はじめに T 波の陰転化は重篤な虚血から解放された時に しばらくの間生じる変化で重要である.Wellens 症 候群とは不安定狭心症の中で,胸痛を一度自覚した 後の症状が消失した時間帯に前胸部誘導でT 波に 心電図変化を示す症候群である.その心電図変化は 症状の消失した時間帯に変化をきたすため見過ごさ
Early diagnosis and successful reperfusion therapy for three cases of Wellensʼ
syndrome
1) Department of Cardiology, Okitama Public General Hospital, 2) Department of Cardiology, Pulmonology, and Nephrology, Yamagata University School of Medicine Mitsunori Ishino1) , Eiichiro Ikeno1) , Toshitaka Suzuki1) , Akinobu Takemura1) , Tatsuro Kitahara1) , Takeshi Niizeki1) , Sou Yamauchi1) , Isao Kubota2) 《Abstract》 1) 公立置賜総合病院 循環器内科,2) 山形大学医学部附属病院 第一内科
石野光則
1)池野栄一郎
1)鈴木智隆
1)竹村昭宣
1)北原辰郎
1)新関武史
1)山内 聡
1)久保田 功
2)早期診断・再灌流療法に成功した
Wellens 症候群の 3 症例
症 例
症例 1:高血圧,糖尿病,喫煙歴のある 87 歳,男性.繰り返す安静時胸痛のため近医を受診し,不安定狭心 症の疑いあり当院へ紹介された.前医ではわずかであった心電図で V2−4誘導の 2 相性 T 波は当院ではより顕著 になっていた. 症例 2:高血圧,脂質異常症のある 61 歳,男性.胸痛のため近医を受診し,心電図変化あり不安定狭心症の ため当院へ紹介された.前医で認めていた V2−4誘導で 2 相性 T 波変化が当院では消失していた. 症例 3:高血圧,脂質異常症のある 62 歳,男性.安静時胸痛のため当院を受診した.症状は消失していたが 心電図で V2−3誘導に 2 相性 T 波の陰転化あり入院した.入院後の胸痛時には T 波の変化は消失し,翌朝には V2−3誘導に 2 相性 T 波の陰転化がさらに深くなっていた. 3 症例とも緊急冠動脈造影を行い,左前下行枝近位部に高度狭窄を認め同部位へ治療を行った.Wellens 症 候群とは不安定狭心症の中で,胸痛を一度自覚した後の症状が消失した時間帯に前胸部誘導で T 波に心電図変 化を示す症候群である.その心電図変化は症状の消失した時間帯に変化をきたすため見過ごされることが多い. 胸痛を初診する可能性のある医師に対しての本疾患の周知・啓蒙を行っていくことの重要性を感じたため報告 をする. (2014.11.28 原稿受領;2015.2.6 採用) ● Wellensʼ syndrome ● unstable angina ● electrocardiogram 石野光則:公立置賜総合病院循環器内科(〒 992-0601 山形県東置賜郡川西町西大塚 2000) 責任著者 Key wordsれることが多い.地方では総合病院までのアクセス が悪く循環器科医師の不足により,不安定な胸痛症 状をきたしても循環器専門医以外が初診する機会が 多く,Wellens 症候群が疑われても見過ごされたり, 胸痛がないことから紹介から診断に至るまでが遅れ たりすることがしばしばある.今回,われわれは Wellens 症候群と診断し緊急心臓カテーテル検査か ら再灌流療法に成功した 3 症例を経験し,その症候 群の周知・啓蒙の重要性について改めて認識させら れたため報告する. 症例 症例 1 患者:87 歳,男性. 主訴:安静時前胸部から心窩部にかけての痛み. 既往歴:膀胱癌,逆流性食道炎,高血圧,糖尿病, 高尿酸血症. 家族歴:特記事項なし. 冠危険因子:高血圧,糖尿病,喫煙(20 本/日×45 年). 病歴:2013 年 9 月の深夜に突然の前胸部から心窩 部にかけての痛みが出現した.5 分ほどで治まった が,翌日の深夜にも同様の症状が出現したため近医 を受診した.心電図でT 波の変化を認め,不安定狭 心症の疑いで同日当院へ紹介された. 来院時現症:身長 159.4 cm,体重 59.0 kg.体温 36.2℃.血圧 138/78 mmHg.脈拍 93/分,整.胸部 聴診上で心音・呼吸音正常.浮腫は認めず. 来院時心電図:心拍数 89/分,洞調律,V2−4誘導で 2 相性T 波あり. 来院時胸部 X 線写真:心胸郭比 45%,肺うっ血所 見なし. 来院時血液検査所見:WBC 6200/mL,CK 142 IU/ L,CKMB 15 IU/L,トロポニン T 定性 陰性,HDL-C 52 mg/dL,LDL-陰性,HDL-C 118 mg/dL,TG 100 mg/dL, HbA1c 6.1%,Cre 0.84 mg/dL. 心臓超音波検査:明らかな壁運動障害を認めず. 来院後経過:当院診察時の胸部症状は消失(0/10) していた.3 年前の当院心電図と前医心電図(図 1A) を比較したところわずかにV3−4誘導でT 波の陰転 化が認められ(図 1B),再度当院にて心電図を施行 したところ,さらにT 波の陰転化は深くなってお り 2 相性T 波を示した(図 1C).採血ではトロポニ ン定性は陰性でCK の上昇は認められなかったが Wellens 症候群が疑われ,同日に緊急冠動脈造影を 施行した.左前下行枝(#7)に高度狭窄を認めたため (図 2A),引き続き同部位に対して冠動脈インター ベンションを実施した.冠動脈ステント留置を行い 良好な拡張と血流を得て終了した(図 2B).術後に CK の上昇は認められず,第 3 病日で退院した. 症例 2 患者:61 歳,男性. 主訴:労作時兼安静時胸痛. 既往歴:高血圧,脂質異常症. 家族歴:特記事項なし. 冠危険因子:高血圧,脂質異常症. 病歴:2013 年 12 月より雪かきや朝の散歩中に胸 部絞扼感が出現するようになった.その後安静時に も関係なく同様の症状が出現するようになり近医を 受診した.胸部症状は消失していたが心電図変化が 認められたため,不安定狭心症の疑いで同日当院へ 紹介された. 来院時現症:身長 167.0 cm,体重 62.0 kg.体温 36.3℃.血圧 167/95 mmHg.脈拍 85/分,整.胸部 聴診上で心音・呼吸音正常.浮腫は認めず. 前医心電図:V2−4誘導で 2 相性T 波あり. 来院時心電図:心拍数 74/分,洞調律,ST-T 変化 消失. 来院時胸部 X 線写真:心胸郭比 45%,肺うっ血所 見なし. 来院時血液検査所見:WBC 5100/mL,CK 118 IU/ L,CKMB 13 IU/L,トロポニン T 0.050 ng/mL, HDL-C 38 mg/dL,LDL-C 172 mg/dL,TG 223 mg/ dL,HbA1c 5.5%,Cre 0.82 mg/dL. 心臓超音波検査:明らかな壁運動障害を認めず.
Ⅰ Ⅱ Ⅲ aVR aVL Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅰ Ⅰ Ⅱ Ⅱ Ⅲ Ⅲ aVR aVR aVL aVL aVF aVF aVF aVR aVL aVF V1 V2 V3 V4 V5 V6 A B C A B C 図 1 症例 1:12 誘導心電図 A:3 年前の当院心電図. B:前医の心電図.わずかに V3−4誘導でT 波の陰転化が認められた. C:同日紹介され当院での心電図.さらに T 波の陰転化は深くなってお り 2 相性を示した. A B 図 2 症例 1:緊急冠動脈造影検査 A:治療前.左前下行枝(#7)に高度狭窄を認めた. B:治療後.
来院後経過:当院診察時の胸部症状はわずかに残 存する程度であった(2/10).前医での心電図は V2−3 誘導で 2 相性T 波の陰転化が認められ(図 3A),当 院 で の 心 電 図 は T 波 の 変 化 は 消 失 し て い た (図 3B).採血ではトロポニン T がわずかに上昇してお り,CK の上昇は認められなかった.Wellens 症候群 が疑われ,同日に緊急冠動脈造影を施行した.左前 下行枝(#7)に高度狭窄と造影遅延を認めたため(図 4A),引き続き同部位に対して冠動脈インターベン ションを実施した.冠動脈ステント留置を行い良好 な拡張と血流を得て終了した(図 4B).術後に CK の上昇は認められず,第 3 病日で退院した. 症例 3 患者:62 歳,男性. 主訴:安静時前胸部痛. 既往歴:高血圧,脂質異常症,脊髄小脳変性症(車 椅子生活). 家族歴:特記事項なし. 冠危険因子:高血圧,脂質異常症,喫煙(10 本/日 ×42 年). 病歴:2014 年 11 月の深夜に前胸部痛あり,様子 A B A B Ⅰ Ⅱ Ⅲ aVR aVL aVF Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅰ Ⅱ Ⅲ aVR aVL aVF aVR aVL aVF V1 V2 V3 V4 V5 V6 図 3 症例 2:12 誘導心電図 A:前医の心電図.V2−3誘導でT 波の陰転化が認められ た. B:同日紹介され当院での心電図.わずかな胸痛を認め T 波の陰転化が消失していた. A B 図 4 症例 2:緊急冠動脈造影検査 A:治療前.左前下行枝(#7)に高度狭窄と造影遅延を認めた. B:治療後.
をみていたが改善が得られず救急車にて当院救命セ ンターを受診した.採血で心筋逸脱酵素の上昇認め ず,来院時には胸部症状は消失していたが,わずか な心電図変化が認められ経過観察入院となった. 来院時現症:身長 176.0 cm,体重 78.9 kg.体温 36.5℃.血圧 136/80 mmHg.脈拍 92/分,整.胸部 聴診上で心音・呼吸音正常.浮腫は認めず. 来院時心電図:心拍数 75/分,洞調律,V2−4誘導で わずかにT 波の陰転化あり. 来院時胸部 X 線写真:心胸郭比 50%,肺うっ血所 見なし. 来院時血液検査所見:WBC 9400/mL,CK 158 IU/ L,CKMB 9 IU/L,ト ロ ポ ニ ン T 0.016 ng/mL, HDL-C 36 mg/dL,LDL-C 91 mg/dL,TG 206 mg/ dL,HbA1c 5.6%,Cre 0.87 mg/dL. 来院後経過:来院時の心電図はほぼ正常範囲内で, 採血でも心筋逸脱酵素の上昇を認めなかった.しか しながら 5 年前に施行された心電図(図 5A)と比較 しわずかなT 波変化を V2−3誘導で認めた(図 5B)た めに,経過観察入院とした.入院後に軽度の前胸部 痛(3/10)あり,心電図を施行したところ T 波の変 化 は 消 失 し て い た(図 5C).翌朝に再度心電図を 行ったところ症状が消失した時間帯でのT 波変化 がさらに深くなり(図 5D),採血で CK 455 IU/L と 上昇していたため,Wellens 症候群が疑われ,入院 翌日に緊急冠動脈造影を施行した.左前下行枝(#6) に高度狭窄と造影遅延を認めたため(図 6A),引き 続き同部位に対して冠動脈インターベンションを実 施した.冠動脈ステント留置を行い良好な拡張と血 流を得て終了した(図 6B).術後の最大 CK 値は 499 Ⅰ Ⅱ Ⅲ aVR aVL Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅰ Ⅰ Ⅱ Ⅱ Ⅲ Ⅲ aVR aVR aVL aVL aVF aVF aVF aVR aVL aVF V1 V2 V3 V4 V5 V6 A B C D A B C D 図 5 症例 3:12 誘導心電図 A:5 年前の当院心電図. B:救急での初回心電図.わずかに V2−3誘導でT 波の陰転化が認められた. C:入院後胸痛時の心電図.T 波の陰転化が消失していた. D:翌朝の胸痛消失後の心電図.V2−3誘導でT 波の陰転化がより深くなって認め られた.
IU/L にとどまり,第 6 病日で退院した. 考察 今回,2 相性T 波タイプの心電図変化を呈した Wellens 症候群に対して早期診断・再灌流療法に成 功した 3 例を経験した.Wellens 症候群とは 1982 年にWellens らによって最初に報告された不安定 狭心症の中で,胸痛を一度自覚した後の症状が消失 した時間帯に前胸部誘導でT 波に心電図変化を示 す症候群である1,2).そのメカニズムは一過性の虚血 によって生じた一時的な軽微な心筋障害を反映した 心電図変化であり,明らかな梗塞を反映した心電図 変化ではないと報告されている1,2).その診断基準は 2002 年のRhinehardt らによると3) ,①V2−3誘導(時 にV1−6誘導まで及ぶ)に深い陰性 T 波か 2 相性 T 波が存在すること,②ST 上昇はしていないか最小 限にとどまること(1 mm 以下),③前胸部誘導に Q 波がないこと,④前胸部誘導で R 波が維持されてい ること,⑤最近の胸痛が存在すること,⑥胸痛を一 度自覚した後の症状が消失した時間帯に心電図変化 があること,⑦心筋逸脱酵素は正常かわずかな上昇 であること,とされている.この心電図変化を起こ す病態は,左前下行枝近位部の高度狭窄による心筋 障害を反映しており,早期の血行再建術を行わなけ れば,平均して 8.5 日で心筋梗塞へ移行するとされ ている1,2).このような心電図変化を有する患者は, いわゆる不安定狭心症であるためトレッドミル検査 などの運動負荷試験は禁忌とされ4),早期の冠動脈 造影から再灌流療法を行う必要がある.さらにこの ように切迫した疾患であるにもかかわらず,胸痛を 一度自覚した後の症状が消失した時間帯に変化をき たすため見過ごされることが多い.過去の報告では 不安定狭心症で入院した患者のうち,Wellens 症候 群に特徴的な心電図の変化は全体の 14-18%であっ たと報告されている1,2).Wellens 症候群の心電図パ ターンには 2 つのパターンが報告されている.深い T 波変化をきたすタイプ(タイプ 1 あるいはタイプ B)が 76%とされ,2 相性 T 波を呈するタイプ(タイ プ 2 あるいはタイプA)が 24%であったと報告され ており5),後者の 2 相性T 波の変化はより見過ごさ れやすい(2 種類の表記方法があり注意が必要であ る). 症例 1 は,前医での心電図変化はわずかであった が,当院で心電図を再検したところ,T 波の 2 相性 A B 図 6 症例 3:緊急冠動脈造影検査 A:治療前.左前下行枝(#6)に高度狭窄と造影遅延を認めた. B:治療後.
変化はより顕著なものとなっていた.症例 2 は,症 例 1 とは逆に前医で認められていた 2 相性のT 波 変化が当院では消失していた.症例 3 は,受診時に は胸部症状は消失していたが,心電図変化と心筋逸 脱酵素を追うことで診断に至った.いずれの症例も 以前との心電図との比較,経時的変化が診断の決め 手となり,胸痛患者において以前の心電図と比較す ることはもちろんのことであるが,症状が消失した 後の心電図をとることや複数回にわたり心電図を施 行することが重要であることを改めて認識させられ た.また,このような症例が見逃されないように, 胸痛を初診する可能性のある医師に対しての本疾患 の周知・啓蒙を行っていくことの重要性を感じた症 例であった. 文 献
1) de Zwaan C, Bär FW, Wellens HJ:Characteristic electrocardiographic pattern indicating a critical steno-sis high in left anterior descending coronary artery in patients admitted because of impending myocardial infarction. Am Heart J 1982;103:730-736
2) de Zwaan C, Bär FW, Janssen JH, et al:Angiographic and clinical characteristics of patients with unstable angina showing an ECG pattern indicating critical narrowing of the proximal LAD coronary artery. Am Heart J 1989;117:657-665
3) Rhinehardt J, Brady WJ, Perron AD, et al:Electrocar-diographic manifestations of Wellensʼ syndrome. Am J Emerg Med 2002;20:638-643
4) Patel K, Alattar F, Koneru J, et al:ST-Elevation Myocardial Infarction after Pharmacologic Persantine Stress Test in a Patient with Wellensʼ Syndrome. Case Rep Emerg Med 2014;2014:530451
5) Goor Y, Magal R, Goor O, Frimerman A, et al:Critical myocardial ischemia:minor electrocardiograph changes--Wellensʼ syndrome. Isr Med Assoc J 2003;5: 129-130