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管理通貨制度と国際通貨発行特権
一ケインズの著作を中心として一
有 馬 敏 則 1 は じ め に 第1次大戦前の古典的金本位制度のもとでは,ロンドンを中心とする多角的 決済機構の存在により,国際通貨として機能するポンドを使用することによっ て,世界貨幣金の節約が行われた。しかし第1次大戦後になるとロンドンとと もにニューヨークが国際金融の中心地として台頭し,一元的な多角的決済は困 難となった。そして金もアメリカに偏在し,イギリスその他の諸国は金不足の 状態に陥った。そのような状況のもとでイギリスの国益を常に念頭におきなが ら,金の管理とそれを基礎にした国際通貨の発行を行う国際機関を創設し,金 不足の解消と一元的多角決済機構の構築を図ろうとした代表的論者としてケイ ンズ(J.M. Keynes)をあげることができる。 彼の一連の著作の中で国際通貨制度に関する主要なものとしては,まず1913 年に出版された『インドの通貨と金融』をあげることができる。本書において ケインズは,イギリス金本位制度の円滑な運営が,金本位制度そのもののため ではなく,ロンドン金融市場の圧倒的な優位性によるものであることを主張し た。そして金為替本位制度が通貨の計画的管理の点で金本位制度よりも,より 文明的であり,経済的であり,満足すべきものであることを強調し,債務国や 植民地のための合理的通貨制度として,金為替本位制度を推奨している。ハロ ッド(REHarrod)は「この書物が第1級のものであることについては一般に 1) J. M. Keynes, lndian Currency and Finance, Macmillan, London, 1971. (lst ed., 1913)(則武保夫・片山貞雄訳『インドの通貨と金融』東洋経済新報社,1977年)40 彦根論叢第221号 意見が一致している。ことごとく論争的な彼の後の著作に納得しない人々は, 好んでこれを彼の最:上の書物として賞賛する。その金為替本位に関する第二章 は,ルビー問題とはまったく離れて一般的な:興味をひくもので,いまや古典と なっている。」と高い評価を与え,「私は,インドの通貨に関する初期の研究か ら『一般理論』ならびにブレトン・ウッズに至る彼の理論ならびに実践的提案 の発展には実に驚くべき終始一貫性のあることを看取する」と述べている。ま たシュンペーター(J.Schumpeter)も本書を「英語で書かれた金為替本位制 き に関する書物で最良のもの」といっている。 だが本書での彼の主張を,彼のその後の議論と関連させてあまり高く評価す ることは,ゆきすぎの感もある。なぜならケインズは金為替本位制度を推奨し たが,それは当時金融覇権をもっていた強大な債権国であり植民地所有国であ ったイギリスの立場から,債務国と植民地の貨幣制度を検討したからである。 したがって当時のケインズにおいては,イギリスなどの欧米先進諸国が金為替 本位制度を採用することはまったく夢想だにしなかったといえるからである。 しかし第1次大戦は,すべての事態を根底から変えてしまった。そして1920 年忌はジェノア会議の決議の中心が金為替本位制度を目指していたように,時 代の中心的風潮は「金為替本位制度採用のすすめ」であったといえるかもしれ ない。その意味でケインズが本書で国際通貨体制の動向の大勢を金為替本位制 度であると主張したのは,時代の流れを10年先取りした見識であったといえる だろう。そして本書では金に対する否定的思想は,まだ現われていない。 つぎに彼の著作としてデフレーション政策と金本位制度復帰政策に反対して の 1923年出版した『貨幣改革論』を注目しなければならないだろう。本書におい 2) R.F. Harrod, The LiL17eげ・John Maynard Keblnes, Macmillan, London,1951, p.467.(塩野谷九十九訳『ケインズ伝』東洋経済新報社,1967年,下巻,p.5!9) 3) J.Schumpeter,“John Maynard Keynes 1883−1946”, Anzerican Economic Reviexv, Sept.1946, p,498, 4)J.MKeynes, A Tract on Monetaror Reforηz,1923, Tlte Collected Wrztzngs of John Maynαrd Keynes, Vo1. IV, Macmillan,1971.(中内1亘夫訳『貨幣改革論』東洋 経済新報社,1978年。)
管理通貨制度と国際通貨発行特権 41 ては,イギリスの世界経済における地位の低下を認識し,その上でイギリスの 国益を最大限に生かしながら,イギリス経済の再建のため管理通貨制度がはじ めて提唱されている。管理通貨制度(managed currency system, manipulierte wahrUng)という言葉は,だれがそれを最初に使用したかは必ずしも明らかで はないが,ケインズが本書で使用してから経済学用語として急速に普及してい 一,た。彼は本書で国際均衡より国内均衡を優先すべきことを説き,本書は,後 に一国の経済的自給の必要性を強調し,封鎖体系として議論を展開した『一般 う 理論』に結実する彼の貨幣的経済理論構築の最初の一里塚的存在でもある。ま のた本書では,後の『国際清算同盟案』の素地がすでに現われているといえるだ ろう。 さらに1930年には,貨幣の超国家的管理を目指した超国家銀行設立の提案で わ知られる『貨幣論』が出版されている。1925年,イギリスはケインズはじめ国 内の多くの反対論を押し切り,金本位制度に復帰した。その後世界中の多くの 諸国が相ついで金本位制度に復帰し,一時金本位制度の機能が回復されたよう に思えた。そこでケインズは本書で,金本位制度の存在を前提し,物価水準安 定と高雇用水準実現を達成するための改革案を提示した。そして国際的側面で は,本書の最大の特色ともいえる「超国家的権威による金の価値の統制」の提 案を行っている。これは国際通貨発行と国際的多角決済制度の2機能を持つ超 国家銀行設立の構想であり,国際管理通貨制度の構想であったといえる。超国 家銀行設立の提案は,彼の「国際清算同盟案」,トリフィソ(R.Triffin)の「世 界中央銀行案」,国際通貨基金(IMF)における特別引出権(SDR)の採 用に受けつがれていったといってよいだろう。 5) J M, Keynes, The General TheorJ; o.f EmP/oyment, lnterest and Monwpy, Macm− illan, London,/936.(塩野谷九十九訳『雇用・利」二および貨幣の一般理論』東洋経済 新重詰社, 1941年) 6) 」. M. Keynes, ‘’Proposals for an lnternational Clearing Union (April 1943)i’, in H G. Grubel, ed,, World Monetary Reform, Stanford Univ. 1963. 7)J.M. Keynes,∠4 Treαtisva o,・I Money」Macmillan. London,1930 (小泉明。長澤 惟恭訳『貨幣論1[』長澤惟恭訳『貨幣論■』東洋経済新報社,!979年)
42 彦根論叢 第22!号 そして1933年には,大恐慌のさなかにロンドンの世界経済会議を直接の対象 き として執筆された丁繁栄への道』が出版された。本書では金と同様の機能を持 ち,支払準備にも使用されるが金と直接的には絶縁されたドルの金含有量によ って表示された金証券(gold note)発行案が提案されている。 このような経緯のあと1943年,「国際清算同盟i案」が発表された。通貨の国 際的管理は,ケインズが『貨幣改革論』以来,国内経済政策の基本にしてきた ものであり,「国際清算同盟案」にその完成形態をみることができる。したが って,本稿ではケインズの一連の著作の詳細な検討は先学の書にまかせ,国際 通貨発行特権との関連で『貨幣改革論』,『貨幣論』,『繁栄への道』,『国際清算 同盟案』の国際的側面を中心に考察していくことにしたい。 III 『貨幣改革論』と管理通貨制度 1.第1次大戦後のイギリスの没落 第1次大戦前の古典的金本位制度は,金が内外において自由に取引され,各 国通貨当局は一定価格で金の無制限の売買に応じ,その金保有量:に応じて国内 通貨供給量を増減させるという,「金本位制度のゲームのルール」によってそ の機能を果たしてきた。したがって金本位制度は各国に金準備を維持するため 資源の一部を犠牲にし,金流出による通貨収縮からの物価下落と失業,金流入 による通貨膨張からのインフレーションを強いるものとみられてきた。これに 対してイギリスは,ケインズも指摘したように国際金融市場としてのロンドン の特殊な地位と圧倒的債権国であったことにより,イングランド銀行の公定歩 合政策を通じ,国内資金需給調整を行い,金本位制度の利点を享受することが 可能であった。 しかし第1次大戦後,新技術開発の遅れや旧式な設備と慣行を温存したイギ リスの生産力低下と海外資産の減少,ヨー一一 Ptッパ大陸諸国の経済の荒廃,これ 8)J.M. Keynes, The Means to Pros♪erity, Macmillan, London,1933,(宮崎義一訳 『繁栄への道』宮崎義一・伊東光晴編『世界の名著57,「ケインズ/ハロッド」』所 収,中央公論社:,1971年。)
管理通貨制度と国際通貨発行特権 43 に代わるアメリカ工業化の進展にともなう生産力の増大により,各国間の相対 的地位は大きく変化した。また世界経済の拡大に比べて金の生産が緩慢で金が 著しく不足するとともに,アメリカへの極端な金の偏在が進行した。このため イギリスやヨーロッパ大陸諸国は,戦争による大量の金準備喪失により金本位 制度を維持することが困難で,戦後しばらくの間は允換停止下の状態にあり, 戦時中自然発生的に移行した通貨管理を続けざるをえなかった。 2。アメリカの金不胎化政策 このような状況下で表面的には金本位制度を採用しながら実質的には「金本 位制度のゲームのルール」を覆す金不胎化政策が,1921年アメリカにより実施 された。すなわちアメリカは危険回避的な資金移動による大量の金流入に対 し,金を一定のドル価格で無制限に購入するものの,国内物価.ヒ昇を回避する ため国内通貨発行量と金準備:量を切り離す政策を,1921年以降行ったのである。 ケインズが「管理通貨制度」論を体系的に論じたのは,このような状況下の 1923年のr貨幣改革論』においてであった。彼は本書で当時のアメリカの連邦 準備制度が割引政策決定にあたり,管理通貨主義的傾向がでてきたことに着目 して次のように述べているQ 「過去二年間,アメリカは金本位制度を維持してきたように装ってきた。し かし実際にはドル本位制度をとってきたのである。そして金の価値にドルの価 値を一致させる代わりに,多大の費用をかけて金の価値をドルの価値に一致さ せるようにしてきたのである。これは新しい知識と古い偏見とを結びつけるこ とが可能な富裕な国のやり方である。その方法は,ハーバード大学の経済学研 究室で考えられた,最近の科学的改良を利用することができると同時に,議会 には……神聖化されてきた硬貨を,早急に廃棄することはありえないと信じこ ませておくのである。……だが,これら虚構はすべて若干の不安定性を伴う。 金の蓄積が一定量を超えれば,議会の疑惑も起きるだろう。……遅かれ早か れ,この虚構はその価値を失うことになるだろう。実際そうなることが望まし い。新しい方法は意図的に,注意深く,公開で行うとき,いっそう効率的で経
44 彦根論叢 第221号 済的な運営ができる。ハーバードの経済学者たちはワシントンの経済学者たち よりも豊:富な知識をもっているので,やがてそのかくれた勝利は公然たる勝利 となるだろう。いずれにせよ,イギリスの通貨政策の原理を制定する責任ある 人は,やがて近い将来にアメリカ政府が一定のドル価格で金の購入に応じなく の なる可能性があることを忘れてはならない。」 ケインズはこのようにアメリカの金品胎化政策を,富裕な国のみに可能な新 しい知識と古い偏見の結合であると賞讃しながらも,金本位制度に代わるドル 本位制度の出現として警鐘を鳴らしている。なぜなら,金本位制度のゲームの ルールの必然的結果である金の価値によってドルの価値を決定する代わりに, ドルの価値によって金の価値を決定することになり,本来の金本位制度は消滅 してしまったと主張したのである。 ケインズは本書で金本位制度復帰に反対しているが,新しい国際金融情勢下 でイギリスが金本位制に復帰することはドル本位制度への加入を意味すると考 えたからである。すなわち,イギリスは自国通貨価値を金に結びつけることに より,ポンド価値の最終決定権をアメリカ政府に委ねることになり,イギリス 自らの意思で国内物価安定と高雇用水準を実現できなくなるというものであっ た。これは第1次大戦後台頭してきたアメリカに対するケインズの激しい対抗 意識を表しているといえるだろう。 ところで前出のr貨幣改革論』からの引用の中で次のような問題点を指摘す ることができる。第1にケインズは「アメリカは金本位制度を維持してきたよ うに装ってきたが,実際にはドル本位制度をとってきた」と述べている。これ は彼が金本位制度を,中央銀行が金の流出入と債務に対する金準備の割合をみ て割引政策を管理する制度と考えたからである。しかし当時のアメリカは金の 自由鋳造,自由溶解,自由:免換,自由輸出入の諸条件を備えており,完成され た金本位制度下にあったといえる。したがって金本位制度と「ドル本位制度」 が並列して存在していたわけではない。またアメリカ中心という意味でのドル 9)J.MKeynes, A Tract on Monetary Reform, ibid., pp.155−156.邦訳pp.160一工61.
管理通貨制度と国際通貨発行特権 45 本位制度は用語法上適切とはいえないだろう。 第2にケインズがいうように金の価値は,中央銀行の政策により決まるもの ではなく,金の価値が管理されうるものでもない。また当時のアメリカでは互 換銀行券が,主として流通しており,金の価値とドルの価値は同一であり,連 邦準備制度が「金の価値にドルの価値を一致させる代わりに,多大の費用をか けて金の価値をドルの価値に一致させるようにしてきた」ことはなかったとい うべきであろう。 第3にケインズが考えるように金準備と通貨の発行量との関連を断ち切った からといって,ただちに国内面での金の非貨幣化が発生するわけではないとい うことである。 3.国際決済手段としての金 「事実上,金本位制度はすでに未開社会の遺物と化している」というケイン ズの言葉に象徴されるように,ケインズは金本位制度に対立するものとして 「管理通貨制度」を位置づけ,金本位制度に代わるものとして「管理通貨制度」 を推奨している。しかしケインズの金本位制度批判には,国際決済手段として の金の廃貨の意図は少しも含まれていない。これは彼の次の文章からも明らか である。 「私が金になお重要な役割を残していることに読者は気づかれるであろう。 最後の防衛手段として,または急場の需要に対する準備として,これにまさる 手段はまだ存在しないのである。だが金の長所のみを利用すべきである。通貨 を盲目的に金の奔放さに従わせ,将来の金の購買力の予測しがたい変動に従わ ユの ぜる必要はない。」 しかし彼は世界経済の拡大ほどに金生産が増大しないことによる金の絶対的 不足と,金の国際的偏在による相対的不足のため,古典的金本位制度再現は困 難であるとし,イギリスとアメリカ以外の諸国に対しては,『インドの通貨と 10)J.M. Keynes, A Tract on Monetary Reform,ガδ混, p.154.邦訳p.159.
46 彦根論叢第221号 金融』で推奨したポンドかドルに基礎をおく為替本位制度を勧めている。しか しながらケインズは,イギリスとアメリカは国内で管理通貨制度を採用して も,対外的には金免換に応じる「金地金本位制度」を採用すると想定していた ようである。 ところで,ケインズは,国際金融の中心地が二つ存在するという現実のもと で次のように述べる。 「われわれは,貨幣の進化過程において,『管理』通貨が不可欠である段階 に到達したのである。だが,その管理を単一の当局に委託してよい段階には到 達していない。したがって,われわれになしうる最:善は,二つの管理通貨,ド ルおよびポンドを保有し,その管理の目的と方法について,できるかぎり密接 な協力を保つことである。……イギリス本国とアメリカ合衆国以外の国は,独 立の本位制度をもつのは適当ではないだろう。その他の諸国にとって最も賢明 な方法は,為替本位制により,通貨の基礎をポンドかドルにおき,いずれかに 対して為替相場を固定し……短期的変動に備えるために国内に金準備を保有 し,ロンドンとニューヨークに勘定をおき,割引率その他の方法を用いて購買 力を調整し,かくて長期にわたって相対的物価水準の安定を維持することであ る。おそらく,(カナダ以外の)イギリス帝国とヨーロッパ諸国はポンドを本 位とし,カナダと南北アメリカ諸国はドル本位を採用するであろう。だが,組 織と理解の進歩につれて,この二つの間に完全な調和が成立し,いずれを選ぶ のもまったく変わりがないようになるまでは,各国は自由に,好きな本位を選 ユユ 択することができる。」 すなわちイギリス,アメリカが管理通貨制度を採用し,自国通貨の管理に成 功すると両国間の為替相場も安定する。その他の諸国はポンドかドルに自国通 貨をリンクさせ,国内金準備やロンドン,またはニューヨークの為替資金を使 用して,為替相場の短期的変動を安定させる。また他方では金利政策その他で 通貨量を管理し,相対的物価水準の安定を図るべきであるとする。 !!)J.M. Keynes, A Tract on Monetary Reform, tbid., pp.159−!60,邦訳pp,164− 165.
管理通貨綱度と国際通貨発行特権 47 ロンドンが世界でただひとつの国際金融中心地でなくなってからは,イギリ ス,アメリカが対等の立場で国際通貨制度の確立に努力するというのがケイン ズの考え方であり, 「国際清算同盟案」で示された彼の考えがすでに現われて いるといってよいだろう。 『貨幣改革論』においてケインズは管理通貨制度をはじめて体系的に論じ, 金準備にとらわれず国内において物価安定や高い雇用水準の確保といった対内 均衡の達成を目指すべきであると主張した。しかしながら,本書でのケインズ は,国際的側面においてはイギリス,アメリカ山口国を中心とする国際協力の 必要性を強調しているものの,国際機関の設立を提案するまでには至っていな い。 その意味では国際機関による国際通貨発行特権の問題は発生しないといえ る。しかしかつては「金本位制度のゲームのルール」を世界各国におしつけ, 世界の景気を統制し,主導することができたイギリスの立場が逆転するにおよ んで,ケインズは,イギリスが国際経済ならびにインドをはじめとする植民地 から得ていた利益を確保するために管理通貨制度を提案したということができ る。これはイギリスの管理通貨制度採用により,国際通貨発行特権による利益 を,より安定的に,より多く受け取ることができるようにするための理論的基 礎を築いたものであると位置づけてよいであろう。 亙 『貨幣論』と超国家貨幣 1.貨幣の国家的管理 イギリスは1925年,ケインズをはじめとする多くの反対論を押し切り金本位 制度へ復帰した。またその他の大多数の諸国もこれに追随し,国際金本位制度 の再建が行われたかに見えた。そこでケインズは,1930年に出版したr貨幣 論』では金本位制度の存在を前提とした上で, r貨幣改革論』で論じた管理通 貨制度をさらに拡充し,貨幣の国際的管理と貨幣の超国家的管理について論 じ,超国家銀行設立の提案を行っている。 ところでケインズは『貨幣論』において,貨幣の国家的管理の方法として,
48 彦根論叢 第221号 加盟銀行の統制と中央銀行の準備の調整をあげている。すなわち加盟銀行の統 制については,先進諸国の中央銀行が行う公定歩合政策と公開市場操作の比較 検討,さらに銀行への法定準備比率操作の検討がされている。また中央銀行に ついては,当時の銀行券発行調整の具体的方法を検討し,中央銀行の準備に対 する管理は法律等で制定せず,中央銀行の自由な判断にまかせるべきであると する。そして金準備の目的を,戦時の必要に対する予備と,国際的短期債務に おける不測の引出し(金の海外流出)に対する予備のためであるとする。この ようにケインズは,完全な管理通貨主義の立場を鮮明にしている。 さらに彼は国際金本位制度下では,利子率水準が国際資金移動により自律的 に決定されるため,国内均衡達成を阻害する可能性を指摘し,とくに海外投資 への直接規制を提案しているのは注目されるところである。 2.貨幣の国際的管理 貨幣の国際的管理についてケインズは,中央銀行相互間の関係,金本位,国 家的自主についての問題点をあげている。 まず中央銀行相互間については次のように主張する。開放体系で国内均衡は 外国とのあいだの関係により影響を受ける。対外貸出が利子率のわずかな変化 に対してもきわめて敏感に反応するのに反して,対外残高は多くの場合それほ どの感受性をもたず,このことが対内均衡を達成しようとする中央銀行の力を 不当に制限する傾向がある。したがって国際的問題としては,長期および短期 の外国貸出率を調節すべきいろいろな工夫が必要である。ケインズは国際協調 .が望ましいとしながらも国際的利害対立を予想し,国際協調が行われないとき にも採れる方法を検討している。これらのうち短期利子率の国際的相違に起因 する短期資金の移動を調節する手段として,中央銀行の先物為替市場への介入 とともに,人為的金現送点格差の拡大,すなわち金の売買価格差を2%プラス 金現送費の範囲まで拡大する方法を主張している。 金本位についてケインズは,金が長期間,購買力の安定維持に役立ったか否 か,そして金が貨幣制度として安定的であったかについては否定的見解を示し
管理通貨制度と国際通貨発行特権 49 ている。また金に代わる理想的基準があるかどうかについては,超国家的管理 の問題として検討され,超国家的当局は理想的基準に合うように金の管理が必 要であるとする。 3,貨幣の超国家的管理 ケインズは超国家的制度により,金の価値を管理する方法を考察している が,超国家的管理の目標は,①金の長期傾向的な国際的価値の管理と,②この 長期傾向から上下に乖離する短期変動を回避するためであるとする。 彼は①について金価値(正しくは金価格…筆者注)の長期的傾向が,国際的 「表計本位(tabular standarの」に一致するように管理しようとした。つまり 当時の国際連盟が作成していた62の商品に海上運賃を加えたものが表計本位の 内容としてあげられる。したがってケインズの考えは国際的な代表的商品価格 が,全体として安定するように金の価格を管理することであった。代表的商品 価格が下落した場合,もとの水準まで上昇させる方法は金価格を引き上げるこ とであるが,これは『貨幣論』出版後,超国家機関ではなくアメリカで行われ た。つまり1934年号アメリカは物価の下落傾向のなかで,金1オンス=・ 20. 67 ドルから35ドルに金価格を引き上げたのである。 このような表計本位の考え方は一種の商品本位制度であり,貨幣が商品から 独立してきた過程すなわち貨幣の生成の過程からすれば逆転した考えである。 またケインズがここでいう金の価値は,前出のときカッコ中に示したように, より正確には金の価格というべきであろう。金の価値は人為的に管理されうる ものではなく,金生産の条件すなわち金鉱山の貧富,採掘技術の程度,総合生 産の程度,人件費などの諸費用,精練技術などに依存するからである。したが ってケインズの金管理とは金価格の管理ということになる。 しかし経済の停滞と物価の下落傾向のなかでの当時の物価対策としては,本 質的議論は別にして,ケインズの表計本位の考え方は考慮に値した一政策であ ったかもしれないといえるだろう。 つぎに②の管理目標は,国際的性格をもった利潤インフレーション,デフレ
50 彦根論叢第221号 一ションを防止することである。ケインズは,これらの目標を達成するために 公定歩合政策や公開市場操作などの金融政策を用いるものの,政策の決定は超 国家的当局と各国中央銀行間の協議と協調によって行われるべきであると主張 している。 4.超国家銀行設立の提案 かつて歌聖ッドは,ケインズの超国家中央銀行について「『貨幣論』は超国 家中央銀行の提案を頂点にいただいている。これは,かれが14年後,ブレトソ・ ウッズにおいて承認させるごとに成功した制度よりも,いっそう野心的なもの である」という評価を加えた。ケインズは超国家銀行(Supernational Bank) の設立,金の超国家的管理がただちに実現できると考えたわけではない。それ に至る道として漸進主義で金節約の制度を普及させるべきだとして,まず次の ような最小限管理案を提唱した。 (1)最小限管理案一ジェノア会議の勧告に従って召集される中央銀行会議 は,つぎのような共同行動の広範な原則に同意することを要求される。 ①すべての国は実際の流通の中に金(または金証券)がはいることを認め ず,中央銀行の準備貨幣として保有することに同意しなければならない〔国内 の金貨流通の禁止〕。 ② すべての中央銀行は,準備貨幣の一部として金のある代替物を受け入 れ,創出する中央銀行貨幣の一定量に対する保証として,各地下室に保有する ことが必要であると考えられる金の量を減少させる一また少くとも事情によ って変化させることに同意しなければならない。流通貨幣が19世紀の間に徐々 に表象的なものになったのとまったく同様に,準備貨幣もまた20世紀の間に徐 徐に表象的なものにならなければならない。 金以外に中央銀行準備貨幣として使用されるものは,為替本位や在外残高で ある〔各中央銀行の金準備率の引下げ〕。 ③ すべての中央銀行の法定準備必要額は,中央銀行委員会の勧告に基づい 12)R.F. Harrod, ibid., p.401.邦訳p.460.
管理通貨制度と国際通貨発行特権 51 て,正常な状態の20%を最大限として上下させ,金の有効的供給に弾力性をも たせる〔各中央銀行の法定準備必要額の変動可能性〕。 ケインズの考えではアメリカの法定金準備は過大であり,自由金準備は少な いため,中央銀行間の協定で法定準備率を漸次引き下げていこうとした。 ④すべての国においても,中央銀行は金の売買価格の幅を2%まで拡大す る。為替変動幅が大きいほど,各国の金利差の海外短期資金に対する誘囚が小 さくなるので,金利政策の自主性が高まる。 上記①∼③は金の最大限の節約を図るためのものであり,④は国内金融政策 の弾力性を維持するためのものである。 (2)最大限管理案一一しかしながら,金価値(金価格…筆者注)を超国家的 に管理する満足な制度は,これよりもはるかに広範囲に及ぶことを必要とする であろう。一一とくに信用循環に対する有効な対策を見い出そうですればそう である。ケインズは一国の加盟銀行が中央銀行に対する立場と同じような立易 ユヨラ に世界の中央銀行が立つ超国家銀行を設立するのが理想的であると主張した。 れ ケインズの超国家銀行案の詳細な検討と評価は別稿に譲り,その構要を述べ 15) ることにしよう。 ① 構成 超国家銀行には各国中央銀行が加盟し,その関係は国内での中央 銀行と加盟銀行の関係とほとんど同じである。 ② 超国家銀行貨幣(Supernational Bank Money, SBM)の発行 超国家 銀行との取引は各国中央銀行のみで対民間取引は行わない。超国家銀行の資産 は金,有価証券,各中央銀行貸出から構成され,負債は各中央銀行の預金から 構成される。この預金をSBMと呼ぶ。加盟中央銀行は金の預け入れ,他中央 13)J・MKeynes, A Treatise on Monebl, Vol・il, tbid・, PP・395−402,邦訳]1, Pp. 4!5−419. 14)拙稿「超国家貨幣と国際通貨発行特権」『彦根論叢」第207号.1981年3月。 15) 詳しくは則武保夫「世界中央銀行案」『国民経済雑誌』第127巻第5号,!973年5 月,松村善太郎『国際通貨ドルの研究」ダイヤモンド社,1964年,尾崎英二『国際管 理通貨』東洋経済新報社,1973年,参照のこと。
52 彦…オ長言命叢 第221号 銀行からのSBM振替え,超国家銀行の借入れにより, SBMを保有する。
③ 金とSBMの関係 金とSBMは相互に交換される。 SBMは金と同様
に加盟中央銀行の法定準備として計上される。 ④ SBMと各国貨幣の関係相互に交換される。また金は最終の本位であ り,SBMは国際本位である。 ⑤ 超国家銀行の金融 一定の条件により加盟中央銀行に貸出を行う。また 国際的公債を発行し,公開市場操作も行う。⑥貨幣管理の目標既述した表計本位で示された金またはSBMの価値の
安定維持と,国際的利潤インフレーションとデフレーションの回避が目標であ る。 ⑦ 組織 超国家銀行の最高機関は加盟中央銀行の代表からなる管理委員会 である。 そしてケインズは超国家銀行の創設が,1930年,第1次大戦後のドイツの賠 償処理のためバーゼルに設立された国際銀行である「国際決済銀行(BIS)」 を発展させることにより可能であると考えていた。 ケインズの超国家銀行案における金とSBMと各国貨幣の結合のしかたは, IMF体制(ブレトンウッズ体制)における金とドルと各国通貨の結合のしか たに比べ,理論的にはまさっているといえるだろう。IMF体制でアメリカは 世界の金センターであり,ドルが国民通貨であると同時に国際通貨であった。 しかしケインズの超国家銀行においては,金センターは超国家銀行であり,S BMは超国家的銀行貨幣であった。したがって超国家的通貨管理委員会でSB Mを管理できる機構が備わっていた。他方,IMF体制ではドルを国際的に管 理することができなかった。 ところでIMF体制でアメリカは国際通貨発行特権を専有し,その国際通貨 発行特権から生ずる利益を専有することができた。しかしケインズの超国家銀 行案では,発行特権にもとつく利益を一国が専有することなく,各加盟国に配 分されることになり,より公平であるといえるだろう。管理通貨制度と国際通貨発行特権 53 IV 『繁栄への道』と金証券 1933年に出版されたr繁栄への道』で示された金証券プランは,SBMプラ ンに比べてより現実的になっているものの暫定的色彩の濃いものになってい る。これは金為替本位制度の崩壊が世界的規模で生じたことにも影響されてい るといえるだろう。彼は縮小均衡に陥ろうとする世界経済に対して,国際流動 性の増加案として「金証券」プランを提唱するが,それはつぎのような条件を ユの 満たすものであるとされる。 (1)増加させられる準備は金に基づくものでなりればならない。金は国内貨 幣であることを急速に停止しているが,以前にもまして排他的に準備貨幣とな り国際支払いに使われている。 (2)計画は救済的な性格のものではなく,すべての参加国に供給されるもの であること。 (3)貨幣準備の供給には,弾力性があるものでなければならない。 そして,これらの条件を満たすため,つぎのようにして金証券は発行される ものとする。 (1)国際機関は金証券を発行し,額面金額はドルの金価値による表示とす るQ (2)金証券の最高発行限度は50億ドルとする。そして各加盟国政府は割当額 を限度として,政府の金債券(gold bonds)と交換に金証券を受け取る。 (3)各加盟国への割当額は一定時期,たとえば!928年の金準備相当額とし, その最高額は4億5000万ドルを超えないものとする。また理事会の判断で割当 額の限度に弾力性をもたせることができる。 ㈱ 各加盟国は金証券を金と等価として受れ入れ,国内通貨発行準備として 保有するが,金証券の国内流通は禁止される。 ㈲ 理事会は加盟国政府により選出される。各国は中央銀行に権限を委譲す ることは自由で,各々割当額に応じて票決権が与えられる。 16)J.M. Keynes, The Means to Prospertty, ibid, Chap W, V, VI,邦訳PP.315−326.
54 彦根論叢第221号 (6)金債券は低利の利息が付利され,この利率は理事会によりときどき変更 される。また金債券は,これを発行した政府,あるいは理事会の要求がありし だい償還される。 (7)利息は必要経費を差し引いた後,保証金として金で蓄積される。また加 盟国政府は支払い不能による損失を,割当額の限度で保証しなければならない。 (8)理事会は金証券発行量,金債券の利子率を自らの判断で変更する。 このようにして発行される金証券の使用は,各国の自由にまかせられる。 しかしながら,SBMプランにみられたような当初の金預託は姿を消し,国 際機関の公開市場操作により,金債券の購入と引換えに金証券が創出されるこ ととなった。金の管理の条件は,もはや金を集中管理する超国家銀行を設立す ることではなく「外国残高を準備通貨として用いる制度は完全に停止の状態」 にあるので,外国残高に代わる金証券を発行して「準備通貨の絶対量を増大さ せ,世界の物価水準を維持することであった」のである。 ケインズの国際通貨制度改革案は,金証券プランにおいて,世界の物価低落 は流動準備不足が原因とされるようになり,流動性増加により国際貿易の均衡 ある成長が期待できるという数量説的流動性バイアスが強くなってきた。超 国家銀行案にみられた安定性アプローチは後退し,流動性供給面のみが強くお しだされてきたことは否定できないところである。大量の金準備を失ない, 金偏在是正方法がなくなったイギリスの政策という傾向が強くなっているとい えるだろう。 国際通貨発行特権の観点からは,総額50億ドルの金証券という国際流動性 を,1928年の各国の金準備相当額(最高限度4億5,000万ドル)に応じて割当 てたということができる。したがって,金準備が多かった国ほど,発行特権に より創出された金証券をより多く配分してもらえることになるのである。 V 『国際清算同盟案』とバン=1一ル 超国家銀行案によって与えられた国際本位制度(international standard sys・ tem)の理想は,1943年にケインズによって提案された『国際清算同盟案』で
管理通貨制度と圏際通貨発行特権 55 復活された。すなわちバンコール本位制度ともいうべきものである。国際清算 同盟でパンコール(Bancor)として登場した新国際通貨にケインズがいかに;期 待していたかは,彼の次の言葉からも知ることがでぎる。 「この案の主要な目的をひとくちにいえぽ,一つの国へ商品を売ってえた貨 幣を他の国の生産物の購入に使う,いわゆる多角的決済制をとる世界経済に役 だつ世、界通貨(universal currency)を設けることである。それ以外のことはす エわ べて付随的である。」 ユ ラ ケインズの国際清算同盟案の詳細な検討は玉稿に譲るが,彼の本来目指そう としていた管理通貨制度は『貨幣論』で主張された「超国家銀行案」であり, IMF創設のとき提示された「ケインズ案留国際清算同盟案」は妥協した部分 が多く,彼の本意とするところではなかったようである。 ケインズの国際通貨制度に関する思想を回顧すると,超国家銀行案では金の 預託に基づいてSBMが発行され, SBMと金との完全交換性が保証された。 SBMは今戸銀行券であり,金とは双方交換1生を持っていた。そして金証券案 では,金証券は金債券と交換に発行され,固鎚的に金と交換性があったと考え られるが,金との関係が希薄になった。さらに国際清算同盟案になると,バン コールは金の預託なしに発行され,金との交換性は断たれ,不換紙幣となった といえるだろう。 金の節約から金の管理へと進められたケインズの考えは,ゆくゆくは金を貨 幣から廃位あるいは仮死状態へ導こうと意図されていたことは疑いのないとこ ろである。しかし現実主義者であったケインズは,現状における国際面での金 の役割を否定はしなかった。この点について彼は,国際清算同盟案の第6章第 26項で次のように述べている。 「金はいまなお大きな心理的価値を有し,……不測の事態に備えて金準備を 保持しようとする欲求が続くと考えられる。金はまた(その実体のいかんにか 17) J. M. Keynes, Parliamentary Debates on an Jnternationag Clearing Union, House of Lords, May 18, 1943. pJ 76・ 18)前掲拙稿,pp.38−40.
56 彦根論叢 第221号 かわらず)形式の点で国際的目的のために議論の余地なき価値の基準を提供す るという長所をもち,これに代わる有用な代替物を見出すことはまだ容易でな い。窮極において世界が金の処分をいかに決定するかは別問題である。清算同 盟の目的は支配的要素として金にとって代わることにあるが,これを廃しよう エの とするものではない。」 また1944年5月23日の上院での「国際通貨基金」についての演説で,ケイン ズは次のように述べている。 「唯一の代案は,金の貨幣的資格を失なわしめることであろう。しかしかっ てだれかがそれを提案したものがあるなどということを,私はまだ聞いたこと がない。なぜならば,国際収支を決済する手段として金とその威光とを今後と コのも利用するということは,今日の情勢ではまったくの常識であるからである。」 そして金に対するケインズの基本的立場は,1433年3月20日付の『エコノミ スト』心あての彼の手紙の中に見つけることができる。 「戦後における発展のあらゆる段階において,私が時に応じて試みた具体的 諸提案は,金を堅苦しい国内的標準として使用することはやめるけれども,そ れを国際的標準としては使用するということを基礎とするものでした。このこ とに私のつけ加えた諸条件はいつも同じでした。こまかい点は変わりましたけ れども。すなわち,(1)国内的標準と金との間の平価は硬直的であってはならな いこと,(2)金輸送点問には過去におけるよりもいっそう広い開きがなければな らないということ,そして(3)もし可能であるなら,金の商品価値を一定の限度 内で調整する目的をもって,なんらかの国際的統制が形成されなければならな いということ,がそれです。/貴誌はそれが『タイムズ』誌の諸論文におい て,また私のパンフレットr繁栄への道』において農開されている私の意見で あると同じように,1923年私がr貨幣改革論』を出版したときの私の意見でも 19)J.M. Keynes, Proposals for an International Clearing・Unlon, tbid・, Chap.6, 20)J.MKeynes, LtThe Monetary Fund’}, in S. E. Harris ed., The IVIexv,Economics, Alfred A. Knopf, Inc., New York,1947, p.376 (日本銀行調査局訳『新しい経済 学.∬』東洋経済薪報社,1950年,p.194)
管理通貨制度と国際通貨発行特権 57 あったし(第5章を参照),また1930年私が『貨幣論』を出版したときの私の意 21) 見でもあった(第36章および第38章を参照)ということを発見するでしょう。」 したがって当面ケインズが目指すところは,国際的側面において金を「専制 22) 君主」の地位から「銀行という内閣をもつ立憲君主」の地位に引き下げること にあったといえるだろう。しかしながら,金節約から金の管理へとすすめられ たケインズの国際通貨制度改革案は,国際通貨発行特権の利益の配分の面で公 平さをある程度保っていたものの,金による歯止めのない制度につくり変えら れるにつれて,国際通貨発行特権による利益がいっそう増大していったといえ るだろう。 〔参 考 文 献〕 〔1〕P,Einzig, The Destiny of Gold, Curtis Brown, Ltd., London.!972.(加瀬正“’ 幸田精蔵訳『金の運命』日本経済新聞社,1974年) (2) D. Dillard, The Economics of Jo12n 11{faLtyTnard Keynes, The Theory of a IMonetary Eeonomツ, Prentlce一一Ha11, Inc., New York,1948.(岡本好弘訳『J. M.ケインズの経 済学』東済経済新報社,1950年来 (3) S E Harris ed, The Nexv Economics, .Alfred .A. Knopf, lnc., New E“ork, /947. (日本銀行調査馬訳『新しい経済学1,∬,皿』東洋経済新報社,1949年一50年。) (4) S E. Harris, tfolvz Maynard Keynes, Econe.mtst aiid Po/tcy Maker, Charles Scr夏bner’s Sons, New York,1955.(塩野谷九十九訳『ケイズ入門 一人・学説・ 政策 』東洋経済新報社,ユ957年) (Jr) R F. Harrod, The Lilfe Join7 iYcz.ynara’ Keiyites, Macini]lan, London, /95/ (JlpJm 野谷九十九訳『ケインズ伝 上・下巻』東洋経済新報社,1967年) 〔6〕 赤松要『金廃貨と国際経済』東洋経済新報社,1974年。 〔7〕 浅野栄一編『ケインズ経済学』有斐閣,1973年。 〔8〕 有馬敏則「超国家貨幣と国際通貨発行特権1『彦根論叢』第207号,198!年3月。 〔9〕 藤i田了E寛「国際通貨制度論争について」 『国母経済雑誌』第UO巻第2号,/964年 8月。 〔10〕伊賀・菊本・藤原『マネタリストとケインシアン』有斐閣,!983年。 〔11〕伊東光晴『ケインズ』岩波書店,1962年。 2!)R.FHarrod, t6id., p.445,前掲邦訳, p,495. 22)J、M. Kleynes, A Treatzse on rVfoney, ibid, p.261,前掲邦訳『貨幣論■』p.306.
N 58 彦根論叢 第221号 〔12〕 梶山武雄『現代国際通貨論』日本評論社,1972年。 〔13〕 片岡 サ「国際収支調整理論の学説史的一検討」『経営研究』第28巻6号,1978年 3月。 〔14〕紀国正典「J.Mケインズの『管理通貨論』について」『高知論叢』第16号,1983 年3月。 〔15〕松村善太郎『国際通貨ドルの研究』ダイヤモンド社,1964年。 〔16〕 中西仁三『貨幣理論と貨幣制度』有斐閣,1956年。 〔17〕新野幸次郎・置塩信雄『ケインズ経済学』三一書房,1957年。 〔18〕則武保夫「ケインズ理論にたいする一考察」『国民経済雑誌』第85巻第4号,1952 年4月。 〔19〕一,「ケインズの貨幣観」『国民経済雑誌』第95巻第2号,1957年2月。 〔20〕 一,『現代金融論』有斐閣,1965年。 〔21〕一,「国際収支についてのケインズと古典学派」『国民経済雑誌』第147巻第2号, !983年2月。 〔22)則武・浅野・早坂・白井・美濃口『ケインズー著作と思想』有斐閣,1978年。 〔23〕小野朝男「国際管理通貨論批判」『経済理論』第186号,1982年3月。 〔24〕 尾崎英二『国際管理通貨論』大蔵省印刷局,1956年。 〔25〕 一,『国際管理通貨』東洋経済新報社,1973年。 〔26〕一.『国際金融論』東洋経済新報社,1983年。 〔27〕酒井一夫『インフレーションと管理通貨制』北海道大学図書刊行会,1977年。 〔28〕 真藤素一『管理通貨制度の理論』有斐閣.1967年。 〔29〕 新庄 博『金融論』有斐閣,1951年。 〔30〕一,『貨幣論』有斐閣,1952年。 〔31〕信用理論研究会編『信用論研究入門』有斐閣,1981年。 〔32〕 塩野谷九十九『イギリスの金本位復帰とケインズ』清明会出版部,1975年。 〔33〕田中金司『金本位制の回顧と展望』千倉書房,1951年。 〔34〕建部正義『管理通貨制度と現代』新評論,!980年。 〔35〕 矢尾次郎『貨幣的経済理論の基本問題』千倉書房,1962年。 〔36〕吉沢英成「ケインズの貨幣観一『黄金欲』を呪うべきか」「現代経済』Ne.52,!983 年。