証拠開示理論と二〇〇四年刑事訴訟法改正 : 比較 法的検討
その他のタイトル Criminal Disclosure : The New Development
著者 松代 剛枝
雑誌名 關西大學法學論集
巻 54
号 4
ページ 676‑705
発行年 2004‑12‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/12186
検察官が取調べ請求しない資料の開示について︑二
0
0四年五月の法改正までわが国の刑事訴訟法には直接の言及
がなかったことから︑これをいかに扱うべきかが久しく論じられてきた︒判例は一九六九︵昭和四四︶年の最高裁決 定で︑裁判所の訴訟指揮権に基づいて証拠開示命令を適宜発するという対応策を打ち出していたが︑その発動要件は
ー I
比較法的検討││
一 本 稿 の 視 角 二 位 相1i弊害をめぐる議論
=︱位相2││1関連性をめぐる議論
四 理 論 の 再 構 成 五 理 論 の 具 体 化
本 稿 の 視 角
松
代
証拠開示理論と二
0
0四年刑事訴訟法改正
六〇
剛 ︵ 六 七 六
︶
枝
2 ることができる︒こちらを仮に﹁権利保障アプローチ﹂と名づける︒
『•
ノ
︵ 六
七 七
︶
﹁諸般の事情を勘案し︑その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり︑かつこれにより罪証隠滅︑証人威迫等の弊
(2 )
害を招来するおそれがなく︑相当と認めるとき﹂というものであった︒この表現の背後には︑被告人の﹁利益﹂を
諸々の要因と同一平面上で広く衡量して事案毎に妥当な開示水準を設定する︑という手法の存在が窺われる︒この手 法を分析概念として抽出し︑ここで仮に﹁利益衡量アプローチ﹂と名づける︒これに対して︑被告人の防御権をまさ に﹁権利﹂として至上に掲げ︑その帰結として検察官手持資料につき全面開示を原則とする別のアプローチを想定す 前記最高裁決定以降わが国の実務が利益衡量アプローチに基づいて定着させてきた開示水準の実情は︑権利保障ア
プローチの帰結に比べると著しく低いものであった︒判例の文言によれば︑不開示を促す主要因は﹁弊害の虞﹂であ るが︑利益衡量アプローチの場合︑この﹁弊害の虞﹂とはまずは広く観念したうえで衡量の過程で削ぎ落としてゆく ものであり︑対する権利保障アプローチが﹁権利﹂を制約しうるものとして最初から狭く観念するのに比べると︑運 用次第で結論不開示に傾く可能性が高くなる︒この点を捉えて批判する従来の全面開示説は︑権利保障アプローチに
基づくストレートな構成を図ってきた︒
しかし︑翻ってイギリス法を参照すると︑利益衡量アプローチによってもまた︑全面開示が導かれていることに気
づく︒衡量される諸要因について︑イギリスでは一九七0年代半ば以降具体的な徹底検証を繰り返してきた結果︑全
面開示は一般に︑争点が予め絞られ︑有罪答弁されるべきものはされて︑費用・時間のコストから見て望ましい一方 で︑証拠隠滅や証人威迫等弊害の虞の現実化は杞憂である︑と結論された︒こうしてイギリスでは︑全面開示を原則
証拠開示理論と二
0
0四年刑事訴訟法改正
応の原則化を見た後︑
第五四巻四号
への指向が現れる︒後述三では︑
一九
九 0年代イギリスの
とし︑弊害に対しては稀なる例外として個別具体的に対処するという現在の形態が贋されたのである︒
これに対してわが国の実務が︑同じく利益衡星アプローチによるかに見えながら異なる結論に至った理由は︑被告 人の利益を他の諸要因と同一平面上で衡量する枠組で権利性を稀薄化しながら︑各要因の具体的検証は未だイギリス ほど徹底されてはこなかったことに︑求められるであろう︒その意味で︑イギリス法が示す利益衡量アプローチの帰 結は︑わが国で従来開示制約的に働いてきた弊害論が︑
性はなお欠く抽象論にとどまってきた点を︑指摘するものとなる︒このような視角の下に︑次の二では︑
代イギリスの︑弊害論の克服・検察官手持資料全面開示原則の確立状況を︑より詳しく検討する︒
一九
八 0年 但し︑利益衡量アプローチは︑開示資料が多ければ訴訟効率性は向上するという考えの下に︑訴追側手持資料が全
面開示された暁には被告人側にも開示を促す可能性を胚胎する︒事実イギリスでは︑訴追側手持資料の全面開示が一
一九九六年の
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とい
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で︑この懸 念は現実のものとなった︒尤も︑被告人側開示については︑訴追側開示とは違って︑不必要な資料が多くて訴訟が滞 り︑訴訟効率性は却って低下するとの見方もあることに鑑みれば︑この意味での効率性論理は被告人側開示を所詮は 受容・容認する限度の論理としての域を出ない︒
CP IA が大幅な被告人側開示制度の導入に踏み切った背後には︑よ り積極的な動機があった︒つまり︑訴追側開示の対象となる関連資料の関連性判断にあたって︑被告人側の視点を反 映させるための手がかりを被告人側自身に提示させる︑という発想である︒ここに︑効率性論理のもう︱つの側面と
︑ ︑ して﹁必要充分な資料︵ないし関連資料︶の効率的開示﹂
関法
3
一見利益衡量の形をとりつつも利益衡量の真髄たるべき具体
ー し
ノ
︵ 六
七 八
︶
後述四では︑二及び三でイギリス法から得た知識を基に︑更にわが国の大正刑事訴訟法とそのモデルとなったドイ ツ法の流れをも脱みつつ︑証拠開示の理論化を試みる︒最後に五で︑わが国の法規定の具体的形態を︑二
0
0四年新
イギリスでは一九八0
年代
に︑
示する体制を整えた︵図表1参照︶︒その推進力となったのは︑既に一九七0年代半ばに
Ja me
s委員会が掲げていた
(3
)
とで
ある
︒
二点︑すなわち司法の公正性
( f a i
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一九七五年に
Ja me s委
員会
は︑
告を纏めた︒その際︑開示に伴う弊害の虞に関して︑古い伝統を持つ公判付託手続が従来︵副次的にとはいえ︶証拠 開示機能を営んできたなかで︑実際に弊害の生じる事態を稀にしか経験してこなかったことが︑
た ︒
Ja me
s委員会は︑この稀なる事態を不開示の根拠として一般化するのは不合理
( i l l
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の生じる例外的事態に対しては︑裁判所が訴追側の請求に応じて不開示を許容する余地を例外的に残しておけば足り ると考えた︒これは︑開ホの必要が示されてはじめて開示するというのではなく︑不開示の必要が示されてはじめて
証拠開示理論と二
0
四年刑事訴訟法改正0 ー 1位相ー̲弊害をめぐる議論 設規定を中心に吟味する︒ 4 関連性論に焦点を当てる︒
と効率性
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︵ 六
七 九
︶
いささか不統一ながら︑全体としてみると訴追側手持資料を事実上ほぼ全面的に開
とりわけ裁判所の負担軽減に配慮しつつ︑証拠開示の効果についての検討結果報
クローズアップされ
であると断じ︑弊害
〈図表1 1980年代イギリスの概況〉
訴追側の使用する資料の開示
常に正式起訴によるべき事件 正式起訴により審理される事件
‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑
選択的審理形態事件
‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑ Magistrates'Courts
(Advance Information)
Rules 1985による開示
常に略式起訴によるべき事件
公判付託手続による開示
関法
略式起訴により審理される事件
‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑ 第五四巻四号
開示慣行
訴追側の使用しない資料の開示 常に正式起訴によるべき事件
[選択的審理形態事件
決定手続
> 審理形態
正式起訴により審理される事件
‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑ Attorney‑General's Guidelinesに
よる開示 コモンローによる開示
略式起訴により審理される事件
‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑・ —·---
常に略式起訴によるべき事件 コモンローによる開示
(刑事手続の流れ)
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下 ︑
九八一年ガイドラインという︶が弊害の現実
(4 )
化防止の具体策を詳細に亙って提示する︒例 提言内容を支持した︒更に一九八一年暮れに 関する王立委員会報告書が
Ja
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s委員会の
ゆき︑並行して一九八一年には︑刑事手続に の提言内容の妥当性が実態として確認されて 上の開示の経験が重ねられて
Ja
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s 委員会
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と呼ばれる非公式の場における事実
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後︑
一九
八
0年代にかけて︑
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る︒
交付するといった︑具体的対案を種々提示し の署名を得たものや供述書の要旨を代わりに 削除再編した修正供述書にあらためて供述者 そのうえで︑供述書を不開示とする場合にも︑ との逆転を図ったものと見ることができる︒ 不開がとするという形で︑従来の原則と例外
六四
︵六
八
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展さ
せ︑
しかしコモンローは︑
2
六五
︵ 六
八 一
︶
えば︑供述者の住所や身許が開示されると威迫・誘導などの弊害が懸念される場合には供述者の住所を職場のものと する︑或は︑問題箇所を削除した修正供述書を交付する︑などである︒更に政府は︑地域を限定して開示の試験的実
施に踏み切った︒特に一九八三年から一年間実施された
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計画は︑証人供述書の開示を実施した点で注
(5
)
目される︒その結果︑司法の公正性については向上したと思われるという抽象的回答を集計して終わらざるを得な
かったものの︑訴訟効率性については︑争われる事件数の減少などにより時間的・金銭的コストが抑えられ︑他方︑
証人威迫等の弊害の報告はないことが具体的に現れた︒これが︑
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s による開示保障の成立に直結する︒ 一九八五年の
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れた弊害の虞が現実化するのを防ぐための︑現実の運用に耐え得る不開示判断手続を整備することであった︒
国家の安寧に関わる事項・情報提供者の身許・捜査上の秘密などに配慮して当該資料が開示に適するかどうかを判 断する者は︑もともとは訴追側であった︒例えば一九八一年ガイドラインは﹁供述が何らかの点で取扱に慎重を要す
︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑
る性質を持ち︑その開示が公益に反する場合には︑訴追側は裁量により開示を拒否できる﹂と規定している
︵ く
︶
︶
︒
証拠開示理論と二
0 0四年刑事訴訟法改正
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6
一九
八
0年代に公益を理由とする開示免除
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という原理を急速発
(6
)
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一九九二年の
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判決でこの開示免除の判断は必ず裁判所の利益衡量に委ねるというルールを確立する︒
なお︑この利益衡量においては︑仮に訴追側の不開示請求がしかるべき理由を備えたものであっても︑当該資料が被
在︑裁判所が開示を命じない限り一覧表自体を含めて被告人側への開示保障はされていない t i
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2. 1)
については︑他の資料とは別途に専用の一覧表が作られて訴追官へ渡されるが︑こちらについては現
且 し
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1
﹁開
示官
が 覧表
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︵捜査監督官と協議の後︶公益において開示すべきでないと信じる資料﹂
の実例として図表
3参
照 ︶
︒
資料は全て︑開示官
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3
ロー上僅かながら残されていた︒
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関法
第五四巻四号
については内容をも開ホする
︵こちらの一覧表
︵なお︑開示官の手になるこの
︵ 図
表
2参
照 ︶
︒
告人の無実を立証する可能性ないし誤判を回避する可能性を持つ場合には︑必ず開示の利益が優越することになって 更に︑この判断手続には通常︑被告人側も関与する︒被告人側は︑資料が不開示請求されても︑少なくとも当該資
料の存在と種類とは告知され︑更に意見を陳述する機会を与えられる︒このような被告人側の関与は﹁開かれた司法
の理念の要請するところと考えられているが︑ごく例外的にこの関与を制限する余地も︑
訴追側の使用しない資料につき︑以上のようなコモンローの到達点を受けて︑
CP IA
は成立した
と呼ばれる警察の専門係の作成した一覧表により少なくともその存在と種 類とは全て開示されるのが原則で︑更に﹁訴追側主張事実を崩すと訴追官が思料する資料
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﹂
び﹁被告人の抗弁に資することが合理的に期待されうる資料
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7
( 2 ) )
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︵ 六
八 二
︶
( s .
3
( 1 ) )
及
コモ
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〈図表2
訴追側の使用しない資料の開示
Criminal Procedure and Investigations Act 1996〉
証拠開示理論と二
0
四年刑事訴訟法改正0
(刑事手続の流れ)
│璽:全事件に適用 ロ:争いある事件にの/三伍〕
けて絞り込んだ後︑手続問題へと還元して全面開示を現実に定着させる︑
というものである︒その基盤は︑形式的当事者主義を維持したままでの
利益衡最論であるが︑時に
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或は
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とも評される の手法は︑抽象性を削ぎ落として
六七
︵六
八三
︶
﹁弊害の虞の現実化は例外﹂と位置づ
以上
︑
4
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り︑
の実例として図表4参照︶︒弊害存否の判断手続については︑
一九九七年の
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ルール内容は既にコモンローが確立した手続をそのまま
踏襲したものであり︑被告人側の関与制限の取扱についても同様である︒
しかし︑被告人側をこのように判断手続から排斥する余地を残したこと
ヨーロッパ人権条約六条における
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の要請︵その
とりわけ一九九八年の
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の成立によりこの
条約がイギリス国内法へと取り込まれた結果︑批判がより強まっている︒
そして実際︑二0
0
0年の実態調査をみても︑このように被告人側を完
(7 )
全排斥する手続は︑殆ど使われていない︒
一九
八
0年代を中心にイギリスにおいて指向された弊害論克服 一内容としての武器対等︹
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原理
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に対
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に反するとの批判
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(Refer to the Manual of Guidance) FOR CPS USE:
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Anytown Police Station
In file
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This side of the form is completed by the CPS. A copy is then sent to the defence with any material which has to be disclosed (i.e. any non‑sensitive unused material that might undermine the prosecution case or assist the defence c邸e).
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Reviewing lawyer signature: Print name:
Date:
︵六
八四
︶
典拠:Manual of Guidance 2003, Appendix B
〈http://www.homeoffice.gov. uk/ docs2/mog2003appb.pdf〉