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登山事故判例の分析 濱 野 吉 生‡

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Academic year: 2022

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(1)原. 著. 登山事故判例の分析 濱 An. Amlysis. of. 野. 吉. 生‡. CasesC㎝㏄mi㎎Mo㎜tai皿㏄r㎞g Yoshio. A㏄id㎝ts. Hamano由. Abstract In. recent. years,tria1s. reason. for. this. increase. change. in. people. s. based. is. on. apparent1y. former. view. that. accidents a. change. involving. mountaineering. in. s. mountaineering. peop1e. is. a. awareness. sanctuary. of. have. been. their. protるcted. increasing.The. rights. as. we11as. a. from1awsuits−. Acommonfomoftria1isacivi1actionfordamagescomectedwithaccidenta1deaththrough mountaineering.In. of. leaders. In. dealing. factors. of. The level. of. members. addition. towards. to. with. a. neg1igence. ob1igation,due. Ieader care. and. is. subject. required. the. such. actions,there. are. a. few. trials. dea1ing. with. the. criminal1iabi1ity. members.. danger. care,and. to. the. action. between. leaders. foreseeability. of. obhgation. guarding. of. the. leader. or. difficulty. of. varies. of. the. according. the. and. members,a. court. wil1consider. the. accident.. to. against the. reasonably. foreseeable. age,ski111eve1,and. risks.The. abi1ity. of. the. mountaineering.. 本紀要の1号で述べたように,国民の権利意識の. はじめに. 変化と,人権の尊重による被害者保護の理念の広. 登山というスポーツはその性質上,重大事故を. がりがあり,その流れの中で,登山事故といえど. 起こしやすいスポーツであり,事実,戦後間もな. も,法的責任のおよばない例外的な聖域ではない. くから幾多の遭難事故があったものの,民事・刑. という認識の定着を挙げることができよう.そし. 事事件を問わず,そこでの過失等について,司法. て,そうした傾向は今後さらに強まることが予想. の場で争われることはほとんどなかった.1970年. されることから,今日までの判例を分析し,引率. 代以前においては,高校生を引率して登山中にコ. 者・■トダーに要求される注意義務の内容や程度. ースを誤り,2名が死亡した芦別岳高校山岳部員. などについて,一応の整理をしておく必要がある. 遭難事件で,引率した教師に業務上の注意義務違. と考える.. ところで,登山事故については,例えば次のよ. 反があったとして業務上過失致死罪に問われた判 例1〕があるのみであって,「しごき」などによるも. うなものもある.. 1980年12月,北アルプス八方尾根付近で逗子開. のは別として,それ以外に登山事故に関して提訴・. 起訴がなされ,判決がなされた事例は見当らない.. 成高校山岳部の6名が遭難・死亡した事件や,82. しかし近年に至って,学校でのそれを含む一般. 年4月に八ケ岳で関西大倉高校山岳部の2名が滑. の体育・スポーツ事故と同様に,登山事故につい. 落・死亡した事件のように,当事者の間で和解が.. ての判例が増加してきている.その理由としては,. 成立したもの.. ^スポーツ科学科. り〕物〃舳〃〆助o炊S6伽㈱. 一13一.

(2) 登. 山. 事. 故. 判. 例. の. 分. 析. 79年3月,四国石槌山で行なわれた武蔵工業大. あり,雷雨とガスの見分けは困難であること,④. 学ワンダーフォーゲル部の冬山登山に参加し,急. 事故現場において避難等の処置をとることは不可. 傾斜の雪面をトラバース中に部貝が滑落・死亡し. 能であったこと,という理由により,引率教師の. た事件で,文部省は大学の部活動にっいて安全基. 刑事責任(業務上過失致死傷)を追及することは. 準を設定し,大学にこれを遵守させ,事故を防止. できないとされたもの8〕.. すべき職務上の義務があるのに,これを怠ったと. そうした事例があるが,ここではそれらを除き,. 主張した事例2〕や,83年7月,京都府立洛北高校山. 先のようなことから,主として登山における引率. 岳部の部員が,福島県只見白戸川メルガ岐沢付近. 者・リーダーに要求される責任といった観点にた. において,雨で増水していた沢を渡渉中に転倒し,. って,これまでに判決がなされた事例を取り上げ,. 川下1三流されて死亡した事件で,山岳部顧問教師. 若干の考察を加えていくことにする.. が本件山行計画を許可したことや,許可をするの. 第1章. に際して適切な指導を怠ったと主張し,国家賠償 法1条などに基づく損害賠償を請求したもの;〕.. 芦別岳高校山岳部員遭難事件. <事実の概要〉. 本件は,1952年6月,北海道立高等学校の山岳. 70年5月,秩父多摩国立公園内の西沢渓谷の歩 道脇に設けられた木柵が折れ,登山者が転落・即. 部の顧問教師が,山岳部員である生徒6名を引率. 死した事件4〕や,79年9月,吉野熊野国立公園大台. して芦別岳旧道登山を実施したところ,途中でコ. ケ原の大杉谷に架けられた吊橋のワイヤーが切れ,. ースを誤り,同山岳夫婦岩背面岩壁下の俗称「地. 橋を渡っていた登山者が転落・死亡した事件5〕のよ. 獄谷」に入ってしまったが,それに気付かずに前. うに,国家賠償法2条に基づく公の営造物の管理. 進を続け,濠流に進路を阻まれたため,標高差300. 上の暇疵などが問題となったもの.. メートル,傾斜57度の同岩壁を容易な岩場と誤認. 65年5月,東京農業大学ワンダーフォーゲル部 が奥秩父連山縦走コースにおいて新人錬成山行を. して登りはじめ,頂上直下30メートルの地点で,. 生徒2名が転落し,即死した事案である.. 実施し,新入部員に対して錬成のためと称し,平. <判旨〉. 札幌地裁は,「引率教官たる者は,職務上当然に. 手・手拳・木棒等で殴り,登山靴で蹴るなどし,. その結果,新入部貝1名が死亡し,2名が全治2. 生徒の生命身体を害するが如き結果の発生を防止. 週間ないし6週問の傷害を追い,同部の監督・主. すべき義務を負うものであり,したがって,先づ. 将・副主将等が傷害致死罪と傷害罪に問われた事. 事前にコース,気象状態,岩質,地形等について. 件6〕や,66年4月から5月にかけての日本大学三島. 充分な調査を遂げた上,これらの諸条件に相応す. 山岳部の富士山春山訓練において,上級生部員が. る装備,食糧その他の携行晶を整える等周到な登. 下級生部員に対して暴行を加え,そのため1名が. 山準備をし,登撃を開始した後であっても岩壁等. 死亡,1名が1ヵ月近い入院加療を要することと なり,同部のチーフリーダー等の上級生が暴力行 為等処罰二関スル法律第1条「・一・数人共同シテ. の難所に遭遇した場合は,直ちに登撃することな く予め岩壁の全容を観察して前後の措置を判断し,. 仮りに登撃可能と判断しても途中において危険を. 刑法第208条(暴行罪)……ノ罪ヲ犯シタル者」に あたるとされた事件のように,いわゆる「しごき」. 予知する場合は潔く引き返す等,緩急に応じて応. が追及されたもの7〕.. べき業務上の注意義務があるものと言わなければ. 急の措置を執つ,以て事故の発生を未然に防止す. 67年8月,西穂高岳独標付近を集団登山中の松. ならない」としつつ,しかるに,被告人はこの義. 本深志高校の生徒が被雷し,11名が死亡した事件. 務に違背し,コースの調査が不充分であったため. で,長野県警は,①天候の急変と予測が困難な落. に地獄谷に踏み入ってしまい,しかも岩壁の存在. 雷という強大な自然現象が瞬時に発生したもので. にも気付かずに前進し,下から見上げて30メート. あること,②登山計画および当日の行動に無理が. ルほどの地点を頂上と誤認し,なんらの偵察一調. なかったこと,③天候急変に対する処置が遭切で. 査もせずに登撃を開始して,岩登りの経験もなく,. 一14一.

(3) 早稲田大学人問科学研究. 第2巻第1号. 1989. 必要な装備もない一行を,登山の専門家も危険視. するべきではあるまいか.したがって,本判決が. するような箇所に直面させ,その結果,2名の生. 引率者・リーダーに要求される注意義務を,準備. 徒を250メートル下に転落せしめたものである9〕,. 段階(事前)と登山中のそれとに分けていること. としている.. は適切であり,首肯しうるが,本件の場合には,. <考察〉. 事前と行動中の注意義務のうち,その両者につい. 本件で判示されているコースの調査義務につい. てではなく,後者についてのみ,違背があったと. てであるが,登山というスポーツの性格からして. するのが妥当であると考える.. も,また社会通念上からみても,そうした義務が. いずれにしても,本判決は,民事・刑事責任を. このような登山にあることはもちろん首肯しうる. 問わず,以後の登山遭難事故の過失認定に際し,. が,しかし,被告人は本登山の2週間ほど前に新. 具体的基準の先例としての役割を果たしているよ. 道を登り,1日道を遠望しており,また地理調査所. うに思われるのであり,その点で注目されてよい. の5万分の1の地図を研究し,さらに出発の前日 に宿泊した中学校において,途中から引き返した ものであり,かつ簡略であったとはいえ,当該校. 判例であろう.. 第2章. 朝目連峰高校山岳部員遭難事件. 長からコースの経験談を聴取しているのであり,. はたしてそれに違背しているといえるのであろう. <事実の概誓〉. か.加えて,5万分の1の地図は,登山者がもっ とも信頼し,頼っているものであるが,弁護側の. 本件は,1967年4月,山形市立商業高校の山岳. 部の顧問教師が,山岳部貝である生徒4名を引率. 主張によれば,その地図には滝や岩壁の存在が記. して磐梯朝日国立公園朝日連峰で春山合宿登山を. 載されていなかったという.本判決のように,前. 実施した際,天候が悪化したにもかかわらず前進. 述の準備をもってしては足りず,それ以上の調査. を続け,中岳上り口付近の鞍部で寒気と疲労のた. 義務が要求されるとするならば,そのことは事実. め生徒1名が死亡,翌日,中岳指導標付近におい. 上,実際の登山に先立って同一ルートでの偵察登. てさらに2名が凍死し,顧問教師が業務上過失致. 山をするという,2回の登山がなされなければな. 死罪で起訴された事案である.本件で争われたの. らないことを意味するのではあるまいか.中・高. は,この春山合宿登山中の被告人の行為が,刑法. 校の一般生徒を対象とする集団登山においては,. 211条前段にいう「業務」に該当するか否かという. あるいはそれも必要かもしれないが,高校山岳部. ことと,注意義務違反の有無についてであった.. の登山活動で,そこまでの準備が必要であり,義. <判旨〉. まず「業務」性について,山形地裁は,これに. 務があるとすることについては,疑問を感じざる. 関する最高裁判決「刑法211条にいわゆる業務とは,. をえない.. そうしたことから,また視界がきかないことも. 本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行. あり,しかも岩壁の最初の箇所が潅木の密生した. う行為であって,かつその行為は他人の生命身体. 泥つきの容易な斜面であったため,30メートルほ. 等に危害を加える虞あるものであることを必要と. どの上方を頂上と誤認し,簡単にそこに達するこ. するけれども,行為者の目的がこれによって収入. とができると思考したとしても,一概に非難する. を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは. ことはできまい.しかし,岩壁の途中の岩盤が露. 問わないと解すべきであるm〕」を踏まえたうえで,. 出した急峻な箇所の手前では,一般ルートにその. 山岳部顧問である被告人の本登山における行動は,. ような箇所があるはずがなく,しかも部員は岩登. 厳密な意味の教師という社会生活上の地位,っま. りの訓練を受けていなかったのであるから,その. り教師の職務そのものではないものの,その職務. 時点において,結果発生の予見可能性と回避義務. と密接な関係にある特殊な社会生活上の地位に基. が生じたと思われるのであり,それにもかかわら. づいて行なわれたものであるとし,また,他人の. ず,登撃を続行した点に注意義務違反があったと. 生命身体等に危害を加えるおそれのある行為とは,. 一15一.

(4) 登. 山. 事. 故. 判. 例. の. 分. 析. その者の行為が直接危険を作り出す性質のもので. 休憩しているが,その際もIは被告人に身体の異常. ある場合のほか,その者が,危険を生じやすい場. を訴えることはなかったこと一…・・それに何といっ. 面で,その発生を防止することを期待される地位. ても……Iはまだ歩行を続けており,登山行動中に. において,ある仕事についている場合も包含され. おいて疲労等により歩行が遅くなる者が出ること. るとしつつ,さらに,反覆継続については,被告. はごく日常的であること等に照らすと,被告人の. 人は長期間にわたって当該高校の山岳部顧問の地. 前記行為が前記基準行為に違反した行為と言うこ. 位にあり,その問,各種の登山に同行して指導に. とは到底出来ないと認めるのが相当である.また. あたっていたことから,その点も認められるとし て,「以上を総合すると,被告人は教師の職務と密. 60メートル離れた地点で立ち止まり,Sが被告人に. 接な関係にある特殊な社会生活上の地位に基づき,. 無断でツェルトザックを取り出し,Iと一緒にこれ. 積雪期登山に部員と同行するとレ・う他人の生命身. を被ったのを認識した時点において,Iの生命に危. 体等に危害を加えるおそれのある行為を,反覆継. 険が迫りつつあるのを予見せず,そのまま相変わ. 続の意思でこれを行なったということに帰着し,. らずツェルトザック内で何の懸念も持たずに待っ. その後被告人が,I・Sは被告人らのいる所から約. 結局被告人は,本件春山合宿登山を刑法211条前段. ていた行為についても…・二・当時被告人はI・Sが不. にいう業務としてこれを行なったと認めるのが相. 時露営の態勢に入った地点は……自分らのいる所. 当である」としている.. から約20メートルの至近距離と感じていたこと,. 次に本判決は,過失の有無について,最初の生 徒Iの凍死の関係では,公訴事実中に被告人の注意. Iには……被告人が全幅の信頼を置き本件春山含宿 登山のリーダーをつとめていたSが付き添ってい. 義務違反の態様として,4箇の訴因が予備的ない. たこと等により,長時間同人らから何の運絡もな. し択一的に存在するとし,その内容とそれに対す. かったのならともかく,しばらくの間,何の懸念 も抱かずに同人ら を待っていたとしても,その行. る判断を次のように示している.. ①中岳上り口付近の鞍部で,被告人が自ら引き. 為が前記基準行為に違反した行為と言うことは相. 返してIの容態を確かめたうえ,Iに対して救護の. 当でない……これに反し,被告人がSから『Iがバ. ために必要な措置をとるべき注意義務違反の有無 については,「被告人の右行為(不作為)が注意義. テて動けなくなった』と報告を受けた時点におい. 務に違反した過失行為と言えるためには,注意深. そのまま相変らずツェルトザックに何の懸念も抱. ても,Iの生命に危険が追っていることを予見せず,. い人ならばその状況のもとでするであろう行為(基. かずにいた行為について考えてみると……被告人. 準行為)をしなかったと法的に評価できなければ. は……生徒を指導するため同行して登山した経験. ならない……まず被告人が同鞍部の中岳斜面を少. が何度もあり,冬山春山における生徒の体力・判. し登りかけたところにおいてI・Sは被告人らのグ. 断力の実態を良く知っていたこと,Sの右報告は. ループから約100メートル位も遅れていることを認. ・一雨に濡れ,しかも発汗したうえ相当の時間吹. 識した時点において,Iに生命の危険が迫りつつあ. 雪の中を歩いてきたIが,それまで無断で不時露営. ることを予見せず,そのままI・Sが遣いついてく. などしたことがないにも拘わらず,被告人のいる. るのを待つことにした行為について考えてみるに,. 直前まで来て止まってしまったという状況の直後. それまで……Iの身体の異常を窺わせる行動がある. になされたこと,それに何といっても右報告によ. にしても……いずれもIの身体の異常をさほど明確. り被告人は,Iが動けなくなったことを明確に認識. に示すものではないこと,Iを含む部員4名は……. したこと等に照らせば,報告に来たSが,Iは単に. 御坪から西朝日岳指導標に至るまでの聞,多くの. 疲れたにすぎず,それ以上の異常事態にはなって. 登山歴を有する被告人をたびたび引き離し,遅れ. いないという認識しか持たずに右報告をしたとし. て来る被告人を待つということが何度かあったほ. ても,少くとも被告人には,右報告を受けた時点. どの健脚ぷりを示していたこと,Iが滑って尻もち. において,Iの容態について懸念を抱いて同人の所. をついた後,一行は,同鞍部に至るまでの間一度. に引き返し,然るのち同人の異常を発見して救護. 一16一.

(5) 早稲田大学人間科学研究. の措置を講じる義務……が生じたと認めるのが相. 第2巻第1号. 1989. 生命に危険が追りつつあることを予見して,直ち. 当であり,結局,それをしないで漫然ツェルトザ. にIの健康状態を確かめたうえ全員不時露営し,採. ック内にいた被告人の行為は,右基準行為違反と. 暖摂食等の措置をとるべき法的義務があるとは言. いうことに帰着する.(しかし)それが法的義務と. えないと認めるのが相当であり,結局,被告人が. して肯認されるためには,右義務を履行すること. 相変らず前進を続けたことが右注意義務違反にな. によりIの死という結果を回避することができたこ. るとはいえない」としている.. とが必要である」としている.そしてこの点につ. ③御坪付近で適当な場所に不時露営し,摂食採. いて,Iが中岳鞍部に到着後30分以内に,ツェルト. 暖等の臨時の措置をとるべき注意義務違反の有無. ザック内に風が入らないようにしたうえで,ホエ. については,「それまでIを含む被告人ら一行には. ブスに点火して同ザック内を暖め,ついでIの着衣. 特に異常を訴えるものもなく普通に進行を続けて. を乾いたものに替えて寝袋に収容し,お湯を沸か. きており,しかも御坪付近における状況は単に雨. してミルクを飲ませるなどの相当部分を行なえば,. が強くなってきたというにすぎないから,右時点. Iの命は救えたはずであるとする,緒果回避の可能. において被告人に,Iの生命に危険が起こることを. 性を肯定する唯一の証拠であるK鑑定について検. 予見して,適当な場所に不時露営して摂食採暖等. 討し,Sが同ザックに戻ってきた時には,Iはすで. の臨機の措置をとるべき法的義務が発生したとは. に意識を失っていた疑いが強いこと,ホエブスの. 到底いえない」としている.. ザック内での点火は布地に燃えうつる恐れがある. ④御坪付近で直ちに前進を中止し,日暮沢小屋. こと,着物を替えてやることも2名の人手を要し,. に避難すべき注意義務違反の有無については,「大. ザックの広さからその可静性に疑問が残ること,. 朝日小屋に向け前進を続けたことが右義務違反に. 加えて,寝袋に収容し,ミルクを飲ませるなどの. なるといえるためには,御坪から大朝日小屋に向. 相当部分を30分以内に完了することは,社会通念. け進むよりも,日暮沢小屋に向け下山した方が,. 上,不可能であることは明らかであるとしつつ,. より安全であったといえなければならない」とし. それらを総合すれば,「結局,被告人には,中岳上. つつ,「御坪から日暮沢小屋までの距離は約10.3キ. り口付近の鞍部で自ら引き返してIの容態を確めた. ロメートルもあるのに御坪から大朝日小屋までの. うえIに対し救護のため必要な措置をとるべき注意. 距離は約4.2キロメートルであるにすぎないこと,. 義務は,道義的にはともかく,法的に存在したと. 御坪の標高は約!700メートル,日暮沢小屋の標高. いう証拠がないということに帰するから,被告人. は約600メートル……大朝日小屋の標高は約1800メ. に右注意義務に違反した行為があったとは言えな. ートルであるので,標高差は御坪から日暮沢小屋. い」と判示している.. までは約1100メートルで,御坪から大朝日小屋ま. ②西朝日岳指導標付近で,Iが滑って尻もちをつ. では約100メートルであること,御坪から日暮沢小. いた時点において,Iの健康状態を確かめて不時露. 屋に下るには,途中竜門山(標高1657メートル),. 営し,採暖摂食等の措置をとるべき注意義務違反. ユウフン山(同1560メートル),清太岩山(同1464. の有無については,「Iの右各行為が工の身体の異. メートル)……を通過しなければならず,かつ本. 常をさほど明確に示すものでないこと,およびIを. 件春山合宿登山当時のような積雪期には,竜門山. 含む部員4名は御坪から西朝日岳指導標に至るま. の頂上付近に落差20ないし30メートルにも及ぷ巨. での問,多くの登山経験を有する被告人をたびた. 大な雪屈が,また,竜門山からユウフン山・清太. び引き離し,遅れてくる被告人を待つということ. 岩山に至る問の痩せ尾根にナイフの刃を上に向け. が何度かあったほどの健脚ぷりを示していたこと. たようなナイフリッジおよび巨大なクレバスを生. は前記……のとおりであり,また……Iが滑って尻. む雪屍が各生じ,いずれも吹雪の中……で通過す. もちをついたのは同指導標付近から約190メートル. るには極めて危険であるのに対し,御坪から大朝. 位進んだにすぎない地点であるから,被告人がIの. 日小屋に至るには,途中西朝日岳(標高1813メー. 滑ったのを認識した時点においても,被告人にIの. トル),中岳(同1800メートル)を通過しなければ. 一17一.

(6) 登山事故判. 例. の. 分. 析. ならないものの,その間には進行に特に支障とな. ればならないと考えたことによるものであり一・・. るような箇所は存在しない……以上の諸事実を総. それに高校生ともなればその行動能力は相当程度. 合すれば……本件の場合御坪から大朝日小屋に向. 成人に近いといえること等に鑑み,右のような考. け進むよりも日暮沢小屋に向け進んだ方がより安. えのもとにH・Nの右申し出を許し,Sを一刻も. 全であったとは到底いえないと認めるのが相当で. 早く大朝日小屋に収容するため,カッティングし. あり……したがって,被告人には,御坪付近で直. ながら前進を続けた被告人の行為は,法的にはま. ちに前進を中止して日」暮沢小屋に避難する法的義. ことにやむをえない行為と認めるのカ湘当であり,. 務があったとはいえず,そのまま前進を続けたこ. 結局,右行為を以て過失行為と論ずることは出来. とが右義務に違反した行為にあたるとはいえない. ない」としているI1〕.. というべきである」としている.. 〈考察〉. さらに,翌日の生徒H・Nの凍死の関係では, 公訴事実中に前期③と④の他に,⑤の訴因が予備. 本件における顧問教師の引率行為について,判 決が「業務」に関する三要件,すなわち「社会生. 的ないし択一的に存在するとし,⑤の内容とそれ. 活上の地位に基づくこと」「他人の生命身体に危害. に対する判断を以下のように示している.. を加えるおそれある行為であること」「反覆継統の. ⑤中岳指導標付近を行進中,H・Nと離れず,. 意思の存在すること」を充足するものとして,そ. 常時同人らの健康状態を観察し,その体調に応じ. の「業務」性を認めたことは妥当であつ,異論は. て臨機休養採暖摂食をさせ,服装・装備の調整を. ない12〕.ここでの問題は,他の事例と同様,やはり. する等の措置をとるべき注意義務違反の有無につ. 注意義務についてのそれであろう.. 本判決はそれを訴因の中に加えていないが,Iの. いては,「被告人ら一行が中岳指導標付近に着いた. とき,H・Nが被告人に対し『腹が空いたので飯 を食べて行ってよいか』旨申し出たので,被告人. 遭難時の天候について,検察官が,朝のラジオの. はこれを許し,『食事が終わったらついてこい,カ. 模様になることを聞きながら生徒を引率して出発. 天気予報で午後から海上・山岳方面の天候が荒れ. ッティングしておくからすぐついてこい』等と言. し,竜門山付近にさしかかった午前10時頃には雨. い残して,Sだけをつれて犬朝日小屋方面に向け,. が降り出し,御坪付近では降雨・風勢とも激しさ. カッティングしながら前進を続けたことが認めら. をまし,中岳上り口の手前の西朝日岳指導標付近. れるが,被告人がH・N. ではみぞれが吹雪にかわり,コースを見失うほど. の申し出を許したのは,. 当時の天候が,曇ってはいたものの小朝日岳・西. の荒天になったのに前進を続けたと指摘している. 朝日岳が見えるほど視界が良く,雨や雪は降って. ことに対し,「被告人は,(宿泊地の)同小屋付近. おらず,しかも風は時折り地吹雪を舞い上がらせ. は高曇りで見通しはよく,風も吹いておらず,又. る程度であったこと,申岳指導標付近から大朝日. 従前からの経験で午後1時頃までには大朝日小屋. 小屋までのコースはさほど難しくなく,その距離. に十分着けるはずであるので,このまま右狐穴小. も1.2キロメートル位でわずかであること,被告人. 屋を出発しても,仮に途中で風雨・風雪にあうと. は登山行動における判断力および耐久力に優れた. Hに対し……前日右コースを口頭で具体的に説明. すれば犬朝日小屋に着く少し前で,その間わずか の距離にすぎないから,出発しても犬丈夫と判断. しておいたこと,およびSは,被告人が同日朝中. し,部員らとも相談のうえ,同日午前7時頃部員. 岳上り口付近の鞍部で顔を合わせたとき,言葉が. らとともに同小屋を出発した」(前掲・山形地裁判. 良く聞きとれず,疲労のため歯をガチガチさせ,. 決)と判決中で述べている.おそらく,その判断. 体は小きざみにふるえ,顔色は黄土色に近く,腰. を肯定しているのであろう.日本の冬山では好天. は痛くて真直ぐに伸ばすことの出来ない等極めて. が連続することなどはほとんど期待することがで. 疲労した状態を呈しており,同鞍部から出発する. きず,多少の悪天候が予想されても,行動できる. 際もキスリングを背負うことが出来なかった等の. 場合には動かなければならないが,この山域では. ため,同人を一刻も早く大朝日小屋に収容しなけ. 4月下旬から5月上旬においても,完全な好天は. 一18一.

(7) 早稲田大学人間科学研究. 第2巻第1号. 1989. 少ないのであろうか.そうだとしたら,顧問教師. き時点の認定については疑問が残る.吹雪の中を. の判断を非難することはできないと思われる.. 遅れて歩いてくる者が,引率者を含めた先行者た. 本判決はまず,過失行為を,注意深い人ならば その状況のもとです・るであろう行為(基準行為). ちのいる場所までたどり着かず,至近距離とはい. え,被告人らのビバーク地点と離れた場所でIに付. をしなかった不作為に求めつつ、②③④⑤の各場. き添っていたSがツェルトザックを取り出した時. 面について,結果発生の予見可能佳(②③⑤)あ. 点で,引率者たる者は遅れてきた者の様子・体調. るいは結果回避の可能性(④)が存在しなかった. を確かめ,適宜の措置をとるべき義務が生じると. としている.たしかに,生徒たちは被告人を引き. 思われるからである.その場合,救護措置をとる. 離して登るほどの健脚ぷりを示す一方,これとい. ための被告人に残された時問は長くなることにな. った異常を示すことなく,またきわだった疲労を. るが,その結果,緒論部分がかわるのか否かは,. 告げる兆候もみせてはいない.②における3〜4. 判決文から推論することはできず,ここではただ,. イートルのスリップなどは,べつに疲労していな. 救護措置をとるべき時点の認定について,疑義が. くともみられる現象であり,③の地点においても,. あることを指摘するにとどめておきたい.. 雨が強くなったからといって,ただちに生命に危. それにしても本件は,きわめて不可解な遭難事. 険が生じるとはいえず,④では,日暮沢小屋よつ. 故であるという印象を受ける.無雪期・積雪期を. も大朝日小屋に向かうことが合理的な判断である. 問わず,雨や吹雪にうたれた場合に体温が低下し,. ことは間違いがなく,⑤の場合でも,気象状況は. 急激に体力を消耗して死亡に至る例は多い.し,H・. 良好であるうえ,容易で短いコースを残すのみで. Nの場含には,前夜のつらいビバークによる一屑. あったことからも,判決の結論は妥当であるとい. の消耗や友人の死から受けたショックが大きかっ. たであろうことも推察されるが,しかし繰り返し. ってよかろう.. それらに対し,①については,被告人はSから 「Iがバテて動けなくなった」と報告を受けた時点. ていえば,場合によっては4名の生徒全員が被告 人をしのぐスピードで歩き,極度に疲労した場合. において,Iの所に引き返して同人の異常を発見し,. に登山者が示すさまざまな兆候をなんらみせるこ. 救護措置をとる義務が生じたにもかかわらず,漫. となく,突然,疲労凍死に至っているからである.. 然とツェルトザック内にいた被告人の行為は,基. ところで,本件の場合にそれが検討されたのか. 準行為違反にあたるとしている.しかしそれが過. どうかは一切不明であるが,私見によれば,この. 失,すなわち注意義務違反とされるためには,救. ような時期の登山での同種の事故については,毛. 護措置を講じることによって,Iの死亡を回避する. の下着を携行し,現場で着用していたか否かが,. ことができたという可能性がなければならない.. 準備段階と登山中を通じての重要なポイントであ. そのような措置を講じたところで,しょせん生徒. るように思われる.冬山にそれを持参することは. の死亡を防ぐことができなかったという場合には,. 常識であるが,山域によっては4月から5月にか. その措置をとらなかったからといって,過失責任. けての季節であっても,真冬とほとんどかわらな. を問うことはできないからである.この点につい. い気象状態になることがあり,そうした時に疲労. て判決は,K鑑定が指摘するような措置を30分以. 凍死に至るか否かを分ける決定的な要因の一つと. 内で行なうことは不可能であるとしながら,K鑑. して,その携行・着用の有無があるからにほかな. 定が前提としているIの容態に関する事実認識には. らない.毛の下着が,他の繊維のそれと違って濡. 誤りがあり,被告人がSから報告を受けた時点で. れても暖かく,保温力に優れ,したがって体力の. は,Iに対していかなる救護措置を施しても,同人. 維持効果に有効なことは,過去の幾多の事例が明. の死亡という結果を回避することはできず,した. 確に示しているからである.. がって,被告人に注意義務違反があったとはいえ ないとしている.大筋において,その論理過程に. 異論はないが,しかし,判決の救護措置をとるべ. 一19一. 第3章. 「残雪の八ケ岳縦走」遭難事件. <事実の概要>.

(8) 登山事故判例の分析 本件は,1978年4月,地域・職域における健全. 注意義務があるものといわねばならない.しかる. な体育文化活動の育成を目的として設立された静. に(リーダーである)被告Iは一・・参加者の装備,. 岡県杜会人体育文化協会が主催した「残雪の八ケ. 技術,経験及び体力等を検討せずに本件登山を企. 岳縦走」登山に参加した女性会員が,鉾岳のトラ. 画し,本件登山が滑落等遭難事故の発生する蓋然. バース・ルートを通過中,谷側に滑落し,死亡し た事案であり,同協会およびリーダーらに対し,. 性の高い企画内容であったにもかかわらず,装備. 民法709条および715条に基づき,損害賠償の請求. ものの,(死亡した女性会貝の)Kを含め装備,技. がなされたものである.. 術,経験及び体力等の劣る者を相当数本件登山に. の点で明らかに不適当な者1名の参加を拒否した. 〈判旨>. 参加させ,また参加者らに対し登山計画の具体的. 静岡地裁は,「参加者を募集して残雪期に標高. 内容を説明しなかったし,必要な指示助言を与え. 2900メートルに近い八ケ岳登山を企画,実施する. なかった.そのため,被告Iは参加者らに対し装備,. 者としては,参加者らの装備,技術,経験及び体. 心構え等の点につき十分な登山準備をさせること. 力等に相応した登山コースを選択し,日程を組ま. なく本件登山を実施し,また登山中の参加者らの. なければならないことは当然のことである.しか. 状態,動静を十分掌握できる体制を作らず,参加. しながら……本件登山のコース,日程,参加方法. 者らにとって多少ともコース・日程に無理のある. 等をみると,本件登山は右のような点を検討して. 本件登山を強行して本件事故直前頃はKを含む参. 企画されたものであるとはいえないのであって,. 加者らに相当疲労した者が出てきたのにその認識. 参加者らが相応の装備,技術,経験及び体力等を. を欠き,本件事故現場の道を渡り切った付近で順. もっ者であれば格別,これらの劣る者が参加する. 次鎖場を約3,40メートル下降したうえ本件事故. ときは・・…・残雪期の登山に伴う滑落等の遭難事故. 現場を通過して来る参加者らを待っていただけで,. が発生する蓋然性の高い企画内容であったといえ. Kが同様にして鎖場を下降し,眼鏡をはずしたま. る.本件登山……の参加者は広く被告協会会員で. ま……危険箇所である本件事故現場を通過しよう. ある法人又は個人事業所の従業貝や一般個人であ. としたにもかかわらず,同所を通過し終った者に. って,当然には一定水準の登山技術,経験及び体. 気をとられ同女の動静を注視していなかったため,. 力や必要な装備等をもつ者が参加すると期待でき ないのであるから,被告協会は本件登山を企画,. 同女に対し注意を喚起したり,安全な通過方法を 指示することができず,同女に対する安全確保の. 実施するに際して責任のある相当の登山経験,技. 義務を怠り,よって,同女をして本件事故現場を. 術を具えた者にこれを担当させるべきであり,そ. 通過中前言己のとおり滑落させ死亡するに至らしめ. の担当者は参加申込者に対し右装備,技術,経験. た」として,民法709条に基づき,同協会の職員で. 及び体力等の有無を審査し,不適当な者の参加を. リーダーを務めていたIと,同715条に基づき,協. 拒絶するとともに,参加を許した者に対し登山計. 会およびその事務局長に対して損害賠償の支払い. 画の具体的内容及び八ケ岳の状況等を説明し,必. を命じている13〕.. 要な指示,助言を与えるなどして十分な登山準備. <考察>. をさせたうえ,登山中の参加老らの状態,動静を. 本件については,無謀登山であるとの指摘がな. 十分掌握できる体制を作り,山の気象状況にも留. されており14〕,たしかにそうした印象を受けるが,. 意し,慎重に登山を実施すべきである.更に登山. いずれにしても,登山事故をめぐるリーダーの民. 中リーダー等は装備,技術,経験及び体力等の劣. 事責任が,はじめて司法の場で問われた事例とし. る参加者の動静に関心を払い,特に危険箇所を通. て注目される.. 本判決は,参加者を募集して実施する,いわゆ. 過する際にはその者の動静を十分注視し,かつ同. 人が危険の意識を欠くときには注意を喚起し,安. る引率登山の主催者およびリ」ダーに課される事. 全な通過方法を指示し,場合によっては助勢する. 前義務と登山中の義務について,以下のように具. 等適切な措置をとって,参加老の安全を確保する. 体的に判示している.まず,事前義務としては,. 一20一.

(9) 早稲田大学人問科学研究. ①参加者らの装備,技術,経験および体力に相応. 第2巻第1号. 1989. えて事故現場では「眼鏡をはずしたまま,慎重を. した企画を立案すること,②責任のある相当の登. 欠く方法」で行動したとしても,それは冷雨・冷. 山経験,技術を具えた者にこれを担当させること,. 霧といった気象条件に原因があり,そのような悪. ③その担当者は,参加者が登山計画に相応した技. 条件にもかかわらず下降しなかったリーダーの登. 術,体力,経験を有し,装備を携行しているかを. 山中止義務違反によってもたらされたとしつつ,. 審査し,山行の具体的内容の指示および助言をす. 自己決定の尊重に由来する「危険引受の法理」も,. ること,があり,登山中のそれとしては,④参加. 判断能力のない者や判断資料が欠如している場合. 者全体の状態・動静を掌握する体制をつくり,参. には機能せず,さらに生命についての「自已決定」. 加者の疲労を看取し,危険に際しては参加者を安. がただちに許されるのかといった間題があること. 全に導き,気象につねに注意して危険にさらさな. を指摘して,登山のリーダーの安全配慮義務の法. いことであるとしている.このように,登山に際. 的根拠を明確にし,山行形態に応じて,その責任. して要求される注意義務を事前と登山中に分けて. のよりきめ細かな認定を可能にするためには,不. 論じることは,先の芦別岳高校山岳部貝遭難事件. 法行為責任によるよりも,契約責任による構成が. ですでになされており,本判決もその影響を受け. 優っており,そのことによって,登山愛好者の法. ていると思われる.. 意識に合致した結論を理論づけることもできると する見解がある.すなわち,「①引率登山が有償で. ところで,過去の体育・スポーツ事故に関する 判例の傾向として,①そのスボーツから生じる危. あろうと無償であろうと,参加者に対する『安全. 険の度合と参加者の能力の如何によって、主催者. 配慮義務』の程度に差はない.②④委任者(参加. や指導者の注意義務の程度が決定される,②参加. 者)と受任者(リーダー)の関係の明白な引率登. の態様からみた場合には,まったくの任意参加中. 山ではリーダーのみに安全配慮義務があるが,◎. の事故よりは課外活動中などの事故,さらには学. 一般的な伸問の登山では,リーダーとフォロワー. 校行事などのように参加が強制された場合の事故. は相互に委任者・受任者の関係にあり相互に『安. の順に,主催者の注意義務が高くなる,といった. 全配慮義務』を負担する関係となる.さらに『危. 2点を指摘することができよう1冒).そのようなこと. 険引受』も合理的な限度で相互に契約内容にとり. からすれぱ,本件は任意参加のケースにあたり, 注意義務は軽減されるはずであるが,登山という. 責任は問題とならない」とするのがそれである16〕.. こまれ,よほどの『重過失』でもないかぎり法的. スポーツの性質上,危険の度合がきわめて高いこ とと,初心者も参加した山行であったことふら,. 現時点では,多くの場合において,裁判所は国公. リーダーと主催者の注意義務違反が厳しく追及さ. 般に関し,契約上の義務違反から生じた損害につ. 立学校での体育・スポーツ事故を含む学校事故一. れることになったと思われるのであり,この点に. いての賠償責任制度である,債務不履行責任に基. 関する裁判所の判断は妥当であるといえよう.. づく訴えを認めておらず,また,実際の山行形態. 本判決は多くの学校事故と同様,不法行為責任. は多様であって,例えば,④と◎の境界線上にあ. によって損害賠償を命じており,協会についても,. る登山をどのように取り扱うのかといった問題は. リーダーであるIの不法行為責任を認容したうえ. 残るが,全体としての論旨は首肯しうるものであ. で,民法715条に基づく責任を問うという形をとっ. り,意義深い提案であると考える.. ている.しかしながら,本判決の責任構成につい ては,判決文中の「被告らの責任」の冒頭で,「安. 第4章. 全企画立案義務」が協会にあることを説示するな. 木曽駒ケ岳都立工専山岳部員遭難事件. <事実の概要>. 本件は,1977年3月,顧問教師2名,OB1名,. ど,実質的には協会固有の過失を認めており,ま. た被害者にも過失があったとして,3割の過失相. 学生7名からなる都立工業専門学校山岳部が木曽. 殺がなされていることにつき,被害者は本件登山. 駒ケ岳で春山合宿を実施し,3月29日に西駒山荘. がある程度危険であることを認識して参加し,加. に宿泊,翌30日に駒ケ岳,宝剣岳を往復する予定. 一21一.

(10) 登山事故判 であったが,当日の朝から天候が悪化して激しい. 例. の. 分. 析. することができたうえに,安全な下山ルートはな. 吹雪となったため,予定を変更し,伊那側山腹の. く,山荘に停滞することによる部員の精神的動揺. 森林限界付近を胸突尾根に向うルートを取って下. もそれほど大きいとはいえなかったのであるから,. 山しようとしたが,午後2時頃,樹林の切れた沢. 下山することなく,山荘に滞在すべきであったの. の上部に当たる部分を横断中に表層雪崩にまきこ. に,天候の推移について予測を誤り,停滞した場. まれ,OB1名,学生6名が死亡した事案であり,. 合の部員の精神的動揺を過大視し,悪天候のなか. 引率者である顧問教師に過失ないしは安全配慮義. を,途中で沢筋に出合うために雪崩発生の危険が. 務違反があったとして,東京都に対して国家賠償. 高いルートを下山し,しかも雪崩発生の危険の高. 法1条ないしは民法415条に基づく損害賠償の請求. いルートを下山するのにもかかわらず,雪崩に対. がなされたものである.. する周到な配慮を欠いたとの主張に対し,東京地. なお,本件については,死亡したユ名の学生の. 裁は,天候の予測と客観的事実との問にずれがあ. 両親が提起した損害賠償請求訴訟の一審判決と控. ったが,春山の気象変化を予測することは困難で. 訴審判決(一次訴訟),残りの学生ら6名の親によ. あること,山荘に停滞することもさまざまな問題. る,同じく損害賠償請求訴訟の一審判決(二次訴. があり,天候が悪化する前に学生が元気で志気も. 訟)がある.一次訴訟では,多くの点での事実認. 高いうちに下山することもひとつの許される判断. 定とその評価の違いに基づき,一審が引率者の過. であること,下山ルートの選定については,未確. 失を認めず,請求を棄却したのに対し,控訴審は. 認の沢筋があって雪崩の危険性をはらんでいたが,. 引率者に過失があったことを認め,請求を認容し. 当時の5万分の1の地図ではその確認は困難であ. ている.この二次訴訟が提起されたのは85年のこ. ったし,事前に偵察したうえで決定していること. とであり,不法行為責任の消滅時効(3年)の問. からすれば,そのような判断をしたことに過失が. 題を考慮したためか,原告は,国家賠償法ユ条に. あるとするには薦磨をおぽえること,下山の際の. よる責任のほかに,消滅時効が10年である債務不. 指示,注意,隊列の組み方,間隔については,と. 履行責任(安全配慮義務違反)を主張したが,東. くに・問題はなかったこと,雪崩の危険地帯を通過. 京地裁は,被告の消滅時効の抗弁の援用を,原告. するには,ひとつずつザイルを使ってトラバース. は権利の上に眠っていたわけではなく,東京都教. するなどの処置をとるべきではあったが,事故現. 育庁の職貝の誠意をもって対応する旨の発言など. 場が危険な沢筋であるとの予見可能性がなかった. から,消滅時効を援用することはないと信じ,訴. とし,顧問教師に過失はなかったとし,原告の. 訟の提起を控えていたのであり,被告の消滅時効. 詰求を棄却している1η.. の援用は権利の濫用にあたるとしてしりぞけ,原. <控訴審判旨〉. 告の債務不履行責任の主張については,国家賠償 法1条に基づく責任が認められる以上,安全配慮. 東呆局裁はまず,東京都教育長が都立高専およ び都立高校長宛に発した「春山登山の遭難防止に. 義務違反については判断するまでもないとしてい. ついて」の通知と,文部省体育局長が各都道府県. る.一次訴訟の控訴審と二次訴訟の事実認定には,. 教育委員会教育長および各学校長宛に発した「冬. 後者が雪崩の性質などについてやや詳しく論じる. 山登山の事故防止について」の通知を引きながら,. など,多少の相違はあるものの,大筋においては. 「一般に,登山活動には山岳コース自体の危険性. 一致していることから,本件に関しては,一次訴. のほかに,天候急変,落石,雪崩など自然現象に. 訟の一審判決と控訴審判決の判旨を掲げるにとど. よる危険の発生,あるいは体力,登山技術の限界. め,〈考察〉では,一審と控訴審の判決をあわせて. などに伴う危険が存在することは公知の事実であ り,登山パーティーのリーダーは,常にかかる危. 取り上げていくことにする.. <一審判旨〉. 険の存在に注意を払い,極力その危険を回避して. 原告の,顧問教師は天気図の気圧配置や春山の. パーティー構成員の安全を確保すべき注意義務が. 天候変化の特性等から,天候の早期の回復を予想. あることはいうまでもないところであるが……学. 一22一.

(11) 早稲田大学人間科学研究. 校行事として行われる登山については,特にその 安全の確保が要求され,これが各学校の関係者に 周知されていることにかんがみると,学校行事と. 第2巻第1号1989 クラストした雪上た新雪が積もり,また本件事故. 現場は稜線の風下に当たっていたところから雪の. しての登山は,一般の冒険的な登山あるいは同好. 吹き溜りが生じるなど雪崩の発生し易い状態にあ ったものと認められる.したがって,(引率教師で. の士による登山とは異なり,より一層安全な枠の. ある)Kらは特別の理由がない以上,本件ルート. 中で行うべきことが要求され,その危険の回避に. に立ち入ることを避けるべきであったというべき. ついては,より一層の慎重な配慮が要求されてい. であり,このことは,原審証人……がいずれも,. るというべきである」としつつ,以下のようにそ. 本件のような状況に遭遇した場合には,西駒山荘 に停滞し,風が弱まってから雪崩の危険のない稜. の判旨を展開している.. まず,雪崩に対する注意義務については,「傾斜. 線コースを下山するのが順当な方法であり,同証. 30度ないし50度の樹木のない場所,沢筋及び沢を. 人らはいずれもその方法を選択したであろうと証. 登りつめた山腹部分,稜線下の風下の吹き溜り部. 言していることからも明らかである・・・…本件パー. 分などは雪崩の危険区域であり,特にクラストし. ティーの食料,燃料はともに4月2日分まで確保. た雪の上に新雪が積もっている場合,降雪直後の. されていたこと(節約してさらに引き延ばすこと. 新雪の不安定な時期,日中の気温上昇時などに雪. も可能)及び西駒山荘は停滞する場所として安全. 崩が発生し易く,また強風による風圧,雪庇の落. な場所であり,パーティー全員健康であり士気も. 下,雪斜面の横断ラッセル……などの外部的要因. 旺盛であったことが認められ……本件パーティー. によって雪崩が誘発される危険が大きく,雪上に. の人員,構成などに照らすと,西駒山荘に停滞す. クラックが生じる場合は雪の状態が不安定である. ることによって,被控訴人主張のようなパニック. ことを示しており雪崩の一前兆であること(以上. 状態が発生するものとは認められず,仮に,被控. は雪山登山者の常識であると認められる.)したが. 訴人主張のような不安のある者が居たとしても,. って,登山パーティーのリーダーは,右のような. その者を安全に保護しながら下山することが可能. 雪崩の発生し易い状況が存在するときには雪崩の. であるから,右のような理由によって,前記のよ. 危険地帯には近づかないようにし,右のような危. うな危険なルートを強行突破しなければならない. 険に遣遇した場合には危険状態が解消されるまで. 理由とすることはできない……以上によれば,Kら. 停滞,あるいは退却すべきであること,やむを得 ず右のような危険な場所に近づく場合には,先頭. が西駒山荘に停滞せず,本件ルートにより下山を 強行したことは,本件パーテイーの引率・指導者. には経験者を配置し,雪質,雪の安定度,クラッ. として負っていた……安全確保の義務に違反した. クや吹き溜りの存在などに細心の注意を払い,斜. 過失があるというべきである」としている.. 面の横断ラッセルなどは劇こ慎み,万一,右のよ うな場所を横断する場合にはザイルによる確保を. さらに,引率老らの過失のうち,本件ルートの 通過方法の誤りについては,「仮に本件ルートを下. した上で,1Oないし15メートルの間隔を開けて1. 山する場合であっても,前記認定のような地形,. 人ないし2人ずつトラバースすべきであること,. 天候,積雪状態などに照らすと,Kらとしては,. そして万一に備えて雪紐を着用すべきである」と. 生徒らに対し事前に雪崩に対する注意を与え,進. している.. 行中に雪面のクラックなど雪崩発生の危険を感じ. 次に,引率者の過失のうち,本件ルート選択の 誤りについては,「本件事故現場付近は,沢の上部. させるような異常が発見された場合には直ちにリ. ーダーに報告させるなど万全の措置をとるととも. のシロデと呼ばれる傾斜約30度の山腹斜面であり. に,パーティーの先頭あるいはこれに順じた位置. (雪崩の発生し易い場所であったことは当事者間. に立ち,常に雪質,クラック,雪の吹き溜り及び. に争いがない.)……本件事故当日は夜半から天候. 沢筋,沢のくぼみなどの危険箇所の存在に細心の. が悪化し,早朝から風速15ないし20メートルの吹. 注意を払い,沢のつめ部など雪崩の危険の高い箇. 雪が続いていたため,雪質が不安定である上に,. 所を横断する場合にはラッセルを中止し,一人び. 一23一.

(12) 登山事故判. 例. の. 分. 析. とりの問隔を開けて身体をザイルで確保しながら. というべきである……以上によれば,Hが本件事. 横断すべきであったというべきであり,このこと. 故に遭遇して死亡したのはKらが雪崩に対する注. は,《証拠略》によっても明らかである.しかる. 意を怠り,生徒に対する安全確保の義務に違反し. に,Kらは……生徒に対して雪崩についての注意. た過失によるものというべきである」とし,一審. を与えず,本件パーティーの最後尾につき,積雪. 判決とは異なり,控訴人の請求を認容している18〕.. <考察>. 斜面を掛け声をかけラッセルをしながら一団とな. 本件登山は,学校行事の一環として東京都教育. って本件事故現場に向かって行ったのであるから …・Kらの右行為は前記雪崩に対する注意義務を. 委員会の承認を得て行なわれたものであり,一審・. 怠った無謀な行為というべきであり,しかも右進. 控訴審とも国家賠償法1条にいう「過失」の存否. 行中に……(学生ら)が2回にわたってクラック. が問題とされている.国家賠償法1条が遭用され. を目撃したにもかかわらず,これがKらに報告さ. るためには,同条の「公権力の行使」の要件を満. れず,Kら自身もこれに気が付かないまま,漫然. たす必要があるが,これについて通説は,同法2. とラッセル進行を継続し,雪崩の危険の大きい本. 条に規定する公の営造物の設置・管理作用および. 件事故現場に突入したのであるから,Kらには雪. 私経済作用を除き,非権力的作用をも広く含むと. 崩に対する注意義務を欠いた過失があるζいうべ. 解しており,今日における裁判所もまたそうした. きである.被控訴人は,本件事故現場がシロデと. 立場にたっていることから,国公立学校での非権. 呼ばれる吹き溜り区域であることを予見すること. 力的作用としての教育という営為の中に含まれる,. は不可能であったと主張するが……5万分の1地 形図によれば,本件事故現場付近に沢筋あるいは 沢の上部のつめ部分が存在することを容易に推測 することができ,しかも原審及び当審証人……の 証言によれば,同人(K)は,偵察の際に未確認で. 教師等の過失などにまる体育・スポーツ事故につ. あった2本の沢の存在を常に念頭に置いていたと. 国家賠償法1条に基づく責任が認められる以上,. いうのであるから,そうであれば,同人としては. 債務不履行責任(安全配慮義務違反)については. パーティーの最後尾につくことなく,パーティー. 判断するまでもないとしており,この点について. いては,他の要件を満たす限り,その適用が肯定 されることになる.控訴審判決もそのような立場. にたち,すでに述べたように,被告からの消滅時 効の援用を権利の濫用にあたるとしてしりぞけ,. の先頭に立ち,周囲の地形,雪質,雪の積もり具. は,国公立学校における多くの学校事故に関する. 合,樹林の状況,進路と沢との位置関係などに常. 判例を踏襲・しているといえよう.. ところで,本件に関する事実認定とその評価に. に細心の注意を払い,雪崩の発生を疑いつつ石橋 をも叩いて渡るようにして進行すべきであり…・・. ついては,以下に述べるように,一審判決と控訴. Kらがかかる細心の注意を払い,本件パーティー. 審のそれとの間に大きな違いがみられる.. の引率・指導者として当然備えているべき雪崩に. 第1に,パーティーの一行は山荘に留まるべき. 対する知識を働かせていたならば,Kらは本件事. であったか否かについてである.一審判決は,①. 故現場が雪崩の危険区域であることを察知. し,あ. 停滞を続けることは学生に精神的不安を引き起こ. るいはその疑いを抱くことができたものと認めら. すこと,②下山が遅れると学校・家庭に心配をか. れる.そして,Kらとしては,かかる危険を察知. ける結果になること,③停滞後の心身ともに疲労. し,あるいはその疑いを持った場合には直ちに雪 崩を誘発するおそれのあるラッセルを中止させ,. した状況での下山は滑落・転倒・雪庇の踏み抜き 等の危険があり,学生が元気で志気が高いうちに. ザイルで確保しながら一人ずつ間隔を開けて静か. 下山すべきであること,さらに,④低気圧が接近. に横断するとか,あるいはコースを変更するなど. し,天候が悪化することが予想されたことから,. 適切な措置を講ずべきであったことはいうまでも. 「安全なルートを見つけて下山するというのも一. ないところであり,Kらがかかる措置を採ってい たならば本件事故を未然に防止することができた. つの許される判断である」と判示している.これ に対して控訴審判決は,①と③については,食料・. 一24一.

(13) 早稲田大学人間科学研究. 第2巻第1号. 1989. 燃料は4月2日分まであり,山荘は安全な場所で あって,バーティー全員は健康でかつ志気も旺盛. いためにやむをえなかったと判示しているのに対. であることから,パニック状態が発生するとは認. たち,雪質などに細心の注意を払い,雪崩の危険. められず,かりに不安のある者がいたとしても,. の高い箇所を横断する場合には,各人の問隔をあ. その者を安全に保護しながら下山することが可能. け,ザイルで確保しながらトラバースすべきであ. であるとし,②については,下山の遅れはこのよ. ったとしている.. うな登山では,当初から予想されうるところであ. し,控訴審判決は,引率者がパーティーの先頭に. 上記の事実認定とその評価については,控訴審 のそれが全般的に妥当であると思われる.西駒山. るとしている.. 第2に,ルートの選択が適切であったか否かに. 荘の壁に隙間があり,そこから雪が吹き込むよう. ついてである;一審判決は,3つの下山ルートを. な状態であったとしても,山小屋の中にテントを. 比較・検討し,結局のところ当該パーティーがと. 張って滞在することは,外に張って吹雪に直接た. ったルートしかないこと,しかしこのルートは,. たかれるよりも,はるかに登山者に安心感を与え. 雪崩が発生する確率の高い沢筋に遭遇せざるをえ. るものであり,数日の滞在ならば,たとえ初心者. ないのであり,危険をはらんだものであったが,. であっても疲労を心配することもあるまい.また,. 5万分の1の地図からは沢筋を確認できず,引率. 稜線の風下側は雪崩が発生しやすい風成雪が溜ま. 者の判断がルートの偵察までしたうえでなされた. ることが予想され,まして樹木のまばらな場所で. ものであることを考慮すると,そこに過失がある. 降雪中ということであれば,当該パーティーが辿. とするには蹟跨をおぽえると判示している.これ. ったルートはきわめて危険な状態にあったといえ. に対して控訴審判決は,3っのルートを比較・検. よう.沢筋か,あるいはその上部であれば,その. 討することなく,それ以前の問題である,山荘に. 危険がさらにますことも,控訴審が判示している. 停滞すべきか,あるいは下山を強行するのかとい. ように,積雪期に登山する者の常識であるといっ. った点を取り上げ,西駒山荘という安全な避難場 ら雪崩の発生しやすい状態にあリ,地図上からそ. てよい.そうした状況の中で,一行は,4月2日 までの,節約すればさらに引き延ばすことが可能 な食糧・燃料を持っており,また,低気圧が接近. うした危険な沢筋が,稜線近くまで達しているこ. しているといっても,時期は3月下旬であって,. 所があったこと,一方,事故現場は当日の天候か. とを読み取ることが可能であり,また沢の上部の. 場所は中央アルプスということであれば,一般的. 山腹部分も雪崩の危険地域なのであるから,風が. にいって,そう何日も悪天候が続くことはないの. 弱まってから,雪崩の危険のない稜線ルートを下. であるから,本件の場合には,やはり山荘に留ま. 山べきであったとしている.. って天候の回復をまち,雪崩の危険のない稜線上. 第3に,ルートの通過方法に誤りがあったか否 かについてである.まず,下山開始前に雪崩の危 険について説明・注意をしなかった事実に関し,. のルートを下山すべきであったといえるからであ る.. 一審判決と控訴審のそれとの閻の,事実認定と. 一審判決が,初心者に過度の不安を与えないため. その評価の大きな違いは,論者が指摘するように,. にやむをえなかったとしているのに対し,控訴審. 両者の問に,引率者・リーダーに要求される注意. 判決は,注意を与えるべきであったとしている.. 義務のレベルについて,基本的な認識の相違があ. 次に,隊列の組み方・間隔などに関し,一審判決. ることから生じているように思われるI9〕.そしてそ. が,顧問教師2名が隊列の最後部についたのは,. の認識の相違は,一審が本件登山をいわば「同好. 先頭にたった者が実質的なリーダーであるKにつ. の士」によるものに近いと提えているのに対し,. ぐ実力の持ち主のS(山岳部0B)であったことか. 控訴審は,「学校行事の一環」としてなされたもの. ら,なんら問題はなく,各人の間隔が詰まってい. であり,高等専門学校生といっても,一行の半数. たのも,初心者のうしろで経験者が補佐をする必. は高校生相当の年齢の者であって,そのうちの2. 要があり,また視界が悪く,メンバーを見失わな. 名は雪山の未経験者であることから,顧問教師と. 一25.

(14) 登山事故判例の分析 都員との関係は,もとよりここでは債務不履行責 任ではなく,不法行為責任が問題とされているわ けであるが,受任者(リーダー)と委任者(参加 者)のそれに類似したものであると捉えているこ とによるのではあるまいか.高等専門学校の山岳. 28頁.. 5)神戸地裁・昭和58年12月20日『判例時報』1105 号,107頁.. 6)東京地裁・昭和41年6月22日『判例時報』455号, 17頁.. 7)伊藤桑『体育法学の課題』道和書院,80年, 128〜35頁.文部省体育課判例研究会編『体育・ スポーツ事故と裁判』日本体育社,74年,274〜75. 部の活動であっても,例えば相当な経験を有する 上級生部員による登山であれば,それはむしろ「同. 好の士」によるものと提えるべきであろう.しか し本件のような場合は,むしろ引率型登山のカテ. ゴリーに属し,先の「残雪の八ケ岳縦走」遭難事. 頁.. 8)松本深志高等学校『西穂高岳落雷遭難事故調査 報告割69年,292頁. 9)前掲・札幌地裁判決.. 10)昭和33年4月18日『最高裁判所刑事判例集』12. 件において,被害者は成人であり,しかも任意参 加であったにもかかわらず,リーダー等に賠償責 任が認められていることからすれば,引率者・リ. 巻6号,1090頁.. 11)昭和49年4月24日『判例時報』755号,39頁. 12)山火正則「顧問教師の引率登山の業務性と遭難 事故の責任」『季刊教育法』74年秋季号,121−24. ーダーとしての顧問教師には高度の注意義務が要 求されることになり,そこに過失があったとする. のが妥当であって,そうしたことからも,控訴審 の判断が支持されてしかるべきであると考える. 注. 1)札幌地裁・昭和30年7月4日『判例時報』55号,. 3頁. 2)東京地裁・昭和58年9月9日『判例時報』1125 号,131頁.. 3)京都地裁・昭和61年9月26日『判例時報』1217 号,105頁.. 頁.. 13)昭和58年12月9日『判例時報』1099号,21頁. 14)例えば,烏越英昭「裁かれるリーダーの過失」 『岳人』82年11月号,136頁.同旨,本多勝一「リ ーダーに過失責任はなかったか」『山と漢谷』84 年10月号,163頁. 15)加藤永一「最新判例批評」『判例評論』305号, 178頁.. 16)湯浅道男「山岳遭難とリーダーの法的責任」『法 律時報』684号,124〜25頁.. 17)昭和59年6月26日『判例時報』1131号,93頁. 18)昭和61年12月17日『判例時報』1222号,37頁. 19)潮海一雄「最新判例批評」『判例評論』343号, 194頁.. 4)東1京地裁・昭和53年9月18日『判例時報』903号,. 一26一.

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参照

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