過疎地域の実態と地域再生
−限界集落を中心に−
A study on the actual situation and regional regeneration in depopulated area:
The issue on GENKAI-SYURAKU (Marginal Village)
石川 忠
抄録
地方からは少子高齢化社会がもたらす断末魔のような悲鳴が上がっている。人口減少社会 の到来は、バブル期以降、加速した「東京一極集中」によって中央と地方のさらなる格差を 生み、中山間地域においては、農業集落が衰退し、過疎を通りこした限界集落化現象が起き ている。さらに、集落が消滅に至るという事態も進行している。
限界集落では、後継者不足、荒廃農地の増加、空き家問題等、憂慮すべき事態が発生して いる。限界集落問題は、その地域だけではなく、国土全体にかかわる国民的課題である。「限 界集落」という学術用語・概念が社会的に認知されてから
20年以上が経過している。国の 過疎政策と財政上の措置がありながら、過疎地域の数は増加し、平成
22年の国政調査では、
過疎地域は全国市町村の内
797市町村(
46.4%)となっている。過疎地域の高齢化比率(総 人口に占める
65歳以上人口の比率)は
33.8%である。近年、地域活性化は最大ともいえる 政策課題となっている。
日本創生会議
1は、
2040年には限界集落から全市区町村の約
50%が消滅する可能性があ ると指摘する提言を発表した。この発表により「地方消滅」論あるいは「限界自治体」論が 脚光を浴びている。
本研究の対象地域は、中山間地域の限界集落を中心とする過疎地域である。研究手法は、
まず過疎および限界集落の概念を整理している。第
2に、それぞれの対象地域の現況を統計 資料から洗いだし、過疎に陥る社会的メカニズムについても検証している。第
3に、先行研 究を踏まえ、大野晃が
1980年代末に提示した「限界集落論」の概念に対する評価と問題点 を指摘している。最後に、限界集落を含めた過疎地域の再生策について示している。
序論 本稿の目的
日本が少子化と急激な高齢化の進展により、人口減少社会へ転換したことは、もはや国民
全体の共通認識となり、経済成長社会から成熟社会を迎えている。
1989年の出生率「
1.57ショック」によって、少子化は現実の問題としてクローズアップされたが、実は
1975年以降、
石川 忠
20一貫して
2を下回り続けていた。高齢化については、近年急激に進展したという認識が強い かもしれないが、国連の報告書によれば、
65歳以上の人口の割合を示す高齢化率が
7%に達 すれば「高齢化社会(
aging society)」で、
14%に達すれば「高齢社会(
aged society)」、さら に
21%を超えると「超高齢化社会(
super-aging society)」 になる。
1970
年に、すでに日本は高齢化社会に突入し、
1994年には高齢社会、さらに
2007年には 超高齢化社会に到達している。人口に関しては、
2005年にいったん減少し、
2006年以降は 微増に転じたものの、
2008年以降、人口減少社会に突入した。
2014年
5月、日本創生会議・
人口減少問題検討分科会の報告「成長を続ける
21世紀のために、ストップ少子化・地方元 気戦略」(通称「増田レポート」)が発表された。このレポートが大きな波紋を呼んでいる。
このレポートでは、加速した「東京一極集中」が中央と地方のさらなる格差を生み、「限界 集落」から「
896の市町村が消滅する」とする警告をする「地方消滅」論
2が脚光を浴びて いる。
農村における過疎化や少子高齢化については、いわゆる「限界集落」の問題として論じら れている。この議論が大きな注目を浴びたのは
2007年である。農作業、道普請、冠婚葬祭、
防災から日常的な助け合いまで、農村の人々の生活は、集落という一つの集合体によって支 えられてきた。こうした集落の活動の担い手が減少し、集落というまとまりの維持が「限界」
になると、住民の生活も立ちゆかなくなってしまう。「限界集落」をめぐる議論は、このよ うに過疎・高齢化が進むほど、集落の機能が衰退していき、人々との生活が行き詰まるとい う問題に、注意を喚起し対策を迫るものである。
国土交通省は、 「国土形成計画策定のための集落状況に関する現況把握調査」 (
2006年実施、
2007
年報告)の報告書では、 「限界的集落」という表現を使用している。しかし、本稿では「限 界集落」という表現を用いることとする。
総務省および広域自治体の都道府県、そして基礎的自治体の市町村においても、「限界集 落」の実態調査すら進んでいない状況にある。その理由は、集落が危機的状況にないと認識 している点と、限界集落の用語に暗いイメージがあるという点である。
小田切徳美は、「限界集落という言葉が持つ余りにも強い響きに対する違和感が各所で表 明されている」と指摘している
3。集落の切羽詰まった状況が強調されるとき、限界集落と 呼ばれる集落に対して、「悲惨な集落、悲惨な暮らし」という見方が定着するおそれがある として、過疎・高齢化する農村地域に暮らしている当事者から懸念や遺憾も示されている
4。 その結果、限界集落にかわる言葉が作られている
5。しかし、「限界集落」という強い響きに 比べて、インパクトが小さく、その普及度は小さいと言わざるをえない。また、この問題は
「限界集落」の呼び方を変えれば済むわけではない。
限界集落を含む過疎地域の実態に関する先行研究をみると、それらの多くは、集落の消滅
する事由を中心として調査・研究されており、集落存続を担保する要件について論じている
ものは極めて少ない。これに対して、山下祐介は、他出した家族が故郷へ戻れるかどうかが
重要であると論じ
6、徳野貞雄も「T型集落点検」による集落の調査手法は、家族のあり方 を見直すためのものである
7としている。
本稿の研究手法は、第
1章では、過疎の概念を整理し、過疎地域の現況を統計資料から洗 いだす。第
2章では、人口増減のメカニズムと過疎化を生じさせた社会的メカニズムについ て、分析検証する。第
3章では、限界集落の概念と限界集落論の展開について考察する。そ のなかで、限界集落の現況を把握し、さらに大野に対する評価と問題点を探る。これらを踏 まえて、第
4章では、本稿の最終目的である
3つの視点に着目して、限界集落を含めた過疎 地域を再生させるためのグランドデザインを示す。すなわち、地域の持続可能な地域づくり のあり方を示すことでもある。
第 1 章 過疎地域の概念と過疎地域の現況について 1 - 1 過疎地域の概念について
「過疎」という概念が行政用語として登場したのは
1966年
3月で、「経済審議会地域部会」
が、佐藤栄作首相に答申した中間報告書「日本経済の地域的変貌」において始めて使われた。
「過密」に対する新たな造語としての「過疎」である。すなわち、「東京の過密に対し農村の 過疎は問題である。人口減少で教育、防災、医療など地域の基礎条件が維持できず、外部経 済の利益も受けにくい。この状態を過疎という
8」と定義し、一般の過疎論はこの文脈に沿っ て用いられている。安達生恒は、過疎の本質について「最初から過疎と過密地帯に分断され ると承知しながら、暴走した高度経済成長の中に問題の根源がある」と言及している
9。
過疎問題に対して、国はどのような対策を講じているのだろうか。
1970年に農山漁村を 中心とする地方の人口減少に起因する地域社会の諸問題に対処するために、「過疎地域対策 緊急措置法(過疎法)」が制定されて以来、
1980年「過疎地域振興特別措置法」(以下「自 立促進法」という。)、
1990年「過疎地域活性化特別措置法」、
2000年「過疎地域自立促進特 別措置法」と
10年おきに新たな過疎対策法が施行されてきた。そして現在、「改正過疎法」
の
6年延長がきまり、
2010年
4月
1日より施行され、
2020年度まで実施されることが決定 されている。このように対策は途切れることなく実施されている。
1969
年に閣議決定された「新全国総合開発計画(新全総)」により、高密度経済は軌道に乗っ ていくが、それでも国は、過疎農山村の人口流出対策を施す狙いから、ほぼ同時に「過疎法」
を策定した。しかし、新全総と過疎法は水と油の関係で、過疎と過密の二律背反が生じた場 合には、新全総の枠組みが過疎法に優先するものであった。
筆者は、新全総の基本理念は、選択と集中にあるため、やみくもに過疎対策を実施せず、
効果の期待できない場合には、集落再編成という名目で集落合併を認めてきたと考える
10。 保母武彦は、「新全総の評価について、スケール・メリットを追求した経済効率優先の広域 行政を目指した」と論じている
11。
つぎに、過疎地域の定義および過疎地域に指定される
2つの要件について整理してみよう。
石川 忠
22過疎地域とは、①「自立促進法」第
2条第
1項に規定する市町村(以下「過疎市町村」とい う。)の区域。②自立促進法第
33条第
1項の規定により過疎地域とみなされる市町村(以下「み なし過疎市町村」という。)の区域。③自立促進法第
33条第
2項の規定により過疎地域とみ なされる区域(以下「一部過疎地域」という。)をいう。また、一部過疎地域を有する市町 村を、以下「一部過疎市町村」という。過疎関係市町村とは、前記①、②又は③の区域を有 する市町村をいう。過疎地域の指定要件は、人口の著しい減少に伴って地域社会における活 力が低下し、生産機能および生活環境の整備等がその他の地域に比較して低位にある地域に 指定されている。具体的には、法で定める指定期間の「人口要件」、「財政力要件」に該当す る市町村の区域となっている。
1 - 2 過疎地域の現況について
日本おいて、後継者がいない農家率は
56%(
2014年)、また、荒廃農地面積は、約
27.6万
ha(
2014年 ) で あ り、 全 耕 地 面 積 の
6.1%(
2014年・ 前 年 比
0.1% 増 )、 空 き 家 率 は
13.5%(
2014年)、空き店舗率
10.82%(
2009年)である。これらのデータの比率を押し上 げているのは、過疎地域であるといえる。
過疎地域における、人口、財政力、産業について検証してみよう。まず、人口に着目して みよう。
1970年に最初に過疎法が誕生した時に、過疎地域に指定されたエリアには
1520万 人住んでいた。これは当時の人口の
14.5%に相当し、
7人に
1人が過疎地域の住民であった。
直近の統計資料(図
1)によると、過疎地域の人口は
1036万人と、
8.9%を占めているに過 ぎない。しかし、市町村数で比較すると、過疎地域は
797市町村あり、
46.4%にも上ること が分かる。過疎関係市町村の内訳は、過疎市町村
616団体。みなし過疎市町村
30団体、一 部過疎市町村
151団体である。過疎地域の面積では、
21万
6191㎢と、国土の半分強を占め
市町村数
(全国
1,719市町村)
過疎
797市町村
(
46.4%)
非過疎
922市町村
(
53.6%)
人口
(全国
12,806万人)
過疎
1,036万人
(
8.9%)
非過疎
11,770万人
(
91.1%)
面積
(全国
377,950 km2)
過疎
216,191 km2(
58.7%)
非過疎
161,759 km2(
41.3%)
図 1 過疎地域が全国に占める割合
(出典)平成
22年『国勢調査』資料 総務省統計局より筆者作成。
(備考)
1市町村数は平成
27年
4月
1日現在。過疎地域の市町村数は過疎関係市町村数による。過疎市町村:
616
団体、みなし過疎市町村:
30団体、一部過疎市町村:
151団体。人口及び面積は平成
22年国勢調 査による。
2
東京都特別区は
1団体とみなす。
3
( )は構成割合である。
ている。さらに過疎地域等の約
62000集落について地域区分でみると、山間地が
32%、中 間地が
29%、平地が
30%、都市が
8%となっている
12。
過疎地域、三大都市圏、地方圏の人口増減率の推移をみると、過疎地域では引き続き人口 が減少している。
1960年から
1970年にはマイナス
10%程度と著しかったが、その後鈍化し、
1975
年から
1980にはマイナス
2.2%まで改善された。しかし、
1985年から
1990年以降に再 び増大し、
2005年から
2010年まではマイナス
6.9%となっている。
東京圏(埼玉県、千葉県、東京都および神奈川県の区域)、大阪圏(京都府、大阪府およ び兵庫県の区域)、名古屋圏(岐阜県、愛知県および三重県の区域)の三大都市圏において は、
1960年から
1965年に
15.0%であったのが年々減少し、
2005年から
2010年では
2.1%に 止まっている。三大都市圏以外の地方圏においては、
1960年から
1965年がマイナス
1.0%、
2005
年から
2010年はマイナス
1.5%になっている。
過疎地域の人口増減の要因を社会増減(転入・転出)および自然増減(出生・死亡)に着 目してみよう。この要因のメカニズムについては、次章で詳細にふれることにする。
1985年度以前は、自然増を上回る社会減による人口減少、
1989年度以降は、社会減と自然減の 両方が人口減少の要因となっている。
2008年度からは社会減が拡大から縮小に転じ、翌年 度(
2009年度)以降は自然減が社会減を上回っている。
2010年の国勢調査から年齢階層別 人口構成比(図
2)で比較してみよう。この図が示すように、過疎地域の年齢構成比は、
64歳以下の全ての年齢階層において全国よりも低く、一方
65歳以上の高齢者の構成比は
10ポ イント上回っており、過疎地域は若年者が少なく高齢者が多い高齢社会であることを裏付け ている。
つぎに財政状況についてみてみよう。
2013年度においては、全国市町村の歳入決算額に おける地方税収割合は
32.9%であるのに対し、過疎関係市町村の一市町村当たりの歳入に 占める地方税収割合は
13.3%に過ぎない。財政力を示す指標である財政力指数
13(
2013年)
をみると、
0.42超
25団体(
3.1%)、
0.3以上
0.42以下
160団体(
20.1%)、
0.2以上
0.3未満
図 2 過疎地域及び全国の年齢階層別人口構成比 (出典)図
1に同じ。
(備考)過疎地域は、平成
27年
4月
1日現在。
0% 20% 40% 60% 80% 100%
過疎地域
全 国
0〜14歳 15〜29歳 30〜64歳 65歳以上 年齢不詳
11.4%
13.1% 15.4% 47.8% 22.8% 0.8%
11.5% 44.2% 32.8% 0.1%
石川 忠
24309
団体(
38.3%)、
0.1未満
29団体(
3.6%)、と平均指数は
0.23%となっており、全国平均 の
0.49%を大きく下回っている。この点から、過疎市町村は、自主財源に乏しく脆弱な財政 構造になっているといえる。
市町村の置かれている状況は、上述したように財政基盤の脆弱化など単独での存続が危ぶ まれる危機的状況に瀕しており、日常生活圏域周辺市町村が持つ少ない政策資源を集中的に 圏域に投入していく広域対応が地方再生の打開策として有効になる。地域の現状にあった地 方再生策を打ち立てるには、根本要因である人口問題に真正面から立ち向かうことが必要で あるが、地域再生資源の乏しい市町村が人口減少問題に対する最適解を単独で見出すことの 可能性は低い。
さらに産業・雇用についてみてみよう。
1970年の国勢調査における産業別就業人口およ び構成割合の変動状況をみると、全国レベルでは、第
1次産業
19.3%、第
2次産業
34.1%、
第
3次産業
46.6%である。過疎地域については、第
1次産業
44.5%、第
2次産業
44.5%、第
2次産業
21.8%、第
3次産業
33.8%と、第
1次産業就労者が過疎地域の中核的産業であった。
2010
年の国勢調査では、全国で第
1次産業
4.2%、第
2次産業
25.2%、第
3次産業
70.6%と 変化している。過疎地域については、第
1次産業
15.8%、第
2次産業
24.3%、第
3次産業
59.3%と、第
2次・第
3次産業就業者が
83.6%と約
8割強を占めている。就業者数の比較では、
1970
年を
100とすると、
2010年では、全国が
106.8、過疎地域が
53.5と過疎地域で就業率 が低下していることが分かる。
上述したように、農漁業の第
1次産業が主産業であった時代は、各地域に人口が分散して いた。ところが工業化よって人口が増加に転じると、農村部ではその人口を維持するだけの 生産能力がないため、工場という生産機能がある都市部へ人口が流入し都市化が加速して いった。日本が戦後復興から高度経済成長を成し遂げるなかで、地方の第
1次産業の農村地 域から第
2次・
3次産業の都市、工業地帯へ多数の若者が就職のために流出していった時代 である。このような背景のなかで「過密」に対する反対語を意味する新しい造語としての「過 疎」という用語が登場した。過疎地域では人口が減少し、防災、教育、医療、交通機関など の基本的生活条件が損なわれていったのである。しかし、過疎地域から都市に生活を求めた 結果、所得水準が上がり経済的格差が縮小したのも事実である。
第 2 章 人口増減のメカニズムと過疎化を生じさせた社会的メカニズム 2 - 1 人口増減のメカニズム
人口増減のメカニズムについて、まず基本から確認する必要がある。人口動態は、次の
4つで構成されている。まず、①出生と②死亡があり、その差し引きが「自然増減」となる。
さらに③転入と④転出があり、同じくその差し引きが「社会増減」となる。人口減少するの
は、①より②が多い自然減か、③より④が多い社会減かであり、かつその和がマイナスのと
きである。自然減の原因は、死者数の増加もよりも出生数の減少が大きい。とくに一人あた
り女性が子供を産む数(出生率)が、人口維持水準を大きく下回っていることが要因である。
15
歳〜
49歳までの女性の年齢別出生率を合計した合計特殊出生率が、
2.08で人口維持水準 といわれている。期間合計特殊出生率を時系列的に見ると、
1994年は
1.50を記録して以降、
1.45
以下で推移している。
2005年には
1.26まで下がった。その後回復し
2012年には
1.41、
2013年には
1.43となった。しかし、
2014年には再び減少し
1.42である。
2015年は
1.46で、
9
年ぶりに下がった前年を
0.04ポイント上回った。
1.45を超えるのは
1994年以来、
21年ぶ りである。出生数も
5年ぶりに増加したが、死亡数から出生数を引いた人口の自然減は、過 去最大の
28万
4772人を記録した。人口の自然減は
1899年に統計を取り始めて以来、最大 の減少幅を記録した。自然減は
9年連続。出生数は増加したが、死亡数が戦後最多の
129万
428人(前年比
1万
7424人増)に上がった。
つぎに、都道県別に人口増減要因(表
1)の特徴をみてみよう。平成
26年に人口が増加 した
7都県は全て社会増加となっており、うち
4都県は自然増加、
3県は自然減少となって いる。千葉県は社会増加が自然減少を上回ったことにより、前年の人口減少から人口増加に 転じている。人口が減少した
40道府県のうち、宮城県および滋賀県を除く
38道府県は自然 減少かつ社会減少となっている。宮城県は自然減少が社会増加を上回ったことにより、滋賀 県は前年の社会増加が社会減少になったことにより、人口増加から人口減少に転じている。
筆者は、合計特殊出生率が低い傾向にあるが、その要因としては、親世代の人口規模の減 少、晩婚化に伴う「晩産化」が挙げられるが、主たる要因は、生涯未婚率が年々上昇してい
表 1 人口増減要因別都道府県
増減要因 都道府県名
平成
26年
都道府県名 平成
25年
都道府県名 平成
26年
都道府県名 平成
25年
人口増加
自然増加・社会増加 東京都 神奈川県 愛知県 沖縄県
東京都 神奈川県 愛知県
滋賀県 沖縄県
4 5自然増加・社会減少
0 0自然減少・社会増加 埼玉県 千葉県 福岡県 宮城県 埼玉県 福岡県
3 3人口減少
自然増加・社会減少 滋賀県
1 0自然減少・社会増加 宮城県 千葉県 大阪府
1 2自然減少・社会減少
北海道 青森県 岩手県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県 新潟県 富山県 石川県 福井県 山梨県 長野県 岐阜県 静岡県 三重県 京都府 大阪府 兵庫県 奈良県 和歌山県 鳥取県 島根県 岡山県 広島県 山口県 徳島県 香川県 愛媛県 高知県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県
北海道 青森県 岩手県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県 新潟県 富山県 石川県 福井県 山梨県 長野県 岐阜県 静岡県 三重県 京都府 兵庫県 奈良県 和歌山県 鳥取県 島根県 岡山県 広島県 山口県 徳島県 香川県 愛媛県 高知県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県
38 37
(出典)総務省統計局『人口推計資料』より筆者作成。
石川 忠
26るためであると分析している。確かに結婚した時の妻の年齢が高くなると、夫婦の持つ子供 の数は減少する。合計特殊出生率は、本来ならば出産適齢期の女性が多い東京などの都市部 において高く、出産適齢期の女性が少ない地方において、低い数値を示すはずであるが実態 は真逆である(図
3)。
図 4 合計結婚出生率と合計特殊出生率の推移
注: 合計結婚出生率の破線グラフは各年値、実線グラフは
3年移動平均値を示す。第
7回調査(
1977年)〜
第
14回調査(
2010年)を合わせて集計、合計特出生率は「人口動態統計」による・グラフ上の数値は
1955年から
5年毎の合計結婚出生率
3年移動平均値と合計特出生率の値を示す(ただし合計結婚出生率 の最新数値は
2009年の値)
図 3 都道府県別の合計特殊出生率(上位・下位 5 都道府県)
資料:厚生労働省大臣官房統計情報部『平成
26年人口動態統計(概数)』
1.86 1.69
1.66 1.66 1.64 1.42
1.30 1.27 1.27 1.24 1.15
1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 1.8 1.9 2.0
沖
縄 宮
崎 島
根 長
崎 熊
本 全
国 宮
城 北海道 奈
良 京
都 東
京
資料:厚生労働省大臣官房統計情報部「平成26年人口動態統計(概数)」
<末子が6歳未満の夫婦の1週間当たりの家事・育児時間>
<都道府県別の合計特殊出生率(上位・下位5都道府県)>
<結婚時の妻の年齢別の完結出生児数>
<初婚年齢と母の平均年齢の推移>
•
我が国で、出生数は減少傾向にあるが、その要因としては、親世代の人口規模の減少、未婚率の上昇や晩 婚化に伴う「晩産化」が挙げられる。
•
結婚したときの妻の年齢が高くなると、夫婦の持つ子ども数も減少。
•
結婚している夫婦の理想子ども数は2.42人であるのに対し、予定子ども数は2.07人とこれを下回っている。
•
合計特殊出生率は、東京などの都市部において低く、地方において高い傾向にある。
<初婚年齢と出生時の母の平均年齢の推移> <理想子ども数と予定子ども数>
出産をめぐる状況と意識
2.62 2.67 2.64
2.53 2.56
2.48
2.42
2.20 2.23
2.18 2.16 2.13 2.11
2.07 2.0
2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 2.6 2.7
1982 1987 1992 1997 2002 2005 2010
平均理想子ども数 平均予定子ども数 資料:国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査(夫婦調査)」(2010年)
(注)㻌 対象は妻の年齢
50歳未満の初婚どうしの夫婦。理想・予定子ども数は8人以上を8人とし、
㻌 㻌 㻌 㻌 予定子ども数は現存子ども数と追加予定子ども数の和として算出
(
人
)(年)
25.9 27.2 26.9 27.8 28.4 28.8 30.5 31.1
23.0 24.4 24.2 25.2 25.9 27.0 28.8 29.4
24.4 25.4 25.6 26.4 27.0 28.0
29.9 30.6
26.7 27.8 28.3 28.7 29.5 30.4 31.8 32.4
29.4 29.9 30.6 30.6
31.8 32.3 33.2 33.4
20 22 24 26 28 30 32 34
1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2014
夫の平均初婚年齢 妻の平均初婚年齢
第1子出生時の母の平均年齢 第2子出生時の母の平均年齢 第3子出生時の母の平均年齢
㻔歳㻕㻌
資料:厚生労働省大臣官房統計情報部「人口動態統計」
(注)
2010年までは確定数、
2014年は概数
(年)
2.11 2.06
1.96 1.94
1.63
1.43 1.20
1.40 1.60 1.80 2.00 2.20
21
~
22歳
23~
24歳
25~
26歳
27~
28歳
29~
30歳
31歳~
資料:国立社会保障・人口問題研究所「第14回出生動向基本調査(夫婦調査)」(2010年)
(注)対象は結婚持続期間
15~
19年の初婚どうしの夫婦(出生子ども数不詳を除く)
(人)
9
合計結婚出生率と合計特殊出生率の推移(図
4)をみると、夫婦の出生率(合計結婚出生 率
14)は、戦後
60年代までに大きく低下し、いわゆる少産化を引き起こした。その後
1966年の丙午(ひのえうま)の変動を挟んで、
70年代前半にやや増加したが、半ばには急落し、
いったん
2.1前後に落ち着いた。
80年代後半から再び低下傾向となり、
90年代以降は
2.0を 下回り
2005年前後に最も低くなった。その後は僅かながら回復傾向を示している。既婚者 の出生率は、合計特殊出生比率より高い数を示していることから、日本の合計特殊出生率の 低下の原因は、生涯未婚率の上昇が原因であるという結論が導かれた。生涯未婚率(
2015年)
をみると、 男性が
24.2%、 女性が
14.9%であり、
2035年の将来推計では、 男性が
29.0%、
女性が
19.2%と上昇傾向にある
15。
未婚率が上昇している要因についてみてみよう。未婚者(
18歳〜
34歳)のうち「いずれ 結婚するつもりと」答えた人は、男女とも
8割を超えている
16。結婚を望んでいながら、妨 げている理由は、適当な相手とめぐり合わないことと、結婚後の生活資金不足などの経済的 な懸念のほか、自由や気楽さを失いたくないことや仕事(学業)にうちこみたいことなどで ある
17。特に、非正規雇用労働者では、経済的理由から結婚していない人が多く、男性では 正規雇用労働者と非正規労働者で配偶者がいる割合に大差が生じている
18。
出生率が上昇した理由について、筆者は経済や雇用環境が改善され先行きに明るさが見え たことが、影響した可能性があると分析している。日本創生会議は、
16歳から
39歳の出産 可能年齢層の女性が減少し、このまま有効な手立てを打てずに進めば、
2040年には全市町 村の
50%が消滅する危機があると警鐘を鳴らしているが、このことは、市町村が個別に地 方再生を図ることの困難性を暗示しているとみている。
2 - 2 過疎化を生じさせた社会的メカニズム
高度経済成長社会の概念には、資本の論理が盛り込まれ、日本全土を即時に、大量に、機 能的に結節させる国土計画が検討された。その一方では、高度経済推進の妨げとなる第
1次 産業の農業と林業は国策から衰退させられた。全国総合開発計画(
1962年)の下、太平洋 ベルト地帯への計画的投資が集中したため、高度経済成長期には、全国から約
3000万人が このエリアに移住した。しかも、都市部の労働力人口として地方の中山間地から移動した世 代は、働き盛りの若者や中卒者であった。すなわち、過疎問題は、中山間地で人口が大幅に 減少したために発生した。その後も、地域社会に若者を雇用する事業所が少ないことや、収 入の多い職種を求めて、都市への人口流出傾向は止まらなかった。現在、その反動として中 山間地は、空き家や独居の後期高齢者が目立ち、住み慣れた集落を継ぐ住人がいない。この ように、少子高齢化が極度に進んでしまった集落が「限界集落」である。過疎化発生のメカ ニズム(図
5)は、中山間地から都市部に長期的かつ大規模に人口移動してきたメカニズム を表している。今後、地縁・血縁の強い地域共同体をどう維持していくか課題は尽きない。
また、負の連鎖による限界集落発生メカニズム(図
6)は、限界集落において、一つの現
石川 忠
28象がさらに次の問題を悪化させる負の連鎖が生じ、循環してしまうことを示している。筆者 は、この負の循環の輪は徐々に過疎地域の周辺への広がり、拡大してしまうのではないかと 危惧している。
第 3 章 限界集落の概念と限界集落論の展開 3 - 1 限界集落の概念
本節では、「限界集落」概念ついては、一般的に行政用語として用いられている「過疎」
概念との違いを述べておきたい。さらに、過疎概念の優位性についても論じてみよう。限界 集落という概念は、社会学者大野晃が
1980年代末に最初に提示した。大野が限界集落の概 念を提示したことにより、農山村研究や、農山村報道、農山村をめぐる政策立案において、
図 6 負の連鎖による限界集落発生のメカニズム
(出典) 松本茂樹、
2014、「限界集落活性化についてコミュニティビジネスが果たし可能性の考察
(兵庫県穴粟市一宮千町)」『関西国際大学研究紀要』第
15号、
106頁。
図 5 過疎化発生のメカニズム
(出典) 松本茂樹、
2014、「限界集落活性化についてコミュニティビジネスが果たし可能性の考察
(兵庫県穴粟市一宮千町)」『関西国際大学研究紀要』第
15号、
106頁。
大きな影響力をもってきた。特に、マスコミや行政においては、この用語は非常に重宝され ている。限界集落の概念は、停滞する過疎農山村研究にも大きな活を与えたわけで、その意 味は非常に大きいと考える
19。
大野の論文を読み進めると、全く「過疎」という用語が使用されていないことが分かる。
筆者は、大野は「過疎という実態と概念が乖離しており、過疎の実態が深刻化しているにも かかわらず、相変わらず過疎という言葉で、すませてよいのであろうか、という疑問がおき たのであろうと推測できる。事態がより深刻化しているため、その実態に合わせた概念化が 必要になったとき、「限界集落」という用語が生まれたのであろう」と考える。すなわち、
社会調査におけるリアリズムの追及の中から「限界集落」という用語が生まれたのである。
大野は限界集落論を論じる場合、過疎概念を不要としているが、本当に不要なのであろう か。安達生恒は「人口、戸数の急減」にともなう「集落の消滅」が過疎問題と捉えており、
大野の提示している限界集落論の示す事態を含んでいると論じている
20。大野が論じている ように過疎は深刻度を増加させている。しかし、本稿では、過疎の概念を用いているのは、
「人口・戸数の急減」→「集落の消滅」という過疎の問題意識が基本的に重要であると判断 したからである。山本努も同様な見解を示している
21。このように、本稿では、過疎概念の 必要性およびその優位性を示している。
限界集落概念の意味を最終的に担保するのは人口減少である。限界集落とは「高齢化にと もなう、共同性維持の困難(地域の消滅、崩壊)」示す概念である。これに対して、過疎と は「人口減少にともなう、共同性維持の困難(地域の消滅、崩壊)」を示す概念といえる。
つまり、両者を対比すると(図
7)のようになる。この対比から「共同維持の困難(地域の 消滅、崩壊)」をより明確に示すのは、過疎概念(人口減少)であると考える。大野も事実
図 7 限界集落と過疎の概念比較
(出典)安達生恒、1981、『過疎地再生の道(著作集
4)』、98頁。
図 8 限界集落(集落区分)の概念構成
(出典) 山本努、
2014、「限界集落論への疑問」『県立広島大学経営情報学部論集』第
6号、
121
頁をもとに筆者作成。
石川 忠
30上、そのような見解をもっている(図
8)。
筆者は、大野も「限界集落概念を論じる時、高齢化という指標のみでは説得力が欠けるた めに、人口減少も併せて用いたのであろう
22」と考える。この思考は、限界集落の警告する ものが、消滅集落(世帯の消滅つまり集落人口の消滅)へ趨勢、すなわち、人口減少である ことから論理的必然でもある。
大野によれば、集落を構成する世帯の大部分が、どのライフステージにあるかによって、
集落の存続危機の程度が変わってくるという。(ただし実際には、年齢を指標にしている。)
そして、危機の程度に応じて、「存続集落」「準限界集落」「限界集落」「消滅集落」という
4つの段階に並べられる
23。「存続集落」とは、
55歳未満の人口が集落構成員の過半数を占め ている集落で、集落自治の担い手を再生産できている集落とされる。「準限界集落」とは、
55
歳以上の人口が集落構成員の過半数を占める集落で、集落機能は維持しているが、集落 自治の再生産が難しくなっている集落である。「限界集落」とは、人口の半数以上が
65歳以 上の高齢者で、集落生活の担い手が確保できなくなり、社会的な共同活動の維持が限界にき ている集落のことである。やがて、高齢者が多数いる「限界集落」は自然減により人口が減 少し、最後に「消滅集落」となる。
「消滅集落」とは、高齢者の多い「限界集落」が自然減によって人口が減り、人口、戸数 がゼロとなり文字どおり消滅してしまった集落である。限界集落という概念が、地方自治 体、特に基礎的自治体の地方創生に関する政策立案において、大きな影響力をもってきた。
かつて、山本は「過疎問題の現代的段階は、過疎集落の無人化・消滅化をも近未来に予見さ せる状況になっている。このような状況の中、現代農村社会学の学究的対応は鈍いといわざ るを得ないと」と過疎研究の低迷を指摘している
24。
しかし、限界集落論の登場とともに、研究状況は一変し過疎農山村研究への関心は高まっ た。限界集落とは過疎を通り越して、小学校の統廃合が進み
25、集落の住民の過半数が
65歳以上の高齢者で構成され、コミュニティーがまわらなくなって、集落の機能が著しく低 下し限界状態にある集落である
26。「集落」とは、一定の土地に数戸以上の社会的まとまり が形成された住民生活の基本的な地域単位であり、市町村行政において扱う行政区の基本 的単位を示す場合もあるが、一般的に農村や山村などで暮らしを支えあう家々の集まりを いう
27。集落の機能は、大きく分けて、資源管理機能、生産管理機能、生活扶助機能がある
28。 資源管理機能とは、水田や山林などの地域資源の維持保全に係る集落機能を指す。生産管理 機能とは、農林水産業等の生産に際しての草刈、道普請などの相互扶助機能を指す。生活扶 助機能とは、冠婚葬祭などの日常生活における相互扶助機能を指す。
3 - 2 限界集落の現状について
本節では、大野の限界集落の概念規定にあてはまる限界集落数をみてみよう。過疎地域の
指定を受けた全国の市町村にある
6万
2273集落を対象に、
2006年に実施した国土交通省の
調査(表
2)によると、限界集落の数は全国で
7878ヵ所存在することが分かった。
1999か ら
2000年の調査では
2975ヵ所であったが
4903ヵ所増加しており、
7年間で
2倍になって いる。中国地方が最多の
2270ヵ所。うち、住民全員が
65歳以上の集落も
138ヵ所ある。国 は、これから
10年間に全国
7878ヵ所の限界集落のうち、
423ヵ所の集落が消滅すると予想 している。消滅する可能性が一番高い地方は、中国地方で
73ヵ所である。この表から人口 減と高齢化が進む中国地方の厳しい実態が浮き彫りになった。
3 - 3 限界集落論の展開
筆者は、従来、地域振興を論ずる際には、基礎的自治体の市町村を単位とした研究が、一 般的であったなかにあって、大野がさらに細かい単位である集落に注目し、当該集落の年齢 構造によって集落の点検作業を行ったことは評価に値すると考える。
大野が提示した限界集落論から、集落の存続危機の程度に応じて、上述したように集落は
「存続集落」、「準限界集落」、「限界集落」、「消滅集落」の
4つに区分できる。筆者は限界集 落論の概念には、量的規定と質的規定の二つの構造をあわせ持つ概念が存在すると捉えてい る。大野の限界集落の定義を再度二つの構造概念に分解してみてみよう。限界集落の定義は、
「①
65歳以上の高齢者が集落人口(罫線は筆者が引く)の
50%を超え、独居老人世帯が増 加し、このため集落の共同活動の機能が低下し、冠婚葬祭をはじめ田役、道役などの②社会 的共同生活の維持が困難な状態(罫線は筆者が引く)におかれている集落」のことである。
量的規定の概念は、①集落の年齢構成・高齢化の側面に焦点をあてている。質的規定の概念 は、②社会的共同生活の維持の困難な状態に焦点をあてている。大野の
4つの区分は、量的 規定により区分している。現実に行政で議論されているのも量的規定ばかりである。その理 由は、実際上国政調査や住民基本台帳調査等の統計的(量的)資料からコンピューターで算
表 2 過疎地域における限界集落数 圏域 過疎地域の
集落数
限界集落数
(住民の半数以上が
65歳以上
うち全員が
65歳以上
北 海 道
3998 319(
8.0%)
18(
0.5%)
東 北
12727 736(
5.8)
41(
0.3)
首 都 圏
2511 302(
12.0)
6(
0.2)
北 陸
1673 216(
12.0)
22(
1.3)
中 部
3903 613(
15.7)
44(
1.1)
近 畿
2749 417(
15.2)
20(
0.7)
中 国
12551 2270(
18.1)
138(
1.1)
四 国
6595 1357(
20.0)
83(
1.3)
九 州
15277 1635(
10.7)
58(
0.4)
沖 縄 県
289 13(
4.5)
1(
0.3)
全 国
62273 7878(
12.7)
431(
0.7)
(出典)国土交通省、
2006、『国土形成計画策定のための集落状況に関する現況把握調査』。
石川 忠
32出でき、比較的容易に量的規定よる分析はできるが、質的規定による分析は、現場への社会 調査を行う必要があり非常に困難をきたすからである。
集落の状態区分とその定義の表(表
3)は、量的規定と質的規定の
2つ限界集落概念規定 を基に集落の状態区分とその定義について示している。大野の「限界集落論」に対しては、
批判もある。筆者と同じく、徳野貞雄は、集落にはそれぞれ異なった文化・歴史・性格があ ることを考慮せずに、人口的要因(量的規定)のみに注目して集落の危機や再生を論じる傾 向について警戒している
29。山下祐介も、同様の見解を持っている。大野によって限界集落 として診断された集落のうち、実際に調査した結果、この
20年余りの間に自然衰退によっ て消滅した集落は、確認されていないことを山下によって明らかにされている
30。このこと は、集落が消滅せずに存続するための何らかの要因や機能が当該集落、あるいは生活者に備 わっていたことを示唆している。そのことから、さらに、山下は限界集落といっても中身は 多様で、大野の概念による、すべて高齢化→限界→消滅という単純な段階図式では説明でき ないことを論じている
31。筆者は、「大野自身も、高齢化率の高い集落が存在するので、早 期に手を打つ必要性について注意喚起したにすぎないのではないか」と考える。
しかし、これらの批判的な研究者も、高齢化と過疎化の先に「集落の消滅危機」があるこ とについては異論がない。どの時点であるかは明言できないと主張しながらも、過疎・高齢 化の行き着く先に集落の衰退・消滅があるという認識は共有されている。そうした立場か ら、過疎・高齢化への対応や戦略として、「むらおさめ
32」や「集落移転
33」も視野に入れ て、現実の問題として議論することの重要性も強調されている。
笠松浩樹が、集落消滅モデル図(図
9)を用い、過疎・高齢化と集落危機の程度の関係を 示しているように、単純な直線的図式では説明されない。このモデルにおいては、緩やかな 傾斜がある地点までくると急降下する曲線が描かれている。集落は人口が減っても直ちには
表 3 集落の状態区分とその定義
集落区分 量的規定 質的規定 世帯類型
存 続 集 落
55歳未満 人口比
50%以上
後継ぎが確保されており、社会共同生活の維 持を次世代に受け継いで行ける状態
若夫婦世帯、就学児童世 帯、後継ぎ確保世帯 準 限 界 集 落
55歳以上
人口比
50%以上
現在は社会的共同生活を維持しているが、後 継ぎの確保が難しく、限界集落の予備軍とな っている状態
夫婦のみの家族、準老人 夫婦世帯
限 界 集 落
65