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1 全人的苦痛とは ねらい がん患者の苦痛を全人的に理解し 苦痛緩和に活用する 到達目標 がん患者の全人的苦痛についての考え方を理解する 全人的苦痛を構成する 4 つの苦痛の特徴と患者に与える影響について理解する 全人的苦痛の緩和におけるチームアプローチの必要性について理解する 1 がん患者の全人的

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苦痛緩和

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がん患者の全人的苦痛

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全人的苦痛の考え方 がんの臨床経過において、緩和ケアと最も関係の深いものが「苦痛」である。医学的には、 身体にある侵襲が加わった場合の痛みを指すことが多いが、この言葉には多面的、多層的な 意味合いがある。 がん患者が体験している複雑な苦痛は全人的苦痛(TotalPain)と呼ばれており、これはセン ト・クリストファー・ホスピス(St.ChristopherʼsHospice)の創立者であるシシリー・ソン ダース(CicelySaunders)が提唱した概念である1) がん患者の苦痛は身体的苦痛のみとして捉えるのではなく、精神的側面や社会的側面、スピ リチュアルな側面からも捉える必要がある。これら4つの苦痛は、図 1に示したように互い に影響し合っており、全体として患者の苦痛を形成している。 例えば、患者が「腰のあたりが痛む」など身体的な痛みを訴える場合であっても、その背後 にはこれからどうなるのかなどの精神的苦痛や社会的な役割が果せない苦悩、つらさなどを 抱えており、その全体として「痛い」と訴えていると理解することが重要である。

全人的苦痛とは  

【ねらい】  がん患者の苦痛を全人的に理解し、苦痛緩和に活用する。  到達目標 ●がん患者の全人的苦痛についての考え方を理解する ●全人的苦痛を構成する 4 つの苦痛の特徴と患者に与える影響について理解する ●全人的苦痛の緩和におけるチームアプローチの必要性について理解する 

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章 苦痛緩和

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全人的苦痛とは

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苦痛の特徴と内容 身体的苦痛 がんの臨床経過に伴って患者は多様な身体症状を体験する。 聖隷三方原病院緩和ケアチームにおいて、チームへのコンサルテーションが行われた患者111 名の身体症状を調査したところ、疼痛が最も多く、続いて食欲不振であった。その他、全身 倦怠感、嘔気、呼吸困難、嘔吐、腹部膨満感、喀痰などさまざまな身体症状を患者は経験し ていた2) 淀川キリスト教病院ホスピスに入院した終末期がん患者206名の症状の出現頻度を調査した ところ、生存期間が1カ月以上の場合、疼痛の出現頻度が最も高くみられた。生存期間が約 1カ月頃から、全身倦怠感、食欲不振、便秘、不眠などの出現頻度が増加する傾向が認めら れた3)(p.51図1参照)。 これらの身体的症状の緩和が、苦痛緩和における第一歩である。  ※詳細はp.53〜「3章2-2主な苦痛症状の治療とケア」を参照 精神的苦痛 がんに罹患することで、患者は診断告知をかわきりにさまざまな悪い知らせを伝えられる。 このことに伴う精神的苦痛、将来への不確実性などから生じる不安、度重なる喪失体験によ …… …… 1 全人的苦痛(TotalPain) 身体的苦痛 痛み 息苦しさ だるさ 動けないこと 日常生活の支障 精神的苦痛 不安 うつ状態 恐れ いらだち 怒り 孤独感 全人的苦痛 トータルペイン 社会的苦痛 仕事上の問題 人間関係 経済的な問題 家庭内の問題 相続 スピリチュアルペイン 人生の意味 苦しみの意味 価値観の変化 死生観に対する悩み 罪の意識 死の恐怖 淀川キリスト教病院ホスピス編( 2007).緩和ケアマニュアル.第 5 版.東京,最新医 学社,39.一部改訂

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る苦悩などを体験する。 がんに対する通常の心の反応は、図 2に示したとおりであり4)、看護スタッフの共感に満ち た傾聴や情緒的サポート、適切な看護ケアの実施、情報提供など、基本的な心のケアを行う。 精神的苦痛への対応では、適応障害(不安・うつ)、うつ病、せん妄および認知症の診断とマ ネジメントが大切である。必要に応じて専門家へのコンサルテーションを行う。 わが国におけるがん罹患数は、高齢化を主要因として増加し続けており、認知症を合併した がん患者はさらに増加すると推察される。認知症は、がんの診断を遅らせたり、セルフケア が不足したり、せん妄や抑うつ状態などの専門的な治療が必要となったりする。今後は認知 症の診断と対応がこれまで以上に重要である4) 進行・終末期のがん患者においては、「死にたい」という気持ちが認められることは珍しいこ とではなく、約10〜20%の患者が希死念慮を経験している。希死念慮とはうつ状態と絶望 感を代表とする精神的苦痛であり、その背景には多彩な苦痛や苦悩が存在している。看護師 はそのことに気づく必要がある5) 社会的苦痛 がんに罹患すると、患者は身体的・精神的苦痛のほかにも、がんと共に生きるというストレ スフルな状況と折り合うこと、経済的な問題、仕事や社会復帰、家族との関係や介護負担な ど、日々の「暮らし」を営むために苦悩する。これが社会的苦痛である。 2010年1月に行われた、過去5年以内にがんと診断され社会的問題を経験したと回答した患 者1,054名を対象としたアンケート調査において、「非常に困った」「かなり困った」と回答 した患者の占める割合が高い社会的苦痛の上位10項目は図 3に示すとおりである7) その半数は、家族への心理的・経済的負担に関する悩みが占めていた。また、患者は家族内 …… 小川朝生,内富庸介編(2010).これだけは知っておきたいがん医療における心のケア:精神腫瘍 学ポケットガイド.東京,創造出版,9. 2 がんに対する通常のこころの反応とその対応 精神疾患の知識+ 精神科へつなぐ コミュニケーション で対応する 心のケアの 基本で 対応する 適応障害 (不安・うつ) うつ病 衝撃 否認 絶望 怒り 日常生活への適応 検査 がん 2週  0  3カ月  時間 がんに関する 通常反応

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章 苦痛緩和

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全人的苦痛とは での自分の役割変化にも悩んでいることが示された6) 療養中の患者にとり、療養環境は帰属する社会となる。入院中の患者には、病院生活そのも のが「小さな社会生活」であり、在宅療養中の患者には、訪問に来る医療従事者や介護者と の関係や近所とのつきあいが「社会とのつながり」である。 どのような状況の患者にとっても「社会」は切り離すことはできないものであり、周囲の人々 からの支援が重要である。 スピリチュアルな苦痛 がんの診断や治療、進行に伴う身体の変化や機能の喪失などにより、日常性の維持が困難と なり、他者への依存が増えていかざるを得ない状態に置かれたとき、患者はこれからの生き 方や人生の意味や目的などへの問いを抱くようになる。患者は自己の価値観の再吟味や、生 のあり方を深めることを否応なく求められるようになり苦悩する。これが人間の心の奥深い ところにある究極的・根源的な叫びであり、スピリチュアルな苦痛・苦悩である。 WHOは『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア』において、全人的苦痛の緩和が重要 であることを提唱し、スピリチュアルについて表 1のように定義している7) …… 3 がん患者が体験した社会的問題:上位 10 項目 1.あなた自身や家族の今後の 生活設計に関すること 3.家庭において自分の役割が 十分に果たせないこと 5.この病気や治療のために、 以前のように趣味・娯楽や社会的… 9.仕事(学生の場合は、学業)への 復帰や継続が困難なこと 4.医療費や療養中の生活費に関すること 6.容姿(外見)の変化に関すること 7.外来への受診や通院に関すること 8.入・退院や転院に関すること 2.家族に負担がかかっていること 10.家族が抱えている不安や心配に対して 十分に対応できないこと 60% 0% 20% 40% 18.1 9.6 4.8 3.2 10.9 5.0 10.7 4.1 5.5 13.0 1.9 4.1 18.1 2.44.7 19.6 11.7 5.7 15.6 16.4 11.7 0.8 4.3 15.0 0.8 2.5 1.6 7.9 8.4 1.3 15.7 14.3 33.1 34.2 34.3 26.2 27.0 25.2 30.3 28.1 20.9 15.0 16.1 9.7 11.7 17.1 11.1 21.3 26.1 80% 100% わからない 非常に困った かなり困った あまり困らなかった 全く困らなかった 該当しない N=1,054 3.5 31.1 30.6 31.1 34.0 33.0 29.2 45.2 40.2 28.1 37.6 久村和穂( 2010).“がん患者が抱える社会生活上の問題と社会支援の必要性”.松島英介編.がん患者のこころ.現代のエ スプリ.517,41-53 から引用一部改変

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スピリチュアルケアを含む対人援助の考え方と方法の研究・教育を行っている村田久行は、 スピリチュアルペインを「自己の存在と意味の消滅から生ずる苦痛」と定義している。村田 は、図 4のとおり人間の存在には時間性・関係性・自律性の3つの次元があると捉え、スピ リチュアルペインが、人間の「意識の志向性」と関係すると分析している。特に、終末期が ん患者のスピリチュアルペインを死に臨む人間の「将来の喪失」、「他者との関係の喪失」、 「自律の喪失」から現出する生の無意味、無価値、虚無、孤独などであると述べている8) スピリチュアルケアの目標は、スピリチュアルな側面を含む人としての全体性を取り戻すこ とであり、患者のスピリチュアルな苦悩を理解しようと関わり続ける姿勢が大切である。

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全人的苦痛の緩和とチームアプローチ 2010年に行われた、がん患者1,446名を対象とした意識調査9)において、がんの治療や診断

Murata, H(2003). Spiritual pain and its care in patients with terminal cancer: construction of a conceptual framework by philosophical approach. Palliative and Supportive care. 1, 15-21.に基づいて作成 4 村田によるスピリチュアルペインの構造 時間存在 関係存在 自律存在 将来を失う 他者との 関係を失う 自立と生産性を 失う 自 己 の 死 の 接 近 自己存在と 意味の喪失 無価値感 依存/負担 無目的 現在の意味が不成立 スピリチュアルペイン 人   間   存   在 緩和ケアにおけるスピリチュアルの定義(WHO1990) 1 ・スピリチュアルとは、人間として生きることに関連した経験的一側面であり、 身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である ・多くの人々にとって“生きていること”が持つスピリチュアルな側面には宗教 的な因子が含まれているが、スピリチュアルは“宗教的”と同じ意味ではない ・スピリチュアルな因子は身体的、 心理的、 社会的因子を包含した人間の“生” の全体像を構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的について の関心や懸念と関わっている場合が多い ・特に人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和解、 価値の確認等と関連していることが多い 世界保健機関編.武田文和訳(1993).がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア:がん 患者の生命へのよき支援のために.東京,金原出版,48.

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章 苦痛緩和

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全人的苦痛とは で抱いた悩みの上位 3 項目は、「痛み・副作用、後遺症などの身体的苦痛」、「落ち込みや不 安、恐怖など精神的なこと」「これからの生き方、生きる意味などに関すること」であった。 また、がん治療にかかった費用については、約7割が「負担が大きい」と答えていた。 患者はがんに罹患することにより、さまざまな苦痛を感じ、悩みながら、社会での生活を営 んでいる。がん患者の全人的苦痛を理解するには、がんという疾患に焦点を合わせるのでは なく、患者を、がんを病む人として捉えることが重要である。 一人の医師や一人の看護師だけの対応では、全人的苦痛を緩和することは不可能であり、多 職種によるチームアプローチが必須である。チームはそれぞれの専門性に基づく議論を踏ま えて合意形成し、共通の目標に向かってアプローチする。 緩和ケアによりがん患者の苦痛や苦悩が和らげられることで、患者ががんという病をもちな がらも、QOLが維持・向上されていくことが望まれる。 引用・参考文献 1) Saunders, DC. ed(1984). The Management of Terminal Malignant Disease(2nd ed). London, Edward Arnold, 232-241. 2) Morita, T. et al(2004). Palliative care team: the first year audit in Japan. J Pain Symptom Manage. 29(5), 458-465. 3) 淀川キリスト教病院ホスピス編(2007).緩和ケアマニュアル.第5版.大阪,最新医学社,2-3. 4) 小川朝生ほか編(2010).精神腫瘍学ポケットガイド:これだけは知っておきたいがん医療における心のケア. 東京,創造出版,81-90. 5) 明智龍男(2010).“がん患者が死を考えるとき”.松島英介編.がん患者のこころ.現代のエスプリ.ぎょう せい,517,41-53. 6) 久村和穂(2010).“がん患者が抱える社会生活上の問題と社会支援の必要性”前掲書5).41-53. 7) 世界保健機関編.武田文和訳(1993).がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア:がん患者の生命へのよ き支援のために.東京,金原出版,48. 8) Murata, H(2003). Spiritual pain and its care in patients with terminal cancer: construction of a conceptual framework by philosophical approach. Palliat Support Care. 1(1), 15-21. 9) 日本医療政策機構市民医療協議会.患者が求めるがん対策Vol.2:がん患者意識調査2010年. http://ganseisaku.net/pdf/inquest/20110509.pdf(アクセス:2013年9月) 田村恵子

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【ねらい】  がん患者に多くみられる苦痛症状について理解する。

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がん患者に多い苦痛症状

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がんそのものによる苦痛症状 がん患者はがんそのものやがんに関連した全身衰弱により、さまざまな苦痛症状を体験して おり、終末期がん患者の主要な身体症状の頻度に関する調査では、全身倦怠感、食欲不振、 痛み、便秘、不眠、呼吸困難が上位を占めていた(表 1)1) 緩和ケアを受けている患者は何らかの身体症状を有しており、進行がん患者の4分の3が痛み を経験すると言われている2) 主要な身体症状の出現からの生存期間(図 1)3)では、生存期間が1カ月以上の場合、痛みの 出現率が最も高くみられ、生存期間が約1カ月頃から、全身倦怠感、食欲不振、便秘、不眠

がん患者に多くみられる苦痛症状

 到達目標 ●がんそのものによる苦痛症状とがん治療に伴う苦痛症状、およびそれらの出現状況 を知る ●主な苦痛症状の基本的な治療やケアについて理解する  終末期がん患者の主要な身体症状の頻度(206 例) 1 全身倦怠感 201 例(97.6 %) 食欲不振  195 例(94.7 %) 痛み    158 例(76.7 %) 便秘    155 例(75.2 %) 不眠    130 例(63.1 %) 呼吸困難  107 例(51.9 %) 悪心・嘔吐  95 例(46.1 %) 混乱     65 例(31.6 %) 死前喘鳴   52 例(25.2 %) 腹水     50 例(24.3 %) 胸水     49 例(23.8 %) 不穏     36 例(17.5 %) 腸閉塞    33 例(16.0 %) 黄疸     33 例(16.0 %) 吐血・下血  14 例(6.8 %) 嚥下困難   12 例(5.8 %) 恒藤 暁(1999).最新緩和医療学.大阪,最新医学社,18.

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章 苦痛緩和

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がん患者に多くみられる苦痛症状 などの症状の出現頻度が増加する傾向がみられた。 これらの身体的苦痛症状はがん患者の日常生活にも大きな影響を及ぼし、日常生活の障害の 出現からの生存期間(図 2)4)においては、生存期間が2週頃から自力移動の障害の頻度が高 くなり始めている。 がんによる身体的苦痛症状や日常生活動作の障害の存在は、病状や予後に対する不安や死へ の恐怖などの精神面の苦痛、役割の喪失や家族に負担をかけることなどの社会面の苦痛、日 常性の維持困難や他人への依存度が高くなることから生じてくるスピリチュアルな苦痛へと つながる。 1 主要な身体症状の出現からの生存期間(206 例) 全身倦怠感 食欲不振 痛み 便秘 不眠 呼吸困難 悪心・嘔吐 混乱 死前喘鳴 腹水 不穏 腸閉塞 生存期間 死亡 (日) (%) 0 15 30 45 ∼60 100 75 50 25 0 累   積   頻   度 恒藤 暁(1999).最新緩和医療学.大阪,最新医学社,19. 2 日常生活の障害の出現からの生存期間(206 例) 生存期間 死亡 (日) (%) 0 5 10 ∼15 100 75 50 25 0 移動 排便 排尿 食事 水分摂取 会話 応答 累   積   頻   度 恒藤 暁(1999).最新緩和医療学.大阪,最新医学社,20.

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一方で、精神面や社会面、スピリチュアルな苦痛が身体的苦痛症状を増強させることもあり、 がん患者の苦痛症状は全人的苦痛として捉えて症状マネジメントを行うことが重要である。

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がん治療に伴う苦痛症状 がん化学療法に伴う症状 抗がん剤には細胞のDNAや細胞膜などを直接傷害する作用を持つ細胞傷害性抗がん剤と、が ん細胞が持つ特徴(分子)を標的として作用する分子標的治療薬がある。 細胞傷害性抗がん剤により特に細胞分裂の盛んな正常細胞が傷害を受けるため、悪心/嘔吐・ 食欲不振(消化管細胞の傷害)、口腔粘膜炎(口腔粘膜細胞の傷害)、脱毛(毛根細胞の傷 害)、骨髄抑制(骨髄細胞の傷害)等が特徴的な副作用症状として出現する(表 2)。 分子標的治療薬は当初正常細胞へのダメージが少ないと考えられていたが、皮膚障害や高血 圧など特徴的な副作用症状が出現することがわかってきている(表 2)。 化学療法施行患者が苦痛と感じる自覚症状に関する調査5)では、悪心/嘔吐・食欲不振や脱 毛などの身体症状のほかに治療に対する不安や家族に与える影響などの精神面や社会面の苦 痛も上位となっており、全人的苦痛としての症状マネジメントが重要である。 がん放射線療法に伴う症状 放射線によりがん細胞だけでなく、正常細胞のDNAも傷害されることにより、副作用として 苦痛症状が出現する。放射線治療による副作用には治療中および治療開始後90日以内に発生 する急性の有害反応とそれ以降に発生する晩期の有害反応がある。 急性有害反応の全身症状としては放射線宿酔があり、全身倦怠感、頭重感、食欲不振、悪心 などが出現する。局所症状としては、照射部位の皮膚障害や粘膜障害、照射部位に骨髄が多 …… …… 主な抗がん剤の副作用 2 抗がん剤の種類 主な副作用 細胞傷害性抗がん剤 消化器毒性(悪心・嘔吐、食欲不振、下痢、便秘)、粘膜障害(口腔 粘膜炎、出血性膀胱炎など)、味覚障害、骨髄抑制(好中球減少、血 小板減少、貧血)、末梢神経障害、肺毒性(間質性肺炎など)、心毒性 (心不全、心筋障害など)、腎毒性(腎機能障害など)、皮膚毒性(色 素沈着、手足症候群など)、脱毛、過敏症(アレルギー)、血管外漏 出、性機能障害、二次がんなど 分子標的治療薬 皮膚毒性(ざ瘡様皮疹、爪障害、手足症候群、皮膚乾燥など)、高血 圧、消化管穿孔、インフュージョンリアクション、間質性肺炎など

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章 苦痛緩和

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がん患者に多くみられる苦痛症状 く含まれる場合の骨髄抑制、肺への照射時の放射線肺臓炎などがある。 放射線療法による晩期有害反応は、治療開始後 90 日以降、数年後にも出現する可能性があ る。原因は不明であるが間質の線維化や局所の血行障害により二次的に組織の壊死が発生し、 照射部位の皮膚や粘膜の瘢痕化や肺線維症、腸管からの出血や狭窄による通過障害などを引 き起こす6)。回復困難であり、患者のQOLの低下につながることから早期の発見とマネジメ ントが重要である。

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主な苦痛症状の治療とケア

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身体的苦痛  がんそのものおよびがん治療に伴って出現することが多い、①がん疼痛、②倦怠感、③食欲 不振について述べる。 がん疼痛  がん疼痛のアセスメントやマネジメントにおける看護師の役割についてはp.76〜「第3章の 3症状マネジメントの実際」で述べるため、ここでは定義、原因、分類、機序、治療について 述べる。 定 義  国際疼痛学会は「痛みとは、実質的・潜在的な組織損傷に結びつく、あるいはそのような損 傷をあらわす言葉を使用して述べられる不快な感覚体験および情動体験であり、つねに主観的 なものである。」と定義している7) 原 因  痛みの原因は次のように分類できる(表 3)。 分 類7、8)  痛みの分類には、時間による分類、痛みのパターンによる分類、神経学的分類がある。 時間による分類  ・急性疼痛:通常、身体の傷害に続いて起こり、傷害の治癒に伴って消失する。交感神経活 動による生理学的反応(血圧上昇、発汗など)・行動学的反応(痛みの訴え、泣く、さする など)が現れる。  ・慢性疼痛:原則として、痛みに特効する療法に基づいた治療、あるいは非オピオイドのよ うな痛みのコントロールの決まりきった方法に反応しないしつこく続く痛み。 ……

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痛みのパターンによる分類  ・持続痛:24時間のうち12時間以上経験される平均的な痛み。  ・突出痛:持続痛の有無や程度、あるいは鎮痛薬治療の有無にかかわらず発生する一過性の 痛みの増強。痛みの発生からピークまで 3 分程度と短く、平均持続時間は 15 〜30 分で、 90%は1時間以内に終息する。 神経学的分類  神経学的分類では、侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛に分類される(表 4)。 機 序7) 痛みが伝達されるメカニズム  外傷などにより組織損傷が生じると、プロスタグランジンやヒスタミンなどの発痛物質が放 出される。これらの化学物質は侵害受容器を活性化させ、脊髄後根に伝達される。脊髄に到達 するとグルタミン酸やソマトスタチン、興奮性アミノ酸、サブスタンスPなどが放出され、そ れぞれ受容体を介して脊髄後角の二次ニューロンを興奮させ、外側脊髄視床路と内側脊髄視床 路の2つに分かれて伝導される。外側脊髄視床路は視床を経由して大脳皮質体性感覚野へ、内 側脊髄視床路は視床下部を通り大脳辺縁系へと伝えられて痛みを認識する(図 3)。 侵害受容性疼痛のメカニズム  侵害受容性疼痛とは、切傷などの侵害刺激による組織の傷害や炎症、虚血などが生じること によって起こる疼痛である。ブランジキニンやセロトニン、ヒスタミンなどの発痛物質が感覚 線維を興奮させて、痛みを起こす。  侵害受容性疼痛には、体性感覚線維が興奮して起こる体性痛と、内臓痛覚線維が興奮して起 こる内臓痛とがある。体性痛は、皮膚や骨、関節、筋肉などの体性組織への機械的刺激が原因 で発生する。内臓痛は、消化管などの管腔臓器の炎症や閉塞、圧迫などによって臓器被膜が伸 展することで発生する。  侵害受容性疼痛は、非オピオイド鎮痛薬やオピオイドが有効である。 痛みの原因 3 がん自体が原因となった痛み 骨浸潤、軟部組織への伸展、内臓浸潤、神経圧迫・浸潤、頭蓋内圧亢進 など がんに関連した痛み リンパ浮腫、便秘、口内炎、褥瘡、筋・筋膜症候群 など がん治療に関連して起こる痛み 手術後の瘢痕による痛み、化学療法による副作用、放射線療法による副作用 など がん患者に併発したがん以外の 疾患による痛み 頭痛、骨関節炎、帯状疱疹 など

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章 苦痛緩和

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がん患者に多くみられる苦痛症状 大脳皮質体性感覚野 視床 中脳 延髄 脊髄 三次ニューロン 二次ニューロン (脊髄視床路) 一次ニューロン (末梢感覚神経) 神経障害性疼痛 体性痛 内臓痛 3 痛みの伝達 冨安志郞( 2010).がん疼痛の分類・機序・症候群.日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会編.がん疼痛の薬 物療法に関するガイドライン 2010 年版.東京,金原出版,15. 痛みの神経学的分類 4 侵害受容性疼痛 神経障害性疼痛 体性痛 内臓痛 痛みの部位 皮膚、粘膜、骨、関節、 筋肉、結合組織など 管腔臓器(消化管) 被膜を持つ固形臓器(肝臓・ 腎臓など) 末梢神経、脊髄神経、視床、大脳な どの痛み伝達経路 痛みを起こ す刺激 切る、刺す、叩くなどの 機械的刺激 管腔臓器の内圧上昇、臓器被 膜の急激な伸展、臓器局所お よび周囲組織の炎症 神経の圧迫、断裂 痛みの特徴 局在が明瞭な持続痛が体 動に伴って増悪する 深く絞られるような、押され るような痛み、局在が不明瞭 障害神経支配領域のしびれ感を伴う 痛み、電気が走るような痛み 例 骨転移局所の痛み 術後早期の創部痛 筋膜や筋骨格の炎症に伴 う筋攣縮 消化管閉塞に伴う腹痛、肝臓 腫瘍内出血に伴う上腹部・側 腹部痛、すい臓がんに伴う上 腹部・背部痛 がんの腕神経叢浸潤に伴う上肢のし びれ感を伴う痛み、脊椎転移の硬膜 外浸潤に伴う背部痛、化学療法後の 手足の痛み 随伴症状 頭蓋骨、脊椎転移では病 巣から離れた場所に特徴 的な関節痛を認める 嘔気・嘔吐、発汗などを伴う ことがある。病巣から離れた 場所に関連痛を認める 知覚低下、知覚異常、運動障害を伴 う 冨安志郎( 2010).がん疼痛の分類・機序・症候群.日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会編.がん疼痛の薬 物療法に関するガイドライン.2010 年版.東京,金原出版,14.を一部改変

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神経障害性疼痛のメカニズム  神経障害性疼痛は、末梢神経や中枢神経の直接的な損傷や障害によって生じる痛みである。 神経線維が炎症や傷害、切断などを受けると、電気伝導に変化が生じ、神経が異常に興奮して 痛みを起こす。神経障害性疼痛には、主に末梢性感作、中枢性感作、脱抑制の3つの機序が関 与している。  神経障害性疼痛は、侵害受容器が刺激されていない状況で痛みが発生する。そのため、侵害 受容体に作用する非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の効果が期待できない。またオピオイ ド受容体の機能低下が起こるといわれており、モルヒネなどのオピオイドに反応しにくい。 治 療7) 痛みの治療の目標  痛みの治療を行う場合、患者や家族と一緒に現実的で段階的な目標設定をすることが大切で ある。痛みの治療は以下の3つの目標を達成し、鎮痛効果の継続と平常の日常生活に近づける ことが最終目標である。  ・第一目標:痛みに妨げられない夜間の睡眠時間が確保できる  ・第二目標:日中の安静時に痛みがない状態で過ごせる  ・第三目標:体動時の痛みが消失する 痛みの治療の原則  痛みの治療は薬物療法と非薬物療法の組み合わせによって、がん患者を痛みから解放するこ とが目標である。1996 年にWHO(世界保健機構)が「WHO方式がん疼痛治療法」を発表し た9)。WHO方式がん疼痛治療法とは、以下の6項目から構成される治療戦略である。  ・チームアプローチによる、がん患者の痛みの診断とマネジメントの重要性  ・詳細な問診、診察、画像診断などによる痛みの原因、部位、状況の把握の必要性  ・痛みの治療における患者の心理的、社会的およびスピリチュアルな側面への配慮と患者へ の説明の重要性  ・症状や病態に応じた薬物または非薬物療法の選択  ・段階的な治療目標の設定  ・臨床薬理学に基づいた鎮痛薬の使用法  WHO方式がん疼痛治療法では、鎮痛薬の使用に対する5つの基本原則が述べられている(表5)。 痛みの緩和のバリア10)  痛みを緩和する上で障壁となっているものを「痛みの緩和のバリア」という。バリアには、 医療従事者に関連する要因、患者・家族に関連する要因、保健医療システムに関連する要因が あり、看護師は適切な痛みのマネジメントを行う上でバリアとなっている因子を明らかにする 必要がある(表 6)

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章 苦痛緩和

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がん患者に多くみられる苦痛症状 鎮痛薬使用の 5 原則 5 1.経口的に(by mouth) 鎮痛薬は、できるだけ簡便で、用量調節が容易な経口投与とする。 2.時刻を決めて規則正しく(by the clock)

最大効果発現時間や効果持続時間を考慮して、薬理作用が一定に保たれるように一定の時間間隔で規則正し く使用する。突出痛に対してはレスキュー・ドーズ(臨時追加投与量)が必要である。

3.除痛ラダーにそって効力の順に(by the ladder) 鎮痛薬は WHO3 段階除痛ラダー(図 4)に従って選択する。 ①軽度の痛み:非オピオイド鎮痛薬

②軽度から中等度の痛み:オピオイド±非オピオイド鎮痛薬±鎮痛補助薬 ③中等度から高度の痛み:強オピオイド±非オピオイド鎮痛薬±鎮痛補助薬 4.患者ごとの個別的な量で(for the individual)

個々の患者に対する鎮痛薬の適量を決めるには、鎮痛効果と副作用を繰り返し評価して、調整する。 5.その上で細かい配慮を(with attention to detail)

患者・家族に痛みの原因、鎮痛薬の目的、作用機序、薬剤名、使用方法、副作用などの情報を説明し、協力 を得る。治療による痛みの変化を継続的に観察するとともに、患者の身体・心理状況などに注意を払い、鎮 痛薬の調整を行う。 長美鈴ほか(2010).WHO方式がん疼痛治療法.日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会編.がん疼痛の薬物療 法に関するガイドライン.2010 年版.東京,金原出版,32.を元に作成 1 2 3 痛み ±鎮痛補助薬 がんの痛みからの解放 痛みの残存ないし増強 軽度から中等度の強さの痛み 痛みの残存ないし増強 に用いるオピオイド ±非オピオイド鎮痛薬 ±鎮痛補助薬 中等度から高度の強さの 痛みに用いるオピオイド ±非オピオイド鎮痛薬 ±鎮痛補助薬 非オピオイド鎮痛薬 4 3 段階除痛ラダー 世界保健機関編,武田文和訳( 1996).がんの痛みからの解放:WHO 方式が ん疼痛治療法.東京,金原出版,17.

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 医療用麻薬の使用に対する躊ちゅう躇ちょは、適切な疼痛マネジメントを行う上でのバリアとして最も 重要な因子となっている。医療従事者、患者ともに医療用麻薬に対する誤った理解や知識不足 があり、医療用麻薬の使用を躊躇している。 代表的な薬物療法9-11)  痛みの治療に使用する鎮痛薬には非オピオイド薬剤、オピオイド、鎮痛補助薬がある。  ・非オピオイド鎮痛薬    非オピオイド薬剤には、非ステロイド性抗炎症薬(Non-SteroidalAnti-InflammatoryDrugs: NSAIDs)とアセトアミノフェンがある(表 7)。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)はス テロイド構造以外の抗炎症作用、解熱作用、鎮痛作用を有する薬剤の総称である。  ・オピオイド    オピオイドとは、延髄の脊髄後角などに存在するオピオイド受容体〔μ(ミュー)、κ (カッパ)、δ(デルタ)、σ(シグマ)、ε(イプシロン)〕と結合して鎮痛効果を示す薬の 総称である。コデイン、モルヒネ、フェンタニル、オキシコドンなど多くのオピオイドは、 主にμオピオイド受容体と結合して鎮痛作用を発現する(表 8)。μオピオイド受容体は扁 桃体や帯状回、腹側被蓋野、側坐核などの部位に高密度に存在していることから、情動制 御にも深く関わっている。その他の中枢神経系作用として呼吸抑制作用、鎮咳作用、催吐 作用、消化管運動抑制作用などが知られている。    オピオイドの投与経路は、経口、経直腸、経皮、持続皮下注、持続静注、硬膜外投与の 6種類がある。それぞれの薬剤の特徴と痛みの状況に合わせて、薬剤を選択する必要があ る。    オピオイドは主として中枢性に作用するため、鎮痛効果は強い。オピオイドには、軽度 から中等度の強さの痛みに用いる弱オピオイドと、中等度から高度の強さの痛みに用いる 強オピオイドに分類される。  〈弱オピオイド〉   弱オピオイドにはコデインやトラマドールなどがある。  ・コデイン(コデインリン酸塩)はそれ自体に鎮痛作用はないが、体内でモルヒネに代謝さ れることにより鎮痛効果を発揮すると考えられている。経口投与で、4〜6時間ごとに定期 痛みの緩和のバリアとなっている因子 6 医療従事者に関連するバリア 痛みのマネジメントに関する知識不足、痛みのアセスメント不足、鎮痛 薬に関する知識不足や副作用に対する懸念など 患者・家族に関連するバリア 医療用麻薬に関する誤解や使用することへの躊躇、痛みを訴えることへ の躊躇など 保健医療システムに関連するバリア 痛みの評価や治療に対する優先度が低いなど

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章 苦痛緩和

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がん患者に多くみられる苦痛症状 投与することで一定の効果が得られる。副作用としてはモルヒネと同様の悪心・嘔吐、便 秘、眠気などがある。  ・トラマドールはWHOがん疼痛治療法の3段階ラダーにおいて第2段階に位置づけられてい る。主な副作用として便秘、悪心・嘔吐、眠気、せん妄、浮動性めまいがある。  〈強オピオイド〉   強オピオイドには、モルヒネ、フェンタニル、オキシコドン、メサドンがある。それぞれ の薬剤の特徴を表 9に示す。  ・モルヒネは、μ受容体に結合し鎮痛効果を発する。経口薬、座薬、注射薬と剤形が多く、 経口薬には速放性製剤と徐放性製剤があり、必要に応じて投与経路を変更することができ る。主な副作用として悪心・嘔吐、便秘、眠気、せん妄などがあり、副作用対策が重要と なる。  ・フェンタニルはμ受容体に結合し鎮痛効果を発する。モルヒネやオキシコドンに比較して 非オピオイド鎮痛薬 7 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) アセトアミノフェン 有効な痛み ・炎症を伴う疼痛 ・骨転移痛 ・関節痛 ・皮膚転移痛 ・炎症を伴わない痛み全般 作用 ・抗炎症作用 ・解熱作用 ・鎮痛作用 ・解熱作用 ・末梢性鎮痛作用 副作用 ・胃腸障害 ・腎臓機能障害 ・肝臓機能障害 ・血小板減少と心血管系障害 ・アスピリン不耐(過敏)症 消化管、腎機能、血液凝固能への影 響はほとんどないため、副作用は起 こりにくい 代表薬 アスピリンⓇ、ポンタールⓇ、ナイキサンⓇ、モービックⓇ、ボ ルタレンⓇ、ロキソニン、インテバン、ロピオン など カロナールⓇ、タイレノール、アン ヒバ坐剤Ⓡ、アセリオ静注薬 など オピオイドと受容体の親和性 8 オピオイドの 種類/受容体 強オピオイド 弱オピオイド モルヒネ オキシコドン フェンタニル メサドン コデイン トラマドール μ +++ +++ +++ +++ + + κ + +(?) − − − − δ − − − +(?) − − 国分秀也( 2010).薬理学知識.日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会編.がん疼痛の薬物療法に関するガイ ドライン.2010 年版.東京,金原出版,45.一部改変引用

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消化器症状が少ない。経皮吸収型フェンタニル貼付剤は経口薬や注射薬に比べて急激な血 中濃度の上昇がないが、十分な鎮痛効果を発揮する血中濃度に達するまで24時間程度かか るという特徴がある。  ・オキシコドンはμ受容体に結合して鎮痛効果を示す。オキシコドンの鎮痛効果は投与経路 により異なり、経口投与でモルヒネの約1.5倍の効力を持っている。副作用症状はモルヒネ と同様である。  ・メサドンはμ受容体に結合して鎮痛効果を示す。また神経障害性疼痛に関連しているNMDA 受容体拮抗作用も持つ。他のオピオイドに比べて投与量の調節がより困難であったり、心 室頻拍などの重篤な不整脈の危険があるなどの特徴があることから、日本における効能・ 効果は「他のオピオイドでは治療困難な中等度から高度のがん疼痛(オピオイドの継続投 与を必要とする)」となっている。 府川美沙子(2010).薬理学的知識.日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会編.がん 疼痛の薬物療法に関するガイドライン.2010 年版.東京,金原出版,38-39.を元に作成 強オピオイドの種類と特徴 9 商品名 投与経路 放出機構 投与間隔 モルヒネ カディアンⓇ 経口 徐放性 24 時間 ピーガードⓇ 24 時間 MS コンチンⓇ 12 時間 MS ツワイスロンⓇ 12 時間 カディアンⓇ 24 時間 モルペスⓇ 12 時間 パシーフⓇ 24 時間 モルヒネ塩酸塩Ⓡ 注射 単回・持続 モルヒネ塩酸塩Ⓡ 経口 速放性 4 時間 オプソⓇ 4 時間 アンペックⓇ 直腸内 6 〜 12 時間 フェンタニル フェンタニルⓇ 注射 単回・持続 デュロテップ MTⓇ 経皮 − 72 時間 フェントステープⓇ 24 時間 イーフェンバッカルⓇ 口腔粘膜 速放性 4 時間 オキシコドン オキシコンチンⓇ 経口 徐放性 12 時間 オキノームⓇ 速放性 6 時間 パビナールⓇ 注射 単回・持続 メサドン メサペインⓇ 経口 1 日 3 回

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がん患者に多くみられる苦痛症状    オピオイドの使用時に、副作用症状が強く十分な鎮痛効果を得るだけのオピオイドを投 与できない、または鎮痛効果が不十分であるといった状況があった場合には、投与中のオ ピオイドから他のオピオイドに変更することで、効果が得られることがある。これをオピ オイドスイッチングという。オピオイドスイッチングは患者の状態によって詳細な調整が 必要とされるため、緩和ケアチームなどの専門家に相談し、慎重に行う必要がある。  ・鎮痛補助薬    鎮痛補助薬とは、鎮痛薬と併用することで鎮痛効果を高めたり、特定の状況下で鎮痛効 果を出現させる薬物のことである。鎮痛補助薬が適応となるのは、オピオイドを適切に使 用しても除痛が得られない、副作用によってオピオイドが増量できない、副作用によって オピオイドの減量が必要となる場合などである。    鎮痛補助薬の選択基準は、痛みの原因と性状による。鎮痛補助薬を使用する場合は、明 確な必要性があるときに適切に選択すると同時に、効果は個人差が大きいことや他の薬剤 との併用による危険性などを考慮する必要がある(表 10)。 非薬物療法10、11)  薬物療法による痛みの緩和以外に、放射線療法、手術療法、化学療法、神経ブロック、など の治療がある。さらに、理学療法や認知行動法などを薬物治療に組み合わせて行うことで、痛 みを緩和することができる(表 11)

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代表的な鎮痛補助薬 表10 種 類 主な作用機序 副作用 抗うつ薬 ノルトリプチリン塩酸塩(ノリトレンⓇ イミプラミン塩酸塩(イミドールⓇ アミトリプチリン塩酸塩 (トリプタノールⓇ パロキセチン塩酸塩(パキシルⓇ ・痛みの伝達を抑制する中枢 神経系のセロトニン、ノル アドレナリンの再取込を阻 害し、侵害刺激の伝達を抑 制する ・三環系抗うつ薬は、オピオ イドの血中濃度を上昇させ る 眠気、抗コリン作 用(口内乾燥、便 秘、食欲不振、頭 痛、不眠、興奮、 排尿障害)など 抗けいれん薬 カルバマゼピン(テグレトールⓇ バルプロ酸ナトリウム(デパケンⓇ フェニトイン(アレビアチンⓇ プレガバリン(リリカⓇ ガバペンチン(ガバペンⓇ クロナゼパム(ランドセンⓇ ・神経細胞膜の Na+チャネル を阻害することで、神経の 興奮を抑制する ・GABA 受容体に作用し、過 剰な神経興奮を抑制する ふらつき、眠気、 めまい、食欲不振 など 抗不整脈薬 メキシレチン塩酸塩(メキシチールⓇ) リドカイン塩酸塩(キシロカインⓇ Na+チャネルを遮断し、神経 の過敏反応を抑制する 嘔気、食欲不振、 耳鳴りなど NMDA 受容体 チャンネル拮抗薬 ケタミン塩酸塩(ケタラールⓇ) 侵害情報伝達に重要な役割を 果たしているNMDA受容体に 結合し、疼痛の反射弓が抑制 される 眠気、ふらつき、 めまい、悪夢など コルチコステロイ ド ベタメタゾン(リンデロンⓇ デキサメタゾン(デカドロンⓇ 明確ではないが、痛みを感知 する部位の浮腫の軽減、コル チコステロイド反応性の腫瘍 の縮小、侵害受容器の活動性 低下などによって除痛する 高血糖、骨粗しょ う 症、 消 化 性 潰 瘍、易感染 ベンゾジアゼピン 系抗不安薬 ジアゼパム(セルシンⓇ) 大脳辺縁系、視床、視床下部 などに作用し鎮静作用をもた らす ふらつき、眠気、 運動失調など ビスホスホネート パミドロン(アレディアⓇ) ゾレドロン(ゾメタⓇ 破骨細胞の活動を抑制し、骨 吸収を阻害することにより鎮 痛効果を得る 顎骨壊死、急性腎 不全、うっ血性心 不全など 久原幸ほか( 2010).薬理学知識.日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会編.がん疼痛の薬物療法に関するガ イドライン.2010 年版.東京,金原出版,67.より一部改変引用

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がん患者に多くみられる苦痛症状 倦怠感 定 義  がんに伴う倦怠感は、「がん自体やがん治療に伴って、普段の生活活動量には関係なく日常生 活を妨げる苦痛が持続する主観的感覚で、肉体的、精神的、および/または認知的な要素が含 まれる倦怠感や消耗感」と定義される12) 発生率  倦怠感は治療中のがん患者が体験することの多い症状の一つである。そして末期状態になる とほぼ全例にみられるようになり、淀川キリスト教病院ホスピスの調査では、生命予後が3カ 月の患者には30%、2カ月の患者には50%、1カ月の患者には75%に、末期がんによる全身倦 怠感が出現している13) 原 因  倦怠感の原因はさまざまである(表 12)。病態は十分に解明されていない部分もあるが、がん そのものやがん治療により炎症性サイトカインが産生されることによるものや同様にがんその ものとがん治療の両方から起こりやすい貧血や電解質異常によるものなど、さまざまな要因が 重なり合って起きていると考えられる。 治 療   原因治療が可能な場合には、まずそれを行うのが原則である。   治療期においては、化学療法や放射線療法の副作用による脱水や電解質異常で倦怠感が出 …… 痛みに対する薬物療法以外の治療 表11 方 法 適 応 放射線療法 ・局所の症状改善に有効で、特に有痛性の骨転移、脳転移に対しての有効性が知られている 手術療法 ・腫瘍による完全腸閉塞により痛みが生じている場合に、人工肛門の造設あるいはステントの 挿入が有効である。 ・がんによる骨転移により病的骨折を生じた場合に適応となる。ただし、生命予後が2〜3カ 月以上期待できる場合。 化学療法 ・腫瘍による負荷を軽減させるために行う。副作用とのバランスが重要 神経ブロック ・大量のオピオイドを用いても十分な鎮痛効果が得られない場合 ・薬物療法による副作用が強く使用できない場合 ・神経ブロックが可能な限局した痛み ・骨盤内臓器による内臓痛、筋痙攣による痛み、神経障害性疼痛など 理学療法 ・温罨法・冷罨法:痛みの緩和、解熱、筋緊張の緩和、血流の増加、血管の収縮などに有効 ・マッサージ:筋の緊張を緩和し、リラックスする ・体位の工夫:痛みが増強しない安楽な体位を工夫する ・装具、補助具の使用:痛みのある部位の安静と保護が目的(コルセットなど) 認知行動療法 ・リラクセーション、イメージ療法、気分転換、サポートグループなどがある

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現することがあり、電解質補正を目的とした補液などが行われることが多い。   同様にがん治療の副作用の一つである貧血による倦怠感に対しては、赤血球輸血を施行す ることで症状が軽減することがある。   がん悪液質など末期がん特有の倦怠感に対してはコルチコステロイドが有効である。デキ サメタゾン(デカドロンⓇ)やベタメタゾン(リンデロン)1回1〜2㎎を1日1回または 1日2回朝・昼の内服、あるいは1回2〜4㎎を1日1回静注または点滴静注する13) ケ ア  まずは倦怠感を患者自身がどのように感じ、苦痛に思っているのかをよく聴き、個々の患者 に合わせた日常生活動作の援助やセルフケア支援を患者とともに考えていくことが必要である。 a.活動と休息のバランスをとる工夫   がん治療に伴って倦怠感が出現している場合は、治療後いつ頃症状が強くなり、どの程度 で軽減してくるのか、などの症状の出現パターンを患者自身がつかめるようにしていく必 要がある。症状の有無や程度などを把握するための「症状日記」のようなものを記載する ことも有効である。   症状の出現パターンをふまえ、倦怠感が強い時には休息を優先し、軽減してきたタイミン グで活動できるようにする。   活動を行う際には、患者が優先したい活動や可能な活動は何かを患者とともに考え、優先 度が高くかつ可能な活動から行うようにする。   「倦怠感を感じたら休息し、軽減したら活動を再開する。」ことが大切であり、休息をこま めにとることが活動を可能にするコツの一つである。   仕事や家事などの役割を持っている患者については、仕事量や内容、休息時間などを患者 と一緒に考え、患者自身が活動と休息のバランスをとれるように支援していく必要がある。 倦怠感の原因 表12 1.治療 化学療法、放射線治療、手術、インターフェロン 2.全身性 貧血、感染症、がん悪液質 3. 代謝・内分泌 異常 電解質異常(高カルシウム血症、低カリウム血症、低ナトリウム血症)、血糖値異常、脱水、 甲状腺機能低下症、副腎機能低下症、性腺機能低下症 4.薬剤性 オピオイド、向精神薬(抗不安薬、抗うつ薬、鎮静薬、睡眠薬)、制吐薬、抗ヒスタミン薬 5.精神症状 不安、抑うつ、不眠 6.臓器不全 腎不全、肝不全、呼吸不全、心不全 恒藤 暁( 2007).身体的ケア,主要な身体症状のマネジメントとケア,②倦怠感.恒藤 暁,内布敦子編.東京,医学書 院,149,(系統看護学講座別巻 10 緩和ケア).より引用.

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がん患者に多くみられる苦痛症状 b.運動療法   倦怠感に対して必要な休息は重要であるが、過剰な安静状態は筋力や体力の低下をまねき、 さらに倦怠感を増強する可能性がある。   活動性が低下しすぎている場合には、軽い運動が倦怠感の改善に有効であることを伝え、 リハビリテーションや散歩などを日常生活に上手く取り入れるなどの工夫が必要になる。 c.リラクセーション、気分転換など   漸進的筋弛緩法、呼吸弛緩法、マッサージやヒーリングタッチなどのリラクセーションが がん患者の倦怠感の改善に有効であると言われている14)   好きな音楽を聴いたり、映画やスポーツを鑑賞したりなど趣味に時間を費やすことや親し い家族や友人との時間を持つことなどで上手に気分転換をはかることは、倦怠感の感じ方 に影響を与え、患者が感じる苦痛の程度の軽減につながると考えられる。 d.日常生活動作の援助   自力での日常生活動作が困難になってきた際には、苦痛やエネルギーの消耗を最小限にす るための援助を行う必要が出てくる。   患者個々のがん疼痛にも配慮した体位や移動方法の工夫、快刺激や気分転換も意識した清 潔ケアの提供、患者の自尊心にも配慮した排泄ケアの援助などを行う必要がある。 食欲不振 定 義  食欲不振とは、食欲すなわち食物を摂取したいという生理的欲求の低下した状態をいう15) 発生率  新しくがんと診断された患者の半数に出現すると言われている。また進行したがんの病期に おいて70〜80%と高い割合で報告される。 原 因  食欲不振と摂食は、生理的、胃腸管系、代謝系、栄養面といった多面的な要素から調節され ており、これらの要素の変化が食欲不振の増強を引き起こす。食欲不振の原因を表 13に示す。 治 療15、16)   化学療法や放射線療法などのがん治療による食欲不振に対しては、有効な薬剤はないが、 化学療法の支持療法の一つとしてデキサメタゾン(デカドロンⓇ)が一時的に用いられて おり、食欲不振の予防の効果が考えられる。   化学療法や放射線療法により著明な体重減少や栄養状態の悪化をきたす場合には、早期に 栄養療法を検討する。   栄養療法には経腸栄養法と経静脈栄養法があり、経腸栄養法は経静脈栄養法と比較して腸 ……

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管粘膜萎縮がなく免疫機能が維持できる、生理的な代謝による栄養価が維持できる、感染 などの合併症が少ないなどの利点があり、栄養療法の第一選択である。   イレウスを併発している場合や高度の下痢による栄養障害の場合などには経腸栄養が利用 できないため経静脈栄養法を選択するが、長期間にわたる高カロリー輸液は消化器の機能 低下の原因となるため、がんの治療に伴う食欲不振の対処としては、必要最小限の期間と する。   進行がん患者では、自律神経障害をきたし胃内容停滞が起きるため、消化管運動調節作用 や中枢性・末梢性制吐作用があるメトクロプラミド(プリンペランⓇ)が使用されること がある。   終末期のがん患者の食欲不振に対してはコルチコステロイドが有効であり、予後が1〜2カ 月と考えられる時期に開始する。 ケ ア a.食事の工夫   食欲不振時は、「食べたいものを食べられるときに食べられる量だけ食べる」ことが基本で ある。   まずは、食べたいものあるいは食べられそうなものが何かを患者とともに探すことから始 める。   消化がよく、少量で高カロリー、高タンパクの食品(例:果物、プリン、豆腐、ゼリー状 の栄養剤や液体の高カロリー飲料など)を勧め、食べられそうなものは食べたいときに食 べることができるように準備しておくことも大切である。   食欲をそそる工夫も重要であり、盛り付けを工夫することや香りのよいもの、酸味のきい たもの、のど越しのよいものなどを患者の嗜好に合わせて工夫する。また、食事時の環境 としていつもとは違った場所で食事をすることや家族など親しい人たちと一緒に食べるな どの工夫も提案してみる。 食欲不振の原因 表13 1.がんによる症状 がん悪液質、疼痛、悪心・嘔吐、便秘・宿便、嚥下困難、味覚異常、口内乾燥症、口内 炎、嚥下障害、嚥下痛、高カルシウム血症、亜鉛欠乏、自律神経障害 2.消化器系の病変 胃内容停滞、腹水、肝腫大、腸閉塞 3.治療によるもの 化学療法、放射線治療、手術、高カロリー輸液 4.心因性 不安、抑うつ 5.環境 悪臭、病院食、病室 恒藤 暁( 2007).身体的ケア,主要な身体症状のマネジメントとケア,③食欲不振.恒藤 暁,内布敦子編.東京,医学 書院,151,(系統看護学講座別巻 10 緩和ケア).

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がん患者に多くみられる苦痛症状   化学療法や頭頸部への放射線療法などを受ける患者は、味覚障害による食欲不振が出現す ることも多い。味覚障害の症状は患者により異なるため、全体的な味覚鈍麻の場合は味を 濃くする、塩味や醤油味が苦く感じる場合には出汁の風味を利用する、など個々の患者の 症状に合わせた工夫が必要になる。 b.心理的サポート   食べられないことで病状が進行しているのではないかという不安を抱いたり、また食べる 楽しみを失ってしまうことの辛さを感じたりするなど、食欲不振が出現することでの患者 の心理的苦痛は大きい。   がん治療に伴う食欲不振の場合には、症状が治療に伴う一時的なものであることや回復す ることを伝え、「食べたいときに食べられるものを食べられる量だけでよい」という基本を 繰り返し伝えることが必要である。   食べられるものを患者と一緒に探し、少量でも食べられたことを患者と一緒に喜ぶ姿勢を 持ち続けるようにする。   外来で治療中の患者などは家族が食事の準備をしていることも多く、家族がメニューに悩 んだり無理に食べさせようとしたりすることもある。家族自身も苦痛を感じていることを 理解し、具体的なメニューの工夫を指導したり、必要以上に食べなくてもよいことを伝え るなどの支援も必要である。

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精神的苦痛  がんの診断時から出現することが多い、①気持ちのつらさ、②不眠について述べる。 気持ちのつらさ 定 義   アメリカのNCCNのガイドライン17)では、がんに関連した心理的ストレスによる情動を 「気持ちのつらさ」と総称している。「気持ちのつらさ」には誰にでも訪れる「悲しみ」「衝 撃」などの正常な心理的反応と不安や抑うつなどの専門的な治療が必要な精神症状の両方 が含まれる。   不安とは対象のない恐れであり、危険にさらされ自己の存在が脅かされたときに起こる情 動である。不安を主症状とする精神疾患の一つに適応障害がある。   がん患者にみられる適応障害の多くは、がんに関連した明確な強い心理的ストレスを契機 に、日常生活機能に障害(仕事が手につかない、眠れないなど)をもたらすほどの情緒面 の苦痛を経験している状態である18) ……

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  抑うつ気分は正常範囲を超えた悲しみや悲哀の感情が持続した状態であり、うつ病の中核 症状の一つである。   「死にたい」などの言葉が聞かれる希死念慮は専門的な治療が必要な精神症状であり、そ の背景には、痛みをはじめとした身体症状、うつ病や絶望感などの精神症状、自立/自律 性の喪失や依存の増大などの実存的な苦痛、乏しいソーシャルサポートなど多彩な苦痛が 存在していることが示唆されている19) 発生率   不安はがんの診断前〜診断・告知時〜治療期、サバイバーシップの時期、終末期などどの 時期においても出現する。がん患者の示す精神症状のうち、21〜25%が不安を主体として いる20)   抑うつは国立がんセンターの調査では、さまざまながんの種類や病期において4〜7%に、 進行がんのフォローアップでは10%以上にうつ病が認められている。うつ病に適応障害を 含めると有病率は9〜42%に上り、再発乳がんにおいて適応障害が多い21)   希死念慮は、進行・終末期のがん患者においては10〜20%程度にみられることが示され ている19) 危険因子22)   医学的要因には、進行・再発がん、痛みなどの身体症状の不十分なコントロール、低い PS、化学療法・放射線療法など治療に伴うストレスがあるとされている。   個人・社会的要因には、(相対的)若年者、神経質な性格、うつ病などの精神疾患の既往、 社会的なサポートが乏しい(独居など)、教育歴が短いがある。   ステロイドや乳がんのホルモン療法剤による不安や抑うつ、インターフェロンによる抑う つやうつ病、抗不安薬や抗うつ薬の離脱症状としての不安など薬剤に関連して出現する不 安や抑うつもある。 治 療  精神症状の治療は、精神療法と薬物療法に大別されるが、その前に身体症状のコントロール が十分であるかを検討する必要がある。身体症状と精神症状は密接に関連しており、身体症状、 特に痛みを軽減することで不安や抑うつなどの精神症状も緩和することも多い。 a.精神療法18)   支持的精神療法:共感的な評価、肯定、勇気づけ、アドバイスや示唆などを中心とした精 神療法である。支持的精神療法の目的は、がんやがん治療に伴って生じてくるさまざまな 情緒的苦痛を、医療従事者からの一貫した「支持」によって、軽減することである。   心理教育的介入:不確実な知識や知識の欠如に起因して生じてくる不安感や無力感を経験 しているような患者に対する心理教育的なアプローチである。心理教育的介入の目標は、

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がん患者に多くみられる苦痛症状 正しい医学的な知識を提供することにより、無用な情緒的苦痛を軽減することである。   行動療法−漸進的筋弛緩法:身体各部の筋肉をいったん緊張させた後に緩和させるという 一連のプロセスを繰り返すことを通して、全身筋肉の緊張を緩和・解消し、それによって 心身のリラックスを達成しようとするものである。   集団精神療法:がん患者に対して行われる集団精神療法の多くは、グループ内で生じるお 互いの精神的援助や日常生活における情報交換を通じて、より適応的な対処方法を身につ けていく治療である。 b.薬物療法23、24)   進行がん患者の1/4〜1/3が抗不安薬を使用しているといわれる。   治療期においては、特に化学療法による悪心・嘔吐の一つである予測性嘔吐(激しい悪心・ 嘔吐を経験した場合など、治療の前から悪心や嘔吐が出現する)に対しては、不安という 精神症状が大脳皮質を刺激することにより起こることがわかっており、抗不安薬が効果を 示すことも多い。   不安に対する薬剤としては、アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン等)やロラゼパ ム(ワイパックス、ユーパン等)など筋弛緩作用が少なく、かつ短・中時間作用型のもの が勧められる。   がん患者では肝や肺の機能障害があることが多いので用量は少なくし、アルプラゾラムで は0.2〜0.4mg/日、ロラゼパムでは0.25〜0.5mg/日から始めて必要に応じて漸増していく。   がん患者の抑うつの治療では、即効性が望まれること、内服不能な例があること、さまざ まな臓器障害とその治療薬が併存することなどの特殊性がある。   経口可能な場合で軽症の場合はまず即効性のアルプラゾラムを使用し、無効であれば抗う つ薬を用いる。   抗うつ薬は有害事象によって使い分け、吐気が強い人ではSSRI(選択的セロトニン再取り 込み阻害薬)/SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)を、便秘やてん かん発作、せん妄のリスクが大きければ三・四環系を避ける。経口不可能な場合はクロミ プラミンの点滴を行う。   代表的な抗うつ剤を表 14に示す。 ケ ア a.気持ちのつらさをアセスメントする   前述のように不安や抑うつなど精神的な苦痛を抱えているがん患者は多いが、苦痛を医療 従事者に表出できる患者ばかりではない。看護師は一番身近にいる医療従事者として、患 者が気持ちのつらさの有無や程度を最初にアセスメントする役割を持つ。   気持ちのつらさをアセスメントするには、患者の言動や表情などに気を配りながら、最初

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は開かれた質問を用いて心配や気がかりの有無やその内容を聞く。   ※開かれた質問の仕方や具体的な聞き方についてはp.18〜「2章1-4基本的なコミュニケー ションスキル」「2章1-5患者の感情表出を促出させるコミュニケーションスキル」を参照   次にケアが必要な気持ちのつらさであるのかどうかなど、つらさの程度をアセスメントす る。   不安や抑うつに対しては、「気持ちのつらさがあって仕事や家事が手につかなかったりする ことはありますか?」「不安で眠れなかったり食事が食べられなくなったりしていません か?」「一日中気分が落ち込んでいませんか?」「今まで楽しめていたことが楽しめなくなっ たりすることはありますか?」などの質問をして、当てはまるようであればケアが必要な 状況である。   患者自身に気持ちのつらさを評価してもらうツールとしては、第3章3で述べる「生活のし やすさに関する質問票」(p.80)の中にも「こころの状態」を評価する項目がある。10段階 でつらさが4点以上かつ支障が3点以上の場合、ケアが必要である可能性が高いとされてい る22)   つらさの程度が強い場合、希死念慮を患者や家族に確認する。具体的には家族に対しては 「死んでしまいたいなどとご本人が言われることはありますか?」、患者に対しては「気持 ちのつらさが強いようですが、すべてを終わりにしたい、生きていてもしかたがないなど と感じることはありますか?」などと聞いてみる。   高齢者の場合は加齢に伴う意欲低下や精神運動抑制があること、また認知症高齢者の場合 はその40〜50%に抑うつ状態がみられるとされていることから、高齢のがん患者の精神 的苦痛を評価するのが非常に難しいと言われている25)。しかし気持ちのつらさを抱えてい る高齢がん患者が多いと考えられることから、そばにいる家族に普段との違いを聞くなど しながらアセスメントしていく必要がある。 代表的な抗うつ剤 表14 分 類 代表的な薬剤(商品名) 三環系 アナフラニール、ノリトレン、トリプタノール、アモキサン、トフラニー ル、スルモンチール、アンプリット、プロチアデン 四環系 テトラミド、テシプール、ルジオミール SSRI パキシル、ジェイゾロフト、デプロメール、ルボックス、レクサプロ SNRI サインバルタ、トレドミン NaSSA(ノルアドレナリン作動性・ 特異的セロトニン作動性抗うつ薬) リフレックス、レメロン その他 レスリン、デジレル

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章 苦痛緩和

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がん患者に多くみられる苦痛症状 b.精神的ケア   前述のように、看護師は患者の気持ちのつらさにいち早く気づき、アセスメントする役割 を持つ。患者の言動や表情のちょっとした変化に気を配りながら、患者が気持ちのつらさ を抱えている可能性があることを常に念頭に置いて関わることや患者が表出しやすいよう な信頼関係を築くことが重要である。   患者の気持ちのつらさに対しては、まずは患者の言葉に耳を傾けることが大切である。傾 聴の技術を用い、患者の気持ちを理解しようとしていることが伝わるよう聴くことに集中 する。   気持ちのつらさの「治療」の項(p.68)で述べた、支持的精神療法や心理教育的介入につ いては、看護師にも実施できることが多い。共感的評価や肯定、正しい医学的知識の提供 などを患者の気持ちのつらさの内容に合わせて行う。   具体的には、診断・告知時や治療期に悪い知らせを伝えられたときの衝撃や悲しみという 反応に対しては、「まさかと思いますよね。」「つらいお気持ちですね。当然そう思いますよ ね。」などの言葉をかける。   また化学療法や放射線療法による副作用に対して過度の不安を抱いている場合などは、具 体的にどの程度出現するのか、出現しても回復することや対処方法があることなどの医学 的知識を提供することで不安が軽減することもある。   前述した治療やケアをプライマリ・チームで提供しても精神的苦痛が軽減しない場合や希 死念慮が続く場合、高齢で認知症を合併しており苦痛のアセスメントも難しい場合などは、 緩和ケアチームは精神腫瘍医につなぐことを検討する。   ※詳細はp.94〜「第3章4包括的アセスメントの進め方」を参照 不 眠 定 義  不眠とは通常、睡眠時間、その効用および質に対する不満足感を反映した多様な訴えと定義 づけられる。臨床上問題となる不眠は、“十分に眠れない”、“熟眠できない”という睡眠に対す る患者の主観的な評価であり、原則的には患者自身による評価を最優先して考えることが基本 である26)  がん患者にみられる不眠は大別して、入眠障害(寝つきがわるい)、中途覚醒(夜中に目がさ める)、早朝覚醒(朝早く目がさめる)に分けられる。 発生率  がん患者には頻繁に不眠がみられることが知られており、その頻度は30〜50%前後とする 報告が多い26) ……

参照

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