へーゲルの『法哲学』
―― その成立の背景(4):『キリスト教の本質とその運命』(1)
下城 一
Eine Untersuchung der Rechtsphilosopie Hegels
――
Über die Hinergründe des Zustandekommen der Rechtsphilosophie
Hegels(4):Der Geist des Christentums und sein Schicksal(1)
発狂へと追い詰められる、その短すぎた思想的展開の最後期において、思想的に先鋭化しつつ周辺思想 家群をリードしていたとされる詩人ヘルダーリンは、最後の悲劇『エンペドクレスの死』の構想において、 「犠牲」をその主題的核心とする点で、イエスの生涯を問題とし、『キリスト教の精神とその運命』を構想 していたヘーゲルと協働しつつ、そこでも哲学的に一歩リードしていたと、研究史上では通例考えられて いる。 だが、ヘルダーリンがその思想的先鋭化の果てに辿り着いたとされる「犠牲」の概念については、実の ところ、宗教論にとりくみつつ最初からイエスの「犠牲」を問題化していたヘーゲルとは、その概念への アプローチの仕方を巡り、当初より、意識されるとにかかわらず、少なからない差異があったように考え られる。また、その差異が、発狂に終わるヘルダーリンの思索の方向性と、その後のヘーゲルの思索の展 開に、決定的な相違を齎したようにも考えられる。 本稿では、ヘルダーリンがその思索の到達点で、どのように「犠牲」の概念を襲用するに至ったか、と いう点の再検討を切り口として、同じ「犠牲」の概念を取り扱ったヘーゲルの『キリスト教の精神とその 運命』との比較検討を試みる。
第一章 初期へーゲルの思想形成課程
第七節 ヘルダーリンの詩作の基礎 ヘルダーリンは、発狂に至る、その短い思想展開において、しかし確実に ―― その感性を通じ ― ― 神の顕現を実感していた。前稿で見たとおり、それは、シラーの、カント的理性哲学の乗り越えとし ての、感情のこの地上における最大限の可能性の追求の結果であった。ディオティーマ=スゼッテ・ゴン タルトの美を通じて実感された神の顕現は、だが、現実における愛の挫折とは別に、原理的に、一度表現 されてしまったものの運命として、必然的に過ぎ去り、没落せざるを得ないものである。それを防ぐには、 その現実の顕現の瞬間それ自体を聖別する ―― 即ち、その到達の瞬間それ自体を死として固定化する ―― 悲劇様式の選択が避けられないものであった。 ヘルダーリンは、とはいえしかし、こうした自身の表現形式・作品形式の最終的な方向を決めるに際し、 私生活上の苦渋の体験から直感的にそれを選んだわけではない。周知の通りヘルダーリンはその詩作を高 度で稠密な哲学的思索を踏まえて構想していたのであり1、悲劇『エンペドクレスの死』も、その構成は論考「エンペドクレスの基礎」を踏まえ、その哲学的構想に忠実に則る形で彫琢されている。 1799 年、悲劇『エンペドクレスの死』第二稿と第三稿の間に書かれ、その哲学的原理として、自然と の合一を神的なものの顕現の契機とする美的プラトニズムを掲げる論考「エンペドクレスの基礎」は、内 容的には、悲劇的詩歌の形式について、一般的悲劇について、悲劇エンペドクレスの基礎について、論じ ている。 冒頭、自然と芸術の合一としての「真なるもの」の表現形式が、悲劇的劇詩の形式でなればならない必 然性が論じられる。その書き出しは、狂気を悲劇の必須要件とする、プラトンの悲劇観を髣髴とさせる2。 「悲劇的な頌歌(Oode)は、この上なく激しい焔の中から、始まる。このとき、純粋な精神の状態、 自然への純粋な親密感は、すでに、その限界を越えている。すなわち、純粋な親密性は、意識とか思索 とか肉体的感性といった生命の諸結合を、もはや、適度に抑制しきれなくなるのである」3 (StA Ⅳ -1 149 FtA ⅩⅢ 358) 高潮のあまり意識さえ振り切ってしまう美的な神人合一の思想は、詩人その人の宿命を想起させずには 措かないが、この段階におけるヘルダーリンのプラトン美学の襲用4には、思想形成史的に見るとき、真 理観の点で、『ヒューペリオン』構想時代からの一段の深化を見て取る必要がある。 概略辿り直せば、『ヒューペリオン』構想時代のヘルダーリンが、最初期のスピノザ(プラトン)的世 界観からシフトして、カントの理性哲学を発展的に継承するフィヒテの主体論的立場から、此岸のこの地 上世界における主体の闘争 ―― 『ヒューペリオン』では現実の戦争への直接参加、現実との闘争 ― ― へと進んでいたのに対し5、ここ「エンペドクレスの基礎」では、ヘルダーリンは、冒頭引いたように、 感性が純粋の極を超えて突出する錯乱のうちに、地上世界を振り切って普遍的な美と合一する、美的プラ トン主義的真理観に再度シフトしていると言える。 テュービンゲン時代のスピノザ主義を想起させるヘルダーリンの、この段階におけるプラトン主義への 転換は、しかし、その背景として、次の点が留意されなければならない。 そもそも、カント・フィヒテ的な主体論では、その展開の起源に主体の同一性が前提されざるをえない ことから、同一性からの差異の必然的生成の説明が論理的に困難化せざるをえない。「一者」を巡る哲学 史的には旧知の、同一性と差異とのこのアポリアを巡りヘルダーリンは、1795 年フィヒテ講義への列席 を機に書かれた論考「判断と存在」で、「判断 Urteil」=「根源 - 分割 ur-teilen 」説を打ち出し、「判断」 の生起が同時相即、即ち非-因果論的に主-客の対立を生み出すとする、因果論図式によらずに理解可能 な差異生成論に到達していた。 美的プラトン主義のアキレス腱である、この地上の実際の現実的差異の存在を説明する「判断=根源‐ 分割」論に立脚し直すことでヘルダーリンは、晴れて、美学的立場から最も望ましい哲学的原理とも言う べき、自然との合一を核心とする、美的プラトニズムへの立脚を再度可能化したのである。 論稿「エンペドクレスの基礎」に戻れば、ここでのプラトン的構図の踏襲が、理論的にも全面的にプラ トンに倣う ―― この地上の完全性の欠落から天上界の指示を必然とする ―― ものではなく、この 地上における諸対立をその必然的契機として、その極点で感情も理性も超えて「神々しいもの」が現出す るとされている点に留意が必要である。地上での対立の経験を必須の要件としている点で、それはフィヒ テ的事行論の図式、並びに主体の概念構制的にはそれに依拠する「判断=根源-分割」説的差異生成論の 構図を踏まえていると考えられるのである。 ヘルダーリンは言う。 「そうした親密性の過度から錯乱は避けようがなく、それは、むしろ、却って悲劇的頌歌が純粋なもの
を表現するための不可欠な前提といわねばならない。極度の分裂と極点において、しかし、それは一転、 もう一つの純粋な感性、即ちもっと謙虚な親密性に移行する。頌歌としては、親密性の境位を頂点として、 差別と無差別の極限の経験を通じ、今一度、あの静かな思慮と感覚に移行しなければならない。もちろん、 それは思慮の一層の活性化のために、対立する感性に対する闘いの形式を必然とする」 (ibid.) 悲劇的な頌歌は、表現形式の極限に達した狂気の様相のうちで表されねばならない。表現は ―― 「判 断=根源-分割」説を踏まえ ―― 同時相即に成立する対立の極端な形を取らねばならず、しかし、そ れにより却って「純粋な感性」を表す。それを契機として「超感性的なもの」、即ち世界の内奥の「親密 なもの」が洞見される。が、フィヒテ的事行論=行為主体論の襲用により、この地上の差異を隈なく経験 せねばならない以上は、高潮を極めたその感情の極点で、再度、一転、その対極である冷静な思慮・反省 への移行が遂げられなければならない、そうヘルダーリンは言う。というのも、理性的なものの限界を批 判して追及されてきた感情の極限で、今一度、感性と理性の対立それ自体からも更に自由であるべく、理 性的なものが、冷静に経験され直さなければならないからある。反省の側からの、今一度の合一が達成さ れねばならないのである。 「これにより漸く、より自由な省察、感性、を通じて、より自由に、より主体的に、より徹底的に、本 然の原初の声調が、表されることになる」(ibid.) ただ、フィヒテ的な行為的主体を基盤とする事行哲学では、その起源に、主体的同一性が前提されざる を得ないことから差異生成の必然性を解くことができないアポリアに陥ることは、先に触れた通りである。 即ち、主体論の組み換えが、更に重ねて必要である6。 論考「判断と存在」でヘルダーリンは、次のように書いていた。 「判断 Urteil(= 根源 - 分割 ur-teilen )の概念には、既に客体と主体の相互関係の概念が存してお り、客体と主体とがその部分であるような全体の必然的前提が存する」 (StA Ⅳ -1.216f) 見られるとおり、原因‐結果の区別を前提に、起源の同一性から生起するのではない、主-客、即ち差 異が一挙同時に発出する非-因果図式的な差異の生起論が説かれていると言える。起源としての主体的同 一性から出発するのではない、差異の事実そのものから出発して、主-客の同時相即の成立を説く、主体 それ自体の生起論が説かれているのである。 このときヘルダーリンが、磁石のN 極と S 極のような、片方では存在しえない一対の対立の、この地 上における一挙同時の生成 ―― 因果論的でない、非連続の、相即の存在獲得、即ち「誕生」 ―― に注目していたとすれば7、確かにそれは、論理的には、その逆を辿る「死」が、再びその原初的合一を 指し示すとする考えに導く。だが、その論理上の逆転が、現実の死と重ねられうるものであるかどうかは、 なお哲学的に検討の余地がある。 生と死を等根源的なものとみなすためには ―― 対立がそこから生じてきた起源の根源を、そのまま 死と同値のものと見做すための論理的条件として ―― 歴史の進行が必然性を前提とし、そっくり逆転 可能であることが必要条件となる。が、しかし、寧ろ歴史の進行は、偶然性を本質とする、逆転不能な一 回起的なものなのではないのか。問題は、優れて歴史哲学的な形をとらざるをないはずである。その点の 理解が、実は、後年、ヘーゲルの理論哲学における問題の核心をなす。 さしあたりしかし、当面の「エンペドクレスの基礎」、「一般的基礎」に戻れば、対立=差異の、そのよ
うな生成理解を踏まえて、ヘルダーリンは言う。一般的な劇詩が言語により表すものが ―― 通常のプ ラトニズムを踏まえた自然との合一を現す ―― 感受された内容であるのに対し、悲劇も同様そこから 対立が生起し、還帰していく根源の一体性を指し示すのでありながら、それをしかし悲劇は ―― プラ トニズムに拠りながらも対極のものとして ―― 言語形式を破綻させ、言語を超える極限の対立=抗争 の相で表すのでなければならない。そこに顕れる神々しいもの、「真正の真実」は、故に詩人の経験でさ えありえず、それを踏み越え、ただ何らかの経験、「第三の要素」に置き換えられて、対立のさなか、表 現されたものの破綻 ―― 即ち「死」 ―― において表現されるより他ないものである。 「悲劇的な劇詩は、親密なものを、極めて現実的な分裂・差異、即ち単なる外形、言葉の形を取る現 実的な諸対立の形、を通じて表現するが、むしろそれは、より強度の差異に進み、よりいっそう深い親 密性、神性を表すことに進まねばならない。もはや感覚は直接には語らず、そこに現れてくるものは、 最早詩人や彼自身の経験でさえない。とはいえ全ての詩が、悲劇的な劇詩も含め、詩的な生命と現実か ら、詩人固有の世界と心情から、生じたものであることは間違いない。さもなければ真実といえるもの はどこにも存在しないし、また我々が自身の気持ちなり、経験なりを、他者の類似の素材に移入できる のでなければ、何一つ理解とか感動とかは起こりえないからである。だから、悲劇的な劇詩においても、 詩人が彼の世界において感じ、経験するところの神的なものが語るのである。… しかし、この親密性 の表象は、それがいたるところで象徴という形に近づけば近づくほど、自身の究極の根源を否定し、ま た否定せざるを得ない。親密性がより無限的に、より言い表しがたいものとなり、許されざるものによ り近く近づいてゆけば行くほど、この親密性の表象は、人間とその感受した元素とを分裂させざるを得 なくなり、そのため表象は直接に感覚を語ることが出来ない。それは形式の上でも感覚を否定せざるを 得ない。それは感覚のいっそう大胆で異様な比喩とならざるを得ないし、形式は益々対立と分離の性格 を帯びざるを得ない」(StA Ⅳ -1 150 FtA ⅩⅢ 358f.) 見られるとおり、論述は錯綜を極める。対立はついに表現を破綻させるところまで進むが、それが表現 を超えて親密なものを表す不可欠の契機である以上は、何らかの表現がそれでも経験されねばならないこ とは必須要件である。が、それは、はじめから否定されるために表現されるものである。 「そこに表されるものは最早詩人でも、詩人の経験でもない」。エンペドクレスも詩人の運命も、その限 りでは、神性を表すために、初めから否定されねばならない運命にある。それゆえそれは論理的には神性 とは対極の、それ自体は神性とは無関係な、「犠牲」である。感情は表現の極を突き破り、エンペドクレ スという主体的個体を破滅させる。最早、主体としての個体は維持されがたく、特殊は普遍に極まる。 それは、自然との合一に酔うプラトニズムとは対極の、非‐因果論的生成論に基づく対立=抗争の渦中 に留まり続けることで神的なものを指し示す、異形の悲劇的プラトニズムである。とはいえ、それが、何 らかの「詩的生命と現実から生まれ出た」表現形式の形をとらざるを得ない以上、ますますそれは「異様 な形姿」「異様な諸性格」「異様な形式」となり、自ら自身を否定する「象徴」「影像」の形を取らざるを えない(ibid.)。その限り、それは根源の「生き生きしたもの」からはますます離反せざるをえず、確実 に死に近づかざるを得ないのである。 悲劇が素材とする感性的表現は、徹底して対極的であり、それゆえ現実を超える異形のものであるほか ない。 「それは、既に、別の世界である」(ibid.) 類似の概念からかけ離れ、狂気のうちに死へと進む、悲劇の異様な表現、生をも切り刻む異形のドラマ
の中に、かえって神々しいもの、「詩人がその世界で経験したあの神々しいもの、精神」(ibid.)が宿る。 前稿で概略辿っておいた実際の悲劇『エンペドクレスの死』の構成が、以上のような周到な哲学的思索の 上に設えられたものであることは最早言を俟つまい。 しかし、問題は、ヘルダーリンが、一方で現実の差異をとりこむべく非‐因果論的差異生成論を採りな がら、他方、最終的には、その対立=抗争を介してであれ根源的一体性を指示するためにプラトニズムの 図式を執り続けたことが、果たして、この段階で、哲学的に見て妥当なものであったかどうか、である。 自然の合目的性を範とする美的プラトニズムは、確かに、詩作を通じ自然との合一を目標とするヘルダー リンには最も望ましい世界観である。しかし、その一方で美的合一に酔い、現実遊離の本質を持つ美的プ ラトニズムと、現実の差異の事実から出発し、実際上の経験において個々の特殊な対立の極=抗争の極を 極める差異生成論とは、その本質からいえば矛盾する。それを不可欠の論理的必然性を介して連続させる ことがここでの課題とされねばならない。ゆえにそれは、最初から至難の業と言う他ない。 表現されたものとしての一個体の破綻、即ち死を、相即にそこから対立が生じてきた根源的合一を指し 示すものと見做し、かつ、それがその時代全体を代表する『時代の犠牲』とされ得るためには、次の論理 的条件が必要であろう。 生と死とが等根源的なものと見做され得る為には、歴史の展開が必然性を前提として逆転可能でなけれ ばならないことは、既に指摘したとおりである。また、「判断 (Urteil) 」から出発する非-因果論的「根 源- 分割 (ur-teilen )」論を、ヘルダーリンが採る流出論的差異生成論に重ね合わせる場合、エンペドク レスに判断の主体を重ね合わせたとして、並存する他個体のなかで、何故、エンペドクレスが時代を担う ものとして特権化されうるのか、も説明が必要である8。また、何故、その段階で時代の対立が極まった と見做されうるのか、も問題化せざるをえない9。 以下、この点に関するヘルダーリンの顧慮に留意しつつ、論稿「エンペドクレスの基礎」を振り返って おく。 プラトニズム・スピノチスムを踏まえ、「真なるもの」 ―― 対立が生まれ、そこに還る根源的合一 ―― から生へと進み出ることが、同時相即に死へと一歩を踏み出すことにも他ならないとする考えをヘ ルダーリンが採ったとして、しかし、一方それでは、この地上の差異が特殊偶然的なものとして存在する 歴史的事実の説明が困難化せざるをえない。論述は、更に難渋する。 にもかかわらず、しかし、ヘルダーリンがここで採用するのは、この世界の特殊性、偶然性を「根源的 なもの」「生命的なもの」の「過剰による溢出」から説明する、新プラトン主義的な、流出説の構図にと どまる。それは最初から、差異の事実から出発する真正の非-因果論的「判断=根源-分割」説ではなく、 最初の「判断」の生起の理由 ―― 即ち起源の一者が行う最初の判断 ―― を問う構図に既に後退し てしまっていないか、聊か微妙である。 「この生命が、認識可能なものとなるためには、その契機として〔感性=理性を介し〕一旦は描きと られることが不可欠だが、それには先ず、親密性がその過剰において分裂し、相対立するものの間で相 互の交錯が始まる必要がある。即ち、それまで全く自然との合一のうちに酔い、本性である意識をすっ かり喪っていた有機的なものは、今や、自己活動と芸術と反省の極へ移行せねばならず、他方、自然の 方は、反省を行う人間に対して、把握を許さない、感知し得ない、無限のものという極へ移行する形で、 徹頭徹尾対立しあいながら、互いに作用を及ぼしあうのである。その挙句、相互の対立=相克のうちに、 本源的に一体であった両者が再会する。…恐らくこのとき感じられる感情こそ、この相反した両者、即 ち一般化され、精神的生気に満ち、人為的に純粋に非有機体的になった人間と、自然の美しい姿が相会 するときに感じられる最高の感情だろう。現在の調和は彼をして、以前の逆の純粋の関係をを思い起こ させるし、彼は自己ならびに自然を、二重の意味で感得し、こうして結合が無限のものとなるからであ
る」(StA Ⅳ -1 152f. FtA ⅩⅢ 360f.) 見られるとおり、「過剰な溢出(ポロス)」10として語られている、新プラトン主義的流出説=差異生成 論は、しかし、もともとは、本来、この地上の差異を、すべからくその起源から連続的に流出した、因果 論的に必然的ものとして説明する概念構制を本質とする。その限り、それは自然の斉一性をよく説明して も、非-因果論的であったはずの「判断=根源-分割」説とは両立し難いものである。 それが「過剰」という偶然的起源をもとに語られているせよ、新プラトン主義的・流出説的差異生成論 を、「判断=根源-分割」説的、非-因果論的差異生成論と一致させるためには、その起源を、原初的合 一にではなく、対立=抗争へ移行させることが論理的に要請される。のみならず、流出説的構図がとる因 果論的必然性の連鎖図式全体が否定されねばならない筈である。 その点への配慮も併せ、ヘルダーリンは、時代を構成する現実の特殊な対立が、「過剰による溢出」を 起源として、一方で、「有機的なもの」は、その必然的因果的連鎖を超え、対極の「無機的な」思想、即 ち啓蒙的悟性に不連続・質的・偶然的に転化し、他方、「無機的なもの」は、これもまた必然性を超えて、 突然に、非-因果論的に、その対極の無限の自然に転化して、そして、それら全てがエンペドクレスの内 に流れ込む、とする。「悲劇的な精神とは、時代の運命を自ら引き受け、その解決に捧げられた精神のこ とである」(StA Ⅳ -1 157 FtA ⅩⅢ 364)。これがエンペドクレスの悲劇の内実を成す。 「こうしてエンペドクレスは、その風土と時代の子、祖国の子であり、世界が彼の眼前に展開したと ころの、自然と人間の激しい諸対立の子である。そうした諸対立が、エンペドクレスという一人物にお いて、親密に統一され、彼の中で一つのものとなり、根本的な差異という形式を脱ぎ捨て、それを逆な ものにしている。彼の眼前においてむしろ主体的と見做され、むしろ特殊性において存在しているもの、 差異、思考、比較、形成、組織、有機体、といったものは彼自身の内部で、むしろ客体的となっている。 そのため、あえてこれを極言すれば、彼は、自己を喪失し、自己を意識することが少なければ少ないほ ど、却って差異的、思考的、比較的、形成的、組織的、有機的となるのである。彼にとって言葉を持た なかったものが、言葉を獲得し、彼にとって一般的、無意識的であったものが、意識と特殊性の形式を 獲得する。これに反して、一般に客体的とみなされていたもの、一般的な形式で存在しているもの、区 別しがたいもの、無思想なもの、比較しがたいもの、無形性的なもの、組織されないもの、反組織的な ものが、彼において、彼にとって、主体的である」(StA Ⅳ -1 154f. FtA ⅩⅢ 362) エンペドクレス自身の内部で、時代がその形を成す。それは、確かに「過剰なものの溢出」を起源とす るものの、激越な対立の形に発展するなかで、あるとき因果の連鎖さえ超えて反対のものに転じ、偶然性 の嵐に変貌する。時代は否応なしにエンペドクレスを引き裂き、個体としてのエンペドクレス、エンペド クレスその人を食い破らずにはいない。ヘルダーリンが言うエンペドクレスが引受けなければならない時 代の「犠牲」とは、それ故、特殊歴史的な偶然性の全てを含んで錯綜する現実の全実相を、因果論的では ない理由で引受けることを指す。 「エンペドクレスはあらゆる意味で詩人として生まれたように見える。…即ち彼の主体的活動的性質の 中に既にかの一般性、即ち詩人が … 全体を眺めるのに必要なあの平静な観察、あの意識の完璧と徹底し た明確性に変わる一般性が備わっている。彼の客体的な性質、彼の消極性の中には、…意識的でなく、お のずから秩序付け、思索し、形成する、かの恵まれた天分がある。全てのものを容易に迅速に、全体のま まに生き生きと引き受けて、形成的活動力、即ち言葉を発せしめる、あの感官と心情の造形性があるよう に見える。しかしこうした資質も、その固有の領域にとどまってはいられなかった。彼の時代の運命、彼 を生長せしめたあの強烈な両極限は、歌を求めていなかった。…彼の時代の運命は、真なるものであれ、
一面的でしかない行動も求めていなかった。…時代の運命が要求したのは、それを解決すると思われるも のに、全人格が実際に、まざまざと眼に見えて、なってしまうという犠牲である。この場合、両極限は一 人物において実際に、まざまざと眼に見えて統一されるかのように見えるが、まさしくそのために余りに も親密的に統一されるのであり、個体は表面的な行動において、亡び、また亡びざるを得ない」 (StA Ⅳ -1 156 FtA ⅩⅢ 363) 起源の溢出から生成した対立は、エンペドクレスの内部で、対極の形に向かって発展を続け、遂には脱 -因果論的に、偶然的に、その対極の形にまで転化する。即ち、一方で、自然と合一して有機体的だった 人間は、その時代において反対の無機的自由思想 ―― 自然への反抗と屈従を繰り返す「政治ずれした アグリゲントの市民」(StA Ⅳ -1 158 FtA ⅩⅢ 364f.) ―― にまで変貌しており、本来詩人として自 然との合一において地水火風の精神を髣髴させ、その神性で人々を魅了するエンペドクレスでさえその進 歩主義をなぞり、反自然的、自然に対して支配を事とする存在、その時代「全体を転換せんと企てる極端 な革命精神」(ibid.)と成り果てる。また他方、非有機体的なものであった無機的なものは、「無限なも の」として、悟性が仰ぎ見る一般的・普遍的なものと化して(StA Ⅳ -1 150 FtA ⅩⅢ 358f.)、対極の反 省的思惟の対象となる。それらのいずれもが、各自の極限にまで達することで、却って反対極の対象とな り、接触しあうことで、因果論的な経緯を超え偶然的な仕方で反対のものに転じ、「それぞれが各自の外 面的形式において、反対のものの形姿、外見的な形を取るに至る」(StA Ⅳ -1 157 FtA ⅩⅢ 364)。しかも、 これらのことが、全てエンペドクレス自身の内部で、彼自身の一部として起き、エンペドクレスその人を 翻弄し、その性格を歪め、異形のものに化し、普遍的なものを極め自然と合一する神人合一の神的な穏や かさを表すのと同時に、時代全体の転覆を目指す「革命家」の姿に変じ、「神懸り」の様相を示す「宗教家」 「政治家」のようにも見え(StA Ⅳ -1 161 FtA ⅩⅢ 368)、孤独のうちに隠棲し、錯乱し、やがて自死を 選ぶに至る。かくして、エンペドクレスは、矛盾する時代をその矛盾のまま、全体その身に引き入れ、そ の時代の全てを、自分として生きることとなる。 「故に、エンペドクレスは、既に述べたように、彼の時代の結果なのであり、かれの性格は、この時 代から生まれたものとして、その時代を回顧させる。彼の運命は、瞬間的な統一としての彼自身において、 示される。…すなわち偶然的に、観念的に生じた親密性の溢出が、今や、最高の葛藤の形を取って現実 的なものとなり、その限りにおいて、まさしくその故に、そしてまた元来の親密性の過度、あらゆる葛 藤の原因が自己を止揚したと同じ程度、同じ力、同じ道具として、自己を現実的に止揚するので、個々 に親密的な過度の力は、現実的に失われ、あとにはもっと円熟した、真の、純粋の一般性が残ることに なる」(StA Ⅳ -1 155f. FtA ⅩⅢ 363) エンペドクレスの内で対立が極点に達したとき、主体は、必然性の連鎖も断ち切って、一気に客体に乗 り移る。啓蒙的悟性さながら生き生きとした自然を見ようとしない当時の市民達により、無機的なものに まで貶められたはずのただの「客体( Materie , Stoff )」(StA Ⅳ -1 1 FtA ⅩⅢ 3 )が、主体として生 き生きと動き始める。ヘルダーリンは言う。「これがエンペドクレスの魔法である」(StA Ⅳ -1 159 FtA ⅩⅢ 365)。このとき、確かに、エンペドクレスの姿は掻き消えている。 ギリシア哲学史上の伝説に材を仰ぐこの説明は、一見如何にもアド・ホックな、牽強付会なものにしか 見えないが、等根源的に生じてきた対立の因果的連鎖を超える対極の転換を主張するヘルダーリンの論理 構成からは、今や理解可能となる ―― 近代啓蒙主義的な悟性的・物的世界観に基づく自然の死物化・ モノ化、悟性的法則によるその支配の認識論的図式を批判して、ヘーゲルもまた、この直後、ニュートン 力学を批判する物活論的ケプラー論を構想する11。
その時代の運命の諸問題が、エンペドクレスという「一個体を見い出し」、全ての悲劇的な人物と同様、 運命は、彼という特殊な一人の人の人生全体において、目に見える形をとり、解決されなければならなかっ た、そうヘルダーリンは言う。時代の運命という、それ自体普遍的な事件であるはずのものが、その時代、 その人に特殊な、「一時的な姿をとる以外ないもの」として解決されるよりほか術はない。そのようにして、 しかし、エンペドクレスという特殊な個体は消滅せざるを得ないのである。 「運命、即ち人間と自然の対立が、強烈であればあるほど、そうした対立は自己を個体化すること、 即ち確固たる一点、拠点を獲得することを必要とした。そのような時代は、あらゆる個体にいろいろと 働きかけて、彼らをして問題を解決するように促すのだが、遂には時代の暗黙の要求や、隠れた傾向が はっきりと完全に現れている一つの個体を見出すに至る。 …こうして時代は、エンペドクレスにおい て、自己を個体化する。時代がエンペドクレスにおいて自己を固体化すればするほど、エンペドクレス において謎が益々見事に、ますます現実的に、ますます目に見えて解けて行けば行くほど、彼の没落は ますます必然的となってくる」(StA Ⅳ -1 157f. FtA ⅩⅢ 364) 愚かな市民達は ―― ヘルダーリンは言う ―― これを見て、「事が成った」と喝采する(StA Ⅳ -1 161f. FtA ⅩⅢ 367)。その余りの愚かさにエンペドクレスは絶望し隠遁する。そして自死の道を選ぶ。 全体を求めて止まないエンペドクレスの精神は遂に革命精神、即ちこの世界を全体的に転回する精神とな らざるをえない。 しかし、この認定自体、既にして、現実を特殊なものの無限の累乗と見るのではなく、その総和が把握 可能であるとして、その特殊の群れから一気に普遍的なものに飛躍することが可能であると考えるプラト ニズム的論定である。 故に問題は、この側面からは、次のように言い直すことができる。個々の特殊な運命に逐一応接してい くのではなく、個体としてのエンペドクレスの生が達したその時点での段階を、何故、時代が求める全体 を映し出したものと見做すことが可能で、何故また、エンペドクレスという個体の解体をもって、時代の 対立全体を引き受け、根源的なものを映し出す、「時代の犠牲」と見做すことが可能なのか。その根拠は 一体何なのか12。 こうした一連の問いに対してヘルダーリンが依拠するのは、しかし、既に見てきた通り、起源から続く 必然性の連鎖として対立する世界全体を説明する流出説的構図でしかなく、重ねて、その対立をなす感性 も理性も抜き去る「超感性的なもの」として、現実とは不連続的に普遍性を説明するプラトニズムでしか ない。エンペドクレスは内面で展開されている必然性に従うことで、外面的な歴史を超越する、そうヘル ダーリンは言いきる。エンペドクレスが外面的歴史を超越できるのは、その歴史もまた内面的本質から生 成したものだからである。 「こうして、かれは最高の自主性の中に生きた。客体的な、歴史的な状況がなくとも、彼をしてその 道を歩ませるような状況の中に、生きたのである。従って、彼をして結局同じ道を辿らせた諸事情は、 そうでなければ彼の内部で、単なる思想としてとどまったかもしれないものを、明るみに引き出して行 動に齎したという意味で、極めて本質的で、不可欠のものだったといえる。彼は、それ故、そうした結果、 如何にもこうした外的な諸事情と抗争を続けたように見えるにもかかわらず、そうした諸事情も彼の極 めて自由な気分や魂に、一致するものなのである。…まさしくこの気分こそ諸事情の最も内部の精神な のであり、これらの諸事情の中に現れた全ての極限は、まさしくこの精神から発したものであり、再び この精神の許へ復帰していったからである」(StA Ⅳ -1 160f. FtA ⅩⅢ 366f.)
かくして然し、最早繰り返しとなるが、時代それ自体として展開され矛盾対立する全体の統一は、特殊 であることをその本質とする感性的表現には、あまりに普遍的に過ぎ、担いきれないことになる。「統一 的なものが、滅びざるを得ないのは、それがあまりにも目に見える形に、あまりにも感性的に、現れたた めである。表現が成就するためには、何らかの極めて特定の一点、特定の場を基にするしかない、という ことがそもそもの原因である」(ibid.)そう告げられる中、論考は閉じられていく。 結局、特殊偶然的なものに見える歴史の渦中の外面的なものも、「過剰による溢出」を端緒とする必然 的展開の反映であり、その全てを引き受けることを、エンペドクレスの没落の原因とする ―― プラト ニズム的 ―― 説明に、ヘルダーリンは終始する。ヘルダーリンにとって、結局、エンペドクレスが時 代の犠牲として没落せざるをえないのも、彼が全体を引受けるプラトニズム的構図に依拠し続けたためで ある。然し、それでは現実の差異が表す偶然性、対立=抗争の極における必然性の破綻、が説明されない。 結局それは予定調和的な構図でしかないと言う外ない。感性的に表された真なる全体は、それ故、滅びざ るを得ない、とする論定は、美の権化とされたディオティーマ=ゴンタルト婦人との結末を髣髴とさせよ う。 しかし、そうであれば、そもそも自然美の合目的性を念頭に自然全体との合一を要件とする美的プラト ニズムに即しつつ ―― それは一方で詩人であるエンペドクレスの目標を、余すところなく実現するも のではあるが ―― それと同時に、他方、時代の特殊な対立の全てを引き受けようとすることに初めか ら原理的な無理があったのではないか、そう言わざるを得ない。 たとえ「第三の要素」を介して、日常的現実からかけ離れた神話的形象を通路に、それが表されるにし ても、それがやはり表現である以上、先に確認したとおり、それも特殊限定的な現実の一つに過ぎないも のであることに変りはない。何故それが、偶然に支配される個々の現実の多様の中で、死と引き換えられ るに足る現実の総体たりえているものか、その特権化の根拠について、疑問は残る。たとえ対立が解消さ れたとしても、それはその段階の問題が解消されたに過ぎず、次なる段階が既に待ち受けるだけに過ぎな いのではないか13。ヘルダーリンが考える、対立の極における必然から偶然への飛躍が歴史的な局で起こ る論理的根拠は見出されないからである。この地上の対立を振り切るだけの必然性がどこに見出されるの か、それが問われねばならないだろう14。 ゴンタルト家を出て後、ヘルダーリンがホンブルクで交わした思想交流にあって、シンクレーア、ツヴィ リングをはじめとする、それぞれの思想展開が、個々に高度であったことが今日では知られている15。真 なるものを巡っての、感情を基礎にしたカント要請論の乗り越えを目指す、シラー以降の美学の立場から の試みに対する位置づけについて、見直されてよいように思われる。とりわけ、この時期、協働研究の関 係16にあったとされるヘーゲルの思索と対照するとき、むしろヘルダーリンがとる美学的立場そのもの の限界が明らかにならざるを得ない。論考「判断と存在」以降、「根源-分割」論と新プラトン主義的流 出論とは本質的に相容れないものと考えられねばならなかったはずである。 ことは然し、詩人というヘルダーリンの根本的な立場からは、如何ともし難いものであったと言うこと もできる。しかし、とはいえ宗教論の立場から「犠牲」の概念にアプローチしたヘーゲルが、宗教におけ る生身の現実のさなかで「犠牲」を問題にしたことに比して、美の顕現という構図に依拠して現実遊離的 とならざるをえないヘルダーリンがとる美学の限界は明らかである。理性を超える民衆教化の可能性を宗 教に見ていたヘーゲルに比して、時代の対立をその身に引き映すとはいえ、美に殉じるエンペドクレスの 悲劇化という美学的立場、美学という枠組に固執し続けたヘルダーリンの選択には、限界があったといわ ねばならない。 ヘーゲルその人が、その思想体系の彫琢の課程で、繰り返し、美学、宗教、哲学といった学問分野の評 価を見直し、その体系的位置づけを見直していた柔軟さが想起されずにはいない。そこでもまた、ヘーゲ ルの徹底した現実重視の姿勢が浮き彫りになるのである。
この時ヘーゲルは、その「犠牲」論を、イエスに重ねて論じようとしていた。「キリスト教の本質とそ の運命」が、それまで断片的に書き継がれてきた宗教論的論稿の集大成であることは確かだが、その協働 の関係においてヘルダーリンの美学的犠牲論を傍らに見つつ、またヘルダーリンの失恋、発狂も見届けな がら、なおその宗教論の立場を変えなかったことは、単なる思索の継続という理由以上の思惑がヘーゲル にはあったと考えさせるものがある。 既に触れたとおりヘーゲルは、論考「イエスの生涯」で、イエスに自らが神の子であることを肯定させ ていた。それは然し、ヘルダーリンの『エンペドクレスの死』では、全体との合一を本来の目標とする美 的プラトニズムに基づいて、エンペドクレス自らがとった振る舞いとして、形而上学的に理由付けされ、 没落の余儀ない原因とされていた。即ちエンペドクレスにおいては、自らが時代の「犠牲」になることは、 しかし、本質的には、自らの必然的内的発展に基づく、形而上学的事態以外ではありえなかったのである。 ヘーゲルは、「キリスト教の本質とその運命」に至る、その犠牲論の展開において、一貫して、その「犠 牲」の理由を、イエスの口から語られる神の言葉を、その頑なな心により硬直化・実定化させてしまうユ ダヤの民の問題の側から論じている。 「ユダヤ教の精神」以来ヘーゲルが取り組んできたのは、イエスの口から語られる神の言葉・真理が、 にもかかわらず、なお硬直化してしまわざるをえない「実定化」の問題であった。今やそれは、ユダヤ民 族が、近代悟性さながらの自然を無機的対象・支配の対象としてしか見ようとしない世界観の偏狭さに、 その原因が求められる。 このことは然し、内的必然性に則り、対立の極が、対立それ自身である個体性そのものを突破してしま う、形向上学的理由を原因とするヘルダーリン・エンペドクレスの犠牲論と比較すれば、その運命を引き 寄せ、犠牲を余儀なくさせる原因が、外在的に、偶然的な、時代の側にあるとされていた点で、本質的相 違は明瞭であろう。イエスの犠牲は内的必然性によるのではなく、あくまで外的な現実に強いられたもの なのである。 問題はしかし、特殊時代的なユダヤの民の頑なさに限局されず、近代悟性一般の、自然に対する硬直性 =支配意識という問題に一般化されざるをえない。悟性の本質がそうしたものである限り、その前では、 イエスの柔軟な ―― 時に脱法的なまでに自由な ―― 神の言葉を語る言説にしても、瞬く間に硬直 化してしまわざるを得ない。「犠牲」が余儀ないものとされた原因は、それ故、ヘーゲルでは、まず、民衆・ 社会・時代の頑なさ側に求められねばならない。 以下、節を改め、ヘーゲル「キリスト教の精神とその運命」と、そこで展開される「犠牲」論を通じ、 この段階における、ヘーゲルの真理観を見ておくこととする。 第八節 「基督教の本質」の犠牲論 1798 ~ 00 年「キリスト教の本質とその運命」に取り組む前に、ヘーゲルは、内容的に見て、その習 作とも言うべき断片、「民族宗教とキリスト教」(1792 ~ 94)、「イエスの生涯」(1795)、「キリスト教の 実定性」(1795 ~ 96、改稿 1800)を書いている ―― 93 年には他にソフォクレスの悲劇『アンチゴネー』 の翻訳、プラトンからの翻訳、カント『純粋理性批判』の注釈等を執筆。また、このほかに、1796 年には、 ギリシア・オルフェウス教の密儀に材を採り感性による合一を謳った詩「エレウシス」をヘルダーリンに 献呈。また、フランクフルトでのヘルダーリンの恋愛を目撃し、1797 年には、断片「道徳、愛、宗教」、「愛」 を執筆していることは、前稿で見ておいた通りである。これらいずれの論考も、この時期のヘーゲルとヘ ルダーリンの密接な関係が影響していることは、言を俟たない。が、ここでは、ヘーゲルが、97 年刊行
されたカント『道徳の形而上学』に即座にコンメンタールを執筆(註伴239 頁)し、また 98 年匿名なが らベルンの政治的情勢に関するパンフレット『カル親書訳』を出版していることを特筆しておきたい。 これらの諸論考のうち、ヘーゲルの最初からの立場を一貫するものとしては、最初期の「民族精神とキ リスト教」がテュービンゲン・シュティフト時代以来のギリシア賛美を描き、また「キリスト教の実定性」 が、神に発するキリスト教的真理の固定化=形式化を問題にして、本論稿の直接の準備稿を成しているの に対し、「イエスの生涯」が、民衆教化の媒体として宗教を考えるヘーゲルにとって、あくまで理性の立 場を捨てず、しかし、神の言葉の実定化を防ぐために、カント定言命法の可能性に賭けた、実験的な試みだっ たことは、これも前稿で確認したとおりである。そこで、ヘーゲルは、イエスに、自らが「神の子」であ ることを認めさせていた。 「キリスト教の本質とその運命」は、以上の準備稿を受け、また、論考「イエスの生涯」での試みとそ の断念、カント哲学との再対決、ヘルダーリンの恋愛に刺激された「愛」を巡る論考、とそこからの再度 の転回、並びに当時のドイツ=神聖ローマ帝国を巡る政治情勢への注目といった思想的流れを汲みつつ着 手されたものである。 冒頭、ユダヤ民族の前史が検討される。人間存在の全体的回復を目指してユダヤ人社会の状況を抜本的 に批判しつつ、自らもまたその犠牲となるイエスの、宗教の本質とその運命とを考察する本論全体の、序 論にそれは当たる。ユダヤ民族の本質的な反自然性が剔抉される。 先ず取り上げられるのは、民族の伝説上の始祖とされるアブラハム以前のノアとニムロデである。ギリシ ア民族の祖とされるデウカリオン・ピュラとの比較を通じ、自然との対立・分裂を本質とするユダヤ民族 の本質が、既にそこから始まっていることをヘーゲルは確認する。 「ノアの洪水が人々の心に焼き付けた印象は深い断絶感であり、その結果は、自然に対する絶大な不 信感でしかありえなかった。自然は、かつては親しみのある穏やかなものであった。しかし今や自然は、 そのエレメントの均衡状態を打ち破り、人類が寄せていた信頼に対して、いとも破壊的で、制御も抵抗 もなす術のないような敵意を持ったのである。その凶暴さたるや、情け容赦無いものであった。その暴 威の齎す荒廃は、ありとあらゆるものに及んだ。敵対的となった諸元素が引き起こしたあの広範な人類 殺戮の印象に対して、人間の側にも幾つかの反応現象があった。歴史はそれをわれわれに暗示している。 今や敵意あるものと化した自然が加えてくるその暴発的な諸力に対抗して生き続けてゆけるためには、 人間は、自然を支配しなくてはならなかった」17 (Ⅲ 274 Nohl 244) ノアの箱舟神話を題材にした、ヘーゲル独自の人類創世の説明は、見られるとおり、それまで「親しみ のある穏やかなものであった」自然との調和が、突如、理由も無く破られ、自然が、人間に対し、敵意あ る威力となった、と語られる。理由無き自然の分裂・反転・凶暴化は、或いは、ヘルダーリン同様、その 根底に、根源的なものの偶然的な「過剰による溢出」というプラトニズム・流出説的図式の想定があるか もしれない。が、その苦難の様が、そこにいあわせた当時の現実の人類にとって、まさに理由無きもので あり、それ故、否応無く敵意と感じられ、最早、自らそれを支配するのでない限り、自分が生き続けてい くことさえ、困難なものと考えられたであろうことを、ヘーゲルが徹底的に、現実の人間心理に寄り添う 形でリアルに叙述している点が注目されてよい。ここに、どんな、観念的な迂路もない。ヘーゲルの現実 の人間を見るリアルそのものの眼差しが窺われる。 「全体を二分するということは、観念と現実とに二分すること以外ではありえないので18、支配によ る最高度の統一は、思想におけるものか現実におけるものかのいずれかでしかない。ノアは、引き裂か れた世界を、その前者、観念の内で統合した。彼は、彼の思惟した理想(sein gedachtes Ideal)を存
在するもの(Seiende)と成し、次に、全てのものをこの存在者により思惟されたもの (Gedachte) として、 即ち支配されているもの(Beherrschte)として、これに対置したのである。 …ニムロデは、ノアと は反対に、統一を人間のうちにおき、人間自身をば、自分以外の現実のものすべてを自分が思念したも のとし、即ちそれを殺したり支配したりする、かの存在者とした」(Ⅲ 275 Nohl 244) 世界を二分する判断により、観念と存在が二分され、それらが対立するとき、ユダヤの始祖たちは、そ れを、観念 ―― それを外在化し、存在化した「神」 ―― を通じることによってか、或いは人間自 身によってか、いずれにせよ、その権力によって、自然を支配し、制御する道を採った。「敵意を帯びた 力に対抗して、ノアは、その力と己自身とをこの両者よりはるかに威力ある者に服させることによって 己自身を護ったが、ニムロデは、その力を自らが統御することで己自身を護ったのであった」(Ⅲ 276 Nohl 245)。 これにより、ノアもニムロデも、その敵と、全く形だけの中身のない講和(Versöhnung der Not) だけは結びはしたが、それだけに、却って「根本の敵対関係をそのまま恒久化することになってしまった」 (ibid.)とヘーゲルは言う。 この点で、ユダヤの始祖達は、同じ様に洪水の後、「自然と和解し、人間をして再び世界と親しませ、 自然へといざない、喜びと楽しみにより、苦しみと敵対関係とを忘れさせ、かつての敵と、愛の講和を結 び、美しき諸国民の始祖となり、この時代をいつまでもその若々しさを失うことなき新生した自然の母た らしめた」ギリシアの伝説の始祖デウカリオンとピュラの場合と、決定的に異なるとされる(ibid.)。 見られるとおり、「キリスト教の精神とその運命」冒頭でヘーゲルが取り組んでいるのは、神の言葉を 形だけの硬直したものにさせ、イエスに「犠牲」を強いることになった、懸案の、ユダヤ民族の本質 ― ― 「実定性」 ―― の考察である。その原因をヘーゲルは、過酷な自然と対峙しなければならなかった 一民族の特殊な歴史性を通じて描き起こし、その偶然性を追い続けることで明らかにしていく。対照的に ギリシア精神の形成が、余りに予定調和的で、歴史記述としては全く精彩を欠くことに比すれば、ユダヤ の民の特殊な歴史を逐一辿ることで、近代悟性一般に通底するその自然支配的な普遍的本質までをも取り 出してみせるヘーゲルの叙述からは、その本来の志向が何を目指していたかが窺われよう。 自然との合一の論理的可能化と引き換えに、外面的歴史性を内面的本質の反映とせざるをえなかった美 的プラトニズムを執り続けるヘルダーリンと異なり、ヘーゲルは、対立の経緯を、あくまで歴史の偶然の 中に求めていく。特殊の累乗から普遍的なものが見えてくるまで、特殊に寄り添い続けるのである。宗教 論への依拠も、表面的な墨守をよそに、内容的には、既にそれを内側から超える歴史哲学的考察がヘーゲ ルの思惟の核心を成していく。 あくまでプラトニズム的本質から現実を説明しようとし続けるヘルダーリンと比較して、ヘーゲルが、 より柔軟に歴史的人間の現実の方に肉迫し得ていたことは、宗教論を考察の地平に置いていたという偶然 以上に ―― とはいえそれも、宗教が民衆教化の手段として理性以上に、有効であるとの頗る政治的見 識に基づく判断であることは既に指摘したとおりだが ―― 第一稿以来指摘してきたことながら、青年 期より、冷静な現実観察を事とし、この時期も、1798 年には、当時在住していたベルン市の政治的あり 方を問うパンフレット『カル親書訳』を匿名ながら刊行していたヘーゲルの、基本的な現実直視の結果に 他ならない。 だが、とはいえその限り、思想展開上はそれもまた偶然の産物であるには違いないのだが、その基本姿 勢の徹底が、ヘルダーリンの美的プラトン主義をも早々に見切らせる機縁となっただけでなく、後の哲学 体系の彫琢にあっても、ヘーゲル本来の歴史哲学的基本視点を準備したものとして、大きな意味を持った のであることは確認されてよい。ヘーゲルは、一貫して特殊歴史的な現実に合わせて体系の方を改変し続 けるのである。
思想的にはユダヤ民族の真正の始祖として、その体現する精神がユダヤ民族全体の精神となったと考え るアブラハムの本質を、ヘーゲルは、全体的なもの ―― 即ち先ず自然からの ―― 「分離・離反 Trennung」にあるとする。 「カルデアに生まれ、すでに若くして父とともにその祖国を立ち去っていたアブラハムは、いままた メソポタミアの広野で、自身の家族からさえ、きっぱりと自身を切り離した。それというのも、全く独 立自存の人となり、自身自分の支配者とならんがためであった。即ちこの離別は、侮辱や放逐を受けた ために起こったものではなかった。また、不法なむごい扱いを受けながらも傷つきながら失われずにあ る愛、或いは新しい祖国に希望を託し、そこでの繁栄に自ら浴そうとする不変の愛の欲求を示す、あの 心痛からなされたものでもなかった。 ―― アブラハムを民族の始祖とさせた最初の行為は離反なの である。即ちそれは、共同生活の絆を立つこと、愛の絆を断つことであり、それまで彼が人間や自然と 相共に生きてきたその関係を全面的に断ち切ることであった。青年時代のこのような美しき諸関係を、 彼は、自分から放擲したのである」(Ⅲ 277 Nohl 245) アブラハムの「分離・離反」は、自然との関係は言うに及ばず、自らの歴史、家族、共同体、我が子と の絆からさえ自身を引き離す、絶対的な自立自存を意味するとされ、その存在の本質として捉えられる。 アブラハムの精神は、「一切のものに対して厳然たる反立の態度を固持する精神」(ibid.)なのである。 その精神が外化され、アブラハム自身の神とされる。アブラハム自身が従い、また世界そのものを支配 するアブラハムの神は、その実、アブラハム自身の精神の外化であり、即ち「無限の敵対的な自然をその 支配下に置く統一者にまで高められた彼自身の理想(Ideal)」に他ならない。自らがその世界から離反す る以外にない本質を持ち、その精神それ自体を外化して自身の神とし、それに隷従すること、それが、ア ブラハムの精神の本質である。 諸民族との出会いの中にあって、アブラハムを一貫して導き続けた精神は、無限の敵対的自然を支配す るこの神 ―― 「絶対神」と言う思想 ―― である。それゆえ、支配-被支配という関係を本質とす る彼のこの精神を反映して、どんな他者も、最早、最初から敵意を持つものとしてしか、彼の前に現れる ことはない(ibid.)。 「対立している無限な世界に対してとり得べき唯一の関係、即ち支配の関係は、アブラハム自身の力 では実現不可能なものであったから、この種の関係は、彼の理想(Ideal =神)に委ねられた。もちろ ん当のアブラハム自身もこの理想〔神〕の支配下にあったから、他ならぬ彼自身の精神の中にある理念 に仕えることで、彼はこの理想〔神〕の恩恵を受ける身となったのに他ならない。しかも、このアブラ ハムの抱く神性の根底にあるものは、全世界に対するその侮蔑に他ならなかったから、アブラハムは、 また〔神の〕唯一の寵児でもあったわけである」 (Ⅲ 279 Nohl 247) ノアの神が凶暴な自然を支配するために、自身の内面の理念を外化して神格化したものであったように、 アブラハムの神も、自身の思念の外化である。 が、この精神が、もとはアブラハムの自身の理念・理想でありながら、一方、それ以上にその存在・即 ちアブラハム自身を規定し、自身を束縛する例外なき本質と化してしまっていることを、ヘーゲルは、息 子イサクの犠牲神話の解釈を通じて傍証してみせる。 「アブラハムの理念は、彼のために世界を制圧し、彼が必要とするだけのものを世界から取り上げて 彼に与え、その他のものから彼を保護した。愛することだけがアブラハムがなしえなかったことである。
彼が抱いた唯一の愛、その息子への愛すらも、言い換えれば、子孫を持ちたいという願望、自己の存在 を拡張する唯一の方法、彼が知りかつ望んだ不死へのこの唯一の方法すらも、アブラハムには圧迫的な ものと映じたのであり、一切のものから孤立しようとする彼の心をかき乱し、不安に陥れるものであり えたのである。この不安は、次第に増大し、ついには彼はこの愛すらも破壊しようとしたのだが、その 愛も、彼をしてその愛児を自らの手で犠牲にささげることをも許す程度の強さでしかないと言うことを 確認し得るに及んで、ようやく心の休まりを覚えたのであった」((ibid.)) 確かに、この心理学的解釈は、イサクの犠牲神話そのものの解釈としては、牽強付会と言われても仕方 あるまい。だがそれを、ユダヤ民族の、ギリシア民族とは異なった特殊な固有の自然離反的精神として歴 史の中で把握し、その後の歴史、活動、その国家観、経済観を踏まえつつ、近代個人主義社会における孤 立主義的個人=個人主義的孤立のありようを見通す心理学的分析であったとみれば、その意味は別の角度 で再評価可能である。即ちヘーゲルは、未だ、宗教論の形は取っているものの、その実、特殊歴史的な、ヘー ゲルの時代にまで達する、近代個人主義社会の構造分析に進んでいると考えられるのである。 それゆえ、分離をその本質としたアブラハムの精神は、その子孫達を含め、ユダヤ民族全体の精神であ り、その精神を本質として、近代的悟性が形作る ―― 現代に至るまでの ―― 近代個人主義社会全 体の精神である。故に、徹底的に自然から離反するものとして如何なる他者も認めない「妬みの神」(Ⅲ 280 Nohl 248)、他民族を根絶する「憎悪のデーモン」(Ⅲ 287 Nohl 253 )、「人類への憎悪」(Ⅲ 293 Nohl 257)と分析されるその本質が齎す運命もまた、近代世界そのものの運命と重ねて考察されねば ならなかったのである。 宗教論的論考が重ねられてきたなか、イエスを取り上げることで、確かにヘーゲルもまたヘルダーリン と同じ「犠牲」論に取り組む形となった。が、ヘーゲルにおいては、イエスの運命も ―― ひいては近 代世界総体の運命も ―― 現実離反を事とするアブラハム・ユダヤ民族、そして近代悟性の特殊歴史的 問題として取り扱われる。 論考「キリスト教の精神とその運命」は ―― 準備稿「キリスト教の実定性」の構成を、大枠引き継 ぐ形で ―― イエスを通じて齎される神の言葉が、この世界で固定化・形式化されてしまわざるをえな い「実定化」問題の原因究明を軸に、自然に対立する共同体、キリスト教団、組織の問題の検討、制度、 国家、言語の問題の検討へと進み、愛による合一を説くイエスを通じてのその実定的本質の批判的検討と して展開される。 以下、論稿「キリスト教の精神とその運命」の、全体構成を再掲しておく ―― 章節の区分、見出し は、いずれも内容からNohl 等の編者が付記したもの。ここではその後の研究も加味し、より内容的に踏 みこんで補足した19。 ―― 。 序論 ユダヤ教の精神 1) ユダヤ教の精神 前史:ノアとニムロデ、2) 始祖 アブラハム(ユダヤ民族の精神)、3) アブラハ ムの子孫たち(ユダヤ民族の運命の現出)、4) 継承者・モーゼ a モーゼの立法におけるユダヤ教の 精神、b ユダヤの国家法の本質、5) その後のユダヤ民族の運命 本論一 イエス 1) イエスの出現、2) イエスの態度 a ユダヤの神事法に対するイエスの態度(ユダヤの宗教的律法 とイエス)、b 道徳法と市民法に対する態度(カントの道徳的法則とイエス)、 本論二 イエスの道徳 1) 山上の垂訓(イエスの道徳の基本性格)、ⅰ生に基づく愛の道徳 ,(和解の精神)、ⅱ純粋性と没 律法性の道徳、ⅲ山上の垂訓の結び、
2) 罪と愛、ⅰ律法と罰、a 法(律法性)の次元(犯罪と刑罰)、b 運命としての罰、ⅱ愛による運命 との和解、a イエスの運命への関わり(愛による運命との和解)b運命のイエスへの関わり、運命の 厳しさ、勇敢と忍従における運命、美しい魂と運命(イエスの運命の予示、ⅲ罪の許しa 裁きの止 揚 b 罪の許し、 3) 道徳と愛、ⅰ愛による道徳の和解、ⅱ愛の本質、 4)愛の晩餐(愛の表現、宗教的なものへの移行) 本論三 イエスの宗教 1) イエスの宗教(愛の成就、純粋な生の意識、父なる神) 2) 神的なものの言表 a 神的なものについて語ることb神的なものの言表(ロゴス・言葉)、 3) 神の子にして人の子・イエス、ⅰイエスにおける神的なものへの信仰 a 知と信 b神話的なもの に対する信仰 ⅱ 神的なものとの合一の指示 4) 精神の展開の完結 a 精神の自得(信仰の完成)b 洗礼 c 神の国(イエスの宗教の完成) 5) キリスト教的愛の運命(教団の運命の予示) 本論四 イエスの運命 1)イエスとユダヤ人たち(イエスとユダヤ的現実) 2)イエスの生き方(イエスの運命) 補章 キリスト教団の運命 1) キリスト教団の運命 a この運命の否定的側面 bこの運命の積極的側面 2) 神なるイエス(教団における実定的なもの)a 復活 b 奇蹟、 3) 神的なものにおける対立 a 発想の時代的相違(不死の預言の理解に関して)b後代における神的 なものの対立性(キリスト教の運命) 見られるとおり、本論稿の構成は、序論で展開されるユダヤ民族・近代悟性の自然離反的性格に対し、 本来的なもの ―― この時点のヘーゲルはそれを「生」と呼ぶ ―― への復帰を説く、イエスの「愛」 の宗教を主題として、イエスによるユダヤ律法主義の具体的解明、とともに、その実践の蹉跌としての「イ エスの運命」の具体的解明を本論としている。加えて、ユダヤ民族の運命を基にした、イエス後の教団の 運命を補章とする。 内容的に見れば、論稿「キリスト教の本質とその運命」は、この時点でのヘーゲル哲学思想の集大成と 言うにふさわしく、概観しただけでも、ユダヤ民族(と照応する近代悟性・カント哲学的悟性-法則主義) の自然観、神観、歴史観、運命観(終末観)、社会観、神事法観、個人道徳観、国家法観、財産法観(経済学)、 教団観、その克服のための新たな教団組織論、宗教観、哲学観等、後年のヘーゲルの哲学的体系展開を考 えるときに、興味の尽きることのない内容が山積しているが、本節では、前節のヘルダーリンの犠牲論と 比較対照する限りで、先ず、そのイエスの運命・犠牲論に限り通観しておく事とする。 「イエスはユダヤ人たちの実定性に対して人間を対置した」(Ⅲ 336 Nohl 276)。 「最終的な危機の直前」(Ⅲ 317 Nohl 261)と分析されるユダヤ民族の歴史状況に対し、イエスのとっ た批判的実践の意味をヘーゲルはそう分析する。「主への単なる奉仕、完全な隷属状態、喜びも楽しみも 愛もない服従を要求する各種の命令、即ち各種の神仕えの誡命に対して、イエスは、それらとは正反対な もの、人間の衝動、更には欲求をすらこれに対置したのであった」(Ⅲ 318 Nohl 262)。 本論一「イエスの出現」冒頭でヘーゲルは、次のように書き出す。
「イエスは、ユダヤの運命のどれか一つの部分とだけ戦ったわけではない。…彼は、その運命全体に対 峙したのであり、自らこの運命を越えたところに立ち、その民族をして同じくそれを超えさせようとした のである。だが、彼がその際、止揚せんとした敵意というものは、ただ剛毅な果敢さによってのみ制圧さ れうるものであり、愛によって和解されうる類のものではなかった。こうして、かの運命全体を超克せん とする彼の崇高なる試みは、その民族にあっては挫折せざるを得ず、彼自らがこの運命の犠牲とならねば ならなかったのである」(Ⅲ 317 Nohl 261) イエスの言動は、自然からの離反を端緒として、自ら外化した権威的なもの・即ち神に対する盲目的隷従・ 形式的固定化・無批判的墨守 ―― いわゆる「実定化」 ―― を根本とするユダヤ民族に対し、律法 の根本に立ち返って人間存在全体の回復を説くものということができる。 その限り、確かにここに、ヘルダーリンと同じく、運命を時代の全体と受け止め、理性的なものに対す る感性的なものを対置するプラトニズム的構図のヘーゲルによる襲用を見ることも可能だろう。が、注目 すべきは、続く箇所で、ヘーゲルが直ぐにユダヤ民族の歴史的現実に立ち返り、はっきりと、しかしその ユダヤ民族の運命は、「愛」による和解などで克服できる生易しいものではない、と言い切っているとこ ろである。その運命は、自然からの離反を端緒として、特殊歴史的なユダヤ民族固有の経験の中で、民族 精神の核心にまで食い入った現実的本質から生じたものに他ならない。それと向き合うには、イエスでさ え、観念以上の実際的な「剛毅果敢」な力が必要だったとヘーゲルは見ているのである。 見られるとおり、イエスの犠牲の原因は、ユダヤ民族の特殊現実的精神の歴史の側に求められていく。 ヘーゲルは、イエスを通じ、その個々の特殊歴史的局面に降り立ち、生命なき形式に固執するユダヤ民族 の精神に対し、もっと人間の生の現実を直視せよ、と繰り返し説く。自然・生から離反し、自身の理念を 外化して神とし、自ら作り上げた形式に硬直的に盲従することだけを正義とするユダヤ精神の頑なさに対 し、イエスが対置するのは、人間の生(Leben)全体の回復である。 具体的には、本論一「ユダヤの神事法に対するイエスの態度」で、ヘーゲルは、安息日の硬直的墨守の みを正義とするユダヤ律法主義を批判してこう言う。 「 …イエスは、安息日のような一時日を神聖化することに対して、端的に人間を対置し、この人間 の欲求のごく僅かな従属をも、その種の神聖化よりは価値あるものと説くのである」(Ⅲ 320 Nohl 263) 同じように、イエスの根本精神である「隣人愛」は、普遍的に説かれる「人間愛」といった内容空疎な 観念ではなく、「ひとりとりがめいめい交わりを持っているそういう人たちへの愛である。単に思念され たものは、決して愛されたものではありえない」のである(Ⅲ 362 Nohl 296)。 同様の批判が、モーゼの律法主義にも向けられる。そもそもモーゼの立法をヘーゲルは、「生来受動的 である民族が自分から立法するということは、矛盾である」(Ⅲ 283 Nohl 250)と評している。そこで 作られる法が、支配-被支配を本質とする、本来あるべき自由を欠いたものでしかないからである。本論 二「イエスの道徳」で「山上の垂訓」を評してヘーゲルは言う。 「道徳性の立場を超えた境地にあるこのイエスの精神が、種々の律法に直接相対した形で現れている のが、かの「山上の垂訓」の場合である。そこでは、律法から種々の例をとりながら、一貫してそれら の律法から律法特有の制約を、即ち「律法」と言う形式を取り除くことが試みられている。即ちそこで 説かれるのは、〔カント的に〕法〔道徳法則〕への尊敬の念ではなく、むしろ、それらの律法における