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マキァヴェッリとルクレティウス ─

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(1)

マキァヴェッリとルクレティウス

─ルネサンス・イタリアにおけるエピクロス主義改変の考察に向けて─

厚 見 恵 一 郎

1

節 「エピクロス主義と政治」という問題

思想史におけるルネサンスはしばしば、古典復興をつうじた世俗化・現世主義・人間中 心主義の推進運動として語られ、政治思想におけるその中心には、人間の飽くなき野心を 前提としながら国家の自己保存や支配権力の維持拡大に至高の価値をみいだしたマキァヴ ェッリが置かれる。しかし、人間の野心や自己保存欲の「自然性」を謳い、そうした欲望 の充足たる快楽を善とする思想や、快楽増大と苦痛回避を政治社会の倫理的基準とする思 想は、何もルネサンスや近代の功利主義に始まったものではない。快苦と幸不幸と利害と 善悪の四つを同一視する思想としてわれわれに馴染み深いのは、古代ギリシアに端を発す るエピクロス主義の系譜であろう。

本稿は、ルネサンス・イタリアにおけるエピクロス主義の復興の文脈1)においてマキァ 第1節 「エピクロス主義と政治」という問題

第2節 マキァヴェッリへのルクレティウスの影響

第3節 マキァヴェッリ政治思想における原子論とヴィルトゥ

テクストにかんする注記

エピクロス、ルクレティウス、マキァヴェッリの著作への言及に際しては、以下の略号や文献を用い、

巻・章・節・行番号や邦訳書頁数を記した。訳文は基本的に邦訳書を引照させていただいたが、文脈の 都合上、表記の変更や私訳を施した箇所も多い。

○DL: Diogenes Laertius, Lives of Eminent Philosophers, 2vols, translated by R. D. Hicks, Harvard University Press, 1925. 加来彰俊訳『ギリシア哲学者列伝』(上)(中)(下)、岩波書店、1984, 1989, 1994年。

E: Epicurus: The Extant Remains with short critical apparatus, translated and noted by Cyril Bailey,

Clarendon Press, 1926. 出隆・岩崎允胤訳『エピクロス─教説と手紙』、岩波書店、1959年。

○DRN: Lucretius: De rerumnatura, translated by W.H.D. Rouse, Harvard University, 1924. Lucretius: De rerumnatura, libri sex, 3vols, edited with Prolegomena, Critical Apparatus, Translation, and Commentary by Cyril Bailey, Clarendon Press, 1947. 樋口勝彦訳『物の本質について』、岩波書店、1961年。

○D: Machiavelli: Discorsisopra la prima deca di Tito Livio, in Machiavelli: Tutte le Opere, a cura di Mario

Martelli, Sansoni, 1971. 永井三明訳『ディスコルシ─「ローマ史」論』、筑摩書房、2011年。

○P: Machiavelli: Il Principe, in Machiavelli: Tutte le Opere, a cura di Mario Martelli, Sansoni, 1971. 河島英 昭訳『君主論』、岩波書店、1998年。

○『マキァヴェッリ全集』、筑摩書房、全7巻、1998-2002年。

(2)

ヴェッリへの古代ローマのエピクロス主義哲学者ルクレティウスの影響を考察し、その延 長上にエピクロス主義の近代的改変とその政治思想史的意義を明らかにしようとする研究 の、下準備ともいうべきものである。さしあたって本稿では、マキァヴェッリとルクレテ ィウスの関係をめぐる先行研究の一部を紹介・整理することが中心となるであろう。

哲学史上におけるエピクロス主義は、一般に、パルメニデス、レウキッポス、デモクリ トス、エピクロス、ルクレティウスといった古典古代の哲学者たちの名と結びつけて語ら れる。それは、世界は空間および同質的な原子の絶え間ない運動から成るとする原子論的 形而上学にもとづいて霊魂不滅説を否定し、「死と死後の裁きへの恐怖」を克服して「心 の平静(アタラクシア)」という「救済」を得ることを目指す哲学思想として理解される。

エピクロス『主要教説』によれば2)、神がみは至福・不死・至高・完全であるがゆえに人 間には無関心であり、死後の魂を裁く恐怖の対象ではなく、また逆に摂理を働かせて救い をもたらす存在でもない。宇宙ないし世界は微小かつ同質的な原子の結合と離散の運動に よって構成される事物以外の何ものでもなく、死は魂が肉体とともに原子へと解体される ことであるから、死を恐怖するのは愚かしい。真の快楽とは、欲望の充足をこえて、いっ さいの恐怖が除去されて身体の健康が維持されている際に覚える心の平静のうちにある。

こうした意味での快楽=幸福こそが哲学という知的営為の究極目的である。神がみと物質 世界との断絶を旨とする神学、原子論的で唯物論的な形而上学、そして快楽主義的倫理 学。これら三者の結合がエピクロス主義の特徴である。

したがって、「隠れて生きよ3)」をモットーとするエピクロス(主義者たち)にとって、

自然にかなった最も幸福な生活とは、個人的で自己充足的な自己の快楽の追求に専念する 私的な生活であり、「賢者は何らかの事情が介在しないかぎり公共の事柄には参加しない であろう」と考えられた。この場合の「何らかの事情」とは、都市の秩序と正義が乱され て私的隠棲生活が危機にさらされるような事態であり、そうした危急にあって都市の防衛

1) ルネサンス・フィレンツェにおけるルクレティウスの「発見」と流布については、すでにかなり の先行研究の蓄積がある。近年の代表的な研究のいくつかを挙げる。Alison Brown, The Return of Lucretius to Renaissance Florence, Harvard University Press, 2010; Ada Palmer, Reading Lucretius in the Renaissance, Harvard University Press, 2014.このうちブラウンの『ルネサンス・フィレンツェへのル クレティウスの帰還』は、フィレンツェにおけるエピクロス主義の影響と再興を、ダンテ、ボッカ チォ、ブルーニ、コスマ・ライモンディ、アントニオ・ベッカデリ、ロレンツォ・ヴァッラ、ポッ ジォ・ブラッチョリーニ、レオン・バッティスタ・アルベルティ、フィチーノ、バルトロメオ・ス カラ、マルチェロ・アドリアーニ、マキァヴェッリと辿りつつ、迷信的宗教と死後についてのルク レティウスの攻撃、ダーウィンに先立つルクレティウスの進化論、そしてルクレティウスの原子 論・自由意志論・世界の偶然的発生論を扱う。また、マキァヴェッリとエピクロス主義(ルクレテ ィ ウ ス ) の 関 係 を 扱 っ た 研 究 と し て、Robert J. Roecklein, Machiavelli and Epicureanism: An Investigation into the Origins of Early Modern Political Thought, Lexington Books, 2012; Paul A. Rahe, Against Throne and Altar: Machiavelli and Political Theory Under the English Republic, Cambridge University Press, 2009がある。

2) DL, 10. 139. 邦訳、312頁。

3) E, 138-139. 邦訳、125頁。

(3)

を果たす市民の義務の発動が要請される事態であると解釈された4)

エピクロス主義の「没4政治的性格」の限定的政治性─私的隠棲生活を守るために最低 限必要な範囲で市民としての義務を果たす─を主張するこうした解釈に対して、エピク ロス主義の徹底した「反4政治的性格」がもたらすラディカルな政治性を解明したのがレ オ・シュトラウスである5)。シュトラウスは、エピクロス自身が最高の快楽とする知の快 楽が、他者の存在や賞賛を必要とする性欲・支配欲・名誉欲とは異なって、他者に依存し ない私的な自己充足である点で食欲の快楽と共通点を持ちつつも6)、知の欲望が節度を欠 くときには、むしろ放埓な性欲と同様に社会の秩序と調和を損なうおそれがあり、法や慣 習による制裁をみずから招いてしまうことに注目した。「哲学者の幸福、唯一真正の幸福 は、社会の幸福とは全く異なる時期に属している」ため、「哲学あるいは自然に合致した 生の要件と、社会であるかぎりでの社会の要件との間には不一致がある7)」。そしてシュ トラウスによればその不一致とは、「世界の壁」をめぐる想念にかかわるものである。有 限の世界あるいは閉じられた地平の内部に生活していた初期社会の成員たちは、「世界の 壁」が彼らに提供する防壁を信じていたがゆえに、あるいは人間に配慮する神がみの善性 を信じていたがゆえに、他人の善のためにすすんで献身的となっていた。しかし死後の裁 きをいう宗教がもたらすところの恐怖心を嫌悪するエピクロス主義の哲学者たちは、「世 界の壁」に穴をあけるという救済策─われわれはあらゆる点で壁のない都市に、すなわ ち原子と空虚な空間のみによって構成される無限宇宙に住んでいるのだという哲学的事実 を受け入れるという救済策─に、哲学的な意味での「唯一真正の幸福」をみいだそうと した。壁に囲まれた「われわれの世界」への帰属から自由になることを求める哲学者たち のこうした教えは、一般の人びとの反発を買う。それゆえ哲学者は、市民社会の周縁で隠 遁的生を送ることで満足する。しかし事態はそれで終わらない。哲学者は隠れて生きよう とするが、社会のほうでは哲学者を放っておいてはくれない。社会の常識や秩序などお構 いなしに知的真理の探究に節度なく没頭する哲学者は、最初は社会から冷笑されるだけに とどまっていたとしても、やがては法や慣習を疑い都市の秩序を揺るがす危険人物として 糾弾され、人びと(とくに社会にとって前途有望な若者)に有害な教えを説き社会の治安 4) エピクロス(主義)と政治の関係をこのように解釈した哲学者の例として、セネカ(『閑暇につい て』[『余暇について』]3. 2-3、茂手木元蔵訳『セネカ道徳論集』東海大学出版会、1989年、343頁)

やガッサンディ(Pierre Gassendi, Opera Omnia, Bd. 2, Friedrich FrommanVerlag, 1964, p. 706A)がい る。この情報は、中金聡「快楽主義と政治─シュトラウスのエピクロス主義解釈について─」、西 永亮編著『シュトラウス政治哲学に向かって』、国立大学法人小樽商科大学出版会、2015年、101頁 によっている。

5) Leo Strauss, Natural Right and History, The University of Chicago Press, 1953, 1971, pp. 109-113. 塚 崎智・石崎嘉彦訳『自然権と歴史』、筑摩書房、2013年、155-160頁をみよ。本稿第1節の整理と表 現は、このシュトラウスの書、およびシュトラウスのエピクロス主義解釈についてのすぐれた研究 である中金聡「快楽主義と政治」、91-126頁によっている。

6) DL, 10. 126, 130-131. 邦訳、301-302、305-306頁。

7) Strauss, Natural Right and History, p. 112. 邦訳、159頁。

(4)

を乱す者として処刑されるおそれがあるのである。これを避けるために哲学者は、知的自 己充足に耽る「エピクロスの園」を出て政治へと向かわねばならない。ただその場合で も、シュトラウスのみるところ、それは、最善の体制を樹立しようとして、あるいは現実 の秩序を改善しようとして、もしくは哲学を一般市民に普及させようとして、哲学者が企 てる政治的行動とは、目的が異なる。むしろシュトラウスにとって、哲学者が政治に携わ る「哲学的政治」は、「哲学者が(一般市民のためにではなく)哲学者のためにする行動」

である。

「哲学者は無神論者ではないということ、哲学者は都市にとって聖なるものをすべて汚すわ けではないこと、都市が崇敬するものを崇敬するということ、破壊分子ではないということ、

要するに、哲学者は無責任な冒険主義者ではなくよき市民であるということ、そればかりか最 良の市民でさえあるということ、これらを都市に納得させることに哲学的政治の本質がある。

これこそが古今東西、体制の如何にかかわらず必要とされた哲学の擁護論である8)。」

哲学者が真に自己充足的な哲学の快楽を得ようとするならば、逆説的にも、哲学の知恵 だけでなく、政治への配慮としての思慮をも身につける必要があることを、エピクロスは ほのめかしていた9)。哲学者は知に最大の快楽をみいだすからこそ、大多数の非哲学者た ち=常識的な一般市民たちに配慮した思慮あるふるまいをして、政治(都市)と哲学の双 方を互いによる浸食から保護しなければならない。この世界とその中のあらゆる存在、生 けるものすべてが、虚空の中を落下する原子同士の偶然的な衝突から生じ、いずれは原子 へと解体して虚空のうちに消滅していくという形而上学、そして神がみはそのような虚無 と死にさらされた世界や人間に一切関心を持たないという神学。これらの「真理」は一般 市民には受け入れ難い。これらを「真理」として探究する哲学者の「真理」は、いわば壁 のない無限の宇宙、底知れぬ深淵の暗闇に放り出されているという新たな恐怖を人間に与 える。それでもこうした「真理」に向き合うことに「快楽」をみいだす哲学者は、こうし た「真理」が政治の求める安定と相容れないことを知っているがゆえに、あえて大多数の 人間には法=人為的約束事という壁の中にとどまることを認め、みずからは「真理」を吹 聴せずに社会に背を向けて自然のうちに隠棲するというのである。それゆえ哲学(哲学 者)と政治(都市市民)の双方にとって、壁=法=正義とはある種の人為的強制であるこ

8) Leo Strauss, On Tyranny, revised and expanded edition, The Free Press, 1991, pp. 205-206.石崎嘉 彦・飯島昇藏・金田耕一他訳『僭主政治について』(下)、現代思潮新社、2007年、454-455頁。

9) 「それゆえ、快楽が目的であるとわれわれが言う場合、その快楽とは、……身体に苦痛がないこと と、魂に動揺がないこととにほかならないのである。……すべての選択と忌避の原因を探し出した り、また、極度の動揺が魂をとらえることになるゆえんのさまざまな思惑を追い払ったりするとこ ろの、醒めた分別こそが、快適な生活をもたらすのである。ところで、そういったことすべての出 発点であり、また最大の善であるのは、思慮(プロネーシス)である。それゆえにまた、思慮は哲 学よりもいっそう尊いものである(DL, 10. 131-132. 邦訳、306-307頁)。」

(5)

とになる。「正義および正義とかかわりのある結合体─都市─の存立はこの強制にかか っている。しかも強制は不快なものである10)。」シュトラウスは、エピクロス主義のこう した哲学的・政治的立場を、正義を自然的なものではなく人為的約束事とみる「コンヴェ ンショナリズム」のうちでもとくに哲学的なそれとして、「哲学的コンヴェンショナリズ ム」と名付けた11)。そこにあるのは、正義と自然本性的に善きものとのあいだには緊張関 係があるとの認識であり、安定した法や慣習という壁に守られている政治の領域と、原子 論の追求によって無限の宇宙を「発見」した哲学の領域とのあいだには、きわめて深い溝 があるとの認識である。

しかし本稿末尾で確認するように、エピクロス主義者ルクレティウスの筆写に一時期没 頭したマキァヴェッリは、エピクロスの原子論を人間の自由意志の根拠として引照し、そ れを政治的教えのために利用することで、政治と哲学の間に存在していた古典的深淵を乗 り越え、エピクロス主義の近代的改変の先鞭をつけていくことになる。

2

節 マキァヴェッリへのルクレティウスの影響

長年知られていなかったルクレティウスの著作『事物の本性について』(De rerum natura)の写本が、1417年にイタリアの人文主義者ポッジォ・ブラッチョリーニによっ て発見されて以降、ルネサンス思想に大きな影響を与えた経緯については、こんにち広く 知られている12)。もちろん、『事物の本性について』の内容が無神論に帰結しうる原子論 的形而上学を含むことから、ルクレティウスの名を公然と弁護することは

15

世紀イタリ

10) Strauss, Natural Right and History, p. 111. 邦訳、158頁。

11) マキァヴェッリとルクレティウスないしエピクロスは、政治参加について積極的か消極的かの相 違はあれど、正義や法を、不都合を避けるための人為的かつ便宜的な約束事とみなす点では共通す る。エピクロス『主要教説』31によれば、「自然の正は、互いに加害したり加害されたりしないよう にとの相互利益のための約定である(E, 150. 邦訳、83頁)」。ルクレティウス『事物の本性について』

第5巻第925-1192行における政治社会の誕生前後についての記述を参照せよ。そこには自然におい て孤独で自己利益のみを追求していた人間が、苦痛、柔弱さ、闘争からくる疲労のゆえに法や制度 を制定するに至った経緯が記されている。DRN, 5. 925-1192. 邦訳、247-256頁。マキァヴェッリ『デ ィスコルシ』第1巻第2章も、ルクレティウスのこうした記述を踏襲して、都市の創設が法と正義の 創設を意味することを当然の前提としている。「さまざまな形態の政体が人間社会の中に発生してい くのは、偶然のなせるわざである。世界の始まった時には、その住民の数は少なく、獣と同じよう にばらばらに分散して住んでいた。その後人口が増大するにつれ、彼らは集落をつくるようになっ た。そして防衛をいっそう完璧なものに近づけるために、彼らは、自分たちの仲間の間で、腕力が 人並みすぐれ、気性もしっかりした人物を選んで自分たちの頭目として服従するようになった。……

そして自分たちがまざまざと見せつけられた忘恩の悪行が今度は自分の頭上にふりかかってくるか もしれないと考えて、同じような被害を受けぬように、法律をつくり、その法を犯す者には刑罰を つくって臨むことになる。ここから、正義についての認識が生まれてくる(D, 1. 2, pp. 79-80.邦訳、

33頁)。」

12) Brown, The Return of Lucretius; Palmer, Reading Lucretius; Stephen Greenblatt, The Swerve: How the World Became Modern, W.W. Norton and Company, 2011. 河野純治訳『一四一七年、その一冊がすべ てを変えた』、柏書房、2012年。

(6)

アにおいて大いなる危険を伴った。

スティーブン・グリーンブラットは、ルクレティウスの問題ある主張を以下の趣旨を持 ちうる諸点にリスト化している。(1)万物は目に見えない粒子でできている。万物は目に 見えない微小な粒子の離合集散によって生成し消滅する。不変・不可分・不可視で無数に 存在するこれらの粒子はたえず運動しており、互いに衝突し結合して新しいかたちにな り、分離しては結合して存続する。(2)物質の基本となる粒子は永遠である。粒子は破壊 不可能で不滅であるが、これらの粒子の離合集散によってつくりだされる物質は生成消滅 を繰り返す。しかし物質の総量はつねに同じであり、生成消滅による均衡はつねに復元さ れる。(3)物質の基本となる粒子はその数においては無限であるが、形や大きさには制限 があるため、粒子の組み合わせは規則的である。(4)すべての粒子は無限の真空の中で動 いている。真空の空間には限界がない。宇宙には、粒子と、粒子の結合によってできてい る物質と、真空の

3つしかない。(5)宇宙には創造者も設計者もいない(1. 1024

-

1028)。

(6)すべての物質は粒子の曲折(ずれdeclinatio、傾き

inclinatio、曲折 clinamen)の結果

として偶然に生じる(2. 218-

220, 244)。粒子は機械的必然に従って一直線に動くのではな

く、「まったく予測できない時間と場所で、直線の進路からわずかにそれる。それは、か すかな動きの変化にすぎない、といえる程度である(2. 218-

220)。」(7)曲折は自由意志

の源である。(8)自然はたえず実験をくりかえしている。自然は目的に従ったデザインの 結果ではなく、複雑な試行錯誤のプロセスを経た進化過程のうちにある。「視力は目が生 まれる前には存在せず、話す能力は舌ができる前には存在しなかった(4. 836-837)。」器 官の有用性がその器官をもつ生物の生存を可能にした。(9)宇宙は人間のために、あるい は人間中心につくられたのではない。世界は過酷であり、人類も環境変化の過程で生まれ て滅びていく種にすぎない。(10)人間は唯一無二の特別な存在ではなく、より大きな物 質的過程の一部である。(11)人間社会は平和で豊かな黄金時代に始まったのではなく、

生き残りをかけた悲惨な戦いのうちに、人為的に設立された。(12)霊魂は滅びる。霊魂 は微小な粒子によってなる肉体の一部であるので、肉体とともに解体する。(13)死後の 世界は存在しない。(14)われわれにとって死は何ものでもない。(15)組織化された宗教 はすべて迷信的な妄想である。(16)宗教はつねに残酷である。(17)天使も悪魔も幽霊も 存在しない。(18)人生の最高の目標は喜びを高め苦しみを減ずることである。自分と自 分の仲間の快楽を増やし苦痛を減らすことが人生の最高の価値であって、神々や国家のた めに仕える人生は誤りである。(19)喜びにとって最大の障害は苦しみではなく妄想であ る。(20)物の本質を理解することは深い驚きを生み出す。(Stephen Greenblatt, The Swerve: How the World Became Modern, W.W. Norton and Company, 2011, pp. 185-202. 河野 純治訳『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』、柏書房、2012年、231-

252頁。)

マキァヴェッリに先立つ人文主義者たちがルクレティウスをその名を挙げて引用するこ

(7)

とに慎重であったように、マキァヴェッリもまた、1513年の第5ラテラン公会議で異端と されたアヴェロエス哲学およびエピクロス哲学に連なるルクレティウスの名に著述中言及 することはなかった13)。マキァヴェッリ自身がルクレティウスの『事物の本性について』

全文を筆写し、余白に注釈を書き込んだという事実14)がなければ、マキァヴェッリへのル クレティウスの影響を証明するのは困難だったかもしれない。

マキァヴェッリがルクレティウスを筆写した時期は、1498年に書記局に入局する以前 の、比較的早い時期と推定されている。アリソン・ブラウンは、1494年から

1503年まで

フィレンツェ大学の教授であったアドリアーニ(Marcello di VirgilioAdriani)の学生か秘 書としてマキァヴェッリがルクレティウスを筆記した可能性を指摘している15)。1497年 のアドリアーニの講義は「何物にも驚かずNil admirari」と題され、事物の諸原因の解明 を通じて恐怖や驚きを根絶することを目的としたルクレティウスの影響を強く受けたもの であった16)。マキァヴェッリがこの講義に親しんでいた可能性は十分にある。アドリアー

ニは

1498年にフィレンツェ書記官となっていたが、マキァヴェッリはこの講義の 9

か月後

1498年 6月に書記局でアドリアーニに出仕することとなった。書記局におけるアドリア

13) マキァヴェッリがエピクロスの教説を伝えたディオゲネス・ラエルティオス『著名な哲学者たち の生涯』を読んでいた可能性について、Rahe, Against Throne and the Altar, pp. 34-35を参照せよ。レ イによれば、ディオゲネス・ラエルティオスの写本がコンスタンチノープルからフィレンツェに到 着したのは1416年であったが、1470年にトラヴェルサーリ(AmbrogioTraversari)によるラテン語 訳が出版されて以降、この書は何度も再刷された。マキァヴェッリが『戦争の技術』で本書第6巻 からの逸話を借用していること、『ルッカのカストルッチォ・カストラカーニの生涯』で本書のアリ スティッポス、ビオン、アリストテレス、キュニコス派のディオゲネスの伝記を借用していること からも、マキァヴェッリが本書を読んでいたことが確実視される。Machiavelli, Dell’artedella guerra, 1, in Machiavelli: Tutte le Opere, p. 304.『マキァヴェッリ全集』第1巻、96頁を、DL, 6. 2. 23. 邦訳

( 中 )、129-130頁 と 比 較 せ よ。 ま たMachiavelli, La vita di CastruccioCastracani da Lucca, in Machiavelli: Tutte le Opere, pp. 626-628.『マキァヴェッリ全集』第1巻、288-292頁を、DL, 2. 8. 66- 79, 4. 7. 49-51, 5. 1. 20, 6. 2. 29-32, 39-40, 44, 54, 57, 68.邦訳(上)、172-182、376-377頁、邦訳(中)、

28、134-136、142、146、154、157、166頁と比較せよ。シュトラウスは『ルッカのカストルッチ ォ・カストラカーニの生涯』におけるこの借用の事実を指摘している。Leo Strauss, Thoughts on Machiavelli, The Free Press, 1958, pp. 223-225.飯島昇藏・厚見恵一郎・村田玲訳『哲学者マキァヴェ ッリについて』、勁草書房、2011年、254-257頁。シュトラウスは、マキァヴェッリがディオゲネ ス・ラエルティオスに施した改変─たとえば、ディオゲネス・ラエルティオスが「ソクラテスのよ うに死にたい」とした箇所をマキァヴェッリが「カエサルのように死にたい」と変えたことなど─

に注目している。エピクロスへのこうした傾倒にもかかわらずマキァヴェッリがエピクロスよりも ルクレティウスを重視したように思われる理由として、レイは、ルクレティウスがエピクロス同様 にフィレンツェで流布していたことと、『事物の本性について』がエピクロスの教説のより包括的で 信頼に値する記述とみなされていたことをあげている。Rahe, Against Throne and the Altar, p. 35.

14) この写本がバチカン図書館で「発見」(BibliotecaApostolicaVaticana, Manuscript Ross. Lat. 884)さ れ、ベルテッリとガエタによって筆写者がマキァヴェッリであると確定されたのは、20世紀半ば過 ぎである。Sergio Bertelli and Francesco Gaeta, “NoterelleMachiavelliane: Un codice di Lucrezio e di Terenzio”, Rivista storica italiana, 73-3, 1961, pp. 544-557.マキァヴェッリが筆写した元写本などをめ ぐる議論について、Brown, The Returm of Lucretius, Appendixをみよ。

15) Alison Brown, “Philosophy and religion in Machiavelli”, Cambridge Companion to Machiavelli, Cambridge University Press, 2010, p. 160.

16) Brown, “Philosophy and religion in Machiavelli”, p. 169 n. 9; Brown, The Return of Lucretius, pp. 50- 56.アドリアーニのこの講義録の写本はフィレンツェのリッカルディアーナ図書館(Biblioteca Riccardiana, MS 811, fols. 18r-26r)に所蔵されている。

(8)

ーニの先任者のバルトロメオ・スカラ(マキァヴェッリの父の友人)は、創造された事物 の起原さえをも「微細な原子の偶発的な衝突のようなもの

fortuitae cuidam concursioni indivisibilium minutorum」に帰した哲学者の一人として「驚くべき詩人ルクレティウス Lucretius poeta admirandus」の名を挙げていた

17)

『事物の本性について』の内容とマキァヴェッリの著述内容や言い回しとの類似点を挙 げることはそれほど難しいことではない。レイの研究を参照しつつ18)両者の類似点をいく つか挙げてみよう。第

1

に、人間の肉体的諸能力が他の動物のそれに劣っていることをも って、神による人間への特別な配慮と摂理を、あるいは自然に内在する目的論的構造を否 定する点がある19)。第2に、宇宙が永遠であることを示唆する点20)。第3に、視覚・聴 覚・味覚・嗅覚にまさって触覚に認識上の優位を与える点21)。第4に、単純物体(原子)

は不滅であるが原子の結合からなる複合物体は生成消滅すると考える点22)。第

5に、人間

的事象が不断の運動のうちにあり、そのことが大多数の人びとにとって心を落ち着かなく させる原因であると考える点である23)

以下にルクレティウス『事物の本性について』の数か所と、そこから示唆を受けたと思 われるマキァヴェッリ『ディスコルシ』の箇所を引用しよう。

「このような精神の恐怖と暗黒とは、太陽の光明や、昼の光線では一掃できないことは必定 であり、自然の姿こそ、また自然の法則こそ、これを取り除いてくれるに違いない。自然の第 一の原理は、次の点であることからわれわれは始めることにしよう。すなわち、何ものも神的 な力によって無から生じることは絶対にない、という点である。死すべき人間は、地上に、ま た天空に、幾多の現象の生ずるのを見て、その原因が、いかなる方法をもってしても伺い知る ことができず、これひとえに神意によって生ずるのだと考えてしまうがゆえに、実はかくのご とく、誰もが皆恐怖にとらわれてしまうのである。したがって、無からは何も生じない、とい うことをひとたび知るに至れば、われわれの追究する問題、すなわち物はそれぞれいかなる元

17) Brown, “Philosophy and religion in Machiavelli”, pp. 160-161, 170 n. 11. Bartolomeo Scala, Apologia contra virtuperatores civitatis Florentiae, Defense against the Detractors of Florence, in Bartolomeo Scala:Essays and Dialogues, translated by Renée Neu Watkins, Harvard University Press, 2008, pp. 236- 18) Rahe, Against Throne and the Altar, pp. 35-38.237.

19) Machiavelli, L’Asino, 8, in Machiavelli: Tutte le Opere, pp. 975-976.『マキァヴェッリ全集』第4巻、

199-200頁を、DRN 5. 195-234.邦訳、219-220頁と比較せよ。

20) D, 2. 5, p. 154. 邦訳、304-307頁を、DRN, 2. 991-1022, 1048-1147. 邦訳、105-106、107-111頁と比

21) P, 18, p. 284.較せよ。 邦訳、135頁(「目で見ることは誰にでもできるが、手で触れることは少数の者たち

にしか許されない。あなたの外見を誰もが目で知ってはいても、あなたの実体に手を触れられるの は少数の者たちだけである。」)を、DRN, 1. 265-304, 2. 398-477. 邦訳、22-24、79-82頁と比較せよ。

22) D, 3. 1. p. 195.邦訳、457頁(「この世のすべてのものに寿命があることは、疑いようのない真理で

ある。しかし、すべて天によってたどるべき循環の道が完全に定められており、その道を踏み外す ことは許されていない。そして、一定の法則のもとにその存在に変化がないように保たれており

……」)を、DRN, 1. 215-264. 邦訳、20-22頁と比較せよ。

23) D, 2. Proemio, pp. 144-145. 邦訳269-270、272頁を、DRN, 2. 62-141. 邦訳、64-68頁と比較せよ。

(9)

から造られ得るのかということも、またあらゆる物は神がみの働きによることなしに、いかに して生ずるかという点も、いっそう正しく認識するに至るであろう。……何ものも無からは生 じ得ず、ということは認めなければならない。物には、それを元として、それぞれのものが生 み出され、空中のやわらかい空気の中へ出現しうべきその種子semenがなければならない。

のみならず、自然はあらゆるものを分解しておのおのの原子rerum primordiaに帰せしめるの であって、物を無に帰せしめるのではない(DRN, 1. 146-158, 210-216. 邦訳、17、20頁)。」

「自然は宇宙を維持するのに、宇宙に宇宙自身の限界を設け得ないようにしている。すなわ ち、自然は原子を空虚によって限らしめ、しかして一方空虚を原子によって限らしめ、かくの ごとく交互の錯列によって、宇宙を無限ならしめているからである(DRN, 1. 1008-1011. 邦 訳、55頁)。」

「原子は相互に密着しあって凝塊をなしているのではないことはたしかである。なぜならば、

物はすべて減少していくのだということはわれわれの見るところであり、万物は時の永い経過 によっていわば溶けていく……ということはわれわれの認めるところだからである。しかしそ れにもかかわらず、総和は依然として損耗しないと考えられるが、それはこういう理由にもと づく。すなわち、原子が物から離れていくときには、必ずその離れられる物は縮減し、原子が 来て加わる物は増大する。つまり原子は前者を老衰せしめ、後者をその反対に繁栄せしめるの であって、そこにいつまでもとどまっているわけではないからである。このようにして、物の 総和は常に更新され、死すべき生物は、それぞれ相互に変わりあっていく。……物の原子が静 止していることが可能であるとか、また静止することによっても物に新しい運動を起こさせる ことが可能だとかと、もし君が考えるとすれば、真の理性からは、およそ遠く迷い出ている者 だ。……原子が空間の中を運動するのは、自身の重量のために運動するのか、ないしは他の原 子から偶然加えられる打撃によるのか、そのいずれかによるに違いないからである。……素材 なる原子はすべて跳ね飛ばされているのだということをいっそうよく理解してもらうには、宇 宙に底がないということ、したがって、原子には休止する場所がない、ということを想起して ほしい。……空間には終局もなく、限界もなく、あらゆる方面からあらゆる方向へ無限に拡が っているからである。この点が明らかである以上、次のことは疑問の余地がない。すなわち、

深い空間の中にあって原子には静止がまったく許されていないこと……には疑問の余地がない

(DRN, 2. 67-76, 80-96. 邦訳、65-66頁)。」

「人の世の事柄は流転してやまないもので、上昇線をたどるものの、しだいに落ち目になっ ていくからである。……いったいに、世の中というものは、いつの時代になってもそうそう変 わるものではなく、良い点も悪い点もさしたる変動はありえないものだといってよい。……好 ましい状態と悪しき状態とが地方ごとに移ろい行くが、世界は元のままである(D, 2.

Proemio, p. 145. 邦訳、269-270頁)。」

最後に引用したマキァヴェッリ『ディスコルシ』の言明は、当時イタリアに輸入されラ テン語訳されて間もないポリビオス『歴史』第

6

巻をマキァヴェッリが読み、その影響を

(10)

受けて循環史観を表明したものとして解釈されることが多いが、そこにはルクレティウス の原子論的世界像の影響も十分に認められるといえよう。

ルクレティウスの原子論のマキァヴェッリへの影響がさらに一段階深い層において考察 されうるのは、マキァヴェッリが

accidente

(偶然の出来事=偶然事)の語を多用している 事実に着目するときである24)。『ディスコルシ』を考察すると、マキァヴェッリが

accidente

の語をきわめて注意深く、しかし頻繁に用いていることが明らかになる。

accidente

は興味をひく挿話にとどまるような例外的な出来事ではない。むしろそれは人

間の自由に余地を与え、歴史の流れを左右する重大事である。マキァヴェッリは歴史の研 究それ自体を、さまざまな

accidenteの研究とみなしている。「歴史を読む膨大な数の人び

とは、歴史に含まれる多様な偶然事

accidente

を聞くことに快楽をみいだしつつも、それ らを模倣することを考えない25)。」『ディスコルシ』の各章のタイトルにも、accidenteの 語は頻出する。「ローマ共和国をより完全にした平民の護民官制度がローマで創設される ようにしたのはいかなる偶然事であるか(1. 3)」「君主のもとで生きるのに慣れている人 民は、何らかの偶然事によって自由になるとその自由を維持するのに困難をともなう

(1.16)」「ローマにおける十人会の創設とその注意すべき点:他の多くの事物のなかで、

ひとがこうしたある偶然事をつうじて共和国を救いあるいは滅ぼすことができるのはいか にしてであるか、が考慮される場所(1. 40)」「ある都市もしくはある地方で大きな偶然事 が起こる前には、それらを予報するもろもろの兆候や、それらを予言する男たちがあらわ れる(1. 56)」

これらのタイトルにおいては、偶然事が解放ないし自由と結びつけられている。次節で みるように、エピクロス主義において原子の運動と偶然的打撃が世界と人間を形成してい るとすれば、人間をとりまく状況の推移の偶然性や必然性も、またそうした状況を受け止 め克服する人間の自由も、ともに原子の打撃という偶然事

accidenteに由来することにな

る。ルクレティウスは以下のように述べている。

「現実には、原子相互間の結合は多様であるが、その永久的な素材は恒常的であるがゆえに、

それぞれの結合状態に影響を及ぼすに十分な力にそれらが出あうまでは、物体は損なわれずに いるのである。したがっていかなる物体も無に帰することはなく、ただ万物は分解によって原 子に戻るに過ぎない(DRN, 1. 244-249. 邦訳、21頁)。」

「すなわち、いかなる物体も、名称を持っているものは、すべてこれら二つのもの[=原子

24) マキァヴェッリの政治的著作に散りばめられている「(歴史上の)出来事=偶然事」accidenteの語

の自然哲学的含意に注目した研究として、Strauss, Thoughts on Machiavelli, pp. 213-223. 邦訳、241- 254頁およびRoecklein, Machiavelli and Epicureanism, pp. 8-10がある。本稿ではこれらを参照した。

25) D, 1. Proemio, p. 76.邦訳、23頁。

(11)

と空間]の特性coniunctaに属するものであり、そうでないものは、この二者から生ずる出来 事(属性)eventaである、ということが君にも分かるであろう。特性とは、死滅的な破壊をも ってしないかぎり、引き離すことも分離させることも全く不可能なもので、例えば、石の場合 における重量、火の場合における熱、水の場合における流動性、あらゆる物体の場合における 接触、空間の場合における不接触のようなものである。これに反して、奴隷たる身分、貧困、

富裕、自由、戦争、和合、その他、生じて来ても過ぎ去っても、本性になんら影響を与えない ものを、われわれは正しくも出来事(属性)と呼ぶのである(DRN, 1. 449-458. 邦訳、31頁)。」

『事物の本性について』によれば、歴史上のあらゆる出来事は、原子の必然的本性(特 性)にかかわるものではなく、原子のぶつかり合いという偶然事(偶有性)にかかわるも のである。それゆえ、自然の事物の本性においては必然が支配していようとも、事物の結 合からなる人間の事象においては、偶然と自由の余地が残されることになる。マキァヴェ ッリにおける

accidente

(偶然事、偶有性、出来事)の用法は、こうしたルクレティウスの 原子論の反映であるとみることができるのではなかろうか。次節ではマキァヴェッリ政治 思想への原子論の影響をみてみたい。

3

節 マキァヴェッリ政治思想における原子論とヴィルトゥ

マキァヴェッリは1506年9月のジョヴァンバッチスタ・ソデリーニ(ピエロ・ソデリー ニの甥)宛て書簡の中で、変転する時流に適応できるだけの能力を持ち、「星ぼしやもろ もろの運命に命令」できるような「賢者(たち)savio」は存在しないと述べる26)。成功し た支配者たちはその性質がたまたま時流に合致していたに過ぎない。「フォルトゥナにつ いて」と題された詩においてマキァヴェッリは同様の悲観的見通しを示している。回転す る運命の車輪の頂上から頂上へと飛び移り続けることさえできればわれわれは幸福である が、「このことはわれわれを支配するオカルトの力によって拒否されている」ため、われ われはわれわれが生まれついた性向を変えることができず、運命の前では無力である27)

『君主論』第

25章や『ディスコルシ』でも繰り返し表明されるこの見通しは、自由意志を

擁護しようとするマキァヴェッリの試みに影を投げかけているのであろうか。

宇宙論的ないし自然的決定論と自由意志との相克に際し、マキァヴェッリはしかし自由 意志の可能性をあくまでも認めようとする。賢者は星ぼしや宇宙の運行を変えることはで きないが、みずからの行動を変えることはできる。決定論と自由意志論との間で、たんに

26) Machiavelli, Lettere a Giovan Battista Soderini, Perugia, 13-21 sttembre 1506, in Machiavelli: Tutte le Opere, p. 1083. Machiavelli and His Friends: Their Personal Correspondence, translated and edited by James B. Atkinson and David Sices, Northern Illinois University Press, 1996, p. 135.

27) Machiavelli, Di Fortuna, lines 115-120, in Machiavelli: Tutte le Opere, p. 978. 『マキァヴェッリ全集』

第4巻、208頁。

(12)

どちらかに軍配を上げるとかどちらかに比重を置くとかいったことではなしに、両者の整 合的説明を通して自由意志を確保しようとするマキァヴェッリの意図は、ルクレティウス

『事物の本性について』をみずから書き写したマキァヴェッリが、第

2巻の余白に書き込

んだコメントからもうかがわれる。結論をやや先取りするならば、マキァヴェッリは、原 子論の及ばない範囲に人間の自由を求めるのではなく、原子論に埋め尽くされた世界で、

その原子の運動の曲折のうちに、人間の自由意志の起動力を、そしてフォルトゥナに対抗 する人間精神の柔軟性を、みようとするのである。

以下に、ルクレティウス『事物の本性について』のマキァヴェッリ筆写による写本第

2

巻余白に記入された、マキァヴェッリによるラテン語の注釈

22箇所を掲げる。バチカン

図書館所蔵写本(Biblioteca Apostolica Vaticana, Manuscript Ross. Lat. 884)のフォリオ番 号、注釈が付されたルクレティウスの巻と行、マキァヴェッリの注釈ラテン語原文

“ ”、

そ の 邦 訳( ) の 順 に 記 す(Ada Palmer, Reading Lucretius in the Renaissance, Harvard

University Press, 2014, pp. 82-83より翻訳して作成した)。

1. fol. 20v (2.10) recti (正しさにかんして)

2. fol. 21v (2.62) De motu principiorum (諸元素の運動について)

3. fol. 22v (2.112) simulacrum principiorum (諸元素に似たものについて)

4. fol. 23i (2.142) de celeritate motus (運動の素早さについて)

5. fol. 23r (2.144) a[…]

6. fol. 23v (2.165前の空白) nil fiericonsilio (意図によっては何ものも生じない28)

7. fol. 24r(2.184) nil sursum ferri propria natura (何ものもそれ固有の本性によっては上方へ と引き上げられない)

8. fol. 24v (2.218) [quoniam] declinare principia (諸元素は傾く[がゆえに])

9. fol. 25r (2.252) motum varium esse et ex eo nos liberam habere mentum (運動が可変的で あるということ、そしてこのことからわれわれは自由意志を持つのである)

10. fol. 25v (2.285) in seminibus esse pondus plagas et clinamen (もろもろの種子のうちに重 量、推進、そして傾斜がある)

11. fol. 26r (2.294) nil esse suo densius aut rarius principio (元素は濃密であったり希薄であっ たりはしない)

12. fol. 26v (2.333) de figura atomorum (原子のもろもろの形態について)

13. fol. 26v (2.341) variam esse figuram principiorum (諸元素の形態は可変的である)

14. fol. 28r (2.426) semina quae titillare sensu (種子は刺激するときに感覚される)

15. fol. 29r (2.472) mare exquibus consistet principius (海はいかなる諸元素から構成されてい るか)

16. fol. 29r (2.480) in uno principio non posse esse plures formas [id est] infinitas (ひとつの元 28) ここは、神がみは人間のために大地を設計したという観念にルクレティウスが反駁し始める箇所

である。Palmer, Reading Lucretius in the Renaissance, p. 290 n. 183によっている。

(13)

素は複数の形をとることはできない、[すなわち]無限の形をとることはできない)

17. fol. 30r (2.516) in eodem principio frigus tepor & calor esse possunt (同一の元素の中に冷 たさ、温かさ、熱が存在しうる)

18. fol. 30r (2.522) principia cuiuslibet formae esse infinita (諸元素はその形がどうあれ、無限 である)

19. fol. 31r (2.586) unum quoque ex varie principiorum genere constare (各事物はさまざまな 諸元素から構成されている)

20. fol. 31v (2.600) de genitrice deorum (神がみの生みの親について)

21. fol. 32r (2.647) deos non curare mortalia (神がみは死すべきものたちには関心を持たな い)

22. fol. 32v (2.657) vocamen29)(名称)

マキァヴェッリによって書き込まれたこれら上記の注釈からは、ルクレティウスの原子 論へのマキァヴェッリの並なみならぬ関心がうかがえる。マキァヴェッリは、自然現象を 解説している『事物の本性について』のより実践的な側面や、魂の不死といった神学的主 題や、愛や徳といったエピクロス主義の道徳哲学の側面よりも、ルクレティウスの自然学 の最も根源的な部分である機械論的側面に関心を集中させている。エピクロス主義の唯物 論、および世界の機能とは無関係なその神がみの概念を強調することで、マキァヴェッリ は、道徳哲学を神学から切り離し、後年みずからが執筆することになる『君主論』などに おける結果主義的な倫理学を産出する下備えをなしていったとみることもできよう。摂理 を考慮しない機械論的宇宙においていかにして人間の自由意志に余地を設けるか。これこ そが以後のマキァヴェッリの倫理学の中心的な関心となる。

原子の運動と人間の自由意志との関連について、マキァヴェッリは、『事物の本性につ いて』第

2

巻第216-307行におけるルクレティウスの以下の言辞を決定的に重要視してい る。

「この問題に関して、こういう点もまた君に理解してもらいたい。すなわち、原子は自身の 有する重量により、空間を下方に向かって一直線に進むが、その進んでいる時に、全く不定期

29) 「名称vocamen」という一語のこの注釈をマキァヴェッリが付しているルクレティウスの箇所は次 のようである。「神がみの性格なるものは、われわれの問題からは遠く離れて独立し、完全なる平和 のうちに、不死の生命を持っているものでなければならないからである。……ここで、誰かもし海を 呼ぶのに海神ネプチューンと言い、穀物を農神ケレースと呼ぼうと決め、[葡萄酒なる]液体固有の 名称vocamenを用いるよりは酒神バッカスの名のほうを誤用したいと望む者があるとすれば、かか る者には、精神を恥ずべき迷信をもって汚すことを本当に慎むかぎり、丸い世界[大地]を神がみ の母と呼ぶのも許してやることにしようではないか。しかし大地は、いかなる時にも真の感覚を持 ってはいない。ただ、多くの物の原子を保有しているがゆえに、多くの物を、多くの方法によって、

太陽の光明世界の中へ生み出しているのである(DRN, 2. 646-660. 邦訳、90頁)。」「名称」の使用に ついてのルクレティウスのこの「許可」をマキァヴェッリが実践したのだとすれば、マキァヴェッ リの著作にしばしば登場するフォルトゥナや天体についての占星術的もしくは新プラトン主義的表 現なども、原子論や無神論の隠れ蓑であった可能性が浮上するであろう。

(14)

な時に、また不定な位置で、進路を少し逸れdepellere、運動に変化をもたらすといえるくら いの逸れかたをする、ということである。ところで、もし原子が傾くdeclinareことがしばし ば起こらないとしたならば、すべての原子は雨の水滴のように、深い空間の中を下方へ落下し ていくばかりで、原子相互の衝突は全然起こることなく、何らの打撃も生ずることがないであ ろう。このようであるなら自然はけっして何ものをも生み出すことはなかったであろう

(DRN, 2. 216-224. 邦訳、71-72頁)。」

「なおまた、すべての運動はつねに関連し合っていて、新しい運動は普遍の順序に従って、

必ず古い運動から発生するのだとしたならば、また、原子が進路を逸れることによって〔新た なる〕運動の発生─これこそ運命の掟なるものを破棄するものであり、原因が原因に続いて 無限にわたることをなからしめるものであるが─を起こすことがないとしたならば、地上に ある生物の、この自由libertasは一体どこに起因しているであろうか? なぜならば、この運 動を始めさせるものは各自の意志voluntasであり、運動はこの意志から発して四肢に波及する ものであることは、疑いの余地はないからである。……したがって、運動の始動は意志によっ て発生し、まず意志から出動し、しかるのちに体全体および四肢に行きわたる、ということが わかるであろう。これはわれわれが他者の大きな力によって、他者の大きな努力によって、加 えられた打撃に押されて前進する場合とは異なる。……いかに外的な力がわれわれを強制し、

嫌がるのに時には無理にも前進させ、もしくは、まっしぐらに駆けさせたとしても、われわれ の胸中には依然としてこれに反抗し、抵抗する或る力のあることは、君にもすぐにわかること であろう。原子の集合体が時によって四肢に動き、五体に動くよう強制され、前進せしめられ ては抑止されたり、引き込んで落ち着いたりするのは、この意志の裁決にまつのである。であ るから、君は原子にこういう点を認めざるを得ない。すなわち、無からは何物も生じ得ないこ とはわれわれの知るところである以上、運動にも打撃と重量以外の別な原因がある、と。この 原因から、われわれのこの意志の力が生ずるのである。……精神そのものが、あらゆる活動を 起こさざるを得ない必要性を自身の内に持たないように、またこの必要性に圧倒されて、忍従 を強いられることのないようにしているのは、原子の、不定な場所において、不定な時に、行 われる僅少な傾斜clinamenのためである(DRN, 2. 251-293. 邦訳、73-75頁)。」

「また、原子の総和は凝縮して緊密の度を増すこともなければ、[希薄になって]間隔を増す こともないが、そのわけは、宇宙を増大せしめるものもなければ、宇宙から離脱して死滅する ものもないからである。したがって、原子からなる物質が現在行っている運動は、過去の時代 にも行われていたものと同じ運動であり、今後もつねに、同様に行われていくことであろう。

……いかなる力も、物の総和を変えることは不可能である。なぜかといえば、いかなる種類の 原子も宇宙から離脱して去るべき場所なるものがまったく外部にはなく、また新たなる力が発 生して宇宙に飛び込み、宇宙に変化を加え、その運動を転じ得べきものの発生する場所もない からである(DRN, 2. 294-307. 邦訳、75-76頁)。」

ルクレティウスは、万物が原子と空間とからなっていること、原子の離合集散こそが物 体の生成存続消滅の唯一の原因であること、原子と空間以外には何も存在しないこと、を 主張した。そして、原子の運動における曲折が、運命からの自由と新たな運動とを人間に

(15)

与えると考えていた。マキァヴェッリはこの教えに影響を受け、『事物の本性について』

2巻第 82行(空間における原子の衝突と自発的運動を信じないという誤りについて)の

筆写の脇に、自由意志

mens liberalis

についての章句を記している。原子の曲折がなけれ ば自由意志は運命に束縛されたままである。しかし運動が可変的であるのでわれわれは自 由意志を持つ。われわれの自由意志は、原子の最初の運動の曲折から生じたものである。

また、原子は、われわれの感覚を刺激するその形のタイプにおいては有限であるが、その タイプごとの原子の数においては無限である。原子は空間によって限定され、空間は原子 によって限定されるが、原子と空間の連鎖は無限に続き、かくして宇宙は無限である30)。 原子の数は無限に多数であり、かつ無限の空間のかなたから打撃を受けて宇宙を飛びか い、あらゆる種類の運動と結合の仕方を試みることによって、現在の物体の総和を形成し ている。原子は数において無限であるその総量において恒久的で不変であるだけでなく、

その運動においても同じ条件のもとに展開していく。そしてこのような世界に神がみは関 心を持たない。

不変の宇宙については、マキァヴェッリは『ディスコルシ』第

2巻序文や第 1巻第 39

章、『黄金のロバ』5. 100-102でルクレティウスと同様の主張をしている31)。また世界が不 断に運動しているという『事物の本性について』第

1

巻第995行の理念は『ディスコルシ』

2巻序文で繰り返されている

32)。法則によって統御された発展の自然的循環がもろもろ

の種と事物の総量を保持しているという理念、またこの循環の内部において運動の変化に よって自由意志

libero arbitrio

を発揮する可能性が生まれるという理念は、『ディスコル シ』第

1

巻第2章や『フィレンツェ史』第

5巻第 1章において、また(人間の行動の半分は

「すべてをなそうとは欲しない」運ないし神によって人間の自由意志に任されているとい う趣旨の表現で)『君主論』第

25

章において、再現されている33)。プラトンやアリストテ

30) DRN, 1. 1008-1051. 邦訳、55-57頁。

31) D, 2. Proemio, 1. 39, pp. 145, 122. 邦訳、270、182頁。Machiavelli, L’Asino, in Machiavelli: Tutte le

Opere, p. 967.『マキァヴェッリ全集』第4巻、189頁。

32) D, 2. Proemio, p. 145. 邦訳、269頁。

33) D, 1. 2, p. 80.邦訳、269頁。P, 25, p. 295. 邦訳、183-184、188-189頁。『君主論』の運命論のうち にルクレティウスの影響を見いだそうとするこうした見解に対抗して、アンソニー・パレルは、『君 主論』第25章のフォルトゥナとヴィルトゥの関係をめぐる2つの比喩(河川と女性)の背景にある のは、ルクレティウスの原子論ではなくクラウディオス・プトレマイオス(とその追随者たち)の 宇宙論であると主張している。パレルによれば、マキァヴェッリがルクレティウスではなくプトレ マイオスを採用した理由として考えられるのは、1)「曲折」の理論が原子論の始祖デモクリトスに は見られず、自由意志の余地を確保しようとするエピクロスによって後から付け加えられた可能性 が大きいことをマキァヴェッリが知っていたこと、2)1513年12月10日付のフランチェスコ・ヴェ ットーリ宛書簡においてマキァヴェッリが座右の詩人として「ダンテやペトラルカ」、「ティブルス、

オウィディウスら」の名を挙げるときにルクレティウスに言及していないことから、ルクレティウ スはマキァヴェッリお気に入りの詩人ではなかったと推測しうること、である。Anthony Parel,

“Farewell to Fortune”, The Review of Politics, 75-4, 2013, pp. 600-601.ロバート・ブラックも、マキァ ヴェッリの書き込みだけではマキァヴェッリがルクレティウスの原子論に傾倒していた証拠にはな らないとしている。ブラックは逆に、マキァヴェッリは人間の性質の固定性にかんして決定論的な

(16)

レスが自由意志の根拠を人間特有の理性のうちにみいだしたのに対して、同じく自由意志 を擁護するルクレティウスは、その根拠を唯物的世界における原子の曲折にみいだした。

ルクレティウスにとっては、人間の自由意志は摂理や神との関係がなくても存在し、また 世界の構造上存在するという点では、動物にも自由意志が存在することになる34)

さらに注目すべき背景がある。マキァヴェッリが『ディスコルシ』を執筆していたまさ にその頃、ルクレティウスのみならずアヴェロエス的アリストテレス主義の影響も表面化 し、世界の永遠性をめぐる論争がピサ大学を中心に行われていたことに、ブラウンは注意 を促す35)。ルクレティウス(もしくはピサのルクレティウス派哲学者であるラファエレ・

フランチェスキ)は、原子と空間からなる宇宙のみが永遠であり、原子の組み合わせから なる世界は、その組み合わせが解体すれば滅びると考えていた。それに対してアヴェロエ ス主義(もしくはパドゥアのアヴェロエス主義者であるピエトロ・ポムポナッツィ)は、

宇宙のみならず世界もまた永遠であると考えていた。ブラウンによれば、『ディスコルシ』

2巻第 5

章冒頭における「哲学者たち」への言及は、1517年にピサでおこなわれたこの 論争をふまえたものである可能性が高い。マキァヴェッリがルクレティウス派とアヴェロ エス主義のどちらに近かったかについては議論の余地がある(ジェンナーロ・サッソはマ キァヴェッリがアリストテレス

-

アヴェロエスの伝統を受け継いでいたと示唆しているが、

ブラウンはマキァヴェッリがこの論争に対してオープンな態度をとっていたとする36))。

世界の永遠性にかかわるマキァヴェッリの関心の行先は、古代のほとんどすべての知識が 失われたのはなぜか、という問いにあった。周知のごとくマキァヴェッリはこの問いに対 して、キリスト教を含むすべての宗教が過去の記憶を意図的に消そうとしたからだと答 え、教会とキリスト教への攻撃を開始する。1513年の第5ラテラン公会議においてエピク ロス主義とアリストテレス的アヴェロエス主義は双方とも、魂の可死性と世界の永遠性を 信じているとして異端とされた。もしもマキァヴェッリが霊魂の不滅を信じておらず、肉 体の解体とともに霊魂も滅びる、もしくは霊魂も肉体の一面であると考えていたとすれ ば、マキァヴェッリの考えはアヴェロエス主義よりもルクレティウスに近いことになる、

というのがブラウンの示唆である37)

しかしここで注目すべきは、世界の永遠性について論じた『ディスコルシ』第

2

巻第5

見解を抱いており、人間が自由意志をもつという考えを否定するためだけにルクレティウスの自由 意志論を要約しているにすぎないと主張するが、これは決定論と自由意志論の両面を持つマキァヴ ェッリの思想をあまりにも決定論に引きつけて解釈しすぎているように思われる。Robert Black, Machiavelli, Routledge, 2013, pp. 19, 162.

34) Brown, The Return of Lucretius, pp. 86-87.

35) Brown, “Philosophy and religion in Machiavelli”, p. 163.

36) Gennaro Sasso, “De aeternitate mundi”, in Sasso, Machiavelli e gli antichi e altri saggi, vol.1, Riccardo Ricciardi Editore, 1987, p. 195. Brown, “Philosophy and religion in Machiavelli”, p. 170 n. 21による。

37) Brown, The Return of Lucretius, p. 82.

(17)

章冒頭が、『事物の本性について』第

5

巻第

324行と興味深い対照をなしていることであ

る。双方の文章を以下に引用しよう。

「この世界が永遠の過去から存在し続けてきたものであることを説く哲学者たちに対して、

もしもそんなに古いというのが本当なら、5000年よりも前の出来事についても何らかの記録 があってもよいはずではないか、という反問が出てくるのも当然だと思う。……その理由とし て考えられるのは、一つは人間の営みに帰すことができようし、あるものは神の手が働いたこ とによるのであろう。人間の力が働いて、古い時代の記憶が薄らいでしまたということで考え られるのは、宗教と言語がすっかり変わってしまった事実があげられる。新しい宗派sette、

つまり新しい宗教が伸びてくる場合、まず最初にその新宗教が取り組まなければならないの は、自分たちの名声を確立するために、既存の宗教を打ち壊すことである。この場合、新宗教 の教祖がこれまでと違った言語で語りかければ、古い宗教の破壊は容易である。この点につい ては、古代の異教に対して、キリスト教が採った方法を考えてみればわかる。キリスト教はそ れまでの宗教の全制度・全祭式をなくして、古代神学にまつわるあらゆる記憶を一掃してしま った。このように、古代宗教の傑出した人びとの事績にかんする知識を根こそぎに消滅させる ことが可能であったのも、ラテン語を使用して、新しい律法を書くようにしむけたからにほか ならない(D, 2. 5, p. 154.邦訳、304-305頁)。」

「本章のはじめに「神の手が働いた」と述べたのは、人類を破滅させたり、ある特定地域の 住民をわずかしか生き残らないようにさせる天災を指すのである。こういった類のものは、た とえば黒死病、基金、洪水のかたちをとってあらわれる。この3つのうちで最大の打撃を与え るのが洪水だ。……天災が起こるというのも、ちゃんとした理由があってのことだからである。

なぜなら、あたかも一つの肉体が、体内に過剰の物質が蓄積されるようになると何度も何度も 体をゆすって浄化作用を繰り返し、肉体の健康を維持していくのと同じように、自然もまた同 じ営みを続けるものだからである(D, 2. 5, p. 154. 邦訳、306-307頁)。」

「大地にも天空にも全然誕生の起源がなかったとしたならば、またこれらが永遠の[昔から あった]ものだとしたならば、なぜテーバイ人たちの戦いやトロイアの滅亡の前にも他の詩人 たちが他の事をも歌っていないのであろうか? いったいどこへ、人びとの幾多の業績がそれ ほど頻繁に消え失せてしまったのか? どこにも、名誉を永遠に伝える記念碑に折り込まれて 花を咲かせていないのはなぜであろうか? しかし、私の思うところでは、宇宙はまだ新し く、世界は未だ若く、生まれ出たのがさほど古くないからである(DRN, 5. 324-331. 邦訳、

224頁)。」

両者の疑問は同じものであり、またマキァヴェッリの言い回しはルクレティウスの文体 を明らかに意識している。それにもかかわらず、疑問への解答は異なる。古い記録の不在 の原因を、マキァヴェッリは人為(=宗教がなした政治的行為)および自然の循環にみい だし、ルクレティウスは自然の新しさ(=世界そのものがまだ新しいこと)にみいだして いる。ルクレティウスにとって宗教は人間を恐れさせるものであって、そこから逃れるべ

参照

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