奈良教育大学学術リポジトリNEAR
過疎地域吉野郡大塔村の実態と動向についての地理 学的研究
著者 西田 和夫
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 8
ページ 161‑174
発行年 1972‑03‑15
その他のタイトル The Geographical Study on the Status and
Change of the Depopulation Area: A Case Study of ?t?‑mura in Yoshino‑gun
URL http://hdl.handle.net/10105/6262
過疎地域吉野郡大塔村の実態と 動向についての地埋学的研究*
西 田 和 夫榊
(地理学教室)
1. 概 観
大塔村は奈良県の南半を占める吉野山地のほぼ中央部に位置する(図1)。村の面積は11O.97 で,その規模は吉野郡の町村としてはやや下位にある。昭和46年8月31日現夜の世帯数489,人
口1,671で,男女別には女予がやや多く,1滅当たりの人口密度は15ユで極端に低く,本村は吉野 山地に位.直する山村であることを示している。
本村の地形は,吉野山地を構成する南北方向の大峯山脈の西部に位置するため,十津川上渣のV字
さ御 弄陀郡 一一 ・
ば㍗1多1
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内音螂村 \ ・一
和駅山県 天泣} ・/
高胴 ノ 脳
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図1.大塔村の位置 図2。大塔村の地形略図
型峡谷の急峻な地形である(図2)。気候も本県の気候区中F吉野山岳区に属し(図3),気温の年数 差入。降水量も相当大で そのため吉野材の重要な林業地帯となワ,林野率95%に達するところの 山村である。
ホ 丁止e GeographicaI Study on the Status and Change of the DepopulaHom Area:A Case Study of Oto−mum in Yoshino_gun
*}Kazuo Nishida (Department of Geograp11y,Nara Universi ty of亙duca_
tion,Nara)
一161一
集落は総数19で(図4),その大部分は谷底部の峡谷地形を避けて山腹下部斜面のやや緩斜面を選 んで立地レ 河谷底に設けられた国道からは100ん200mの高位置にある山村であ乱世し少数の 集落で谷底部にあるものは交通の要地に立地し,第三次産業に従事するものが多い。
B
B A
0
大塔村
F D
G
A
B C D
1≡:
F G
奈良盆地区 生駒金剛区 犬和高原区 宇陀山地区
吉野川区
吉野山岳区 吉野南面区
図3.奈良県の気候区と 大塔村の位置
H
奮駅 十
果., ・ 天川村
ゴ棚附二、異ツつ
、影岬■螂 一) 電療 …・ I・、
窒㌧・鴨妾宜蕃審 明阯、圭
糾 拒,・1一マ ..、.、、ノ・一・:一嵩
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! ノ 十P川村 一
0 5h
伯岬と. 一 ・、
図4.大塔村の集落位置
交通立地条件は十津川流域の最上流部であるにも拘わらず最も恵まれた位置にある。国道168号線
(五条〜新宮)によワ林産物市場である大阪や奈良方面と連結しているからである。直線距離で大阪・
奈良まで70㎞,五条までは約20Kmである。集約的林業を進める上には有利な交通立地であるとい えよう。(五条と結ぶ国鉄阪本線天辻トンネルは46年10月19日貫通,3年後の営業が期待せられ
る。)
しかも十津川筋は昭和30年代の総合開発事業によってその様相を一変し,本村には昭和31年猿 谷ダムが設けられた。本村にとって画期的な変化であり,これを契機として開発と過疎現象が同時に 併行して進行する過程に入っている。
2、 世帯数と人口の動向
役場資料によワ本村の世帯数 人口の推移(妻1)をみるとI戦後総合開発事業の関係で昭和30年 には一時特に人口が工事関係者の入村によって膨らむが,35年以後は基礎的な世帯数 人口の流出 減少が始まっている。離村,更に過疎化への進行はこの当時に由来している。40年の年齢・男女別 人口(図5)によると,過疎地域の特徴である15〜29才の青年層の稀薄なことが明らかであワ,こ 表1.世帯数・人口の推移(役場資料)
区 分 20年 25年 30年 35年 40年 45年
人 口 3,202人 3,127人 5,401人 2,991人 2,312人 1,588人
増減率 上2.3% 十72.7% 一44.6% 一22.7% 一31,3%
世帯数 649戸 一U72戸 一X46戸 945戸 602戸 478戸 増減率 十3.5% 十40.8%
一 ■
?〇.1% 一36,3% 一20.6%
一162一
れらの人々は五条.高田.大阪.奈良方面へ離村して しまうものであろう。
アー世帯数の動向
昭和35年から現在(46年8月)にかけての世帯数 の減少率は全村で26%である(表2).40年に廃村 化した猿谷に示されるように,小集落における離村の 進行は加速度的に過疎現象を来し,離村を誘発し,廃 村につながる可能性を内包している。現在の19集落 のうち,20戸未満が12集落もあワ,その多くは山腹 に点在している。しかも中峰(減少率93%), 小代 100人 O O lOO人
(同63%),簾(同45%),中原(同43%)の各集
図5一年齢.男女別人口(昭和40年)
落は挙家離村が続出中である(妻2)。
猿谷集落の消滅は国道から300㎜の高位置にあワ,日常生活に不便な地理的条件によるものとみら
表2.集落別世帯数 人口の変化(農林省.役場資料)
90〜94 85〜89 80〜84 75〜79
男 70〜74 女
65〜69 60〜64 55〜59 50〜54 45〜49 40〜44 35〜39 30〜34 25〜29 20〜24 15〜19 1O〜14 5〜9
1∩∩^∩n 1∩∩^o〜4
区分 世帯数35年5月人口 世帯数46年8月人口 世帯数減少数人口 世帯数減少率人口
比 堂 69戸 293人 68戸 210人 1戸 83人 1% 28%
殿 野 22 104 15 67 7 37 32 36 閉 君 17 95 15 48 2 47 12 49 字 井 51 196 51 188 O 8 0 4 猿 谷 11 62 O 0 11 62 100 100 堂 平 19 93 11 50 8 43 42 46 飛養曾 22 1O1 13 65 9 36 41 36 引 土 24 131 20 69 4 62 17 47 清 水 14 64 11 44 3 20 21 31 赤 谷 1O 28 13 35 十3 十7 十30 十25 中 峰 14 76 1 5 13 71 93 93
中井傍示 31 139 19 58 12 81 39 58
I
惣 谷 55 263 43 153 12 110 22 42 篠 原 77 389 52 171 25 218 32 56 小 代 24 120 9 38 15 82 63 68 阪 本 84 350 72 229 12 121 14 35 天 辻 44 221 34 107 10 114 23 52
簾 33 190 18 60 15 130 45 68
中 原 28 143 16 42 12 101 43 71
中原開拓 12 52 8 32 4 20 33 38
猿谷ダム 3 40 0 O 3 40 100 100
計 664 3,150 489 1,671 175 1,479 26 47
一163一
れる。中峰集落も猿谷に次ぐ不安定な状況下にあワ,簾・中原・小代の各集落も何れも地理的条件が 先行していると考えられる。
以上の各集落に対し,字井集落は唯一の安定性を示している。この集落は国道に沿い本村南部の中 心地的性格をもっためであろう。赤谷集落は隣接十津川村からの入村などにより3戸増を示している。
イ..人口の動向
昭和35年から現在(46年8月)にかけての人口の減少率は全村で47%(表2)で,吉野山地の 他村と比較して減少率が高くなっている。年平均をとると4.3%にもなる。人口の減少についても,
世帯数の減少と同様,集落別にその差が大きく,世帯数の減少に応じて中峰・中原・簾・小代の各集 落に減少著し<,間これらに次ぎ中井傍示(減少率58%),篠原(同56%),天辻(同52%)の 各集落が50%以上の人口減少率を示している(表2)。
ウ.世帯数・人口動向の組合わせからみた集落別バターン 以上の世帯数 人口 ¢
100 の両者を総合した離村 の進行を集落別にみる
と,次のようなパター ンに大別されるであろ う(図6)。
(a)人口 世帯数 とも安定性を示してい る宇井集落,僅か増加 の赤谷集落を除くと,
(b)他の集落は何れ も人口 世帯数ともに 減少し,しかも人口減 が世帯減に先行する型 を示している。(C)
中でも人口・世帯数と もに減少率50%以上
減
少
増 加
80
60
40
20
20
人世
羡ム
赤谷
字辻清阪飛殿中惣堂引閉天候中小業中中猿
@ 原 井 養 開 傍
苴ー水本官野拓谷平土君辻原示代 原識谷
@ 図6、隻荻別冊箒・人口の滅砂盛図6. 集落別世帯・人1コの減少率
(昭35〜46,表2から作成)
の激減集落としては中峰 小代がある。
3. 産 業 ア.産業別人口
本村の産業別.男女別15才以上就業者数(図7)をみると、総数893人で.林業(225人)・農 業(125人)を合わせて第一次産業が39%の高率を占める。特に男子(総数651人)の林業に従 事するものが多く,女子(総数242人)は農業を主とするものである。尚第三次産業中,サービス業 が1O%内外を示すのは旅館などがあるためである。
・164.
その他、 その他
機林業、欝林業
総数 男一一・_・
隆業
卸売業 農業 卸売業 、建
小売業1建 小売業 、設 1設 、業 .業 1
I 一
ぐ製造業 製造業 業
図7.産業別・男女別15才以上就業者数(昭和40年)
従業上の地位 男女別15才以上就業者数(図8)をみると,総数892人で,ラち雇用者598人
(67%)と圧倒的に多く,男子総数651人については511人(79%)までが雇用者となっている。
図8.従業上の地位.男女別15才以上就業者数(昭和40年)
これはその大半が森林労働者であることを示すものである。
イ.林 業
山林所有形態(表3−1・2)をみると,吉野林業の先進地帯にあるため民有林が圧倒的に多くて 8,817.11haで,総林野面積10,469−62haの84%に当たる。ラち村外所有老が民有林の64%,
総林野面積の54%に相当する5,629.1O haを所有する。これに対して村内所有者数は総所有者数の 69%を占める。即ち村内所有者は相対的に小規模所有者であり,このことは300ha以.1二の山林を もつものがないことでも理解できる。しかもその中には不在地主が多く含まれているのである。従っ て村への経済的な貢献度は非常に低いものであるといえる。更に村内外を合わせて1O ha未満の所 有者は87%を占め,一方では1,817.12haの大所有者をはじめ,僅かに8人で民有林の53%を占 めている。これ即ち少数の大所有者と多数の零細所有者の分化を示し,前述のように大所有者は村外 所有者が、実質的には村外者である村内所有者で占められているのである(表3−1)。彼等は実際 には直接林業経営に携わるわけではなくて借地林業制度における「山主」てあり,立木を管理経営し
・165・
妻3−1.山林所有形態1〕 (昭和46年,森林組合資料) (1町は1haとみてよい)
村 内 村
÷ヨ∴∵ド
外 合 計町 人.89 67積 人員1反〜 5反 140 38.84 50 15.44 190 5反〜 1町 105 80.03 28 21.38 133 1町〜 5町 183 421.82 102 240.88 285
5囲丁〜 10固丁 59 15・30「82
10町〜 20町 24 323.02 25 341.79 49 20町〜 50町 19 544.46 18 518.94 37 50町〜 100町 10 669.51 8 514.39 18 100町〜 200町 x 230.71 x 29585 x
200町〜 300町 x 465.51 x 716.02 x 300町〜 400町 O 0 x 346.89 x 400町〜 軍00町 0 0 0 O 0 500町〜1,000町 0 O X 648.21 x 1,000町以上 0 0 x 1.817112 x
合計5973,188.01276 5,629.10 873
町 3,60
562,70 1,063.40 1,183.90
1,181.53
34689
648.21 1,817.12
;8,817−11
表3−2.山林所有形態(2) (同前資料)
所有種別 面 積 比率
民 有 林
ha
W,817.11
%84 止 一 一
村 有 林 40.00
官 行 造 林 58.05 1
建 設 省 10,46
農 林 省 4.00
国 有 林 1,370.OO 13
奈良教育大学演習林 I70.00 2
合 計 10,469.62 100
その処分権をもっているのは「山守リ」
で林業活動は多くはこの在封の中小林業 所有者に委ねている。最も資本主義的な 経営構造であり,所有と経営を分化させ ていることは労働老の負担分を増加させ その地位を不安定にし,これが現在の過 疎化を助長することにもなっているので あろう。
所有種別面積(表3−2)をみると,
村有林は僅かに40haに過ぎず,村財政 の暗さ,ひいては他産業や過疎問題にも十分な対応の出来ないことの一端を示しているし,このこと が村内労働者の不安定性にも連るものであろう。また国有林は民有林に次いで広いが,その払い下げ には主として民間企業が伐採している。
村内進出の大企業体には王子製紙と王子造林I王子木材および木原造林がある。王子製紙は所有山 林1,817.12haで全民有林の21%,林野総面積の17%に当たワ最大である(図9)。木原造林の 雇用者15人は村内労働者である。
村内労働者の年齢.男女別(表4)をみると1〜35才の男34人(21%),女21人(42%),
計55人(26%)で労働者の高齢化が甚だしい。特に男子で45才〜が69人(43%)もいる。尚 一166一
尊兼別は男の約1割,女の約7割が兼業林 ㎜王子棚腕伽
家である。男子の場合専業でしかも高齢 一、一r ㎜■}構 /
。・・ 目舳榊であるのは林業経営にとって望ましくない ・.
ことは当然であるが,これも過疎化が最大 一・・. 。. ・1
の隻1線111・㈱俵 …、_豚
5−1・2)をみると再造林・拡大造林と .ノ 、. ・一・
もにその書1」合は停滞ないしは減退している。
λ
これは外材の輸入増加のため立木価格カ皇横 D無・.I
@ 舳
這い状態を続けているためである。伐採量
(表6)となると明らかに漸減している。 図a 大規模造林地(確認分のみ)
特にその傾向は針葉樹によるものであるがI
表4.村内在住山林労働者の年齢・男女別人数(同前資料)
区分〜25才〜30才
女
計 8
10 18
〜35才 19 10 29
〜40才
28 36
〜45才 30 34
〜50才 34 10 44
F1才〜
35
5
40
計
161
・48
209
表5−1、造林面積(1) 単位:ha(同前資料)
区 分 昭42 43 1 44 45 46 計
小規模補助造林 77 93 67 64 62 363
森林組合融資 47 62 一 38 15 162
公庫直接融資 推定 60 〃 60 〃 60 〃 40 〃 20 〃 240
営 林 署 10 15 15 25 25 90
計 194 230 142 167 122 855
表5−2.造林面積(2)
区 分 再 造 林
拡大造 林
計
昭4270 124 194
単位:ha(同前資料)
43
55 175 230
44 30 112 142
45
45 122 167
46
40 82 122
計
240
61■.
855 表6.伐採量単位:石(同前資料)
区 公 昭41
針葉樹78,000 広葉樹50,000
営林署広葉樹
計
6,000 134,OOO
42
72,OOO 62,000 6,000 140,000
43
51,000 60,000 6.OOO 117,000
44
34.800 55,000 6,000 95,800
45
28,OOO 58,000 6,OOO 92,000
計
263,800 285,000 30,000 578,800 一16τ一
それは広葉樹が王子木材の計画伐採(年5,000石)と営林署の計画伐採によるものが殆んどで,景 気による変動は余り受けないからである・
以上の如き造林 伐採規模の漸減ないし停滞は山林労務者にとって大きな不安となっている。酷し い労働条件も考え合わせて,林業労働に見切りをつけて離村したものも少なくないであろ㌔
種苗の生産と消費(表7 表8)をみると,杉と槍が大体相半ばして生産されており,その殆んど が村内で消費されている。苗木生産量も例に漏れず停滞しているが,これは立木価格の停滞の影響の ようである。しかし商品としてはまだまだ伸びる余地はあワそうで,今後は村外移出を考えて育てる 準備がほしいものである。
表7 種苗生産量 単位:万本(同前資料)
区一 分 杉
計
昭42 75 68 143
43 43 46 89
44
26 21 47
45
60 58 118
46 32 53 85
計
236 246 482
表8 種苗生産量の村内外需要の内訳 単位:万本(同前資料)
区 分 村 内 外 外 計
昭42
100 43 143
43
70 19 89
44
47
47
45
95 23 118
46 計
x 312+x
X
85
85+x 482
素材の出荷先は杉檜については下市一犬淀両町へ計50%,桜井市へ30%,五条市へ10%,その 他へ10%で,雑木類は五条市へ75%,新宮市へ25%が出荷されている。杉檜は県内の上記各集散 地から各地へ更に移出される。雑木類で五条へ出すのは王子製紙関係,新宮へ出すのは紀州造林関係 のものである。尚,出荷はすべてトラック輸送によっている。
ウ.農 業
本村は山村で平地が殆んどなく,そのため耕地面積は非常に少なく零細経営で,耕地は山林に転用 される傾向がみられ,過疎化現象も手伝って農家数は31年の403から45年の229に半減してい る。農作物は大体自給用に栽培されている。
経営耕地(妻9)4,441aの内,畑4,112a(92.6%)に対し田は僅か175aに過ぎない。一 戸当たりの面積は畑18.O a,田17.5aで,ともに全国平均を蓬かに下回っている。大字別の畑面 積は惣谷739aが最も広く,次に篠原の587aとなワ,一戸当たワにすると中原37.5aが最も広 く,次いで小代31.0a,惣谷25.5a,中原開拓25−3aとなるが,何れも極めて狭小である。田は 阪本,引上など6大字に見られるのみで,それらも総べて一毛作田である。樹園地が中原開拓,阪本,
天辻にあるが,総べて果樹栽培に利用されておワ,それも154aの内151aまでが梅,残ワ3aが 柿である。曾て見られた楮 漆 茶畑は現在は全くなく,茶だけが耕地や家の周辺に少し残っている 程度である。
一168一
表9 大字別農家数と経営耕地面積
(1970年一昭45一世界農林業セ:/サス資料)
区分
総農家数 田の農
?驩ニ
田の総面積
掛る 蕪㈲チ
樹園総地の面積 畑?農実家数 畑の総面積
戸22 戸 a
天辻
戸4 a9 戸22 a360
簾 14 14 172
阪本 20 2 53 1 20 20 258 小代 4 一一■ 4 124 殿野 14 14 249
閉君 9 9 89
宇井 3 3 23
清水 6 6 71
引土 18 3 41R 18 361
飛養曾 14 1 14 298
■一一
堂平 8 一一一1皿 ■ 一.■ 8 125
け_ノ 8 2 36 8 300
一L 6 一 6 125一 一 一 6 152
ぎ簑 2 2■ 1OI
12 1 22 12 194
29 1 20 29 739
40 40 587
計 229 10 175 11 154 229 4,112
専兼別農家数(図10)をみると,
総数229のうち専業は僅か21
(9.2%)に過ぎず.兼業でも特 に第二種兼業が200(87,3%)
で圧倒的に多い。これは規模零細 で,自給するにも不充分なためで あろう。
兼業農家
図10.専兼別農家数(昭45)
農業従事者(表10)は総数 866であるが,青年層が流出し ているので16〜29才のものは 非常に少ない。そのため30才以 上の男女が中心であるが、耕地が 狭いのと、男子は林業その他に多く従事するので,女子によって殆んどの畑仕事が行なわれているよ
うである。
表10. 農業人口就業構造(男女別5才きざみ世帯員数)(1970年一昭45一同前資料)
区 分 O〜14才 15 16〜I9 20〜24 25〜29 30〜34 35〜39
男 131 11 3 10 8 12 39一 』
女 129 12 12 9 18 24 32
計 260 23 15 19 26 36 71
40〜44 45〜49 50〜54 55〜59 60〜64 65〜69 70才以上 計
38 32 23 25 22 18 30 402
36 43 32 21 22 29 45 464
74 75 55 46 44 47 75 866
農作物(表11)は林業地帯であるため種苗.苗木類が換金作物として比重が高く,これに次いで 工芸作物がある。前者の販売戸数95(41.5%),後者のそれは77(33.6%)に達する。
一169一
表11.作物別収穫農家数・収穫面積・販売農家数(1970年一昭45一同前資料)
≡保有ほだ木総本数 」ほだ木保有農家数
一般に本村の農作物は山地の冷涼気候に適した豆類・ばれいしょ等が中心に栽培されている。しか も殆んど自給用で、従って販売状況(表12)をみても,販売なしの農家数が97(42.4%)もあワ,
販売があっても50万円以下でただ1戸のみ100〜150万円の販売額をあげてい乱
作 物 名 収穫̲家数 収穫
ハ積 販売̲家数 作物名 収穫̲家数 収穫ハ積 販売̲家数
水 稲 I ■ 1戸止
小 麦 一 一一 一 一 一 ■
10戸
S0■ 一 ■ 一■■
一 」
大麦.はだか麦
ひπ あわ■研ろこし一
ォび・その他雑穀 50
158a 戸 一 一 一 ⊥ 一 一 一 一
P01
S4
@ 一 皿 u 一■ 一⊥一 R49 1川Iu■丁
Q16 1 … ■ 』
」結球はくさい 196戸 29a一 一 一一一一一一一 ■ 一』1 ■一
スまねぎ140 11 I■ ■ ■ ■一 一 一 一
セいこん221 72 ■■一 一」一
ヒ ぎ89 7 @1P一 ■
ばれい し ょ
一 〇…… I ■
か ん し エ 187
だ い ず 191 235
?」 L 」 一 ■
1
? ■ ■… ■ L1…^⊥ 」一 【
@2
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表12.農産物販売金額別農家数(1970年一昭45一同前資料)
区分警モ呈石黒L・一・…一・…一・・70丁。。 O01為計
農家数97 58 59 14 0 0 1 22g
比率(%)42.4 25,3 25,8 6.1 0.4 100,0
工.工 業
本村の工業は振わないが,林業に関係の深い事業所が少数ある。即ち事業所(図11)総数75の うち建設業8は土木工事業とみられるし,製造業4の中には製材,木製品製造業1が含まれている。
建設.製造関係12の内訳を大字別にみる(表13)とその半数に当たる6事業所が阪本にあワ,他は 辻堂3,宇井2,清水1となっている。解営規模も可成ワ小規模である(表13)。
もと宇井にあった製材所I阪本にあった和家具製造も廃業しておワ、伝統的な家内工業として盛ん であった杓子製造も現在では全く行なわれていない。
一170一
妻13. 第二次産業の事業の種類と経営規模(昭和44年,事業所統計調査資料)
経 営 規 模
大字 事業の種類総数 1〜2人 3〜4 5〜9 1O〜29
土木工事 4 川 3 1
阪 本 豆腐製造 1由児用タイツ縫製 1 1… 1
清 水 製材,木製品製造 1 1
辻 堂 土木工事 2 2 豆腐製造 1 1
字 井 土木工事12 1 1
計 12 1 3 7 1
図11.産業別事業所数 (昭44)
図12.大字別商店数 (昭44)
図13.商品別商店数 (昭44)
オ.商 業
第三次産業の事業所(表14)は総数62で内45(77%)は阪本.辻堂 宇井の3大字に集中し ている。辻堂は役場の所在地で行政上の中心であワ,他の2大字と共に谷底部に位置し,しかも国道 沿いで交通の要地に立地していることが大きな原因であろう。経営規模は1〜2人が51(82%)
を占めている。
表14、 第三次産業の産業大分類別の経営規模(昭和44年,同前資料)
産業犬分類 総 数 経 営 規 模
1〜2人 3〜4 5〜9 1O〜29
卸売一小売 38 33 4 1
金 融 1 1
運 輸 3 2 1
サービス (公営1)20 16 3 1
計 62 51 9 2 O
171一
80,000
60,000 人
40,000
11,000
9,000
7,000
5,000
400
200
0
奈良県
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吉野郡
、、、
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大塔村
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S39
商店数(図12)は総数38で阪本・辻堂・
字井に24(63%)が集中している。商品別
(図13)には25(66%)までが日用食料 品を販売している。これは本村の農業が自給 にも不充分であることが一つの珊由と考えら
れる。
運輸業はタクシー会社1,一般貨物自動車 運送業2である(図11)。
サービス業(表15)も阪本 辻堂 宇井 に集中しており,計18(90%)を占めてい
る。
表15.大字列サービス業の事業の種類と 事業所数(昭和44年,同前資料)
薫へ本
1 1 1
井 原 3 6
2
1
120
旅館と理髪,パーマ各6(計12で60%)が 目立っ程度である。そのほか行商として惣谷・
篠原などの奥地へは毎日1回食料品を自動車 で,魚は大和高田市から隔日位に売ワに来て いるようである。
40 41 42 4344 454.
図14.小学校(一) 中学校(一一一一)
児童生徒数の推移
教育・文化
ア.学校の統合
中学校は昭和43年まで3校(第一・第二.
組合立塩谷中学校)があったが,同年11月
一1τ2一
の村会で村立第一中学校に統合をみた(図16)。生徒数(図14)は45年では前年に比べ15人増 加しているが,39年以降は年々約10人ずつ減少の傾向を続けてい私小学校は現在7校(図16)
あるが,うち中原小学校は45年4月から休校している。児童数(図14)も過疎現象を反映して年 々30〜40人ずつ減少を続け,39年418人から45年は約半数の221人となった。
過疎化に伴なう児童生徒数の減少により各学校は小規模化を余儀なくされておワ,村の教育は今後 一層困難な状況にある。然し当面の対策として中学校では統合が具体化した。小学校についても統合 によリ教育効果の向上と経費負担の合理化を計り。統合に伴なう通学距離の増長に関して竺スクール バスの運行と寄宿舎の建設,更に教職員住宅を建設することによって解決しようとしている。けれど も小学校児童の寄宿舎収容については低学年児童に対する措置が問題であろう。
イ.新卒者の動向
本村では35年以後離村の動きが目立ってきたが,この頃からの中学生の卒業後の状況(図15)
をみると,村内就職が皆無に近い状態が続き,また高校進学はそのまま村外就職コースであることを 考え合わせると,新卒者の村内残留,村の生産力人口(殊に林業労働力)の補充はこの1O年来中絶 状態が続き,人口構造の弱体化を物語っている。
進 村 外 就
欄
図15.大塔村の中学卒業生卒業後の状況
100¢
ウ.文化施設
文化施設(図16)は辻堂に中心があり、役場をはじめ森林組合,郵便局,巡査駐在所などがここ に集中している。中央公民館もあるが,利用不便な地域住民から分館建設の要望が高まっている。
一173
5、結 語
以上は過疎地域大塔村につ いて,人口の動向,産業,教 育文化につき分析を進めたも のである。過疎地域の実態と 動向が柳かなワとも解明せら れたとするならば望外の幸で
ある。
実態調査(46・9.5〜7)
ならびに本報告書作成には本 学人文地理研究会有志(市原 孝夫・金治延幸・田中誠・
姫野江章・福島義和の5氏)
の助力に負う所が多い。併わ せて現地で資料提供ならびに
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大塔村の文化教育施設(昭46)
文は小学校⑳は中学校 ・は生活改善センター 種々ご協力を戴いた方々に対しても感謝の意を表するものである。
(昭和46年11月20目)
一174一