はじめに
心血管疾患予防のスタンダードであるスタチ ン治療により 20~30%の冠動脈疾患発症リス ク低下が認められたが,逆にスタチンを投与し ても心血管疾患はゼロにはならず,「残余リス ク」が問題となっている.残余リスク低減のた め,今日,様々な治療薬の研究がなされている が,その 1 つとして注目されているのが魚油の 主要な成分であるω3 系多価不飽和脂肪酸であ る.本稿ではω3系不飽和脂肪酸のうち,実臨床 で脂質異常症治療薬として使用されているエイ コサペンタエン酸(eicosapentaenoic acid:EPA) とドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid: DHA)を中心に,心血管疾患に対する効果とそ の作用機序を概説する.1.EPA製剤を用いた
虚血性心血管二次予防のエビデンス
1970 年代のイヌイット族の疫学調査研究か ら,魚油の摂取は心血管疾患の発症を抑制する ことが知られるようになり,1980年代からその 作用機序解明のために活発な臨床研究,基礎研 究がなされてきた.虚血性心疾患の二次予防効 果については,1989 年のDART試験で心筋梗塞 後の患者を対象に,魚を多く摂取した患者は全 死亡が2年間で29%減少した.日本の大規模臨 床試験であるJapan EPA Lipid Intervention Study (JELIS)試験では,スタチン治療を受けている 高コレステロール血症患者を対象として,高純 度EPAの冠動脈抑制効果が検討された1).対象患 者を無作為にEPA+スタチン(EPA)群とスタチω3系不飽和脂肪酸製剤による
心血管二次予防のエビデンス
要 旨 高島 啓1) 佐田 政隆2) スタチンは虚血性心血管疾患二次予防に重要であるが,スタチンでも防 げない心血管イベント再発リスクが「残余リスク」である.これまでの研 究結果から,残余リスク低減に魚油の主要な成分であるω3系不飽和脂肪 酸が有効であることが明らかとなっている.本稿では,ω3系不飽和脂肪 酸製剤(高純度EPA(eicosapentaenoic acid),EPA/DHA(docosahex-aenoic acid)製剤)の虚血性心疾患二次予防に関するエビデンスについ て概説する. 〔日内会誌 106:226~231,2017〕 Keywords ω3 系不飽和脂肪酸,虚血性心疾患,EPA,DHA 1)徳島県鳴門病院循環器内科,2)徳島大学大学院医歯薬学研究部循環器内科学Evidence Based Secondary Prevention of Ischemic Heart Disease. Topics:I.Advances and evidence of pharmacotherapy;4.omega-3 polyun-saturated fatty acid reduces the risk of cardiovascular events in the patients with ischemic heart disease.
Akira Takashima1) and Masataka Sata2):1)Department of Cardiovascular Medicine, Tokushima Prefecture Naruto Hospital, Japan and 2)
ン単独(対照)群に割り付け,EPA群にはEPA製 剤を 1,800 mg/日併用投与した.主要冠動脈イ ベントの発症率(一次予防)は,EPA群が対照 群に比べて 19%の有意なリスク低減を示した. 主要冠動脈イベントに対する二次予防サブ解析 で は 心 筋 梗 塞 ま た は 狭 心 症 の 既 往 を 有 す る 3,664名(EPA群1,823例,対照群1,841例)で, EPA投与群では対照群と比較して累積冠動脈イ ベントが23%低く,特に心筋梗塞の既往を有す る冠動脈インターベンション施行例ではEPA群 で41%の著明なリスク低減を認めた(図1).な お,脳卒中については有意な一次予防効果は認 められなかったが, 再発についてはEPA群で 20%の有意なリスク低下を認め,脳卒中二次予 防効果が示された.以上の結果から,今日では 虚血性心疾患患者の冠動脈,脳卒中イベント二 次予防にはスタチンによる通常治療に加えて, 高純度EPA製剤の使用を積極的に検討するとの 考え方が主流である.スタチンを両群に使用し たことから,LDL-C(low density lipoprotein-cho-lesterol)のコントロールは両群間に明確な差は 認めなかった.このため,冠動脈疾患発症リス ク低減についてEPAが脂質代謝改善とは異なる 効果を有し,EPAとスタチンを併用する意味が あると考えられる. しかし一方で,最近,海外の報告ではメタ解 析の結果,EPAなどのω3 系不飽和脂肪酸にはあ まり心血管イベント抑制効果がないという報告 もあり2), 世界的にω3 系不飽和脂肪酸の効能に 関する見解はまだ統一されたとはいえない.今 後,大規模臨床試験や基礎研究により,新たな エビデンスが蓄積されることを期待したい.
2.EPA/DHA製剤について
代表的なω3系不飽和脂肪酸であるEPAおよび DHAを含有したオメガ3脂肪酸エチルが2013年 1 月から高トリグリセライド血症の治療に使用 可能となった.DHAは中性脂肪の低下作用が強 いことが特徴であり,中性脂肪のコントロール が不良な患者への投与が有効である.また,中 性脂肪低下作用に加え,LDL-Cサイズを大型化 することで動脈硬化リスクを低減させる可能性 も持ち合わせている. 通常,冠動脈疾患患者にはスタチンがすでに 投与されており,高トリグリセリド血症治療に フィブラート製剤を使用すると横紋筋融解症の リスクが高いが,EPA/DHA製剤はスタチンとの 図1 JELIS試験の主要冠動脈イベントに対する二次予防サブ解析結果(文献1より改変引用) A:EPA投与群では対照群と比較して累積冠動脈イベントが23%低い. B:特に心筋梗塞の既往を有する冠動脈インターベンション施行例ではEPA群で41%の著明なリスク低減を認めた. 12 8 4 0 症例数 対照群 EPA群 主要冠動脈イベントの再発率 (二次予防対象の全患者) 対照群 EPA群 HR=0.77(0.63-0.96) P=0.017 NNT=49 -23% 1,841 1,823 1,7271,719 1,6581,638 1,5921,566 1,5141,504 1,4501,442 0 1 2 3 観察期間 4 5 (年) 主要冠動脈イ ベ ン ト の 累積発生率 ( %) A 30 20 10 0 症例数 対照群 EPA群 主要冠動脈イベントの再発率 (心筋梗塞既往のインターベンション施行例) 対照群 EPA群 HR=0.59(0.40-0.87) P=0.008 NNT=10 -41% 247 290 218268 205258 196240 182227 171217 0 1 2 3 観察期間 4 5 (年) 主要冠動脈イ ベ ン ト の 累積発生率 ( %) B併用でも比較的安全に使用できる.虚血性心疾 患二次予防に対するDHAの効果はEPAほど多く のエビデンスは有さないが,海外のGISSI-Pre-venzione試験では心筋梗塞患者を対象にEPA/ DHAを投与した群では,非投与群と比較して死 亡+非致死性心筋梗塞+非致死性脳卒中が有意 に低下していた3).また,心筋梗塞慢性期患者 の血中EPA・DHA値と心不全回避生存率・予後 との関連をみた研究では,EPA・DHA低値群は EPA・DHA高値群と比較し,心不全発症リスク が高く,特にDHA低値は全死亡増加のリスクで あったとする報告4)や,冠動脈疾患患者に対す る血管内皮機能改善効果はEPAよりもDHAで強 く認められる報告5)など,DHAの臨床的な有用 性を示す報告も増えてきている.
3.ω3系不飽和脂肪酸の多面的作用
ω3 系不飽和脂肪酸が動脈硬化を抑制する機 序については,様々な研究が行われてきた.急 性心筋梗塞の発症原因として,冠動脈に軽度の 狭窄しか来たさない動脈硬化病変の破裂やびら んに起因する急性血栓性閉塞が注目されている が,破綻したプラークでは脂質コアの増大,被 膜の菲薄化,平滑筋細胞数の減少,凝固能の亢 進,コラーゲン含有量の減少,炎症細胞浸潤, 蛋白分解酵素の発現亢進,プラーク内血管新生 などが認められる.最近の分子細胞生物学的研 究から,ω3系不飽和脂肪酸が血管内皮細胞や炎 症細胞,血小板に対して多面的作用を及ぼし, 病変形成やプラークの不安定化を抑制して,プ ラーク破綻ならびにそれに引き続いて生ずる血 栓性閉塞を予防している機序が解明されてきて いる. 我々は高純度EPAが動脈硬化モデルマウスで あるApoE欠損マウスでも,動脈硬化の進展を抑 制し,大動脈壁の動脈硬化領域を減少させ,プ ラークの質を変化させることを報告した(図 2)6).プラークの不安定性を規定する重要な因 子の 1 つは,プラークの表面を覆う線維性被膜 図2 ω3系不飽和脂肪酸(EPA)による抗動脈硬化作用(文献6より改変引用) ω3系不飽和脂肪酸の投与により,ApoE欠損マウスにおける動脈硬化形成が抑制された. Atherosclerotic Lesions (%) 20 10 0 18.7±3.1% 5.1±1.2% *p<0.01 vs. Cont * SudanⅣ Control (n=5) (n=7)EPA Control EPAの厚さであり,線維性被膜の菲薄化がプラーク の破綻につながるが,EPA群では対照群に比べ てSirius-red染色により測定したプラークのコ ラーゲン含有量が有意に増加し,プラークの安 定化に寄与していることが示された.その機序 と し て,EPAを 前 投 与 し た 細 胞 で は,VCAM (vascular cell adhesion molecule)-1,ICAM(inter-cellular adhesion molecule)-1 などの接着因子の 発現が抑制され,プラークの不安定化に寄与す る と 考 え ら れ る マ ク ロ フ ァ ー ジ か ら のMMP (matrix metalloproteinase)-2,MMP-9 の発現が 抑制されていた. さらに,我々は,ApoE欠損マウスへの抗動脈 硬化作用がEPA単独よりも,EPAにDHAを上乗せ した方が強力であることを新たな知見として報 告した(図3)7).EPAとDHAの併用治療がEPA単 独治療よりも動脈硬化を強く抑制する可能性が 示唆され,今後の臨床使用およびエビデンスの 蓄積が期待される. また,ヒトにおいても,我々はストロングス タチンに高純度EPA製剤を上乗せすることで, ヒト冠動脈プラークの脂質成分が減少し,線維 成分が増加することでプラークが安定化するこ とを血管内超音波(intravascular ultrasound: 図3 ω3系不飽和脂肪酸によるプラーク安定化作用(文献7より改変引用) ω3系不飽和脂肪酸の投与により,ApoE欠損マウスにおける動脈硬化形成が抑制された.またEPAに DHAを上乗せすることで,より強い抗動脈硬化作用が得られた.
(EPA+DHA(high dose)群はEPA群と同等量のEPAを投与し,EPA+DHA(low dose)群はhigh dose 群の半分量のEPAとDHAを投与している) 20 15 10 5 0 Control
Sudan IV positive area, %
EPA (low dose)EPA+DHA (high dose)EPA+DHA
control EPA EPA+DHA(low dose) EPA+DHA(high dose) *; P<0.05 **; P<0.01 ***; P<0.001
IVUS)で確認して報告した(図 4)8).
4.どのような患者に投与すべきか
ω3系不飽和脂肪酸は,動脈硬化リスクの高い 脂質異常症患者への投与が各ガイドラインで推 奨されている(表).動脈硬化リスクの高い症例 とは,例えば冠動脈疾患の既往,脳梗塞の既往 がある,閉塞性動脈硬化症や糖尿病の合併患者 などが挙げられる. 不飽和脂肪酸には魚油に多く含まれるω3 系 不飽和脂肪酸以外にもヒマワリ油やコーン油に 図4 ヒト冠動脈におけるEPAによるプラーク安定化作用(文献8より改変引用) ヒト冠動脈プラークのIB-IVUSによる観察.ストロングスタチンにEPA 1,800 mg/日追加投 与すると,6カ月後の観察において脂質成分(青)が減少して,線維性成分(黄緑)が増 加して,プラークの安定化効果が観察された. distal distal EPA 1800mg/day proximal proximal calcification dense fibrosis fibrosis lipid pool Baseline Follow-up 表 EPAが推奨された各ガイドライン 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法 に関するガイドライン(2009年改訂版) 高リスクの脂質異常症におけるEPA投与の考慮 Class Ⅰ 心筋梗塞二次予防に関するガイドライン (2011年改訂版) 高LDLコレステロール血症にはスタチンに加え高純度EPA製剤も考慮する Class Ⅰ 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版 高リスクの高LDLコレステロール血症においては,スタチン投与に加えてEPAの投与を考慮する 推奨レベルⅡa 脳卒中治療ガイドライン2009 低用量スタチン系薬剤で脂質異常症を治療中の患者において,EPA製剤の併用が脳卒中再発予防に有効である グレードB 慢性末梢動脈疾患 高コレステロール血症を合併する患者における冠動脈イベント発生リスクの低減を目的としたEPA投与の考慮 Class Ⅰ多く含まれるリノール酸などのω6 系不飽和脂 肪酸が存在する.ω6系不飽和脂肪酸は体内でア ラキドン酸に変換され,過剰摂取は炎症を惹起 する懸念があるため,ω3/ω6 の比が高い方が冠 動脈イベントリスクを低減させるといわれてい る.JELIS試験での対照群ではEPA/AA(arachi-donic acid)は 0.6 であったが,日本では食生活 の欧米化に伴い,魚の摂取量がかなり急速に下 がっており,EPA/AA比が 0.4 を切るような人た ちが増加してきている.我々の施設でも若年 AMI(acute myocardial infarction)患者のEPA/
AAは非常に低いことが明らかになっている9). EPA/AAなどは日常診療での血液検査で測定可 能になっており,JELIS試験のサブ解析結果を参 考にするとこの比率を0.75以上に維持するよう ω3 系不飽和脂肪酸製剤を使用することが重要 である10).
おわりに
ω3 系不飽和脂肪酸による虚血性心疾患患者 の心脳血管イベント再発抑制や心臓死予防効果 はこれまでの基礎・臨床試験の結果から明らか である.虚血性心疾患患者で,かつ動脈硬化リ スクが多数ある症例や,リスクコントロールが 不十分な症例にはEPAやDHAなどのω3系不飽和 脂肪酸製剤の投与を検討すべきである.ω3系不 飽和脂肪酸の多面的作用が理解され,必要な患 者に処方されることで,心血管イベント抑制に つながることを期待したい. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:佐田政隆;講演 料(武田薬品工業,持田製薬),寄附金(武田薬品工業, 持田製薬) 文 献1) Matsuzaki M, et al : Incremental effects of eicosapentaenoic acid on cardiovascular events in statin-treated patients with coronary artery disease. Circ J 73 : 1283―1290, 2009.
2) Rizos EC, et al : Association between omega-3 fatty acid supplementation and risk of major cardiovascular dis-ease events : a systematic review and meta-analysis. JAMA 308 : 1024―1033, 2012.
3) Marchioli R, et al : Early protection against sudden death by n-3 polyunsaturated fatty acids after myocardial infarction : time-course analysis of the results of the Gruppo Italiano per lo Studio della Sopravvivenza nell’In-farto Miocardico(GISSI)-Prevenzione. Circulation 105 : 1897―1903, 2002.
4) Hara M, et al : Low levels of serum n-3 polyunsaturated fatty acids are associated with worse heart failure-free survival in patients after acute myocardial infarction. Circ J 77 : 153―162, 2013.
5) Yagi S, et al : Effects of docosahexaenoic Acid on the endothelial function in patients with coronary artery dis-ease. J Atheroscler Thromb 22 : 447―454, 2015.
6) Matsumoto M, et al : Orally administered eicosapentaenoic acid reduces and stabilizes atherosclerotic lesions in ApoE-deficient mice. Atherosclerosis 197 : 524―533, 2008.
7) Takashima A, et al : Combination of n-3 polyunsaturated fatty acids reduces atherogenesis in apolipoprotein E-deficient mice by inhibiting macrophage activation. Atherosclerosis 254 : 142―150, 2016.
8) Niki T, et al : Effects of the Addition of Eicosapentaenoic Acid to Strong Statin Therapy on Inflammatory Cyto-kines and Coronary Plaque Components Assessed by Integrated Backscatter Intravascular Ultrasound. Circ J 80 : 450―460, 2016.
9) Yagi S, et al : Reduced ratio of eicosapentaenoic acid and docosahexaenoic acid to arachidonic acid is associated with early onset of acute coronary syndrome. Nutr J 14 : 111, 2015.
10) 伊藤 浩編:そうだったんだ!脂肪酸―循環器疾患との深い関係.文光堂,2013.