• 検索結果がありません。

現代の日本人の「生きる課題」と 学校カリキュラム(試案第2版の2)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "現代の日本人の「生きる課題」と 学校カリキュラム(試案第2版の2)"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

現代の日本人の「生きる課題」と 学校カリキュラム(試案第2版の2)

佐 藤 年 明

IssuesofLifeforModernJapaneseand

TheirSuggestiontoSchooICurriculum(Ver・2‑2) ToshiakiSATOU

Ⅳ.1998‑99年版学習指導要領における「生きる課題」に対応する記述(その1・

小学校一承前‑)

小学校学習指導要領(1998年版)の「第2章 各教科」における、各教科各学年の「内容」

の項目から、前稿*のⅡで提起した10項目の学習課題領域に関係する事項をすべてピックアッ プした(本稿では、前稿に続いて5〜10項目を掲載する)。

その際、旧版(1989年)と比較対照した。旧版の内容のうち新版では削除された部分には 下線(w)を付した。新版に新たに登場した内容はゴチックで表した。

<1.生と死>

前稿の記述に一点補足したい。

本稿において別の項目の視点から学習指導要領の記述をチェックしている時に、文言の中に

「死」という語を発見した。見落としもあるかもしれないが本研究の「第1版」‥で旧版(1989 年版)学習指導要領を検討した際には「死」という語は全く発見できなかった。新版学習指導 要領についても今回の発見が始めてである。

「小学校・理科」の第4学年の「内容」A生物とその環境の(1)イ「植物の成長は、暖かい 季節、寒い季節などによって違いがあること。」についての「内容の取扱い」に以下のように 書かれている。

「イについては、夏生一年生植物のみを扱うこと。なお、その際、それらと落葉樹を対比する ことによって植物の個体の死について触れること。」

人間に関してではないが、命あるものの死について積極的に認識させようという方針が打ち 出されている。夏生一年生植物や落葉樹だけでなく植物全般の死について、動物の死について、

そして何より人間の死についても考える方向に学習を広げていくべきである。

*拙稿「現代の日本人の『生きる課題』と学校カリキュラム(試案第2版の1)」(『三重大学教育学部研 究紀要』第51巻(教育科学)2000年)

**拙稿「現代の日本人の『生きる課題』と学校カリキュラム(試案第1版の1)」(『三重大学教育学部研

究紀要』第48巻(教育科学)1997年)

(2)

<3.性>

前稿の記述に、事実認識の誤りがあったので訂正する。この項目の後半(前半は「小学校・

理科」)の「小学校・体育」に関する部分である。まず前稿の該当部分の記述をそのまま再録 する。

‑■‑‑‑‑‑‑‑‑一一‑‑‑一‑‑‑‑‑‑‑一一‑‑‑‑‑‑‑‑一一‑‑‑‑‑‑‑‑一一一一‑‑‑‑一一一一‑‑‑一‑‑‑‑‑‑一一‑‑‑一‑‑‑‑‑‑一一●‑■■■

(引用開始) 小学校・体育

匝画

G

保健

(1)体の発育と心の発達について理解できるよう

ヽJ(し/【\ノ(\./W

にする。

体は、年齢に伴って変化すること。また、

思春期になると、体っきが変わり、初経、精 通などが起こって次第に大人の体に近づくこ

主又

心、は、いろいろな生活経験を通して、年齢 とともに発達すること。また、思春期になる と異性への関心が芽生えること。

l那・γ卜伎川=叫

G

保健

(2)心の発達及び不安、悩みへの対処の仕方につ いて理解できるようにする。

心は、いろいろな生活経験を通して、年齢 とともに発達すること。

心と体は密接な関係にあり、互いに影響し 合うこと。

不安や悩みへの対処には、大人や友達に相 談する、仲間と遊ぷ、運動をするなどいろい ろな方法かあること。

[コメント]

JL、身の発達の学習が心の発達に限定され、しかも異性への関心が削除されて、第2次性徴の 学習という観点がすっぽり抜け落ちてしまった。精神面の発達上の問題への対処については、

より丁寧な記述になったと言える。

理科と合わせて考えると、小学校における性教育は、人の発生の学習を除いて、はとんど学 習指導要領上の根拠を失ってしまったと言える。

(引用終わり)

本稿執筆の過程で、前稿において新版の3・4年の記述を見落としていたことが判明した。

これを追加すると対照表は以下のようになる。

小学校・体育

旧 新

第5学年及び第6学可 摩3学年及痴亨可

G

保健

F

保健

(1)体の発育と心の発達について理解できるよう (2)身体の発育・発達について理解できるように

にする。 する。

体は、年齢に伴って変化すること。また、

体は、思春期になると次第に大人の体に近

思春期になると、体っきが変わり、初経、精 づき、体っきが変わったり、初経、精通など

通などが起こって次第に大人の体に近づくこ が起こったりすること。また、異性への関心

(3)

と。

心は、いろいろな生活経験を通して、年齢 とともに発達すること。また、思春期になる と異性への関心が芽生えること。

が芽生えること。

直画

G

保健

(2)心の発達及び不安、悩みへの対処の仕方につ いて理解できるようにする。

心は、いろいろな生活経験を通して、年齢 とともに発達すること。

心と体は密接な関係にあり、互いに影響し 合うこと。

不安や悩みへの対処には、大人や友達に相 談する、仲間と遊ぷ、運動をするなどいろい ろな方法があること。

従って評価も以下のように大きく修正しなければならない。

[コメント]

心身の発達の学習のうち、主として心の発達の学習が高学年に残され、第2次性徴の身体的 側面の学習は、中学年に降ろされた。子どもの心、身の発達の実態から見ても、また高学年になっ てしまえば第2次性徴が本格化してそれに対する羞恥JL、なども生じることを考えると、中学年 での学習開始は妥当であると思われる。

また、精神面の発達上の問題への対処については、より丁寧な記述になったと言える。

<5.環境>

小学校・生活

座l一、i叫

(1)学校の施設の様子及び先生など学校生宿を支 えている人々や友達のことが分かり、学校にお いて禁しく遊びや生活ができるようにするとと

もに、通学路の様子などについて調べ、安全な 登下校ができるようにする。

(3)近所の公園などの公共施設はみんなのもので あることが分かり、それを大切に利用すること ができるようにするとともに、身近な自然を観 察し季節の変化に気付き、それに合わせて生活 することができるようにする。

l号}ご・、神i

(2)乗り物や駅などの公共物の働きやそこで働い ている人々の様子が分かり、安全に気を付けて みんなで正しく利用することができるようにす

\̲/W

る。

第1学年及び第2学年

(1)学校の施設の様子及び先生など学校生活を支 えている人々や友達のことが分かり、楽しく安 心して遊びや生活ができるようにするとともに、

通学路の様子などに関心をもち、安全な登下校 ができるようにする。

(4)公共物や公共施設はみんなのものであること や、それを支えている人々がいることなどが分 かり、それを大切にし、安全に気を付けて正し く利用することができるようにする。

(5)身近な自然を観察したり、季節や地域の行事 にかかわる活動を行ったりして、四季の変化や 季節によって生活の様子が変わることに気付き、

自分たちの生活を工夫したり楽しくしたりでき

るようにする。

(4)

(3)季節や地域の行事にかかわる活動を行い、四 季の変化や地域の生活に関JL、をもち、また、季 や天候などによって生活の様子が変わることに

\へノ\ノ′ヽ̲′

気付き、自分たちの生活を工夫したり楽しくし ■■

たりすることができるようにする [コメント]

生活科では身近な生活環境が学習対象になる。今回、第1・2学年の目標・内容記述が統合 されたため、生活環境に関係する項目も再編されている。旧版の1年(1)は新版の(1)に。旧版の 1年(3)の一部と2年(2)が新版の(4)に。旧版の1年(3)の一部と2年(3)が新版の(5)に。このように 一部にねじれを含んだ統合のされ方なので、比較対照もやりにくいが、全体的に見ると、社会 環境の具体的事例が消えたことと、自然環境については「天候」が消えたことの他には大きな 変化がない。事例の削除は教科書等でどれもが似たような事例を取り上げるというパターン化

の実態を打破するためと聞くが、例えば「乗り物や駅など(中略)で働いている人々」という 旧版の表現と「公共物(中略)を支えている人々」という新版の表現とを比較すると、後者の 方が抽象的でわかりにくくなっている。

小学校・社会

匝亘至司

(1)自分たちの地域の人々が、公民館、図書館な どの公共施設を利用している様子及び地域の清

\ノW \Mノー\ノ、ノ\〈〈/\/\ ( 〈〈/、ノ\〈〈ノ、 ノーヽノ・\ノ、/‑\

掃や交通安全などの活動に参加している様子を 観察したり調べたりして、地域の人々は協力し て生活の向上や住みよい環境づくりに努力して

いることに気付くようにするとともに、自分も 地域社会の一員として協力できるようにする。

(2)自分たちの市(区、町、村)の特徴ある地形、

土地利用の様子や集落の分布、交通の様子など について観察したり地図に表したりして、地域 の人々の生活は自然環境と深い関係があること

て人々の生活には違いがあること を理解できるようにする。

釘\、川」

(5)地図その他の資料を活用して国土の位置、地 形、気候などの概要を調べて、それらの特色を

\J(し′\/ \M/\ノー\/‑\ノ・\ノ\ノヽノ\/\/■\/一\.

理解できるようにするとともに、自然条件から

\ノ\ノへし′\ノ\.′\/\/へ)()()()(‑′へし/へ)′ヽ】/W \ノ\ノV

みて国内の特色ある地域を取り上げ、人々が自 然環境に適応しながら生活している様子に関心 をもっようにする。

(「内容の取扱い」より)

(2)内容の(5)の「国土の位置」の指導については、

第3学年及び第4学年

(1)自分たちの住んでいる身近な地域や市(区、

町、村)について、次のことを観察、調査した り白地図にまとめたりして調べ、地域の様子は 場所によって違いがあることを考えるようにす

る。

身近な地域や市(区、町、村)の特色ある 地形、土地利用の様子、主な公共施設などの 場所と働き、交通の様子など

れ1・・鉦一

(4)我が国の国土の自然などの様子について、次 のことを地図その他の資料を活用して調べ、国 土の環境が人々の生活や産業と密接な関連をもっ ていることを考えるようにする。

国土の位置、地形や気候の概要、気候条件 から見て特色ある地域の人々の生活

公害から国民の健康や生活環境を守ること の大切さ

国土の保全や水資源の滴養のための森林資 源の働き

「内容の取扱い」より)

(6)内容の(4)については、次のとおり取り扱うも

のとする。

(5)

我が国の領土と近隣の諸国を取り上げるものと する。その際、我が国や諸外国には国旗がある

ことを理解させるとともに、それを尊重する態 度を育てるよう配慮する必要がある。

一郎・、〃ト . (2)(中略)

我が国の工業について、(中略)また、各 種の公害から国民の健康や生活環境を守るこ とが大切であることを考えること。

(4)我が国の国土の様子について、土地利用、人 口分布、資源の分布、交通網、自然災害などを 地図や資料などで調べて、これらが国内各地の 人々の生活や産業と密接な関連をもっているこ とを理解できるようにするとともに、国土の保 全や水資源の商養などのために森林資源が大切 であることに気付くようにする。

(「内容の取扱い」より)

(4)内容の(4)については、森林資源の育成や保護 に従事している人々の工夫や努力及び環境保全 のための国民一人一人の協力の必要性に気付か せるよう配慮する必要がある。

アの「国土の位置」の指導については、我 が国の領土と近隣の諸国を取り上げるものと すること。その際、我が国や 諸外国には国 旗があることを理解するとともに、それを尊 重する態度を育てるよう配慮すること。

アの「気候条件から見て特色ある地域」に ついては、事例地を選択して取り上げ、自然 環境に適応しながら生活している人々の工夫 を具体的に扱うこと。

イについては、大気の汚染、水質の汚濁な どの中から具体的事例を選択して取り上げる

こと。

ウについては、我が国の国土保全等の観点 から扱うようにし、森林資源の育成や保護に 従事している人々の工夫や努力及び環境保全 のための国民一人一人の協力の必要性に気付

くよう配慮すること。

[コメント]

新版では3・4年の内容が統合されるとともに、4年の内容の一部が5年に移されていて、

比較対照がしにくい。

中学年地域学習では、旧版では学習対象としての地域の社会環境について具体的な記述があ り、またそれと密接に関連する自然環境についても触れられていた。社会環境の中に生きる主 体の意識のありようにまで踏み込んだ記述があって、徳目道徳主義的な傾きがある点が問題で

もあったが、他方地域学習の後に国内の特色ある地域の学習が続くことで、自分たちが生活す る地域の自然・社会環境を相対化・客観化してとらえようという志向性もあった。新版では全 体的な記述量の削減に伴って、地域の自然・社会環境の把握の仕方は抽象的になり、「地域に

は特徴があってそれはそれぞれ異なる」というような平板な把握に後退している。

日本の国土全体についての地理的認識も、4年から典型的地域の学習が繰り上げられたにも かかわらず、全体としては縮小され、分野別の産業学習の後を受けて、(包括的に国土をとら えるというより)個別の産業学習で触れられなかった自然・社会環境の個別問題を補足的に取

り上げるという位置付けにとどまることになった。

ただ、学習指導要領全体、社会科全体の傾向でもあり、この項目においても見られる「事例

を選択的に取り扱う」という方針は、網羅的な地誌学習を捨てて、観点は限定的でも掘り下げ

た地域分析・社会事象分析を狙ったものととらえるならば、学習活動の活性化につながる可能

性もある。例えば、公害問題の社会的重要性から考えれば、大気汚染か水質汚染かどちらか一

っを学習すればよいとすることには異論もあろう。しかしいずれにしても公害問題を体系的に

学習するような時間もなければ、5年生にとってそれが興味関JL、に合致するという保障もない

(6)

ことを考えれば、例えば近所の川の汚染を徹底的に追及するという一点突破型の学習の方が、

子どもたちの追究意欲を持続させるのに効果的であろうし、追究している課題との結びっきに おいて他の関連する課題もより鋭くとらえられるのではなかろうか。

内容別滅といういわば今次改訂の「至上命令」を実行するために、担当者はさまざまな手法 を編み出そうとしたのであろう。このうち記述の抽象化は、学校現場サイドのフリーハンドの 範囲を広げたとプラスに評価することもできなくはないが、教科内容選択の基準をも曖昧にし ていく(学習指導要領批判を含めた教科内容論議を起こしにくくする)というマイナス面もあ

る。だが、「内容」の記述を一般的なものにとどめて、「内容の取扱い」で事例を例示するとい う手法は、例示されたものが拘束力を持たず、他の事例との入れ替えの自由が保障されている 限りは積極的意義を持っ。学習指導要領全体にそのような傾向が顕著になれば、「alternative を認める教育課程基準」というイメージが強まってくるからである。もっとも新版全体では、

内容の取り扱い方を制限する記述も多くあり、「alternativeの推進」が主要傾向と言えるよう になるまでには、まだ道は遠い。

小学校・理科

「申て、㍗卜

A

生物とその環境

(1)身近な植物を探したり育てたりして、植物の 運動や成長と環境との

ヽし・■\・\ \ノ\ \.・\̲.

できるようにする。

かかわりを調べることが

植物の運動や成長は、天気や時刻などによっ て違いがあること。

植物の成長ほ、暖かい季節、寒い季節など によって違いがあること。

(2)身近な動物を探したり育てたりして、動物の 活動と環境との

\̲ 、、

ようにする。

かかわりを調べることができる

動物の活動は、天気や時刻などによって違

いがあること。

動物の活動は、暖かい季節、寒い季節など によって違いがあること。

(3)人と他の動物の活動を観察したり比較したり して、人の活動と環境とのかかわりを調べるこ とができるようにする。

人の脈拍や体温は、運動などによって変化 するが、安静時にはほぼ‑‑‑→定に保たれている

こと。

\.■\̲ヽし

庫仁一川:̲

A

生物とその環境

(1)身近な動物や植物を探したり育てたりして、

季節ごとの動物の活動や植物の成長を調べ、そ れらの活動や成長と季節とのかかわりについて の考えをもつようにする。

動物の活動は、暖かい季節、寒い季節など によって違いがあること。

植物の成長は、暖かい季節、寒い季節など によって違いがあること。

(「内容の取扱い」より)

(1)内容の「A生物とその環境」の(1)については、

次のとおり扱うものとする。

ア、イについては、1年を通して数種類の 動植物の活動や成長を観察すること。

イについては、夏生一年生植物のみを扱う こと。なお、その際、それらと落葉樹を対比 することによって植物の個体の死について触

れること。

(削除)

(7)

人の活動は、時刻や季節などによって違い

があること。

匝亘至司

A

生物とその環境

(3)人の体を他の動物や植物と比較したり関係付 けたりして、人としての特徴や環境とのかかわ りを調べることができるようにする。

人は、食べ物、水、空気などを通して、他 の動物、植物及び周囲の環境とかかわって生 きていること。

医亘重要

A

生物とその環境

(2)動物や植物の生活を観察し、生物の養分のと り方を諏べ、生物と環境とのかかわりについて の考えをもつようにする。

生物は、食べ物、水及び空気を通して周囲 の環境とかかわって生きていること。

[コメント]

4年では、動植物の生態に影響を及ぼす環境条件が「季節」に限定され、天候や日内の環境 変化を扱うことば削除された。「内容の取扱い」の記述からもわかるように、短期ではなく長 期の環境条件に学習対象を絞ったのである。また環境に関する観察・調査を減らし、ここでの 体験活動は長期の飼育活動に限定された。

また、4年及び6年にあった人体と環境の関係に関する学習が削除された。このうち6年に っいては、人間ではなく生物全般と環境の関係の学習に変更された。

体験的な活動を通じて生物、特に人間にとっての環境条件を具体的に考察する学習はかなり 縮小されてしまった。

小学校・家庭

し旦十両‡1

C

家族の生活と住居

(2)身の回りの整理・整とんや清掃の適切な仕方 が分かり、気持ちよく住むことができること。

収納の仕方を工夫し、自分の持ち物の整理・

整とんができること。

材質や汚れに応じて適切な清掃ができるこ

と。

(3)身の回りの品物について活用の仕方が分かり、

不用品やごみを適切に処理できるようにする。

弟I;一、神こ

C

家族の生活と住居

(3)住居の働きが分かり、快適で安全な住まい方 を工夫することができるようにする。

気候の変化に対する住居や住まい方の工夫

\/\/\/\ノ■\ノ\ノ【\ノヽ】′\̲ノ「、̲ノ■\J′\ノへヽJ′W \ノW

が分かり、換気をしたり暖房用異を安全に扱っ たりすることができること。

採光のための工夫や照明の仕方が分かるこ

第5学年及び第6学年

(6)住まい方に関心をもって身の回りを快適に整 えることができるようにする。

整理・整とんや清掃をエ夫すること。

身の回りを快適に整えるための手立てやエ 夫を調べ、気持ちよい住まい方を考えること。

(8)近隣の人々との生活を考え、自分の家庭生活

について環境に配慮した工夫ができるようにす

る。

(8)

[コメント]

生活環境を整えたり維持するための具体的活動に関する記述がはとんど削除され、「快適」

で「気持ちよい」生活環境という抽象的なコンセプトだけが残った。これは考えようによって は、「これができるように」「あれができるように」とこと細かく指示するのでなく、自由裁量 の幅を広げることでcreativeな生活環境を創造する力を子どもたちが身につけることを期待

しているともとれなくはない。

生活環境について近隣の人々との調整が必要な貝体的事項(清潔・騒音)の記述も消えた。

近隣の生活環境問題の複雑イヒ・多様化への積極的対応と考えればそれでよいが、近隣とのトラ ブル処理というのは身近なところから環境問題のアプローチするために有効なルートの一つで あるから、「快適な環境維持のための相互協力」という抽象的な理念レベルに終わってしまわ ないように留意する必要がある。

小学校・体育

旧 新

l第5学年及び第6学年 第5学年及び第6学年

G

保健

G

保健

(2)けがの防止について理解できるようにする。 (1)けがの防止について理解するとともに、けが

交通事故、学校生活の事故などによるけが などの簡単な手当ができるようにする。

の防止には、環境を安全に整えることが必要

交通事故、学校生活の事故などによるけが

であること。 の防止には、周囲の危険に気付いて、的確な

判断の下に安全に行動することや環境を安全 に整えることが必要であること。

[コメント]

全体的な削減傾向の中で、この項目では珍しく内容が増加している。<3.性>の項目の修 正部分でも触れたように、体育では旧版まで高学年からスタートしていた保健領域の学習が新 版では中学年からのスタートに繰り上げられ、自らの心身の健康な発達を意識する学習の充実 が図られている。この流れの中で、心身の安全を確保するための環境条件への注目という点で

も、受動的に環境を認識するだけではなくて、主体の側からの積極的行動が必要であることを

強調している。現代社会を生きのびようとする人間にとって、この発想はきわめて重要である。

(9)

<6.平和>

小学校・社会

直亘至司

(3)今日、我が国は経済や文化の交流などで世界 の国々と深いっながりをもっていることを理解 できるようにするとともに、平和を願う日本人 として世界の国々と協調していくことが大切で あることを自覚できるようにする。

我が国と経済や文化などの面でつながりが 深い国があることを調べて、それらの国の人々 の生活の様子などを理解し、他国と協調を図 るためには正しい国際理解が必要である

\̲/【\ ヽ̲′\̲()【\̲/\̲/【\ノ′ヽし/\̲′\J′ヽ‑/\̲′\′\./\̲′ヽ̲/

を考えること。

スボーッや文化などの国際交流、平和な国 際社会の実現に努力している国際連合の働き について調べて、世界平和の大切さと我が国 が世界において重要な役割を果たしているこ

とを理解すること。

(「内容の取扱い」より)

(3)内容の(3)については、次のとおり取り扱うも のとする。

アについては、数か国を取り上げること。

ア及びイについては、観念的、抽象的な指 導にならないように留意し、正しい国際理解

と世界平和への努力が大切であることを理解 させるよう配慮すること。また、我が国の国 旗と国歌の意義を理解させ、これを尊重する 態度を育てるとともに、諸外国の国旗と国歌 も同様に尊重するする態度を育てるよう配慮 すること。

恥町函

(3)世界の中の日本の役割について、次のことを 調査したり地図や資料などを活用して調べ、外 国の人々と共に生きていくためには異なる文化 や習慣を理解し合うことが大切であること、世 界平和の大切さと我が国が世界において重要な 役割を果たしていることを考えるようにする。

我が国と経済や文化などの面でつながりが 深い国の人々の生活の様子

我が国の国際協力の様子及び平和な国際社 会の実現に努力している国際連合の働き

(「内容の取扱い」より)

(3)内容の(3)については、次のとおり取り扱うも のとする。

アについては、我が国とつながりが深い国 から数か国を取り上げること。その際、それ らの中から児童が‑か国を選択して調べるよ う配慮し、様々な外国の文化を具体的に理解 できるようにするとともに、我が国や諸外国 の文化や伝統を尊重しようとする態度を養う

こと。

イの「国際交流」についてはスポーツ、文 化の中から、「国際協力」については教育、

医学、農業などの分野で世界に貢献している 事例の中から、それぞれ選択して取り上げ、

国際社会における我が国の役割を具体的に考 えるようにこと。

イの「国際連合の働き」については、網羅 的、抽象的な扱いにならないよう、ユニセフ やユネスコの身近な活動を取り上げて具体的 に調べるようにすること。

ア及びイについては、我が国の国旗と国歌 の意義を理解させ、これを尊重する態度を育 てるとともに、諸外国の国旗と国歌も同様に 尊重する態度を育てるよう配慮すること。

[コメント]

学習指導要領全体の記述簡略化傾向に反して、この項目については、国際理解とか他国との

(10)

協調ということを子どもにもよりわかりやすく説明しようとしている。国際理解では「我が国 とっながりが深い国」に対象を限定し、一国を深く調べてその成果を相互交流するという学習 方法を提案している。国際協力についても分野を例示して貝体的な事例学習を推奨している。

一つ抜け落ちていると思われるのは、軍事的な紛争当事国に対する日本のかかわり方の問題 である。憲法の規定、安全保障の在り方など、小学生が正面から取り組むには手に余る問題で はあろうが、現実の紛争国でのPKOの活動に自衛隊が参加するなどの事実が積み重ねられて きている以上、我が国が国際社会で果たしている役割についても、きれいごとの捉え方だけで はすまないであろう。日本の外交政策について、批判的視点をも含みながら真剣に注目する子 どもたちを育てていくべきであろう。

<7.パフォーマンスとコミュニケーション>

<8.情報とコンピュータ>

上記の2項目については、紙数の都合上、次稿に譲る。

<9.原初的レベルの人間生活における共感・連帯・共同行動>

<10.価値葛藤>

上記の2項目については、管見の限りでは旧版にも新版にも全く関連する記述がない。

Ⅴの2.本稿のおわりに

小学校学習指導要領の第7・8項目の観点からの検討と、中学校・高等学校学習指導要領の 検討は、紙数の都合上またしても次稿に先送りせざるを得ない。中学校・高等学校の学習指導 要領分析については、本研究の第1版*で着手できないままに学習指導要領改訂期を迎えてし

まった。第1版が「第1版の1」だけに終わっているのはそのためである。複雑多岐にわたる 中等教育の学習指導要領を、10項目のテーマの観点から総ざらえする作業については、着手 することにいささかためらいもある。しかし、もしも着手するならば、2002年の学習指導要 領全面実施までに終えてしまいたいと思う。

第1版の作成作業の段階では、資料編として旧版学習指導要領の関連部分を抜粋するにとど まった。第2版においては、第1版での抜粋作業に遺漏がなかったかもう一度点検しながら、

新たに新版学習指導要領について同じ作業を行ない、さらに両方を比較して分析している。こ の比較分析作業によって、現代社会のテーマという視点から学習指導要領を内容的に検討する

という本来の目的を達成できたことの他にも、教育課程の国家基準文書としての学習指導要領 について、様々なことを考える機会を得た。個別的には各項目の[コメント]で述べたとおり

*拙稿「現代の日本人の「生きる課題」と学校カリキュラム(試案第1版の1)」(「三重大学教育学部研

究紀要」第48巻(教育科学)1997年)

(11)

であるが、それらを総括して本稿の結びとしたい。

教職員組合や民間教育団体による従来の学習指導要領批判の論調の基本は、それが科学や文 化の発展や学校教育実践の成果と問題点を正当に反映せず、教科調査官の窓意によって不当な 内容の選別や排除が行なわれているというものであった。そしてその批判のさらに前提部分に は、法的拘束力を持つ教育課程の国家基準という学習指導要領の性格自体が不当であるという 批判があった。そして学習指導要領にとらわれない教育内容の自主編成が推奨された。学習指 導要領の個別記述への批判は自主編成推進の必要性を主張するための根拠ともされた。

しかしよく考えてみれば、国家基準が課せられていること自体を批判しながら、その国家基 準の内容を批判するものおかしな話である。「このように窓意的な不当な内容なのだから、学 習指導要領はすべからく廃止されなければならない。」という結論へと常に持っていくという のであれば、一応論理は通っている。しかし、例えば、「このような内容をこそ教えるべきな のにそれを削除したのは不当だ。」と批判すると、あってはならない国家基準について、その 内容の差し替えを要求するという矛盾を犯すことになる。「どうせ国側は民間の意見など聞く 耳を持たないだろう。」と高をくくってしまえば、記述批判は言いっばなしでもよいだろうが、

もし仮に学習指導要領改訂によって民間側の批判を取り入れた記述修正が行なわれたとすると、

批判者ははたしてどのように対応するだろうか。

① 「学習指導要領がよくなるなどということばあり得ないのだ」と無視するか。

②「いやいや、よくなったように見えるが、本当の意図は別のところにあって、決して改善 などではないのだ」と否定するか。

③ 「それ自体はよかったがまだまだ生ぬるい。」と、取るに足らないという評価をするか。

④ 「このような改善を勝ち取ったのは組合運動や民間教育運動の成果だ」と自画自賛するか。

①は現実的には最も支持されにくいだろうが、論理的には単純明快である。

これに対して②③④は、いずれも表現の裏側に「学習指導要領が改善されることば望ましい ことだ」という含意を持っている。これは学習指導要領の廃止が具体的に展望できない状況の 下で現実性を持っ含意ではある。しかしながらこのような主張は、本質的には打倒対象である はずの学習指導要領に対し、それが存在することを前提にして教育課程のありようを論じると いう理論的怠慢の誹りを免れ得ない。

全国の学校現場における教師の実践に対する制度的及び心理的な拘束力を持った教育課程の 基準というものは、教育本質論的に見て必要なのか不要なのか。このことが本格的に検討され なければならないと思う。

学問的見地あるいは文化についての専門的見地から見て、教科内容の基準として学習指導要 領が提示していることがらが時代遅れであるとか、偏っているとか、間違っているという指摘 は可能であろう。問題はその先だ。「こちらの方が正しいのだ」という対案を提示するのかど

うか。それを提示した批判者は、常識的には「別の国家基準」を提案しているとは考えにくい から、対案に対して異論が出されることは容認しなければならないであろう。さまざまな異論 が出されて批判者が正しいとする考え方がoneofthemとして相対化されてしまい、「基準」

として意味を持たなくなる事態もあり得るだろう。「いや、学問文化の成果を正当に汲み取れ

ば、おおかたの合意できる基準が作れるはずだ。」と言われるかもしれない。しかしおおかた

が合意していてもそれとは違う考えで教科内容を選定する教師がいたとしても、批判者は「基

準からの逸脱」という理由でそうした教師の実践を否定することはできないはずである。「国

(12)

家基準」と「学会の通説」では社会的な評価のされ方は大きく違うだろうが、それでも「一つ の基準を全国の学校現場に提示してそれに従うよう求める」というシステムは全く変わってい ないからである。権威の主体だけが変わり、教育課程における強制のシステムは残ることになっ てしまう。

何らかの社会的権威を認められた個人・団体・機関などが教科内容の公的基準を決定するシ ステムは、これからも維持しなければならないものなのか、それとも廃止が可能なものなのか。

「強制力を持っ国家基準」としてまだまだ多くの問題点を引きずりつつも、学習指導要領は 確実に地域・学校・現場サイドの裁量による教科内容の決定をより広く容認する方向に動いて

きている。今回の学習指導要領の記述検討を通じて強く印象に残ったのがこの点である。

かっての学習指導要領には、全国の学校現場に寸分違わぬ印画紙を送付するための版画の原 盤のようなイメージがあった。これに対して、新版学習指導要領を読んでいると、ところどこ ろで学校現場での多様な実践展開を想起しつつ基本方針を提示しようとする志向が見られる。

国旗・国歌に関する突出した記述などを見れば、学習指導要領全体の枠組が柔軟になったとは 決して言えないが、「あれこれ全てを細かく決めはしないから、あとは学校で自主的に考えて 下さい。」という姿勢が読みとれる部分は増えてきている。

このような実感を持っ中で、「基準としての学習指導要領の記述を子細に検討することが、

学校現場での教育実践の具体的展開のためにはたしてどの程度の意義を持っか?」という疑問 も感じるようになったのである。

何だか本研究のこれまでの成果を全て否定しかねないような物言いになってきたが、これは 実は教育課程論研究者の存在意義とも関わる本質的な問題である。

ともあれ、こうした疑問を理由に継続してきた作業を未完のままにうち切るつもりはない。

この節の冒頭でも述べたように、中学校・高等学校については、学習指導要領記述の検討作業

に要するであろう膨大な労力を思うといささか怯むというのも実感だが、検討方法の変更も模

索しながら、何らかの形で初等・中等教育課程の全体をカバーするsurveyを完結させたいと

考えている(2000年10月20日)。

参照

関連したドキュメント

 「スパルテイン」作用時ノ成績ハ第2表ニシテ

 是等實験誤差ノ根擦ハ主トシテ標本ノ厚薄ニアルベク,標本ノ薄キモノ程測定誤差ノ少キ

モノニシテ,此電流ノ彊サバ刷子が 整流子ノー方ヨリ他方へ移ラントス

 2本ノ50cc入ノ遠心沈澱管二上記ノ如ク盧置セル

 細挫シタ睾丸二目方ノ3倍量ノ蒸溜水ヲ加へ,「ガ

プログラムに参加したどの生徒も週末になると大

二闘シテハ倫,有關係詮盛二・デアツテ,共ノ主ナルモノハO型,A型ノ人ハB型,AB型ノ

!/ 羨貿hv︑    ︑︑︑職母々  \\  ︑・      ヘへ       !      ︑        −窟亀︑ ノ