初期仏教の源流について、ここ数年間関心を抱いてい る。まず、初期仏教の古居経典とジャイナ教の古層聖典 とを比較しながら、仏教用語や思想の源流をたずねる。 次に逆にその源流からどのように変化を受けながら流れ て、仏教独自の用語や思想が形成されていくかをたどる のである。なかなか困難ではあるが、たいへん興味深い 作業でもあり、これによって初期仏教の独自性が明らか になるのではなかろうか。 この源流をたずねる研究の一つとして、二年ほど前か ら辞支仏︵独覚、縁覚、恩。。①菌︲g呂冒︺胃色々①盲︲官且旨︶ に注目している。すでに先学の研究によって、初期仏典 における辞支仏について多くのことが明らかになってい
口
研究ノートジャータカにあらわれる辞支仏
一 る。畔支仏は、﹃スッタニパ−タ﹄、﹃ダシマパダ﹄など 古層に属する経典には全く現われない。’一カーャでは相 応部、中部には一、二例しか見られず、長部には一度も 現われない。増支部では数回現われる。小部に属する、 比較的成立のおそいものになるにしたがって、現われる 回数が多くなっている。漢訳の阿含経ではパーリの四一一 カーャよりやや多く現われている。﹃スッタ’一・︿−タ﹄ 第一章第三﹁犀角経﹂は本来鮮支仏とは直接関係のない 経典であるが、小部﹁チュッラ・’一ツデーサ﹄では﹁犀 角経﹂は鮮支仏の説いた詩であると記されている。また、 小部﹃アパダーナ﹄第一章第二﹁鮮支仏の譽啼﹂のなか に﹁犀角経﹂の四一詩がそのまま引用されている。この ようなことから、鮮支仏の観念は、阿含一一カーャの初期 にはまったくなく、その中期頃に初めて成立し、後にな長
崎
法
潤
60るにしたがって多く説かれるようになった、と考えられ つ︵︾○ ところで、辞支仏はジャータカのなかに数多く登場し、 興味深い畔支仏物語が伝えられている。そこでは辞支仏 の観念はすでに定着し、牌支仏について定型の表現もで きあがっている。僻支仏は、ブッダが出る以前の世にあ らわれて、ブッダ誕生以前に般浬梁する。したがって、 ジャータヵ物語は胖支仏の登場する世界である。 ジャータカにはさまざまな鮮支仏物語が語られている が、それらを、仙鮮支仏になる物語、②辞支仏に対する 布施とその果報、③辞支仏の入滅と舎利供養、側その他 の辞支仏物語、の四種に分類することができる。本論で は、そのうちの、﹁辞支仏になる物語﹂をとりあげ、そ の記述を整理し、系統図をさぐってみたい。なお、辞支 仏の記述に定型の表現があるので、整理のために記号番 号を付すことにする。 ﹁辞支仏になる物語﹂に分類されるジャータカには次 のものがある。 ﹁ジャータカ﹄四○八﹁陶師前生物語﹂ ﹃ジャータカ﹄四五九﹁水前生物語﹂ ﹃ジャータカ﹄四二一﹁理髪師ガンガマーラ前生物 ﹃ジャータヵ﹄四○八﹁陶師前生物語﹂は、貯支仏に なった四王の物語であるが、まず、この物語を手がかり にして、どのようにして辞支仏になったかを見てみたい。 カリンガ国のカランドゥ︵丙胃騨己屋︶王が、従者と遊園に 行くと、甘い実をいっぱいつけたマンゴーの樹を見つけ た。象の背に乗って一個のマン、コーをとって食尋へた。そ の後、大臣も、ハラモンたちもそのマンゴーをとり、何回 もやって来て枝を落とし、熟していない実をも残さずと ってしまった。夕方、王がそのマンゴーの樹のところを 通り、眺めながら、﹁この樹は、朝のうちは、実をたわ わにつけて輝いて立っていたが、今では実をとられ、枝 は折られて、みすぼらしく立っている﹂と思った。王は、 ほかの実をつけないマンゴーの樹を見つけ、﹁あのマン ゴーの樹は、実をつけていないがために、宝石の裸山の 毒胴﹂ ﹁ジャータカ﹄ ﹃ジャータカ﹄ ﹃ジャータカ﹄ ﹃ジャータカ﹄ 二 四九一 三七八 五二九 五三九 ﹁大孔雀王前生物語﹂ ﹁ダリームカ辞支仏前生物語﹂ ﹁ソーナヵ鮮支仏前生物語﹂ ﹁マハ、lジャナカ前生物語﹂ 61
ように美しく立っている。この樹は、実をつけていたた めに、こんな災難にあってしまった。家庭のこの生活は 実のついた樹に似ており、出家生活は実のつけない樹に 似ている。財産のある者には恐怖があり、ない者には恐 怖はない。自分も実をつけない樹のようにならなければ ならない。﹂と考えたくマンゴーの樹、勺IPI与。王は、 ﹁果実の樹を対象として、樹の根もとに立ちながら、 ︹諸行無常、一切皆苦、諸法無我の︺三相を観察し、観 を増大させて辞支菩提智を起こし︵嘗巴肖烏匡国ョ目騨日︲ 目④。ゆヨ屍いげくい叶巨拝弄ぽゆ昌昌①岸ぱ洋画屏○d四画ご芦旨炭弄豈曾曰働昌芦 めゆ巨秒]隆内声①ナく働く芦も四のめゅご煙ヨぐ四○口ロ①庁ご脚もい○○①丙ゆず○○唇胃。習︺Pヨ ご号g倖の言且︿覚り、勺lmlこ﹂、もはや自分には迷い の生存はない、と思った。王は牌支仏の姿になり、﹁空 中に立って大衆に説法し、虚空を通って北のヒマラヤ 山にあるナンダムーラ洞窟へ行った。命。騨肝①昏胃& 目色ロ圏⑳ロ①脇四○ぐ倒口四ヨロpずぐ似い日置ロ呉ロ①昌四ロヰ四門四宮目秒くゅご葡 冒目騨日昌9号g胃四日①ぐ騨秒鳴目圏・︶﹂︿説法・洞窟、勺I CI与口騨色冨国凋呵目いロ雪ご ガンダーラ国のナッガジ︵z“臘暑︶王は、両腕に宝石 をちりばめた腕環をはめた婦人が香をすりつぶしている のを見ていた。そのとき、その婦人は、右手の腕環を左 手に移し、香をすり始めた。左手に移された腕環は他の 腕環と触れ合って音を立てた。これを見て、﹁離れてい ると、腕環は触れ合わないが、他の腕環と触れ合うと音 を立てる。人も同じである。二となり三となると、互い に触れ合って争って議論する。自分は、カシュミールと ガンダーラの二国の住民を支配している。自分も一つの 腕環のように、他を支配することなく、自分だけを支配 して住すべきである。﹂と思った。王は、接触する腕環 を対象として、同じように三相を観察して鮮支菩提智を 起こした。︿腕環、勺Iシ−場 ヴィデーハ国のミ’一︵冒昌︶王は、肉片を奪って空中に まいあがった贋を、他の蘆や烏が取り返そうとして争っ ているのを見て、肉片を奪った烏には苦しみがある。棄 て去った烏には楽がある。五欲をむさぼるものには苦し みがあり、それを棄てたものには楽がある。自分も五欲 を棄てて安楽に生きるべきである、と考え、同じように 三相を観察して牌支仏になった。︿鳥、blPle .︿ンチャーラ国のドゥンムカ︵ロ自白目烏冒︶王は、一頭 の牝牛を何頭かの牡牛が欲情によって追いかけ、嫉妬で 互いに殺し合いをするのを見て、生きものは、欲情によ って苦しみを受けるものだ、自分もそのような欲情を棄 62
てなければならない、と考えた。王は、同じように三相 を観察して僻支仏になり、ヒマラヤ山のナンダムーラ洞 窟に行った。︿牡牛、bl陸Ie ここに、四王に共通する鮮支仏の姿に関して述べてお かなければならない。王が鮮支菩提智を起こして、長い あいだ立っているとき、大臣達が話しかけると、﹁わた しは王ではない、辞支仏である﹂と答えた。大臣が、辞 支仏はあなたのような姿のものではない、と言うと、王 は、彼等はどんな風なものか、と尋ねた。︿対話、勺lo le。大臣達は、﹁頭髪と髭とが剃られ、袈裟衣をつけ、 家族や種族に近づかず、風によって吹きちぎられた雲の ようであり、ラーフから逃れた月のようであり、ヒマ ラヤ山のナンダムーラ洞窟に住んでいるものであります ︵O8p冨丙①閏日儲の口丙静幽ぐいく色斥ぽゅもゅ筐8丘Ppp脚目肉昌のくい盟口① ぐ脚①︸煙い函叫ぐ倒岸①CO廿聞ロロ四ぐゆ]倒昏⑳宍plH脚蔵目R口口庁詐四○仏国Q秒苫己抄ロ。④胄凹︲ 冨宮呂倒唱閏目四ぐ島z四目四目巳“︲99脚①ぐ騨協昌酋・︶﹂と答 えた。︿対話・辞支仏の説明、勺lロー与。﹁王は、手を ふりあげて頭に触れると、ただちに在家者の象徴が消え、 沙門の象徴があらわれた。︵冒鞭目ョ巨目の3試冨芹冨。一 己烏匡亘尊倒、尉四ヨも四国日凹凰﹀菌くいQ①ぐ︺閉め四唱嵩︷ヨ函四ヨ 自冨尉呂冒包の四目g四目咽日忌目罠農oいご﹂︿在家の象徴の 消失、勺1両l]﹀。続いて畔支仏の八資具を記す一詩が 述尋へられている。 ﹁三つの衣に鉢、かみそりと針、帯紐と水こし袋、 この八こそは、修行に專念せる比丘のもの・﹂︿畔支 仏の資具、砲1句lc H旨弓pH②ゴ。沙もg8o四ぐ倒巴md2oゆず⑳ロ・ロPpPヨ も凹口めい画くpロ①口四ゆ一存ロ︶①命①昌巨茸四目○mゆめmゆずロ﹄丙丙ロロロ。. ︹]倒詐四両四局[胃、己.⑭司式︺ この同じ詩は、ポーディサッタがトゥシタ天の都から 覚りをひらくまでの因縁話を説くジャータヵの﹃ニダー ナカター﹄﹁遠くない因縁話︵煙d昼胃の昌目巨騨︶﹂︹両国厨閂︺ や爵︺においても語られている。ガティーカーラ大梵 天が、出家したポーディサッタにこの八つの沙門の資具 ︵、四目目砦:匡自目色︶を献じた、と記している。したがっ て、鮮支仏の八資具と出家したブッダが身につけた沙門 の八資具とは同じものである。このことは、辞支仏の起 源がバラモンの苦行者と考えるよりは、沙門のなかに求 める寺へきことを示している。 ここで、辞支仏になった四王に共通することをもう一 つ記しておかなければならない。ヒマラヤ山に住む四人 の鮮支仏が§ヘナレスに托鉢に出かけるときの記述である。 63
四人の辞支仏は、﹁ナンダムーラ洞窟を出て、アノータ ッタ湖でビンロウ樹の楊枝を噛み︵歯を磨き︶、身体の注 意をして、マノーシーラ平原に立って内衣を着け、鉢と 衣をもち、神通力で空中にとびあがり、五色の雲をわけ ながら進み、バーラーナシーの都城門の村の近くにおり て︵z凹口3日昌:ゆずずぽ四国ロ屏戸宮四日目色PpO冨洋且P胃口掛巴四︲ 汁勤ロ四国詐砂涛四丘豈口閨働斤画働Q岸ぐ脚丙四斤ゆめ色国Hいむ四宮]煙い、四口似口角四目○風︲ 胃倒詳秒]①告げ⑳ザぐぃ己骨ぐ脚の①汁ぐ凹む四片井伊gぐぃ桃ゆH旨い邑倒ぐぃ﹄Qロヶ]ぐ倒脚戸働の① 匡毛己四威庁ぐ帥。四画o四ぐいロロ四くい国庫四戸①白いQロ伊日脚ロ回ぬいロ庁くい嗣勤削申 ごいめ]昌四、秒H②Qぐ画崗四銅山H画鼬.、⑳四四q甘口pHの○庁騨叶笄剣勵︶﹂︹]國詐四斤四胃胃目] や亀P︺︿托鉢、勺l函1s、と記されている。この記述 は、ナンダムーラ洞窟から托鉢に出かける畔支仏につい て語るとき、ジャータカの他の箇所にもときどき見いだ されるストックフレーズである。 以上は、散文の﹃ジャータカ﹄注をもとにして四王の 畔支仏物語を整理して述べたが、ここで、それより成立 の古い同﹃ジャータカ﹄の詩に目を注いでみたい。鮮支 仏になった四王について、同﹁ジャータヵ﹄の第五詩で はこのように語られている。 ﹁カリンガ︹国︺のカランドゥ︹王︺と、ガンダー ラ︹国︺のナッガジ︹王︺と、 ヴィデーハ︹国︺のミ’一王と、・ハンチャーラ︹国︺ のドゥンムカ︹王︺と、 彼らは国を捨てて、何物ももたずに出家せり。﹂ 肉四H包口Qpp曽口色厨巴国頭閏口四ヨ○四国・ロ胃四口色動。四 zいい、且﹄ z冒昌H且凹ぐ己①彦幽ロ騨昌勺凹動○凹国ロ④可○四口ロ日日匡屏固○﹀ ①芹①門四詳守丘倒国営丘洋ぐ山口煙もPヴウ四︺冑営のロ凹丙酔割opp駒︹]凶︲ 芹⑳屍四目目目︾も恥い、烏︺ この詩では﹁出家せり︵鷺g騨言爵匡︶﹂とあって、鮮支 仏になったとは語られていない。また、第一詩から第四 詩において、それぞれマン↓コーの樹︵④日g︶、宝石の腕 環︵“の旨︶、鳥︵且鱒︶、牡牛︵匡困g四︶を見て、第四句は す。へて﹁それを見て、乞食行へとわれは赴く︵苗ョgm3 g房匡胃煙働冨ョ8団目︶﹂と結ばれている。四王と対象 との関係は、散文のジャータカ注のそれと一致した順序 になっているが、第一詩から第四詩には王の名前が記さ れていない・ 四王の名はジャイナ教聖典﹃ウシタラッジャャナ﹄に も次のように伝えている。 ﹁カリンガ︹国︺のカラカンドゥ︹王︺と、パンチ ャーラ︹国︺のドゥンムハ︹王︺と、 64
ヴィデー︿︹国︺のナミ王と、ガンダーラ︹国︺の ナヅガイ︹王︺と、﹂㈹ ﹁かれら人王の勇者たちはジナの教えにおいて出家 せh/・ 息子たちを王位につかせて、沙門になれり・﹂㈱ 嵐閏凹歸四ヨロロ民巴冒晶のの匡勺Pヨo巳①の匡尽四口ロ白目ロロ○︾ z色日日目]働く匙①ロ①⑳popgQ旨習の呂冒四zpm函曾.0 1瓜吋w ①①口四風ヨロゆく閉口ごロ倒口時丙ロ四.洋倒︺旨四の閉四口①ゞ も口井守①局凹︺希︽ず四ぐ①ロロ四︻ごめゅ口目四口ご①も色]]]匡ぐぃ一存ロ﹄琶凹 ㈹︹ご茸胃旦言凹旦四口働巨xぐ昌胃︾念、ミ.言旨四シぬい︲ 、、出■ 目色U①ロ①⑱扇・︺ この詩では四王が何を見て出家したかについては記さ れていないが、目言昌における目乱韻律の詩、それ を引用したデーベンドラの注釈における匙○百韻律の詩 ではこのよ﹄フに法つたっている。 ﹁牡牛と、インドラ神の旗と、腕環と、マンゴーの 樹とを対象にして覚りがひらけた、 カラカンドゥ︹王︺と、ドゥンム︿︹王︺と、ナ﹃、、 ︹王︺と、ガンダーラ︹国︺の王とに。﹂ ぐP$け①ぐP白・蝕爾ロぐ巴四①四日g﹃mも匡己も宮①丘○宮. と 嵐凹吋伊丙山口ロ巨︲ロ日冒日匡旨口朋倒z閏冒朋秒oppQp山門四︲ H四口ロ○冠四・︵国.岩8冨﹄田勵・﹄や瞳︶・ ﹃ジャータカ﹄の詩と比較すると、カラカンドゥ王は 牡牛︵くいの騨冨︶、ドゥンム︿王はインドラ神の旗︵旨目庸巨︶、 ナミ王は腕環︵ぐ巴葛餌︶、ガンダーラ国の王はマンゴーの 樹︵四目富︶を対象にして覚り︵g言︶をひらいたと語られ、 インドラ神の旗は﹁ジャータカ﹄にはない。四王と対象 との関係も﹃ジャータカ﹄とは異なっている。デーベン ドラの注釈では、四王が畔支仏になった物語を伝えてい るが、﹃ジャータカ﹄とは物語のニューアンスは異なっ ている。しかし、それらを対象にして辞支仏の覚りをひ らいたという基本的なところは共通している。すでに述 べたように、辞支仏の観念は、仏教では阿含一一カーャの 初期にはなく、その中期頃に成立しているが、ジャイナ 教においても、古層聖典には辞支仏は現われない。﹃ナ ンディー﹄三八にジャイナ教の冒詐①菌盲目目が記さ れ、﹃チュール’一﹄ではそれを注釈して、牡牛︵ぐ扇島菌︶ 等の外の原因︵園38︶を眺めて目覚めた者が辞支仏で あり、カラヵンドゥ︹王︺等である、と述べている。 ︹zpp島、具冨目尋詳ロ○日日ゞも3胃岸目の尊呼己①いく巳. 胃くゞ己囲﹄弔麗・︺ 四王は、﹁ジャータカ﹄の第五詩では﹁何物ももたず 65
﹃ジャータカ﹄四五九﹁水前生物語﹂は、辞支仏の智 をおこす対象は異なっているが、全体的に内容の構成は ﹃ジヤータカ﹄四○八とよく似ている。 第一は、二人の友人が水瓶をもって畑仕事にでかけた。 仕事の途中で、一人が自分の水を惜んで友人の水瓶から 水を飲んだ。夕方、盗んで水を飲んだことに気づき、恐 ろしくなって、﹁この負欲が増大したら自分は悪趣に堕 ちるだろう。この煩悩を制伏しよう﹂と考え、﹁水を盗 んで飲んだこと︿盗み、句lシ−sを対象として、その 観念を増大させて、畔支菩提智を起こしたく勺1国1$・ そして獲得した智を思惟しながら立っていた。﹂︵忌日制︲ たものと思われる。 れが鮮支仏の観念と結びつき、仏教とジャイナ教に入っ が古くから沙門の文学のなかにあり、ゃや後になってそ 四王がマンゴーの樹等を見て出家して沙門になった伝説 と語られ、どちらも牒支仏になったとは言われていない 冒鯉の開昌の︶﹂、﹁沙門になれり︵$目Pgo冨言ぐP意冒乱︶﹂ ャナ﹄では﹁ジナの教えにおいて出家せり︵日罵g33 に出家せり︵恩9塁ぎぃロ農試8鼠︶﹂、﹁ウシタラッジャ 三 の閏昏の口碑ぐ倒昌菌ヴラツ劃四卦閏凹冒目四己山卦戸凹合ぐ凶ぐざ色の恩ご色ョ くい。○屋①汁ぐ幽己四O○①]肉ゆず○回彦﹄罰倒国いヨロ︺ずずゅ佇斤①汁ぐ凶も四一﹄四○Q琶臼ゴロ1 国四ヨ習皇雷具○農曾開ご︹両国庶四Hく︾p]底︺、ここでは、 ﹃ジャータカ﹄四○八の︿句lml]﹀と比較して明らかな ように、﹁三相を観察して﹂という言葉が入っていない。 第二は、村の地主が他人の美しい妻を見て、同じよう に考えて鮮支仏の智を起こした。︿邪淫、句lシ−s 第三は、父と息子が盗賊に捕まったとき、故意の妄言 を言ってのがれた。息子がその妄言を反省して、同じよ うに考えて辞支仏の智を起こした。︿妄言、勺l少lご 第四は、村長が村人に犠牲祭のときに生物の殺生を認 めた。自分の一言によって人々が殺生したことを後悔し て、鮮支仏の智を起こした。︿殺生、勺lシ1$ 第五は、村長が村人に祭りのときに飲酒を認めた。人 々は酒を飲んで喧嘩をした。地主はそれを見て後悔して、 鮮支仏の智を起こした。︿飲酒、bI毎1場 同﹃ジャータカ﹄の第一詩から第五詩においては辞 支仏になったとは言わず、﹁それゆえに、我は出家せり ︵すい白勵團gP冒○自営︶﹂となっている。その内容はま ったく同じく、友人の与えられざる︵騏昌目四︶水を飲む、 他人の妻を見て欲心︵・冨目四︶が生じた、知りながらそう 66
ではないように︵“目鼻目︶答えた、ソーマ祭のときに殺 生含冒騨巷旦騨︶を認めた、飲酒︵日当§目P︶を認めた、 となっている。 第一から第五まで、それぞれ、盗み、邪淫、妄言、殺 生、飲酒をおかして、それを対象にし、反省して辞支仏 の智を起こしているが、それらは、言うまでもなく仏教 の五戒と関連している。﹃ジャータカ﹄四○八における 辞支仏になった四王の対象は必ずしも仏教的ではないが、 五戒は、在家信者がまもる戒であるが、仏教のものであ る。鮮支仏と五戒とを結びつけたのは、ジャータカの作 者達であろう。﹃ジャータヵ﹄四○八を知っている作者 が、それをモデルにしながら、対象を五戒にしたとも考 えられるが、はたしてそうであろうか。五戒を対象とす る例は、他のジャータヵでは見られない。 ところで、畔支仏になった五人はそれぞれ空中に立っ て教えを説き、ナンダムーラ洞窟に行くのであるが、鮮 支仏になったときの事情、姿について、第一の場合、次 のように記され、第二以下は省略されている。辞支仏智 を得た一一人が友人に、﹁わたしは家に用はない。辞支仏 というものだよ﹂と答えた。﹁鮮支仏は君のような者で あるか﹂、﹁では畔支仏とはどのようなものであるか﹂ ︿勺ICI等、﹁鮮支仏は二指の長さの髪をして、袈裟衣 を着け、北の雪山のナンダムーラ洞窟に住んでいるのだ よ。﹂︵ロぐP。頤巨厨戸①m倒芦国め脚ごゆくPヰ彦凹ぐゆめい口倒ロヰ四国ゞ冒目Pぐぃ口菌 L zP目騨日巳鳥::9日のぐ沙m騨貝己へblple 、グ ﹁彼は頭を撫でた。するとただちに彼の在家の象徴は 消えた。命。臼の抄ョ83日騨望﹄菌弓匡曾国ョ制ぐ儲い四四︲ 巨目彊自騨昇胃且目ざ、︶︿bl同I等.真紅の重ね衣を着 け、電光にも似た腰帯を締め、赤い色の上衣を片はだに し、雲の色の糞掃衣を両肩に置き、峰色︵黒︶の粘土製 の鉢を左肩に下げていた。︵m員勵洋且§旦冒ゴ日ご幽倖冒目 ①ぐPぐ鄙二口旨い井口﹃Pの画○扇pHご]内倒ぐゆず四口色けい国璽ヨヶPQg]四Hロ①ぐぃ︾ p]いぼ念ゆぽ四弔い一⑳]ゆくpご︼]ゆ同旨ロ芹庁ゆH凹め⑳。mpgぐゆHp−ゴの]謝、弓めい]向い汁PR口 ①くい︺静憾の”ぽいぐゅ。弓巴ゴ弓①ヨ、ロ]ハロ]pBqpH曾づいョの①︽ぽいや芹pHロ①ぐゅ︾ ずぽpHロ四拭四ごゆゴロ○口再騨・庁武丙画ロ印詐詐○ぐ騨員︶段ゴめゆ丙。庁①一色ぬい芹○ぐゆ 卜 島。“こく勺1句l鯵.彼は空中に立って説法をなし、そ れから空高く昇って、ナンダムーラ洞窟へ降りた。︵ぬ。 己国の①芹ぽゅ庁ぐ似。豈曾昌口画ヨロ①、碑ご脚自己宅鼻耳ぐ画z四口q四日巳②︲ 盲君菖園愚淵ぐ四・言己・︶︿もlol等﹂︹百首冨冒.固 ﹄]﹄。︺ ﹁彼は空中に立って︵冒胃乱︶説法をなし、⋮⋮ナンダ ムーラ洞窟へ降りた冒曾且四目巳四百冨弓目Hの鷺ぐ沙o3e﹂ 侭吋 lJJ
︿勺ICI鯵は、第二から第四までは﹁立って︵曾芹○︶﹂、 ﹁ナンダムーラ洞窟へ行った︵z四目四目巳騨冨gg目39 のぐ幽盟さ︶﹂となっている。︿もlol等.第五のみに は、﹁彼は空中に立って、お前たちは怠けてはいけない ︵幽層四国呉薗冒昏巴、と説法をなし、・・⋮・﹂という説法 の内容が含まれている。︿面lole 以上によって明らかなように、﹃ジャータカ﹄四○八 の畔支仏物語にたいへん類似した記述があらわれている。 まず、覚りについて、﹁を対象として、その観念を増大 させて、鮮支菩提智を起こした﹂︿句l団1$に対して、 ﹁樹の根もとに立ちながら、三相を観察し言昌両騨冒︲ 目昌ぃ昌鳥厘算乱︶﹂くむlml。という言葉が挿入され ている。また、辞支仏になった時の対話︿勺ICI鯵も、 ︿blol]﹀と内容的に同じである。畔支仏を説明する ︿blpl辱は、髪の長さ、袈裟衣、ナンダムーラ洞窟 を簡潔に記すだけであるが、︿勺lローeでは、頭髪と 髭が剃られ、家族や種族に近づかず⋮⋮などの世俗を離 れた鮮支仏の姿を説明する言葉が挿入されている。﹁彼 は頭を撫でた。するとただちに彼の在家の象徴は消え た﹂︿勺1両1場は、︿勺l同l]﹀では、﹁沙門の象徴 ︵⑳煙目自己弓唱︶があらわれた﹂という言葉が付加されて ﹃ジャータカ﹄三七八﹁ダリームカ畔支仏前生物語﹂ と﹃ジャータヵ﹄五二九﹁ソーナヵ辞支仏前生物語﹂と は、同日生まれの王子︵ブッダの前生︶と王の司祭の子 との物語である。二人は竹馬の友であり、王子は王位に 入されている。 ヒマラヤ山にある︵ロヰ閏豐冒固く営言︶﹂という言葉が挿 が﹁虚空を通って︵目旨冨昏の目︶﹂になり、また、﹁北の う語が入っている。さらに、﹁空高く昇って︵冒喝四罵倒︶﹂ のの四︶説法し︵。ぐ目轡ョ:ご巴﹂とあって、﹁大衆に﹂とい ︿blol鯵は、︿勺ICI・では、﹁大衆に︵冒呂且目煙︲ それから空高く昇って、ナンダムーラ洞窟へ降りた﹂ いる。﹁彼は空中に立って説法をなし︵目騨冒昌秒ョ号の鼻乱︶、 ﹃ジャータカ﹄四五九と﹃ジャータカ﹄四○八におけ る辞支仏の記述は近似していることは明らかであるが、 両者を比較検討した結果、四五九に対して四○八のすべ ての記述に挿入、付加が見られることを指摘した。この ことによって何が言えるであろうか。四○八のジャータ ヵ注作者は少なくとも四五九を知っていて、それに挿入、 付加をなした、と言えるのではなかろうか。 '四 68
つき、司祭の子は辞支仏になる。後に鮮支仏︵司祭の子︶ が王︵かつての友︶のところにやって来て説法し、出家 を勧める。両ジャータカは、内容は異なるが、基本的な 筋に共通点が見られる。 ﹃ジャータカ﹄三七八では、王子がバーラーナシー王 になった時、司祭の子ダリームヵは宮苑に行って王子が 坐っていた吉祥の石︵日自彊厨、菌︶のうえに坐った。その 時、彼の面前に枯葉︵冨且皀恩国“画︶が落ちてきた。﹁彼は その枯葉︿もlシー弓﹀に対して無常を思い、三相を思 惟し、大地を震動させながら畔支菩提を起こした。命。 計画閏昌卦ぐ①ぐPd閏己ロロ巴開①屍ぽい閨ゆぐ四目p3b四茸ぽいも碑ぐ倒陸︲ “、︲F。。︲P 置屏丙ぽゅ己いgの蝕目目閉詳ぐ帥も輿ぽゅ負ヨロロロ倒口①具○も①8①丙ゆず○︲ 呂言邑号冒詐の巴・︶︿勺lmle.ただちに彼の在家の象徴 が消えた。︵§”3曹卦唇四コPョ:ぐ騨唱目冒盟ョ目冨国︲ 合母こ合1両l鯵.神通力によって生じた衣鉢が虚空か ら降りてきて、彼の身体についた。ただちに彼は八資具 を具え、行住坐臥を正しく身につけた百歳の長老のよう になり︵己目目葛砦異国gぐ閏四ョ鼻尉鼻○○s艮乱の胃旨の も四宮ロ︺口Ca︾汁幽ぐP。①ぐ凹印守侍ずゅlも色凰]淘弄豈國HpQ面いHO︺己琶勵宅凹詳ぽPl mP目冨目。ぐ餌のの”m鼻房塑昏閏。ぐごP自尊巴くむ1両1$、神 通力によって空中に高く昇って、ヒマラヤ地方にあるナ ソダムーラ洞窟に去った。︵昼号ご倒巴国の①巨喝騨昌乱巴︲ 冒四ぐゅ具営且のい①z騨昌四目己3号g閏沙ョ凋閏目巴︶︿勺IC I砂﹂︹両国冨目目︾固麗や膣S五○年後にダリーム カ辞支仏は王のところにあらわれて、諸欲における罪障 を説き、出家を勧め、再びナンダムーラ洞窟に帰った。 一方、﹃ジャータカ﹄五二九では、司祭の子の名はソー ナカである。王子が王位についた時、王子が坐っていた 平石︵の旨忌茸餌︶のところに行って、その上に坐った。そ の時、彼の面前に枯葉︵周且厚恩国困︶がサーラ樹の枝を 離れて落ちてきた。彼はこの枯葉︿勺lシー巨﹀を見て、 ﹁これと同じように、私の身体も老いて落ち去るであろ う﹂と、﹁無常等により内観して貯支菩提を得た。︵騨昌。︲ o幽日くいの①国ゆく眉角陥伊口曽ゴbp茸丘の己呉くい己抄の⑦①丙ゆけ○・宮ヨロ四︲ 冒昌﹄︶令lmle.ただちに彼の在家の象徴が消え、出 家者の象徴があらわれた。︵菌ョ巨騨口騨ヨロのくゞ“のの但唱ご︲ 目盟ョ目菌同且目試、冨冒凹茸凹冒忠一ゴ圃曾H§oぃこ︿勺1 国le、彼は、﹁今や再び生まれることはない﹂と感興 のことばを唱えながらナンダムーラ洞窟に去った。︵の。 ︽︽固﹀ゆげ命屋︼凸凹昌一宅ロ国四ヶごロいぐ○ ︾︶は巨邑習昌日巨○脚ロ①昇○z凹員︲ §自己騨冨冨号冨国ョ騨唱日開ご合lole﹂︹両国菌ぐ︶ や陰巴.ソーナカ辞支仏は、五○年後に王と再会し、王 69
に教えを説いている。 ところで、三七八と五二九の両ジャータカに共通して、 王子が坐っていた平石のうえで枯葉を見て鮮支仏になっ ている。後者はサーラ樹の枯葉になっている。覚りにつ いては、前者は、﹁枯葉に対して無常︵唇葛幽ぐ葛煙︶を思 い﹂となっているのに対し、後者では﹁これと同じよ うに、⋮⋮﹂という言葉になっている。﹁三相を思惟し ︵巳幽匡3コPョ切包日目幽の岸ぐ己﹂は、﹁無常等により内観して ︵“日。。且弓儲の口四ぐも閉め四口智づ圃拝冒胃武酌︶﹂になってい るが、内容は同じであろう。畔支仏の姿については、後 者には含まれていない。また、︿面1両ICでは﹁出家 者の象徴があらわれた﹂という言葉が付加されている。 ︿勺−の1$と︿面l⑦1sでは、後者に感興のことば が挿入されている。以上、共通する部分を比較して、前 者より後者に挿入、付加が若干多く見られる。 ﹃ジャータヵ﹂四二一﹁理髪師ガンガマーラ前生物語﹂ は、王の理髪師が辞支仏になる物語である。ガンガマー ラは、王が前生で半分の布薩行をなしたことによって王 に幸が得られたことを聞き令lシー届﹀、善はなすべき 五 ものと思い、出家を決意した。彼はヒマラヤに行き、仙人 とし|ての出家をして︵国冨g空言ョ冨こ︶曾芦ぐ巴、﹁三相を 観じて、観念を増大させて辞支菩提を得て︵昌画置自自騨ョ 画埼○も再ぐぃぐぢ四mのゅロゅ目ぐゅQ含局頁戯も四8①一応pず○・宮ヨも鼻ぐ巴 ︿勺lmle、神通力によって生じた衣鉢を身につけ 査目目乱昌牙胃冨聴洋四日ぐ閏四目胃。︶︿勺1句le、ガンダ マーダナ山中に︵3且冒冒且§::冒威︶五、六年住し た。﹂口騨四冨員胃も.畠昌・その後、王に会いに来た。王 はとどまるように勧めたが、王とその一行の面前で、﹁空 中に立って、王に教えを説き、ガンダマーダナへ行った。 ︵甸四CO①岸ゆず匡全口骨芦○・・・山弄倒の①︵ロ四庁ぐ幽吋四口ロ○○ぐ勵口pH臂Qゆ計ぐ国 ○四目冨日目”目日①ぐ沙唱さ︶︿勺lols﹂︹号菖.垣浅巴 ここでは、王とは、ブッダの前生であるポーディサッ タであり、その王から話を聞いて理髪師が出家の決意を した。この点は、今までとりあげた対象とは異なってい る。さらに、王の話の直後に鮮支仏になるのでなく、ヒ マラヤに行ってから三相を観じて畔支菩提を起こしてい る点も他と相違している。また、ナンダムーラ洞窟では なく、ガンダマーダナ山になっている。 ﹁ジャータカ﹄四九一﹁大孔雀王前生物語﹂もブッダ の前生であるボーディサッタの教えを聞いて牌支仏にな 70
る物語である。王の命によって、猟師が長年月をかけて 孔雀︵ポーディサッタ︶を捕らえた。孔雀が彼に地獄の 恐ろしさを教える怠’シl屋﹀と、﹁実に彼は波羅蜜を 成就した畔支菩薩となり、太陽の光線に触れることをの ぞんで立っている成長した蓮華のように、完成した省を 得て行動した。命o冨国騨冨H5凰国95少COの富9号厨四床。 め目叶曼pH四m目︺の口ヨむぽ凹めのゅョ巳○丙輿ぐ劉一豈岸凹卦も口国。鼻四もpQp目︲ 四一づぐ昌煙團儲巷際幽魍国風ロ○臼。閏昌・︶彼︵猟師︶は、彼 の法話を聞きながら、立ちどころに諸行︹無常︺を了解 し、三相を思惟しながら畔支菩提智を証した。命。冨切伽騨 Q医四国︺員︺ゆぽの庁ぽゅ弓のロコ四己汁○片ロ津四己四。①邑亨①ぐゅ岸ロ再○,四ヨぽぽ倒吋の 吟 も四国、四口丘津昇戯武]牌屍拝彦四コ四コ︺の色掛目門口四m四国汁○℃p○○の]︻いず○口ぽ﹄。画ロー 騨一ゴ恩冒邑巨︶︿blml$﹂︹討冨冨弓︶固置e ポーディサヅタに言われて、彼が自分の家のす、へての 鳥を解放するという誓いをして、ただちに鳥が解放され た。 ﹁辞支仏は手をあげて頭を撫でた。直ちに在家の象徴 が消えた。出家者の象徴があらわれた。︵胃。鳥:目目。 けい詐庁ぽいヨロ]色肉彦芦も芹ぐ倒切尉四ヨゴもpH④︻己凹巴︺汁働く⑳。①ぐゅ血舜豈昌匡。ぬゅ﹃づ 四日胃且目琶︶富g昌国冒鳴ョ風目局農oのご︿℃1両19. 彼は六○才の長老のように威儀を正しくそなえ、八資具 を身につけて命○の四茸巨ぐゅの困夢閏○ぐごP騨抄弓騨⑳冑眉騨邑昌○ 幽言冒忌巳烏冨国目肖○冒芽画︶令1句lmx﹁あなたは私 の偉大なよりどころであった﹂と孔雀王に合掌し、右ま わりして空中に高く昇ってナンダムーラ洞窟に行った。 ︵鳧きぐm3目①目ゆぽ四画も口茸茸巨画四琶○餡武︾︾冒○H煙Hg色協ゆゅ且巴旨自 己④ぬい②胃ぽゅも凹口い汽弄ごロ蝕卦汽鼻ぐ倒幽詩開①口も冠①丘尊劉zppQ四︲ g昌色冨屈g自国目騨咽日倒・︶令lole﹂︹号己も.置巴 畔支仏の覚りに関して、﹁波羅蜜を成就した鮮支菩薩 ⋮⋮﹂という言葉が挿入されている。これはまったく他 に見られず、鮮支仏の観念についての発展解釈と理解す ることができないであろうか・︿勺loleについては、 孔雀王に対する敬意の表現が付け加えられている。 ﹃ジャータカ﹄四二一の理髪師も四九一の猟師もバラ モンやクシャトリャではない。両者ともポーディサッタ の話を縁にして辞支仏になった点で共通し、他の畔支仏 物語とは異なっている。 ﹃ジャータカ﹄五三九﹁マハージャナカ前生物語﹂は、 マハージャナカ王︵ポーディサッタ︶が鮮支仏にあこが れ、出家を決意して、後を追う王妃をふりきって、ヒマ ︷ハ ワ 1 0 上
ラャに入っていく物語である。ヒマラヤに入り、神通力 や八等至を修得した、と記している。鮮支仏に関係する 多くの記述がそこに見られる。 まず、王がマン、コーの樹を見て出家を決意している。 この部分は、﹃ジャータヵ﹄四○八における畔支仏にな ったカリンガ国のカランドゥ王物語亀lPlbと同じ である。王は、マン、コーの樹を見たときから王宮にこも った。市場から袈裟衣と粘土製の鉢とを買って持ってこ させ、髪や髭を剃り、三つの衣を身につけ、鉢を袋にい れて肩にかけた。杖をもって、大広間のなかを畔支仏の 境地に浸りながら歩き回った。 王が王宮をぬけだし歩いて行くと、子供が籠で砂をふ るっていた。少女の一方の腕には一つの腕環が、もう一 方の腕には二つの腕環がついていた。二つの腕環はぶつ かりあって音をだし、一つのほうは音をださなかった。 二つのものがあれば口論が生じ、一つでは生じない。こ れによって、王はますます出家の決意を強くした。この 物語は、多少一一ユーァンスが異なるが、﹃ジャータカ﹄ 四○八におけるガンダーラ国のナッガジ王物語︿勺lシ −$に近似している。 ここではマハージャナカ王は、ブッダの前生のボーデ 以上とりあげた辞支仏物語は、辞支仏になる対象、縁 という点から、次のように分けることができる。 ③四○八﹁陶師前生物語﹂はマンゴーの樹、腕環、烏、 牡牛。 ⑥四五九﹁水前生物語﹂は五戒。 ⑥四二一﹁理髪師ガンガマーラ前生物語﹂と四九一 ﹁大孔雀王前生物語﹂とはポーディサッタの教え。 側三七八﹁ダリームカ辞支仏前生物語﹂と五二九﹁ソ ーナヵ辞支仏前生物語﹂とは枯葉。 対象に続く覚りの内容については、多少表現は異なる が、﹁三相を観察し、観を増大させて畔支菩提智を起こ した﹂となっている。﹁三相﹂について言わないのは、 れかわることはない。 迷いの生存をこえた辞支仏は般浬薬するから、再び生ま て将来ブッダになるお方である。それに対して、すでに になることができない。ポーディサッタは生まれかわっ イサッタであり、辞支仏になろうと努力するが、鮮支仏 ﹃ジャータヵ﹄五三九は畔支仏になった物語ではない が、鮮支仏物語に準ずる物語として、たいへん興味深い。 七 ワワ 。 ー
四五九と五二九とである。五二九の場合は、三相という 言葉はないが、﹁無常等︵鱒目。3a︶により内観し﹂となっ ていて、三相と内容は同じである。ところが、四五九で は、五戒を犯したことを反省して、﹁その観念を増大さ せて、畔支菩提智を起こした﹂急1国1$となってい る。これは、五戒を犯したという罪の意識をもとにした 自覚であり、無常、苦、無我の三相による自覚とは異質 である。⑥と⑥とにおける鮮支仏の記述は近似している ことについて前述したが、自覚の内容の点から見れば、 異なっている。 すでに述べたように、ジャイナ教の﹃ナンディー﹄三 八の﹃チュールこでは、牡牛等の外の原因を眺めて目 覚めた者が畔支仏である、と注釈されていた。この﹁外 の原因﹂に符合するのは、③の対象と㈹の枯葉とである。 ⑥の五戒による反省という内的な原因も、何のポーディ サッタの教えも、ジャイナ教の解釈には当てはまらない。 もしジャイナ教の解釈が辞支仏についての本来の意味を 伝えているとするならば、⑥の五戒と⑥のポーディサッ タの教えとは、仏教における畔支仏観念の展開であると 考えられる。ジャイナ教文献との比較によって、もっと この点を解明しなければならない。 この四つの分類を、辞支仏になった人という観点から 見れば、どうであろうか。㈲は、四人の王である。⑥は それぞれ、村の友人︵切昌ご烏秒︶は盗み、地主︵冒官日宮冨︶ は邪淫、村の住民である父子のうちの子は妄言、村長 ︵渦冒騨go種s︶は殺生、村長は飲酒、である。すなわち、 バラモンやクシャトリャ以外の村の一般の人為である。 何は理髪師と猟師とであり、㈹は二人ともバラモンであ る。、ハラモン、王族だけでなく、あらゆる階級の人々も 辞支仏になれることを示している。とくに、⑥と㈲の人 々をも含めたのは平等をかかげる仏教の精神にもとづく ものと思われる。この点からも、⑥と⑥とは仏教におけ る辞支仏観念の展開と見ることができる。 参考文献 櫻部建﹁縁覚考﹂﹃大谷学報﹄三六’三、昭和四一年、四○ ’五一頁。 藤田宏達﹁三乗の成立についてl牌支仏起源論l﹂﹁印度 学仏教学研究﹄五’二、昭和三二年、九一’一○○頁。 村上真完・及川真介﹁仏と聖典の伝承﹄、春秋社、一九九○ 年、三三五’三四九頁。 国.意8宮亜缶巨猪①君脾匡前岡H鼠匡目ご鴨昌冒昌鼻国風⑳黛昌︺ F2℃N侭]]壺酌・ ]騨竺○ぽゅHb①ロ丘①月勺四○。①丙四ウロロロロ四m①の。ごo旨蔚ロ︶ロも四の旦四﹀ 73
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