情報化投資成功のための必要条件
小野哲
Abstract
I n R e c e n t y e a r s , ] a p a n e s e f i r m s a r e d o i n g t h e a c t i v e i n v e s t m e n t i n I n ‑ f o r m a t i o n S y s t e m . B u t , i t i s d i f f i c u l t t h a t t h e s u c c e s s f u 1 e x a m p l e
仕om t h e i r i n v e s t m e n t i s p i c k e d u p . So , i n t h i s p a p e r , a u t h o r a r g u e s t h a t t h e key f a c t o r o f n e c e s s a r y c o n d i t i o n s f o r s u c c e s s o f i n v e s t m e n t i n I n f o r m a ‑ t i o n System r e a l l y e x i s t s i n w h i c h f i r m s d e s i g n i t , e v a l u a t e e c o n o m i ‑ c a l 1 y i t , a n d m o n i t o r i t s e f f e c t . I n a d d i t i o n , a u t h o r p r e s e n t s h i s v i e w w i t h t h e d e s i r a b l e method , w h i c h l e a d s t o t h e s u c c e s s f u l i n v e s t m e n t .
は じ め に
今日我が国においては,リエンジニアリングによるアメリカ企業の成功と そこで果たされる 1T (情報技術)の役割の大きさから,近年の IT への関 心が高まり情報化のための投資に前向きなスタンスを採る企業が増加してき ている。今や IT を抜きにしては,企業経営は語ることができないといった 感すらある。
しかしながら,現実に目を転ずると,情報化により大きな成果を収めてい る企業の数は必ずしも多くないというのが実状であろう。このような現状か らすれば,企業の情報化とは,例えば S1 S ブーム時のように,ただベンダー のいうがままに投資を行ったり,あるいは他社の例を単に模倣的に追随すれ ば成功するというものではないであろう。むしろ,自社として情報化投資に 対しどのような取り組み方をするのかをはっきりさせ,投資の目的を明確化 し,ユーザーのニーズを汲んだシステムの仕様を決め,それから適切な投資 評価を行うことが必要になるのではなかろうか。
以上のような問題意識の下,本稿では成功する情報化投資の必要条件は,
まさに企業の情報化活動のプロセスの中に存在し,そのプロセスを情報化投
資評価前プロセスとその後の情報化投資評価プロセスに分け,それらの望ま しい具体像を明らかにすることで,この問題に関する筆者の見解を示すこと にする。
前者の情報化投資評価前プロセスでは,企業の情報化への姿勢のあり方,
投資目的の明確化及びニーズ分析の必要性等の問題に触れる。
後者の情報化投資評価プロセスにおいては,当然投資の経済性の評価が行 われるわけであるから,まず情報化投資におけるコスト及び情報化投資によ るベネフィットの種類やそれらの金額の推計における留意点を明らかにし つぎに投資評価方法を事前的な投資意思決定段階と事後的な投資成果測定段 階に区分し,それぞれの方法や問題点についても検討する。
そして,最後に本稿における考察の過程より導き出され,なおも検討が必 要とされる課題についても触れることにする。
1 .情報化投資評価前プロセス
先に述べたように,情報化投資は近年我が国企業において盛んに行われて いるが,成果を収めている事例は必ずしも多くないというのが現状である。
例えば,成功した特定の企業のシステムに依拠し,投資を行うというような アプローチを採用する企業があることを指摘したが,このようなケースにお いては,成功企業のような効果が得られる可能性は低い。なぜならば,その 成果を収めた企業のシステムには当該企業が情報技術を長年に渡り使いこな してきた経験とそこから得られたノウハウの蓄積があり,このような経験も ノウハウも持たない企業が,単に成功事例に基づいて投資を行ったとしても,
効果を生み出すような適切な情報システムの活用はできないからである。さ
らに付け加えれば,成功企業は自社の経験とノウハウを引き続き蓄積し,よ
り優れた情報システムを構築するであろうから,成功企業との差を埋めるこ
とも出来ないのである。
しかしながら,このようなケースにはより根本的な問題が内包されている。
それは,成功企業は当然のことながら,情報化戦略に基づき自社の業務のう ちどの部分に情報システムを適用するかを明確化した上で投資を行っている のであり,このような目的がはっきりしない形で成功企業を模倣したような 投資をしても,情報化による成果を得ることは困難なのである。
このように考えれば,単なる模倣型の情報化は失敗に終わる可能性が高い といわざるをえない。したがって,情報化投資においてまず考慮すべきこと は,投資の目的(省力化,インフラ整備,戦略的等)を明確化することであ る。ただし,情報化の経験が乏しい企業なら経験とノウハウを蓄積するため に,情報システムの全体的な適用を避け,部分的適用から始めるという配慮 が必要となろう。しかし,このような適用は目的の遂行に制約を与える恐れ があるので,このような事態を避けるためには,外部のベンダーの指導を受 け,その協力を得ながら経験とノウハウを蓄積してゆくということを選択す る可能性を検討しなければならない。無論このことは,ある程度の情報化の 経験とノウハウがある企業でも考慮すべき問題であるが,いずれの場合にお いても,ベンダーに対して完全に受け身になるのではなく,あくまでも協同 で行うというスタンスを保持しなければならないであろう。
情報化投資の目的が明確化されれば,その目的にかなうシステムの佐様策 定が情報システム部門の主導の下に行われることになる。ここで注意しなけ ればならないことは,仕様の策定において必ず情報化の対象となるユーザー 部門の管理者等の参加が必要となることである。確かに仕様の策定において 主体的な役割を演じるのは情報システム部円であるが,仮に彼らのみで策定 を行えば過剰スペックのシステムとなる危険性が高い。恐らく彼らは,現状 における最新鋭のシステムの構築を選択する可能性が強く,そのようなシス テムは性能は高いがかなりのコストがかかるものとなろう。
しかしながら,このように高機能なシステムでも実際に使用されなければ
何の意味もないのである。自社の目的にかなう適切なシステムとは,本当に
必要とされる機能とそれを実現するコストとの均衡点で見い出されるべきで あろう。そして,本当に必要とされる機能を明確にするためには,ユーザー のニーズを反映させることが必要不可欠なものなのである。確かにユーザー は,情報システムの専門家ではないし,ユーザーのニーズといっても顕在的 なものと潜在的なものが存在し,それが故にニーズをシステムに反映させる ことは困難であるとの見解もある。だからといって,このことを欠いてシス テムを構築してしまえば,結局は活用されないシステムになり,その結果と
して当初の目的も充足されないという事態になるのは自明のことであろう。
このような意味からすれば,情報システム部門の主導の下ユーザー部門の 管理者等も参加した佐様策定チームを編成し,ユーザーの顕在化されたニー ズを反映したシステムの構築を検討し,システム構築後は定期的に情報シス テム部門とユーザーが連絡を取り合い,システム構築後に生ずるこーズをシ ステムに反映させる,ないしは情報システム部門の負荷を減らすために,シ ステム構築検討時から EUC (エンド・ユーザー・コンビューティング)環 境を実現する等の配慮を行うことが必要であろう。
情報システムの佐様の策定が終われば,このような情報システムへの投資 が経済的に見合うものかどうかが検討されなければならない。それは換言す れば,投資プロジェクトに要する費用を投資からもたらされる便益が上回る ものでなければならないということである。さらに当然のことながら,情報 化投資によって本当に成果が生じたのかどうかを,システムのライフサイク ルに渡り,システムの利用及び改善による費用や便益を考慮に入れながら,
例えば 1年 1回位の割合で事後的に評価することも必要となろう。
以上のことを充足するには,まず情報化投資におけるコストと情報化投資
によるベネフィットを明らかにすることが必要となるので,以下これらの問
題に関して引き続き検討してゆくことにする。
I I . 情報化投資におけるコスト
情報化投資に関わるコストは,一般的にいってハードの価格やソフトの開 発費などばかりが強調される傾向がある。しかしながら,情報化による投資 効果を評価したり確保するためには,情報化におけるすべてのコストを網羅 的に計上しなければならないので,これら以外に間接費の中に埋没している 人件費や個々のユーザー部門に共通する費用(共通費)も考慮に入れる必要 性がある。以下,これらの費用を直接費と共通費に区別し,その内容を個別 的に検討してゆくことにする。
( 1 )ハードの費用
機器調査費,プログラムの作成やテストに伴う CPU の負荷や磁気ディス クの占有量等も勘案されたシステム開発に必要な機器の費用,新規導入機の 費用とその保守費,通信回線費,電源・空調費。なお既存機器を利用する場 合には,当該システムが使用する部分の費用が配賦計算により見積もられて いなければならない。
( 2 )ソフトの費用
要求住様書作成費,開発要員の人件費や外部委託費用を中心とする開発費,
運用段階における保守を前提としたソフトの保守費用, OS や開発支援ツー ル等の共用資源の当該システムへの配賦額。
( 3 )管理・運営費
計画,調査・分析,開発プロジェクト管理などの費用,システムの導入に より増員が必要な場合の人件費や既存の要員で対処可能な場合なら配賦計算 された費用である操作費,システムの導入により新規に発生したデータ入力 や入力作業増加に伴うそれらのデータ量に基づいた入力費。
(1)真田英彦監修,岡田 定著, w効果のみえる情報システム~,共立出版,
1 9 9 4
年,p p .
51‑54
0( 4 )セキュリティ対策費
システムの規模や重要性を考慮して適切に計上されたもの。
( 5 )オフィス・スペース費
機器の新設,大型機への取り替え,端末機の増設などにより必要となるオ フィス・スペースのコスト。
以上のような直接費の中でさらに考慮を要すべきものは,システムの運用 段階におけるハードやソフトのメインテナンス費用をどのように推計するか という問題である。なぜならば,このような費用は,外部委託のケースを除 けば,その推定は必ずしも容易ではないので算定の根拠が慎重に検討されな ければならないからである。ここで,これらの費用の推計に以下の式 2 を適用 することを考察してみる。
・情報システムのメインテナンス費用=情報システム部門 1 人当たり総費用 (情報システム部門 1人当たり平均給与+1人当たり一般経費) x (情報シ ステム部門の総員数×メインテナンスをしている時間の割合)
この式によって計算される費用の推計値の信頼性は,投資の対象となって いる情報システムの種類によって異なるであろう。投資の対象となっている ものが,過去に導入の経験があったり,あまり戦略的・革新的なものでなけ れば,推計値の信頼性はある程度確保されよう。しかしながら,戦略的・革 新的なシステムの場合はその信頼性の低下が否めない。したがって,戦略的
・草新的なシステムのケースでは,メインテナンスを外部に委託したらどの 程度の費用がかかるか等の情報も十分勘案しながら推計値を求める必要があ ろう。
( 6 )費用配賦と課金制度
過大なサービスの消費を抑え,投資効果を確保するためには,各部門が共
( 2 )
真鍋龍太郎訳, w インフォメーション・ベースト・コーポレーション~,ダイヤモン ド社,1 9 9 3
年,p.2 1 O 。
用する機器やソフトその他の費用を,システム稼働後にユーザーへ配賦する ことが検討されなければならない。このためには,課金制度を採用すること が有用であろう。
この課金制度は,ユーザーによるニーズの確定において費用負担の意識を 働かせることで,そのニーズを費用と便益とを適合させたものにする可能性 が高いものでもあるし,適切な資源配分に用いることも可能なものである。以 下,メインフレーム環境下,分散処理環境下での課金制度について検討する
0.メインフレーム環境下
メインフレーム環境下での課金の金額は,つぎのように段階的に決定され るであろう。
①次の予算年度などについて,コンビュータ・センターを運営するために必 要なすべての費用を推定する。
②作業に関する課金の計算の基礎となる資源をいくつか選択する。これらの 資源には, CPU 時間,入出力量(メインメモリとディスクないしはテープ 記憶装置聞のデータのやり取りの量),ディスクに記憶されているデータの 量,プリンタの印刷行数等が該当する。
①次の予算年度の推定費用が各資源に配分されるが,コンビュータ・オペ レータ,場所,電力に関わる間接費も配分されることになる。なお,センター の管理者の費用は控除される。なぜならば,ユーザーへの課金は一般的に長 期的な限界費用に基づくべきであり,このような費用のように通常考えられ
る活動ではあまり変化しないものは除くことが望ましいからである。
④課金レートが,各資源費用配分額を各資源の次期推定利用量で割ることに より計算される。例えば,次年度における CPU の配分総費用が 1 0 万ドルで,
この期間の CPU 利用時間が 4 0 0 万秒と推定されれば, CPU に対する課金
( 3 )
宮川公男監訳, w エグゼクティブのための経営情報システム~,TBS
プリタニカ,1 9 8 9
年,p p . 3 2 6 ‑ 3 3 4 。
レートは, 1 0 万ドル /400 万秒,つまり l 秒当たり 2 . 2 5 セントとなる。
①ジョブが実際に行われた時に,各資源の利用量が測定される。それは,各 資源の利用量に課金レートを掛け,すべての資源に関して合計することで行 われる。例えば, 100C P U 秒が必要とされるジョブに課金される金額は,
l 秒当たり 2 . 5 セントの割合なら 2 . 5 ドルとなる。
①ユーザーは,当該期間に走らせたすべてのジョブへの支払いを毎期請求さ れることになり,請求書には各資源ごとの費用明細が記載される。
⑦ユーザーに請求された総額と,実際にコンビュータ・センターを運営する のに必要とされた費用との差異は,センターの費用差異とする。
③費用差異は,つぎのような方法で処理される。
a . 当該期間の間接費として処理する。
b. 次年度に繰り越して,次回の課金レートに含めて調整する
0.分散処理環境下
分散処理環境下では,コンビュータ・サービスの多くの割合が専用の設備 によって行われることになるから,費用配分の問題はメインフレーム環境下 に比べて容易なものとなろう。個人のワークステーションや電子メールのよ うなものが組織に全般的に普及するようになると,これらの多くのユーザー に対するサービスの予測可能性は高いので,費用差異の金額はあまり大きな ものとはならず,その少額な差異に基づいて課金を行ったとしても,総費用 への影響は低いといえるので,標準的なサービスの組合せに対する 1人当た りの平均利用量に基づいて課金を行うことが可能となる。このように考える と,分散処理環境下の課金の多くを頭数に基づいて行うことができるであろ う。そして,より複雑な課金制度が必要となるのは,共用資源を多く消費す る少数のユーザーということになる。
課金制度は,確かにメインフレーム環境下においてよりも分散処理環境下
においての方が問題は少ないといえるが,この課金制度を厳格に押し進める
とユーザーが戦略的・革新的なプロジェクトに関してネガティブな反応を起
こす可能性が高いのである。
このような欠点を前提とするならば,課金制度に対する企業のスタンスは 以下のようなものに分かれるであろう。
・制度として課金を実施することはせず,あくまでも情報化におけるコスト の計算データとして止める。
・課金制度を通じて統制することが困難な革新的プロジェクトに関しては,
ユーザーに課金制度を適用せず全社レベルで直接統制する。
先に述べたように課金制度はいくつかの利点を持っているので,この点を 強調すれば課金制度が欠点をもたらすような状況では,後者の弾力的な運用 で対処することが望ましいであろう。
I I I . 情報化投資によるベネフィッ卜
情報化投資におけるベネフィットには,当然のことながら定量的なものと 定性的なものが存在するが,投資における効果を推定したり成果を測定する ためにはできる限り数値化をする努力が行われなければならない。
情報化投資における定量的便益の代表的なものとしてまず挙げられるの は,情報化投資によって実現される費用削減額である。この費用削減額は,
省力化ないしは合理化を目的とした場合における人件費の減額分やペーパレ ス化に伴う費用の減少額,あるいはオフィス・スペース節約額等である。そ して,省力化・合理化投資のような場合は単に削減される費用の金額だけで なく,そのようなシステムを利用することにおいて追加的にもたらされる効 果も考慮する必要があろう。以下,この問題を数値例を使用して検討する。
例えば,情報システムにより月次決算が1 0 人日短縮される,あるいは情報 システムにより品群管理から単品管理が可能になるとする。そして,情報シ
( 4 )
遠山 暁編著, ~情報システム革新の戦略~,中央経済社,1 9 9 4
年,p p . 6 3 ‑ 6 4 。
ステムなしに単品管理を行うと 2 0 人 日 か か る と し 日 当 た り の 人 件 費 が 5 万円であるとすれば,このケースにおける費用削減額はつぎのようになる
0・作業時間短縮による効果 5 万円 x1 0 人 日 = 5 0 万円
・作業内容充実効果 5 万円 x20 人日 =100 万円 合計 1 5 0 万円
さらに,月次決算が迅速化されることで企業の資金及び在庫状況等の把握 が早くできるようになる.ことから,資本の運用効率が約1 0 0 万円位高まると 予測されたとする。また,単品管理を行うことが可能となれば,売れ筋・死 に筋商品の把握が容易になることから,的確な品揃えを行うことができるよ うになろう。そのような状況において,在庫減1 0 0 万円が見込まれるとする と,このケースにおけるトータルの便益は, 1 5 0 万円 +100 万円 +100 万 円 = 3 5 0 万円ということになる。
情報化投資による追加的な便益における在庫減1 0 0 万円は,情報システム を使用することによりそれだけ費用を回避することができるということを示 すものであるから,それは費用回避額といえるものであり,他の例としては 請求書のような書類の作成におけるミスがなくなることで達成される費用の 減額分が相当するであろう。この数値例から情報化投資における定量的な便 益には,費用削減額,費用回避額が存在することが明らかとなる。
情報化投資における定性的便益には,製品の品質の向上,在庫切れ率の改 善,納期の短縮化,顧客サービスの向上,組織内コミュニケーションの改善 等が該当するであろう。これらのうち,製品の品質の向上,顧客サービスの 向上や先の単品管理による的確な品揃えなどは,売上高の増大という便益を もたらすであろうから,数字的に予測が可能であるならその予測される売上 高の増大額をもって便益とすることができるであろう。すなわち,ケースに よれば定性的便益を金銭的に表現することが可能なのであり,それらは収益
( 5 )
宮川公男監訳, w前掲書~,p . 3 1 5 。
の増大額として把握され,定量的に評価できるものである。
ただし,投資によって品質の向上やサービスの向上等の複数の定性的便益 がもたらされる場合には,将来の収益の増大に関しである便益がどれくら貢 献するかを抽出して考えることは困難である。したがって,これらの顧客需 要に直接的に関与するような複数の便益が生ずるケースでは,それらのもの を総合した収益の増大という観点から評価を行うことが望ましいであろう。
なお,このように収益の増大額として把握される便益は,情報化投資案自体 が戦略的・革新的なものであればあるほど,その金額のインパクトを予測す ることがいっそう困難となる問題点が存在するのも事実である。
在庫切れ率の改善,納期の短縮化という便益に関しては,これらのことが 達成されれば収益の向上に結び、つくと考えることができるので,収益の増大 額として把握できると単純に考えられるのであろうか。これらの便益は先の 便益と比べて消費者の需要との相関関係が強いとはいえないので,別の把握 の仕方を考えなければならなくなるであろう。以下,この問題を在庫切れ率 の改善を例にして検討する ( 6)
在庫切れ率の改善の場合は,つぎのような方法を適用することが可能であ ろう。
①非貨幣的評価
在庫切れ率の向上は,その変化の大きさや平均的納期へ影響を及ぼすであ ろうから,これらを基準として数量化することができょう。このような数値 は,主観的な判断をある程度の合理的な基準にそって行うことを可能にする とともに,期待した成果を事後的に評価する際の基準となることはいうまで もない。
②関連した効果からの貨幣的便益の推定
例えば,在庫切れ率が減少することで,急送の場合超過的な航空運賃を支
( 6 )
宮川公男監訳, r前掲書~,p p . 316‑3 1 7 。
払っているようなケースにおいては,その減少する費用をもって便益とする ことができょう。これは,便益を費用回避額として把握できる例である。
③目に見える便益とのトレードオフによる推定
例えば,在庫切れ率は現在の水準に止まるが,在庫システムの改善から 4 0 万ドルの在庫維持費用の低下という便益を得ることを選択できるとする。こ の場合,費用の低下よりもサービスの改善を選択するとすれば,その目に見 えない価値は少なくと 4 0 万ドルである。なぜならば, 4 0 万ドルはサービスを 改善するために諦めねばならない目に見える便益だからである。このケース は,便益を費用削減額とするものである。
④最低費用の代替案の費用からの推定
例えば,現在提案されている在庫システムがない場合,在庫切れ率を改善 するのに一番費用のかからない方法が毎年の維持費用を 1 0 0 万ドル追加して,
在庫の平均量を拡大させるものだとする。そうすると,新しいシステムの便 益は 1 年当たり 1 0 0 万ドルということになる。この場合の便益は,費用回避 額である。
組織内コミュニケーション改善のような便益の場合は,まずこのようなこ とが実現されることによりどのような効果があるのであろうかということに 関してユーザーの意見をヒアリングする必要があろう。例えば,電子メール や電子会議等のシステムの有効性を情報システム部門が十分にユーザー部門 に説明した上で,その導入により自部門の会議が年間時間にしてどれくらい 減るかを検討してもらい,そのデータが判明すれば,年間の部門平均人件費
×削減される年間会議時間という式でこの便益を定量的に把握することがで きる。
さらに,この種の機能はユーザーが事前的には把握できなかったが事後的
に自覚される便益というものをもたらす可能性がある。例えば,システムの
導入により事前的には強く意識されていなかったが残業の時間がかなり減少
したとすれば,その人件費への影響を便益とすることができる。そして,当
然のことながらこの種の便益は,投資後の成果測定を行うためのデータに含 められるものである。
いずれにして,情報化投資におけるベネフィットを事前に推定し,事後的 に評価するためには,情報化による影響を多面的に検討することで可能な限 り数値化を試みる必要があり,その数値の正確性を現状においてできる限り 高めるためには,ベネフィットの評価プロセスへのユーザーの参加が必須な
ものとなろう。
N. 投資評価法とその問題点
情報化投資評価法の局面は,事前的な投資意思決定段階と事後的な投資成 果評価段階に分けて考えることができょう。
事前的意思決定段階においては,既に述べた情報化投資におけるコストと 情報化投資によるベネフィットが網羅的に集計され投資の経済性が検討され ることになる。そして,情報化投資によるベネフイヅトから情報化投資にお けるコストを控除したものが,情報システムの経済価値であり,この金額の 大小が情報システムの経済性を判断する上での最初の基準となる。
さらに,情報システムの経済価値の金額の大小だけでは投資効率は判明し ないので,以下の式により投資効率を検討する必要もあろう。
一情報化投資によるベネフィット
・情報システム投資効率一
情報化投資におけるコ
この情報システム投資効率は,複数の投資案が存在している場合に,各投
資案をランク付けする際にも使用することができる。そごにおいては,この
投資効率で良好な数値を示すものが高いランクを与えられるということにな
る。そうすると,この比率で高い数値を示す投資案とは,情報化投資におけ
るベネフィットの推計が容易で,情報化投資におけるコストが比較的少額な
ものということになる。無論,そのような投資案とは省力化等を目的とした
ものであり,革新的・戦略的な投資案は不利にならざるをえないという問題 点が生ずるのである。
ここで考慮、しなければならないことは,各プロジェクトの見方である。つ まり,それは各プロジェクトを常に単体として検討することはしないで,各 プロジェクト聞の相互関連性を評価するということである。例えば,革新的
・戦略的な投資案を実施するには,情報システムによる省力化が前提とされ ているケースが多いので,このような場合は両者をまとめて一つのパッケー ジとして考えることが可能である。そうすると,仮に今期は企業における諸 事情から革新的・戦略的な投資を全面的に実施することは不可能でも,数値 的に良好で今期行える投資案から着手し,残ったものには次期に高いランク を与えるといった弾力的な運用が可能となる。また,単体ではあまり魅力の ない投資案でも,投資プロジェクト聞の相互関連性から見れば再評価される べきものも出てこよう。
このように各投資プロジェクトの相互関連性を考慮し,その上で数値情報 も掛酌しながら順位を検討することが望ましいといえようが,これだけでは 十分なものとはいえないであろう。つまり,さらに考察を要すべき問題が残 るのである。それは,企業の情報化戦略との整合性をどう保持させるかとい うことである。換言すれば,投資案の順位付けが情報化戦略と矛盾するよう なものになっては意味がないということである。
このように各プロジェクトのランク付けという問題は単に数値のみによっ
て行われるべきものではなく,企業の情報化戦略という枠組みの中で,各投
資案の相互関連性が考慮され,総合的な観点から実施されなければならない
ということになる。そうすると,当然のことながらまず前提として,各投資
プロジェクト自体が情報化戦略と矛盾のない形で設定されていなければなら
ない。そして,実際の決定を行う段階においては, ROI のような数値情報
はあくまでも経済性の指標や実施における目安を提供するに止まり,ある種
の主観性を含む情報化戦略的判断の占めるウェートがより高いものとなろ
つ 。
事後的投資成果評価段階で, ROI のような単一の尺度で成果を測定でき るのは,例えば省力化のみを目的としたケースであろう。これ以外の場合で は,単一の尺度のみを使用して成果を測定するのは好ましくない。なぜなら ば,先に述べたように各投資プロジェクトの相互関連性を考慮し,投資案を 一つのパッケージとして行われた意思決定なら,投資の成果はそれらの相互 作用としてもたらされるからである。つまり,ここで得られるであろう業績 の向上の原因は単一なものでなく,いくつかのものが複合化されてもたらさ れるであろうから,パッケージを構成する投資の種類ごとに測定指標を設定 する必要がある。また,このように複数の測定尺度を持つことは,事前的意 思決定における主観性の要素ゆえ,その成果はより細かく見る方がベターで あるという点からも配慮されねばならないことであろう。
成果測定の複数の尺度に関して,ウェイルとオルソグちは以下のようなも のを呈示している。
・ウェイルとオルソンらによる測定尺度
投 資 の 種 類 測
戦略的 情報的 業務処理的
定 尺 売上高成長率 資産利益率 間接人件費
度
まず,戦略的投資は競争優位に関する長期的なもので,売上高の増加を目 的とするから,売上高成長率が指標として選択されることになる。つぎに,
情報的投資とは,情報インフラ整備のように経営管理者の意思決定を向上さ せる中期的なもので,その成果を業績に関連付け評価するために資産利益率 が使用される。また,業務処理的投資はコスト削減を目的として行われるも
( 7 ) We i U , P e t e r & Margrethe H. O 1 s o n , Managing I n v e s t m e n t i n I n f o r m a t i o n
T e c h n o l o g y : M i n i C a s e E x a m p l e s a n d I m p l i c a t i o n s , " MIS Qu a r t e η " 1 9 8 9 ( M a r c h ) , p . 1 5 .
のであるから,削減された人件費が適切な指標とされているが,業務処理的 な投資において削減されるのは必ずしも人件費だけではない。この投資は経 理や受発注管理など企業の基幹業務に関するものであるから,例えばオフィ ス・スペースの費用削減額や発注ミスがなくなることでの費用回避額,当初 には予測されなかったが事後的にもたらされた費用削減額等も指標に加える 必要があろう。ちなみに,リエンジニアリングのための投資の場合は,戦略 的‑情報的・業務処理的といったすべてのものをカバーするであろうから,
これらすべての測定尺度が使用されることになろう。
以上のような測定尺度に加えて,情報システム自体の有効性と効率性も評 価する必要があろう。ここでいう情報システムの有効性とは,情報システム が適切なものだったかどうかを事後的に検討することであり,情報システム の効率性とは,情報システムが効率的に利用されているかをモニターするこ
とである。
情報システムの有効性を評価するための有用な指標には,ハードやソフト のメインテナンス費用を使用することが好ましいであろう。なぜならば,こ のコストは情報システムのライフサイクルでの費用の 6 割を占め,情報シス テム部門の 8 割の資源を消費する主いうように金額的に大きなものである し,またこの金額の大小は,情報システムが適切に設計されたかどうかに直 結するからである。事後的なハードやソフトのメインテナンス費用は,つぎ の式で算定されよう。
・事後的なハードとソフトのメインテナンス費用=情報システム部門の l人 当たり総費用(情報システム部門の 1 人当たり平均給与 +1 人当たり平均一 般経費) x (情報システム部門の総員数×年間のメインテナンスをした時間 の割合)
そして,事後的なメインテナンス費用と事前的なそれとが比較考量され,
( 8 )
遠山暁編著, r前掲書~,p . 3 0 。
システムの有効性が評価されることになる。さらに,ある年度においてシス テムの改善が行われた場合には,その影響を考慮に入れた推計値を算定して おき,それを次年度における実際値と比較考量することで,システム改善の 有効性をモニターすることも可能であろう。
情報システムの効率性の評価は,メインフレーム環境下なら,課金制度に おけるユーザーへの請求額の総額と実際の運営費との比較を通じて行われる ことになる。また,分散処理環境下でも,ジヤンク・メール等の発生をモニ タリングするという意味では,ユーザーへの請求額と実際の費用に注視する 必要性もあろう。ここにおいても課金制度における情報の有用性を見ること ができるが,このような課金制度がユーザー部門から反発を受けるようなも のであってはならないので,事前にユーザーに課金制度の意義を十分説明し 理解を得るとともに,課金算定の基準を明らかにする等の措置を行うことが 必要となろう。
最後に,事後的な成果測定は,情報システムのライフサイクルに渡り各年 度において実施されなければならないので,この面でも情報化戦略との関連 性の大きさを指摘できょう。なぜならば,ライフサイクルを決めるのは情報 化戦略から導かれた投資の目的だからである。
お わ り に
以上,本稿では情報化成功のための必要条件を,望ましい情報化投資評価 前プロセスど情報化投資評価プロセスに求め,それらの具体像を示すことで 筆者なりの見解を述べてきたわけであるが,なおも検討を要すべき諸点が存 在するので,以下それらのことに触れることとしたい。
まず,情報化投資評価前プロセスにおいて最大の問題は,どこまでユーザー
のニーズを汲み取ったシステムの設計が可能かということである。この設計
の精度は,システムのメインテナンス・コストの最大の要因となるべきもの
であるが,現在のシステム設計の理論ではユーザーのニーズを完全に取り入 れたシステムの設計は困難である。したがって,この面での進展はシステム 設計理論のさらなる成果を待つしかないのであるが,このような現状だから こそ逆にメインテナンス費用の執行状況をモニタリングすることの意義は大 きいのではなかろうか。
つぎに,情報化投資におけるコストやベネフィットを推計すること自体に おける困難性に加えて,これらのデータには課金制度等の既存の会計システ ムからは入手できないものが多く含まれることになる。そうすると網羅的に とはいいながらも,現実問題としてどの程度まで各データを収集することが 費用効果的という検討を行う必要性が生じよう。恐らくこの水準は,企業の 情報化戦略との絡みで決定されることになるであろう。
さらに,情報化投資評価法と情報化戦略との関連の深さもすでに指摘した 通りであるから,以上のようなことから,両プロセスにはその全般に渡り情 報化戦略との整合性が要求されるということがいえよう。そうであるなら,
両プロセスにおいては企業のトップが C1 0 (情報統括役員)として参加す ることが必須のものとなる。しかしながら,我が国において CIO を設置し ている企業は現状では極めて少なく,この職位では経営管理と IT に精通し ていることが要求されるので,今後このような人材をどのように育成してゆ
くかが企業の情報化成功の大きな鍵となろう。
いずれにしても,情報化成功のための必要条件としての両プロセスには解
決されなければならない問題が本稿で指摘した以外にも多く残されているの
で,今後もこれらの課題に関して注視してゆく所存である。
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