原 著 〔東女医大誌 第63巻 第12号頁1457∼1462平成5年12月〕
超音波断層法を用いた糖尿病患者の残尿の検討
東京女子医科大学 糖尿病センター (*現:朝霞台中央総合病院および浜町センタービルクリニック) カワゴェ川越
イワサキ岩崎
ミチ サギサカユ ミ コ ミウラ アヤコ オオワ ダカズヒロ倫*・向坂由美子・三浦 文子・大和田一博
ナオコ シバタ ナオミ カワムラマ キ コ タカハシ ヨシァツ直子・柴田 尚美・河村真規子・高橋 継当
ワサダ タロウ オオモリ ヤスエ植田 太郎・大森 安恵
(受付 平成5年7.月15日) Ultrasonographic Measurement of Residual Urine in Diabet量。 Sublects Michi KAWAGOE*, Yumiko SAGISAKIA, Ayako MIURA, Kazuhiro OWADA,Naoko IWASAKII, Naomi SHIBATA, Makiko KAWAMURA,
Yoshiatsu TAKAHASHI, Taro WASADA
and Yasue OMORI Diabetes Center, Tokyo Women’s Medical College *Asakadai Tyuo General Hospital, Hamach6 Center Clinic Of 296 diabetic patients studied,49(16.6%)had an abnormal residual urine(ARU)volume of more than 50 ml on postvoiding bladder ultrasonography. The prevalence of ARU was significantly higher in patients with autonomic neuropathy than in pat重ents with intact autonomic function(36/147 vs 13/149,pく0.01). However,13(26.5%)of the 49 patients had no evidence of autonomic neuropathy. In pat量ents with autonomic neuropathy, the duration of diabetes, the use of insulin therapy, and the presence of retinopathy and nephropathy were positively correlated with ARU. In contrast, patients without autonomic neuropathy showed none of these correlations. Amarked reduction of residual urine volume occurred after good glycemic control was achieved. These results suggest that autonomic neuropathy is the main factor causing ARU量n diabetic individuals, with glycemic control playing a contributory role. 緒 言 糖尿病患者には,無症候性で,潜在的な残尿が しぼしぼ経験される.残尿は反復する膀胱炎や上 部尿路感染症の原因となり,糖尿病性腎症の管理 の上からも特に注意を払わなけれぽならない問題 である. 従来,残尿の有無はカテーテル導尿法,排泄性 膀胱造影法等によって確認されていた.近年,超 音波断層法により残尿を非侵襲的に診断する方法 が試みられ1)∼3),鶴崎ら4)は残尿量の推定計測式を 報告している.これまで糖尿病患者の残尿は,もつぼら自律神経障害との関連で検討されている
が5)∼8),今回著者らは,糖尿病のコントロール状態 や合併症および治療法別に検討を試みたので報告 する. 対象および方法 1.対象 1989年10月から1990年8月までの間に施行した 腹部超音波検査の際,残尿量を測定し得て,かつ 下部尿路系に明らかな器質的疾患を有しない60歳 以下の糖尿病患者296名を対象とした.後述の判定 基準で異常残尿ありと判定されたものは,296名中14 49名であった.対象の296名を自律神経障害の有無 道に分け,各々のグループにおける異常残尿の頻 度,および異常残尿を認める症例の臨床像を分析 することにより,糖尿病患者の残尿に及ぼす諸因 子について検討した. 2.方法 東芝SSA270の超音波断層装置を使用し,探触 子は3.5Mzのコンベックス型を用いた.排尿干た だちに仰臥位とし,膀胱上の正中線で縦断走査を 行った.推定残尿量は,鶴崎ら4)の計算式,すなわ ち推定残尿量=7.03×(膀胱縦断面積)+4.83を用 い,膀胱内腔面積より算出した.また,異常残尿 量についてはBuckら9)の基準に従い,推定残尿量 が50m1以上を異常残尿ありと判定した. 自律神経機能は,Ewingら10)11)の方法に基づい て,深呼吸時の心電図R・R間隔変動と,起立試験 による血圧および心拍数の変動より評価した.R− R間隔変動は1分間6回の深呼吸を行わせ,この 間に記録したECGから最小と最大心拍数の差を 求め,15拍/分以上を正常,10以下を異常とした。 起立試験では,ECG記録下に,起立後30心拍目の R−R間隔と15心拍目のR・R間隔との比(30:15 ratio)が,1.04以上を正常,1.00以下を異常とし た.また,臥位から起立後1分目の血圧を測定し, 収縮期血圧の下降度が,10mmHg以下を正常,30 mmHg以上を異常とした.これらの検査のうち2 つ以上の異常を呈したものを自律神経障害有りと 判定した. 糖尿病性網膜症の病期分類(福田分類)は,眼 科専門医によってなされた. 推計学的検定は,κ2test,さらに症例数が4以 下の場合はFisherの直接確率計算を用いた. 結 果 1.糖尿病患者における異常残尿の頻度および 異常残尿を認めた49名の臨床像 異常残尿(≧50ml)は,296名中49名(16.6%) にみられた.異常残尿を認めた49名(男性35名, 女性14名)の年齢は,13∼60歳(平均年齢50.9± 9.9歳),糠尿病を発見されてからの期間を罹病期 間とすると12.4±7.9年,糖尿病の病的は,インス リン非依存型糖尿病(NIDDM)44名,インスリン 依存型糖尿病(IDDM)3名,および二次性糖尿病 2名であった.全例において検査時に尿路感染症 はみられなかった.一方,対象とした296名中異常 残尿を認めなかった247名(男性161名,女性86名) の年齢は15∼60歳(平均年齢47.8±11.2歳),罹病 期間は8.4±7.5年,糖尿病の病型はNIDDM 206 名,IDDM 30名,二次性糖尿病1名であった. 2.自律神経障害と異常残尿との関連 対象の296名のうち自律神経障害を有しないも のは149名,有するものは147名であり,異常残尿 を認めたものは各々13名(8.7%),36名(24.5%) であった(図1).自律神経障害を有するものは有 しないものに比べて,異常残尿の頻度は明らかに 高かった(p<0.01).しかし,異常残尿が,自律 神経障害を有しない149名中13名(8.7%)に存在 したことは注目される所見である. 300ml以上の高度の残尿を示したのは男性のみ であった(図1)が,超音波検査上,明らかな前 立腺肥大の所見はみられていない. 3.罹病期間と異常残尿の関係 罹病期間を5年未満,5年以上10年未満,10年 残尿量 (ml) 300 250 200 150 100 50 ■;男性(n=36) [];女性(n=13) 300く ・ ■ 口 ■千 言 巳 .1 ■ ■ = ■口 ■冒 口 ’=贋 ’『冒 ココロロ 昌 口圏 ■■ロロ 自律神経障害 (一) .〈n菖13) (+) (n=36) 図1 糖尿病患者における自律神経障害と異常残尿の 関係
篇) 講3。 簾 蕊2・ 碧 震10
0
自律神経障害(+)(n=147);吻 〃 (一) (n=149) ;[コ Pく0.05 % % <5 5∼ 10∼ 15∼ (年) 罹病期間 覧) 嵩、。 祭 蕊2・ 碧 鍵10 自律宇申経障害(+) (n=147) ;% 〃 (一) (n=149);[=] 食事療法 経ロ血糖降下剤 インスリン 単独群 使用群 使用群 図3 糖尿病の治療法と異常残尿の頻度の関係 図2 糖尿病罹病期間と異常残尿の頻度の関係 以上15年未満,15年以上の4群に分類し,異常残 尿の頻度をみた(図2).自律神経障害を有するグ ループでは,5年未満群は36名四5名(13.9%) に異常残尿を認め,5年以上10年未満群は28名中 5名(17.9%),10年以上15年未満群30二二6名 (20.7%),15年以上群は53名中20名(37.7%)で あり,罹病期間15年以上群で5年未満群に比し異常残尿を認める頻度が有意に高かった(p<
0.05).一方,自律神経障害を有さないグループで は,各々74名中6名(8.0%),37名中4名(10.8%), 18名中2名(11.1%),19下中1名(5。3%)であ り,異常残尿を認める頻度と罹病期間との間に関 連はみられなかった. 4.糖尿病治療法と異常残尿の関係 全症例269名中自律神経障害を有する147名の治 療法別の内訳は,食事療法単独群(DIET群)29名, 経口血糖降下剤使用群(OHA群)42名,およびイ ンスリン使用群(INS群)76名であった(図3). 自律神経障害を有さない149名では各々56,31,62 名であった.そのうち異常残尿を認めたのは,自律神経障害を有するDIET群では29名中3名
(10.3%),OHA群では42名中6名(14.3%), INS 群では76名中27名(35.5%)であり,INS群はOHA群およびDIET群に比べ有意に異常残尿を
認める頻度が高かった(各々p<0.05,0.01).自律神経障害を有さないDIET群では56名中5名
(8.9%),OHA群では31門中4名(12.9%), INS 自律神経障害(+)(n=苛45);吻 〃 (一) (n=149);[=コ (%> 50 異40 爾 残 尿30 を 認 め20 る 頻 度10 0 漏愚 孫5 網膜症 (一) (+) (一) AI∼皿 A皿∼V BI∼V 福田分類 図4 糖尿病性網膜症の進行度と異常残尿の頻度の関係16 群では62名中4名(6。5%)であり,この野間には 差はみられなかった. 5.糖尿病性網膜症と異常残尿の関係 296名中,最近1カ,月以内に眼科医による眼底検 査を行ったものは294名であった(図4).294名中, 自律神経障害を有したのは145名,有しないのは 149名であり,それぞれのグループで,網膜症が存 在したのは115,56名であった.うち異常残尿を認 めたのは,自律神経障害を有するグループで網膜 症が存在しなかった30名中では2名(6.6%),網 膜症が存在した115名四32名(27.8%)であった, 一方,自律神経障害を有しないグループで異常残 尿を認めたのは,網膜症が存在しなかった93名門 では8名(8.6%),網膜症が存在した56名中では 5名(8.9%)であった.さらに網膜症を認めたも のを福田分類のAI, IIを1群, AIII∼Vを2群, およびBI∼Vを3群に分類し検討すると,異常残 尿の頻度は,自律神経障害を有するグループでは 1群は34野中4名(11.8%),2群は17名中8名 (47.1%),3群は64名中20名(313%)で,高度 の網膜症(2群,3群)を有するものに異常残尿 を示す頻度が有意に高かった(ともにp<0.05). 一方,自律神経障害を有しないグループでは1群 は37名門2名(5.4%),2群は4名中0名,3群 は15門中3名(20.0%)であり,網膜症の程度と 異常残尿の頻度には関連はなかった. 6.糖尿病性腎症と異常残尿の関係 糖尿病以外の明らかな腎障害を呈する原疾患を 認めず,持続性蛋白尿を認める症例を腎症ありと 判定した。296名のうち,自律神経障害を有するグ ループは147名,有しないグループは149名であり, 各々腎症を認めたのは76,15名であった.自律神 経障害を有するグループで,異常残尿がみられた のは,腎症が存在した76名中25名(32.9%),存在 しなかった15名中2名(13.3%)であった(図5). さらに,腎症を有するものを,持続性蛋白尿群, 1血清クレアチニン上昇(cr≧1。4mg/dl)群,およ び透析療法群に分け,異常残尿の頻度を比較する と,自律神経障害を有し異常残尿を認めた76名の グループでは,それぞれ36名中9名(25.0%),25 名中9名(36.0%)および14名門7名(50.0%) であり,腎症の進行群(透析療法群)でより高頻 度であった(p<0.05).また,自律神経障害を有 しない149名のグループで異常残尿を認めたのは, 腎症を認めなかった134名中11名(8.2%),腎症を 認めた15名中2名(13.3%)であった.腎症を認 めた15名を前記の3群に分けると,11名,3名, および0名であり,このうち異常残尿を認めたの は,それぞれ11名中2名(182%),3名中0名, および0名であり,腎症の進行度と異常残尿の頻 度には関連はなかった.なお,腎移植の2例では 異常残尿はみられなかったが,1例は移植後13カ 月であり,移植前に異常残尿が確認されていた. 自律神経障害(十)(n=147);% 〃 (一) (n=149) ; □ (%> 50 40 退 紅・・ 謀 碧20 痩1。 0 %4 P<0.05 %4 愚 % % 腎症 (一) (+) (一) 尿蛋白陽性群血清クレアチニン透析療法群 上昇群 図5 糖尿病性腎症の進行度と異常残尿の頻度の関係
残尿量 (m[〉 250 200 150 100 50 0 るロロ ,2,態 自律神経障害(+h■ {一};O n耳12 観察開始時 1∼8ヵ月後 図6 血糖コントP一ルの改善と異常残尿の推移 7.血糖コントロールの改善と残尿の推移 異常残尿を示した49名中無作為に抽出した12名 (うち自律神経障害を有するもの10名,有さないも の2名)において,血糖コントロールの改善を認 めた1∼8ヵ月後に残尿量を再度測定した. 12名のHbA1。は10.28±2.17%より8.58± 1.62%に改善し,同時に残尿量は152.5±106.8ml から37.1±56.7mlへと著明な減少を示した(p< 0.01,図6). 考 察 Holmes(1967)1)により超音波断層法を用いた 膀胱容量の非侵襲的測定法が報告されて以来,諸 家により,その:有用性が指摘されている2)∼9).鶴崎 ら4)は,膀胱内腔の面積より残尿量を算出する計 算式を報告している.われおれも,今回,健常対 照者9名(20∼51歳)において,彼らの計算式よ り算出した尿量の推定値と実測値との相関性を検 討し,膀胱の縦断走査による面積より算出された 尿量推定値と,実測値との間にはr二〇.991の高い 正相関を認め,彼らの算定式の妥当性を確認した. 従って,本研究では残尿量の推定に彼らの計算式 を採用した. 丸尾ら7)は,116名の糖尿病患者のうち20例 (17.2%)に縦断面積で10cm2以上の異常残尿像を 検出し,これらの症例は糖尿病の罹病期間が長期 に及ぶもの,コントロール不良例に高率にみられ たと報告している.神経障害との関係では,アキ レス腱反射の消失および下肢振動覚の低下を認め た群では53例中11例(20.8%)と高率に異常残尿 がみられ,さらに異常残尿例では心電図R−R間隔 の変動係数の低値を示すものが大多数であり,糖 尿病患者における異常残尿と自律神経障害との密 接な関係が示唆されている7).われわれの成績で も,自律神経障害を有する例は296名中147名,有 しない例は149名で,異常残尿を認める頻度は各々 36名(24.5%),13名(8.7%)と,自律神経障害 を有する例で有意に高く(p<0.01),また,残尿 量も多いことなど,従来の諸家の成績5)7)8)を支持 するものであった. しかし,一方では,今回の神経学的検査で異常 を検出しえない例でも異常残尿を有する例が存在 したことは注目され,自律神経障害以外の因子の 関与も示唆された. そこで,異常残尿を認めた全症例において,罹 病期間,治療法および糖尿病性合併症(網膜症, 腎症)と異常残尿の関連を検討した.自律神経障 害を有するグループでは,罹病期間が長いほど, 治療法別ではインスリン使用群ほど,さらに網膜 症および腎症が進行している症例ほど異常残尿を 有する頻度が高いことより,さらに,自律神経障 害を有しないグループでは,罹病期間,治療法お よび合併症の有無等とは関連がなかったことよ り,いずれも自律神経機能を介するものであり, 異常残尿と罹病期間,治療法,網膜症および腎症 とは直接的関連性はないものと考えられた. また,同一症例で血糖コントロールの改善に伴 い残尿量の減少がみられたことから,血糖コント ロールの良否が直接的あるいは間接的に残尿の成 因に関連することは否定できない.:丸尾らの成 績7)でも,糖尿病のコントロールの改善に伴い,1 ∼2ヵ月以内の比較的短期間で残尿量の著明な減 少傾向が認められ,血糖コントロールも膀胱機能
18 に少なからぬ影響を持ちうることが示唆されてい る, 結 論 超音波断層法を用いて,糖尿病患者の残尿を検 討すると,異常残尿(≧50m1)は16.6%に認めら れ,かつ自律神経障害を有する例で異常残尿の頻 度が明らかに高かった.しかし,自律神経障害を 有しない例にも,少なくない頻度(8.7%)で認め られ,自律神経障害のない例における異常残尿の 原因の1つとして,血糖コントロール状態も影響 していることが示唆された. 文 献 1)Hoimes TH:Ultrasonic studies of bladder. J Urol 97:684−692,1967 2)Piter K,1.apin S, Bessmann AN:Ultrasono・ graphy in the detection of residual urine. Diabetes 28:320−323,1979. 3)Mclean GK, Edell SL:Determination of blad− der volumes by grayscale ultrasonography. Radiology 128:181−182,1978 4)鶴崎正治,丸尾和男,佐藤利彦ほか:超音波検査. による残尿量測定の試み(膀胱断面積を用いた方 法).日超音波医会誌41日前究発表会講論集: 689−690, 1982 5)Beylot M, Marion D, Noel G et al: Ultrasonographic determination of residual urine in diabetic subjects:Relationship to neu・ ropathy and urinary tract infection. Diabetes Care 5:501−505, 1982 6)折祖昭彦,引地 動,橋本 隆ほか:糖尿病患者 の尿路合併症:超音波診断による残尿の測定なら びに尿細菌簡易培養のルーチン化について,糖尿 病24:285,1981 7)丸尾和男,藤井 暁,鶴崎正治ほか:超音波断層 法を用いた糖尿病患者の残尿に関する臨床的研 究.糖尿病 27:73−79,1984 8)丸尾和男,佐藤利彦,鶴崎正治ほか:超音波検査 による糖尿病患者の残尿測定.糖尿病 29: 65−68, 1986 9)Buck AC, Reed PI, Siddig YK et al: Bladder dysfunction an(圭 neuropathy in diabetes. Diabetologia 12:251−258,1976 10)Ewing DJ, Clarke RF:Diagnosis and maa・ agement of diabetic autonomic neuropathy. Br Med J 285:916−918,1982 11)Ewing DJ, Martyn CN, Young RJ et al: The va玉ue of cardiovascular autonomic func− tion tests:10 year’s experience in diabetes. Diabetes Care 8:491−498,1985