原 著
痴女『離、欝巻昭翻甜言〕
体外循環中に送血部動脈壁が受けるせん断応力の研究
一逆行性大動脈解離の成因に関する検討一
東京女子医科大学第二病院 コ 小 心臓血管外科(指導 ヤマ ユウ ジ 山 雄 次 須磨幸蔵教授) (受付 昭和61年8月8日)Shear Stress as a Cause of Aortic Dissection during Extracorporeal Circulation
Yuli KOYAMA, M.D.
Department of Cardiovascular Surgery, Tokyo Women’s Medical College, Daini Hospital
Retrograde aortic dissection during extracorporeal circulation was considered to occur due to shear
stress of greater degree exerted on a wall of an artery used for perfusion. The study was made to
evaluate values of shear stress in experimental dogs as well as in patients. Shear stress was calculated by aformulaτ=1/8λρU2, in whichτ,λ,ρand U represented shear stress, drag coefficierlt, blood density and flow velocity respectively, assuming a flow ln a perfusing artery as turbulent.
In six dogs perfused by a roller pump or a pulsatile pump, shear stress exerted on the femoral ar− terial walhn femoral perfusion was much higher than that on the aortic wall in ascending aortic perfusion
in both non−pulsatile arld pulsatile flow condition.
One hundred thirty patients undergoing open heart surgery by femoral perfusion were analyzed in
terms of shear stress exerted on femoral arterial wall during perfusion. An analysis was also made in
these patients to evaluate shear stress on aortic wall by assuming surgery being performed by aortic
perfusion. The value of the former was found 100 to 500 times greater than that of the latter. In six patients under normal circulation, shear stress on the aortic wall averaged 41dyn/cm2 while that on the
femoral arterial wall averaged 37dyn/cm2. There was no significant difference between them. In two
cases, in which lethal retrograde aortic dissection occurred during aortocoronary bypass surgery by using femoral perfusion, shear stress exerted on the femoral arterial wall durirlg perfusion was calculated to be 340dyn/cm2 in one and 260 dyn/cm2 in the other.
Possibility of inducing arterial wall dissection would increase as shear stress on arterial wall in− creases. Adversely exerted shear stress on arterial wall during femoral perfusion might also increase a chance of retrograde arotic dissection, Thus, it was thought that perfusion to the ascending aorta was safer in aged patients with advanced atherosclerotic arteries thall perfusion to the femoral artery.
はじめに 心臓手術の成績の向上は近年著しいが,いまな お術中に合併症をおこし死亡する症例も.ある.ま れな合併症の1つとして体外循環中に思潮動脈部 に発生する動脈解離があり,これはいったん発生 すれぽ高い致命率である.著者らは体外循環時の 送血路として,手術野を複雑にしないために,最 近まで原則的に大腿動脈の細い乳幼児の場合を除 き大腿動脈を用いてきた.昭和49年1月より昭和 60年12月までに施行した大腿動脈送血による体外 循環症例は1071例である.このうちの大動脈一冠 状動脈バイパス手術130症例のうち2例に送壷カ ニューレ挿入時になんらの血管損傷を大腿動脈に あたえなかったにもかかわらず,術中に致命的な
逆行性大動脈解離の発生を経験した1). 著者らはその原因として体外循環中に送血部動
脈壁が受けるせん断応力が重要であると考え
た2}.以前に体外循環時に上行大動脈より送血を 行なう場合と,大腿動脈より行なう場合とで,送 血部動脈壁が受けるせん断応力が,どの程度異な るかを送血部動脈内の血流を層流と仮定して検討 した3).その結果では送1血部動脈壁が受けるせん 断応力は大腿動脈送血では上行大動脈送血より著 しく高値を示した.しかし,送血カニューレから 大腿動脈や上行大動脈にローラーポンプで送血さ れる血液の動脈流入部での流れは,層流ではなく 乱れた流れとみなすほうが妥当である4).した がって,今回著者は大腿動脈送血または上行大動 脈送血に伴う送三部動脈壁が受けるせん断応力, およびその送血モード(拍動,非拍動)がせん断 応力に及ぼす影響を送三部動脈内の血液の流れを 乱流として扱い,雑犬を用いて実験的に検討した. また著者らが大腿動脈送血により手術を行なった 臨床例について大腿動脈壁が受けたせん断応力を 計算し,さらにこれらの症例に上行大動脈送血を 行なったと仮定した場合に上行大動脈壁が受けた せん断応力を推定した.さらに心拍動下において 大腿動脈および上行大動脈壁が受けたせん断応力 を臨床例で求めた.また,2例の逆行性大動脈解 離例について,解離が始まった大腿動脈壁が受け たせん断応力の値を推定した. 実験的研究 1.対象および方法 実験に使用した体外循環の回路を図1に示し た.送血にはローラーポンプを用いた.ポンピン グチューブは内径12。Ommのラテックスチュー ブ,送脱血回路は内径&Ommの塩ビチューブを 使用した.送血.回路をY字型とし,一方を大腿動 脈二心回路に,他方を上行大動脈送血回路とした. 一定のポンプ回転数において,大腿動脈送血回路 か上行大動脈送血回路のいずれか一方を鉗子で遮 断して送血をおこない,おのおのの送血回路で同 一の送血量が得られるようにした.拍動流回路 (PBP. Komtron Cardiovascular Inc.)をY字管 チューブ合流部より20cmの手前の部分の送血回 路に挿入した.拍動流送血を行なう時にはそれを 拍動流ポンプ(AVCO製, Mode1−20)で駆動した. カニュレーティング式電磁流量計プローブ(日本 光電製,FF形)を送血回路に挿入した. 雑種成犬6頭(体重9±3kg)を用いて実験を行 なった.サイオペソタールを静脈内投与(15mg/ kg)した後,気管内挿管し呼吸器(Bird社製, Mark 8)で調節呼吸とした.胸骨正中切開にて心, 大血管を露出し,大動脈弓よりでる分枝を結紮し た.送脱血回路はイヌ血液を乳酸加リンゲル液で 希釈して充填し,上行大動脈に大動脈送血用力 P )圏1
『
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EMF EMF Pt EMF:電磁流量計プローブ Pt :圧トランスデューサー P ローラーポンプ PBP:拍動流ポンプ 0 :人工肺 H :熱交換器 R :貯血止 図1 動物実験に使用した体外循環回路の模式図 一999ニューレ(USCI社製 7305)を,右大腿動脈に大 腿動脈送血用カニューレ(USCI社製 7732)を挿 入した.送血カニューレは全例同一径(外径4.O mm)とした.体外循環中の送血温は36.0℃を維持 するようにした.ヘパリンは初回に2001U/kgを 投与し,引き続き一時間毎に1001U/kgを追加投 与した. おのおののイヌにおいて,四種類の異なった送 血方法を行ない,それを以下のように4群に分類 した. 1群(n=6):大腿動脈送血…非拍動流送血 II群(n=6):大腿動脈送血…拍動流送血 III群(n=6):上行大動脈送」血…非拍動流送血 IV群(n=6):上行大動脈送血…拍動流送血 ここで,ローラーポンプのみによる送血を非拍 動流送血,拍動を加えた場合を拍動流送血と称し た.拍動流ポンプ内駆動圧は全例330mmHgとし た.送血量は1200,1500,1,800ml/minの3段階 に変化させた. 送刑部動脈にカフ式プローブ(日本光電製 FB 形,FR形)を装着し,電磁流量計(日本光電製 MFV−2100)で血流波形を計測した.血管内径はカ ブ式プローブ内径に等しいとした.これらから送 三部動脈壁が受けるせん断応力を下記の式から求 sec 非拍動流 めた5). τ=1/8λρU2 (1) λ=0.3164/Reo・25 (2) ここでは,τは血管壁が受けるせん断応力dyn/ cm2,λは抵抗係数,ρは血液密度g/cn13, UPは血 流速度cm/s(血流量/血管断面積), Reはレイノ ルズ数である.(2)式はBlasiusにより実験的に 導かれた関係である5).血液密度は血液希釈を行 なっているので1.03g/cm3とした. Re数の算出に 必要な血液粘性係数はせん断速度(230/s),ヘマト クリット値,血液温(37.0℃)との関係を参考に して求めた6).3段階の各面血量ごとに最大血流 量を求め,送血部動脈壁が受ける最大せん断応力 を算出した. 大腿動脈送血時(1,II群)の最大せん断応力の 有意差の検定はKruskal−WallisのH−testを行っ
た後,Mann and WhitneyのU−testを用いて行 なった.上行大動脈送二時(III, IV群)の最大せ ん断応力の有意差の検定はDuncanの方法を用い て行なった. 2.結果 体外循環中の送血温度は36.0±0.7℃,ヘマトク リット値は25±3%であった.送血量1,500ml/ minで大腿動脈丁丁を行なった時の上行大動脈血 sec
拍動流
1−mean→
ド←一一mean→寵1[一一∵一画帰一
盃嬰虻1レγ一ドー、
繍1レγr卜一瓢一
躍∼一L、一一一一一一
図2 同一流量下,大腿動脈送血時における記録例流波形,大腿動脈血流波形,送血回路流量波形, 圧波形を図2に示した.同様に上行大動脈送血時 の各波形を図3に示した.大腿動脈内径は0.4± 0.Ocm,上行大動脈内径は1.1±0.1cmであった. 以上のような記録から,大腿動脈送血時(1, II群)に大腿動脈壁が受ける最大せん断応力,上 行大動脈送血時(III, IV群)に上行大動脈壁が受 ける最大せん断応力を求めた.表1に1,II群の最: 大せん断応力,その他の流体学的パラメータの値 を示し,表2にIII, IV群の最大せん断応力,その 5ec 非拍動流 sec
拍動流
1−mean−1
盃剛rrrい一L
O.8L/minレーい一…1卜一L
大腿動脈 血流量 G鯉∴1レrγ↑」L
縦「 η
図3 同一流量下, ←mean一→圭瓢描」L
齢[
噛
上行大動脈送血時における記録例 1.5 76 表1 大腿動脈送血時の送血部動脈のせん断応力および流体力学的指標 1群:非拍動流送血 II群:拍動流送血1200ml/min 1500ml/min 1800ml/min 1200m1/min 1500ml/min 1800ml/min 最大せん断応力 @ (dyn/cm2) 185±14 263±15 335±13 305±26 359±36 403±34 血管内径(cm) 0.4土0 0.4±0 最大血流量(ml/min) 1400±60 1700±50 2000±50 1900±100 2100±130 2200±120 最大血流速度(cm/s) 190±8 230±7 270±7 250±13 280±18 300±16 せん断速度(s−1) 3700±150 4600±140 5300±140 5200±250 5500±360 5900±300 レイノルズ数 3800±200 4700±200 5400±300 5100±400 5600±600 6000±500 表2 上行大動脈送血時の送血糊動脈のせん断応力および流体学的指標 III群:非拍動流送血 IV群:拍動流送血
1200ml/min 1500ml/min 1800ml/min 1200ml/min 1500ml/min 1800m1/min 最大せん断応力 @ (dyn/cm2) 5±2 7±2 10±3 7±2 10±3 12±4 血管内径(cm) 1.1±0.1 1,1±0.1 最大血流量(ml/min) 1400±90 1700±50 2100±60 1800±110 2100±140 2300±120 最大血流速度(cm/S) 27±4 33±5 40±6 34±6 4!±6 45±8 せん断速度(s−1) 200±40 250±60 300±70 260±60 310±70 350±80 レイノルズ数 1400±100 1700±100 2200±200 1800±200 2100±300 2400±200 一1001一
他の流体学的パラメータの値を示した. 非拍動流送血,拍動流送血のいずれの場合でも 大腿動脈送丁丁(1,II群)に大腿動脈壁が受ける 最大せん断応力は,上行大動脈送三時(III, IV群) に上行大動脈壁が受ける最大せん断応力より明ら かに大きく,約30−40倍の値であった.これは大 腿動脈と上行大動脈における流速の違い,即ち同 一流量下では血管内径が小さい大腿動脈内で血流 速度は大きくなることによる. 大腿動脈送血時の各回血量(1,200ml/min, 1,500ml/min,1,800ml/min)における大腿動脈壁 が受ける最大せん断応力を比較すると,非拍動流 送血(1群),拍動流送血(II群)のいずれの場合 でも送血量の増加にともない最大せん断応力は高 値を示した(p〈0.05).また同一二二門下で拍動流 送血と非拍動流送血の場合の最大せん断応力を比 較すると,いずれの流量でも最大せん断応力は拍 動流送血(II群)で非拍動流送血(1群)の場合 より大きい値を示した(p<0.01). 次に,上行大動脈下血の場合も上行大動脈壁が 受ける最大せん断応力は,非拍動流送血(III群), 拍動流送血(IV群)の何れの場合でも送血量の増 加にともない最大せん断応力は高値を示す傾向に あった.非拍動流送」血(III群),拍動流送血(IV群) のいずれの場合でも,1,800ml/minの流量下にお け’る最大せん断応力は1,200ml/lninの時のそれ に比べ大きかった(p〈0.05).しかし,1,200ml/ minと1,500ml/mln,1,500ml/minと1,800ml/ minとの間における最大せん断応力には有意差は 認められな:かった.また,同一送血量下の最大せ ん断応力は,上行大動脈送一子時では,いずれの流 量でも拍動流送血(IV群),は非拍動流送血(III群) より大きい値を示す傾向がみられたが,有意の差 はなかった. 臨床例についてのせん断応力の検討 1.開心手術中のせん断応力 1)対象および方法 ローラーポンプを用い大腿動脈送血で体外循環 を行なった開心手術130例を対象とし,表3のよう に4群に分類した.これらの症例で大腿動脈壁が 受けた最大せん断応力を求めた.また症例ごとに 大腿動脈送血量と等しい流量で上行大動脈送血を 行なったと仮定し,その場合における上行大動脈 壁が受ける最大せん断応力を算出した. 大腿動脈内径は体外循環に用いた送血カニュー レの外径に等しいとした.上行大動脈内径は,心 内修復後に大動脈起始部で血流測定を行なった症 例では装着した電磁流量計カフ式プローブ(日本 光電製,FR形)の内径に等しいとし,血流測定を 行なわなかった症例では術前のシネフィルムの大 動脈造影像(右前斜位)から計測し拡大率を補正 した値とした.血液密度は1.03g/cm3で一定とし, 1血液粘性係数は体外循環中の最:高ヘマトクリット 値,および最低下血温とから推定した6}.臨床例で は体外循環中の四丁部動脈血流波形を測定してい ないので,最大送野口の血流を定常流として最大 せん断応力を(1),(2)式から求めた. 大腿動脈送三時,上行大動脈送血時の最大せん 断応力の有意差の検定はKruskal−WallisのH− testを行なった後, Mann and WhitneyのU−test
を用いて行な:つた. 2)結果 門門の大腿動脈径,上行大動脈径,最大送血量, 最大送血量/体表面積,血液粘性係数は表4のよう であった. 大腿動脈送血肥の大腿動脈における最大血流速 度,レイノルズ数,せん断速度,最大せん断応力 は表5のようであった.最:即せん断応力について はA群はC,D群より大きく(p〈0.05), B群は 表3 大腿動脈送血130症例の年齢,体重,体表面積 A群:先天性心疾患 @ n=70 B群:大動脈弁疾患@ n=20 C群:僧帽弁疾患 n=20 D群:冠状動脈疾患 @ n=20 年 齢(歳) フ 重(kg) フ表面積(cm2) 6±3 P9.6±8.8 O,76±0.2 42±14 S8.7±10.6 P.45±0.2 44±10 S9.1=ヒ9.4 P.44±0.17 58±9 U0.4±9.5 P.62±0.15
表4 体外循環時の血管径,送血量,血液粘性係数 A群:先天性心疾患 B群:大動脈弁疾患 C群:僧帽弁疾患 D群:冠状動脈疾患 n二70 n=20 n=20 n=20 大腿動脈内径(cm) 0.41±0.07 0.56±0.05 0.57±0.05 0.63±0.09 上行大動脈内径(cm) 1.47±0.28 3.43±0.75 2.75±0.26 3,06±036 最大送血量(mレmin) 2020±650 3660±370 3570±430 3870±450 最大血流量/BSA @ (m1/min/m2) 2590±230 2520±250 2480±230 2400±270 血液粘性係数(Poise) 0.023±0.001 0,024±0.001 0.023±0.001 0.023±0.001 BSA:体表面積 表5 大腿動脈送血時の送血部動脈の流体力学的指標 A群:先天性心疾患 B群:大動脈弁疾患 C群:僧帽弁疾患 D群:冠状動脈疾患 n=70 n=20 n=20 n=20 最大血流速度(cm/s) 255±42 248±35 232±35 221±59 レイノルズ数 4600±1000 5900±500 5900±600 6000±100委 せん断速度(s−1) 5120±1250 3580±720 3290±680 2980±1030 最大せん断応力 @ (dyn/Cln2) 329±97 290±76 255±70 239±109 表6 上行大動脈送血時の送血部動脈の流体力学的指標 A群:先天性心疾患 B群:大動脈弁疾患 C群:僧帽弁疾患 D群:冠状動脈疾患 n=70 n=20 n=20 n=20 最大血流速度(cm/s) 20±7 8±3 10±:2 9±2 レイノルズ数 1300±400 1000±200 1200±100 1200±200 せん断速度(s一1) 120±50 20±11 30±6 25±8 最大せん断応力 @ (dyn/cm2) 3.1±1.7 0,5±0,4 0.7±02 0.6±0,3 D群より大きな値(p<0.05)を示したが,他の群 間には有意差は認めなかった. 等しい送血量で上行大動脈送血を行なったと仮 定し,計算された上行大動脈における最大血流速 度,レイノルズ数,せん断速度,最大せん断応力 は表6のようであった.最大せん熱応力について はA群は他の群より大きかった(p〈0.05).しか し,B, C, D,群間には有意差は認めなかった. 大腿動脈送三時に大腿動脈壁が受けた最大せん 断応力は,上行大動脈送血を行なったと仮定した 場合に上行大動脈壁が受けたと推定された最大せ ん断応力に比べ明らかに大きく,100−500倍の値 であった.特に成人例で上行大動脈送血時の上行 大動脈壁の受けた最大せん断応力が,小児例のそ れより小さい原因としては,成人例では上行大動 脈径が二丁量に比べて,相対的に大ぎいためと推 定された. 一!003 2.心拍動下における上行大動脈および大腿動 脈のせん断応力 1)対象および方法 心拍動下では上行大動脈壁,大腿動脈壁にどの 程度のせん断応力が作用しているかを臨床例で測 定した.対象は心室中隔欠損症3例,心室中隔欠 損兼肺動脈弁狭窄症1例,肺動脈弁狭窄症2例の 計6例である.年齢は6±3歳,体重は20±7kgで あった. 体外循環開始前に上行大動脈および大腿動脈に 電磁流量計カブ式プローブ(日本光電製,FR形, FG形)を装着し,各動脈の血液波形を電磁流量計 (日本光電製,MFV−2100)で同時に計測した.上 行大動脈径,大腿動脈径は装着したカブ式プロー ブ内径と等しいとした.血液粘性係数はヘマトク リヅト値および直腸温とから推定した6).血液密 度は1.05g/cm3で一定とした.各動脈壁が受けた
表7 ヒト上行大動脈,大腿動脈内の各パラメータ の比較 (症例数:6) 上行大動脈 大腿動脈 血管内径 (cm) L6±0.3 0.4±0.1 平均動脈圧 (mmHg) 86±14 最大血流量 (ml/min) 11400±6000 380±110 最大血流速度 (cm/S) 88±21 66±17 血液粘性係数 (Poise) 0.025±0,001 せん断速度 (s一う 440±70 1570±522 レイノルズ数 4000±1500 700±200 最大せん断応力 (dyn/cm2) 41±14 37±17 最:記せん断応力を(1),(2)式より求めた. 上行大動脈壁,大腿動脈壁が受けた最大せん断 応力の有意差の検定はt検定で行なった. 2)結果 ヘマトクリット値は33±2%,直腸温は36.3± 0.5℃であった.心拍出量係数は3.9±1.1L/mir1・ m2であった.最大せん断応力およびその他の流体 力学的パラメータを表7に示した.上行大動脈径 は大腿動脈径の約4倍であった.大腿動脈の最大 血流量は上行大動脈のそれに比べ1/30であった が,上行大動脈壁が受けた最大せん断応力は41± 14dyn/cm2,大腿動脈壁が受けたそれは37±17 dyn/cm2であり,両者の間に有意差は認められな かった.大腿動脈および上行大動脈におけるレイ ノルズ数はそれぞれ700±200,4000±1500であっ た. 3.体外循環中に逆行性大動脈解離を起こした 臨床例の検討 大腿動脈送血により開心術を行なった症例のう ち,大動脈一冠状動脈バイパス(A−Cバイパス) 2症例の術中に致命的な逆行性大動脈解離の発生 を経験した.うち1例(症例2)については剖検 が得られた. 症例1:66歳,女性,狭心症. 昭和52年6月21日A−Cバイパス術を施行する 目的で体外循環を行なった.二型カニューレを左 大腿動脈へ挿入する際には手技上の問題はなかっ た.動脈血が送血カニューレ内腔へ逆流し,送血 回路内圧が適正であることを確認して体外循環を 1004 開始した.部分体外循環を開始し4−5分後にモ ニター上で左澆骨動脈圧形が突然平野となった. 脱」血量が著るしく減少して体外循環操作が不可能 となった.上行大動脈の緊張の低下および色調の 異常に気付き,心電図でもSTの低下を認めた.逆 行性大動脈解離の発生を疑い,ただちに上行大動 脈送1血に切り替えた.上行大動脈送血後に左擁骨 動脈圧は正常に復した.大伏在静脈グラフトの末 梢側吻合を終え中枢側吻合の為,上行大動脈壁を パンチアウトしたところ壁が2層に解離iしてい た.3枝でミイパスを行ない自己心拍動に復したが, 次第に低心拍出量状態が進行し,体外循環から離 脱できずに死亡した. 剖検は得られなかったが,術中所見より解離は 大腿動脈から逆行性に上行大動脈まで達していた と推察された. 体外循環中の記録から,最大送血量は4680ml/ min,大腿動脈送血用カニューレ外径は0.6cmで あった.これらより求めた大腿動脈の最大血流速 度は275cm/sであった.血液密度を1.03g/cm3と し,血液粘性係数を0.025Poise(最高ヘマトクリッ ト値:28%,最低送血温:26.0℃)として計算す ると,体外循環中に大腿動脈壁が受けた最大せん 断応力は340dyn/cm2であった. 症例2:61歳,男性,狭心症. 昭和57年4,月5日A−Cバイパス術を施行する 目的で体外循環を行なった.体外循環を開始した ところ2−3分後にモニター上で皆具骨動脈圧波 形が平平となった.送血回路圧,脱血量に異常は なかった.左二尉動脈圧波形は15−20秒後に正常 に復したので,送血量を増加し,完全体外循環と した.大伏在静脈グラフトの中枢側の吻合を開始 するために上行大動脈を部分遮断した時点で上行 大動脈壁の解離に気付いた.壁をパンチアウトし たところ,2層に解離していた.A−Cバイパス吻 合は行なったが体外循環終了時,左右の瞳孔は散 大しており,眼底鏡で脳底動脈の拍動も認めな かった.脳波は平坦であり,次第に低心拍出量状 態となり第11病日に死亡した. 剖検で得られた大動脈解離の模式図を図4に示 す.左大腿動脈送血部より!2cm中枢側の後壁か
血栓 re−entry 解離腔 図4 A−Cbypass術中に発生した大動脈解離の状況 ら解離が始まり,左腎動脈を含め胸腹部大動脈後 壁に解離腔があり,大動脈弓部から上行大動脈に かけては解離は全周に及んでおり,大動脈弓分枝 動脈の内腔は圧迫閉塞されていた.左鎖骨下動脈 分枝部にre−entryを認めた.肉眼的には腸骨動 脈,左大腿動脈には蛇行,血管内腔の狭小化はな かったが,大動脈内膜全体にatheromatous pla− queが多数認められ,動脈壁は高度の硬化を認め た.組織所見では大動脈の嚢胞性中膜壊死は認め られなかった. 体外循環中の記録から,最大送血量は3,460ml/ min,大腿動脈送血用カニューレ外径は0.55cmで あった.これらより求めた大腿動脈の最大血流速 度は234cm/sであった.血液密度を1.03g/cm3と し,血液粘性係数を0.025Poise(最高ヘマトクリッ ト値:24%,最低送血温:21.0℃)として計算す ると,体外循環中に大腿動脈壁が受けた最大せん 断応力は260dyn/cm2であった. 考 察 人工心肺による体外循環の送」血路として,大腿 動脈,腸骨動脈,上行大動脈があるが,近年にな り大腿動脈の細い乳幼児や,動脈硬化の進んだ高
齢者までに手術適応が拡大されるにつれ,
Nunez7), Dewal18)が報告した上行大動脈送血が最 近多く用いられている. いずれの送血方法にも利点,欠点9)10)はあるが, 表8に示すように大腿動脈送血による合併症の頻 表8 送血部位による合併症の頻度 大腿動脈送血 大動脈送血 報 告 者 症例数 合併 ヌ例数 % 症例数 合併 ヌ例数 % Jones’2) 125 6 4.8 KayL3) 1098 13 12 197 0 0 MatarL4〕 /60 5 3.1 198 0 0 McAipine且5} 75 0 0 Gerbode16) 246 13 5.3 404 2 0.5 Roelη 735 9 1.2 410 0 0 Salamaユ8) 420 3 0.7 Flick[9} 1760 2 0.1 Daily20) 1000 3 0.3 Benedict2D 836 5 0.6 114 0 0 本 田22) 594 7 1.2 125 1 0.8 Taylor23) 9000 4 0.03 筒 井凋 232 2 0.9 21 0 0 大 沢25) 500 1 〔〕.2 700 0 0 小 山 1071 2 0.2 208 1 0.5 合 計 5597 63 1.1 14632 16 0.1 度は上行大動脈送血に比べ高いことが報告されて いる12)∼25).すなわち大腿動脈送血による合併症は 5597例中63例(1.1%)にみられ,63例のうち逆行 性大動脈解離の発生は35例である.逆行性大動脈 解離症例の術中,術後早期死亡は60%で高い致命 率である.上行大動脈送血,大腿動脈七二の合併 症を同時に記載した文献からは,大腿動脈送血に よる合併症の発生率は1.!%,上行大動脈送血によ る合併症の発生率は0.2%であった.大腿動脈送血 では大動脈白血に比べ大動脈解離が高頻度にみら れるが,その原因については明らかでなかった. 著者らはその原因として,下血部動脈壁が受け るせん断応力による動脈壁の解離を考えて,その 可能性を実験的に検討したのが本研究である.送 血カニューレが理想的に動脈内に固定されたと考 えた時の,動脈内の流れを乱流と仮定し,各送血 部動脈壁が受けるせん断応力を検討した.流れが 定常流の場合レイノルズ数が2,000以下では乱流 にはならないと一般的にいわれている.本研究で は送血部動脈のレイノルズ数が2,000以下のこと もあった.しかし体外循環に用いる送血カニュー レ先端は血管に挿入しやすいようにテイパーして あるが,流れが血管内で急拡大され乱れる.それ 以外にカニューレ先端が血管壁に対し偏位した場 合や,送三部動脈が蛇行している時には流れが乱 一!005一れる.さらにローラーポンプや拍動発生装置によ る流れの非定常性などからも送三部の流れは乱流 と考えるほうが妥当である, 実験的研究からは大腿動脈丁丁時に大腿動脈壁 が受ける最大せん断応力は上行大動脈送血時に上 行大動脈壁が受ける最大せん断応力に比べ30−40 倍で明らかに大きく,また大腿動脈階下時では拍 動野送血のほうが非拍動流送血に比べ最大せん断 応力は有意に大きいことが分かった.しかし上行 大動脈送血時に上行大動脈壁が受ける最大せん断 応力は非拍動流,拍動流送血間で有意差は認めな かった.したがって,せん断応力により血管内壁 が損傷されうるという点からみると,大腿動脈送 血は上行大動脈送血に比べその可能性が高い.ま た,拍動流ポンプを大腿動脈送血時に使用するこ とは大腿動脈壁に解離を来す危険性をさらに高く し,その場合は大動脈送血の方が安全と考えられ る. 臨床例で大腿動脈送血時に大腿動脈壁が受ける 最大せん断応力は先天性心疾患群で他言のそれに 比べ高値を示した.これは先天性心疾患群では他 群よりも大腿動脈の内腔断面積に関して相対的に 高流量で体外循環操作をしているために,最大血 流速度が高値となるからである.しかし,著者ら は先天性心疾患群では逆行性大動脈解離の発生は 一例も経験していない.それに対して,逆行性大 動脈解離が観察された2例はいずれも高齢者であ り,原疾患に動脈硬化性病変がある.したがって, せん断応力の値以外にそれを受ける側の一血管内壁 の脆弱性はもう一つの問題である. 動脈壁の弾力性を示すパラメータとして林らが 提唱するスティフネスパラメータがある26).それ によると大腿動脈のスティフネスパラメータは20 歳以後急激に上昇し,動脈のなかでもかなり硬い 血管になる.またどの動脈もその組織自体の弾性 は40歳以後に急減するとされている27).血管内膜 の粥状変化はplaqueを形成し血管内野の狭小化 をきたす.したがって,高齢者の場合の大腿動脈 送血は,大腿動脈の拍動による内径の拡大は小さ く,さらに血管内腔が狭小となっていることから, せん断応力は高くなると考えられる.特に冠状動 脈疾患では大腿動脈にも当然硬化性病変がありう る.小児例で大腿動脈に解離が全く観察されず, 高齢者の冠状動脈疾患例に解離がみられたこと は,両者の動脈壁の柔らかさと内膜の性質の差に よると考えることができる. Fry28)のイヌ大動脈を用いた実験によれぽ,血 管内膜面でのせん断応力が380dyn/cm2を越すと 内皮が肉眼的に明らかに損傷をうけるという.開 心術中の大腿動脈送血時に大腿動脈壁が受ける最 大せん断応力(約300dyn/cm2)は,正常の心拍動 下で大腿動脈壁が受ける最大せん断応力(平均37 dyn/cm2)の約8倍であった.一方,上行大動脈送
血時に上行大動脈壁が受ける最大せん断応力
(0.5∼3.1dyn/cm2)は正常心拍三下で上行大動脈 壁が受ける最大せん断応力(平均41dyn/cm2)の1/ 10以下の値であった.このことからも,血管壁の 損傷を防ぐ点で上行大動脈送血が有利と考えられ る.さらに大腿動脈から送血する場合には血管内 壁が正常とは逆の方向のせん断応力を受けること も解離を起こす可能性を高くするかもしれない. 従って大腿動脈送血時に大腿動脈壁を損傷する可 能性は,高齢者の大動脈一冠状動脈バイパス手術 例においては特に高いと考えられ,現在著者らは 原則的に上行大動脈送血を用いて手術を行ってい る.また,ヒトにおいてどの程度のせん断応力で 血管壁の損傷が起こるかは報告はないが,著者ら が臨床例で経験した2症例で推定した値は,一つ の指標になると思われる. 結 語 体外循環時の逆行性大動脈解離の原因の一つと して送四部動脈壁の受けるぜん断応力が重要と考 え,実験的,臨床的に検討を行ない以下の結果を 得た. 1)実験的研究では体外循環時の送血部動脈壁 の最大せん断応力の値の大きさは,大腿動脈拍動 流送血〉大腿動脈非拍動流送血》上行大動脈拍 動流送血,上行大動脈非拍動流送血の順であった. 大腿動脈送1血時に大腿動脈壁が受ける最大せん断 応力は上行大動脈送二時に上行大動脈壁が受ける そ掴こ比べ約30−40倍の値を示した. 2)開心術症例において,ローラーポンプによる同一送血量下では大腿動脈送三時に大腿動脈壁が 受ける最大せん断応力は,上行大動脈油垢を行 なったと仮定して計算した上行大動脈壁が受ける 最大せん断応力の100−500倍であった. 3)ヒト正常心拍動下における最大せん断応力 は,上行大動脈で平均41dyn/cm2,大腿動脈で37 dyn/cm2であり,両者の間に有意差は認めなかっ た. 4)大動脈一冠状動脈バイパス手術中の体外循 環時に致命的な逆行性大動脈解離を起こした2例 から算出された大腿動脈壁が受けた最大せん断応 力の値はそれぞれ340dyn/cm2,260dyn/cm2と推 定された. 5)動脈硬化性変化が予想される症例の大腿動 脈送血は,上行大動脈送血に比べせん断応力によ る動脈壁損傷の可能性が高く可及的に避けるべき である.また,その様な症例で大腿動脈送血時に 拍動流ポンプを使用することは内壁損傷の危険性 がさらに高くなる.高齢者体外循環症例では上行 大動脈送.血が安全と考えられる. 稿を終わるにあたり,終始御指導を賜わった須磨幸 蔵教授に深謝するとともに,御協力いただいた竹内靖 夫助教授をはじめとする東京女子医科大学第二病院 心臓血管外科の諸先生方,東京医科歯科大学医用器材 研究所 戸川達男教授,辻 隆之助教授ならびに東京 女子医科大学理論外科 菅原基晃助教授に心から感 謝の意を表します. 文 献 1)小山雄次・ほか:大腿動脈送血により大動脈解離 を起こした2症例とその成因に関する考察.胸部 外科 36(8)661∼666(1983) 2)須磨幸蔵・ほか:体外循環の合併症としての大動 脈解離とその成因に関する考察.一送血流による せん断応力(shear stress)の影響.人工臓器 12(2)617∼619 (1983) 3)小山雄次・ほか:体外循環中における逆行性大動 脈解離とその成因について.日胸外会誌30 1656 (1982) 4)菅原基晃・山回隆美:流体力学的基礎.心臓血管系 の力学と基礎計測.168∼173,講談社東京(1980)
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