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特別支援学級在籍児童の居場所獲得の過程 ―A児の事例―

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(1)特別支援学級在籍児童の居場所獲得の過程 −A児の事例−. 中山たまき ・ 中山. 篤 ・ 浦﨑源次. 群馬大学教育実践研究 第 26 号. 群馬大学教育学部. 277∼285 頁. 別刷 2009. 附属教育臨床総合センター.

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(3) 277. 群馬大学教育実践研究 第 26 号 277 ~ 285 頁 2009. 特別支援学級在籍児童の居場所獲得の過程―A 児の事例― 中 山 たまき 1) ・ 中 山. 篤 2) ・ 浦 﨑 源 次 3). 1)高崎市立新町第二小学校 2)藤岡市立藤岡第一小学校 3)障害児教育講座. How does a child in the special class find a niche for herself in the school and class Nakayama Tamaki 1). Nakayama Atsushi 2). Urasaki Genji 3). 1) Takasaki Municipal Shinmachi Daini Elementary School 2) Fujioka Municipal Fujioka Daiichi Elementary School 3) Department of Special Need Education キーワード:特別支援学級 選択性緘黙 居場所 適応 (2008 年 10 月 31 日受理). Ⅰ はじめに. た学校行事や学年行事はほとんど設定されていない状. 小学校入学当初の児童たちは、新しい担任、新しい. 態である。つまり、障害を有する僅かな児童は通常学. 友達、新しい教室、勉強などの新しい体験を通しなが. 級の児童のための文化を中心とした学校において、大. ら、同時に、様々な混乱を引き起こしたり経験しなが. 多数の通常学級の児童の文化に適応して生きていかね. ら、学校生活に徐々に馴染み適応していく。ここには. ばならないという現状がある。. さまざまな適応が含まれるが、最大の課題は着席や起. したがって、特別支援学級の児童が学校に適応する. 立、礼などの立ち居振る舞いから書き言葉などの学習. とは、大多数の通常学級の児童の文化に合わせて振舞. 内容にまで及ぶ学校の文化への適応である。特別支援. うようになることであり、それは大多数の側からの要. 学級の児童にとっても事情は同じであるが、かれらに. 請によるものと考えられる。しかし、それでは、特別. は、特別支援学級であるがゆえの課題が加わる。. 支援学級の児童は学校において「主人公」とはなりえ. 特別支援学級が通常学校に設置されていることか. ない。すべての児童が「主人公」となる学校という観. ら、かれらには生活や学習などにおいて通常学級の児. 点に立てば、 特別支援学級の児童が大多数の文化に 「適. 童との交流の機会や場面が多く設定される。そのこと. 応」するのではなく、その中で自らの「居場所を作る」. 自体は、日々の生活が通常学級の児童に囲まれ、行事. という発想が重要ではないだろうか。このような観点. への参加の機会も多くあるということであり、特別支. にもとづき、われわれは、一般に「適応」ととらえら. 援学級の児童と通常学級の児童との自然な交流の場に. れる過程を、 「居場所作りの過程」ととらえ直した。. 恵まれているといえる。しかし、学校行事や学年行事. 本稿における事例は、選択性緘黙といわれている児. は通常学級の児童の生活に合わせて設定されたものが. 童が、次第に担任教師や特別支援学級の児童、通常学. ほとんどであり、特別支援学級の児童の特性に合わせ. 級の児童と交じり合いながら、 自分の居場所をみつけ、.

(4) 278. 中山たまき・中山篤・浦﨑源次. 活動を自ら行うようになっていく過程である。入学当. Ⅱ 実践経過. 初は、席に座ることもなく母親の傍に立ち、担任教師. 1.就学直前. ともまったく話をしない状態であった。自分の思いを. A 児は就学時健康診断の際、受付順の6~7 人のグ. 伝える際には、そばに付き添う母親に耳打ちをし、代. ループに混ざり、診断・検査を受けた。母親がグルー. 弁してもらっていた。母親が A 児のしぐさから、意を. プの後方に付いてまわり、健康診断は問題なく全てこ. 汲んで代弁することもあった。常に母親が寄り添って. なした。 知能検査は教室には入るが手をつけなかった。. いることで自分の身の置き場を確保し、他人との関わ. 確認検査にて初めて筆者の一人(ここでは N とする). りや学校生活において必要なことも母親を通じて行な. と対面したが、母親が廊下から「何も言わないと思い. い、母親の陰に隠れて周りの様子を観察していること. ます」と言ってくる。名前を聞くと無言だが、確認検. もあった。これは A 児にとっては何不自由ない状況で. 査の問題は注意深く聞いているようである。いくつか. あり、母親にとっても子どもの庇護者となることは別. の質問には、今にも唇を動かしそうな感じもあり、答. 段問題はないことのように見受けられた。特に、小学. えは分かっているのではないかと見受けられた。. 校という新しい環境へ強制的に移行させられたわけで. その後 N が A 児の在籍する幼稚園に赴き、市の就. あるから、 A 児や母親が、 精神的な混乱を免れようと、. 学・審査に向けての面談をした。終始母親にぴったり. 今までのような主体者とその代弁者という関係を強化. と寄り添い、ラポートをとることも難しい状況であっ. し、安定できる場所の確保のために保護―被保護の役. た。母親が「検査はしないと言っている」と本人の意. 割を強化することは当然のことといえる。むしろ新し. 思を伝えてきたので、田中ビネー知能検査Ⅴは実施し. い環境で混乱をきたすより、今まで通り安定した代弁. ないことにして、S-M 社会生活能力検査のための聞. 者と庇護者の存在により保障された活動の方が望まし. き取りのみを行った。園での様子を聞くと、 「ほとんど. いともいえる。しかし、常に代弁者を通じて自分の意. 活動していない。トイレはオムツで対応している。給. を第三者に伝えるコミュニケーションが、十分に本人. 食は母が来園して付き添って食べさせている。その他. の意図するように伝わっていくのかという問題と、庇. の活動も先生の前では何もしないと決めているよう. 護するものの存在によって自分のやってみたい活動が. だ。 」とのことであった。本人の前で「できないこと」. 主体的に十分に楽しめることになるのかという問題も. の話はしたくないが、母親から離れられないために、. 起きてくるように思える。つまり、人間が本来持つで. その状況を作れず、やむを得ず本人同席で面談を実施. あろうと思われる、他者や事物に対して主体的に働き. した。本児についての肝心な話ができないままであっ. かけるということの良さを、代弁者と庇護者の存在が. たが、こちらの問いかけに対し、母親に耳打ちし代弁. かえって失わせてしまうこともあるのではないかと考. してもらうことから本児は大人の会話をよく聞いてい. えた。さらに、A 児ができることでも、母親ができな. て、理解もしているように思われた。. いはずであると判断し担任教師に伝えることで、A 児. 4月に入って担任が N に決定した時点で、N は自分. がやらなくてよいと受け止めたり、担任教師が A 児の. が担任に決定したことを電話にて伝え、母親に学校生. 本来の力を判別できず、その可能性について見通すこ. 活で心配なことを具体的に聞いた。①トイレ②給食③. とも難しい状況になったりするのではないかと考えら. その他の活動が不安とのことであったので、①トイレ. れた。そこで、A 児が自発的に話すこと、もしくは何. では用を足せないようなので、慣れるまでは「パンツ. らかの方法で自分の意思を表明することや、活動を自. 型オムツ」で対応する、②給食は母親同席で食べても. 己決定し臨めるようになる事を狙い実践を行ってきた。 らう、③学校での活動については学校という場に慣れ 本事例では、入学当初学校においても母親の庇護下に. ることを第一に考えて工夫していく、ことを伝えた。. あった A 児が、自分の言葉で意思を伝え、自らが自分. A 児の気持ちを第一に決めたいと思ったが、本児とい. の居場所を定め活動を始めるまでの過程を特徴的な出. うより母親の意向が強いような印象をもった。. 来事をもとにまとめ、居場所を定めるまでに必要な人 間関係と課題のあり方について考察した。.

(5) 特別支援学級在籍児童の居場所獲得の過程. 2 第一段階 -母親経由のコミュニケーション・やらない-. 279. 業前活動の「1 年生を迎える集会」への参加は無理 と言うので体育館2階から母親と見学することにした。. 2)入学式当日. 2年生担任の教師の配慮で 2 階席にいたままプレゼン. 入学式には両親と登校した。 カメラを持った担任教師. トをもらうことになったが、プレゼントはとても気に. (N)を見ると一寸足を止め、固まったようになってし. 入り、帰宅後部屋に飾ったと連絡帳に書いてあった。. まった。 カメラを向けられるのが苦手なのかもしれない と察せられた。 A 児は緊張からかこわばった表情のまま、 2 第二段階 終始刺すような目つきで辺りを見回していた。 式場では友だちの近くで立ったまま開始時刻を待. -ちょっとやってみようかな(自分の思いを出す)- 1)教師や友達の活動をみる. つが、式が始まっても着席できずにいた。母親に新入. A 児の学校生活は母親の付き添いの下でスタートし. 児童席の横に座ってもらうが、最後まで立ったままだ. た。しかし、担任教師は、母親への遠慮があるとはい. った。式後の記念撮影に参加することも拒んだ。. え、A 児との関わりが何もかも母親を介した間接的な. 3)学校2日目. ものであることに疑問を持ち、思い切って母親に「学. 入学式の翌日は、母親と一緒に教室脇の玄関までき. 校での活動は担任から A 児に伝え、その反応を読み取. た。担任としては A 児の不安も全て受け入れるつもり. る努力をするのでA児が望んだときだけ伝言してほし. で迎え、 「何かあったらすぐにお母さんへ連絡して学校. い」と提案した。口頭では A 児の耳に入るため、登校. に来てもらおう」と伝えるが、中には入らなかった。. 直後に連絡帳に担任からの要望を書き、すぐに読んで. 母親が「帰っても大丈夫?」と心配そうに尋ねると母. もらった。母親が直ぐに同意してくれたので、担任は. 親に何か話しながらその手を握って引き止めていた。. たとえ反応が得られなくてもA児に直接堂々と声をか. 母親によると「トイレが心配だから帰らないで」と言. けることができるようになった。. ったようである。トイレが心配な理由はパンツ型オム. その結果、前日までとは違う A 児の様子が見られる. ツを履いてなかったためであったが、本児の祖母と母. ようになった。担任教師は「やりたくなったらいつで. 親とが相談して急遽パンツ型オムツを中止したことを. もやってみていいよ。できないことは見ていればいい. 母親からその時初めて知らされた。急な変更で担任教. よ。 」というスタンスをとり、たとえ A 児が活動に取. 師も動揺したがA児にとっても学校生活への不安が増. り組まなくても教材を準備して待っていたが、この日. すことになり、マイナスに作用してしまったようであ. を境に A 児は B 児を手本としてよく観察し、 次のアク. った。結局、母親が帰らずに教室の中でも付き添って. ションをおこそうと準備しているように感じられた。. もらうことになった。担任教師が話しかけても A 児は. この変化は、母親の経由がなくなり B 児に対するのと. 反応せず、母親が担任教師の言葉を復唱すると A 児が. 同じように担任教師がA児に直接話しかけるようにな. 母親に答える、母親が A 児の言葉を復唱するという形. ったことで、A 児は B 児と対等に授業に参加している. で、次第に母親が仲介することになった。結局その日. という思いを持てたからではないか、と思われた。. は担任教師の言葉を隣にいる母親がそのまま復唱し、. しかし、翌日の連絡帳には、 「A 児は『おかあさんに. A 児は自分の思いを母親にそっと耳打ちし、それを母. 学校に最後まで絶対にいてほしい。 』と言っている。 」. 親が担任教師に伝えるという形で、コミュニケーショ. と記されていた。母親が学校に来なくなることへの不. ンは全て母親に仲介してもらうことになった。. 安があるのではないかと判断し、A 児の不安を取り除. A 児は教室内を観察し、 「幼稚園と違う」などと母親 に耳打ちしたりしていた。立ったままで担任教師を刺. くために「A 児がいいというまではお母さんにずっと 学校にいてもらうつもりだよ。 」と話した。. すような視線でじっと見ることもあった。内容はどう. 1 組(知的障害特別支援学級)と 2 組(情緒障害特. あれ、人物についての関心をもっていることは感じら. 別支援学級)の合同授業である生活単元学習「お花見. れた。A 児が同じ学級の 6 年の児童(B 児)の活動を. をしよう」 において 4 人でお団子を作ることになった。. じっと見ていたので、やりたくなったらいつでもやっ. 丸める作業は基本的には全員がそれぞれ「自分の分」. ていいことを伝えた。. をつくることになっていたので、A 児も「自分の分」.

(6) 280. 中山たまき・中山篤・浦﨑源次. を作って一部は試食し、残りはお土産となるはずだっ. という担任教師のイメージを転換させることに繋がっ. た。事前の学習において油粘土で「お団子作り」の練. ていったとも考えられる。. 習をした時には見ているだけで触ることもなかったが、. 担任教師と B 児と 3 人で紐通しをする。出来上がっ. お団子の生地には少し興味を示し恐る恐る触る姿が見. たらお土産にすることにする。担任教師は A 児のこと. られた。結局お団子を丸めることまでには至らなかっ. が気になるものの見ていると手が止まりそうなので、. たが、友だちから分けてもらい、持参した弁当箱にお. 一緒に作業をし、自分の作業に夢中の振りをする。す. 土産のお団子を入れて持ち帰った。A 児はそれを家で. ると A 児も「見られていない」と思い安心して作業が. 食べたという。お団子は生まれて初めて口にしたと母. 続けられたようだった。母親も「少しずつ慣れてきた. 親が伝えてくれた。. ことに加えて興味あることなので折り紙やビーズに手. 2)教師や友達といっしょにやってみよう. が伸びたのではないか」と話した。. シリコン製のゼリーを作るための型(ディズニーア. 母親によると担任教師が席をはずした場面で、隣に. ニメの中に登場するプリンセスたちのガラスの靴やテ. いる母親と絵本の音読ができたという。初めてのこと. ィアラやりんごなど 10 種くらい模られているもの). であり、しかも教室には1組担任の教師がいたにもか. に興味を示したので、その型で氷を作り、出来た氷を. かわらず声を出せたことに母親はとても驚いたそうだ。. B児と二人で分けることにした。できあがった氷の形. ところが担任教師が戻ったとたんにやめてしまった。. がそれぞれ違うため、気に入った氷をもらうためには. 母親が理由を聞くと、指を担任教師の方に向けたとい. 自分の意思表示をしなければならない状況がおきた。. う。母親曰く、 「担任の先生に対して自分の事をよく見. すると、自分の欲しい形を指で示した。これが担任教. ている先生と言う思いがあり特に敏感になってしまう. 師に自分の気持ちを示す初めての行動だった。 その後、. ようだ」とのことだった。 「評価する人」として担任を. この型に溶かしたチョコレートを流して固める活動の. とらえており、 「保護する人」として受け入れてもらう. 時には、大好きなチョコレートということもあり、欲. ことのハードルの高さを改めて感じつつも、A 児にと. しい形を直ぐに決めて示してきた。活動がチョコレー. って「マイナスな存在ではない」ことを早く伝えてい. トの固まるのを待つばかりとなった段階で残りのもの. くよう努力するしかない、とこの時思った。この日の. の片づけをした。担任教師がボールに残ったチョコレ. 下校途中に、同じ幼稚園出身の子に偶然出会い、 「バイ. ートを指で掬って差し出すと 「ぺろっ」 となめてみた。. バイ」ができたという。これは学校での活動が充実し. 大好きなチョコレートとはいえ、担任教師の指につい. たものだったからこそのことではないかと思う。. たものを直接口にしたことは驚きだった。B児の存在. さらにこの日、学校から帰ると母親に上機嫌でクイ. が後押ししてのことかも知れないが、ずっと緊張した. ズを出したとのことであった。それは自分で考えたク. 表情をしていたA児のちょっと照れくさそうな嬉しそ. イズで、知人の家族の人数を当てるものだった。答え. うな表情をこの時初めて見ることができた。. には学級の友だちの B 児や1組の C 児、D 児が登場. A 児の家にある絵本「しろくまちゃん」シリーズや. したが、最後の問題はなんと担任教師の家族に関する. 「はらぺこあおむし」が学校にもあることに興味を示. 問題だった、と言うので驚いた。担任教師は何気なく. したので、 「しろくまちゃんのホットケーキ」 を題材に、. 自分の家族のことを口にしていたものの、そのことが. 絵本と同じホットケーキづくりをすることにした。担. 思いのほか A 児の心の中に残っていたことに驚き、学. 任教師と絵本の中の表現(ぽたん、どろどろ、ふくふ. 級の友だちと同等に担任教師もクイズに登場させても. くなど)を楽しみながら生地を作り、焼いた。初めて. らえたことがとても嬉しかった。暖簾に腕押しのよう. の経験だったと思うが、B児も一緒なので不安が軽減. な手ごたえの無さであった毎日の活動が、実は無駄で. されたようで、 一緒にわくわくした表情で作っていた。. はなかったと感じた瞬間だった。. 学校でおやつづくりができるということが、何かをし. 「折り紙」の活動では、担任教師の傍らで折り紙を. なければならない、させられるという A 児の学校イメ. 選び、選んだ折り紙で風車を作った。風車は折り紙で. ージを楽しい活動ができるというイメージへ変えるこ. 簡単に作れるもので、担任教師が見本を作って回して. とになったとも考えられる。 この変化は、 「評価する人」. 見せると興味を持ち自分の分を作った。担任教師が針.

(7) 特別支援学級在籍児童の居場所獲得の過程. 281. 金で風車を軸に取り付けると、B児が息を吹きかけ回. ことは母親を介さずに身振りとその表情ではっきりと. してみた。A 児は作ることはできたものの息を吹きか. 担任教師に伝わった。自閉傾向のある B 児に声をかけ. けることができないようなので、外へ出て風に当てる. てもその視線をとどめておくことは難しく、一瞬 A 児. ことにした。自分から靴を履き外に出られた。外で風. の方を見ても肝心のしゃぼん玉がタイミングよく飛び. に当てると風の力でよく回った。風車の向きを変える. 出さない。担任教師は何度も何度も B 児に声をかけて. とさらによく回ることに気づきいろいろと向きを変え. は、A 児の作るしゃぼん玉を待つ。A 児がしゃぼん玉. ていた。 しばらく回した後に母親を介して「風車をもち. を作るのとB児が見るタイミングが合わずB児が肝心. かえってもいいか」聞いてきた。 「いいよ」と伝えると. な場面を見逃す。すかさず A 児が「今、見てなかった. とても嬉しそうだった。. よ」と主張してくるので、担任教師は A 児の希望を受 け、繰り返し B 児に A 児を見るように促していた。何. 3 第三段階. 度も繰り返しているうちに何とか B 児に A 児の 「しゃ. -自分でやってみよう(居場所を定める)-. ぼん玉」を見届けてもらうことができ、A 児も納得し. こうして、友達への関心が高まり、母親を介して声. た。今まで A 児は見られていることに拒否的な傾向が. をかけてもらう場面が増えてきた。家事都合により欠. あったが、ここでは逆に見られたいという思いが強く. 席した次の日、1 日あいているにも関わらず「お母さ. 現れた場面であった。思わずしゃぼん玉の発表会のよ. んずっといて」と一度も言わなかった、と母親が驚い. うになったが個々の活動から始まり、最後は連帯感を. ていた。仲介することを母親が躊躇しているような場. 感じられるとても楽しい活動だった。. 面では「早く言って」とせがんだ。母親に頼む声が以. 母親はシャボン玉をしたこと、見て欲しいと自己主. 前より大きくなり、A 児の声がはっきりと聞き取れる. 張したこと、外に出るのに自分一人であわてて靴を履. こともあった。A 児が自分の意を他者に伝えたいとい. いていた様子に驚いていた。その日の連絡帳には「学. う思いが大きくなったことだと考えられた。. 校での活動に少しずつ慣れ、しかも参加したことには. シャボン玉の活動をした。 液作りは B 児に任せ A 児. 驚きました。自分の椅子にも少し座れるようになりま. は見ているだけだった。大きな入れ物にたっぷり作り. した。明るい笑顔が多く見られ本当に嬉しくほっとし. みんなで使うことにした。今までの活動から A 児はス. ています。 学校に対しての不安も言わなくなりました。. トローで息を吹き込みシャボン玉を作ることはできな. 一歩前進するとその分家で反動が出たりもしますがゆ. いだろうと考え、豆腐すくいや針金で作った柄つきの. っくり本人のペースで進んだり止まったり戻った. 輪を用意した。液をつけてそのまま柄を持ち上げたの. り・・・そのくり返しをしながら少しずつ成長してく. では風が上手く当たらない。液のついた輪を素早く持. れればと思っています。またよろしくお願い致しま. ち上げながら、少しだけ手首を傾けると風が当たりや. す。 」との母親の言葉があった。この活動の後、A 児は. すくなるのだが、A 児もB児もなかなか上手くいかな. 教室の自分の椅子に自然に座れるようになった。今ま. かった。担任教師がやると面白いようにしゃぼん玉が. では席の所にいても腰をかけることはしていなかった。. 次から次へと飛び出した。風にあてる角度がポイント. A 児にとって上記のような活動を積み重ねる中で、担. なのだがそれをマスターするまでに2児とも苦労した。 任教師・クラスメイトの存在を把握し、教室を自分の それでも続けていると適度に風があったこともあり. 居場所として捉えることの準備をしていたのかもしれ. 徐々にしゃぼん玉が出来た。A 児も B 児もたくさん飛. ないと思う。椅子に座れたのは、これからもこの教室. ばした。校務員さんが「じょうろの先」でもできない. で活動をしていくと決めた、居場所を確定した瞬間だ. かと持ってきてくれた。B 児がじょうろの管から息を. ったのではないかと考える。. 吹き込むと面白いように連なったしゃぼん玉が噴出し. 偏食がちな A 児だが甘いものは大好物なので、生活. た。A 児も「じょうろの先」が気に入り B 児の次に挑. 単元学習で「おやつ作り」を計画した。メロンパン作. 戦した。しゃぼん玉と泡の中間のような「おかしなし. りでは、材料を確認する、分料を量る、クッキー生地. ゃぼん玉」にみんな大笑いした。しばらくすると A 児. を作る、パン生地の材料を機械に入れる、捏ねあがっ. が「自分がやるから見ていて」と主張してきた。その. た生地を切り分ける、パン生地を丸める、パン生地に.

(8) 282. 中山たまき・中山篤・浦﨑源次. クッキー生地をのせる、メロンパンのすじをつける、. し「やってみた」ことが、大きな前進につながった。. グラニュー糖をふりかける、オーブンで焼く、という. 今まで母親の懐で守られていた A 児が、自分の足で一. 活動がある。それぞれの活動は友だちと順番に交代し. 歩前へ踏み出したことで、不安でいっぱいだった「学. ながら行うものとした。活動の仕方を伝えると A 児も. 校」へ毎日楽しく通うことができるようになった。 A児. 順番に混ざり活動していた。 メロンパンの試食会では、. の気持ちをいつも考え見守っている母の存在があった. A 児は始めて教室でみんなと食べることができた。焼. からこそ、一歩踏み出すことができたことは言うまで. きたてのパンは格別だったようで、家へのお土産の中. もない。母親が喜んで応援してくれたからこそ次なる. から祖父母宅へおすそ分けをしたそうだ。そして A 児. 一歩につながってきた。. の活動の成果を祖父母からも認められ、A 児の活動に プラスに作用することになる。. 母親は担任教師に対してとても協力的で、A 児の理 解の助けになればと多くの資料を提供してくれたり、 A 児の日々の様子をこと細かに知らせてくれたりした。. Ⅲ 母親の変化. そのお陰で、担任教師は A 児の理解を深めることにつ. 母親はいつも A 児に寄り添い、A 児のことをいつも. なげられた。そしてその結果として A 児が「興味を示. 考え見守ってきた。A 児のことは何でも知っている存. す・好む活動」を掘り当て、設定することができたの. 在である。幼稚園時代の A 児は「担任の前では何もし. だと思う。A 児が始めの一歩を踏み出せたのは、A 児. ないと決めていて、家でできることも園では全くしな. の母親、家族の支えと学校という新しい環境で新しい. かった。 」という。そんな A 児のことを心底心配して. 仲間と新しい担任と過ごす中で、 「しないことに決めて. いるのも母親である。 母親は A 児の不安をいつも A 児. いた」心の何かを「やってみよう」に変えることが出. と一緒に受け止めてきた。小学校入学に対しても大き. 来たからだと考える。. な不安をともに抱えてきたのだと思う。A 児の変化は 母親の変化なくしては有り得なかったと言える。 入学当初、A 児の心配は母親の心配でもあり、母親 の心配は A 児の心配でもあった。お互い向かい合い、. そしてその「初めの一歩は」新しい居場所として「教 室」を受け入れることにつながっていく。居場所が見 つかったからこそA児の学校での不安がさらに軽減さ れ次のステップへ進めたに違いない。. 同じ不安を抱えていた。しかし、A 児は小学校に入学. 母親と担任教師をつなぐ大事な役割を果たしたの. し(特別支援学級に入り) 、担任教師やクラスメイトに. が連絡帳である。担任としては事務的な連絡の他に母. 出会い、徐々にではあるが、今まで封印していた(貯. 親の知らない学校でのA児の様子を知らせることとし、. めていた)自分の力を発揮することができるようにな. 母親からは自分の知らない情報を知らせてもらうこと. ってきた。この A 児の変化が母親の気持ちを変化させ. にしていた。母親は実に事細かに A 児の家での様子や. ることになった。初めの一歩は僅かではあるが確実に. 変化、学校での感想を聞きだすなどして知らせてくれ. 母親の不安を減らすことになった。そして、母親の変. た。担任教師は A 児の反応や思いを知ることでその後. 化は、これまで親子が一心同体で「共有していた不安」. の活動を修正したり発展させたりすることができた。. そのものを減らす方向で作用した。 母親の不安が減り、. A 児がよい意味で母親から距離を置いて活動できるよ. 母親の変化を感じ取ると、A 児にも直ぐに伝わり、 「喜. うになると次第に学校での“お母さんの知らない A 児. んでもらえること」が A 児の頑張ろうとするエネルギ. の活動”が増し、担任教師は母親にその内容を詳しく. ーの根源になっていったようである。. 知らせる必要も出てきた。ここでも母親の協力なくし. これらの変化は結果として大きなことだが、小さな. ては考えられないことである。連絡帳を活用すること. 小さなことの積み重ねの結果だと思う。きっかけは、. で共通理解ができ、 家庭との連携が深まったといえる。. 「しないことに決めていた」A 児の心の何かが、学校. 連絡帳から以下の記述があった。. という新しい環境で新しい仲間や新しい担任教師と過. 「少しずつ先生と課題に取り組めるようになってきて. ごす中で、少しだけ「やってみよう」に変わったこと. ほっとしています。20 分休みも 1 組の教室で新しい友. と考える。A 児が今までできなかった、または、やら. 達と粘土を楽しんだようです。私の所へ来ては『だっ. なかったことを新しい環境で勇気を出して一歩踏み出. て先生がいるから・・・』『先生が見ているから・・・』.

(9) 特別支援学級在籍児童の居場所獲得の過程. 283. と言ってきますがその都度『そうにきまっているよ。だ. 図1-2は教室内での母親のA児への介入の仕方を. って学校だもの学校は先生がいるところだよ。』と話す. 意図的に変えてもらったところをあらわしたものであ. ことによって少しずつですが『そうか!(学校は先生が. る。担任教師の呼びかけを母親が復唱しないようお願. いるところ)』と思えてきている気がします。 『そうか。. いし、担任教師からの声かけが直接 A 児に伝わる形に. 先生がいるのが当たり前なんだ。』このことを納得して. なった。担任教師は A 児の気持ちをその表情で読み取. (受け入れ)先に進めるのではないかと思いました。 金曜. る努力をした。直接呼びかけることで A 児の気持ちの. 日、先生と 1 対 1 で取り組めたことで、先生がいるのが. かすかな変化を読み取ったり、二者択一で気持ちを表. 当たり前ということがより理解できたのではと思いま. しやすくしたりするような工夫をした。. す。ありがとうございました。」 「無理なくできる活動を積み重ねて1ヶ月たち、 表情も 豊かになり、友だちだけでなく、担任の先生にも『言い たい、見てほしい』という思いでいっぱいになってきま した。 」 以上の記述からも母親が学校を肯定的に捕らえ、 A 児を導こうという気持ちが感じ取れるとともに、A 児 が他者に対して自分の意を伝えたいことや自分を見て ほしいという気持ちが現れてきたことが伺えた。 Ⅳ A 児をめぐる教室における人間関係の変化. この実践は本学級の A 児とB児そして担任の、三人. A 児との活動は、 「担任」に対して「何の表現もしな. の活動の中でなければ成立しなかったと言える。図2. い」という所からのスタートだったので、ほんの小さ. はこのことを表している。B児の活動が全て A 児の手. な糸口を探すことから始まった。. 本となり A 児に伝わっていった。 A 児がこの場所で 「自. A 児と担任教師を取り巻く人間関係を図で表すと初. 分もやってみる」という気持ちになれたことから活動. めは図1-1のような関係であった。A 児は母親に守. が始まる。入学当初は不安のためか警戒して提示する. られているために担任教師との関係は間接的だった。. 課題を受け付けてくれなかった A 児だが、B児の活動 を見たり、B児と担任教師とのやり取りを見たりする うちに「かたくなさ」 「こだわり」より「やってみたい 気持ち」が大きくなってきたようだった。A 児は初め て教室で興味を示した活動に対して取り掛かる前に 「できたものを家に持ちかえっていいか」と母親を通 して聞いてきた。了解すると安心して活動した。その ことから A 児は学校で出来たもの「活動の成果」を家 に持ち帰りたいという気持ちが強いことを知り、A 児 の興味を引きつつ、成果として持ち帰ることができる ものを課題におりまぜた。例えば風車やこいのぼり作 りである。こどもの日に向けての活動であるこいのぼ り作りでは、布にこいのぼりの図案を写し、色塗りを した。ミシンがけは担任教師が行い、こいのぼりがで きあがった。風車の柄にくくり付け「ミニこいのぼり」 が完成した。 ほかに「母の日」と「父の日」にむけた焼き物をした。 粘土のたたら板にA児が思いをこめて絵とメッセージ を描いた。担任がマグカップに組み立て焼成した。A.

(10) 284. 中山たまき・中山篤・浦﨑源次. 児が自分で作ったものを両親にプレゼントするという. を楽しんでいたようだ。その後 A 児は数合わせをしよ. のは初めてのことだったと思う。A 児も大変意欲的に. うとB児を誘った。. 取り組み、両親にプレゼントすると、両親がそれぞれ とても喜んでくれた。. 日常生活でも変化が出てきた。朝のランドセルの準 備はいつの間にか一人でやっていた。授業参観につい. A 児は初め「ずっと母親に学校にいてもらいたい」. ては「ホットケーキ作り」を希望し、楽しみにしてい. と言っていた。活動を重ねるうちに、 「いいというまで. た。日曜授業参観のリハーサルの後で課題を確認した. はずっといてもらえる」という約束を信じられるよう. 時の感想を母親が聞いてくれた。それによると「給食. になり、 「お母さんずっといて」と一言も言わなくなっ. エプロンの脱ぎ着が大変だった。大好きな絵本と同じ. た。そしてその後、母親が家から「書類をもってくる」. にできたことがとても嬉しかった。卵を割ることとフ. ことや「洗濯物を干してくる」ことで A 児から離れる. ライ返しでひっくり返すことが難しかった。一人でで. ことにも同意し、学校で母親が付き添っていても母親. きないことは牛乳パックを開くこととパンケーキを裏. に対して「図書室に行ってきていい」とか「教室で待. 返すことなので B 児に助けてほしい。 」とのことだっ. っていて」と母親が A 児から離れることを自ら促すよ. た。このことは、自分一人でできることと、他者の助. うなことも言えるようになった。さらに「休み時間に. けが必要なことを自分で判断し、母親以外の他者の手. トイレのお助けに来て」と「自宅に帰っていてもよい」. 助けも容認できるようになったことでもある。ボタン. などと、母親の助けが必要な時と一人で大丈夫な時を. 掛けに自信がないようだが「少し手助けがあればでき. 選択し言えるようになった。そのことを図に表すと図. る」とのことであったので、母親ではなく担任が手伝. 3 のようになる。. うことになった。 Ⅳ おわりに 入学から夏休みまでは、僅か 100 日ほどの短い期間 であったが、A 児にとっては、人的、空間的環境が劇 的に変化していった期間だったと思う。新しい環境の 中で A 児は自分の意思を母親に代弁してもらったり、 母親の影からそっと安全を確かめたりするなど上手に 母親を使いながら、新しい環境に慣れてきたように思 う。担任教師や学級の友だちは強引に A 児を座らせた り話をすることを求めたりはしなかった。担任教師は. A 児が学級の友だちを仲間と認めると、それに呼応. いろいろな教材を提示したが、 無理強いはしなかった。. するように学級の友だちもA児を仲間と認めてくれた。. A 児は友達がすることを良く見ていて、これならやっ. そのことは学級の中での活動に大いにプラスに作用し、 てもいいと自分で決めて活動をしていた。だから、担 よい変化につながっていった。例えば、いろいろなカ. 任教師はA児にいろいろな教材や単元を直接やろうと. ードを使ってのカード遊びである。かるた遊びでは読. いうよりは、友だちに提示して、うまく A 児を引き込. み手の声をよく聞いて積極的にカードを取ることが出. もうと考えた。周りをとてもよく観察することができ. 来た。1枚のかるたを同時に取ろうとしたときにはじ. る A 児にとってこの方法は良い方法であった。友達の. ゃんけんで決め、じゃんけんの勝者がカードをもらえ. 様子を観察した後、自分ならできるという確信を持っ. るようになった。何度かかるたを同時に取り、じゃん. て臨むことができた。ひょっとすると、友だちができ. けんで決める場面があった。やがて A 児がわざとB児. る様子を見ていて、自分もできないわけにはいかない. がかるたを取るタイミングに合わせて手を出し、A 児. という競争心に近い気持ちも出てきたのかもしれない。. とじゃんけんをするということを楽しむこともあった。 本事例の「しゃぼん玉」の活動で、A 児は自分がしゃ じゃんけんの勝敗はあまり関係なかったようだ。とに. ぼん玉を作ることを他者に見届けてほしいという思い. かく「同時だね。じゃんけんで決めよう」という場面. が現れる。さらに、見届ける人物も選択する。担任は、.

(11) 特別支援学級在籍児童の居場所獲得の過程. 285. A 児の思いを受けてB児に A 児の活動をきちんと見届. が起きてきた。さらに、A 児の意思の表出にしても、. けられるようにつなぐ役割をすることになる。 そして、. A 児の僅かなしぐさ、 例えば目の動きや表情などから、. A 児は自分の活動を他者に見てもらえることで満足し. A 児の意を察し即座に代弁することにより、A 児自身. 活動を終えることができた。カードゲームではルール. が話さなくても良い状況を作り出していた。このこと. に従い友達と遊ぶことを楽しんだ。他者の決定した文. は、 母親の観察力の鋭さ、 母親の経験値の確かさなど、. 化に入って遊んだと考えることもできる。これらのこ. 親子のつながりの深さや大きさが改めて確かめられた. とは、A 児が他者を意識し活動をするという点で大き. ことでもある。しかし、そのことにより、かえって母. な出来事であると考える。A 児は、次第にいろいろな. 親自身がA児から離れられないという不安な思いにつ. ことに目をむけ手を出すようになる。活動を自ら決め. ながっていたようにも思えた。その後 A 児の学校での. 取り組むことになると自分の椅子に座るようになった。 活動の変化とともに、次第に母親が、A 児と精神的距 自分の意思で活動と自分の席を決めるわけである。 「こ. 離を近くに保ちながら、意図的に物理的距離を置くよ. こに座りなさい。そして、これをやりなさい。 」ではな. うになっていった。しかも A 児の活動を好意的に肯定. く、 「ここに座って、このことをやってみようかな。 」. 的に捉えていた。そのことが A 児の行動をより発展さ. と A 児が決めたのである。 ここで A 児は自分の居場所. せていったように思えた。. をきちんと定めたことになると考えられる。そして、. A 児の変化という部分では僅かなことかもしれない. この居場所は space や place といった空間的なものだ. が、逆の作用になっていると思われることもあった。. けではなく、人間関係も重要な要素となっていた。居. まず医療機関や相談機関の存在である。不安を抱える. 場所を決めることによって、A 児が次の学習へ向かう. 母親の思いに対して、その不安を裏打ちしてしまうよ. ために必要な最初の課題が解決したように思う。学級. うな医療機関や相談機関のアドバイスなどが、毎日の. の友達の存在を認め、担任の存在を認め、教室という. 学校での方向性と対立してしまうこともあった。次に. 空間を認めたことにより、はじめて A 児の安定した学. 交流学級のかかわりである。A 児が人とのかかわりが. 校生活が始まり、学習が始まるといえる。. 苦手であることを乗り越え、交流学級に入っていこう. A 児の変化を促していったことに母親の存在が重要. とするその思いを後退させてしまう対応も見られた。. であった。当初母親は A 児に対し、このことはできな. 周りをよく観察し、周りの状況を敏感に感じとること. いはずである、ここまではできないはずであると、行. ができる A 児に対して、A 児がここにはわたしの居場. 動の制限を無意識のうちに持っていたような部分もあ. 所はないと思えてしまうような机の配置や活動が見ら. った。このことによって、A 児が本来できていること. れたのである。それは担任が交流学級担任との情報交. をできていないと判断してしまうことや、できないの. 換の不足によるものだったと考える。. かやりたくないのかという判別も難しくなる。できて. 今後 A 児が居場所を広げていくために、A 児の自主. いることが曖昧になるため、できていることを踏まえ. 的な決定が成されるような課題や活動の場及び人との. て発展させていくということも難しい。そのため、担. かかわりの場の工夫を行っていくことが必要であると. 任が児童と関わるための提案事項も選択が難しい事態. 考える。. (なかやま たまき・なかやま あつし・うらさき げんじ).

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