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日本内科学会雑誌第105巻第9号

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Academic year: 2021

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はじめに

 上腹部に痛みや胃もたれ症状が持続するにも かかわらず,臨床的に使用される血液検査,内 視鏡検査,CTなどの画像検査を行っても慢性的 な症状の原因となる胃・十二指腸潰瘍,進行胃 癌,慢性膵炎,膵癌などの器質的疾患や膠原病, 糖尿病などの全身性疾患,代謝疾患を有さない 例が存在することは以前よりよく知られてい た.このように,原因がよくわからず,主に食 事に伴って不快な症状が出現する患者の存在は 大きな問題であった.症状の存在と除外診断で 規定される胃痛・胃もたれ症候群はその病態に 関する概念の変化とともに様々な作業仮説的診 断名で呼ばれてきた.古くは胃の位置異常が症 状の原因と関連するのではないかと考え胃下垂 と呼ばれていた.また,内視鏡検査でみられる 胃粘膜のわずかな発赤やびらんが症状出現の原 因ではないかと仮定し症候性慢性胃炎と呼ばれ ていたこともあった.欧米でもこのような症候 群をnon-ulcer dyspepsia(NUD)と呼んで病因の 検討が進められていた.  最近では本症候群の病態や診断・治療法の開 発を世界共通の基準で行うことが提唱され,本 症候群をfunctional dyspepsia(FD),日本語では 機能性ディスペプシアと呼ぶことが提唱されて いる1).日本消化器病学会では機能性ディスペ プシア(FD)の診療の参考とするべきものとし て「機能性消化管疾患診療ガイドライン2014― 機能性ディスペプシア(FD)」を2014年に出版 した2).そこでこのガイドラインを参考としな がらFDの診断と治療について解説をする.

1.FDの概念と定義

 ディスペプシアとは心窩部痛や胃もたれなど 心窩部を中心とした腹部症状を示しており,そ の多くは食事にともなって出現することが多 い.このようなディスペプシア症状が症状の原 因となる器質的,全身的,代謝性疾患がないに 島根大学内科学第二

113th Scientific Meeting of the Japanese Society of Internal Medicine:Invited Lecture:5. Diagnosis and treatment of functional dyspepsia. Yoshikazu Kinoshita:Department of Gastroenterology and Hepatology, Shimane University School of Medicine, Japan.

本講演は,平成28年4月17日(日)東京都・東京国際フォーラムにて行われた.

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招請講演

機能性ディスペプシアの診断と治療

木下 芳一 Key words 胃酸分泌,知覚過敏,消化管運動機能改善薬,プロトンポンプ阻害薬,腸内細菌

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もかかわらず,慢性的に出現する疾患をFDと呼 ぶ1)表1).ディスペプシア症状の中には心窩部 痛,心窩部不快感,食後の胃もたれ,腹部膨満 感,げっぷ,早期飽満感,食欲不振,悪心,嘔 吐,等が含まれる.また,これらの症状を有す る患者の症状の強さやQOL(quality of life)の低 下を検討した日本での研究によると,症状の持 続期間が 1 カ月以内の場合でも 6 カ月以上の場 合でも症状の強さと,QOLの低下度に差がな かった3).このため日本消化器病学会が作成し たガイドラインでは日常診療のことを考えて ディスペプシア症状は細かくは定義せず,症状 の持続期間に関しても明確な定義を行っていな い.ただし,これは日常診療を行う場合の基準 であり,臨床研究を行うために均一な患者集団 を集めることを目的とする場合には 2006 年に Rome III基準として臨床研究用の基準が作成さ れており,この基準を用いるのが一般的であ る.さらに2016年にはRome III基準を改訂した Rome IV基準も発表されている.Rome III基準で は心窩部を中心とした症状のうち「心窩部痛, 心窩部灼熱感,食後のもたれ感,早期飽満感」 の 4 つの症状のいずれか 1 つ以上があり,症状 が6カ月以上前に発症し,3カ月以上持続してい ることを必要とするとしている1)  Rome IIIの臨床研究用の基準では,上記の4種 の症状を 2 群に分けて心窩部痛と心窩部灼熱感 の両方あるいはいずれかを有するものを心窩部 痛症候群(epigastric pain syndrome:EPS),食 後のもたれ感と早期飽満感の両方あるいはいず れかを有するものを食後愁訴症候群(postpran-dial distress syndrome:PDS)に分け,FDを症状 によって病態が異なる 2 種の症候群に分けるこ とができる可能性を示唆している.ただ,日常 の診療ではこれらの症状には重なりが多くEPS とPDSのどちらにも分類できない患者が 30%以 上いることが報告されている.さらにEPS例と PDS例に分けてみてもこれらの 2 種の症候群の 間に明確な病態の差は検出されず,様々な治療 に対する反応性も類似しており,FDを症状に基 づいて 2 種の症候群に分ける必要性は必ずしも 高くないと考えられる4)  また,日本ではFDにあたる症候群を症候性慢 性胃炎と診断し,時には内視鏡検査で判定され る内視鏡的慢性胃炎や病理組織学的に判定され る組織学的慢性胃炎と混同して用いられてき た.ところが,ディスペプシア症状の出現と内 視鏡的慢性胃炎の間の関連性は高くはなく,わ ずかに前庭部の線状発赤と症状の関連性が指摘 されている程度である5).また組織学的な慢性胃 炎とディスペプシア症状の関連性も高くなく, さらに組織学的な慢性胃炎の原因の大部分を占 めるヘリコバクター・ピロリ感染とディスペプ シア症状の関連性も高くはない.ヘリコバク ター・ピロリ陽性のディスペプシア症状を有す る例に除菌治療を行ってもディスペプシア症状 が消失するのは14 例に1例程度であることが分 かっている6).このため,従来から用いられてき た慢性胃炎,症候性慢性胃炎等の診断名はディ スペプシア症状を訴える器質的疾患を有さない 患者に対して用いるべきではなく,症状と除外 表1 ディスペプシア症状の原因 器質的疾患 消化性潰瘍 5~10% GERDの一部 10~20% 進行胃・食道癌 0.1~2% 胆・膵疾患

薬剤性 NSAIDs, iron, antibiotics, narcotics, digitalis, estrogen, oral contracep-tives, theophylline, levodopa, etc. 感染性疾患 giardiasis, strongyloides stercoralis, Tb, H. pylori, etc. 炎症性疾患 Crohn’s disease, EGE, celiac disease, sarcoidosis, 胃炎,etc. 浸潤性疾患 lymphoma, amyloidosis, Menetrier disease, etc.

機能的原因

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診断から規定された症候群として明確にFDと診 断することが必要であると考えられている.

2.FD例のQOL

 FD例はディスペプシア症状を訴えるが,この 症状がどの程度患者のQOLを低下させているか については多数の検討が行われている.まず ディスペプシア症状の強さとQOLの相関性を比 較した検討では,症状が強いほどQOLが障害さ れていることが報告されている3).次いで治療 によって症状が軽快するとQOLの障害も改善す ることが知られている.一方,病悩期間とQOL の障害を比較した検討では,病悩期間が長いほ どQOLの低下が著しいという結果は得られず, 病悩期間が短い例でも長い例でも治療対象とす るべきであると考えられる3).FD例と他の疾患 のQOLの障害度を比較検討した報告は多くはな いが,医療機関を受診する患者のQOL障害度は 胃食道逆流症患者に勝るとも劣らないと考えら れる.

3.FDの疫学

 FDの疫学的データは多くはない.また,その データを解釈することも容易ではない.その理 由の一つは有病率を一般人口を対象として検討 することが容易ではないことにある.本来,有 病率を算出するためにはある地域全体の中から ランダムに全体を代表することができるサンプ ルを抽出しその中での有病率を計測するか,あ るいはある地域全体の診療データベースを用い て受療率を計測することになる.前者では受診 例ではないnon-hospital populationの患者デー タも得ることができるが,データを一般住民か ら得るためのアンケートではデータの信頼性が 限定され,面談方式の調査ではデータ収集に時 間と高額な調査費が必要となる.一方,後者は 受診例のみのデータとなるが治療経過を含め 様々な医療データを一緒に集計することができ る.問題はどのようなデータベースを用いるか であるが,既存の保険診療データベースでは正 確性に問題が残り,新たなデータベースを作成 するには,高額な研究費が必要となる.インター ネットアンケートを用いたものもあるが,対象 集団にバイアスが入りやすく,正確な有病率を 算出することは困難である.このため,FDの有 病率は健診受診例か医療機関受診例を用いて算 出しているものがほとんどである.  もう一つのFD患者の疫学データの解釈の難し さは,それぞれの研究によってFDの診断に用い られている定義が異なることである.FDの臨床 研究用に用いられているRome基準も数年おき に改正され定義が変更されている.さらに器質 的疾患や全身疾患の否定をどのような方法を用 いて行ったかも研究によってまちまちである. アンケート調査やインターネット調査では器質 的疾患,全身疾患の除外は極めてむつかしい.  このようにFDの有病率に関するデータは研 究間での比較が難しく,地域性や,時代による 有病率の変化に関しても信頼性の高いデータは ない.日本における私たちの健診受診例を対象 とした検討成績では 10~20%程度の例にFDに 相当する慢性的な心窩部症状を有する例がみら れた7,8).ただ,この成績は健康に関心が深かっ たり,何か気になることがあり健診を受診する ことを決断した健診受診例が含まれているため 本来の全人口調査よりも有病率が高く算定され やすい調査であると考えられる.FD例のうち医 療機関を受診して治療を受けるほどQOLが低下 している例は,そんなに多くはないと考えられ る.一方,ディスペプシア症状のために医療機 関を受診した患者を対象に器質的疾患,全身疾 患の有無の検討を行い最終的にFDと診断され る例は 50%前後であると報告されている.一 方,医療機関を受診した患者のうち,臨床症状, 病歴,身体所見などからFDの可能性が高いと判 定された患者に内視鏡検査を行って器質的疾患

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の有無の検討を行ったところ,器質的疾患が発 見される可能性は 10%よりも低く 90%以上が FDと診断可能であるとする報告もある3)  このようにFDの有病率に関する発表データ はバイアスの入りやすい状況下で集積されてお り,条件付きで評価するべきであるが,一般に はディスペプシア症状で受診した例の半数は FDであり一般の医療機関でも診療する機会が 多い疾患であるといえる.

4.FDの病因,病態

 FDは自覚症状という比較的不安定な因子と 除外診断によって定義されている症候群であ る.他の症候群が特徴的な身体所見や検査所見 に基づいて規定されているのとは大きく異なっ ている.これはPeutz-Jeghers症候群と比較すれ ば理解しやすい.Peuts-Jeghers症候群では小児 期から口唇や鼻,肛門周囲などの粘膜や皮膚に 暗青色の色素沈着がおこり,小腸を中心に過誤 腫性のポリープが多発する.この症候群では臨 床所見から症候群を構成する疾患をほぼ単一に 絞れているため,Peuts-Jeghers症候群と臨床診 断された患者の大部分でSTK11(LKB1)遺伝子 に疾患感受性の変異を認める.FDでは症候群を 規定する因子が非特異的で不安定であるため多 様な疾患群がFDとしてまとめて診断されてい る可能性が高い.このためFDの病因,病態の検 討を行っても単一の病因,病態が同定される可 能性は高くないと考えられる.  実際にFDの病因,病態を検討してみると多種 多様な因子がFDの発症に関わっており,1 つの 病因や病態でFD症候群全体の病因を説明でき ないことが分かる(図1).FDの病因としては遺 伝的な素因,幼小児期,思春期の心理社会的な 経験,現在の社会的な環境,アルコール飲料や 喫煙,香辛料などの食事生活環境,腸管感染の 既往とその免疫記憶,胃の形態的なバリエー ション,ヘリコバクター・ピロリ感染などが考 えられている.また,症状を引き起こす病態と しては消化管の運動異常として胃排出障害,胃 適応性弛緩障害,十二指腸運動障害などが,内 臓知覚過敏として酸に対する知覚過敏,食物脂 肪に対する知覚過敏,伸展に対する消化管の知 覚過敏などが,胃酸分泌に関係するものとして 胃酸分泌異常,胃酸の消化管内分布異常など 図1 機能性ディスペプシアの概念図 機能性ディスペプシアとは多様な病因により発症する症候群であり,自覚症状と 器質的・全身性疾患の除外診断を組み合わせて規定されている. HP関連ディスペプシア 機能性ディスペプシア 不安定は自覚症状と除外診断 によって定義された症候群 機能性ディスペプシア (FD) 胃酸 microbiota微細炎症 運動異常 ?? 知覚過敏 Hp (FDとするべきでない)

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が,さらに消化管粘膜の炎症や腸内細菌叢の異 常に関係するものとしてsmall intestinal bacte-rial overgrowth(SIBO)やその他の腸内細菌叢 の乱れが考えられている.  遺伝的な素因に関してはFDの有病率が患者 の配偶者よりも第一親等者で高いことが報告さ れ,FDの発症に遺伝的な素因があることが確実 視されている.さらにGたんぱくをコードする G-protein beta 3(GNb3)subunit,C-fiberでの神 経伝達に関係しているSCN10A,侵害受容体で あるTRPV1,プロスタグランディン合成酵素の 一つであるCOX1,セロトニントランスポーター 遺伝子であるSLC6A4,COMT,CCK1,CD14, peri-microRNA325 などの遺伝子多型とFDの発 症リスクに関係があるとする報告がなされてい る.これらの遺伝子群は知覚受容,神経伝達, 炎症反応に関係しており,FDの発症には運動異 常や酸分泌異常よりもむしろ炎症や知覚の受容 とその中枢への伝搬に関係する機構が重要なよ うに思える.  幼小児期,思春期の心理社会的経験もFDの発 症要因として重要であると考えられる.これら の時期の被虐待歴,特に性的被虐待歴がFDの発 症と関連しているとする報告が見られる.被虐 待歴を有する例は胃の伸展知覚過敏が存在して おり不快と感じる閾値が低下していたり,posi-tron emission tomography(PET)を用いた脳活 動の評価では内臓知覚領域に活動の異常がみら れることがあると報告されている.幼小児期, 思春期の心理社会的経験だけではなく成人と なった後でも社会的なストレスにさらされ続け たり,睡眠時間が十分でないと消化管の物理化 学的刺激に対する不快閾値が低下し,不快感を 感じやすいことが知られている9).実際FD患者 では睡眠時間が短いという報告や夜間の途中覚 醒が多く,起床時に熟睡感を感じていない例が 多いことが知られている.興味あることにFD例 は宗教に入信していないことが多いことも報告 されている.このため小児期,思春期の過去の 心理社会的経験も現在の心理社会的経験もFD の発症に関与していると考えられる.  原因であるのか結果であるのかはよくわから ないが,食事生活環境もFD例では健常者と異 なった特徴があることが報告されている.まず FD患者は喫煙をする傾向が高いこと,アルコー ル飲料飲用はFDのリスクを高めないこと,お茶 の消費量がFD例で少ないこと,が報告されてい る.ただし,これらの観察結果は喫煙がFDをお こしやすくお茶がFDを起こしにくくすると早 計に結論づけることはできない.FD患者が症状 が出現するためお茶を避けている可能性もあり うる.また喫煙をすると症状が軽快するために 喫煙頻度が増加している可能性もありうる.栄 養素の摂取を調べた報告では,FD患者では脂肪 の摂取量は健常者よりも少ない傾向にある.FD 患者に脂肪を負荷すると吐気や腹痛が生じやす く脂肪に対する知覚過敏が存在していることが 報告されている.また健常者に比べて脂肪投与 時の胃の伸展知覚閾値の低下が著明であること も知られている.脂肪はFD症状を起こしやす く,FD患者は症状の出現を避けるために脂肪の 摂取を控えている可能性が示されている.唐辛 子の辛み成分であるカプサイシンは,FD例にお いても健常者においても大量の摂取によって ディスペプシア症状を起こしうる.ただ,慢性 的に大量のカプサイシンを投与し続けるとディ スペプシア症状が軽快するとする報告も見られ る.このように食事の摂取内容はディスペプシ ア症状の出現に関与していることは確実で,特 に脂肪に関しては多数の報告が行われておりエ ビデンスレベルが高いと考えられる.ただし, 食事に関してはその内容だけではなく食事ス ピード,規則性,夜間の食事の内容など摂取パ ターンも重要である可能性があり,実際FD例に は早食いや夜間の脂肪食をする傾向があること が報告されている.  腸管感染の既往とその免疫記憶もFD発症の 重 要 な 因 子 で あ る こ と が 明 ら か と さ れ て い

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る10).サルモネラ菌による腸管感染症の治癒後 1 年以上の期間にわたって過敏性腸症候群の罹 患率が高くなることが報告されている.これと 同様にキャンピロバクターやランブル鞭毛虫の 集団感染の後にFDの発症リスクが上昇したと の報告が行われている.また,腸管感染症後に FDを発症した例の胃粘膜や十二指腸粘膜を調 べるとマクロファージ,好酸球,マスト細胞, T細胞集団,上皮内リンパ球などの炎症細胞, 免 疫 担 当 細 胞 の 増 加 が あ る と す る 報 告 が あ る11).これらの報告は腸管の感染症が起こる と,その後一部の例で十二指腸粘膜や胃粘膜に 炎症が残存し,それがFDの原因となる可能性を 示しているものと考えられる.  さらに,胃の形が爆状胃であった場合には, そうでない場合よりもFD症状が出現しやすい とする報告もなされている.ヘリコバクター・ ピロリ感染陽性者は胃粘膜に慢性炎症をとも なっている.これらの例にディスペプシア症状 がある場合にFDと診断するべきかどうか議論 はあるが,いずれにしろ14例に1例程度の頻度 でディスペプシア症状の原因となることが分 かっている.  すなわちFDの病因として遺伝的素因,社会生 活環境,食生活,過去の腸管感染症,胃の変形, さ ら に こ れ ら に 加 え る と す れ ば ヘ リ コ バ ク ター・ピロリ感染が考えられる.これらの病因 が引き起こしうるFDの病態としては消化管の 運動異常,内臓知覚過敏,消化管粘膜の炎症や 腸内細菌叢の異常が考えられている.運動異常 としてはFD患者の一部で胃の適応性弛緩障害 が認められ,症状と適応性弛緩障害との間に関 連性があることが報告されている.また,FD患 者では胃からの食物の排出障害が 40%程度の 例でみられることが報告されているが,反対に 食事直後の排出促進があるとする報告もあり, すべての患者に同じ病態が観察されるわけでは ない.さらに胃以外にも十二指腸への酸負荷時 の十二指腸の収縮運動がFD例で低下している との報告や,消化管の運動の調節と関係するモ チリンやグレリンの血中濃度に異常が見られる との報告がある.ただ,消化管運動障害やそれ に関連した異常がみられるFD例は一部であり, FDの病態の主要なものが消化管運動異常であ るとは判定しにくい.  消化管の内臓知覚過敏はFDだけではなく,非 びらん性胃食道逆流症,過敏性腸症候群などの 機能性消化管疾患全般で観察される異常で,機 能性消化管疾患全体の発症にかかわっている可 能性のある病態であると考えられる.FDでは胃 の伸展知覚過敏,食後に増強する伸展知覚過 敏,胃や十二指腸の冷水や酸に対する知覚過 敏,十二指腸の高脂肪食に対する知覚過敏が報 告されている.ただ,この知覚過敏が末梢,脊 髄,脳のどのレベルでおこっているのか?知覚 過敏の原因が何であるか?は明らかとされてい ない.  消化管粘膜の炎症は粘膜局所での様々な炎症 にかかわるサイトカイン,ケモカイン,プロス タグランディンなどの産生を介して知覚神経を 刺激して知覚過敏を誘発したり,消化管の運動 神経を刺激したり,障害したりして消化管の運 動異常を起こしてくる可能性がある11).ただ し,炎症に関係するリンパ球,マクロファージ, 好酸球,マスト細胞などの粘膜内への浸潤は腹 部症状を有さない健常者でも多数みられるた め,炎症細胞の浸潤やその数だけが重要ではな く,それぞれの炎症細胞の活性化状態を系統的 に評価することが重要であろうと考えられる.  腸内細菌叢は生後すぐに形成され母親の細菌 叢と類似した細菌叢となり,その後は安定して おり大きく変動することは少ないとされてい る.ただ,一方ではストレス,食事内容の変化, 抗生物質の投与などで,この安定なはずの腸内 細菌叢が大きく変化することも報告されてい る12).このため,社会生活環境から来るストレ ス,食生活の変化,過去の腸管感染症時に使用 された抗生物質などは腸内細菌叢を変化させる

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可能性がある.腸内細菌は食物繊維を分解して 短鎖脂肪酸を産生し,短鎖脂肪酸は大腸上皮の 栄養となるとともに,GPR41,43などの受容体 を介して腸管の神経系に影響を及ぼしている. さらに胆汁酸の代謝に関与したり,カテコラミ ンを産生する菌も存在する.腸管内で増殖する ことで病原菌の侵入の障壁になったり免疫系を 誘導したりもする.また,消化管粘膜に軽度の 炎症を起こし炎症性サイトカインの産生を高め る.腸内細菌の量と質の変化はこれらの機能の 変調をきたすこととなりうる.  このようにFDの病因,病態としては様々なも のが検討されており,それぞれの病因,病態は 一部の例には当てはまるがFD例の大部分に当 てはまるものは見つかっていない.また,それ ぞれのFD患者がどのような病因,病態で発症し ているかを同定できる臨床診断法も確立してい ないため,治療を行う上で困難を感じる原因と なっている.

5.FDの診断

1)病歴聴取と身体診察  病歴聴取時に重要なことは慢性的な心窩部症 状が存在することの確認,アラームサインとし て器質的な疾患が存在する可能性を示唆する症 状である再発性嘔吐,吐血,タール便,嚥下困 難,発熱,体重減少,貧血症状などが存在しな いことの確認,胃食道逆流症の存在を疑わせる 胸焼けや呑酸症状の有無,膵疾患を疑わせる背 部痛の有無の検討を行うことである.全身疾患 や代謝疾患としてFD症状の原因となりうる糖尿 病,膠原病などの合併や,FDと合併頻度の高い 過敏性腸症候群やうつ病の存在にも注意して病 歴聴取を行う.心理社会的因子,社会生活の変 化やストレスの状況,食生活の変化にも注意す る.さらに,非ステロイド系消炎鎮痛薬やアス ピリンはその使用がディスペプシア症状を引き 起こすため,これらの薬剤の使用状況にも注意 することが必要である.またFDの病因,病態を 考えると遺伝的素因が発症リスクとなるため家 族歴を確認するべきである.家族歴ではFDの家 族歴だけではなく,消化器系の悪性腫瘍やヘリ コバクター・ピロリ感染リスクも考えて胃・ 十二指腸潰瘍についても注意を払う.既往歴で は腸管の細菌感染症後にFD発症リスクが高くな ることを考えて過去 1 年以上にわたって腸管感 染症の既往を確認する.これらの病歴聴取はも れなく,詳細に行うべきで,特に症状に関して は治療効果の判定時に治療前の症状と比較が可 能なようにGSRS,出雲スケール,FSSGなどの自 己記入式問診票を利用して行うことが良いだろ うと考えられる3).ただし,現存する問診票だけ で十分な器質的疾患,全身疾患,代謝疾患の除 外を行いFDの診断を行うことは不可能であるこ とは十分に理解をしておくことが重要である.  身体診察では器質的疾患存在のアラームサイ ンとされる痩せ,貧血,腹部腫瘤とともに,体 表リンパ節腫大,皮下結節,肝腫大,心窩部の 圧痛,皮疹などにも注意をはらう.身体診察で 得られる異常所見は,器質的疾患の進行ととも に出現することがあるため,初診時だけではな く診察を行う時には繰り返してチェックするこ とが重要である(表 2). 2)検体検査  血液,尿,便などの検体検査でFDを積極的に 診断することができる診断指標(バイオマー カー)は残念ながら存在しない.このため検体 検査はFDの診断においては器質的疾患,全身性 疾患,代謝疾患の可能性を否定することを目的 として行われる.末梢血液像は消化管腫瘍にと もなう慢性消化管出血に起因する鉄欠乏性の小 球性低色素性貧血の有無,消化管の炎症性疾患 に と も な う 白 血 球 や 血 小 板 の 増 加 の 有 無 の チェックに有用である.生化学一般検査は肝疾 患,胆道疾患,膵疾患の除外に有用である.低

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たんぱく血漿は悪性腫瘍などの消耗性疾患や栄 養吸収障害などの合成障害をLDHの増加は悪性 腫瘍などの細胞障害を伴う疾患の存在を疑わせ る.炎症反応の存在はFDを否定する材料にな る.尿検査は,全身代謝疾患としての糖尿病な どの疾患や膠原病など腎障害をともないやすい 疾患の可能性を否定するために重要だと考えら れる.便潜血検査は大腸癌をはじめとする消化 管出血を伴う疾患のスクリーニングに有用であ る.これらの一般的な検体検査に加えて,ヘリ コバクター・ピロリの血清抗体検査か便中抗原 検査をおこなって感染のチェックをしておくこ とが重要である.感染陽性であれば胃癌や胃 十二指腸潰瘍のリスクが高くなるとともに,こ れらの疾患がなくてもヘリコバクター・ピロリ 感染の除菌治療をすることでディスペプシア症 状を軽快させることができる場合がある. 3)上部消化管の内視鏡検査  FDの診断のためには器質的疾患の除外が必 要であり,心窩部痛や胃もたれ症状を呈する代 表的な疾患である胃十二指腸潰瘍や進行胃癌を 除外することが必要となる.これらの器質的な 疾患とFDとを臨床症状や身体所見から鑑別で きないかと様々な検討が行われたが,結果は臨 床症状や身体所見から鑑別を行うことは困難で あると結論されている13).このためFDの診断の ための除外診断の目的に上部消化管の内視鏡検 査を行うことは極めて重要となる.FDの症状が 強く,内視鏡検査前に治療を開始したとしても 内視鏡検査をできるだけ早い時期に行い,上部 消化管の悪性腫瘍の除外を行うべきであると考 えられる. 表2 診療レベルに応じたFD診断に行いうる検査 CQ 推奨の強さ EvL PC 医 消化器病専門医 研究機関 病歴聴取(医療面接) ● ● ● 自己記入式問診票 3-4 2 B ▲ ▲ ▲ 身体診察 3-7 2 ● ● ● NSAIDs,LDA使用の確認 3-9 na ● ● ● 末梢血,生化学一般 3-7 2 ● ● ● 炎症反応 3-7 2 ● ● ● 便潜血検査 3-7 2 ▽ ▽ ▽ 腹部X線 3-2 2 ▽ ▽ ▽ 上部消化管内視鏡 3-1 2 B ▲ ● ● H. pylori感染検査 3-6 1 A ▲ ● ● 上部消化管透視 3-2 2 ▲ ▲ ▲ 腹部超音波検査 3-2 2 ▲ ▲ ● 腹部CT検査 3-2 2 ▽ ▽ 消化管機能検査* 3-2,3-8 2 C 心理社会的因子の評価 3-5 1 C ▲ ▲ ● EvL:エビデンスレベル(evidence level) PC医:プライマリケア医 na:推奨の強さなし(not applicable) ▲:可能ならば実施する検査 LDA:低用量アスピリン(low dose aspirin) ▽:他疾患鑑別の必要性に応じて行う

●:実施が望ましい検査

:研究施設によって行いうる機能検査は異なる

(日本消化器病学会:機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―機能性ディスペプシア(FD),xix,2014. 南江堂より許諾を得て転載)

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4)内視鏡検査以外の画像検査  ディスペプシア症状を呈する器質的疾患には 消化管の器質的疾患に加えて慢性膵炎,膵癌, 胆道疾患などが考えられる.これらの診断の目 的には腹部単純レントゲン検査,腹部超音波検 査,腹部CT検査,腹部MRI検査などの内視鏡検 査以外の画像検査が有効なことがある.腹部単 純レントゲン検査では慢性膵炎にともなう多発 する膵結石を同定することができる場合があ る.膵癌,胆囊癌,胆管癌の診断に超音波検査, CT,MRI検査が有用であることは自明である. 5)消化管機能検査  消化管の運動を評価する検査として胃排出能 検査,胃の適応性弛緩や胃の伸展知覚過敏を検 討する検査としてバロスタット検査や連続飲水 テスト,胃の酸や冷水に対する感受性を調べる 検査として胃内酸,冷水注入テストなどの消化 管機能検査が行われている.ただ,これらの検 査は研究的な意味合いが大きく,臨床的な有用 性が確立していない.そこでFDの診断において これらの消化管機能検査を行う必要性は現状で は高くないと考えられる.

6.FDの治療

1)治療全般について  FDは不快な腹部症状のためにQOLが低下す ることが問題となる疾患である.このため治療 目標は患者が満足しうる腹部症状の改善とな る.FDの治療においては,プラセボ効果が器質 的疾患に比べて大きく平均 40%程度であると 報告されている.さらにこのFDにおけるプラセ ボ効果は研究報告によって 5~90%と大きくば らつく.このためできるだけプラセボ効果を大 きくし,治療効果に取り込むためにも良好な患 者―医師関係を構築することが重要である.そこ で症状の原因となる器質的疾患,全身性疾患, 代謝疾患の可能性に関して十分な検討を行っ て,症状の原因がFDであることとFDの考えられ る病態に関して十分な説明を患者に対しておこ なう.さらに予後不良な疾患の可能性がないこ と,根気よく治療を行えば症状を軽快させるこ とが可能であること,1 種類の治療では有効な 例はせいぜい 20%程度であるため様々な治療 を試す必要があることを理解してもらうよう 「説明と保証」を行うことが重要である(図2). 2)生活指導,食事指導  ストレスや睡眠不足が消化管の知覚過敏を引 き起こす可能性があるため,これらを避けるこ とが有効である可能性がある9).胃壁の伸展過 敏性があるため,一度に大食をしないように食 習慣に気をつけることが有用である可能性があ る.ところが,これらに関して十分な検証試験 が行われたことがなく,有用性に関しては十分 なエビデンスがない.一方,FDは十二指腸に脂 肪を注入すると嘔気や胃もたれ症状が出現しや すいため脂肪摂取量を少なくすれば症状が軽快 するだろうと予想されていた.実際,高カロリー の脂肪食とコントロール食を前向きのランダム 化比較試験で比べてみるとコントロール食の方 が心窩部症状が軽快することが示されており, 脂肪摂取量を少なくすることは食事療法として 有効であろうと考えられる14).禁煙やアルコー ル飲料の制限の有用性に関しては十分なエビデ ンスがなく,過去の報告においても一貫性がな いためFDの治療法として有用であるとは言え ない. 3)H. pylori除菌治療  H. pylori感染を有するディスペプシア例をFD と診断するべきかどうかに関しては議論がある が,ディスペプシア症状を有する例がH. pylori 感染陽性であれば除菌治療をするべきであると 考えられる.まず,ディスペプシア症状を有す

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るFD例に除菌治療を行ったときのディスペプ シ ア 症 状 消 失 効 果 はnumber needed to treat (NNT) が 13~14 程度であると報告されてい る6).NNTから考えられる除菌治療のディスペ プシア症状に対する効果は大きなものではない が,治療が 1 週間で終了し,除菌効果が一次除 菌治療だけでも90%に達する効果があり,また 除菌治療によって胃癌発症のリスクが低減する ことが期待されるため,H. pylori感染の有無を 確認し陽性であれば,まず除菌治療を行うこと が勧められる. 4)胃酸分泌抑制薬  FDの 治 療 薬 と し て プ ロ ト ン ポ ン プ 阻 害 薬 (PPI)とヒスタミンH2 受容体拮抗薬(H2RA) の有効性が検討されている.プラセボを対象と した前向きのランダム化比較試験では,PPIはプ ラセボに比べて 10~20%高頻度に上腹部症状 を軽快させることが明らかとされている.最近 日本で行われたPPIとプラセボの比較試験でも 同様の成績が報告されているがPPIに用量依存 的な効果の増強はなく,また心窩部痛や心窩部 灼熱感と胃もたれ症状を比べるとPPIが胃もた れ症状に比較して心窩部痛や心窩部灼熱感によ り有効性が高いという結果は得られなかった15)  H2RAでもPPIと同様のプラセボを対象とした ランダム化比較試験が行われており,その結果 はPPI同様にプラセボに比べて 20%程度の症状 改善の上乗せ効果があることが示されている. ただし,H2RAを用いたランダム化試験はPPIを 用いたものに比べて古いものが多く,研究のバ イアスリスクはやや大きいものが多い.PPIと H2RAの治療効果を直接に比較した臨床研究は 多くはないが,PPIとH2RAに明らかな差異は認 められていない.PPIに用量依存的な治療効果が みられなかったこと,PPIとH2RAに明確な治療 図2 治療ターゲットに注目した機能性ディスペプシアの分類 機能性ディスペプシアに対しては様々な治療が行われるが,それぞれの治療単独の最大 のtherapeutic gainは20%程度である. 機能性ディスペプシアの病因 遺伝的 因子 胃排出能の 遅延/促進 十二指腸の脂肪に対する 過敏/ CCKに対する過敏 胃の伸展に 対する過敏 その他 十二指腸の酸に対する過敏 ディスペプシア 胃の適応性弛緩障害 receptive relaxation adaptive relaxation 環境因子 ・ストレス/ 心因性/ history of abuse ・食事 ・感染後 生活 食事指導 抗うつ薬 抗不安薬 心理療法 運動機能 改善薬 適応性弛緩誘発薬 PPI,H2RA 生活・ 食事指導 20% 20 ~ 30% 限定的 限定的

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効果の差が認められなかったことは,酸分泌抑 制を強くすれば,それに従ってFDの治療効果が 大きくなるという酸分泌抑制効果とFDの治療 効果の間の直線的な相関性が存在しないことを 示しており,FDに対する胃酸分泌抑制療法の限 界を示していると思われる. 5)消化管運動機能改善薬  消化管運動機能改善薬とはドパミンD2 受容 体拮抗作用,オピオイド受容体刺激作用,セロ トニン 5-HT4 受容体刺激作用,コリンエステ ラーゼ阻害作用などの薬理作用を有し,胃排出 能や胃適応性弛緩能を含む消化管運動や一部の 知覚過敏改善作用を示すと考えられている薬剤 である.日本で日常診療に使用可能なものには トリメブチン,メトクロプラミド,ドンペリド ン,イトプリド,モサプリド,アコチアミドが ある.これらの薬剤の中でプラセボ対照の二重 盲検試験で繰り返し安定して有効性を示してい る薬剤はアコチアミドだけであり,日本の保険 診療においてはアコチアミドのみがFDに対し て保険適応を有する治療薬である.薬剤の有効 性評価は評価基準の設定の仕方によって変わる ため単純比較することは難しいが,アコチアミ ドの臨床試験では 4 週間の内服治療でプラセボ 効果が 30~40%程度である場合にアコチアミ ドのプラセボへの上乗せ効果は 20%程度であ ると報告されている16).またアコチアミドは心 窩部痛症状にもある程度の有効性を示すが,胃 もたれや早期飽満感症状に対する効果の方が明 確であることが示されている.他の薬剤に関し ては,有効性を示すエビデンスレベルの高い臨 床試験成績は得られていない. 6)漢方薬  漢方薬には種々の薬剤が含まれるが,日本に おける臨床研究の多くは六君子湯を用いて行わ れてきた.六君子湯は胃の貯留能を改善した り,排出を促進したり,グレリンの血中濃度を 上昇させ胃運動を亢進させたり食欲を亢進させ たりする可能性が指摘されている.これらの生 理学的な研究とともに六君子湯を用いた二重盲 検試験が行われている.1993年に発表されたも のは症例数は多くなく,投薬期間も 1 週間であ るが,六君子湯はプラセボに比べて心窩部膨満 感などの症状を軽快させることが報告されてい る.1998年に報告された症例数が多く2週間の 投薬を行った試験でも,常用量の六君子湯の有 用性が報告されている.ところが 2014 年に報 告された 247 例を対象に 8 週間投与の効果が検 討された二重盲検試験では,六君子湯はFD例の 自覚症状を軽快する傾向は認められたが統計学 的に有意な差とはならず,プラセボ群の改善率 が 23.8%であったのに対して六君子湯群では 33.6%の改善率であったことが報告されてい る17).これらの結果をまとめると六君子湯はFD に対して有用である可能性はあるがエビデンス は十分であるとは言いにくく,他の漢方薬の効 果も含めてさらに検討が必要であろうと考えら れる.ただし10%程度のプラセボへの上乗せ効 果はあるだろうと考えられるため,より確実な 効果が期待される胃酸分泌抑制薬や消化管運動 機能改善薬で十分な効果が得られなかった例に 対しては試みてみるべき治療であろうと考えら れる. 7)抗うつ薬,抗不安薬  抗うつ薬,抗不安薬などの中枢作用薬のFDに 対する治療効果に関しても,多数の研究が行わ れている.検討されてきた薬剤はSSRI,三環系 抗うつ薬,レボスルピリド,スルピリド,タン ドスピロンなど多岐にわたる.これらの薬剤の 効果に関するメタ解析の結果では中枢作用薬の FD治療における有用性をサポートするものが 多いが,研究に参加した症例数が多くなかった り,研究デザインに欠点があったり,結果が必 ずしも一致したものではなく,抗うつ薬,抗不 安薬のうちどの薬剤をどのように使用したら良

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いかはよく分かっていない.日本で行われた唯 一のこのクラスの薬剤の二重盲検試験はタンド スピロンを用いて行われており,タンドスピロ ンの有用性が示されている18) 8) 制酸薬,プロスタグランディン誘導体, 消化管粘膜保護薬  このクラスには非常に多くの薬剤が含まれ, それぞれの薬剤で作用機序も異なるためこれら の薬剤をひとまとめにして解説することは困難 であるし,また全ての薬剤でFDに対する治療効 果の検討が行われているわけではない.制酸 薬,スクラルファート,ミソプロストールはメ タ解析でFDに対する有効性は認められないと 報告されている.また,粘膜保護薬のうちレバ ミピドに関してはプラセボ対照の二重盲検試験 が行われており,結果はFDに対するレバミピド の有効性は認められないとするものであった. 9)薬物治療の実際  薬物治療を開始すれば治療効果を判定するこ とが必要となるが,治療効果は 4 週目に判定す ることが提案されている.これは多くのFDに対 する臨床試験がその判定期間を治療後 4 週に設 定していることに基づいている.4 週間の投薬 治療を行っても効果がない場合には他の治療に 変更し,漫然と同じ薬剤の投薬を行うことは避 けることが重要である.また,薬剤の効果はみ られるがその効果が不十分である場合は他の薬 剤との併用が行われることが稀ではない.心窩 部痛と胃もたれ症状を有する例に胃酸分泌抑制 薬を投薬すると心窩部痛は消失したが胃もたれ 症状が残存し消化管運動機能改善薬を併用する 場合などがこれにあたると考えられる.また, うつ傾向のある例には治療開始時から抗うつ薬 と胃酸分泌抑制薬を併用することもある.とこ ろが,これらの併用療法が有効であるか否かに 関してはエビデンスレベルの高い検討がおこな われておらず不明である.併用治療を行う場合 はこの点に関して十分に認識したうえで行うこ とが必要となる.  FD例に薬物療法を行い,症状が消失した場合 には薬物療法を中止してその後の経過を観察す ることが必要である.薬物療法を中止した場合 に再度FD症状が出現する可能性は案外高くな く,最近報告されたアコチアミドの臨床研究で は薬物投薬で症状が消失した例に薬剤の投薬を 中止しても,再び症状が出現する可能性は少な くとも 1 カ月は高くないことが報告されてい る16).このため薬物療法で症状が消失すれば薬 物の投薬を中止することが望ましい.薬物療法 を中止すればその後の経過中にFDが再発する ことはあるが,再発した場合には再度同様の治 療をすれば症状を再び軽快させることが可能で あるだろうと考えられる. 10)精神科的治療  FDに対する精神科的な治療の有効性に関す る報告は多くはない.その中で催眠療法と認知 行動療法と呼ばれる症状出現の状況を自ら解析 し,症状改善もしくは回避のためにどのような 考え方や行動をとるのが適切であるかを患者と 治療者の間の確認作業をしながら進める治療は 有効性を示すエビデンスが報告されている.た だし,検討された研究の数は多くはなく,今後 の検討が必要な領域であると考えられる. 11)FD治療のフロー  図 3にFD治療のフローチャートを示す.この フローチャートは日本消化器病学会が作成した 「機能性消化管疾患診療ガイドライン―機能性 ディスペプシア(FD)」に記載されているもの である2).機能性ディスペプシアと診断した場 合には,まずH. pyloriの感染診断を行い,感染 陽性の場合には除菌治療を行う.除菌治療に反 応しなかった場合は狭い意味でのFDであると 診断することができる.FD例に対しては説明と 保証を行って良好な患者―医師関係を築くとと

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図3 機能性ディスペプシアの診断と治療のフローチャート (日本消化器病学会:機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―機能性ディスペプシア(FD),xviii,2014.南 江堂より許諾を得て転載) 注1:警告徴候とは以下の症状をいう. 〇原因が特定できない体重減少 〇再発性の嘔吐 〇出血徴候 〇嚥下困難 〇高齢者 またNSAIDs,低用量アスピリンの使用者は機能性ディスペプシア患者には含めない. 注2:内視鏡検査を行わない場合には機能性ディスペプシアの診断がつけられないため,「機能性ディス ペプシア疑い」患者として治療を開始してもよいが,4週を目途に治療し効果のないときには内視鏡検査 を行う. 注3:説明と保証 患者に機能性ディスペプシアが,上部消化管の機能的変調によって起こっている病態であり,生命予後に 影響する病態の可能性が低いことを説明する.主治医が患者の愁訴を医学的対応が必要な病態として受 け止めたこと,愁訴に対して治療方針が立てられることを説明することで,患者との適切な治療的関係を 構築する.内視鏡検査前の状態にあっては,器質的疾患の確実な除外には内視鏡検査が必要であること を説明する. 注4:二次治療の薬剤も状況に応じて使用してもよい.ここではエビテンスレベルAのものを初期治療に, それ以外を二次治療とし,使用してもよい薬剤とした. 注5:これまでの機能性ディスペプシアの治療効果を調べた研究では効果判定を4週としている研究が多 く,また治療効果が不十分で治療法を再考する時期として多くの専門家が4週間程度を目安としていること から4週を目途とした. 注6:H.pylori除菌効果の判定時期については十分なコンセンサスは得られていない. 注7:H.pylori未検のときH.pylori診断へ戻る 注8:H.pylori除菌治療,初期・二次治療で効果がなかった患者をいう. 注9:心療内科的治療(自律訓練法,認知行動療法,催眠療法など)などが含まれる. 注10:H.pylori除菌治療を施行したあと,6~12ヵ月経過しても症状が消失または改善している場合はHP 関連ディスペプシア(H.pylori associated dyspepsia)という.

専門治療 症状再燃 HP関連ディ スペプシア 他疾患 他疾患 症状の原因と なる所見あり 症状の原因と なる所見あり 症状の原因と なる所見なし 胃炎の所見のある 場合 内視鏡 検査 HP 診断 画像診断他の HP 除菌注6 注2  機能性ディスペプシア疑い  あり なし 注1 警告徴候 問診・身体所見・採血 慢性的な ディスペプシア 症状患者 初期治療 注3 注4 説明と保証/食事・生活指導 注5 4週を 目処とする   機能性ディスペプシア   治療抵抗性FD 治療抵抗性FD 初期治療 説明と保証/食事・生活指導 二次治療 注7 注8 注9 症状不変 または再燃 症状の原因と なる所見なし 陽性 陰性 症状不変 症状改善(除菌治療抵抗性FD) 注10 症状不変 消化管機能検査・心理社会的 因子の評価 他疾患の 検索

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もに食事・生活指導を行う.これでも症状が持 続する場合には,初期治療として治療効果の有 効性のエビデンスレベルが高い胃酸分泌抑制薬 か消化管運動機能改善薬を用いて治療を行う. どちらの薬剤でも有効でない場合には,二次治 療薬である漢方薬,抗うつ薬,抗不安薬を用い た治療を行う.それでも有効な結果が得られな い場合には,催眠療法や認知行動療法を行うこ とを検討する. 12)研究的な治療  これらの治療を行っても症状が軽快しない FD例もまれではない.そのような例に対してど のような治療を行うか様々な検討が行われてい る.最近注目されているのは腸内細菌叢の異常 とそれに伴う十二指腸や上部小腸の粘膜の微細 な炎症,small intestinal bacterial over-growthな どである.これらの異常を正常化するために抗 生物質,プロバイオティックス,糞便微生物移 植などの可能性が検討されている19)

おわりに

 FDの病因・病態,診断,治療について現在の 考えを解説した.FDは症候群であるため多種の 異なった病因・病態を有する患者が含まれてい る可能性がある.このため,1 種類の治療です べてのFD患者に有効な方法は現在開発されて いない.1つの治療の最大のtherapeutic gain(プ ラセボ治療への上乗せ効果)は 20%前後であ り,多種の治療を組み合わせて最大の効果が得 られるようにそれぞれの患者の病態を推定しつ つ,患者に合わせた治療を行っていくことが必 要である. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:木下芳一;講演 料(アステラス製薬,アストラゼネカ,エーザイ,ゼリ ア新薬工業,第一三共,武田薬品工業),原稿料(エー ザイ),研究費・助成金(エーザイ),寄附金(アステラ ス製薬,アストラゼネカ,エーザイ,MSD,大塚製薬, JIMURO,ゼリア新薬工業,第一三共,大鵬薬品工業, 武田薬品工業,バイエル)

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文 献

1) Tack J, et al : Functional gastroduodenal disorders. Gastroenterology 130 : 1466―1479, 2006.

2) 日本消化器病学会:機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―機能性ディスペプシア(FD).南江堂,東京,2014. 3) Kinoshita Y, et al : Characteristics of Japanese patients with chronic gastritis and comparison with functional

dyspepsia defined by ROME III criteria : based on the large-scale survey, FUTURE study. Intern Med 50 : 2269― 2276, 2011.

4) Kinoshita Y, et al : Therapeutic effects of famotidine on chronic symptomatic gastritis : subgroup analysis from FUTURE study. J Gastroenterol 47 : 377―386, 2012.

5) 木下芳一,天野祐二:内視鏡的胃炎と上腹部症状の関係.日消誌 104 : 1573―1579, 2007.

6) Moayyedi P : Helicobacter pylori eradication for functional dyspepsia : what are we treating?:comment on “Helicobacter pylori eradication in functional dyspepsia”.Arch Intern Med 171 : 1936―1937, 2011.

7) Hirakawa K, et al : Prevalence of non-ulcer dyspepsia in the Japanese population. J Gastroenterol Hepatol 14 : 1083―1087, 1999.

8) Kawamura A, et al : Prevalence of functional dyspepsia and its relationship with Helicobacter pylori infection in a Japanese population. J Gastroenterol Hepatol 16 : 384―388, 2001.

9) Miwa H : Life style in persons with functional gastrointestinal disorders―large-scale internet survey of lifestyle in Japan. Neurogastroenterol Motil 24 : 464―471, 2012.

10) Ford AC, et al : Prevalence of uninvestigated dyspepsia 8 years after a large waterborne outbreak of bacterial dysentery : a cohort study. Gastroenterology 138 : 1727―1736, 2010.

11) Futagami S, et al : Migration of eosinophils and CCR2-/CD68-double positive cells into the duodenal mucosa of patients with postinfectious functional dyspepsia. Am J Gastroenterol 105 : 1835―1842, 2010.

12) Cryan JF, Dinan TG : Mind-altering microorganisms : the impact of the gut microbiota on brain and behaviour. Nat Rev Neurosci 13 : 701―712, 2012.

13) Moayyedi P, et al : Can the clinical history distinguish between organic and functional dyspepsia? JAMA 295 : 1566―1576, 2006.

14) Pilichiewicz AN, et al : Functional dyspepsia is associated with a greater symptomatic response to fat but not carbohydrate, increased fasting and postprandial CCK, and diminished PYY. Am J Gastroenterol 103 : 2613― 2623, 2008.

15) Iwakiri R, et al : Randomised clinical trial : rabeprazole improves symptoms in patients with functional dyspep-sia in Japan. Aliment Pharmacol Ther 38 : 729―740, 2013.

16) Matsueda K, et al : A placebo-controlled trial of acotiamide for meal-related symptoms of functional dyspepsia. Gut 61 : 821―828, 2012.

17) Suzuki H, et al : Randomized clinical trial : rikkunshito in the treatment of functional dyspepsia-a multicenter, double-blind, randomized, placebo-controlled study. Neurogastroenterol Motil 26 : 950―961, 2014.

18) Miwa H, et al : Efficacy of the 5-HT1A agonist tandospirone citrate in improving symptoms of patients with functional dyspepsia : a randomized controlled trial. Am J Gastroenterol 104 : 2779―2787, 2009.

19) Shimura S, et al : Small Intestinal Bacterial Overgrowth in Patients with Refractory Functional Gastrointestinal Disorders. J Neurogastroenterol Motil 22 : 60―68, 2016.

参照

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