「ドラッカー」と行政経営改革の実践(6)
淡路富男 行政経営総合研究所 UR:http://members.jcom.home.ne.jp/igover/ ※ 未定稿につき誤字などはご容赦下さい。 ドラッカーは公的組織のリーダーについて「リ ーダーシップとは模範になることである。リーダー は目立ち、組織を代表する。帰路につけば普通の人 であっても組織では目立つ存在である。小さな組織 だけの話ではない。大きな組織、世界的な組織でも 同じことがいえる」とする。さらに「リーダーは模 範たるべき者である。期待に応えるべき者である。 他の者はさておき、リーダーだけは組織を代表する存在であり、あるべき組織 を象徴する存在である」とし、社会や組織の規範となることを強く求めている。1.公的組織のリーダーにカリスマは不要
従や立ち回りをはびこらせるカリスマ的組織 粗雑な将来ビジョンしかなく、武器は過去の名声と競争相手の 不足だけを指摘する口ぶりでは、人や社会を変える使命をもつ国家 経営、地域経営を担当するリーダーにはなれない。社会、つまり産業・経済か ら道徳・教育までを担当するリーダーには、あらゆる点で「模範」であること が求められる。それが公的リーダーの前提的な資格なのである。 これを認識できない模範的でないリーダーが、マイク片手で「改革」を力説 しても、聴衆の心を掴むことはできない。それでも本人は、取り巻きが動員しドラッカーの知見
追
リーダーに必要なのは
「神話的カリスマ」ではなく
「
協働的模範
」である
た聴衆の歓声から「反応は日増しによくなっている」と感じる。カリスマと称 される「人物」の耳には、悪評は入らず「裸の王様」になる。こうして公的組 織を担う資格のないカリスマリーダーは、社会の審判を受ける最後の段階まで、 自らへの評価を曲解することになる。 姿勢はますます独善的になり、住民・国民のニーズは何か、支援する組織の 課題はどこにあるのか、そこで自分は何をすべきかを、問いかけることもしな くなる。考えるのは、自らの過去の名声と地位維持、それに関連する取り巻き が持参する「手柄」だけである。 しかし、公的組織のリーダーが 社会における自らの役割を自覚で きないのであれば、社会のリーダ ーとしての資格はなくなる。 公的組織のリーダーは、勇まし く先頭に立つとか、果敢に人を引 っ張るといったことをリーダーシ ップと考えてはならない。それは 意義も効果も少ない。権力者の過 度な主張は、周囲の助言を遠ざけ、組織を萎縮させ、組織の自立性を失わせる ことにもなる。「リーダーの為に」といった追従や立ち回りの上手な人物だけ が組織内にはびこることになる。看板には目的は社会への貢献と書き記すが、 実際には組織維持といった手段が目的になる。最初に組織内を見ることを止め、 組織外へ顔を向けることからスタートし、自らの果たすべき役割を考えなけれ ば、社会の支持は失われる。この自立性を失った内向き組織が社会に誇れる成 果をあげたことはない。 もちろんリーダーシップとは、見かけや人気や演技ではない。そのようなも のは直ぐに効果がなくなる。それに頼るようでは力量はますます低下し、住民 ・国民の負担以外、何も残すことはない。 の外をみるリーダー 公的組織のリーダーが、自らを厳しく律することを前提にし て、社会の力を自発的に発揮させる本当のリーダーシップを発揮 することができなければ、社会のバランスは崩れ多くの困難が発生する。強制 で得られるものはない。 リーダーシップとは、リーダーが先頭を走ることではない。なすべきことは、 組織の使命を見直し、住民・国民志向を徹底し、組織活動の焦点を合わせ直し て、人々が社会のために能力を発揮できる組織や社会を創りあげることである。
窓
カリスマの
弊害
自主性を失う集団 目線が 住民より リーダーへそして継続的に改革することである。 公的組織のリーダーとは、偉大な人物でも、壮大な発想をする人でもない。 それは哲学者と発明家にまかせることであり、リーダーの役割とは、公的組織 の使命を達成するために組織能力を最大にし、住民・国民の自発的な自助努力 を誘発することにある。 この実現には、住民・国民の行動に幅広い良好な影響を与えられる、社会的 改革を推進するリーダーとしての「模範」に向けてのより一層の厳しい自己改 革しかない。それは、いつも鏡で自分の顔を見て過去の成功を検索することで はなく、窓の外での変動する社会動向を見極め、これまでの考え方や方法の多 くを住民・国民の視点から「変える」ことができるリーダーである(図表参照)。 その基点には、改革の出発点は住民・国民にしかなく、住民・国民の協働が 不可欠な公的分野の取り組みは、民間組織以上に、住民・国民から評価される 真摯な「模範的な行動」にしか、成功する要因はないことを深く認識すること が必要になる。これなき公的組織やリーダーはその役割を自ら閉じなければな らない。それが責任である。
2.協働時代のリーダーとは
権や上から目線を正す あらゆる政策が住民・国民の協働なしでは成果を得れない時代 になった。この「協働の時代」では、住民・国民の「模範」でなけ れば、社会のリーダーにはなれない。 「大義」を掲げ、そのために強力な特権が必要と叫ぶリーダーシップでは、 協働時代の「模範」にはまったく不向きな言動である。これまでの公的組織の リーダーと関係者は、「大義」を担う自分には特権が当然のことに感じて、厚 遇を当たり前として、上から目線の振る舞いを続けてきた。それが、住民・国 民を失望させて改革意識を萎えさせ、自らの組織を蝕み、リーダーとその関係特
窓の外を見るリーダー
窓の外を見るリーダー
者を堕落させた。 住民・国民から役割を負託されている公的組織のリーダーは、住民・国民と 同じ条件でリーダーシップを発揮できなければ、「協働時代」の社会的リーダ ーにはなれない。「大義」を担当しているからといって「特権」を要求したら、 その時点をピークにして信頼を失い、「大義」を担う資格が消失していく。 民公含めてそれぞれの得意な分野で能力を発揮し、地域の安定と発展をめざ す社会にとって、公的組織のリーダーや職員は必要である。しかしそれは社会 の機関や仕事の一つであり、民間の法人やそこで働く人と同じであり、特権的 な存在ではない。 住民・国民から信頼を得られる基本理念を明確にして、自らを社会のリーダ ーとしてつくりあげる作業を確実に推進すれば、公的組織でなくても社会のリ ーダーになれる。 導する「模範」になる 社会的リーダーの役割とは、「自分の名声や手柄」ではなく、 住民・国民と協働して社会的な成果をあげることにある。そのため には、「なすべきことをなす」ことが重要になる場合もあるが、その前にそれ を納得させる「模範」が必要になる。この「先導的模範」なき組織には、改革 を主張する資格はない。 住民・国民の自発的な自助努力の発揮を任されている公的組織が担当する社 会改革の始点は、自己改革である。現在の気の滅いるような疲弊した社会動向 のなかでも、基本理念を点検し、私欲を超えた基本的な価値観を打ち立てなけ ればならない。より広い視野で物事をみつめ、もっと高次な意義ある取り組み に挑戦しなければならない。 「模範」でなければ「なすべきこと」を他にお願いし実行してもらうことは できない。それは、これまでの傲慢な特権意識をすべて棄却し、実現すべき将 来像の明示と、それを実現する住民・国民基点の思考様式と行動様式の見事な までの体現が必要になる。リーダーシップとは、常に陽の当たる先頭に立つこ とではなく、成果実現のための組織や社会の「模範」になることである。 民・国民の自助努力を引き出すリーダーシップ 自治体や政府といった公的組織は、社会を代表し社会の規範的 行動を象徴する。社会の困難に立ち向かう組織のリーダーと職員は、 自らは何をすべきかを考えなければならない。人や社会の行動を変える使命の ある公的組織の言動は、その使命と実現すべき成果(住民・国民の自助努力実 現)からより「模範」が求められる。
先
住
人や社会の改革は、住民・国 民の協働と自助努力がなければ、 実現することは不可能である。 それは人気取りや利益誘導で実 現できるものではない。住民・ 国民基点の理念を掲げて、住民 ・国民と膝詰めで対話し、住民 ・国民の真意に迫ることができ なければならない。そしてその 真意実現にために特権に頼るこ となく奔走しなければならない。そこに住民・国民の自助努力を引き出すリー ダーシップの「模範」があり、組織の存在価値が芽を出すことになる(図表参 照)。 「強いリーダーシップと政策への期待」といった自立性を失わせるリーダー のカリスマ性、組織の権力などは使命遂行の妨げになる。住民・国民が「自ら 稼ぐことがない」公的組織に頼っていたら、残るのは地域衰退、国家弱体だけ になる。 公的組織は、住民・国民が自発的、躍動的に動いてこそ、組織の存在が許さ れることを忘れてはならない。住民・国民が公的組織に頼りすぎる社会には未 来はない。住民・国民が「主」で公的組織は「従」である。公的組織とは目的 ではなく手段であり、住民・国民の協働が得られず、組織の目的を果たすこと ができなければ、その公的組織の存在意義はない。 ビジョナリーカンパニーの示唆 コリンズは、名著「ビジョナリー・カンパニー」で、ビジ ョナリー・カンパニーをつくり築くには「すばらしいアイデア (政策)も、カリスマ的指導者(偉大な人物)も、まったく必 要がないことが分かった」と明言する。必要なのは「建築家の ようなやり方で、ビジョナリー・カンパニーになる組織を築くことに力を注ぐ ことができるかにある」とする。 公的組織のリーダーは、公的組織のミツションは何か、大義をいかに実現す るか、住民・国民のニーズは何か、強みをどのように発揮するか、参加者にど のように力を発揮してもらうか、そして、この実現には自らはどのような行動 をすべきかを常に考え行動する仕組みを構築することである。 過去の歴史をみても「強烈なリーダーシップが必要」と考えることが、社会 や組織の自主性、自助努力を失わせ、依存性、内部志向を蔓延させることにな
住民が生活できる
社会を
創る人
公的
組織
地域
社会
協働
ることは明白である。現代の「協働時代」でのリーダーシップには、カリスマ 的特性は害になり不要である。現代のリーダーはこの傾向は避けなければなら ない。必要なのは住民・国民の協働と自発的な自助努力を確保できる、社会の 安定と発展に貢献できる組織とその仕組みを構築できる「模範」となる人、人 々である。これができない公的組織のリーダーは、自らその役割に終止符をう つべきである。それが公的組織のリーダーを志した「責任」である。社会も迎 合し認めてはならない。 ※ドラッカーの言葉は「マネジメント」「チェンジリーダーの条件」 「明日を支配するもの」「非営利組織の経営」「ドラッカー365の 金言」「経営の哲学」(全てダイヤモンド社)などからの引用です。 ー著者紹介ー