茨城大学教育学部教育研究所紀要20号(1988)89一ユ00 89
地学教育からみた福澤諭吉ee訓蒙窮理解図 P
一福澤諭吉の理科教育観の一面一
ぷ ぷみ
高瀬一男・渡部景降・下野 洋
1 緒 言
昭和エ6年の国民学校令によって制度化された低学年の理科は,戦後の小学校教育法時代になって徐々 に発展して現在に至っているが,近年低学年の理科は他教科との合科になって改廃される方向で審議が
1)
進行している。このような時期に当り,高瀬(1987)は,国民学校以前から低学年理科の必要性が叫ば れてきた歴史的推移について考察した。一方,日本地学教育学会の地学教育史委員会は明治以後の初等
・中等・高等の各教育段階における地学教育史の編集をはじめ,その作業の過程で集めた教科書を主と
する文献の中に福沢諭吉著 ?訓蒙窮理図解suが地学教史の上にも評価すべき性格を持つことを知った。
本書は日本の小学校ができる数年前に書かれ,明治5年小学教則下等小学の教科書に指示されたといわ れるもので,著者等は本書を検討して,福澤諭吉の初等教育段階における自然観の育成に対する達見に 感銘し,将来の低学年の教育に示唆するところが多々あると考えるに至った。検討した原本は国立教育
研究所付属図書館所蔵のものである。
本稿は,ee訓蒙窮理図解suについて,低学年の理科に示唆する抱え方を考慮しながら地学の立場から その内容を重点的に解説したもので,低学年の理科と地学教育の両者の教育史の資料に活用され ることを期待するものである。下野洋(国立教育研究所教育センター地学教育研究室長)は,主に文献 整理を担当し,渡部景隆(筑波大学名誉教授,地球科学)は, e訓蒙窮理図解%関連の原稿整理を担当
したので,本稿の著者を上記3名とした。なお, e訓蒙窮理図解suの初等教育段階における地学教育史
上の位置づけについては,地学教育史委員会報告Na 2,「地学教育」41巻1号(19SS )2)に掲載されている。
H ee訓蒙窮理図解 を地学教育の立場から評価する理由
e「訓蒙窮理図解su巻1〜3は,福澤諭吉著として慶応4年(1867)に出版され,明治5年小学校制度
ができると同時に下等小学の。セ窮理学輪講勢(当時は理科の科目がなく,後の理科に当たるものとみら
れる)に指示されたので,理科教育史の上では著名なもの(教科書又は読本)と評価されている。著者 等がこの原文を読んでみたところ,そのねらいのすばらしさ,特に理科教育には縁の遠い経政家福澤諭 吉の自然の理解が少年少女(児女子)の時期から重要であるとする教育観に感動したのである。たまた ま低学年の理科改廃が審議されている時期に当ることから,世の識者がもう一度これを読まれることをの
期待する心境となった。ところが,日本教育大系(悔後皇臣・仲違編集,昭40)などにも全文は掲載さ れていなく,3巻116ページで全文を読む機会が極めて少ないことを知った。このような事情もあって
*筑波大学名誉教授
**国立教育研究所地学教育研究室長
90 茨城大学教育学部教育研究所紀要20号(1988)
ここに地学教育の立場から低学年の理科のことも合せ考えて本文の内容を圧縮し重点的に取り上げるこ
とにした。本稿の主なねらいは次のようである。
璽.地学教育の立場と符合する教育観
e訓蒙窮理図解 は10章で構成されているが,各章名を見てもわかるように,すべて入間の生活に大
きくかかわる自然現象,すなわち地学教育でねらっている自然の理解を大きな目標にしている。それは,
二二の章名だけをみても推察でき,換言すれば地学の読み物,読本といってもよいほどである。理科教 育は,現在の表現ではet自然と人間の共存seのための自然の理解に大きな目標があり,地学教育はこの
ことを強く意識するものと考える。この観点からすればe?訓蒙窮理図解 のねらいは地学教育の立場と 等しいと評価できるといいたいのである。
このような地学教育の立場から原文を読みかえしてみると,今から120年前明治政府ができる前であ ったのに,英米の近刊理科書を塾読してその原理の粋を集めて得られた将来の子女教育に対する福澤諭 吉の先見性に満ちた教育観が行間の随所に偲ばれるのである。地学教育の立場から紹介するもう1つの 理由は,原文を半分以下に縮正すると,地学的なものを重点的に残す結果となるという必然性があった
ことである。これは物理教育の立場から紹介すると別の事例や評価が出てくることを示唆する。
2。低学年理科に通じる教育観
序や凡例によるともともと初等教育を対象とし,続いて,小学校教則下等小学に指示されたので,今 でいえば小学年低学年の教科書でもあったとみられる。当時の小学校教科書は欧米でも日本の他の教科 書でも同じであるが,内容・表現とも今見るとむつかしく,教科書よりは理科読本という性格のものが
多い。・・訓蒙窮理図解 もそうであるが,ねらいや観察・実験の力点を遊びや生活など身近かなものに
おき面白く解らせるということに心掛けている点では,明治10年までの文部省刊行の翻訳教科書(物理・化学・博物・総合博物など)と著しく異って教育的である。身近の理を窮める教材としては物理が多 く,この物理で確められる理をつかって大きな自然現象へ目を向けさせようとしている。この発想と手
法が低学年の理科のねらいに通じるものがある。と同時に,例えば「??霜よけ勢のため夜西洋のブドウ畑
に煙をたくのは,畑の草木に煙の衣服でおおって熱が逃げないようにするのだ」という見方など,生き 物を大事にする情感をひき出すような表現をしていることである。このような視点は,e・自然と人間の 共存 の視点からすれば,今後一層重要なものとして子供の身につけたいことであり,これも福澤諭吉の教育観の一端を示すものといえよう。
皿 e 訓蒙窮理図解「vの概要
で.要約の方針
序は6ページにわたる。序には福沢諭吉の教育観が色濃く出ているが,理を窮めることは細行小道だ という人もいるが,窮理の学をおさめることは入生にとって大事であるというところを要約した。
凡例は2項目ともそのまま現代文にして示した。引用した原書はこの本を出版した年く1868)の前年
高瀬他:地学教育からみた福澤諭吉 訓蒙窮理図解 91
まで数年間の英米のScience,N at ural ffist ory,Geographyの7冊亙これらから自然の理をとり,
例はすべて身近な生活経験に求めた達見と作業には驚くばかりである。福引諭吉著となっていることか らみて,福澤諭吉が責任をもって編集しfaにちがいない。自然科学の基礎知識と識見がないとできない ことと思われる。
目次は,e 目録suと表現されでいる。章の次に章の内容を総括する2行分の句が添えられていて,他
に例を見ない適切な配慮と考えられるので,そのまま掲載した。
本文の要約の方針は前に述べた。かなり意訳したところがあり,章の中にいくつかの見出し〔〕を つくり,大きく削除した項目に限り( )でその内容にふれた。章末の〔註〕には著者等の感想を付
した。 e図解 とあるので図は53あるが,制限ページ以内でなるべく多く入れるようにしたが,大多数 を削除する結果となった。
本稿に掲げたのは巻の1と巻の2で,巻の3は別の論文(その2)に付帯的に掲載したいと考えてい
る。
2.訓蒙窮理図解序(原文6ページ)
「西洋人も言っているように,人としてこの世に生れたからには,何事にもよく心を用いてその物を 知りその理を窮めることが大切である。物の理に暗いと身の養生もできず,親の病気に介抱の道もわか らず,子を育てる教の方便もなく,人と交る道も知らなければ我一人のほか人なきが如くふるまい,入 情風俗に通じないと,広い世界のいろいろな事に差支えが多く,生涯の楽しみが少ない。名は万物の璽 にして実は名目だけの価がない。賎むべし,又憎むべし。あるいはまた,昔容儀の学者先生が「君子 は細行を勤めず遠きを致さば泥(なつ)まんことを恐る」などと古人の言を証拠に持出して,事物(も のごと)を粗略にし窮理の学などは害があるというものもいる。しかし,人の身体は働くほど強くなり 人の心は用いるほど達者になるものであるから,たとえ細行であり小道であっても知識を研くことは益
あることで楽閑にしてよいものであろうか,人に知識がないと,自分の仁義道徳の基準もできない。
「世の少年よ。学問は生涯せよ」との諺もある。人の人たる所以を知るならば,惜げもなく身を役し,
心を労し,徳誼を修め知識を開き,心は活発(いきいき)身体は強壮(じょうぶ)にして真に万物の霊 となるように勤めよ。即ちこの小冊子を開版して童蒙の知識を開く一助とする。なお,我が社中の意見
によって表題の上に訓蒙の二字を加えた。」
慶応4年成辰初秋 慶応義塾同社記 凡例(原文 2ページ)
1 この本は翻訳の体裁をとらずに,専ら通俗の語(ことば)を用い窮理の例を挙げて図を多く入れ
日本の事柄を引いたのは,児女子に面白く解ってもらいたいという願いからである。
2 このように,日本の事柄を引いたといっても西洋の品を日本の品と入れ替えただけで,その理に ついては少しも私の意をまじえず,すべてイギリスとアメリカの原書に出典があるものばかりである。
引用した原書は次のようである。
エ 英版「チャンプル」窮理書 1865年 1 亜版「クワッケンボス」窮理書 1866年 1 英版「チャンプル」博物書 1861年 1 亜版「スウィフト」窮理初歩 1867年 1 亜版「コルネル」地理書 1866年 1 亜版「ミッチェル」地理書 1866年 ユ 英版「ボン」地理書 ユ862年
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右の外,英亜雑書数部。
目録 巻の1
うんき
第エ章 温気の事
ふ く ひゆ ちぢ うんき こうむら
万物熱すれば膨脹れ遮れば収縮む 有生無生温気の徳を蒙ざる者なし 第2章 空気の事
とりまわ うちそと
空気は世界を擁して海の如く 万物の内外気の満ざる処なし 巻の2
第3章 水の事
したがふ いつみ みずからくりみなこのり
水は万円の器に従て一様水面 天然の湧泉人工の水機皆此理 第4章 風の事
もと
空気日に照らさるれば熱して昇り 冷気これに交代して風の原となるくもあめ
第5章 雲雨の事
のぼりくだり
水気の騰降は熱の増減に由り 一騰一降以て雲雨の源となる
へうゆきつゆしもこおり
第6章電雪露霜氷の事
うせつ ろそうそのかたちい そのじつ
露干て霜となし雨化して雪となる 雨雪露霜其状異にして其実は同じ 巻の3
第7章引力の事
かんじ しさい しだい ちかき おこな とおま せいしん
引力の繋る所至細なり又至大なり 近は地上に行われ遠は星辰に及ぶ 第8章 昼夜の事
しずか みず ちうや ぶん
日輪常に静にして光明の変なし 世界自から輔びて昼夜の分あり 第9章 四季の事
ひとところ うんき ほんたい
日輪一処に止りて温気の本体となり 世界これを廻りて四季の変化を 起す
第10章 日蝕月蝕の事
みちかけ うえした しよく
月は世界を廻りて の変を生じ 三体上下に重りて日月の蝕を成す
3.本文の要約〔巻の磐,巻の2(第蟹〜6章)〕
第1章温気の事(原文19ページ)
万物熱すれば膨張(ふく)れ解れば収縮(ちぢ)む 有生無生温気の徳を蒙ざるなし
〔前言〕 〔〕は筆者等の見出し,以下同様。
で?世界に温気がなければ万物みな縮んで形を失い,禽獣も草木も生き ていけない。温気が生ずる際は次の4つである。
〔太陽の熱」 e第1は日輪である。日輪は誰でも知っている。日輪 は人の目に見えないが,図のように真直に来るので,レンズで光の糸を
ユケ所に集めて物を焼くことができる。勢
以 上
騨戦蜜
高瀬他:地学教育からみた福澤諭吉 訓蒙窮理図解 93
〔地の熱」 ee地の下にも温気がある。湯治場で
は温泉が沸き出し,富士山・浅闘山から燭を吹き出 すのもその証拠である。寒い国で冬の間麦畑など雪 の下になった苗が何か月も枯れないのは地下の温気 に養われるからである。山に雪が積ると必ず雪は底 の方から解け出すもので,北国の山では春,鯉なだ れSUといって山に積った雪が急に滑り落ちて人が怪 我することがあるのは,地の温気で雪が下の万から 解け出すためである。〔化学反応による熱〕 e 第2は,物を調合する ときの熱である。石灰に水を注ぐと熱が出るし,コ
ウジを醸(かも)すのも同じであり,掃き溜の塵か ら火が出ることがあるのも,薪が燃えるのも,みな おなじ理による。そのわけは,薪の中に具わる炭素・水素という気と空気の中にある酸素という気が相
合し,その調合によって熱が出るのである。それで 火を強くしょうとしてうちわであおぐのは空気を送って酸素を多くするためである。風が強く吹くと火
事の熱が盛んになるのもこの理による弩
〔襲業による熱〕
を潔き㌘ツ/
ち う うんセ
み︑ハ二二の温気発ツ︽禦の鳶一.鰹・轡興⑦二二♂滲 ぶ て ・・O」
糊認溜あ両ユ森 ぎ ・・嘱へ♂︐︒O︒碑 でメア ワロ セ ・ゼむ∵yレ か鰭褒叫幽幽騨
両奪う lii、・沸・●1∵∵ r:嘱ダz玉
Pt第3は物を摺(こす)つたり打ったりすると温気を生ずることである。木片を 2枚摺り合わせれば火が出ることがある。木曽山のヒノキ林に火が出たというのは生い茂った木と木が
強い風で摺り合いとうとう山火事の源になったのである。物を打って火が出る証拠は燧石(ひうちいし)
である♂
〔電気による熱〕 第4は「エレキトル」(電気)で火を起こすことである。雷などがこの例であ
る。しかし, 「エレキトル」のことはむつかしく,道具仕掛も大掛りであり,この本では省略するぎ 〔熱の移動と体積変化〕 e 熱いものと冷い物とが触れると熱い物の熱が冷い物へ伝わり,平均して
一様の温度になるが,物によって熱を速く伝えるものと遅く伝えるものがある。金物は熱を伝え受ける のが速く,木・藁・毛・綿・絹の類は遅い。手なべ(原文は「じゅうのう」と「藤をまいた鍋」)の手 を木にするのは火気を導くことが遅く熱が手に移りにくいからである。綿入の衣服は暖いというが実際
は綿が暖かいのではなくて綿は着ている人の体内の温気を外へ出さないよう守るだけのことである。
物はみな熱を受ければふくれ,熱を失えば縮む。鉄の棒であっても焼けば長さがのびる。液類(みず
もの),気類はふくれ方が大きい。
さて,熱で容(かさ)がふえると軽くなる。風呂を沸すとき下から火を焚くと上の方から先に暖まる のはこの理で,風呂の底で熱を受けた水がふくれて軽くなるので湯が上に昇り上から冷たい水が交代し
て始終上下に水が入れ替るのである。ガラスの急須で湯を沸せばその昇り降りの様子が見えるだろう。
また,火事のとき竹が破裂する音を出すのは竹の節にこもった空気がふくれて竹を吹き破るのである。
昔サルカニ合戦に火鉢からクリが破裂したのは何故か。クリの皮にこもった空気が熱のためふくれ,そ
の熱で皮を吹き破りサルの顔に飛びかかったということであろう。
94
茨城大学教育学部教育研究所紀要20号く 1988)マ ヤァ ぶむハ藤の節譲第今る
筆触㌘獣一
とヱゑ?無慮色が黒くてき
めの粗い物は熱澗鳥網 掲ll気を吸い込むこ とが速く,また 吐き出すことも 速い。色白でき め細かな物は熱 気を吸込むこと が遅く吐出すご
邸とも遅い。 2つ
の鉢に雪を入れ上に黒い切れと白い切れを被って日に晒すと,
黒い物切れは日輪の熱を速く吸い込むので雪は白い切れより先 に解ける9
〔寒暖計〕 ・ 物は温気を受ければかさを増すことを使って
寒暖の加減を測る工夫が西洋で行なわれ,1920年,すなわち 享保5年のころオランダで「ファレンヘイト」という入が始め てよい道具をつくり寒暖計といった。このころは日本でも作っ た唐物屋に売っている。これは水銀の高さで寒暖の加減を測る繋騰建装舛習
弔喪⑤囎概〉レ赫…
蕊垂s細面坤細
裾葱愚轟激1申・1¶
遡
もので,温気を増せば水銀のかさがふえて昇り温気が減ると水銀のかさが減じて下がる。図は寒暖計の 度数を212に分けたものである。この寒暖計を沸湯(にえゆ)に入れると,水銀が212度(IOO℃)ま で昇り,氷に入れると32度(0℃)で止る。この間の度数で四季の寒暖の加減がわかり,湯水の温冷の 度を測ることができる。一段下に斜度としたのは氷の度より32℃下の辺で極寒の記号である。すなわち,
氷を粉にして塩を交えた中に寒暖計を入れると水銀がここまで下がるであろう。これは世界中に極めて
冷たいものである。
〔註〕 熱の大もとを太陽と地中の熱とし,物理・化学的な身近な熱をあつかい,寒暖計にふれてい
る。雪のなだれ現象を図を入れて注目しているのに驚く。
第2章 空気の事(原文 16ページ)
空気は世界を擁(とりまいて)して海の如く 万物の内外気の満ない処なし
〔空気の恩恵〕 鯉空気は人の目には見えないが,この世界をとりまき万物の内にも外にも充満して いる。風は空気であり,風のないときでも団扇(うちわ)であおげば風が起こる。人が呼吸をするのは 空気を吸い空気を吐くことであり,呼吸を止めれば人は忽ち死んでしまう。空気がなければ禽獣魚虫一 時(いっとき)も生きていけない。この世界を空気の海というのもうなづけることで,草木は空気の海
の底に茂り,人畜が奔走するのはちょうど河海で魚が泳ぐようなものである♂
ぷ
〔晴雨計またはバロメーターの理〕 ee空気の高さは20里余(80加余)で下の方が濃く上の方へいく
につれて薄くなる。この道理に基づいて空気の重さを知り,その押す力を測る道具を作り,これを晴雨 計と呼んでいる。西洋の言葉ではバロメーターという。図(省略)のeは天笠のヒマラヤ山,高さ78町*()内の数字等は著者からの換算または理科年表から得た数値である。次回以下についても同様である。
高瀬他:地学教育からみた福澤諭吉tt訓蒙窮理図解 95
余(8,848 m )で世界第1の高山,㊤は南アメリカのアンデス山,高さ62町余(アンデス山脈アコンカ ぷ
クワ山 6,959m),㊤は支那の昆今山,高さ50町余(中国クンルン中部ウルグ・ムス・ターグ山7β60ぶ ぷ ホ
m ),⑳は富士山,高さ39町余(3,776 m),㊧は箱根の湖水,高さ17町余(725吻。
さて,風雨の前には空気が軽くなるので晴雨計の水銀が必ず昇る。このため,晴雨計の上がり下がり で,天気の晴陰(よしあし)が前日からわかる。高い山へ登るとき晴雨計を持っていけば,高山へ登る
につれて空気がうすくなるので,水銀の下がり加減で山の高さを見当つけることができる。鯛
〔空気の圧力の利用〕 ・・空気は上下四方から物を馨して隙間があればそこへ入り込む。底のない管
に水を入れて一方の端を指で塞げば,管を倒しても水がこぼれることがない。これは,空気が下から水を押しているからである。指を放せば水がすぐこぼれるのは空気が上から押している証拠である。弱(子 供の手遊びにする水鉄砲やポンプも空気の押す力の利用である。省略)
鯉掌を少しすぼめて茶碗の糸底にあて,これに掌の肉が喰い込むようにして静かに掌を伸ばせば糸底 の中に空気がなくなるので外の空気がここに入ろうとするが入る口がないので,その力で茶碗を手に早
しつけ倒しても落ちなくなる。幼児が乳を飲むのもこの理である。幼児が自分で口の中の空気を吸い鼻 から出してロの中の空気をなくすると外の空気がここに這入ろうとして乳房を押し母の体内の空気が内
より張り出し内外より押して乳汁を出すのである。勢
(かまいたち,霧吹きの原理は省略) (巻の1おわり)。
〔註〕 空気の恩恵・空気の海・山の高さ・低気圧と空気の密度を知るバロメーターなど大きな自然 現象に目を向けている。一方乳児が母の乳を飲む理を茶碗の糸底の実験と対応させている点に感心させ
られる。
第3章 水の事(原文 7ページ)
水は方円の器に従って一様平面
天然の湧泉人工の水機(みずからくり)皆この理 うるお
〔水の挙動〕 ??水は万物を湿し人畜草木を斜ないこの世界に欠くことのできない品である。その質
軟かでよく動き器に入れれば方円のうつわに従い,風に野うにみえるが,必ず低い方へ流れ,流れが止まれば表面が
フノでノ
講驚欝蹴鞠稀課嵩擁款ご三,野乙
いのはあまり酩くない理窟のようである備えてみる蜜盗
と世の中にはこのようなことで人が気づかないものが多い。 :移
水道管が河底を通ってまた上に昇っても水が通るのはこの理である。掘り抜き井戸が吹き出るのも同じである。雨水
=嚇難働輪
露巴雛i
鞭墜勢
が高い地面から浸み込んで次第に低いところへ下りてきて訟乳…一よ…・・
岩や固い土の下に集って出口の濃い所へ鉄の棒で穴をあけ
』髪
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茨:城大学教育学部教育研究所紀要20号(1988)ると,鉄管の中はもとの高い所と同じ高さになろうとする性質のため水が穴から吹き出すのである。た
だし,その水の吹き出る高さは元の水の高低によってちがいがある。su
(吸揚げの仕掛,西洋では酒の樽を吸い出すの理等,省略)
〔清水の湧出〕 山から清水が湧き出るところがある。半年は清水が出るのにあとの半年は出ない
ものがある。これは不思議のようであるが不思議でも何でもない。例えば,図のように山の中心に水溜 の穴があって◎◎◎◎の隙間から春雨の水が流れ込むが出口がないのでだんだんに水溜に水が溜り,4・5月のころになってその水が増して㊨〜⑱の高さに及んで曲った出口の頂上に届くと⑭⑳⑳⑭の口か ら流れ出して夏の清水になるのである。この清水
は一度流れ出ると@の出口は穴の底よりも低いの で吸揚の道理によって穴の水が澗れるまで湧き出 ることが続くが,9月・10月のころになって穴の 水がだんだん少なくなって流れの道が一度絶える と,その後窄かの雨で穴に水が溜ることがあって も前のように㊨一⑬の高さまで水がふえないと清
水は出てこない。この間を清水が澗れるという。勢
〔註〕 水に関する自然現象を理解するのに吸
上げの遊びなど身近な物理現象もあるが河を横切る水道管・掘抜き井戸・清水のことなどにくわしい。
とくに清水が半年出て渇水期に渇れる理由など驚くほど正確に表現されている。
第4章風の事(原文 9ページ)
空気日に照らせれれば熱して昇り 冷気これと交代して風の原となる
〔風のおこる理〕 e 温気は万物のかさを増すので空気も熱を受けるとそのかさを増して薄くなり,
その目方が減って軽くなるのが道理である。軽いものは上に昇るので,熱を受けとった空気はしきりに
上に昇り,そのあとへよそから冷い空気が来て隙間を塞いで互に交代する。
こもった一室の中に火をおこし襖(ふすま)を3寸ばかり(約3 on)開け2本のローソクをともし,
1本を敷居の上に,もう1本を鴨居のような高いところに置くと,下のm一ソクの火は室の方へ動き上 の火は外の方へ傾くのがわかる。これは室内の空気が温められて昇り上の方から外へ出たあとを満たそ
うとして下から冷気が入って来る証拠となる♂
〔風・貿易風〕 e 上記のことは出目の前に見る証拠までのことであるが,世界に風が吹くのも全く
この理によるものである。空気が動くことを風という。その動く原因はみな太陽の温気である。地球の 中程に赤道というところがあって,そのあたりは熱気が甚だしいので空気が軽くなっていつも立昇るの で時候の涼しい方角から冷気が吹いて来て春夏秋冬の差別なく一方からきまった風が吹くところがある。外国の商人が帆船で4万里の海を渡って交易に行き来したのはこの風を頼りにしたのである。世界中の 時候のことは西洋旅案内という書に委しく書いてある♂
〔註〕 風の観察に廻燈籠もあるが省略し,本文の例が子供らしい実験と考えた。風では貿易風に着
高瀬他:地学教育からみた福澤諭吉tt訓蒙窮理図解
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絶したところに理科の先生をこえた福澤諭吉の財政家の目を感ずる。
第5章雲雨の事(原文16ページ)
水気の騰降(のぼりくだり)は熱の増減に由り 一三一降以て雲雨の源となる
〔水蒸気と湿り気〕 ??皿に入れた水が知らず知らずの間に乾き,雨
でぬれた道が乾き,早魅のとき池が乾くのはどうしてか。これを唯乾い たというだけでなくよく心を留め乾いた水はどこへいったのかと尋ねる と皆温気によって蒸発したことがわかるのである。このように昼も夜も 絶え間なく蒸発する水気を蒸発気という。これは湯気の理である。水がしめ
蒸発すれば水蒸気が空気の中に混ってよく物を湿らす。4・5月のころ タバコが湿るのはその証拠である。秋から冬の間空気が乾くので,7・
さら
8月ごろ虫干をするのは衣服を乾いた空気に回して春夏の間自然に浸み
しつ
込んだ湿気を彿うためである。熱気が非常に強いと水が蒸発するのが速 く,手拭を火鉢で乾せばすぐ乾くのはこの理による♂
〔雲・霧のでき方と気温〕 ee水蒸気1ま目に見えないが,蒸発した後.
に冷えれば雲霧のかたちとなって目に見え,ひどく冷えると雲霧のかた ちから原(もと)の水に戻る。冬は湯殿に温気が立ちこもるが夏は温気 が見えにくい。牛の鼻息は冬よく見えるが夏は見えないもの,水蒸気が 冷えれば雲霧となる証拠である♂
(次に聖典錘のらんぴきの説明がある。焼酎(しょうちゅう)を蒸溜
ユ ぞんま
日本流ら.んびさ つの給圏茄吟藩
するとき釜で酒を沸せば酒の精が先に温気になり,冷水でひやされた兜の裏について温気や霧となり口
からしたたり落ちる焼酎をとる装置。図参照,本文ではこの理を自然現象に引用,以下省略)。
鱒蒸露錘の仕掛がなくとも,蒸発気が水と化するのは,夏の日やかんに冷水を入れておけばやかんの
も
外側に露ができて水が漏ったのかと疑うことがあるが,これは空中の蒸発気が冷たいやかんにふれて露となったもので,やかんの水が暖まれば露が消えてやかんは乾いていつものようになる。
これは唯道具仕掛の細かな話であるが,世界中に雨が降るのもこの理によるものである。雨の後に泥 が乾き日照で池の水が下れるのと同じ道理で,河や海などいたるところがら春夏秋冬の差別なく水蒸気 はいつも立ち昇り昼も夜も止むことがない。空中に立ち昇った水蒸気は冷気にあえば,かたちを変えて
雲となって人の目に見えるようになる。これは冬の湯殿の湯気と同じことである。勢
〔高山の雲・富士の傘雲〕 鯉ここに一つの証拠を示そう。山は平地よりも寒いので空中の水蒸気が 山に触れると雲霧になる。高山に登ると足の下から白雲が起こるのにあうことがある。富士山の頂上に 時々まるく雲がかかってその形が傘のようなので土地の入は㈹富士の傘雲勢といい,この雲の模様を見 うら
て晴雨(天気)をトなうという♂
〔水の大循環〕 ・?水蒸気が空中に立ち昇っで雲となり,冷気が増せば雨となるなどの理は前に言っ
た蒸露錘(らんぺき)の口から露水が流れ出るのと同じで,この世界は大仕掛の蒸露鍵と思えばよい。蒸気が昇れば雨となって降り,雨となって降った水がまた上昇することは際限がない。旱魅のときは水 が少なく梅雨には雨が多いということはあるが,これは一時水の昇降が片寄るだけのことで,その実は
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茨城大学教育学部教育研究所紀要20号(1988)神代の昔から世界中に一滴の水も増さず一滴の水も減らな
錘で取った水で雑物が混っていないからで,世界万国に極1
上の水といえば雨水の外にはないのである。ve
〔水の蒸発で熱が奪われる現象〕 e 氷をとかして水に
するには温気が必要であり,その水を暖めて湯にするには もっと温気が必要であり,その湯をわかして蒸気にするに は更に温気を加えなければならない。したがって,今蒸気 を湯に変え湯を冷して水にし水をこおらせて氷にするときは,
「1
はじめ吸いこんだ温気を吐き出して元へ返すという理になる。水に限らず天地の万物にみなこの理 があてはまるのである。夏の夕方庭に水を灌ぐと涼しくなるのは,その水が蒸発して庭の温気を遵うか らで,樹陰が冷しいのも青い木の葉が炎天に照されて水蒸気が立ち昇るからである。雨雪が降る前はか えって暖く,雪が解けるときは甚だ寒い。それは,雲が雨となり雨が雪となるときには,その温気を空 中に吹出して温度を増すからであり,雪がとけて水になるときには,空中の温気を吸込んで温度を減ず
るからである♂
〔註〕 章の題の雲雨自体が地学的であるが,夏冬の湯殿の温気の見え方,酒の蒸溜の原理を雨や水
の大循環の導入に使っているなど,自然の理解の着想が面白い。
第6章電雪露雨水の事(原文11ページ)
図画って霜となり雨化して雪となる
雨雪露霜その状(かたち)異にしてその実は同じ
〔露のできかたj e「空中の水蒸気は昼の間太陽の熱に暖められてその状(かたち)を現わさないが 夜の冷気に逢えばたちまち状を変じてもとの水に返り,地に落ちて木の葉に滴る。これを露という。こ れはやかんに冷水を入れるとき以外に露が溜(したた)るのと同じで土地の温気を吐き出すことができ にくく夜中十分に冷えないので露ができることが少ない♂
(熱をよく伝える金物には露ができにくく,綿などは一夜でじっとり湿ること等。説明省略)
〔露の多い季節・アラビヤの露〕 唱本支那では秋の露というが春も露が多い。春と秋は昼暖かで 夜格別に寒く寒暖の差が大きく昼の問に立ち昇った水蒸気が夜になって冷えるからである。
露は万物を湿して草木を養う。「アラビヤ」の西の「エジプトjは,四季を通じて雨の少ない土地で あるのに天の恵の露が多く草木がよく育ち,ことにワタはこの国の名産である。ワタは雨を嫌うのに水
を好むので,このような国柄にはよく育つであろう。
〔霜のできかた〕 ee夜の寒気が甚しくて寒暖計が32度より下がると空気中の水蒸気が露となるだけ でなく,かたちを変えて霜になる。昔の書に「孟秋白露降り季秋霜始て降る」とあって,露と霜は雨の ように空から降ってくるようにいうが,空中に立ち昇った蒸気が四方八万上下から冷い物にふれて露に なったり霜になったりするのである。それで,霜を防ぐのは雨を防ぐのとちがって上から降るものを凌
(しの)ぐという趣意ではなく,植木の霜枯を防ぐには寒夜にその木を被い包みその木のもっている温
高瀬他:地学教育からみた福澤諭吉tt訓蒙窮理図解
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で凍り花のようになって地に降る。これを雪という。雪片はただ白 くて花や綿のように見えるが,これを冷点で写してみれば,図のよ うにどれも6葉のかたちをしている。昔の人も花を五出,雪を六出
轟綴簾謙逢うと雨の醐って霰と*
なる。霰の大きいものを電という。電には時に1粒が70〜80匁(約 3009)のものである。そもそも空気は上へいくとしだいに温度が
下がる。高山の頂に夏も雪がとけないで残るのはその証拠である。
それなのに霰が降るときは空中の上の方が暖かく下の方が寒いため必ず空気の変動があって一時大風
(たいふう)を起こすことが多い。
氷は水が温気を失って凍ったもので,水が凍るとそのかさが増し,十分の水が十一分の大きさの氷に なるので,氷は水の上に浮ぶ。 (巻の2 おわり)
〔註〕 霜よけの理を煙の衣服を着せるなどで理解させようとするなど,草木も命ある生き物という
観点が今の教育に求めている教育観が吸みとれる。
IV おわりに
以上,福二諭吉著 f訓蒙窮理図解veを低学年の理科に示唆を与えるものとして地学的教材を重点的に 紙数の許すかぎりの解説を試みたが,巻の3の第7〜第10章ははぶかれる結果となった。これらは目次
でわかるようにすべて地学教材であるといえるし,福澤諭吉の教育観は本稿の巻のユと巻の2に充分現 れていると考える。巻の3が地学領域に関する天文教材が主であるとしても,別に紹介することが望ま しいと考える。なお,福澤諭吉がee訓蒙窮理図解ssを書き上げるとき,社中の小幡氏が「天変地異」を 著したので,その中にある地震・雷・虹・星などをこの冊子から除いたと第7章の末尾に記してある
ことを書き添えて本稿を終る。
注
1)高瀬一男:小学校低学年理科の変遷,茨城大学教育学部紀要19号 PP.205〜215q987)
玉00 茨城大学教育学部教育研究所紀要20号(1988)
2)地学教育史委員会(代表 渡部景隆):明治初期(理科以前)の小学校地学教育,地学教育史委員会報告M2 地学教育,41巻,1号,pp。13〜24(1988)
3)福澤諭吉:訓蒙窮理図解,明治元年(慶応4年)刊,慶応義塾,奥付なし,但し論文引用本は明治4年再刻本
で巻の1,巻の2,巻の3,初刻本は上,中,下。(1867)4)海後宗臣。仲新編集:日本教科書大系,第23巻,講談社(1965)