語り継ぐ心の形 〜しきたりをいまへつなぐ〜
著者 林 小春
図書名 平成27年度大手前大学公開講座講義録「集う −語 り継ぐ これまで そしてこれから−」
開始ページ 165
終了ページ 191
出版年月日 2017‑12‑25
URL http://id.nii.ac.jp/1160/00001846/
皆さま。おはようございます。本日、「語り継ぐ作法の心~しきたりをいまへつなぐ~」を担当させていただきます、講師の林小春と申します。どうぞよろしくお願いいたします。本日は大変お天気に恵まれましたが、東京は昨日から非常に寒くなりました。一昨日までは今日のようなおだやかな日で、「まだまだ寒くならないね」なんてお話をしていたんですけれども、昨日から一気に冷え込みました。お茶室でお稽古しておりましたら、お茶室って当然のことながら暖房がないので、もう、下の畳からしんしんと急に冷え込むような寒い一日でございました。東京でお仕事をさせていただいておりますけれども、じつは、関西の出身でございまして、今日は大変うれしく思っております。それから、時々東京弁と関西弁と混じり合うかもしれませんが、どうぞ、その辺ご容赦ください。
さて、本日は「語り継ぐ作法の心」ということでお話をさせていただきます。私は作法家というお仕事をさせていただいております。「お作法を勉強しましょう」と言ったときに、「わあ、お作法、ウキウキします」という方はなかなかいらっしゃらないのですが、「お作法ですか。勉強しなければいけない 第四章 第一回 平成二十七(二〇一五)年十一月二十一日
語り継ぐ心の形 ~しきたりをいまへつなぐ~ 林 小春
(はやし・こはる)
と思っています」というお声は大変よくお聞きします。そこで、はじめに「作法の現在~生活の中の美 日々を『愛でる』人々~」をご紹介して、次に「作法のカタと心のカタチ」。そして三番目に「作法の過去」と題して歴史的な背景をふりかえります。そして四番目に「作法の現代から未来」。これからについて、皆さんと見ていきたいと思います。
作法の現在 ~生活の中の美 日々を『愛でる』人々~作法家として私が主宰させていただいておりますのが、「和のお作法学校・ジャパンビューティマナー」でございます。日本料理のいただき方や、着付けの勉強、そして、百人一首のカルタを学んでいただいたりしております。他にも東京の六本木ヒルズに六本木ヒルズカフェというのがございまして、先日そこで五十名ほどの女子と、お作法の勉強をしてまいりました。また、表参道にありますサロンで、国際マナーを勉強する学校で、国際マナーを勉強していただくにあたり、日本のマナーも一緒に学んでいただいております。他には『an・an』ですとか『BILA』などの雑誌の中でも、例えば、日本酒と日本料理のマリアージュを楽しむために、大人女子の称号として日本の作法を身に着けておきましょうという企画で担当させていただきました。そして、時々、フジテレビさんなどで若手のモデルさんや、女優さんの所作指導もさせていただいております。
ところで、うちのスクールにいらっしゃっている皆さんに、一泊二日の泊まりがけの研修を受けてい
ただいた時、ご自分で浴衣を着ていただきました。まだまだ御着物を自分では着れない段階の皆さんです。初めてですので後ろがぐずぐずです。こういった方たちがお作法を、今、なぜ自分の時間を使って勉強しようかと思っているかと言いますと、それぞれ、こんなことを考えていらっしゃるようです。「和を身につけたい」「いざというときに恥ずかしくないように振る舞いたい」「思いやりあるおもてなしがしたい」、これはオリンピック招致のあと「おもてなし」という言葉が流行りましたので、おもてなしをできるようになりたいという方もこれは増えています。そして、「女性らしくなりたい」。さらに、最近とても増えてまいりました「日本人として、自分の国について知りたい」。特に帰国子女の方たち、あるいは海外にこれから行く方たち。自分の国について今まで特に意識はしてこなかったけれども、海外に行くにあたって、あるいは海外で勉強してこられた、仕事をしてこられた方々が、そうしたなかで、自分のオリジナリティというものに初めて向き合う経験をしたことを通じて、日本人としての自分の国ついての興味を強く描いて帰ってくる方が多いようです。こうした和のお作法学校を私が開かせていただくにあたりまして、きっかけとなりましたのが、二〇〇一年のニューヨークのテロ勃発でした。その当時私は、アメリカ、私はマンハッタンに住まいを置いておりました。実は一九九〇年代の後半から二〇〇〇年の初頭、私は国内外で伝統文化普及のための公演活動をさせていただいておりまして、当時、アメリカのBENIHAN
で、ロッキー財団、そして「紅花」というレストラングループが力を貸してくださいまして、全米で五十 いましたロッキー青木さんがアメリカで日本文化について、ジャパンカルチャーを伝えたいということ A グループの会長でいらっしゃ
カ所ほど、日本の文化について、いろいろと皆さんに知っていただくというイベントをさせていただいておりました。九月十一日、たまたま私は友人の結婚式で二週間ほど日本に戻ってきていたんですね。ちょうどそのときに九・一一がございまして、それをきっかけにアメリカに戻ることが難しくなってしまいました。そのときに日本でお声をかけていただきまして、東京は赤坂にございますニューオータニホテル、こちらのなかにあります、「紀尾井町十和田」という日本料理店を任せてみるからやってみないかというお声をかけていただきまして、日本で活動を戻そうと思ったしだいです。その頃の日本料理屋さんは、今も困っているんですけれども、まず、ホールスタッフのなり手がいないんですね。いわゆる仲居さんのなり手がいないんです。人を募集するにあたりまして、いくら募集しても来てくださらないし、入ってくださっても、やはりなかなかに厳しいお仕事ですので、持たないんですね。じゃあどうしましょうか、というところが最初の課題だったんです。 そのときにニューオータニホテルは近くに上智大学という大学がございまして、その他にも大きな大学が、たくさん側にあるんですが、「ホスピタリティ産業に従事したい方、そうした方はぜひいらっしゃってください。うちで四年間、三年間、御着物を着て、場の所作を勉強してそして、自分の就職に役立ててください」と言いましたら、七十名ぐらい応募が来ました。そのなかで約三十人ぐらいの方たちが入ってくださったんですが、最終的に四年間残ったのは六人です。余談ですが、その六人に私は大変勉強をさせていただきました。その六人以外にも、スタッフの方たち、そして、オータニ店での両隣が
「久兵衛」と「なだ万」というお店だったんですけれども、そうした諸先輩方からたくさんお勉強させていただくことができたので、三年間務めさせていただいてほんとによかったなと思っているんです。その頃のお話を少しさせていただきます。私と板長がある日、打ち合わせをしていたんですね。来月のお食事、何のコースにしましょうか、と。打ち合わせをしていた時に一人の新人アルバイト生がお茶を入れて持ってきてくれたんです。当時十九才の入ったばかりの彼女が目指していたのは、ヨーロッパでホテルに勤務したいということでした。日本茶を入れて持ってきてくれたんです。その時にふっと出してくれたのが、茶卓に茶碗がのっているお茶だったんですね。皆さんは蓋つきのお茶碗、最近、お使いになったことはございますか。なかなか、ご家庭でお使いになることは少ないと思うんですけれども。そのお茶セットは蓋つきでお客様にお出しするセットでしたので、せっかくですから、勉強になりますので、「これは蓋つきで出すお茶碗だから、蓋をつけて出し直してください」お願いしました。彼女はすぐに「はい、わかりました」と戻ったんですね。そして、私は板長とまた夢中になってお話しておりましたら、なんと、ふっと目の端に最中みたいなものが出てきたんです。えっと思ったら、茶卓って茶碗の下に敷くものですよね。茶卓を下と上でサンドイッチして持ってきて、上にも茶卓をのせて出してきたんです。おわかりになりますか。最中みたいに、お茶碗をサンドして。どう考えてもすべり落ちるんじゃないかな、と思うんですけども、彼女は一生懸命それを落とさないように、落とさないように茶卓を茶碗の上に蓋としてのせてきたんです。その
時に「あー、こういうことなんだ。」と。ちゃんと、お茶碗の横に蓋も置いてあるんです。でも彼女は、蓋付きのお茶碗を見たことがない。触ったことがないのですから、聞いただけではわからなかったんですね。現状としてこうしたことがあるんだと気づきました。アメリカで日本のことを伝えてる場合じゃないんじゃないか、と思ったんです。そしてオータニで日本料理のマネジャーと接遇指導を三年間務めさせていただいたあとに、和のお作法学校を開きまして、そろそろ十年ほどになります。ですので、今の話は十年ほど前の話です。彼女は今、希望の就職先である北欧のホテルにそのあと就職しました後、お寿司屋さんの男性と知り合いまして、向こうでお寿司屋さんをやっております。そして今は、お母さんです。あのときの六人は、もうみんなお母さんになっています。一人は、お父さんです。そういった方たちが、逆に今、子供たちに教えているんですね。またこの間、今のお教室に通われている方が不思議な質問をされました。「先生、スチームアイロンで、いくらアイロンをかけてもしわが取れないんです」「何にスチームアイロンをかけたの」。じつは、その方は、ちりめんにスチームアイロンかけていたんです。スチームアイロンかけて、あの細かいしわを取ろうとしていたんです。正絹を触ったことがないから。「取っちゃいけないのよ」。
やっぱりその辺で身近なものではないようです。 しみ込んでいるのでしょう。尚且つ、おじいさま、おばあさまとの関係をあまり持っていない方たちも、 関西の方たちはちょっと違うように思います。やっぱり生活のなかで、そういったものが大分
先日も講座で布を回したんですけれども、三十代二十代の二歳三歳の子供を持っているお母さんたちの中で、初めて正絹、ちりめんを触った方がいらっしゃいました。ぶつぶつのこの触感がいいんですけど、その触感がわからないんですね。漆塗りもプラスチックしか触ったことがないから、漆塗りの温かみとか手に吸いつくような触感、「これがいいんだよね」って私が一人で感動してるんですけど。そういったものに触れる機会も必要なのかなと思いまして、こうした活動を続けさせていただいております。ところで、お教室で一番多い質問は何だと思われますか。先ほども紹介しました、「先生、スチームアイロンかけても皺は伸びないです」と言ってくるような方たちも含めて、皆さん、一番、多い質問が、振袖に関する質問なんですね。さらに振袖に関する質問で一番多いものが「先生、私、三十過ぎてまだ独身ですけど、振袖着てもいいですか」「先生、私、バツイチですけれども、振袖はミスに戻ったから大丈夫ですかね」といったご質問です。皆さんは、どう思われますか。振袖はミスの第一礼装です。第一礼装は一番、格の高いフォーマルな装いといいます。今、「ミスの」と申しましたね。いかがでしょう。バツイチの方はミスですね。三十代四十代でも、もしかしたらミスだからよいのかもしれない。そうしたことを考えるとき、なぜ、私たちはこの美しい振袖を今、こうした形で尊び、守ってきているのか。そして、どのようにして形がうまれてきたのか、もし、そうした知識を少しでもエッセンスとして持っていたら、おのずと答えも見つかるのかもしれません。では、振袖の「袖」の形の由来からご一緒に見ていきたいと思います。