無電解めっき法を用いた Fe 基板への
Sn 高含有(> 30 at.%)Ni-Sn 薄膜の作製(2)
~錯化剤および浴の安定化に関する検討~
林 遥介
a, b,水品 愛都
b,横井 健人
b,河合 陽賢
b,郡司 貴雄
a,c,松本 太
a,c,* a 神奈川大学 工学部(〒 221-8686 神奈川県横浜市神奈川区六角橋 3-27-1) b サン工業㈱(〒 399-4501 長野県伊那市西箕輪大芝原 2148-186 伊那インター工業団地内) c 神奈川大学 工学研究所(〒 221-8686 神奈川県横浜市神奈川区六角橋 3-27-1)Electroless Deposition of Ni-Sn Layers Having High Sn Content(> 30 at.%)on Fe Substrates(2)
~ Examination on complexing agent and durability of bath ~
Yousuke HAYASHI
a,b, Manato MIZUSHINA
b, Kento YOKOI
b, Akimasa KAWAI
b,
Takao GUNJI
a,cand Futoshi MATSUMOTO
a,c,*a Faculty of Engineering, Kanagawa University (3-27-1, Rokkakubashi, Kanagawa-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 221-8686) b Sun Industry Co., Ltd. (2148-186 Ooshibahara, Nishi-minowa, Ina-shi, Nagano 339-4501)
c Research Institute for Engineering, Kanagawa University (3-27-1, Rokkakubashi, Kanagawa-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 221-8686)
Electroless deposition of nickel-tin(Ni-Sn)layers on iron(Fe)substrates from baths containing sodium hypophosphite(NaH2PO2)as a
reducing agent was examined. In a bath containing both sodium citrate(Na3C6H5O7)and sodium gluconate(HOCH(CHOH)2 4COONa)as
com-plexing agents, the Ni-Sn layer having 1 μm thickness and atomic Sn content of 30-40 at.% was formed. The bath stability was maintained until the 10th deposition process. Optimizing the concentration ratios of sodium citrate to sodium gluconate and to sodium stannate(Na2SnO3)
was important to ascertain the Ni-Sn layer properties for this study. The main component of the Ni-Sn layer was found to be Ni1.5Sn. A small
amount of the Ni layer was included in the layer. Results confirmed that the Ni-Sn layer formed from the optimized bath with NaH2PO2/
Na3C6H5O7/ HOCH(CHOH)2 4COONa had nearly perfect chemical resistance properties against hydrogen peroxide and sodium hydroxide
aqueous solutions.
Keywords : Electroless Deposition, Ni-Sn, Sodium Stannate, Ni1.5Sn, Chemical Resistance Property
1 .緒 言
ニッケル-すず(Ni-Sn)合金被膜は,硬度が Ni 被膜に比べ て高く1),耐食性2),はんだ付け特性3),4),接触電気抵抗特 性5)に優れていることから,基板に Ni-Sn 被膜を付与しよう とする研究が盛んに行われている6),7)。しかし,十分な膜厚 が得られない,Sn の含有率が低いため十分な耐食性が得ら れないなどの問題が残っている。そのため,様々な検討がい まだに行われており8),9),実用的なめっき浴がまだ開発され ていない。我々は,前報において,錯化剤としてクエン酸三 ナトリウム(Na3C6H5O7),還元剤としてジメチルアミンボラ ン(C2H7N・BH3)および次亜リン酸ナトリウム(NaH2PO2・H2O) を用いた浴からの Ni-Sn 薄膜の成膜を検討した。錯化剤と還 元剤の濃度のバランスを調整することによって,膜厚 0.4 - 0.8 μm,Sn 含有率 40-50 at.% を持つ Ni-Sn 薄膜が形成でき ることを報告した。また,その層は主に Ni1.5Sn の構造を有 することを明らかにしている10)。この浴の条件においては, 膜厚が十分でなく,浴の安定性に問題が残った。特に,還元 剤に次亜リン酸ナトリウムを用いた場合,浴を用いて 2,3 回めっきを行った後は,その浴から,Ni-Sn 薄膜がほとんど 形成されなくなってしまう問題があった。浴中に Ni および Sn を含む沈殿物が見られ,使用中に浴の組成が大きく変化 していることが分かった。比較的安定な特性を示した浴にお いて還元剤として用いたメチルアミンボランは高価であり, 熱安定性も低いことから,実用的には次亜リン酸ナトリウム を還元剤に用いた浴を開発する必要がある。そこで本研究で は,次亜リン酸ナトリウムを還元剤に用いた浴からの無電解 めっきにおいて得られる Ni-Sn 薄膜において,Sn 含有率を 30-40 at.% に保ちつつ,膜厚 1 μm 以上と浴の安定性の向上 を目的に浴に添加される錯化剤の種類とその濃度の検討を 行った。検討に用いた錯化剤としては,グルコン酸ナトリウ ムを主として検討した。既報の論文を調べるとグルコン酸ナ トリウムを錯化剤に用いた場合,Ni-Sn 薄膜の膜厚が大きく (1.8-2.5 μm),薄膜中の Sn の含有率(5-42 at.%)が高い結 技 術 論 文 * E-mail : [email protected]Vol. 71, №11, 2020 ∼錯化剤および浴の安定化に関する検討∼ 709 果が報告されている7),11)。そこで,これまでの我々が最適化 した浴組成をベースに,グルコン酸ナトリウムを錯化剤とし て加えた浴において,Ni-Sn 薄膜の膜厚,Sn 含有率,浴の安 定性および過酸化水素および水酸化ナトリウム水溶液に対す るめっき膜の化学的安定性を満足する Ni-Sn 薄膜を無電解 めっきで成膜するための浴組成を明らかにすることを目的と した。
2 .実験操作
2.1 めっき基板の前処理 めっきを行う基板として鉄板(Fe,5 cm×2 cm×0.05 cm, 99%)を用いた。始めに基板をアセトンで 3 min 間超音波洗 浄することにより,洗浄を行った。その後,アルカリ脱脂剤 (T5100, ヘンケルジャパン社製)を用いて,70 g/dm3の濃度で 脱脂水溶液を調製し,50 ℃で 10 min 間基板を脱脂水溶液に 浸漬した。その後,水で 3 min 間超音波洗浄することにより 脱脂操作を終了した。次に,2 wt.% 塩酸水溶液に基板を室 温で 1 min 間浸漬し,基板表面の酸化物層を取り除いた。引 き続き,水で 3 min 間超音波洗浄を行った。めっき操作は, これらの操作が終了した後,すぐに開始した。 2.2 めっき浴の調製およびめっき操作めっき浴としては,Ni 塩として NiSO4・6H2O(99.9%,富 士フイルム和光純薬社製),錯化剤としてクエン酸三ナトリ ウム(Na3C6H5O7・2H2O,99.0+%,富士フイルム和光純薬社製), Sn 塩としてスズ酸ナトリウム三水和物(Na2SnO3・3H2O,85.0 +%,富士フイルム和光純薬社製),還元剤として次亜リン 酸ナトリウム(NaH2PO2・H2O,97.0~105.0%,富士フイルム 和光純薬社製)を基本浴(表 1(A))とした。検討した錯化剤 として,クエン酸三ナトリウム以外に,乳酸ナトリウム (CH3CH(OH)COONa,47.5~55.0%,富士フイルム和光純薬 社製),酢酸ナトリウム三水和物(CH3COONa・3H2O,98.5+%, 富士フイルム和光純薬社製),グルコン酸ナトリウム(HOCH2 (CHOH)4COONa,99.0~102.0%,富士フイルム和光純薬社製), クエン酸二水素ナトリウム(NaC6H7O7,99%,富士フイルム 和光純薬社製)を用いた。Sn 塩は,スズ酸ナトリウム三水和 物以外に,塩化スズ(Ⅱ)二水和物(SnCl2・2H2O,97%,富士 フイルム和光純薬社製),二りん酸すず(II)(Sn2P2O7,95.0 +%,富士フイルム和光純薬社製)を用いた。還元剤としては, 次亜リン酸ナトリウム以外にジメチルアミンボラン(C2H7N・BH3 , 97.0~105.0%,富士フイルム和光純薬社製)も比較のために 用 い た。 調 製 の 手 順 と し て は,200 mL の ビ ー カ ー に 水 100 mL を加えて,200 mL のめっき浴を作るための所定量の Na3C6H5O7・2H2O を加えて,攪拌により溶解させ,続いて還 元剤,NiSO4・6H2O を順次溶解させ,最後にスズ塩を完全に 溶解させた後,メスフラスコに溶液を移して 200 mL でメス アップを行い,溶液の調製を完了した。本研究において用い た浴の組成をまとめたものを表 1 に示す。建浴時の浴の pH は,還元剤が NaH2PO2・H2O(表 1(A-F))および C2H7N・BH3 (表 1(G))の場合において,それぞれ 8.8-8.9 および 8.6-8.7 と調整した。 調製した溶液は 200 mL 用のトールビーカーに移し,めっ き操作に用いた。めっき操作は,めっき浴を 90 ℃まで加温し, スターラーで攪拌を行いながら上述した前処理を施した基板 を 20 min 間めっき浴に浸漬した。めっき浴からの水の蒸発 を防ぐため,めっき浴が入ったトールビーカーにサランラッ プで蓋をした。めっき後,サンプルは水で十分に洗浄した後, めっき薄膜の評価に用いられた。 2.3 めっき皮膜評価法 作製されためっき薄膜の表面形態の確認には,エネルギー分散 型 X 線分光検出器(EDX,EMAXEvolution X-Max,HORIBA) を備えた電界放出型電子顕微鏡(FE-SEM:SU-8010 日立製) を用いて行った。めっき膜の膜厚は断面 SEM 像を用いて評 価した。断面観察は,めっきされた基板を常温硬化樹脂 (Technovit 5000,Kulzer 社製)に埋め込み断面を耐水ペーパー で研磨し基板断面を露出させ,アルミナ粒子(粒子径 0.3 μm) とバフを用いてその断面を研磨した後,FE-SEM を用いて 行った。Ni-Sn 薄膜における Ni,Sn および P の含有率の評 価は,蛍光 X 線分析装置(XRF,Advanced XRF ZSX Primus Ⅳ, (A) Concentration(mol/dm3) Ni source NiSO4・6H2O 0.10 Sn source Na2SnO3・3H2O 0.03
Reducing agent NaH2PO2・H2O 0.14
Complexing agent Na3C6H5O7・2H2O 0.60
(B) Concentration(mol/dm3)
Ni source NiSO4・6H2O 0.10
Sn source Na2SnO3・3H2O 0.03
Reducing agent NaH2PO2・H2O 0.14
Complexing agent Na3C6H5O7・2H2O X
Complexing agent HOCH(CHOH)2 4COONa X
(C) Concentration(mol/dm3)
Ni source NiSO4・6H2O 0.10
Sn source Na2SnO3・3H2O 0.03
Reducing agent NaH2PO2・H2O 0.14
Complexing agent Na3C6H5O7・2H2O 0.20
Complexing agent HOCH(CHOH)2 4COONa 0.20
(D) Concentration(mol/dm3)
Ni source NiSO4・6H2O 0.15
Sn source Na2SnO3・3H2O 0.045
Reducing agent NaH2PO2・H2O 0.21
Complexing agent Na3C6H5O7・2H2O 0.30
Complexing agent HOCH(CHOH)2 4COONa 0.30
(E) Concentration(mol/dm3)
Ni source NiSO4・6H2O 0.20
Sn source Na2SnO3・3H2O 0.06
Reducing agent NaH2PO2・H2O 0.28
Complexing agent Na3C6H5O7・2H2O 0.40
Complexing agent HOCH(CHOH)2 4COONa 0.40
(F) Concentration(mol/dm3)
Ni source NiSO4・6H2O 0.10
Sn source Na2SnO3・3H2O 0.036
Reducing agent NaH2PO2・H2O 0.14
Complexing agent Na3C6H5O7・2H2O 0.20
Complexing agent HOCH(CHOH)2 4COONa 0.20
(G) Concentration(mol/dm3)
Ni source NiSO4・6H2O 0.10
Sn source Na2SnO3・3H2O 0.03
Reducing agent C2H7N・BH3 0.05
Complexing agent Na3C6H5O7・2H2O 0.60
リガク社製)を用いて行った。Ni-Sn 薄膜の結晶構造の解析 には,X 線回折(XRD)装置(Ultima- Ⅲ,Rigaku 製,CuKα, 40 kV,40 mA,平行ビーム,2θ/θ測定(Out of plane))により 測定した XRD パターンを用いた。参考として Ni 金属(PDF #0040850),Sn 金属(PDF#0040673)および Ni1.5Sn(PDF#0659460) 金属間化合物の標準 XRD パターンを用いて,得られた Ni-Sn 薄膜の結果と比較した。Ni-Sn 薄膜の耐薬品性試験は, 25 wt.% 過酸化水素(H2O2,30.0~35.5 wt.%,富士フイルム和 光純薬社製)および 5 wt.% 水酸化ナトリウム(NaOH,97.0~ 100.5%,富士フイルム和光純薬社製)水溶液に室温でめっき 基板を 72 h 間浸漬し,浸漬前後の基板の重量差の測定によ り行った。
3 .実験結果及び考察
3.1 浴組成の最適化 錯化剤の種類の選択に関して検討を行った。我々の前報10) で用いたクエン酸三ナトリウムを用いた基本浴(表 1(A))を ベースに,錯化剤濃度を一定とし,クエン酸三ナトリウムの 代わりにクエン酸二水素ナトリウム,乳酸ナトリウム,酢酸 ナトリウム,グルコン酸ナトリウムを用いて Ni-Sn 薄膜の膜 厚の違いについて検討した(図 1)。グルコン酸ナトリウムを 錯化剤として用いた場合には,3.69 μm と非常に大きな値を 示した。しかし,Ni-Sn 薄膜中の Sn の含有率が 1.4 at.% であ り,グルコン酸ナトリウムは Ni の析出を促進する役割を果 たしていることがわかる。また,このグルコン酸ナトリウム を用いた浴(図 1 のグルコン酸ナトリウムのみを錯化剤とし て用いた場合)は,1 つの浴を用いて繰り返しめっきを行っ ても,析出薄膜の厚さは安定的に得られた。前報においてク エン酸三ナトリウムの濃度を上げた場合,得られる膜厚は小 さくなるが,Sn の含有率が上がることから,Sn の含有のため にはクエン酸三ナトリウムの使用が必要であると考察した10)。 そこで,析出速度と Sn の高含有率の両方を満たすために, 錯化剤としてクエン酸三ナトリウムとグルコン酸ナトリウム を共に使うことを考えた。図 2(I)および(Ⅱ)は,基本浴 (表 1(A))をベースとし,クエン酸三ナトリウム濃度を 0.6 mol/dm3と固定し,グルコン酸ナトリウムを 0.2-0.7 mol/ dm3の間で変動させた時の Ni-Sn 薄膜の膜厚および薄膜中の Sn 含有率を示している。一方,図 2(Ⅲ)および(Ⅵ)は,グ ルコン酸ナトリウム濃度を 0.6 mol/dm3に固定し,クエン酸 三ナトリウム濃度を 0.2-0.7 mol/dm3と変動させたさせた時 の Ni-Sn 薄膜の膜厚および薄膜中の Sn 含有率を示している。 図 2(I)と(Ⅲ)は Ni-Sn の膜厚,図 2(Ⅱ)と(Ⅵ)は Sn 含有率 を示している。図 2(I)および(Ⅱ)を見てみると,グルコン 酸ナトリウム濃度を上げると膜厚は一旦 0.4 mol/dm3付近で 最大膜厚 0.49 μm なったが,その後,減少に転じた。Sn 含 有率はグルコン酸ナトリウム濃度の増加に従って減少して いった。図 1 に示した 0.6 mol/dm3クエン酸三ナトリウムの みを錯化剤として使った場合,膜厚 0.5 μm,Sn 含有率 38% 程度であることを考えると,0.6 mol/dm3クエン酸三ナトリ ウムにグルコン酸ナトリウムを加えることによって得られる 膜厚は減少し,Sn 含有率を低下させる傾向があることが分 かった。図 2(Ⅲ)と(Ⅵ)の場合には,クエン酸三ナトリウム の濃度を上げることによって,膜厚は減少し,Sn 含有率が 上がってくる。この結果からもグルコン酸ナトリウムは析出 を促進し,クエン酸三ナトリウムは Sn 含有率を上げる役割 を果たしていることが再確認された。これらの結果から,ど ちらか一方の錯化剤を高い割合で入れると膜厚と Sn 含有率 の両方が満たされないことがわかる。そこで,二つの錯化剤 を同濃度で使うことを考えた,しかし,図 2 からわかるよう に,二つの錯化剤を共に濃度を 0.6 mol/dm3にした場合では, 膜厚 0.32 μm,Sn 含有率 18 at.% と満足いく値ではない。そFig. 1 Dependence of thickness of Ni-Sn layers on complexing agent.
The bath composition was based on one shown in Table 1(A). The concentration of complexing agent was 0.6 mol/dm3. Sodium
citrate in the basic bath was changed with sodium lactate, sodium acetate, sodium gluconate and monosodium citrate in the tested baths. The values of atomic content percentage of Sn in Ni-Sn lay-ers were shown in the figure.
Fig. 2 Dependence of thickness of Ni-Sn layers and atomic content
per-centage of Sn in Ni-Sn-P layer on concentration of sodium citrate and sodium gluconate. The bath composition was based on one shown in Table 1(A). In( Ⅰ )and( Ⅱ ), the concentrations of sodium citrate and sodium gluconate were 0.6 mol/dm3 and
0.2-0.7 mol/dm3, respectively. In(Ⅲ)and(Ⅳ), the concentrations of
sodium gluconate and sodium citrate were 0.6 and 0.2-0.7 mol/ dm3, respectively.
Vol. 71, №11, 2020 ∼錯化剤および浴の安定化に関する検討∼ 711 こで,これらの濃度を下げて,クエン酸三ナトリウムとグル コン酸ナトリウムの濃度を共に 0.1,0.2,0.4 mol/dm3(浴 (表 1(B)))にし,Ni-Sn 薄膜の膜厚および Sn 含有率の濃度 依存性の検討を行った(図 3)。クエン酸三ナトリウムとグル コン酸ナトリウムの濃度を低くしていくと,Ni-Sn 薄膜の膜 厚は大きくなり,0.2 mol/dm3で最大値を示し,その後,減 少した。一方,Sn 含有率は,クエン酸三ナトリウムとグル コン酸ナトリウムの濃度を低くしていくと,高くなる傾向を 示した。0.2 mol/dm3の濃度で,1.1 μm の膜厚を得ることが でき,その膜の Sn の含有率が 34.5 at.% を示したことから, 目的の条件を満たす Ni-Sn 薄膜が成膜できたと考えた。 次に,Ni-Sn 薄膜の膜厚が大きく,且つ Sn 含有率が高かっ たクエン酸三ナトリウムとグルコン酸ナトリウムの濃度が 0.2 mol/dm3である浴(表 1(C))の浴を用いてめっきを繰り返 した場合の膜厚および Sn 含有率の変化を示したものを, 0.6 mol/dm3クエン酸三ナトリウムのみを錯化剤として用い た浴(表 1(A))を用いた結果と共に図 4 に示す。クエン酸三 ナトリウムのみを用いた浴(表 1(A))の場合,その浴を用い てめっきを繰り返すと膜厚が急激に減少する結果を示した。 一方,浴(表 1(C))では,膜厚が 1 μm を超え,10 回目のめっ きの膜厚は 0.92 μm と安定な数値を示した。Sn 含有率は両 浴とも 30 at.% 以上の値を示した。浴(表 1(C))浴を用いる ことで,膜厚が前報10)の 2 倍で,Sn 含有率が同等な結果で あり,さらに,浴安定性も向上した。浴(表 1(A))および (表 1(C))の外観写真のめっき回数依存性を図 5 に示す。浴 (表 1(A))はめっき初期では深緑の透明性があるが,めっき を繰り返すごとに白濁し,写真での確認できないが,ビーカー の下に沈殿が得られ,浴の安定性に問題がある。一方,浴 (表 1(C))は透明性は低いが,めっきを繰り返しても,浴の 色は変わらず沈殿も見られず,浴の安定性が向上しているこ とがわかる。 浴(表 1(C))をベースに,そのすべての組成を 1.5,2.0 倍 とした浴(表 1(D))および(表 1(E))を用いてめっき回数に 対する膜厚,Sn 含有率の変化を検討した(図 6)。1.5 倍の浴 (表 1(D))では膜厚が大きいが,10 回目のめっきにおいては, 得られる膜厚は浴(表 1(C))の場合と同等になってしまった。
Fig. 3 Dependence of thickness of Ni-Sn layers on complexing agent.
The bath composition was based on one shown in Table 1(B). X in Table 1(B)is the concentration of Na3C6H5O7 and HOCH2
(CHOH)4COONa and is 0.1, 0.2, 0.4 and 0.6 mol/dm3. The values
of atomic content percentage of Sn in Ni-Sn layers were shown in the figure.
Fig. 4 Dependences of(I)layer thickness and(II)atomic content
percent-age of Sn on deposition process time in the Ni-Sn layers obtained with the baths shown in Table 1(A)(〇)and(C)(●).
Fig. 5 Photos of baths after deposition.(A)and(C)were the baths shown
in Table 1(A)and(C).
Fig. 6 Dependences of(I)layer thickness and(II)atomic content
percent-age of Sn on deposition process time in the Ni-Sn layers obtained with the baths shown in Table 1(C)(●),(D)(〇),(E)(
△
)and (F)(▲
).2.0 倍の浴(表 1(E))では,2 回目のめっき以降急激に膜厚の 安定性は低下した。すべての場合,Sn 含有率は 32-36 at.% の値を示した。次に Sn 含有率向上を目的に浴(表 1(C))か らスズ酸ナトリウムの濃度だけを 1.2 倍した浴(表 1(F))に おける膜厚の安定性を検討した。前報においても述べたよう に10),本実験でもスズ酸ナトリウムの濃度を上げることに よって,膜厚の大きな減少が見られた。この結果は,スズ酸 ナトリウムはめっき反応を抑制する機能を持っていることを 示している。以上の結果から,浴(表 1(C))が最適であると 結論した。XRF で測定したリン(P)の含有率は上述した浴 (表 1(A~F))から得られたすべての Ni-Sn 薄膜で 1-3 at.%
であった。 次に浴(表 1(C))をベースに Sn 源の検討を行った。Sn 源 としてのスズ酸ナトリウムに変えて,同濃度の塩化スズ(Ⅱ) および二りん酸すず(II)を用いた。図 7 に示すように,最適 化された組成においても Sn 源としてスズ酸ナトリウム以外 を用いた場合には,ほとんどめっき膜厚を得られない結果と なった。上述したようにスズ酸ナトリウムも多すぎるとめっ きに対して悪影響となることがわかっているが,他の Sn 源 においてはより一層,めっきに対して悪影響を与えているこ とがわかった。これらは,前報10)の浴組成においても同様 な結果であった。スズ酸ナトリウムは Ni-Sn 薄膜のめっきに おいて必須であることが再確認された。図 8 に上述の 3 つの Sn 源で作られた浴のめっき前後の状態を示す写真を示す。 塩化スズ(Ⅱ)および二りん酸すず(II)を用いた場合,めっき 操作後,浴の濁りが消えて,ビーカーの底に沈殿が生じる結 果となった。一方,上述したようにスズ酸ナトリウムの場合 は,まったく変化が見られなかった。これらの結果からも浴 の安定性の違いがわかる。 3.2 めっき皮膜の構造解析と表面観察 浴(表 1(C))から得られた Ni-Sn 薄膜の結晶構造を確認す るために XRD 測定を行った。得られた XRD パターンを図 9 に示す。比較として Ni,Sn および Ni1.5Sn の標準パターンを 図中に示してある。得られた XRD パターンは,30°および 44°付近に明確なピークが見られ。その他に 50-70°に非常 に小さなシグナルが見られる(図 9(Ⅰ))。30°付近のブロー ドなピーク(Ⅱ)は Ni1.5Sn の二つのピークによってブロード 化していると考えられる。44°付近のピーク(Ⅲ)は 44.5°の小 さな肩が見られ,この小さな肩は Ni に帰属される。44°付近
Fig. 7 Dependences of thickness of the Ni-Sn layers on Sn salt in a bath.
The bath composition was based on one shown in Table 1(C). Sn salt was changed from sodium citrate to tin(Ⅱ)chloride and tin(II) diphosphate in the tested baths.
Fig. 8 Photos of baths before and after a deposition process. The baths were prepared with(Ⅰ)tin(Ⅱ)chloride,(Ⅱ)
tin(II)diphosphate and(Ⅲ)sodium stannate based on the bath shown in Table 1(C)by changing Sn salt.
Fig. 9 (Ⅰ)A XRD pattern of Ni-Sn layers deposited from the baths shown in Table 1(C). Magnified presentations from 28 to 33 °(Ⅱ) and from 42 to 46 °(Ⅲ). The solid bars shown in the bottom of each figure are standard XRD patterns for Ni(PDF#0040850), Sn (PDF#0040673)and Ni1.5Sn(PDF#0659460)metals.
Vol. 71, №11, 2020 ∼錯化剤および浴の安定化に関する検討∼ 713 の主ピークは Ni1.5Sn に帰属される。Ni1.5Sn に見られるべき 50-80°の小さなピークが XRD パターンにも見られること から,めっき皮膜の主成分は Ni1.5Sn であり,一部,Ni も混 入していると考察した。XRF で評価した浴(表 1(C))から得 られた Ni-Sn 薄膜中の Ni と Sn の比率は Ni/Sn=1.89(モル 比)であり,標準物質 Ni1.5Sn における Ni/Sn=1.5(モル比)よ り大きな値であることから,この比率の結果は XRD の結果 が示している Ni が混入していることと一致する。 浴(表 1(C))から得られた Ni-Sn 薄膜の表面 SEM 像を図 10 に示す。前報10)にも示したように膜厚が大きくなると粒子 径が大きくなる傾向が図 10 の高倍率像から見られた。径が 0.1 μm 程度の粒子が見られる。明確なクラックも見られる。 また,非常に少ないがピンホールも見られる結果を示してい る。前報における 0.5 μm 程度の膜厚ではクラックがほとん ど見られなかった10)。浴(表 1(C))から得られた Ni-Sn 薄膜 は約 1 μm であり,めっき膜にストレスがかかり,クラック が生じてしまっているのであろうと考えられる。クラックが 生じない Ni-Sn 薄膜の成膜条件の検討は今後の課題である。 3.3 耐薬品性試験 最後に浴(表 1(C))で得られた Ni-Sn 薄膜の耐薬品性試験 を行った。H2O2水溶液に対する耐薬品性試験においては, 比較として,浴(表 1(A))および(表 1(D))から得られた Ni-Sn 薄膜,さらに浴(表 1(C))を用いて 10 回目のめっきで 得られた Ni-Sn 薄膜の耐薬品性試験を行った。72 時間, 25 wt.%H2O2水溶液に Ni-Sn 薄膜めっき基板を浸漬した後の 重量保持率を測定した。これらの結果を図 11 に示す。前報 においては,浴(表 1(A))で得られた Ni-Sn 薄膜が H2O2に 対する耐薬品性が最も高いものであった10)。本研究におい て得られた浴(表 1(C))での Ni-Sn 薄膜はより高い耐薬品性 を示した。同様に浴(表 1(C))において 10 回目のめっきで 得られた Ni-Sn 薄膜も高い耐薬品性を示した。H2O2水溶液 に浸漬した場合の重量減少は,ピンホール,クラックを介し て H2O2溶液が浸透し,Fe 基板表面に接触して,Fe 基板を腐 食することで基板全体の重量が減少すると考えられる。本報 ではデータを示さないが,チタン基板に Ni 薄膜を介して, Ni-Sn 薄膜をめっきした基板で耐薬品性試験を行った場合に は,重量減少が全く見られなかった。このことは,Ni-Sn 薄 膜自体は H2O2で溶解しないことを示している。浴(表 1(C)) での Ni-Sn 薄膜では,小さなピンホール,クラックが入って いるにも関わらず,重量が減少しないのは,厚くめっきされ ているため,クラックなどが表面に見られるが,そのクラッ クは Fe 基板まで達しておらず,H2O2水溶液は基板に触れて いないと考えることができる。5 wt.% NaOH に対する耐薬品 性に関する結果を図 12 に示す。浴(表 1(G))は前報のジメ チルアミンボランを還元剤に用いた浴であり,膜厚 0.45 μm, Sn 含有率 37.5 at.%,25 wt.%H2O2水溶液における重量保持率 は 98.3% であった10)。浴(表 1(G))から成膜された Ni-Sn 薄 膜は,NaOH に対する耐薬品性は低く,重量保持率は 94.3% であった。また,次亜リン酸ナトリウム / クエン酸三ナトリ ウムを用いた浴(表 1(A))では 97.6% であった。次亜リン酸
Fig. 10 Surface SEM images of Ni-Sn layer with different resolution. The
sample was prepared with the bath(C)in Table 1.
Fig. 11 Holding rates of weight of Ni-Sn/Fe substrate before and after
immersion of Ni-Sn/Fe for 72 h into 25 wt.% H2O2 aqueous
solu-tion. The Ni-Sn layers tested were prepared with the bath shown in Table 1. The values(μm)of thickness of Ni-Sn layers were shown in the figure.
Fig. 12 Holding rates of weight of Ni-Sn/Fe substrate before and after
immersion of Ni-Sn/Fe for 72 h into 5 wt.% NaOH aqueous solu-tion. The Ni-Sn layers tested were prepared with the bath shown in Table 1. The values(μm)of thickness of Ni-Sn layers were shown in the figure.
ナトリウム / クエン酸三ナトリウム / グルコン酸ナトリウム を用いた浴(表 1(C))では 99.9% であった。これらの優劣は H2O2の耐薬品性と同様な順序になっている。浴(表 1(C))で は基板の溶解が起こっていないと言える結果であり,Ni-Sn 薄膜の NaOH 耐薬品性は十分に実現されたと結論できた。
4 .結 言
本研究では,Ni-Sn 薄膜の成膜を還元剤として次亜リン酸ナ トリウムを用い,Sn 含有率を 30-40 at.% に保ちつつ,20 min の無電解めっきにより 1 μm 程度の膜厚と浴の安定性の向上 を目的に浴の最適化を行い,以下の点が明らかとなった。 (1)浴に添加する錯化剤を検討した結果,クエン酸三ナトリ ウムとグルコン酸ナトリウムを適切な比率および濃度で 使うことにより,Sn 含有率 30-40 at.%,めっき膜厚 1 μm 程度の成膜が実現できることを確認した。また, 10 回のめっきにおけるめっき膜厚の保持率は 1 回目 めっき膜厚に対して 84% であった。10 回のめっきでの 平均膜厚から計算した Ni-Sn 薄膜形成速度は 0.053 μm/ min となった。Ni-Sn 薄膜の主成分は,Ni1.5Sn であり, Ni 単体が微量含まれていることが XRD 測定から確認さ れ,これらの結果は XRF から求めた Ni と Sn の比率か らの考察と一致した。 (2)Sn 源について検討したところ,本研究で最適化された 浴においても Sn 源をスズ酸ナトリウム以外の塩化スズ (Ⅱ)および二りん酸すず(II)を用いた場合にめっき反応 を大きく阻害する結果が得られた。スズ酸ナトリウムで も濃度を高くすると阻害効果を示すことがあり,適切な 濃度における使用が必要であることが分かった。 (3)次亜リン酸ナトリウム / クエン酸三ナトリウム / グルコ ン酸ナトリウムを用いた浴から成膜された Ni-Sn 薄膜の 表面はクラックやピンホールがあることが観察された。 膜厚を 1 μm 程度まで成長させたことにより,結晶性が 高まり,薄膜にストレスが生じてクラックが生じてし まったと考察した。 (4)得られた Ni-Sn 薄膜の H2O2および NaOH に対する耐薬 品性を検討した。薬品に 72 時間浸漬された基板の浸漬 後の重量減少により耐薬品性を評価した。次亜リン酸ナ トリウム / クエン酸三ナトリウム / グルコン酸ナトリウ ムを用いた浴から成膜された Ni-Sn 薄膜はクラックなど があるにも関わらず最も高い耐薬品性を示した。クラッ クなどは基板表面まで達しておらず,薬品溶液が基板表 面に達していないために基板が溶解せずに重量減少を生 じなかったと考察した。 本研究において,目的の膜厚,Sn 含有率,浴安定性を実 現することができたが,問題として,今後の応用展開のため に,めっき表面のクラック,ピンホールの発生の抑制が必要 である。また,浴安定性もまだ 10 回程度しかもたないので, さらなる浴の耐久性,浴特性の回復のために何の浴成分をど のくらい加えるべきかを明らかにする必要がある。(Received June 22, 2020 ; Accepted July 22, 2020)
文 献
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(1991).
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6 )K. Aoki, O. Takano ; J. Surf. Finish. Soc. Jpn., 31, 555(1980). 7 )H. Shimauchi, S. Ozawa, K. Tamura, T. Osaka ; J. Electrochem. Soc.,
141, 1471(1994).
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