症状とは「主観的な体験」であり、McCafferyとBeedeの「痛みとはそれを体験している人が 痛いと感じるものすべてである。それは痛みを体験している人が痛みがあると訴えるときは いつでも存在しているのである」という痛みの定義1)と同じように「その人が感じるとおり のものである」という定義があてはまる。
Doodら2)は症状について「人々の生理的・心理的・社会的機能や感覚、認知の変化を反映し た主観的な体験」であり、「医学的に根拠が証明される場合もされない場合もある」と定義し ている。
このように、症状は医学的、病態生理学的な側面だけでなく、患者自身の個人的な感覚や経 験を通して感じたことも含むものとしてとらえる必要がある。
2
症状マネジメントの考え方がん患者に出現する症状の特徴は、がんそのものおよびがん治療によるものの両方から全人 的な苦痛症状が出現することであり、がん医療において症状をマネジメントすることは非常 に重要である。
到達目標
●看護過程に沿った症状マネジメントの方法・手順を理解する
●がん疼痛を例に症状マネジメントのプロセスを理解する
●がん疼痛のマネジメントにおける看護師の役割を理解する
第
3
章苦痛緩和
3
症状マネジメントの実際症状はQOLに大きな影響を及ぼし、一般的に症状はQOLを低下させる。苦痛症状を緩和し、
患者や家族のQOLを維持・向上させることが症状マネジメントの目的である。
Larsonは「患者やその家族は看護師を自分のかかえている辛い症状を緩和するための援助を してくれる人としてとらえ、医師は患者の症状を効果的にマネジメントしていくための介入 の多くを看護師にゆだねている」3)と述べており、症状マネジメントにおける看護師の役割は 非常に大きい。
一方で、症状が主観的な体験であることを考えると、症状マネジメントは症状をもつ人、す なわち患者が主体で行うことが重要であり、患者が適切な症状マネジメントを行えるように 支援することが看護師の役割であると言える。
症状のマネジメントを行う際に活用できるツールとして、症状マネジメントの統合的アプロー チ(IASM)3)、がん看護PEPリソース−患者アウトカムを高めるケアのエビデンス4)などが ある。
症状マネジメントの統合的アプローチ(IASM)(p.135 付録 1、2)
IASMはUCSF症状マネジメント教員グループによる症状マネジメントの概念モデル5)を臨床 での看護活動や学生への指導に活用することができるように開発された。
IASMは単一の症状に焦点をあてた症状マネジメントモデルであり、急性期の症状を呈してい る患者で症状体験を聴くことができない場合などは適応できないため、効果的な症状マネジメ ントを提供するためにはモデルの特性を知って活用することが必要である6)。
がん看護PEPリソース−患者アウトカムを高めるケアのエビデンス(p.136 付録 3)
がん看護PEPリソース−患者アウトカムを高めるケアのエビデンスは、現時点で有用なエビ デンスを日常のがんケアに適応するのを促すことを目標に米国がん看護学会(OncologyNursing Society:ONS)により開発された。
症状のアセスメントや測定ツールの活用、問題の明確化、エビデンスレベルを考慮した介入 方法の選択、測定ツールを使用した介入の評価など、全ての段階において活用できるツールで ある。
3
症状マネジメントの方法症状マネジメントを①アセスメント、②看護診断、③分析・立案、④実施、⑤評価の看護過 程の一連の手順に沿って考える。
アセスメント
患者が体験している症状を聴く
症状は主観的な体験であるため、患者がどのような症状を体験しており、その症状をどの ように感じたり意味づけしたりしているのかを明らかにする。
「何か症状で困っていることはありますか?」などの質問をしながら、積極的傾聴の技術 を用いて、コミュニケーションをとることが必要である。
症状体験を聴く過程や日々の細かい観察を通して、症状が患者の日常生活やQOLに与えて いる影響を評価することも重要である。
アセスメントツールを用いて症状をアセスメントする
アセスメントツールを用いて、症状の有無や種類、程度を評価する。
患者が記入するアセスメントツールとしては、OPTIMプロジェクト*(OutreachPalliative careTrialofIntegratedregionalModel,厚生労働科学研究費補助金第3次対がん総合戦略研 究事業「緩和ケアプログラムによる地域介入研究」)の中で作成された「生活のしやすさに 関する質問票」(図 1)7)がある。
OPTIMプロジェクトとは? ………用語解説 OPTIM プロジェクト(Outreach Palliative care Trial of Integrated regional Model、厚生労働科学研究費補助金第3次対がん総合戦略研究事業「緩和ケア普及のための 地域プロジェクト」:研究リーダー江口研二(帝京大学))は、
1. 地域緩和ケアプログラムの実施前後で、がん患者の自宅死亡率、緩和ケア利用数、緩和 ケアの質評価が向上するか検証すること
2. プロジェクトそのものの経過を通じて、緩和ケアの推進に取り組んでいく際に役立つ成 果物や介入過程を作成すること
を目的とし、2005年から行われている戦略研究の一部として実施された。
平成20年度から22年度にかけて、公募で選ばれた鶴岡三川、柏、浜松、長崎4地域を研 究フィールドとして、がん緩和医療・緩和ケアに関する質の向上とその普及に関する研究活 動が行われた。上記4地域で、統一した介入方法(人材、冊子、DVD、研修会企画など)を 決め、地域の関連する多職種・多機関の研究グループを組織し、介入前後の地域緩和ケアに 関する質の向上・維持が実質的にできたか否かを数値で評価するという、世界的にも、緩和 医療・緩和ケアに関する数少ない大規模な前後比較研究であった。
最終解析結果は、地域連携モデルを組織化していく際に生じるさまざまな問題に対する克服 法など、構築プロセスに関する研究知見と合わせて、OPTIMレポート2012として発行され ており、ホームページ(http://gankanwa.umin.jp/report.html)よりダウンロードできる。
……
第
3
章苦痛緩和
3
症状マネジメントの実際看護診断
問題を明確化し、介入の優先順位を考える
患者の症状体験やアセスメントツールによる評価の結果から、焦点を当てる症状や症状が 患者に及ぼしている問題を明確化する。
患者の苦痛の程度や日常生活やQOLに及ぼしている影響の大きさなどを評価し、介入の優 先順位を考える。
分析・立案
症状の発生機序に適したエビデンスに基づく看護介入を立案する
患者個々が体験している症状の病態生理や発生機序を十分に理解し、機序に沿った看護介 入の方法を立案する。
適切な症状マネジメントのために、現段階で得られる最良のエビデンスに基づいた看護介 入を選択することが重要である。
患者がマネジメントを行うための介入方法を立案する
症状マネジメントの主体は「患者」であり、患者がマネジメントを行うために必要な知識・
技術の内容やそれを提供するための方法を考える。
患者が行うマネジメントの方法は、患者個々のセルフケア能力に合わせたその患者が実行 可能な方法を選択する必要がある。
実 施
患者が症状マネジメントを実行できるように支援する
患者が主体的にマネジメントに取り組めるよう、常に支持的なケアを提供し、信頼関係を 築く。
患者が必要なマネジメントを実行できるように、できていることを認めたりフィードバッ クしたりする。
患者が実行できない部分を補い、多職種の介入を調整する 患者が実行できない部分は代償し、確実にケアを提供する。
症状マネジメントに関わる多職種の介入や必要時は専門家へのコンサルテーションについ ての調整を行う。
評 価
患者の体験や測定ツールの変化などから結果を評価する
再度、患者の症状体験を聴くことや測定ツールによる評価を行い、症状マネジメントの結
…… …… …… ……
生活のしやすさに関する質問票
■気になっていること、心配していることや相談しておきたいことをご記入下さい
■からだの症状についておうかがいします
■この24時間で、以下の症状が一番強いときは、どれくらいの強さでしたか?
□病状や治療についての情報・説明
□経済的な問題
□日常生活の心配
(食事・家事・仕事など)
■現在のからだの症状はどの程度生活の支障になっていますか?
4: 我慢できない 症状がずっと つづいている 3: 我慢できない
ことがあり対応 してほしい 2: それほどひどく
ないが方法がある なら考えてほしい 0: 症状なし 1: 現在の治療に
満足している
■1 日 を 通 し て 症 状 の 変 化 は ど の パ タ ー ン に 近いですか ? (一番困っている症状についてご記入下さい)
1日に 回
(NRS)
10
0 10
0
4. 強 い 症 状 が , 1日 中 続 く
10
0
3. 普 段 か ら 強 い 症 状 が あ り , 1日 の 間 に 強 く な っ た り 弱 く な っ た り す る 2. 普 段 は ほ と ん ど 症 状 が
な い が 1日 に , 何 回 か 強 い 症 状 が あ る
10
0
1. ほ と ん ど 症 状 が な い
■症状が強くなるときはどんなときですか?
定期的な薬を飲む前 夜 からだを動かしたとき 食事(前・後)
排尿や排便をするとき その他( )
痛 み(一番強いとき)
(一番弱いとき)
ねむけ(うとうとした感じ)
だるさ(つかれ)
息切れ(息苦しさ)
食欲不振
おなかの張り 吐き気
嘔吐 ( )回/日
便通 ( )回/週 硬い 普通 やわらかい たん なし 少しあり 多い
せき なし 少しあり 多い
発熱 なし あり 口の中の痛み なし あり 睡眠
■一番困っている症状に○をつけてください
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○ 時々起きるが
だいたい眠れる
眠れない よく
眠れる
吐き気
使用後
(症状の強さ)
使用前
(症状の強さ) 薬剤名
回数
(/日)
眠気 効果
記 入 例
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 なし あり なし あり(快) あり(不快) なし あり(快) あり(不快) なし あり(快) あり(不快) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 なし あり
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 なし あり 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
頓用薬(レスキュー)の使用状況
■痛みなど体やこころのつらさをやわらげる緩和ケア医師、看護師の診療を…
■経済的な問題や,日常生活の心配に対する医療ソーシャルワーカーの相談を…
**以下、医療者記入欄(化学療法の副作用をみるためのものです)
レジメン名
レジメン番号( ) ( )コース ( )回目 体温〔 〕℃ 血圧〔 / 〕mmHg 脈拍〔 〕回/分 SPO2〔 〕
グレード PS 白血球 好中球 ヘモグロビン 血小板 嘔吐 下痢 粘膜炎 神経障害
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□
□3000〜
□1500〜
□10〜
□7.5〜
□1回
□1〜3回
□摂食に影響なし
□症状なし
□
□3000〜2000
□1000〜1500
□8〜10
□5〜7.5
□2〜5回、<24hの点滴
□4〜6回、<24hの点滴
□食事を工夫すれば可能
□生活に支障ない機能障害
□
□2000〜1000
□500〜1000
□6.5〜8
□2.5〜5
□>6回、>24hの点滴
□>7回、>24hの点滴
□十分な摂取ができない
□日常生活に支障
□
□<1000
□<500
□<6.5
□<2.5
□生命の危機
□生命の危機
□生命の危機
□活動できない
希 望 す る
▲
■痛みは,
■今までと同じ場所ですか?→
■ 「びりびり電気が走る」、「しびれる」、「じんじんとする」感じはありますか?→
同じ・ちがう
ある・ない
場所 ( )
希 望 す る
■こころの状態
最高につらい
中くらいにつらい
つらさはない
②その気持ちのつらさのために、この1週間 どの程度、日常生活に支障がありましたか?
①この1週間の気持ちのつらさを平均して、
最もあてはまる数字に○をつけて下さい。
最高に生活に支障がある
中くらいに支障がある
支障はない 10
9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 10
9 8 7 6 5 4 3 2 1 0
0 1 2 3 4
◎ 完全によくなった
○ だいたいよくなった
△ すこしよくなった
× かわらない
氏名 ID
記入日 年 月 日 記入者 □患者さん □ご家族 □医療者( )
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
これ以上 考えられないほど ひどかった
全く なかった
1
図 生活のしやすさに関する質問票