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プロジェクト余聞
「インスリン依存糖尿病の新しい治療法:
膵島移植の臨床応用に関する研究」余聞
医学部助教授 安 波 洋 一
膵島移植という治療法をご存知でしょうか。
重症糖尿病の根治を目指して、研究開発が進め られている細胞移植医療で、21世紀の新しい治 療法として注目を集めています。私たちは膵島 移植の有用性、将来性に一早く着目し、四半世 紀にわたり、基礎研究を続けて来ました。最近 4−5年で膵島移植の臨床応用が射程圏内に入 り、ここ1−2年はその準備に力を注いでいま す。世界的には4年前にカナダより、我が国で は本年4月に臨床膵島移植の成功例が報告され、
今後は飛躍的に発展すると期待されています。
私たちは福岡大学病院で膵島移植を実施し、我 が国のみならず、世界的にも膵島移植のリー ダーとなるように、研究を進めています。その 一環として、平成14−15年度の2年間、福岡大 学総合研究チーム!の支援をいただき、この研 究費のおかげで、膵島移植の準備を完了するこ とができました。現在は日本臓器移植ネット ワークと最終調整を行っていますが、ドナー提 供病院などを含めた、対外交渉の後に、移植を 実施する予定です。
本稿では私たちが行おうとしている膵島移植 について、紹介申し上げたいと思います。
膵島移植の対象疾患、インスリン依存糖尿病 ヒト体内の血糖値はある一定範囲内で調節さ れています。食事を取れば、血糖値は上がりま すが、どこまでも上昇するわけではありません。
血糖を下げるホルモンが分泌されるからです。
このホルモンはインスリンと名づけられていま す。インスリンは生体内で唯一の血糖降下ホル
モンです。また、食事をしなければ血糖値は下 がりますが、ある一定値以下になることはあり ません。低血糖になると血糖を上昇させようと する生体の調節機構が働くからです。脳は糖を エネルギー源としていますが、低血糖になると エネルギーが枯渇し、脳障害(意識障害)が起 こり、生命の危機を招来します。従って、低血 糖になると、生体内では発汗、頭痛など、いく つかの危険信号を発し、摂食を促し、また血糖 を上げるホルモンを分泌し、低血糖にならない ようにする自動調節メカニズムが作用します。
さらに、インスリンは膵臓内にある膵島β細 胞より分泌されますが、このβ細胞自身に血 糖値のセンサーがあり、高血糖になればインス リン分泌を促進、低血糖になればインスリン分 泌を中止する調節能があります。
さて、インスリン依存糖尿病はインスリン産 生細胞の膵島β細胞が種々の理由により欠落 する疾患です。生体が自分のある特定の細胞を 攻撃することにより発症する病気を自己免疫疾 患といいますが、インスリン依存糖尿病の多く は膵島β細胞が標的となった自己免疫疾患と 考えられています。膵島が欠落するために、イ ンスリンが全く分泌されず、また、血糖調節機 構が消失します。患者さんにどういうことが起 こるかと言いますと、インスリンが分泌されな いために高血糖になり、その高血糖を治療する ためにインスリンを注射します。すると高血糖 は改善しますが、血糖値は更に下がり続けます。
正常では低血糖になれば、低血糖を防ぐメカニ ズムが作用しますが、インスリン依存糖尿病で
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はこういった血糖調節能が欠如し、患者さんは 容易に低血糖となり、意識消失発作を起こしま す。もし、自動車運転中に発作が起これば、重 大な事故となりますが、実際にそのようなこと が稀ではありません。そのために患者さんは 日々、不安を抱き、日常生活は著しく制限され ています。このように、インスリン依存糖尿病 では、血糖の管理は困難で、治療に難渋するこ とがあります。さらに、血糖値が十分にコント ロールされない状態が長く続くと、もっと厄介 な糖尿病合併症が問題となってきます。糖尿病 の合併症は全身の血管障害として、網膜症、腎 症、神経症が良く知られていますが、終末期に は失明や、慢性腎不全で血液透析治療が必要と なるなど、患者さんのみならず、医療費の高騰 を含めて、社会的にも大きな問題となっていま す。
膵島移植について
生体内で唯一の血糖降下ホルモンであるイン スリンは、膵島β細胞で産生され、その分泌 はβ細胞自身に存在する血糖センサーによっ て調節されていることは先に述べた通りです。
また、インスリン依存糖尿病が膵島β細胞の 欠落により発症するのであれば、膵島β細胞 の移植が、インスリン依存糖尿病の根治治療と なるのではないかと考えるのは当然の成り行き です。事実、膵島が動物の膵臓より分離できる ことが1967年に報告されましたが、その当時よ り、膵島移植で糖尿病を治せないかということ が考えられ、米国を中心に研究が開始されまし た。動物実験では1970年代に一定の成果が得ら れ、実際の患者さんへの移植が試みられました が、成功しませんでした。最も大きな課題は動 物と異なり、ヒト膵臓より膵島を分離し、取り 出すことが困難であったからです。個々の膵島 は大きさが平均直径0.1−0.2!で一人の膵臓に 100万個存在します。一つの膵島は約2000個の 細胞より構成されています。膵島移植が細胞移
植といわれる所以です。ヒト膵臓の重さは約100
"ありますが、膵島は膵臓の1−2%(容積比)
を占めるにすぎません。膵島を移植するために は1−2%しかない膵島を効率よく取り出す必 要があるわけです。この技術的問題は長く、膵 島移植の障害となっていましたが、1980年代の 後半に新しい方法が開発されました。見逃せな い点は1980年代後半の新しい免疫抑制剤の登場 です。それにより腎臓、肝臓、心臓、膵臓など の臓器移植の成績が飛躍的に向上し、欧米では 移植医療が広く社会に認知されるようになり、
死後の臓器提供が増加しました。それに伴い、
臓器移植に使用されない膵臓を用いた研究の機 会が増加し、膵島分離技術の開発に結びつきま した。筆者は1980年から3年間、膵島移植の研 究で米国に留学しましたが、その当時はヒト膵 臓を使用した研究はできませんでしたが、その 前段階として多くの動物種(ブタ、ウシ、ヤギ、
イヌ、ラット、マウス、ハムスター、モルモッ ト)からの膵島分離を試み、その後の研究の基 礎を築きました。
さて、そのような経緯で1990年に最初のヒト での膵島移植が米国で行われ、それ以後は米国、
ヨーロッパで症例が積み重ねられました。しか しながら、移植後の成績が悪く、永らく低迷し ていました。2000年になり、カナダのグループ が膵島移植の成功例を報告しました。臓器移植 であれ、細胞移植であれ、移植後には拒絶反応 を抑える為の免疫抑制剤が必須ですが免疫抑制 剤には副作用がつきものです。それまでは膵島 移植には臓器移植と同様の免疫抑制剤が使用さ れていましたが、カナダのグループは細胞移植、
すなわち膵島移植には臓器移植と異なった新し い免疫抑制療法がいるのではないかと考え、そ れが正しいことを立証したのです。その結果、
膵島移植では臓器移植に比較し、1/2−1/4 量の免疫抑制剤の投与量で拒絶反応を防げるこ とが判明しました。さらに、一度の移植で十分 な効果が得られない場合に、再度移植すること
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により、治療の成功が達成できることを示しま した。これは繰り返して移植できる、という細 胞移植の利点を最大限に活用したものでした。
このカナダからの発表があった2000年が膵島移 植の元年と言えるものです。現在は一人の患者 さんの治療に2−3回の移植が行われています。
すなわち、一人の治療に二−三人分のドナーが 必要と言う事を意味します。移植医療ではド ナー不足が大きな問題で、特に我が国では深刻 で、この問題が現在の膵島移植における最大の 課題です。私たちは総合研究チーム!のプロ ジェクトとしてこの問題に取り組みました。理 化学研究所免疫アレルギー総合研究センター
(谷口 克 先生)との共同研究ですが、問題 解決の糸口として、ドナー膵島障害に着目しま した。そして、動物実験で移植後膵島障害に新 しい免疫担当細胞であるナチュラルキラー T 細胞が関与し、その制御によって、一人のドナー から一人のレシピエントへの移植が可能となる ことを明らかにしました。これは画期的研究成 果で、さらに、一人のドナーから二人以上のレ シピエントへの移植が実現できる方法を見出し、
今後臨床応用を開始する予定です。この成果が 実現すれば膵島移植にとってはブレイクスルー となり、我々福岡大学チームが世界の膵島移植 の指導的役割を担うようになることは間違いあ りません。
膵島移植の実際と効果
膵島移植は実際にはどのような手技で行われ るのでしょうか。まずドナー膵臓より分離した 膵島は全て集めて、血液バック容器に浮遊して 収納します。膵島を移植する部位は肝臓です。
レシピエントの上腹部皮膚に局所麻酔をして、
超音波で観察しながら、肝臓内の血管(門脈)
を穿刺して、カテーテルを留置します。そのカ テーテルを通して、膵島を肝臓内に点滴と同様 の要領で注入(移植)します。移植した膵島は 血管(門脈)の末端で正着し、そこで血糖値の
センサーとして働き、血糖値に応じてインスリ ンを分泌します。操作自身は20−30分で終了し、
患者さんはその日のうちに食事摂取が可能で、
早ければ2−3日で退院し、あとは外来で治療 を続けることになります。移植が成功すると、
血糖値の完全なコントロールが得られ、もう低 血糖になることはありません。また、糖尿病合 併症は改善し、失明や透析治療に至るのを防止 することができます。このように膵島移植はイ ンスリン依存糖尿病の根治治療といえます。
おわりに
私たちが実施しようとしている膵島移植につ いて、余聞を述べました。私自身は外科医で膵 臓外科が専門です。この研究を始めたきっかけ は大学卒業後4年間の臨床修練期間中に、膵臓、
特に膵島に関心を持ったことです。やってみま すと膵島移植に関連する学問領域は膵臓外科の みならず、免疫学、生物学、膵臓病学、内分泌 代謝学と多岐におよび、学ぶことが多く、また それ故に興味が尽きず、現在まで続けてきまし た。池田靖洋教授(外科学第一)をはじめ、皆 様方のご支援の賜物です。もちろん、最終目標 は治療法として確立することです。そして、今、
福岡大学病院で実際に膵島移植が始まろうとし ています。
現在大学は変革の時期を迎えています。大学 の発展には教育、研究水準の向上が必須と思い ます。魅力ある大学となるためには、いかにそ の独自性、独創性を打ち出せるかにかかってい るのではないでしょうか。私達が所属する医学 部、福岡大学病院では、新しい治療法を開発し、
他に先駆けてその成果を社会に還元することで、
より発展できると確信しています。私たちが行 う膵島移植がそのような福岡大学病院の責務の 一端を担い、福岡大学の発展に貢献できること を願っています。
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