結 果回避義務に関する状況も右と同様である。若干不合理ともみえる右の結果も 刑事責任法理の限界に制約されるものとして忍従せざるをえない。一般的抽象 的な監督者の責任或いは統轄責任を,個々の事故における監督上の過失として とらえ,これを処罰の根拠とするときには,却って刑事責任の中に結果責任を 持ち込み,企業その他の有機的組織体においてその統轄者的地位にある者は,
事故の度毎に監督上の過失責任を問われ,或いはまた過失犯罪の成立要件をか なり抽象化する結果ともなり罪刑法定主義の原理にももとるものといわなけれ ばならない」。
(5) 評 価
本件15)においても, 工場長の過失責任が肯定され,代表取締役社長の責任 は否定されている。「製造技術面の最高責任者の地位にある」 工場長の因果経 過の基本的部分の予見可能性を肯定して認め,社長の刑事責任については,
1 5 )
評 釈 と し て , 板 倉 宏 「 結 果予見可能性と過失青任―‑カネミ油症刑事事件判決」Law S c h o o l I
巻1
号( 1 9 7 8
年)8 5
頁以下,松尾邦弘「食品公害と業務上の過失責 任」法律のひろば3 1
巻7
号( 1 9 7 8
年)3 9
頁以下。「一般的抽象的な監督者の責任或いは統轄責任を,個々の事故における監督上 の過失としてとらえ,これを処罰の根拠とするときには,却って刑事責任の中 に結果責任を持ち込み,企業その他の有機的組織体においてその統轄者的地位 にある者は, 事故の度毎に監督上の過失責任を問われ,或いはまた過失犯罪の 成立要件をかなり抽象化する結果ともな」ると指摘し,個々の過失を基礎とす ペきであり,企業のトップのいわばシステム形成責任は問いえないとしている。
「刑事責任法理の限界」が意識的に論じられ,「一般的抽象的な監督者の責任」
ないし「統轄責任」を,「個々の事故における監督上の過失としてとらえ,こ れを処罰の根拠とする」ことは,これを超えるというのである。なお,付言す れば,本件各判決では,森永ドライミルク中毒事件で肯定されて,危惧感説を 否定し,第
1
審では,因果経過の予見可能性で,第2
審では「身体の生理的機 能に不良の障害を果す危険性」の予見可能性で十分だとしている。3 .
さつまあげ中毒事件差戻後第一審判決16)本件は,被告人が,有限会社
S
商店の代表取締役として,同工場の建物,製 造機械・器具等を管理し,約2 0
名の従業員らを指揮・監督しながらさつまあげ を製造・販売する業務に従事していたところ, 工場のネズミが媒介したサルモ ネラ菌に汚染されたさつまあげを食した多数の者が食中毒症状を示し,また3
名の者を死亡させたという事件である。なお,本件においては,「刑事裁判における疫学的な判断方法による立証」も問題とされた17)。
( 1 )
事実の概要被告人は,魚肉製品の製造販売を行っていたが, 工場内において「サルモネ ラ菌」を体内に保有する鼠を徘徊させ,その鼠の排泄した糞尿内に含まれてい たサルモネラ菌を,さつまあげの製造工程中,魚肉と玉ねぎ,人参等をすり身 を作る段階で原料に混入させ,サルモネラ菌を含有するさつまあげを包装した うえ,運送業者を経由して多くの卸売業者に合計
13,680
枚を消費者に販売すべ1 6 )
仙台地判昭5 6・7・2 。 ( 第 1
審)仙台地判昭4 9・10・11
刑月13・10‑11・764
。1 7 )
これについて,山中 『刑法総論』(第2
版・2 0 0 8
年)2 6 4
頁以下。刑事製造物責任論における作為義務の根拠
く引渡した過失により,これらの業者からさらに仲買人,小売人等を経てさつ まあげを購入して食用に供した計303名に対し,サルモネラ菌による食中毒に 罹患させ, 3名をそれぞれ死亡させ, 299名に対しそれぞれ下痢,発熱,腹痛,
頭痛等の傷害を負わせた。
(2) 差戻し後第
1
審判旨「被告人につき判示のような業務上の注意義務が存在し,被告人がこれに違 反して鼠の侵入防止,鼠の駆除の措置をとらなかったことがいずれも明らかで あって,そのような場合に本件のような中毒事故の起り得ることについての予 見可能性,回避可能性とも充分に肯認することができまた期待可能性のある ことももちろんであるから, もし本件の昭和43年 6月4日のさつまあげ製造中 に鼠を介してサルモネラ菌が原料等に付着し,同菌の付着したさつまあげの製 造・販売が原因となって本件各中毒事故が発生するに至ったという因果関係が 肯定されることになるならば,本件につき被告人が注意義務に違反した過失責 任を負うべきことは免れないところといわなければならない」とし,因果関係
も肯定した。
第
1
審は,因果関係を一応肯定しつつ,「疑わしきは被告人の利益に」の原 則に従って無罪とした。第2
審も証明が十分でないとして無罪を言い渡したが,最高裁が差し戻し18),昭和
56
年に仙台地方裁判所がこれを判断したのが本判決 である。(3) 評 価
本件第
1
審では,「因果関係の証明」,控訴審では「訴因の特定」が争点とな り無罪とされたが,差戻し審後の本件判決では,疫学的証明により,これを肯 定した19)。過失の存否については,比較的小さな商店の代表取締役が直接従業
1 8 )
(第1
審)仙台地判昭49・10・11
判時763・24,
(第2
審)仙台高判昭52・2・10
判時846・43,
(上告審)昭和5 2
年1 1
月2 8
日最高裁(第2
小法廷)昭和5 2
年(あ)第4 6 6
号。1 9 )
「本件は具体的な因果関係を細部にわたって直接証拠のみによって立証すること が困難な事案である反面,事案の性質上, 事件直後から疫学の専門家らによりその 原因の究明が進められ,疫学的な判断の基礎となる資料も数多く収集されてお/員を監督しつつ業務を行っていたのであって,被告人本人の直接の過失が問わ れたものであり,食中毒の原因も単純に食品衛生法により定められた規則を充 たさず製造したことに認められ,予見可能性・回避可能性の認定も容易な事例 に属する。「清潔で衛生的な設備・方法によって食品を製造すべく,同工場内 で病源微生物を媒介する鼠が徘徊することにより食品が病源微生物に汚染され ることのないよう同工場における鼠の侵入するおそれのある個所に防鼠設備を し,あるいは工場内において鼠の駆除措置をとるなどして, もって鼠の糞尿を 介して病源微生物に汚染されたさつまあげを製造・販売しこれを消費者をして 摂食させることにより生ずべき中毒事故を未然に防止すべき業務上の注意義 務」が認められたのである。本件および本件の判旨では,食物の製造過程にお ける典型的な中毒事故の防止に関する過失,すなわち,製造過程における代表 取締役の管理過失が問題となっているが,因果関係の証明を別にすれば,取締 役の直接の管理過失が問われているといってもよい。
4 .
欠陥サウナ風呂事件サウナ風呂事件は,発火原因となった欠陥あるサウナ風呂の製作・販売をし た
M
株式会社の取締役A
および木工担当者B
の過失責任が問われた事件であ る20)。
( 1 )
事実の概要有楽町のサウナ浴場の火災により,入浴客 3名が死亡した事故が発生したが,
その事故は,浴場内に設置された組立式サウナ風呂が構造上の欠陥のため発火 したことに起因するものであった。サウナ風呂の製作会社
M
の役職員および担\り,疫学的判断方法にかなりの有効性を期待し得る事案であるから,本件因果関係 の認定にあたっては,その活用に慎重さが要求されるものではあるが,疫学的な証 明を情況証拠として他の証拠とともに事実認定の用に供することは許されるという べきである」。
2 0 )
最 決 昭54・11・19
刑集33・7・728
。甲斐克則 「欠陥製品の製造・販売と刑事 責任」神山古稀 (第1
巻・2 0 0 6
年)1 5 9
頁参照。刑事製造物責任論における作為義務の根拠
当者である本件被告人ら,販売会社の役員,及び浴場経営者が,業務上失火,
業務上過失致死傷罪に問われた。本件では,
M株式会社の取締役 Aおよび担当
者Bは
,H産業の担当者らと共同して,本件組立式サウナ風呂を開発・量産し,
H産業がこれを販売・出荷指図していた。当初 1 0
台製作されたうちの一台が使 用中本件事故に至った。第1
審は,本件サウナ風呂の木材部分が電熱炉の長期 間の加熱により漸次炭化して「無焔着火」したことによるとした。過失の内容 は,① サウナ風呂の構造につき耐火性を検討・確保すべき業務上の注意義務 違反および構造上の欠陥のある製品を製作して浴場に設置させた業務上の注意 義 務 違 反 , お よ び ② 設置されたサウナ風呂の使用を中止させて,欠陥を補修 すぺき業務上の注意義務違反である。第
1
審は,第1
の過失を認め,業務上失火,業務上過失致死を認めたが,第2
の過失は,アフターサービスの業務については,販売会社のH産業が負担す
べきものとして否定した。(2) 第
1
審判旨「本件公訴事実中
2
記載の被告人N,
同Yの業務上過失については,……H
産業とM
との間で右両会社の共同製作に係るサウナ風呂の製作販売契約を結び,該契約に基き,
M製作に係るサウナ風呂はすべて H産業の出庫指図書により販
売先に届けられ,これが販売据付け及販売先顧客に対するアフターサービス等 の一切はH産業側でこれを行い,被告人N, 同Y等M側においてはその販売先 に対し直接にその補修改善又は使用中止を命ずることも出来ず,販売者であるH
産業からの連絡により,補修改善等の作業をしていたものであること,及本 件C
型サウナについてもその据付け,アフターサービス等の一切はH
産業がそ の責任においてこれを行っていたものであることなどが認められるので,本件 サウナ風呂据付け後の継続使用に関する被告人N,
同Y
らの業務上の注意義務を前提とする公訴事実
2
記載の過失責任を問うことはできない」。「右のように規格品として販売されることになった
C
型サウナは……その構 造自体出火の危険を伴う欠陥サウナであること,及右C
型サウナは4
キロワットの電熱炉を使用し,その上に設置するベンチ(……)との間隔が狭く,防火 上極めて危険であるのに被告人らにおいて何等耐火試験も行うことなく製作販 売に供されたものであることが認められるから,
H
産業退社後の被告人X,
同K
においても右構造を有する規格品の1 0
台のC
型サウナが販売据付け使用され ると,そのサウナ風呂には火災発生の危険があることは当然予想し得た筈であ り,従って右構造のC
型サウナのうちの一台である本件出火の有楽サウナのC
型サウナについても同被告人らの退社後に販売据付けられたものであっても,同人らにおいて,その出火の予見可能性があったのに拘らず,その出火を防ぐ ための適当な措置を講ずる等業務上一般に払うべき注意義務を欠いたため本件 火災を惹起したものであり,その過失責任を負うべきことは当然と謂わざるを 得ない」。
(3) 控訴審判決
「被告人らにおいて,本件
C
型サウナの製作当時,その木製ベンチが長期間 にわたる電熱炉の加熱により無焔着火する危険を予想する可能性があったとは 認め難く,原判決はこの点において事実を誤認したものといわざるをえず,こ れは原判示の被告人らの注意義務の前提となる事実についての誤認で」ある。したがって,原判決の「罪となるべき事実」における「長期間にわたる電熱炉 の加熱により右木製ベンチが漸次炭火して無焔着火する危険が予想されたか ら」とある部分を「長期間にわたる電熱炉の加熱により右木製ベンチ部分に火 災が発生しうる危険が予想されるから」と改める。
( 4 )
最高裁決定要旨「本件組立式サウナ風呂は,長期間使用するときは,電熱炉の加熱により木 製ベンチ部分に火災が発生する危険があるのであり,被告人らは,その開発及 び製作の担当者として,その構造につき耐火性を検討・確保して火災を未然に 防止する措置をとる業務上の注意義務があるというべきであるから,被告人ら が原判決の認定する経過で火を失した場合には,業務上失火罪に該当するもの
と解するのが相当である」。
刑事製造物責任論における作為義務の根拠
( 5
)評 価本件21)は,① 組立式のサウナの製作・設置と② 販売されたサウナ風呂の 使用中止及び補修の措置に関する過失を問い,本件会社
M
については,アフ ターサービスについては権限外であったとして,前者に関する過失のみを認め ている。したがって,過失不作為犯ではなく,過失作為犯が問題となったので あり,まさに「製造過程における製造物過失」が問われている。ここで,アフ ターサービス等を一切受け持っていたH
産業の過失責任が問題となっていたな ら,その作為義務の根拠が問われていたであろう 。なお,発火の危険の予見可 能性については,第1
審が「無焔着火する危険」の予見可能性を対象としたの に対し,第2
審は,これを予見可能性の対象から外したのであり,基本的な因 果経過の予見可能性の範囲の判断が問題となっている。3 . 刑事製造物責任に関する最近の判例
1. 薬害エイズ刑事事件
( 1 )
薬害エイズ事件薬害エイズ事件とは,
1983
年ないし1985
年に,主として1,800
人以上の血友 病患者または肝臓病の患者がHIV
に感染し,そのうち,500
人以上が,HIV
に感染した非加熱血液製剤が投与されたことによって,エイズを発症して死亡 したという事件である。血友病患者の
HIV
感染者数は,およそ1,860
人に上 り,そのうち630
人を超える人にエイズが発症し,430
人余りが死亡している。日本においては,非加熱製剤は,厚生省によって加熱製剤が許可されたのち
2 1 )
稲田輝明 「サウナ風呂の開発・製作の担当者がその構造につき耐火性を検討・確 保しなかった場合と業務上失火罪の成否」ジュリスト7 1 3
号( 1 9 8 0
年)8 4
頁,同「サウナ風呂の開発・製作の担当者がその構造につき耐火性を検討・確保しなかっ た場合と業務上失火罪の成否」法曹時報
3 2
巻5
号(最判解・昭和5 4
年度・3 4 8
頁以 下),野村稔「サウナ風呂の開発・製作の担当者と業務上失火罪」昭和5 4
年度重要 判例解説 (ジュリスト臨時増刊7 1 8
号)1 9 8
頁,三原憲三「有楽サウナ事件」ジュリスト
8 3
号1 5 0
頁,秋山哲治「
サウナ風呂の開発・製作の担当者がその構造設置につ き耐火性を十分検討・確保しなかった場合,サウナ風呂の失火について,業務上失 火罪が成立するか」判評2 5 9
号5 7
頁。にも
2
年4カ月にわたって使用され続けたが,それによってエイズ感染の被害
が極めて拡大された。1989
年には,血液製剤を生産・販売した薬品会社に対す る民事訴訟が提起された。また販売許可をした厚生省に対しても訴えが提起さ れた。この訴訟は,当時の厚生大臣が謝罪した後,1996
年に和解に達した。1996
年には,非加熱製剤を製造・販売した「ミドリ十字」株式会社の当時の代 表取締役に対して株主代表訴訟が提起され,2002
年に和解に至った。( 2 )
薬害エイズ刑事事件刑事事件22)としては,薬害エイズ事件は,
1996
年8
月以降,① ミドリ十字 の社長,副社長,営業部長の 3人(ミドリ十字ルート),② 帝京大学医学部教授 で副学長であり,内科医長であった血友病の専門医A (
帝京大ルート),③厚生 省生物製剤課長であったM (
厚生省ルート)が,業務上過失致死罪で起訴され た。薬害エイズ事件の被害者は多数にのぼるが,刑事事件で被害者として選ば れたのは,2
名に過ぎない23¥被害者Xは,血友病患者であり,帝京大学医学部付属病院で
1984
年5
月にHIV
に対して加熱処理をされていない血液製剤を投与され,HIV
に感染して 死亡した。被害者Y
は,1986
年4
月に大阪医科大学附属病院において,肝疾患2 2 )
薬 害事件 に つ い て は , す で に , 板 倉 宏 「薬 害 と 刑事責任」ジュリスト547
号( 1 9 7 3
年)6 9
頁以下(同『企業犯罪の理論と現実』( 1 9 7 5
年)1 2 6
頁 以下所収),薬害 エ イ ズ事件については,東京HIV
訴訟弁護団網 「薬害エイズ裁判史」(全5巻・2 0 0 2
年)参照。そ の 他 , 町 野 朔 ほ か 「座談会・薬害エイズ事件をめぐって」法学 教室2 5 8
号( 2 0 0 2
年)2 2
頁.北川佳世子「薬害エイズ3
判決における刑事過失論」法学教室
2 5 8
号( 2 0 0 2
年)44頁.島田聡..郎 「薬害エイズ事件判決が過失犯論に投 げかけたもの」刑事法ジャーナル3
号( 2 0 0 6
年)2 6
頁。前田雅英 「エイズ禍と刑事 過失」判タ1076・3
頁。 船山泰範「薬害エイズと過失犯」現代刑事法3 8 号1 9
頁。2 3 )
この薬害エイズ刑事事件の3
判決についてドイツ語で書いた論文として,v g l . Yamanaka, Die B i l a n z d e s AIDS‑Skandals i n J a p s a n ‑ S t r a f r e c h t l i c h e Haftung wegen d e r P r o d u k t i o n , d e r A u f s i c h t s p f l i c h t v e r l e t z u n g und d e r a r z t l i c h e n Vers ‑ c h r e i b u n g von AIDS k o n t a m i n i e r t e n B l u t p r o d u k t e n ‑ , i n : Das v i e r t e Symposion i i b e r d i e R e c h t s w i s s e n s c h a f t : , , D i e g e g e n w a r t i g e n Aufgaben d e s R e c h t s im a n ‑ d e r n d e n S o z i a l s y s t e m " z w i s c h e n U n i v e r s i t a t Hanyan, Konstanz und K a n s a i .
(コン
スタンツ大学のハインツ教授・レンギア教授の編によ って
2 0 1 0
年公刊予定)刑事製造物責任論における作為義務の根拠
に伴う食道静脈瘤の硬化手術を受けた際,止血用薬剤として非加熱クリスマシ ン
3
本(合計1 , 2 0 0
単位)を投与され, ヒト免疫不全ウイルスに感染し,1993
年9
月頃までにエイズの症状を発症させ,2
年余り後,1995
年1 2
月,同病院にお いて死亡した。非加熱製剤投与のこの1984
年5
月段階か1986
年4
月段階かにより,過失判断に相違が生じた。
( 3 )
ミドリ十字ルートミドリ十字の代表取締役社長
( A ) ,
代表取締役副社長兼研究本部長( B),
代表取締役兼製造本部長 (C)の3人(ミドリ十字ルート)が業務上過失致死罪 で起訴された事案24)が,大阪地裁25)で有罪の判決が出され(A=
禁固2
年,B
=禁固
l
年6
月,C =
禁固1
年4
月),大阪高裁26)に控訴されたが,高裁は,量刑 の点で原判決を破棄し,A
を禁固1
年6
月,B
を禁固1
年2
月に処した。被告 人C
は,第1
審判決後死亡したため,公訴棄却とされた。以下では,原審と控 訴審の判旨を紹介する。なお,控訴審では量刑以外では原審(第 1審)の判断 を是認した。( a )
事 実本件の被害者は,肝疾患に罹患して, 0病院に入院し,肝疾 患に伴う食道静脈瘤の硬化手術を受けた。同病院医師は,被害者に対し,止血 ないし出血防止用薬剤として,非加熱濃縮血液凝固第9因子製剤であるクリス マシン(「非加熱クリスマシン」)3
本(合計1 , 2 0 0
単位)を投与した。被害者は,まもなくその非加熱クリスマシンに含まれていたエイズウイルス(ヒト免疫不 全ウイルス)に感染し,エイズ(後天性免疫不全症候群)を発症させ,
2
年余り後,同病院において死亡した。本件結果の直接的原因は非加熱クリスマシンの投与 にある。本件非加熱クリスマシンは,医薬品の製造販売を業とする当時の株式 会社ミドリ十字 (=M)が製造したものである。M は,医薬品卸販売業者の F
2 4 ) 本件につき.甲斐克則「薬害と製薬会社幹部の刑事責任 楽害エイズ事件ミド
リ・ルート判決に寄せて一一」広島法学2 7
巻2
号〔20 0 3
年〕2 3 9 頁。岩間『製造物 責任と不作為犯論』 1 2
頁以下。2 5 )
大阪地判平12・2・24
判例時報1728・163 。
2 6 )
大阪高判平14・8・21
判時1804・146 。
商事株式会社に非加熱クリスマシン
1 6 0
本を販売し,同社は,同病院に対して,うち
7
本を販売した。本件被害者の主治医は,食道静脈瘤の硬化手術に際して 非加熱クリスマシンを使用していた同病院医師作成の投与医薬品指定書に従っ て処方箋を作成し,これによって本件非加熱クリスマシン 3本が本件被害者に 投与されたものである。本件非加熱クリスマシンが本件被害者に投与された期間には,すでに
M
に よって加熱クリスマシン H Tが販売されていた。しかし, M は,加熱クリス マシン H Tの販売開始後も非加熱クリスマシンを併行販売していた。(
b)
第1
審判旨 「被告人らについて個別にみても,被告人Bは,昭和58 年に『AIDS
』と題する文書を作成したが,その文書に,エイズの病因としてはウイルス感染による可能性が濃厚であること,米国におけるエイズ患者に血 友病患者も含まれていること,感染経路としてエイズ患者からの血液及び血液 製剤が考えられること,潜伏期間は
2
か月から2
年と長いことなどを記載して いたのであるから,本社内においていち早く米国からの輸入血しょうを原料と する非加熱クリスマシンによるHIV
感染の危険性を意識していたものである。 また,被告人A
と被告人C
も,常務会等の席上でその話題が繰り返されること により,あるいは,I
報告や被告人B
作成の文書を含む社内資料を閲読するこ とにより,加熱クリスマシン H T販売開始よりも相当以前から非加熱クリス マシンによるHIV
感染の危険性を認識することが可能であったと認められ る」。「そして,被告人らが,加熱クリスマシン H Tの販売後は,非加熱クリス マシンの販売を中止し,販売済みの非加熱クリスマシンの回収措置を採ること により,その後の
HIV
感染の結果を回避させることは,可能であったことが 明らかである。すなわち,被告人A
が,代表取締役社長として,常務会等に諮 るなどして,販売中止,回収の措置を実行し,あるいは,被告人B
が,代表取 締役副社長兼研究本部長として,常務会等において,販売中止等の措置を採る ことを提言するとともに,被告人A
にその旨を進言し,被告人C
が,代表取締 役専務兼製造本部長として,販売中止等の措償を採ることを提言すれば,それ刑事製造物責任論における作為義務の根拠
ぞれの社内における地位や職責に照らし,販売中止,回収が実現する可能性は 極めて高く,本件被害の発生を未然に防止することが可能であったと認めるこ とができる。したがって,被告人らにいずれも業務上の注意義務を怠った過失 があることは,明らかである」。
(c) 控訴審判旨
① 予見可能性について
M
の医学研究ないしこれに関する情報伝達分野 の最高責任者である被告人B
は,遅くとも加熱濃縮血液凝固第9
因子製剤が承 認 輸 入 承 認 , 販 売 開 始 さ れ た 昭 和6 0
年12
月ないし昭和6 1
年1
月当時において,エイズに関する上記……の有力な見解に基づく報告等の情報を広く収集し,慎 重に考察していれば,エイズ発症の機序はまだ十分に分かっておらず,エイズ を巡る知見には混迷があり,また,後に判明したような被害の恐るべき増大ま ではとても予測できなかったとしても,その職務上当然の任務として,わが国 においても, [
1
] 血 友 病 関 連 の エ イ ズ 患 者 が5
名程度は認定公表されるに 至っていること, [2]
専門家らにおいて,エイズウイルス抗体検査が行われ た結果,かなりの割合の抗体陽性者が存するとの報告がされていたこと, [3 ]
抗体陽性者がエイズウイルス保有者であること,[4]
抗体は防御的作用が乏しく,エイズウイルスは将来にわたって保有され続けると想定されることなど から,血友病患者の抗体陽性者の中で,近い将来,エイズそのものの発症率が
10
パーセント前後,ARC
を含めると30
パーセント程度にまでは上るかも知れ ないと,そのことだけでも十分大きな危険性を認識し得たと認められる。した がって,同被告人は,上記の当時,非加熱濃縮血液凝固因子製剤のエイズウイルス感染,エイズ発症・ 死亡の危険性を十分予見し得たものと認められる。
② 回避可能性について 「被告人