非インシュリン型糖尿病(NIDDM)の薬物療法は 動脈硬化(大血管病変)を促進させる?
これまでの糖尿病の大規模研究などからの分析・検討
永 田 耕 司(活水女子大学,健康生活学部食生活健康学科)
Does Drug Therapy for Non-insulin-dependent Diabetes Mellitus (NIDDM, or Type 2 Diabetes) Promote Arteriosclerosis (Macroangiopathy)?
An Examination of Large-scale Diabetes Research to Date
Koji Nagata
(Kwassui Women’s College, Faculty of Wellness Studies, Dept. of Nutritional Health)Japan is currently experiencing a rise in adult-onset diseases due to the increasing elderly population and changing lifestyles. Diabetes Mellitus is one such chronic disease: in 2007 the num- ber of affected individuals was estimated at 8.9 million people, with an estimated 16.2 million peo- ple at risk of developing the disease. The total number of cases of diabetes mellitus in that year was 22.1 million people.
The study aims to examine, from the perspective of experiments in evidence-based medicine, data concerning the treatment of diabetes through cohort research to date. The first large-scale co- hort research project concerning diabetes, the UGDP (University Group Diabetes Program) began in 1970. Subjects undergoing drug therapy for diabetes experienced an increase in cardiovascular death and overall mortality rates and the research was therefore stopped before completion.
In the UKPDS (United Kingdom Prospective Diabetes Study), drug therapy for diabetes was found to have an inhibiting effect on microvascular damage as well as antihyperglycemic actions as determined by HbA1c. It was concluded, however, that the treatment was not effective for the sup- pression of macrovascular damage. In addition, experiments with animals produced no results that suggest a connection between hyperglycemia and arteriosclerosis. There is clearly a deficiency in the amount of research on drug therapy and other forms of treatment for diabetes, and continued re- search in this field is necessary to establish a better understanding of how to treat diabetes and the effects of drugs used to treat diabetes.
Without further research that yields significant evidence, the treatment of type-2 diabetes should be based on nutritional and physical therapy. Since the forms of drug therapy used to treat diabetes have been associated with arteriosclerosis, any further studies on such treatments must be carried out with the utmost caution.
活水論文集 第53集 39
表1 糖尿病患者の死因
−インスリン発見前後の比較−
インスリン 発見前
インスリン 発見後 糖尿病性昏睡 65% 1%
心血管系病変 10% 51%以上 腎病変 1%未満 12%
感染症 18% 8%
名古屋大学医学部第三内科教授 堀田饒資料 より
はじめに
2型糖尿病は,インスリン抵抗性が原因となり血糖値が高くなる疾病である。インシュリンが臨 床応用される前は,糖尿病の死因は糖尿病性昏睡が多かった。(表1)1922年にインスリンの臨床 応用が始まると,糖尿病患者の寿命が急激に延びたが,一方で心血管系の合併症の併発頻度が増え ることとなった。1)このようにインシュリンや薬物療法が登場してからは,糖尿病の患者の死亡原 因は,ほとんどが動脈硬化による心血管系病変による種々の合併症である。2)
これは,糖尿病治療を実施したため,寿命が延び,加齢 に伴う変化により心血管系の病変が増えたと考えることが 出来る。しかしながら一方では,インシュリン治療や薬物 療法を行ってから,心血管系の病変が増えたとも考えるこ とも出来る。
この疑問に応えるべく,後藤由夫(東北大学名誉教授,
日本糖尿病協会理事長,日本臨床内科医会会長)は1958年 以来毎年発行されている日本病理剖検輯報から,糖尿病の 病名のある症例を拾い上げて血管病変の頻度を調べてきた。血管障害の時代による変化をみるため に死亡年齢を60歳代,70歳代にして,性別にして示したのが表2である。3)これをみると脳出血や 脳梗塞の頻度は年次とともにあきらかな変化はみられない。しかし心筋梗塞は1980年以後に高率に なっている。また,腎糸球体硬化も年次とともに増してゆく。これは,治療の進歩によって糖尿病
表2 日本病理剖検輯報(1958−85年)より収集した60,70歳代糖尿病患者の血管病変の頻度 年代 1958〜65 1966〜70 1971〜75 1976〜80 1981〜82 1983〜85
60歳代 性 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女
例数(%) 169 119 419 305 565 362 685 504 348 234 641 493 脳出血 4 5 17 22 45 19 53 39 18 18 28 24
(2.3)(4.2)(4.0)(7.2)(7.9)(5.2)(7.7)(7.7)(5.1)(7.6)(4.3)(4.8)
脳梗塞 18 26 70 54 90 57 88 85 43 43 75 57
(10.6)(21.8)(16.7)(17.7)(15.9)(15.7)(12.8)(16.8)(12.3)(18.3)(11.7)(11.5)
心筋梗塞 24 14 61 49 113 55 147 117 88 61 162 140
(14.2)(11.7)(14.5)(16.1)(20.0)(15.1)(21.4)(23.2)(25.2)(25.7)(25.2)(28.3)
冠動脈硬化 12 9 23 10 22 12 48 47
(7.1)(7.5) (4.0)(2.7) (6.3)(5.0)(7.4)(9.5)
腎糸球体硬化 57 44 93 79 179 145 291 195 166 140 381 310
(33.7)(36.9)(22.1)(25.9)(31.6)(40.0)(42.4)(38.6)(47.7)(59.8)(59.4)(62.8)
70歳代 性 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女
例数(%) 71 45 151 123 401 268 295 266 771 509 脳出血 3 0 6 3 31 19 20 15 29 21
(4.2) (3.9)(2.4)(7.7)(7.0) (6.7)(5.6)(3.7)(4.1)
脳梗塞 10 6 38 31 76 48 73 44 118 95
(14.0)(13.3)(25.1)(25.2)(18.9)(17.9) (24.7)(16.5)(15.3)(18.6)
心筋梗塞 11 1 26 23 80 44 118 90 228 201
(15.5)(2.2)(17.2)(18.6)(19.9)(16.4) (40.0)(33.8)(29.5)(39.4)
冠動脈硬化 3 1 17 12 24 10 68 60 76 58
(4.2)(2.2)(11.2)(9.7)(5.9)(3.7) (23.0)(22.5)(9.8)(11.3)
腎糸球体硬化 11 13 32 23 117 86 133 112 397 289
(15.4)(28.8)(21.1)(18.7)(29.1)(32.1) (45.0)(42.1)(51.4)(56.7)
後藤由夫(東北大学名誉教授,元日本糖尿病協会理事長,日本臨床内科医会会長)資料より
永 田 耕 司 40
表3 疫学研究の信頼度別順位 1)無作為化比較試験(RCT randomized
controlled trial)
2)ふるいわけしていないコホート調査 3)ケース・コントロールスタディ(患
者対照研究)
4)生態学的研究や横断研究,症例研究
になってから死亡するまでの期間が長くなったためと考えられる。一方,糖尿病の診断を受けて,
治療を行ってから心筋梗塞,腎糸球体硬化が多発してきたということも考えられる。
ある60歳の女性が,眠剤の処方を受けても眠れないとのことで,紹介されて診察を受けにきた。
彼女は糖尿病による合併症で失明に近い状態であった。長年,糖尿病の薬物療法を受け,主治医の 指示を厳しく守ってきて,血糖やHbA1cの検査値は正常になっていた。しかしながら,徐々に眼 の症状は悪化して,ほとんど失明に近い状態であった。主治医の指導をきちんと守ったにも関わら ず,こんな状態になってと悔しさをぶつけてきていた。よく,糖尿病の薬物療法を受けると,糖尿 病の状態が悪化したり,動脈硬化が進行するという話を聞いていた。また,これまで健診を受けて おらず,たまたま測った血糖値が300とか500になっていて,はじめて糖尿病の治療を開始をしたと いう話もきいていた。高血糖の進行=合併症の発症というのが医学上も社会通念上も定説になって いる。本当にそうなのであろうか?
以上の点から糖尿病の心血管系の病変(動脈硬化)は,高血糖によって起こるものではなく,糖 尿病の薬物治療に伴い起こっている病態ではないかという仮説を立てた。その仮説を検証するため に,過去の大規模で,信頼性の高い疫学研究に絞って,分析を行った。
【分析方法】
疫学研究で最も信頼性が高い研究は,無作為化比較試験
(RCT randomized controlled trial)である。介入研究の一 つで,暴露(薬物投与)群と非暴露(プラセボ)群を無作 為に振り分けて,合併症の発症率や死亡率を追跡調査(コ ホート調査)するものである。その解析でメタアナリシス を行うことが,根拠に基づいた医療(EBM Evidenced Based Medicine)では重視されている。次いで,信頼性が高いも のには,無作為にふるいわけしないコホート調査,次いでケース・コントロールスタディ(患者対 照研究)で後ろ向き研究(Retrospective study)と呼ばれ,疾病や有害事象を生じたグループと,生 じなかったグループのそれぞれについて,投薬や公害への曝露などの背景因子の有無を調べるもの である。曝露と結果の相関の強さをオッズ比として定量的に評価できる。患者群と対照群に分けて,
その暴露要因についての思い出しを行うので,その聞き取りの際に情報バイアスが出る可能性があ る。最も信頼性が低い研究として,生態学的研究や横断研究,症例研究になる。(表3)今回は,
大規模で無作為化比較試験(RCT)を行った研究のみを分析対象とした。
【結果】糖尿病治療に関する,大規模で無作為化比較試験(RCT)を行ったのは,UGDP(University
GroupDiabetes Program),DCCT(Diabetes Control and Complications Trial),UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study),ACCORD(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes)試験など4
−5つに限られていた。まず糖尿病治療に関するエビデンスに関する大規模調査が行われたのは,
1970年に行われたUGDP(University GroupDiabetes Program)が最初である。5)これは罹病率と死 亡率を最終ポイントとして解析したもので,1,027名の2型糖尿病患者に対して12の大学で9年間 にわたり観察する方法をとった。対象は200例ずつ5群にわけ,1)プラセボ,2)トルブタミド 非インシュリン型糖尿病(NIDDM)の薬物療法は動脈硬化(大血管病変)を促進させる?これまでの糖尿病の大規模研究などからの分析・検討 41
(インシュリン分泌促進薬,
スルフォニルウレア薬(SU 薬))1.5"/日固定,3)フェ ンホルミン(インシュリン抵 抗性改善薬ビグアナイド剤
(BG薬))100!/日 固 定,
4)レンテインスリン一定量,
5)レンテインスリン用量変 更の各治療を行った。またプ ラセボとトルブタマイドに関 してはランダムに振り分けを 行い,バイアスは生じないよ うにした。その結果は驚くべ きことに,心疾患死亡率がプ ラセボ群4.9%に対して,ト ルブタミド群12.7%と3倍近 くも高かった。(表4)その結果,本研究は中途で中止された。このときにはじめて糖尿病薬治療 は糖尿病の大血管合併症に対して不利益な作用を有するという病態生理学的な仮説も登場して,こ の結果から様々な論争がまき起こった。しかし,被験者の3分の1で,空腹時血糖が110!/#以下 で,糖尿病の疑いがあったり,トルブタマイド治療群がより重症であったのではないかなど解釈さ れたりして,その結果については忘れられようとしている。次いで1980年代以降に実施されたDCCT
(Diabetes Control and Complications Trial)は対象はアメリカとカナダの29医療センターから集めら れた1型糖尿病1,441名である。(表7)高血圧,高脂血症,重症合併症等がないことが条件で,網 膜症がない726名を1次予防群,非増殖網膜症以下の眼底所見をもつ715名を2次介入群とし,両群 をそれぞれ無作為にインスリン強化療法群と従来療法群に分けた。これらをオープン試験によって 平均6.5年間追跡し,合併症の発症・進展について経過を観察した。全追跡期間での脱落例は1%
であった。その結果,1次予防群では強化療法群において有意に合併症の頻度が低下し,2次介入 群では追跡開始3年目まではむしろ強化療法群で一時は合併症の頻度が高まったものの,その後は 低下した。その他,腎症や神経障害等においても,強化療法群の方が効果的であることが示された。
このことで1型糖尿病の強化インシュリン療法の効果についてはじめて明らかにされた。6)
小規模ではあるが日本で行われたものにKumamoto Studyがある。(表7)熊本スタディは熊本 大学病院内科に通院する2型糖尿病110名を対象とした臨床試験で,研究目的はDCCTと同様であ る。追跡開始時に網膜症がなく尿中アルブミン排泄量1日30!以下の55名を1次予防群とし,単純 網膜症を有し尿中アルブミン排泄量1日300!以下の55名を2次介入群として,それぞれをインス リン強化療法群または従来法群に無作為に割り付けて8年にわたって追跡した。その結果,インシュ リン強化療法による厳格な血糖管理が,血管合併症,とりわけ細小血管合併症の発症・進展の阻止 に有効であることを明らかにした。日本では,ここでの結果を元に厳格な管理の元に治療を行って きている。しかしながら症例数が100例程度と少なく,対照群の設定がない等の問題点がある。7)
表4 UGDP での2型糖尿病患者に対する薬物比較研究 プラセボ トルブタマイド インシュリン インシュリン
一定量 容量変更 対象数 205 204 210 204 心血管疾患
心筋梗塞 0 10 3 2
突然死 4 4 4 5
他の心疾患 1 5 1 2
心以外の
血管疾患 5 7 5 3
心血管疾患
合計 10 26 13 12
非心血管疾患
癌 7 2 4 2
上記以外の
原因 3 2 2 3
原因不明 1 0 1 1
全ての死亡 21 30 20 18 心血管疾患
(%) 4.9 12.7 6.2 5.9 全て(%) 10.2 14.7 9.5 8.8
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大規模でRCT研究に最も近いのがUKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)と言われ ている。8)この研究は英国での多施設の比較的調査で,1970年台から企画・準備され1977年に開始 された。(表5)研究目的は,2型糖尿病患者の治療による血糖コントロールが,細小および大血 管障害のリスクを減少させられるかについて,これまでのUGDPで問われた問題に答えるもので あった。加藤の分析9)によると,このUKPDSの計画は非常に複雑に設定された。23の開業医が,
25−65歳の患者で2型糖尿病と診断されるとセンターに紹介されて,研究に協力・依頼する方法を
表5 UKPDS での強化療法群と従来治療群でのエンドポイントの発生状況と相対リスク エンドポイント
発生患者数
1000人・年あたりの 絶対リスク
ログランク 検定 P値
強化療法群の 相対リスク
(信頼区間)
強化 療法群
(n=2729)
従来 治療群
(n=1138)
強化 療法群
従来 治療群 複合エンドポイント
糖尿病関連
エンドポイント 963 438 40.9 46.0 0.029 0.88(0.79〜0.99)
糖尿病関連死 285 129 10.4 11.5 0.34 0.90(0.73〜1.11)
総死亡 489 213 17.9 18.9 0.44 0.94(0.80〜1.10)
心筋梗塞 387 186 14.7 17.4 0.052 0.84(0.71〜1.00)
脳卒中 148 55 5.6 5.0 0.52 1.11(0.81〜1.51)
抹消血管疾患による
足切断または死亡 29 18 1.1 1.6 0.15 0.65(0.36〜1.18)
細小血管合併症 225 121 8.6 11.4 0.0099 0.75(0.60〜0.93)
単独エンドポイント
致死的心筋梗塞 207 90 7.6 8.0 0.63 0.94(0.68〜1.30)
非致死的心筋梗塞 197 101 7.5 9.5 0.057 0.79(0.58〜1.09)
突然死 24 18 0.9 1.6 0.047 0.54(0.24〜1.21)
心不全 80 36 3.0 3.3 0.63 0.91(0.54〜1.52)
狭心症 177 72 6.8 6.7 0.91 1.02(0.71〜1.46)
致死的脳卒中 43 15 1.6 1.3 0.60 1.17(0.54〜2.54)
非致死的脳卒中 114 44 4.3 4.0 0.72 1.07(0.68〜1.69)
抹消血管疾患による
死亡 2 3 0.1 0.3 0.12 0.26(0.03〜2.77)
足切断 27 18 1.0 1.6 0.099 0.61(0.28〜1.33)
腎疾患による死亡 8 2 0.3 0.2 0.53 1.63(0.21〜12.49)
腎不全 16 9 0.6 0.8 0.45 0.73(0.25〜2.14)
網膜光凝固術 207 117 7.9 11.0 0.0031 0.71(0.53〜0.96)
硝子体出血 19 10 0.7 0.9 0.51 0.77(0.28〜2.11)
片眼の失明 78 38 2.9 3.5 0.39 0.84(0.51〜1.40)
白内障手術 149 80 5.6 7.4 0.046 0.76(0.53〜1.08)
高血糖による死亡 0 1 0 0.1
低血糖による死亡 1 0 0 0
致死的事故 5 2 0.2 0.2 0.99 1.01(0.12〜8.70)
癌による死亡 120 50 4.4 4.4 0.92 0.98(0.64〜1.52)
その他の原因による
死亡 65 30 2.4 2.7 0.57 0.88(0.50〜1.56)
原因不明の死亡 14 2 0.5 0.2 0.14 2.88(0.41〜20.19)
相対リスクの信頼区間は,複合エンドポイントでは95%信頼区間,単独エンドポイントでは99%信頼区間,加藤昌之(財団 法人 国際協力医学研究振興財団 主任研究員)資料より
非インシュリン型糖尿病(NIDDM)の薬物療法は動脈硬化(大血管病変)を促進させる?これまでの糖尿病の大規模研究などからの分析・検討 43
とった。その中で2回の空腹時血糖値がいずれも6mmol/L(108!/dL)より高かった者を対象と して,7,616名の紹介患者の中で除外基準(尿中ケトンや血清クレアチニンが高値の者,心筋梗塞 後1年以内の心疾患,2回以上の大血管病変,重度な網膜症など疾患,理解力不十分,参加拒否等)
に該当する者を除外し,残った5,102名の者に3カ月間の食事療法を行った。その後,空腹時血糖 値が109!/dL以上で,かつ270!/dL以下の者4,209名を対象者とした。3ヶ月間の食事療法後に も症状なく,血糖が108−270!/"の範囲にある4,209名の2型糖尿病患者(25−65歳,平均53歳,
男性60%)を,無作為にいくつかのグループに分けて,平均10年間にわたるコホート調査を行った。
同時に同一の食事療法がすべてのグループに与えられた。このトライアルは,ただ盲検(ダブルブ ラインド)ではない方法で行われた。体重が過剰でない(標準体重の120%未満)2,505名の患者で は,無作為にインスリン療法による血糖の「厳格コントロール群」(患者の30%),糖尿病薬である SU剤による「厳格コントロール群」(40%),原則的に食事療法のみによる「緩やかなコントロー ル群(従来治療群)」(30%)の3群に分けられた。標準体重より20%以上多い肥満の1,704名は,
無作為に先ほどの3群に加えて,インスリン抵抗性改善薬であるメトフォルミンによる「厳格コン トロール群」(20%)の4群にほぼ均等に分けられた。「厳格コントロール群」では空腹時血糖が108
!/"以下に維持され,またインスリン療法群では食前の血糖が72−126!/"に維持するようにイ
ンシュリン投与量が調節された。「緩やかなコントロール(従来治療)群」では,空腹血糖値が270
!/"以上となった場合には,薬剤療法(インスリン,メトフォルミン,SU剤)を開始し,270!
/"以下に調節された。この研究には,調査終了のエンドポイントとして3つの基準が加えられた。
糖尿病合併症として最初に臨床的に現れた時点(心臓血管系,腎臓および網膜などの重篤な合併症,
その他致死的なすべての合併症),糖尿病にかかわる死亡,他の原因による死亡である。2番目の エンドポイントは,例えば,糖尿病性細小血管障害(腎不全,光凝固が必要な網膜症,硝子体出血), 心筋梗塞,脳卒中,下肢切断などであった。経過観察の中間値は10年で,調査の終了時点では,2%
が経過を追跡できなかった。強化療法群と従来治療群との合併症の発現についての比較が表5であ る。複合エンドポイントを,1)糖尿病関連エンドポイント(突然死,高血糖あるいは低血糖によ る死亡,心筋梗塞,心不全,脳卒中,腎不全,足切断,硝子体出血,網膜光凝固,失明,白内障手 術),2)糖尿病関連死(心筋梗塞・脳卒中・高血糖・低血糖による死亡,突然死),3)総死亡,
4)細小血管合併症(光凝固が必要な網膜症,硝子体出血,腎不全)に分類し,また21の単独エン ドポイントと分けて,従来治療群あたりの強化療法群の相対リスクを計算した。合併症の相対リス クは,糖尿病関連エンドポイントで0.88(95%信頼区間0.79〜0.99),糖尿病関連死で0.90(同0.73
〜1.11),総死亡で0.94(同0.80−1.10),細小血管合併症で0.75(同0.60〜0.93)と厳格コントロー ル群と緩やかなコントロール群で有意差は認められなかった。一方,強化療法群は従来治療群に比 べ細小血管合併症が25%抑制されており(p=0.0099),その大部分は光凝固術施行の差によるもの だった。また脳卒中は1.11と相対リスクが高かった。さらにUKPDS34ではインスリン抵抗性改善 薬であるメトホルミンとインスリン分泌促進薬であるSU薬を併用することによって心血管イベン トのリスクが増加していた。10)一方,UKPDS試験の一環でHypertension in Diabetes Study(HDS)
では,新たに診断された2型糖尿病患者3,643例で,高血圧が合併していた者に収縮期血圧10mmHg の低下させると細小血管症や大血管障害のリスクが減少していた。11)その予防効果はACE阻害薬 とβ遮断薬で同等で,リスク軽減のためには血圧コントロールが大切であることが示唆された。12)
永 田 耕 司 44
表6 ACCORD での治療比較 強化療法治療試験の結果
従来療法群 強化療法群 患者数 5,123人 5,128人 HbA1c目標 7.0〜7.9% 6%未満 実績(中央値) 7.50% 6.40%
死亡数(平均4年間追跡) 203人 257人 死亡率(1000人年当り) 11人 14人
表7 糖尿病の薬物治療に対する大規模な無作為コホート研究の比較検討
名称 対象 方法 結果
UGDP(University GroupDiabetes Program)1970年
対 象 は1,000例 の 成人2型糖尿病で,
12の大学で9年間 にわたり観察。方 法 は200例 ず つ5 群にわけられた。
1)プラセボ,2)トルブ タミド1.5"/日固定,3)
フェンホルミン100!/日固 定,4)レンテインスリン 一定量,5)レンテインス リン用 量 変 更 の 各 治 療 を 行って,薬物治療,インス リン治療の効果を調べた。
結果はプラセボ群に比べて,トルブタミ ド群とフェンホルミン群では,心血管死 が3倍も高かった。いずれにおいても心 血管系イベント発症リスク低下を示す証 拠は得られなかった。糖尿病薬物投与群 の死亡率が高かったため,調査は途中で 中止になった。
DCCT(Diabetes Control and
Complications Trial)
1993年
対象はアメリカと カナダの29医療セ ンターでリクルー トされた1型糖尿 病 の 患 者1,441人 を 対 象 に6.5年 間
(中央値)の追跡 が行われた。
網膜症がない726名 を1次 予防群,非増殖網膜症以下 の眼底所見をもつ715名を 2次介入群とし,両群をそ れぞれ無作為にインスリン 強化療法群と従来法群に分 けて,合併症の現れ方に差 が現れるかを調べた。
強化インスリン療法によって網膜症,腎 症,神経障害の進展のリスクはそれぞれ 63%,54%,60%減少した。1型糖尿病 患者に強化インスリン治療が細小血管障 害の発生予防と進展防止効果があること が認められた。有効性は細小血管症(網 膜症,腎症,神経障書)には確かめられ たが,大血管症には認められなかった。
熊本スタディ
(kumamoto Study)
1995年
熊本大学代謝内科 に通院するインス リン療法をしてい る2型糖尿病の患 者110人 を8年 に わたって追跡した。
網膜症なく尿中アルブミン 排 泄 量30!/日 以 下 の55名,
単純網膜症を有し同排泄量 300!/日 以 下 の55名 を,
各々インスリン強化療法群 と従来法群に無作為に割り 付けた。
強化インスリン療法は2型糖尿病の患者 の場合も合併症の発現・進行を抑制した。
対象数が110名と少ないことと,最初か らインシュリン療法だけの比較でプラセ ボ群がなかったことが問題点として考え られる。
UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)
1997年
イギリスの新規の 25〜65歳の2型糖 尿 病 患 者5,102人 を対象とし10年間
(中央値)の追跡 が行われた。
食事運動指導と経口糖尿病 薬投与とインスリン投与に よる血糖コントロールが糖 尿病関連イベント発生に与 える影響を検討した。食事 療法や 薬 物 療 法 に よ る 血 糖・血圧のコントロールは,
合併症の抑制に効果がある かを調べた。
厳格管理群では,ゆるやか管理群に比べ て,細小血管障害のリスクは減少したが,
大血管障害のリスクは減少しなかった。
また血圧をコントロールすると障害のリ スクの低減に効果が高かった。第一選択 薬として用いられたSU薬は細小血管障 害の抑制に一定の効果を示したが,大血 管障害に対する成果はみられなかった。
さらにメトホルミンとSU薬を併用で心 血管イベントが逆に増加した。
ACCORD(Action to Control
Cardiovascular Risk in Diabetes)2008年
2型糖尿病で心血 管疾患のリスクが 高い患者10,251人
(平均年齢62.2歳 HbA1c中 央 値 8.1%)を2群 に
分けて2001年から 2009年にわたって
実施した。
大血管障害の既往または高 リスクの2型糖尿病患者を 対象に,糖尿病薬物治療を 用いて,強化療法群(目標 HbA1c 6.0%)と 従 来 療 法 群(目 標HbA1c 7.0−
7.9%)による心血管イベ ント抑制効果をみた試験で あ る。(NIH 国 立 衛 生 研 究所)
厳格管理群では,ゆるやか管理群に比べ て,総死亡が22%増加していた。このた めNIHは2008年2月6日 に,こ の 試 験 の血糖強化療法を止めると発表した。中 間安全性解析で強化治療群の死亡リスク が従来治療群より高かったため,データ 安全監視委員会が打ち切りを勧告した。
強化療法群の患者は今後は従来療法を受 けることになった。
非インシュリン型糖尿病(NIDDM)の薬物療法は動脈硬化(大血管病変)を促進させる?これまでの糖尿病の大規模研究などからの分析・検討 45
すなわちこの介入試験の結果は,糖尿病合併症には血圧コントロールが大切であるということであ る。一方で糖尿病薬におけるHbA1cでみた血糖改善効果は細小血管障害の抑制には有効であって も,大血管障害に対しては,十分ではないことを示唆していた。さらにインスリン抵抗性改善薬で あるメトホルミンとインスリン分泌促進薬であるSU薬を併用するような強化療法は,むしろ死亡 率が高くなるということである。
このように,血糖値をできるだけ正常値に近付ける強化療法とゆるやかな従来療法のどちらがよ いのか判断できない状態が続いた。それを打開するために,ACCORD(Action to Control Cardiovas-
cular Risk in Diabetes)試験が,NIH(米国立衛生研究所)の下部組織が主導して行われた。13)糖尿
病歴平均10年で心臓病の既往症があったり,高血圧・高脂血症・喫煙・肥満などの他のリスク要因 が2つ以上ある2型糖尿病で心血管疾患リスクが高い患者1万人を対象として,無作為に強化療法 と緩やか療法に分けてコホート調査を行った。(平均年齢62歳,平均HbA1c8.2%。心血管疾患既 往35%,高リスク患者65%)強化治療は目標HbA1cを6.0%として豊富な治療方法の中から医師が 自由に選択する方式をとり,一方従来療法群は目標HbA1cを7.0−7.9%とした。2001年に開始さ れ,2009年に完了する予定であったが,NIHは2008年2月6日に,この試験の血糖集中治療を止 めると発表された。その理由は試験期間を通して見かけ上良好なコントロールが維持されていたに もかかわらず,強化療養群の死亡率が1,000人当たり14人と従来療法群の10人より高く,『全ての原 因による死亡』が強化療法群で22%増加していたためであった。(表6)そのためデータ安全監視 委員会が打ち切りを勧告した。この結果から,HbA1cを6%台にする強化療法は,緩やかな療法 群に比べて,死亡率を2割増加させることが明らかになった。これらの結果をまとめると,表7の ようになる。それら以外にも,近年行われた研究としてADVANCE(Action in Diabetes and Vascular Disease)試験14),VADT(Veterans Affairs Diabetes Trial)試験15)の成績が相次いで発表された。いず れも,総死亡や心血管イベント抑制における強化療法の有意な効果は確認されず,大血管障害抑制 における厳格な血糖コントロールに否定的な結果となった。
【考察】
以上の結果をまとめると,1)1型糖尿病(IDDM)に関しては,強化インシュリン療法が,合 併症の進展のリスクを軽減させた。2)2型糖尿病の薬物治療で,微小血管のリスクは軽減させた が,大血管へのリスクは軽減させる証拠は認められないか,むしろ死亡率を上昇させたという証拠 が認められた。3)HbA1cを6%台にする厳格治療群は,HbA1cが7−7.9%で維持できるような ゆるやかなコントロールの方と比べて死亡率が2割増していた。
現在,HbA1cを6%台か,それ以下にするような治療が行われているが,死亡率を下げていな いどころか,むしろ高めているという皮肉な結果になっていた。どうして,そのような結果になっ ているのであろうか? 一つに薬物療法を用いた急激な血糖降下は,致死的な低血糖症状をおこす 危険性があるということである。もう,一つは,インシュリン療法やインシュリンの分泌を促すよ うな薬剤(インスリン分泌促進薬,速効型インスリン分泌促進薬)が大血管への動脈硬化を進行さ せて,死亡率を高めているという推測である。ヒトで高インスリン血症と動脈硬化症との関連を支 持するプロスペクティブな研究・報告(Brusselton Study16),Helsinki Study17))も報告されている。
インシュリンは血糖を下げるために,細胞を活性化,すなわち増殖させるホルモンである。それが 永 田 耕 司
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血管の内皮細胞で作用すると,内皮細胞が血管の内側で増殖を起こす。それに傷がつくと血管内皮 にコレステロールなどが沈着したり,血栓ができたりして動脈硬化を進行させていると考えられる。
一般的に高血糖が,大血管への動脈硬化を引き起こすと考えられているが,このエビデンスからは,
問題なのは高血糖ではなく,強力な薬物療法によって,血中のインシュリン濃度を高めることがよ くないということが言える。特に日本人のインシュリン分泌能は白人のほぼ半分と言われている。
インシュリン分泌の低い生活習慣に体が本来慣れていると考えられる。その中で,インシュリンの 分泌を高める薬物を体の中に入れることは,これまで培った代謝のバランスを崩すとも考えられる。
よって糖尿病薬の中のα‐グルコシダーゼ阻害薬は,二糖類分解酵素であるα‐グルコシダーゼの活 性を阻害し,糖質の吸収を遅延させることにより食後の高血糖を抑制して,インシュリン分泌を抑 えるので代謝バランスを崩すことはない。STOP-NIDDM(Study TO Prevent Non-Insulin-Dependent Dia-
betes Mellitus)18)でも,心血管イベント抑制効果が示されているので,これらの薬剤はゆるやかな
治療として,用いてよいと考える。2型糖尿病は,インシュリンが分泌されていても,インシュリ ンを細胞が利用できない状況である。その中でインシュリンの分泌を促しても効果はなく,むしろ その作用により動脈硬化が進行するということである。よって,2型糖尿病は,高血糖による症状 がでなければ,基本的にインシュリンが各細胞で利用できるようなミネラル補給などの栄養療法や インシュリンをできるだけ使わない食事療法(低GI食),運動療法やストレスケアを中心にやる,
いわゆるゆるやかな療法が望ましいということが示された。薬物を用いてHbA1cを6%台に血糖 を下げる厳格管理は,むしろ大血管への動脈硬化を進行させる等で,死亡率を高めていると考えた 方が妥当であるということである。
さらに高血糖が動脈硬化を引き起こさないエビデンスとして,後藤は3)は「動物飼育場の火災の 後に交雑が起こり,現れたといわれるob/obマウス(obese hyperglycemic mouse)は肥満や高血糖 も高度であるが,動脈硬化性疾患が起ったということは報告はない。1970年代〜90年代に糖尿病を もつ多くの齧歯類がみつかったが,それらが著明な動脈硬化ももっているという報告はない。また 1940年代にアロキサン(膵島(膵臓のランゲルハンス島)β細胞が選択的に破壊されてインスリン の分泌が抑制され,インスリン依存型糖尿病状態が誘発される薬物)が作られ,その注射により動 物に糖尿病が起こることが見出され,1950年以後はわが国でも方々でその実験が行われた。家兎に 高コレステロール食を与えると大動脈にアテローマが生ずることは50年前より知られていたが,糖 尿病家兎ならば更に高度のアテローマが起こるであろうと推測されたが,その推測通りの結果を得 た所はなかった。」と述べている。このように動物実験からは高血糖から動脈硬化が起こるという エビデンスはないと報告している。
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