実用的知識としての英文法指導
~丁寧用法の観点から~
高 橋 基 治
キーワード:丁寧用法、学校英文法、文法項目、指導案、語用論、意味論、認知文法 Polite forms, Junior high school and high school English grammar, Grammar item, Teaching plan, Pragmatics, Semantics, Cognitive grammar
はじめに
今日の日本においては、グローバル化の波や2020年に迫った東京オリンピック開催の影 響などもあり、国民の関心がいつも以上に英語に向けられている。事実、一般誌1)などでも
「英語の学び方」と銘打った特集があちこちで組まれている。また英検テストファミリー(実 用英語検定、英検IBA、英検Jr.)の2016年度の総志願者数が約340万人、TOEIC Program
(Listening&Reading、 Speaking&Writing、TOEIC Bridge)の 2018 年度の総受験者数が 260万人を突破するなど、英語検定試験の受験者数2)も相当数に上っている。
こういった背景の下、筆者は東洋英和女学院大学『人文・社会科学論集』第 32号、The LCA Journal 第31号等で、コミュニケーションを意識した英文法指導(communication- oriented instruction)を「実践英文法」と呼びその一案を提示してみた。これは従来の学 校英語教育ではあまり触れられてこなかった「丁寧用法」を文法シラバスの軸に添えたもの で、意味論、語用論などの諸理論をベースに、発話者を取り巻く人間関係に関わる使い分け の知識を明示的に示したものである。普段学生と接していて実感することは、語彙や文法と いった英語の形式的側面の習得にのみ熱心で、発話に含まれる社会的な意味には関心を向け ることなく、学習したことを覚えて使ってさえいればいずれ社会で通用する運用力は自然と 身につくだろうと考えていることである。言語形式を真に習得するというのは、単に意味を 暗記することではなく、その形式を談話の流れに関連づけながら、相手に応じて適切に使い 分けられる能力を意味する。
とりわけ実務の現場で直接英語を使って仕事をしている日本人ビジネスパーソンにとっ て、良好な人間関係を構築するうえで相手に敬意や配慮を示しながら、言語選択を行い、意
図を正確に伝える能力は必須と言える。事実およそ1500名を超す英語を仕事で使う日本人 ビジネスパーソンのアンケートコメントにも、「正しく適切に効果的にことばを使う」こと が必要な能力の筆頭にあげられている (小池他, 2010)。これは「言葉づかい」が国際ビジ ネスにおいて重要な要因であることを物語っている。
そこで本稿では、日本の中学校、高等学校で学習する英文法(学校英文法)項目の中から 前掲の論集では扱えなかった助動詞、進行形、無生物主語、仮定法といった項目の中で「丁 寧さ」と関りのある用法をとりあげ、高校までの基礎的な理解ができている学習者を対象に 指導上のポイントを交えて、一つの指導案を提示してみたい。
1.「丁寧用法」の学習・指導意義
なぜ丁寧用法なのか。普段私たちは社会生活のなかで、他人に直接「命令」することはほ とんどない。相手に何かをして欲しい気持ちをストレートにぶつけることは社交上避けるの が普通である。通常は遠慮して遠まわしに述べたり、控え目に「依頼」や「提案」「助言」
などを行っている。この点に関連して、英語学の泰斗である安井(2012)は、「一般に、こ とばによるやり取りは、あまりにも正確で決定的な表現ばかり用いると、一見、立派そうに みえるが、相手に思いもかけず威圧感を与えたり、自分自身を動きのとれない窮地に追い込 んでしまう危険をはらんでいる。このような危険は日本語におけるよりも英語におけるほう がずっと大きいように思われる」(p. 26)と述べ、相手に礼を失することなく、不快感を与 えない丁寧なことば遣いが、コミュニケーションのいろはである旨を指摘している。
日本語は高度に敬語(尊敬語、謙譲語、丁寧語)が発達してる言語として知られているが、
言語を使用する人間同士が相手への敬意を表す感情を持っている限り、どの言語においても 質や程度の差こそあれ敬語表現が存在するはずである。英語も例外ではなく、ただ敬意を示 す言語的な手段が異なっているだけと考えられる。南(1987)によると、英語は「敬語的 表現のための専用言語要素を持たないか、持っていても数が少なく、むしろ一般的な言語要 素の用法に依存するか、あるいは非言語表現を用いる言語」(p. 37)とその違いを指摘して いる。日本ではしかるべき場や相手に対しては敬語をきちんと使って失礼がないように気を 配るのと同じように、英語圏をはじめとする他の多くの社会においても敬語表現はコミュニ ケーションを円滑に進める上でも、またビジネス上の信頼を得るうえでも重要3)なことは 論を俟たない。その際注目されるのが「丁寧な言葉づかい」であり、社会性を持った成人が スムーズな社会活動を遂行していく上での必須スキルと言える。その指導意義について、イ ングランド及びスコットランドで方言のフィールドワークを行い、英国のみならず米国での 階級言語事情に詳しい島根(2017)は、「外国語学習の鉄則は、文法の初歩を習ったら、す ぐに敬語・丁寧語を学び始めることだ。これは特に話し言葉を決定づける最も重要な要素の
1つだからだ」(p. 48)のように述べ、また「外国語である英語は、私たち外国人にとって 表現の段階を使い分けするのは難しい。だからこそ、初めは難しくて面倒でも丁寧な用法を 正しく学ばなければならない。この点については、私の考えには妥協の余地はない。これが 出来なければ、その外国語を使えば使うほど、マイナスとなるからであり、これまでその実 例を見ているからである。当人は決して失礼な言葉遣いをしているつもりはないのに相手に 不快感を与えたり、人柄を誤解されたり、怒らせたり等だ」(p. 50)と実体験に基づいた見 解を示し、「丁寧な言葉づかい」の重要性を説いている。
2.実践英文法指導
以下に助動詞、進行形、無生物主語、仮定法について、具体的な事案を紹介し、その指導 ポイントも交えて解説してみる。
2.1 助動詞
助動詞には、「可能」「必然」「義務」などの意味を添える法助動詞(can, must, will, shall, ought to, used to, dare, need)と、それ自体特に意味を持たずに、「完了」「受動態」「疑問」
や「否定」などの文法上の形を作るhaveやbe、そしてdoなどがあるが、ここでは前者の 法助動詞、その中でもwillを取り上げ、相手への配慮を示す用法について述べてみる。
2.1.1 現在の推量のwill
学校英文法では、一般にwillは未来を表す時に使われる助動詞で、〈will+動詞の原形〉の 形で用い「意志未来(話し手や主語の意志)」と「単純未来(話し手や主語の未来に起こる と予測される事)」があり、①現在の強い意志・固執・主張、②確認・命令・禁止・依頼、
③現在の習慣的行為・習性・傾向、④現在の推量、⑤未来の予測・予言などの用法があると 教授されるのが一般的である。丁寧用法との関連では、この中の④「現在の推量」4)と関わ りがあると言える。例えば、タクシー運転手と客との対話で、
A( 客 ):How much do I owe you?
B(運転手):That’ll be ten dollars.
というやりとりを現実によく耳にする。ここでBのように、値段を表すときは通常That is ten dollars. ではなく That’ll be ten dollars. と will を使うのが常識的である。また、レジ で店員がお客に向って「これですべてでしょうか?」と尋ねる際もIs that all ? ではなく、
Will that be all ? の方が一般に使われる。この will は「現在の推量」と考えられていて、
丁寧に響くとされる。この背景にはどういったメカニズムが働いているのだろうか。この点 が実践英文法の関心事になる。言語形式、意味、運用を総合的に勘案すると、このwillには
「断定感の軽減化」という働きが背後にあると考えられる。こういった状況で現在時制のis を使うと、単に事実を述べている断定的な発言になり、ぶっきらぼうに響き失礼な印象を与 えかねない。とりわけ、営利が発生する社会的な状況においては、適切性の観点からも好ま しくない。そこで、「現在の推量」を表すwillを使うことで、かなりの高い確率で、そうな ると予想することはできても、絶対に100%確実なこととは断言できない、つまりそこに「不 確定性」の余地を残すことになり、これが断定感を和らげ、直接性を弱める役目を果たし、
ある種の丁寧さを生み出していると考えられる(佐藤・田中, 2009、安藤, 2012)。
この点に関し村田(1982)は、話し手がある事態をどのように主観的に受け止めている か、その捉え方が will の選択に表れていると述べている。例えば、「店員が Those pencils will be 6 p. each.「その鉛筆はそれぞれ6ペンスします」と言った際、鉛筆がいずれも6ペ ンスであることはすでに知っているが、まだ実際に購入する前で、現実のものとなっていな い出来事や行為、つまり「未実現性」に関しての話し手の事態把握の態度がwillの精選に関 与している。そしてThis book tells you a lot about America.は、This book will tell you a lot about America.に比べ、断定的で押しつけがましく響く」(pp. 167-168)と、前述と 同様の見解を示している5)。このように「現在の推量」を表すwillは、そうだ(そうなる)
とは言い切れないという「不確定性・未実現性」を持つことから、確信性が薄れ、これが「断 定感の軽減化」という働きにつながり、語用論的な「丁寧さ」に至っている。
2.1.2 指導上のポイント
まず法助動詞のwillを扱う際に意味用法の整理をしておくことが重要である。というのも、
willそのもの自体が「未来」を指し、単純に ⑤「未来の予測・予言」のみを表すと認識して いる学習者が多数見受けられ、④「現在の推量」については全く知識がないか、単なる例外 用法と教わっている現状がある。そこで丁寧用法の指導に入る前に、willの時制はあくまで も現在であり、話し手が発話している「今・ここ」を基点に予測や推量しているということ を理解させたい。出来事を現実世界の事実としてではなく、ある種の推測の世界として捉え ているのである。
「will=未来」は強固なため、最初は学習者内で一時的な混乱を覚えたり、発想の転換が なかなかできないという者もいるであろうが、事態生起の真偽性というのは、実現したとき 以降に初めて問えるという点を強調しておきたい。
この点を踏まえて実践英文法では、まずwillの意味発達の生成プロセスを概括してもらう ためにwillの中核的意味である「何かをしよう」とする現在の「意志」に着目し、自然な思
考の流れに沿って、用法が拡張していくという次の図のような説明手法を試みたい。
図1は、willの核である「意志」6)から意志性の強弱によって、派生的に意味用法が広がっ て行ったことを示したものである。①は、「意志」の度合いがさらに強調され、「強い意志(あ くまでも~しようとする)」に発展し、それが語用論的な「約束」の創出につながった。そ して「強い意志」の度合いがさらに進み「固執・主張(どうしても~しようとする)」が生 まれた。これが否定文で使われると The door won’t open.「ドアはどうしても開かない」
やThe baby won’t drink milk.「その赤ん坊はどうしてもミルクを飲もうとしない」など「拒 絶」を表すことになる。②は2人称を想定したもので、「意志」から相手の意志の「確認(~
するつもりがありますよね)」へ、これが強調され催促する気持ちが全面に出てくると「~
してください」という「命令・指示」に、否定文では「~してはいけません」という「禁止」
に、疑問文(Will you ~ ?)では「(あなたは)~するつもりはありますか?」と意志を直 接問うことから語用論的な「依頼(~してもらえますか?)・勧誘(~しませんか?)」へと それぞれ発展していった。また、③は「意志」があると度々同じ行動を繰り返す。そして「意
意 志
推 量 確 認
強い意志 固執・主張
習性・傾向 能力・容量 習 慣 約 束
依頼・勧誘 命令・指示
未来の予測・予言
禁 止
② ①
③
④
⑤
図1:willの核とその派生的意味用法との関係
(安藤, 2012、柏野, 2013、佐藤・田中, 2009、綿貫他, 2010、Swan, 1995を参考に作成)
志」の度合いが弱まり意志性が薄れることで半ば無意識化し、「習慣(よく~する)」に進展 する。これが無生物で使われOil will float on water.「油は水に浮くものだ(そういう習性 がある)」や、Accidents will happen.「事故というのは起るものだ」のような「習性・傾向」
の意味に転化していった。これらはものの持つ習性や傾向を人間の意志になぞらえた解釈付 けになっている。この用法から、The back seat of my car will hold 4 passengers.「私の 車の後部座席には4人乗ることができる」といった「能力・容量」7)も生成された。④では、
「意志」はこれから先のことを志向する。そこに既知情報や現在確認できる証拠が伴うと、
現時点での「推量(きっと~だろう)」8)になる。そしてさらに意志性が弱まり、現実との 心理的距離、非存在的な感覚が進み、「推量」がもっと前面に出てきた⑤「未来の予測・予 言(きっと~だろう)」9)へと展開していったと考える。
このように、それぞれの方向へ意味の開展が起ってはいるものの、いずれも「意志」を核 としてつながっていることをまず学習者に気づかせたい。こうすることで、「意志未来」と
「単純未来」にも共通性があり、なんら関連性のない個別の意味という誤った理解も避ける ことができる(佐藤・田中, 2009、村田, 1982)。そして「will=未来」という単純なレッ テル化も防ぐことができ、未来のことだけに限定しているという認識を改めさせることが可 能になる。そして、willは時間(time)に関しては現在であり、本稿で話題にしている「現 在の推量」もあくまで現実のものとなっていない事柄を発話時点で「推量」しているに過ぎ ないという視点を提供したい。つまり、「現在の意志」から、その一連の意味用法の広がり のプロセスの中で創成されたもので、「未来の予測・予言」とも関連があるという見方である。
学習者に、ここをしっかり頭の中で整理、理解させておくことで、「現在の推量のwill」の 立ち位置が鮮明になり、より把握しやすくなるはずである。
そしてこうして生まれた「現在の推量のwill」が、「客」対「店員」といった社会的な対 話で生起するとき、丁寧用法と深い係わりがあるという現実は、実用的な英語運用能力とい う点で、授業で言及してあげることは十分有益であると考えられる。佐藤(2017)は、実 用的なコミュニケーションに役立つ知識かどうかという観点から、大学入試センター試験問 題を分析し、学ぶ価値の高い知識にこの「現在の推量のwill」を上げている。
現在の学校英文法ではwillは未来を表す助動詞として「意志未来」と「単純未来」がある と習うだけでその両者の関係性についてはほとんど触れられていない。むしろ別物として扱 われる。そして「現在の推量」を表すwillの用法(特に「丁寧用法」)については受験とあ まり関係がないものとして例外的事項に分類され、指導の俎上にさえ乗らないのが実情では ないだろうか。実は、大学入試対策としては教授価値が低いと片隅に追いやられていたこの 用法が、「丁寧さ」という切り口から見れば、まさに日常の営みとして実際に英語を運用す る社会的状況においては、重要事項になる点を教授したい。
2.2 時制、時間と相(進行形)
東洋英和女学院大学『人文・社会科学論集』第32号、The LCA Journal 第31号におい て、過去進行形と未来進行形について意味論的見地から丁寧化するその仕組みについての解 説を試みた。ここでは、時制の考え方、捉え方との関連で、相(進行形)を丁寧度との関係 で再度別の観点から考察してみたい。
2.2.1 時制、時間と相(進行形)の関係
動詞の形を次のように現在形→現在進行形→過去形→過去進行形と変えていくことで、意 味論的には「丁寧度」が上がっていくと考えられている(Leech, 1971、Wekker, 1976)。
ここで注目したいのは、進行形を使うと丁寧に響くという点である。
(1) a. I wonder if you can give me a hand with this.
b. I am wondering if you can give me a hand with this.
c. I wondered if you could give me a hand with this.
d. I was wondering if you could give me a hand with this.
この文はどれも「ちょっと手を貸して欲しい」という意味であるが、(1a)のI wonder if you ~よりも、(1b)の I am wondering if you ~の進行形のほうが、丁寧に響く。これ は、進行形が持っている「一時性」と「未完了性」から、その動作や行為には傾いてはいる が、まだそこには結論として至っていないということを示唆し、現在形が直接的・断定的 なのに比べ、これよりも確定性が低く、それだけ内省的・低回的といえる(Swan, 2005、
小西, 1987、村田, 1982)。また、(1c)の過去形wonderedを(1d)の過去進行形のwas wondering にすると、現在形のときと同じ原理から、意図や思いがある過去の時点に限定 されたものであり、その時そう思っていただけで、場合によっては撤回してもなんら問題な い、というメッセージを伝えることができる。そしてその分聞き手に心理的な余裕も与えら れる。これにより、話し手の気持ちや願望が叶えられなくても気にしなくていいという、押 し付けがましさが軽減される。このように現在・過去時制とも進行形にすることで、丁寧度 操作ができるというわけである。そしてポイントは未来の時間を表すwill10)を使った未来 進行形にもこの点が当てはまることである。
(2) a. She will write to me next week.
b. She will be writing to me next week.
(小西, 1987, p. 6)
(3) a. I’ll drive into London next week.
b. I’ll be driving into London next week.
(村田, 1982, p. 171)
(2a)(3a)は、いずれも動作が来週には完了することを暗示し、断定的で語気の強さを 感じさせるが、(2b)(3b)は進行形になっている分、まだ途中でその過程にあるという含 みから、断定感が押さえられ、個人的な推察の余地が多分に入りこんでくる。そのため、わ ざわざ労を取ってそうするのではなく、当然の成り行きとしてそうなるという響きが感じら れる。これが控え目さを生み、丁寧に聞こえる理由となっている。さらに、人の予定や計画 を尋ねるときも同じ感覚が働く。
(4) a. Will you go away at the weekend?
b. Will you be going away at the weekend?
(5) a. Will you stay in this evening?
b. Will you be staying in this evening?
(Swan, 1995, p. 218)
(4a)(5a)とも相手に対しての直接的に意志を問うような圧迫感が感じ取れるが、(4b)
(5b)は、動作の未完了性から、断定を弱め、柔らかさ、遠慮、気兼ねといった意味合いが 生まれ、その分丁寧に響く11)(小西, 1987、Swan, 1995、Swan, 2005)。
このように学校英文法で未来形とされる「will+動詞の原形」が、未来進行形の「will+
be+~ ing」になることで丁寧用法として機能する側面も持ち合わせている。
2.2.2 指導上のポイント
特に丁寧用法を軸に添えた実践英文法の指導という観点から重要なのは、2.1.2でも触れ たが、いわゆる学校英文法で言うところの、現在や過去といった動詞の動作や状態がいつ起 きたかを示す「時制」は、現在形なら現在だけのこと、過去形なら過去だけのことを表して いるという時間(現在、過去、未来)上の概念とは相容れないという点を理解させることで ある。つまり「時制(tense)」と「時間(time)」は異なっているということを認識させた い。従来の学校英文法にある〈時制〉→〈時間〉のように、「時制」を基準に「時間」が表 されるのではなく、その逆の〈時間〉→〈時制〉の方向で、まず発話時を基準に現在時間と して、左に過去、右に未来の時間領域がある。そして、この両方の領域を「時制」と「進行
形」を組み合わせて表現し、自由に行き来ができるという新たな視点を提供することである。
つまり丁寧用法は、形式上は過去進行形、未来進行形と「時間」を基準にしたカテゴリー で区分されるが、すべて「時制」に関しては「現在」のことを表していることを学習者に納 得させられるかがポイントになる。過去、未来といった単純な物理的時間(time)の流れ ではなく、丁寧用法ではあくまでも発話時を起点にして、その主要因となる「現在から離れ た距離感」つまり「遠隔性」を時制の過去形12)や未来の時間を表すwillで表現できること。
そして「まだそう決めたというわけではない」という「未完了性」を表す「進行形」が用い られることで、断定を和らげ、謙遜や遠慮といった相手への気持ちの配慮を示す言い方へと つながっていること(Swan, 2005、Carter and McCarthy, 2006)。この点を学習者自身の 中で既存の知識を整理させながら、指導者側がうまく再構築化へ導いていけるかが鍵を握っ ている。
2.3 無生物主語構文
無生物(inanimate subject)を主語に立てる構文は、英語においてはきわめて自然で当た り前とされる。その感覚について田中(2015)は「無生物主語が何か(誰か)に対して何か をするという無生物主語の他動詞表現は、英語においてのほうがごく自然に用いられる現象 で、日本語的な発想では一般的ではない」(p. 628)と指摘している。また富岡他(2008)は、
「英語を母語とする人々にとっては、あまりにも普通なため、わざわざ無生物主語とか物主 構文などの名称でこれらの構文を呼ぶ根拠や必要性が理解できないようである」13)(p. 11)
とも述べている。そのためか、Quirk et al. (1985)、Biber, D., S. Johansson, G. Leech, S. Conrad & E. Finegan. (1999)、 Huddleston, R. and Geoffrey, K. P. (2002)などの英 文法書にも、日本語の無生物主語に相当する用語は見当たらない。実は、この無生物的要素 が擬人化され主語になる無生物主語構文14)の中に、本稿のテーマである「丁寧用法」とか かわりのあるものが存在している。ここでは「結果重視指向」という視点から、wh疑問文 の直接疑問文why ~ ?をとりあげて、2人称疑問文のケースを用いて解説してみたい。
2.3.1 Why ~ ? vs What ~ ?
日本語の「どうしてここに来たのですか」に相当する英語には、次の3つの文が考えられる。
(6) a. Why did you come here?
b. What made you come here?
c. What brought you here?
(柏野, 2010, p. 470)
意味的にはいずれもほぼ等価であると考えられるが、「丁寧さ」では(6a)→(6b)→(6c)
の順に丁寧度が上がっていく。つまり、この三文は響きに直接性が感じられるかどうかとい う点で異なっている。柏野(2010)によると、(6a)は疑問詞の why を使っているため答 えが強要されていて、直接的な表現になる。そして、語調や文脈によっては「あなたは来る べきではなかった」という相手を責める感じも伴っているという。また(6b)は、質問す る側に相手に対して「何か来る理由があったのだろう」という理解があり、(6a)に比べ直 接的な感覚が薄れるものの、まだ責め立てる感じが残っていると指摘し、最後の(6c)には、
相手を責める感じがなくなり、間接的で当たりの柔らかさが伝わってくると述べている。つ まり疑問詞whatを使った無生物主語構文は、間接性を生み出すことで心理的距離が生まれ、
why を使った文よりも丁寧さが出せるのである。これと類似の例として、次のようなもの がある。
(7) a. Why were you late?
b. What took you so late?
(8) a. Why did you say so?
b. What made you say so?
(友繁, 2016, p. 89)
(7a)には、遅れてきた人を咎めるような響きが感じられるのに対し、(7b)にはそれが なく、遅れた原因はあなたが悪いからではなく、あなた以外の何かがあなたにそうさせた、
という感じを伝えることができるため、約束の時間に遅れてきた人に普通に用いることがで きる。また(8a)も「なぜそんなことを言ったのか」と直接相手を詰問するような表現で ある一方、(8b)は原因はあなた自身ではなく、何があなたにそう言わせたのかを問うてい るので、(8a)よりも丁寧な言い回しになる(友繁, 2016)。マーク・ピーターセン氏もこの 点に関し、Why do you think so?とWhat makes you think so?という二つの文の違い15)
について「この〈What makes….?〉構文を使うのは無意識のうちの選択だが、しいて言え ば「人間はふつう自ずからそう思わないので、何かにそう思わされているはずだ」(綿貫他, 2010, p. 173)というのがその選択の理屈であるという英語母語話者による解釈を与えてい る。
2.3.2 指導上のポイント ~「結果重視指向」vs「行為重視指向」~
まず大切なのは、先に指摘したように、無生物主語という構文は日本語と英語を比較する
ことによりはじめて生まれる概念であることを学習者には理解させたい。
その上で授業での指導の際は、ただ単に無生物主語構文の中でWhy~?よりもWhat~?
を使ったほうが丁寧になる、という言語形式上の表層的な説明だけでなく、なぜそうなるの かもっと比較文化論まで掘り下げ、英語母語話者の思考の根幹を成している外的現実の状況 把握という視点からの解説を加えることで、さらに深い理解を促すことができる。
日本語は「自分」を視点にして、「これがこうなって(そして)こうなった」という二つ の状態の時間の流れの関係から表現する言語であるのに対し、英語は主語に「原因」を立て、
「ある原因が□に作用して、その結果□が○になる」という原因結果関係を中心に論理が組 み立てられる言語である、と言われている。これを日本語は「行為重視指向」であるのに対 し、英語は「結果重視指向」のように定式化することができる(影山, 1996、斉藤, 2001)。
つまり英語はよく「する」型言語と呼ばれるが、これはとりもなおさず「行為」という側面 が背景化され、「結果状態」が前景化される結果重視の指向性を持っている言語と言える。
一方、日本語は結果よりは行為に焦点が当たり「行為」という側面が前景化される。この違 いが、無生物主語構文の自然さ、不自然さを生み出していると考えられる。
また認知メカニズム的には、英語は認知主体が認知の場から離れた「状況外視点」をとり、
客観的状況として出来事を眺めているという事態把握の方法をとる。そして、「モノ」と「モ ノ」や、「コト」と「コト」の間の力動関係に基づく力の流れを意識するため、人間であれ、無 生物であれ、力の源となるものを優先する傾向がある。その流れが無生物から人間に感じら れれば、無生物を主語として目的語を人間にとることに何ら違和感は感じない (Langacker, 1987、Langacker, 1993、Langacker, 2008、坪平他, 2009)。これが英語を母語としてい る人々の概念構造上の根底にある無生物主語構文の捉え方である。こういった現実世界にお ける事態把握の違いに触れてあげることで、無生物主語構文が用いられる背景事情のより深 い理解へとつなげていける。
2.4 仮定法
仮定法はあることを事実としてではなく、仮定して述べるため、発言の断定感を和らげた り、謙遜や遠慮といった気持ちを込めるには恰好の文法アイテムとなる。そのため「丁寧用 法」とは関係が深いといえる。ここでは仮定法過去の「I wish you would」を取り上げ考 察してみる。
2.4.1 「I wish you would」の丁寧用法
法助動詞wouldをthat節に使った仮想的用法は、状況や内容によっては、丁寧な提案や 依頼、要請になることがある。これが本稿の興味の対象となる。内木場(2004)は、以下
(9)、(10)のような例文を提示し、that節にyou wouldを使った仮定表現を用いると、「話 し手はwishを用いて「たてまえ」上では聞き手が行為を実現してくれることを期待してい ないことを暗示させている。話し手が表現意図(本音)を表に出さず、仮のものであると提 示することによって、行為の遂行の決定権は聞き手に預けられていることになり、そのぶん 丁寧になるのである」(pp. 163-164)と指摘している。
(9) A: Shall I help you check the accounts?
B: I wish you would.
(Thomson and Martinet, 1986)
(10) “I’m staying at the Sunset Marquis,” he said,
“I wish you’d call me. I’d really love to take your picture sometime.”
(J. Collins, Power)
この場合は、実現の可能性がまったくゼロというわけではなく少しはあると考えられてい て、間接的に that 節の行動や行為の実現を期待している用法になる。また、仮想的とは異 なり16)、むしろ肯定的な願望意図と考えられる。この点に関して柏野(2012)は、Leech の見解を紹介し次のように述べている。
この “I wish you would...” はハイポセティカルな意味を表しているが、Leech(1971:
117)によると、その意味が弱化する(weaken)ことによりサポジショナルな意味が 発達し、その結果 I wish you’d let me get you a pot of tea.「紅茶をお持ちしましょ う」のような丁寧な提案や依頼を表すようになったという。(p. 155)
つまり本来は仮想的用法であったものが、提案、依頼といった語用論的機能として使用さ れる中、wouldの未来性(futurity)が意志(volition)や自発性(willingness)の意味で使 われるようになり、そこから丁寧用法が発達してきたと考えられる。この用法は、次の(11)
(12)ようなif節を使った条件節に見られるwould と同じ類17)のものであると言える。
(11) I would appreciate it if you would kindly submit the contract by May 10.
「5月10日までに書類を提出いただけると大変嬉しく思います」
(12) I was wondering if you would like to join us for dinner.
「夕食よろしかったらご一緒にいかがかなと思って」
2.4.2 指導上のポイント
「I wish you would」は、仮定法構文なので同じ願望を表すI hope that節とは異なってい て18)、I wish you stop....やI wish you will stop...のように従属節には直説法の動詞を従 うことができないことをまず確認させる必要がある。この二つを混同している学習者が多い からである。あくまで実現不可能や、実現の可能性が疑わしいことに対する願望なので、I wish以下のthat説には仮定法過去なら動詞あるいは法助動詞の過去形を用いることをしっ かり認識させておくことが重要である。そして、I wish you would…が丁寧な提案や依頼 を表す時に使える構文であるという点を、さまざまな身近な事例を通して学習者に理解させ たい。
3.その他
「代名詞の複数のyou」は、歴史言語的にその成り立ちに「丁寧用法」がかかわっていた、
という背景を教授してあげることで、学習者の英語に対する興味・関心を引き出すことがで きる。実用的な運用とは直接関係がないものの、学習者の知的好奇心喚起にも使える知識な ので、ここで取り上げてみたい。
3.1 2人称複数のyou
現代英語では、2人称は単数も複数もyouであるが、中英語期にはこれらがthou(親称)
とyou(敬称)19)に分かれて相手との社会的関係を表していた。その後you(敬称)に一本 化され、相手と距離をとる方向へと変化した。この変化の背景には、諸説理由があるが、そ の一つに2人称単数で相手を呼ぶことに対して、直接名指ししているようで、語用論的観点 からかなり抵抗感があったのではないかというものがある。そこで2人称の複数形を単数の 敬称として用いる言語的手段を講じたと考えられている。寺澤(2016)は、この点に関し「目 の前にいる相手(単数)のことを言及する場合、なるべく相手のことを間接的にぼやかして さす表現(代名詞)を用いる方が丁寧な言い方になる。2人称単数代名詞を用いると相手を 直接的に指示して、ぶしつけになる。一方、2人称複数代名詞を用いると、あたかも相手の 人を含めた複数の集団に語りかけているような感じになり、婉曲で丁寧なニュアンスが生ま れる」(p. 119)と述べ、「人を呼ぶ」「人に指示する」などの語用論的機能において、間接 的で丁寧さを生み出すメカニズムについて解説している。Hudson (1996) も、2人称複数の youについて同様な見解を単数形との比較で次のように示している。
The plural pronoun picks out the other person less directly than the singular form does, because of its ambiguity. The intended reference could, in principle, be
some group of people rather than the individual actually targeted. (p. 124)
複数性は、次の図にあるように相手にかかる負担を弱めたり、ぼかしたりする効果があり、
「丁寧さ」につながっている。
3.1.1 指導上のポイント
人称代名詞youには、なぜ単数形と複数形があるのか、歴史言語的な観点からその発達過 程にさかのぼることで、その足跡が理解できるだけでなく、この形態の発展において相手に 負担をかけないよう直接的な言い方を避けて、間接的にするという「丁寧さ」が深く関わっ ていたという「気づき」を学習者に促すことができる。先に述べたように実際に英語を運用 する際の実用的知識とはあまり関係がないかもしれないが、2人称複数のyouが実は「丁寧 用法」とつながっていたという言語事実に触れることで、英語との心理的距離が縮まり、よ り親近感が沸くのではないだろうか。時に、歴史的変遷から文法事項を垣間見ることのおも しろさを実感させたい。
4.実践英文法指導の留意点
本稿で提示した実践英文法は、学校英文法を好ましい対人関係を築くための言語操作技術 として捉え、言うなれば理論英文法と教育英文法を合わせ持った性質を持っている。従来の 学校英文法指導を否定するものではなく、学習者が将来社会生活の中で英語を使っていくこ とを念頭に置き、実用的な言語技術としての知識及び、英語に対する興味・関心を最大限引 き出すことを目指したものと言える。本稿では、いくつかの文法事項を取り上げ、教科教育
図2 2人称youの複数性
(寺澤, 2016を参考に作成)
学の立場から教室での具体的な説明法や指導上のポイントを論じた。ここで以下に指導者側 の留意点について導入、有用性、社会的意味、教員の役割という4つの観点から述べてみた い。
まず導入に際し注意したいのは、実践英文法はいわば「大人の文法」であり、中学校、高 等学校での既習の文法事項がベースになくては高い学習効果は望めない。内容の程度がか なり高度になっているものが多いため、学習を開始したばかりの中学生や、基礎的理解があ いまいな高校生に対しては、余計に混乱を引き起こすだけであろう。そして英語は難しいと いう苦手意識を増長し、かえって学習意欲を削いでしまう危険性が高くなる。「外国語学習 者が必要としている文法は、既に習得している外国語の語彙の大きさに比例する」(West, 1952, p. 29)という指摘にもあるように、初級段階や基礎知識不足の状態での導入は避け たほうが賢明である。よって導入に際しては学習者レベル、提供する時期、量や質などを慎 重に見極め、中学校、高等学校での学校英文法の基本的理解を踏まえた後で、学習者の側で も心理的な準備ができている時が最適であると思われる。
次に、有用性への配慮に関して、中学校や高等学校で学習する文法事項は、規範文法や理 論文法をベースにしたもので、実際の使用有用度の観点から編成されたものではない。英文 法の指導は、単に文の規則性を説明するだけでなく、常にコミュニケーションを念頭に置い た実際の運用につながるcommunication-oriented grammarであることを意識しておきた い。それには有用性の観点から、再度文法事項の整理及び優先づけをする必要があるのでは ないだろうか。例えば、関係代名詞は実際のコミュニケーションにおける使用頻度では、特 に話し言葉においてそれほど高いとは言えない(小山内, 1985)。また、仮定法も仮定法現 在に関して言えば、教育現場で取り扱う価値があるのか再考を要するであろう。一方で、法 助動詞のwill、中でも「推量のwill」や未来進行形の「will+be ~ ing」などは、実践で即 使える指導価値の高い用法である。このように教員の側で、有用性の点から指導項目の色分 けや濃淡のつけ方にも気を配ることが望まれる。
さらに、社会的意味への関心という点で、指導の際、特定の相手と個別的な発話行為を行 う場面では、学習者に文レベルを超えて談話レベルで発話に付随する「周辺」を考慮した社 会的な意味により意識を向けるよう促したい。そして実際にコミュニケーションで使える、
また自分にとって知っていて損はない、という認識を持たせられれば、学習意欲の向上にも 大いに役立つと考えられる。
従来の指導では、文単位で文法項目の形と意味がわかることに比重が置かれたが、本稿で 提唱する実践英文法は、Titone (1969) の“The proper object of language teaching should be ‘living’ grammar.”(p. 45)「言語教授の適切な目的は‘生きた’文法であるべきである」
という指摘にもあるように、言語の文法指導というのは、単に構造シラバスに則っとり規則
的に配列された静的なものではなく、発話の「周辺」にも関心を広げ、ある文法項目の形式
(form)が、どのような文脈(context)では、どのような意味(meaning)を持ち、どういっ た機能(function)を担っているのかをも対象にした動的なものである。そして自身の言語 発達に合わせて、繰り返し例に触れたり、意識的に使い分けたりしていくうちに得た知識が、
自動的に使える運用へと変換されインテイク(intake)に進むといった行程を目指したもの である。
最後に、教員の重要な役割として、学習者の認知プロセスを促進するようなインプットを 与えることがあげられる。単に形式に気づかせるのではなく、既習の知識と比較・対照させ たり、別の新たな視点を提供したりしながら、その発話の「周辺」も取り込み意味や機能(働 き)と結びつけながら学習者自らを深い「気づき」に導いていけるファシリテーターとして の役割である。教える側と教えられる側の関係ではなく、あくまで学習者に伴走しながら、
必要に応じて援助するコーチといった関係と言える。
おわりに
本稿は、The LCA Journal 第31号「対人コミュニケーションを軸にした学校英文法指導
~丁寧度操作による「使い分け」の観点から~」に引き続き、社会生活において良好な人間 関係を築くための「学校英文法」というテーマを柱に、「丁寧用法」という枠組みから、高 校までの既習事項が身についている学習者を対象に、英文法指導(実践英文法)を考察した ものである。助動詞、進行形、無生物主語、仮定法といった具体的な項目をあげて、丁寧度 との関わりにおける使い分けの方向性を言語学の諸理論や異文化コミュニケーション論など の知見も援用しながら、指導上のポイントについて言及してみた。
人との対話というのは社会的なものであり、通常は誰かとその場を共有している。したがっ て、相手が誰であれ、円滑に進めるためには相手に嫌な思いをさせていないか、忌諱に触れ るようなことを言ってはいないか、など常に気を遣う必要がある。にもかかわらず、従来の 英文法指導は、対話をしている当事者間の人間関係はほとんど無視されていた。つまり語彙 や文法などの言語形式に重点が置かれ、人間同士の対人コミュニケーションというダイナ ミックな相互作用を念頭においた指導にはあまり時間をかけてこなかった。言語が使われる 場面、そして当人同士の関係性、身分や地位といった社会的側面などを勘案した上での適切 な言語運用を意識したものではなかった。外国語である英語を使っての対話能力とは、社会 的な文脈の中で言語的に正確で、かつ語用論的にも適切なコトバのやり取りができる能力の ことを指す。この点を欠いたまま、旧態依然の指導を続けている限り、なかなか実用に耐え うる英文法指導というのは難しいであろう。時に知らずのうちに皮肉や誇張に聞こえたり、
相手に不快な感じを与えるという悲劇を放置しておくことにもなりかねない。
グローバル化に伴い、国内外で言語背景の異なる人々とのコミュニケーションが極めて日 常となってきた今日において、実質的に世界共通語である英語を自由に駆使し、意思疎通で きる能力の育成が急務になっている。この現実を受けて、言語運用の実態を反映した英文法 指導が今まで以上に求められている。それには、従来の受験を意識した文法のための文法20)
ではなく、実用に直結するコミュニケーション能力育成を念頭に置いた指導アプローチが必 要とされている。そういった意味で、本稿で提唱している丁寧用法を軸に添えた実践英文法 指導21)は、その一つの試みとして考えられるのではないだろうか。
本稿は、日本言語文化学会第25回研究大会(2018年6月30日、於 大妻女子大学千代田キャ ンパス)のポスタープレゼンテーション「実用的知識としての学校英文法指導 ~丁寧用法 の観点から~」に加筆・修正を加えたものである。
注
1 ) 例えば「たった1日、たった3語で話せる 最新!英語の学び方」PRESIDENT 2018 年4月16日号など。
2 ) 英検ホームページ(http://www.eiken.or.jp/eiken/merit/situation/)及び、TOEIC Program DATA&ANALYSIS 2019より。
3 ) 同時に、日本語でもあまりに丁寧な言葉を使われると恐縮してしまうように、英語で も過剰な敬語表現は逆効果を生む恐れもある。要は敬語の知識を持ったうえで場面に 応じて適切に使い分けることが肝要である。
4 ) ただし、“Iris is on her way here.” Ten minutes later there was a knock on the door of the office. “That will be Iris.”のwillも話し手の「現在の推量」を表し、未 来を表しているわけではないがこの場合「丁寧用法」とは区別される。つまり「丁寧 用法のwill」は「観察できる証拠(この意味では= must)」や「以前からの知識」に 基づいた現在の予測・推量とは異なると考えられている (柏野, 2010, pp. 190-192、
Coates, 1983, p. 179)。どちらの意味かは文脈次第で、通常「客」と「店員」のよ うな利益関係が発生するコンテクストで用いられれば「丁寧用法」と解釈される傾向 にある(安藤, 2012, pp. 300-301)。なお、「現在の推量」を「単純未来」として扱っ ている(江川, 2012、 Sweetser, 1990)見解もあるが、本稿では指導効果の観点から
「現在の意志」の拡張用法とする立場を取っている。また、「現在の習慣的行為」につ いても、Quirk et al.(1985)は、「単純未来」の範疇に入れているが、同様に「現 在の意志」から発生した一用法としている。
5 ) Swanや安藤はこの用法をdistancing(遠景化)と呼び、いずれも口調を柔らげ丁寧 に響く効果があると以下のような例をあげて解説している。
That will be £1.65, please.
(それで、1ポンド65ペンスになりますですね) (Swan, 1995, p. 159)
“How much will that be?”she asked. “Nothing,”said Florentina.
(「それ、おいくらでしょうか」と女が聞いた。「ただです」とフローレンティナ が言った) [お客の言葉](Archer, The Prodigal Daughter)
“Then that’ll be three shillings and four pence, madam.”
(そうしますと、それで3シリングと4ペンスになります、奥様)
[商店主の言葉](Archer, As the Crow Flies)
You’ll have to pay in advance. That’ll be forty dollars for the night.
(代金前払いする必要があります。そうすると、ひと晩40ドルになりますね)
[ホテルのフロント](Sheldon, If tomorrow comes)
(安藤, 2012, pp. 300-301)
これらの例は、「断定感の軽減」と同じ用法と言えるが、Swan や安藤は「間接性の 産出」という視点で捉え、willを用いることで間接性が生まれ、これが直接的な響き を押さえ相手への気遣い(丁寧)につながるという解釈を与えている。
6 ) 歴史的にもOEでは、未来のことは現在時制で表され、will(希求・願望)は「意志」
を表していた(綿貫陽他, 2010, p. 36)。また、古英語の動詞willanに由来し、原義 も“to intend, want”で意志未来の用法のほうが古かった(柏野, 2013, p. 37、朝尾, 2019, p. 73)ため、「現在の意志」を出発点とするのにはそれなりに理にかなってい るといえる。
7 ) この用法は性能を人間の意志になぞらえた例で、canで置き換えることもできる(田 中, 2015, p. 308)。また、この場合のwillは、無生物主語とともに使われ、動詞も hold, bear, seatなどと共起することが多いとされる(安井, 2000, p. 174)。
8 ) 例えば、A: Someone just rang my doorbell. 「誰かが今しがた私のドアベルを鳴ら したよ」、B: That will be Mike.「それはマイクでしょう」のように使われる。この 場合Bはすでにマイクが来ることを事前に知っていたと考えられる。そこからBは、
ベルを鳴らしたのはマイクであると予測している。この場合That must be Mike.と mustを使うことも可能であり、実際の使用はmustの方が使用頻度の点で多いという 指摘もある(柏野, 2010, p. 191)。
9 ) これが学校文法で言う「単純未来」に相当する。単純未来には、時間が経てば自然と そうなる「自然の成り行き(100%)」と、「何かが起るだろう」という話者の判断を
加えた「話し手の判断(ほぼ 100%)」の二つの解釈がある(Coats, 1983, p. 179、
柏野, 2013, p. 40)。
10) 2.1.2 でも指摘したように、will が未来形というのは正確ではない。時制でいえば、
will は現在時制(非過去)で would が過去時制(過去)である。「時制」と「時間」
について、田中他(2018)は、「時制(現在形/過去形)と時間(現在、過去、未来)
はまったく同一ではなく、この両者にはズレがあり、英語の動詞に未来形はないが、
未来時間を表す方法は時制の現在形を使いながら、進行形なども巧みに利用して様々 な方法で未来を表す」(pp. 3-12)とし、従来の文法書にあるような「時制(tense)」
ではなく「時間(time)」を基準とする説明の方向性を提唱している。本稿もこの立 場に立脚して、呼び名も「時制」と「時間」という用語を使って区別する。
11) willと進行形の間における形態的な側面から言うと、未来進行形において「意志」が ゼロに近くなるのは、進行形には意志性が入り込めないか、かなり弱められるという 事情も関係していると考えられている。吉良(2018)によれば、「進行動作(状態)に 意志性が入り込めないのは、「意志」を行使する出来事には変化、すなわち、開始点と 終結点が存在するが、「状態」は、開始と終結をもたない均質的なもの(homogeneous)
である。したがって、変化概念を有する「意志性」と「状態性(進行動作)」とは概 念的に相容れないものである」(p. 161)のように述べ、未来進行形における「無意 志性」の理由を分析している。
12) 丁寧表現としてのこの過去形の用法をQuirk et al. (1985)は、“attitudinal past”(態 度の過去)と呼んでいる。
13) 日本語にも無生物主語構文は存在し、自然な文も少なくはないという指摘もある(角 田, 1991)。英語における無生物主語の存在理由について安藤(2007)は、「無生物 に行為者性(agency)を付与して、英語の愛用文型であるSVO型を貫徹することに ある」(pp. 68-75)と述べている。さらに西光(1999)は、「人間主語対無生物主語 の選択傾向は、日英語の基本的な違いというより、動詞の選択に依存して起こる」(p.
5)という見解を示している。つまり主語の視点から構文を見るというより、主語と 目的語の組み合わせで、英語は他動詞のプロトタイプからの拡張範囲が広く、主語に 人間だけでなく無生物のような原因も許容する言語であり、動詞を中心に構文を見た ほうが実態を把握しやすいといえる。ただし、コンテクストが与えられない場合、英 語を母語とする100人のネイティヴ・スピーカーへのアンケート調査によると、人を 主語に立てたWhy did you come here?(68%)のほうがWhat brought you here?
(32%)よりも普通であり、話し言葉に適していると答えたインフォマーントが多かっ たという報告もあり、これは、人間中心の表現とモノ中心の表現を比べると、前者の
ほうが言語習得においても先に習得され、「人がどうする」という発想の方がより基 本的かつ理解しやすいという理由からだと考えられる(田中, 1990、柏野, 2010)。
14) 池上(1981)は、「英語では、日常的な言葉遣いから擬人法という修辞的な表現法に 至るまでの距離はそう遠くなく、日常的なレベルの言葉で、擬人法的な言い方の成立 する土壌が十分に成立している」(p. 207)と英語における擬人化の慣習化について 指摘している。
15) この両者について意味的には同じだが、ニュアンスが微妙に違うとも述べている。
ピーターセン氏によれば「〈どうしてそう思うのですか?〉という質問の場合、純粋 に理由を尋ねるのであればWhy do you think so? で、「相手がそう思っている」こ とが意外であれば、ネイティヴ・スピーカーはとにかくWhat makes you think so?
と尋ねがちであり、What makes....?構文では、相手がそういう状態になっているこ とに「意外性」を感じているニュアンスが伴うという解釈も与え、無生物主語構文を 使い分ける上での一つの指針を提供してくれている。
16) 一般的にI wish you wouldを含む「I wish + (that) + S + would」の構文には、「丁 寧用法」とは区別して、実現が不可能(impossible)な願望を表すcounterfactual(非 事 実 的 用 法 ) と、 実 現 の 可 能 性 が 疑 わ し い(not impossible) こ と を 表 す hypothetical(仮想的用法)の二つがあると考えられる。そしてこの型の構文は、話 し手の後悔や不満、苛立ち、ゆるやかな命令、また禁止や批判的な要求といった否定 的な意図を表す場合が多い。
(1) a. I wish you would stop smoking.
b. I wish Jack would call me. (Swan, 2016, p. 632)
上記(1a)、(1b) とも、法助動詞wouldを使った後者の仮想的用法で、いずれも実 現しないであろうことに対する話し手の後悔や不満、苛立ちといったものを表してい る。この点についてSwan(2016)は以下のように述べ、意図するところを(2a)、(2b)
の(= )のように説明している。
Would is very common in that-clauses after wish (much more common than it is in if-clauses). Sentences with wish...would express regret or annoyance that something will not happen.
(2) a. I wish you would stop smoking. (= Why won’t you stop smoking?) b. I wish Jack would call me. (= But it looks as if he won’t.) (p. 632) このように、法助動詞 would を使った仮想的用法は、未来の状況において話して側 の否定的な見解を表している。(2a)であれば、タバコは止めないであろうが、(2b)
なら電話はしてこないであろうが、つまりいずれも a. It is unlikely that you will
stop smoking. b. It is unlikely that Jack will call me.と話し手が判断している。
これには将来的に実現する見込みが薄く、相手が「しようとしてくれない」現状に不 満を持ち、「してくれたらいいのに」との苛立ちが込められている。なお丁寧用法の「I wish you would」との違いは文脈によって判断される。
17) (11)(12)のwould、would like toは可能性を表す法助動詞のcouldに置き換える ことができる。そこから誘いや招待を断る(decline an invitation)という場面で、
感謝を表明しながら「残念だ」「したいという気持ちはある」といった意向を聞き手 に伝えるI wish I could.もI wish that節の「丁寧用法」と同種の表現と見なすこと ができるだろう。
18) この点について八木(1999)は、実際の使用データから“類推”という現象が生じ、
以下の例のようにI hopeがI wishと同じ意味でその違いが明確に意識されずに使わ れている実態も指摘している。
Further, I would hope that we could pay attention to little things.
(さらに、われわれが小さなことにも注意を向けることができたらと願う)
Clinton strategists hope that their effort could strengthen the President’s hand on more troublesome elements of his domestic agenda...
(クリントン陣営の戦略家たちは、自分たちの努力によって、国内問題の中のい ろいろなやっかいな課題に対する大統領の影響力をもっと強力にしたいと願って いる)(p. 76)
19) 中英語ではyeが2人称の複数形として用いられていたが、13世紀頃からフランス語 支配の 4 世紀の間に複数の目的格 you が ye と並んで複数主格に用いられ始めた。そ の後 15 世紀には単数主格にも用いられ、2 人称全てに you が拡大されるに至った。
これは本来2人称複数のyeと、アクセントの置かれない弱形のyouが、ともに/jə/と 発音され、両者の混同が起こりやすかったことから単数にも用いられるようになった と考えられている(寺澤, 2016, p. 122)。
20) 細江(1999)は『英文法汎論』の「緒論」中で「世間流布の文法がややもすれば文 法のための文法に堕し、言語の実際を無視し、かくかくの場合にはしかじかの法によ るべしと説き、他は誤りであると断じ去って顧みないようなのは、全然間違った態度 である」(p. 14)と述べている。初版が1971年であるから、およそ50年前の指摘で あるが、今日でも大なり小なり昔と変わらぬ指導に拘泥していないか自問自答させら れる。
21) 切り口を文の情報構造に置き、発話の流れにおける「新情報」「旧情報」の観点から「学 校英文法」を吟味してみると、代名詞、受動態、there構文、現在完了形の完了用法