博 士 ( 薬 学 ) 宮 崎 雅 史
学 位 論 文 題 名
ヒ ト と 実 験 動 物 の CYP2A の
タバコ関連発がんにおける役割に関する研究 学位論文内容の要旨
1.はじめに
遺伝子の突然変異が発がんの引き金(発がんのイニシエーション)であることは広く認識されてい る,変異を引き起こす原因の多くは環境中の変異原・がん原物質に帰するとされている.肺はタバコ 煙中に含まれる変異原・がん原物質を含む約4000種類の化学物質に,最初に(ゆえに高濃度で)暴露 される器官であるので,肺がんは喫煙との因果関係が最も深いと考えられる.夕バコ煙中の変異原・
がん原物質のうち最も代表的なものの1っに,喫煙過程や製造過程でニコチンから生成するタパコ煙 特異的かつ強カながん原性N=卜口ソアミン類である4‑(メチルニト口ソアミノ).1・(3.ピリジル)‑1‑ブ タ ノ ン(NNK)など があ る,NNKな どの タバ コ関 連ル ニ卜 □ソ アミ ン 類はCYPによ って 代謝 的に 活 性 化 さ れ て究 極発 がん 物質 とな り, 初め て遺 伝子 を構 成す るDNAを修 飾す る能 カを 獲得 する . CYP2A6は, ヒ卜CYP2Aサブ ファ ミリ ーに 属す る分 子種 の うち の1つで あり ,肺および肝に発現 して いる ,CYP2A6はNNKなど のタ バコ 煙中 の主 要なが ん原性ルニト口ソアミン類を変異原活性化 することがこれまでの当研究室における検討により明らかにされている.このこととマウス,ラッ卜 およびハムスターなどの実験動物にNNKを投与すると肺に効率よくがん が誘発される事実を併せて 考 察 す る と ,NNKな ど の タ バ コ 煙 中 のN=ト口 ソア ミン 類に よる 肺 がん の誘 発に はCYP2Aがヒ ト と実験動物に共通して関与している可能性が考えられた.
そこで本研究では,ヒトと実験動物のCYP2Aのタバコ関連発がんにお ける役割を解明することを 目的とした.
2.ヒ ト と 実 験 動 物 に 存 在 す るCYP2Aに よ る タ バ コ 関 連 ル 二 卜 口 ソ ア ミ ン 類 の 変 異 原 活 性 化 変異 原・ がん 原物 質の代謝的な活性化や発がんにお けるCYPの毒性学的な役割を 面wvoにて検討 する際には実験動物の使用が必要不可欠である.しかしながら,CYPの性質および発現臓器分布には,
種差が存在して おり,同一のサブファミリーに属する分子種においても動物種によって異なることが 知られている. したがって,ヒトと実験動物に存在するCYP2Aのタバコ関連ルニト口ソアミン類の 変異原活性化における毒性学的役割を比較検討することは重要である,
そこ で, マウ ス, ラッ ト, ハ ムス ター およ びヒ トのCYP2Aのそ れぞ れとヒ卜NADPH‑CYP還元酵 素を同時に発現 するサルモネラ菌YG7108株を用いて,夕バコ煙中の7つの主要ながん原性ル二卜口 ソ アミ ン類 に対 して 変異 原性 試 験を 実施 した .そ の結 果, マウ スCYP2A4およびCYP2A5,ラット CYP2A3, ハ ム ス タ ーCYP2A16お よ び ヒ トCYP2A13は 検 討 し たN=卜 口 ソ ア ミ ン 類 の う ち と り わ けNNKをnMレ ベル の低濃度 にて効率よく活性化した(見かけの盈n二ニ66 ̄260nM) .また,NNKに 対する実験動物 とヒトのCYP2Aの活性化能( レ血ad駈nニニ2200・9700)は他のルニト口ソアミン類
(ma/駈n−ニ0.0037・10)と比較して極めて高かった.以上の結果から,実験動物とヒトの肺に発現し ているこれらの (]YP2AがNNKを変異原活性化して,肺がんの誘発に寄与している可能性が示唆され た.
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3.二コチン代謝におけるヒトと実験動物に存在するCYP2Aの役割
二コチンはタノヾコの主要毒 性成分の1つである.CYP2A6はニコチンの主代謝反応であるニコチン D酸 化反応を触媒する主要酵素である.このことと,ヒ卜はニコチンの血中濃度を維持しようとして 喫煙することから,CYP2A6を阻 害すればニコチンの体内からの消失が遅延し,喫煙量が低下し,変 異原・発がん物質への暴露量が減少し発がんの予防にっながると考えられる.そこで,二コチン代謝 におけるモデル動物を見出すため,マウスにおけるニコチン〇酸化反応の主要触媒酵素を明らかにし,
ヒ卜とラッ、トと比較した,CYP2Aの代表的な阻害物質であるメ卜キサレンの添加により,マウスとヒ 卜肝ミク口ゾームによるニコチ ンD酸化反応はその濃度依存的に阻害されたが,ラットでは阻害され な か っ た .マ ウ スCYP2A4およ びCYP2A5によ る同 反応 に対 するKmお よび レ ′max値 はヒ トCYP2A6 を用、いた場合と概ね同程度であったが,一方,ラッ卜肝に発現するCYP2Aは同反応を触媒しなかった.
これ ら の結 果か ら, マウスで はヒ卜と同様にCYP2Aがニコ チンD酸化反応における主要 代謝酵素で あり,ラッ卜では関与するCYP分子種が異なることが明らかとなった.
4. NNKの変異 原活性化におけるマウスCYP2Aの役割
マ ウスはNNKに より誘発される肺発がんに対する化学予防の検討で汎用 されている実験動物モデ ルで もあ る. そこ で, 生体 で のNNKの変異原 活性化におけるCYP2Aの役割 についてマウスを用いて さら に詳細に検討した,(1)マウス臓器ミク口ゾームをサルモネラ菌YG7108株の菌体外に添加した Ames試験,(2) RT‑PCRによるマウス肺にお ける各CYP分子種の発現の有 無に関する検討,および(3) CYP2A4,CYP2A5お よ びCYP2810の そ れ ぞ れ とORを 発 現 す る サ ル モ ネ ラ 菌YG7108株 を 用 い た 変異 原性 試験 の結 果,NNKの 発がん標的臓器 である肺におけるNNKの変異 原活性化には,主として CYP2Aが関 与す るこ とが 分か った.さらに,CYP2Aの代表的な阻害物質で あるヌトキサレンの前投 与に より,マウス生体内におけるわ VI VOで のCYP2A(ニコチンD酸化酵素活性)およびNNKの投与 によってgpt delta卜ランスジェニックマウスの肺および肝に誘発された遺伝子突然変異が阻害され た. これ らの 項目 を検 討し て 得られた結果から,CYP2AはマウスにおけるNNKの変異原活性化,す な わ ち 発 が ん の イ ニ シ エ ー シ ョ ン に お い て 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る こ と が 示 唆 さ れ た ,
5. CYP2A阻 害 物 質 メ 卜 キ サ レ ン の NNK誘 発 マ ウ ス 肺 腫 瘍 の 発 症 に 及 ぼ す 影 響 メトキサレンの前投与が実 際にNNK誘発マウス肺腫瘍の発症に影響を及ぼすか否かを検討した.そ の結果,マウスの肺にNNKの投与によって誘発された腫瘍がメ卜キサレンの前投与によってその投与 量に依存して抑制された.ま た,免疫組織化学染色の結果から,NNKによって誘発された肺腫瘍部位 に おい てCYP2Aが高 発現 して いることが明らかとなった. 以上の一連の検討結果から,CYP2Aの触 媒 活性がNNKの投与によって誘 発されるマウス肺腫瘍の発症に重要な役割を果たしてい ることが示 唆された,
6.まとめ
本研究を通して,以下の新規な知見を得 た.
1)ヒ トと 実験 動物 の肺 に存 在するCYP2Aはタバコ煙中に存在する主要ながん原性ル二 卜口ソアミ ン類のうち,とりわけ,NNKを極めて効率よく変異原活性化した.
2)マ ウスCYP2Aは ヒトCYP2Aと同 様に ニコ チン 代謝 の主 要 酵素 であ り, ラッ トで は関与するCYP 分子種が異なった,
3) マ ウ ス 生 体 内 に お け るNNKの 変 異 原 活 性 化 に はCYP2Aの 酵 素 活 性 が 重 要 で あ っ た . 4) CYP2AはNNK誘 発マ ウス 肺 腫瘍の発症において重要な役割を果たしていることが示 唆された.
以 上, 本研 究に よっ てCYP2AによるNNKの代謝的な活性化の阻害がタバコ関連肺発が んに対する 化学予防の新規な分子標的になり得ること を明らかにした,マウスはヒトCYP2Aを阻害する候補化合 物のタバコ関連発がんの化学予防を検討す るためには優れた動物実験モデルであると期待される,
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学 位論文審 査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 助教授 助教授
鎌 滝 哲 也 原 島 秀 吉 紙 谷 浩 之 山 崎 浩 史
学 位 論 文 題 名
ヒ ト と 実 験 動 物 の CYP2A の
タバ コ関連発 がんに おける役割に関する研究
遺 伝子 の突 然変 異が 発 がんの引き金であることは広く認識されている.変異を 引き起こす 原因の多くは環境中の変異原・がん原物 質に帰するとされている,肺はタノくコ煙中に含まれ る 変 異 原 ・ が ん 原 物 質 を 含 む 約4000種 類 の 化学 物質 に, 最初 にゆ えに 高濃 度に て暴 露さ れる 器官 であ るの で, 肺 がんは喫煙との因果関係が最も深いと考えられる.タバ コ煙中の変 異原 ・が ん原 物質 のう ち 最も 代表 的な もの の1っに ,喫煙過程や製造過程でニコ チンから生 成するタバコ煙特異的かつ強カながん原 性N‑ニトロソアミン類である4‑(メチルニトロソアミ ノ)‐1‐(3‐ピリジル)‑1‑ブタノン(NNK)などがある,NNKなどのタノくコ関連N‑ニ卜ロソアミン類 はヒ トCYP2A6によ って 代 謝的 に活 性化 され て, 遺伝 子の 突然 変異 を誘 発す るこ とがこれま での当研究室におけるin vitro試験により明らかにされている.このこととマウス,ラットおよび ハ ム ス タ ー な ど の実 験動 物にNNKを投 与 する と肺 に効 率よ くが んが 誘発 され る事 実と を併 せ て 考 察 す る と ,NNKな どの タバ コ煙 中 の〃 ‐ニ トロ ソア ミン 類に よる 肺が んの 誘発 には CYP2Aがヒトと実験動物に共通して関与している可能性が考えられた.
そ こ で 本 研 究 で は , ヒ ト と 実 験 動 物 のCYP2Aの タ バ コ 関 連 発 が ん に お ける 役割 を解 明す ることを目的とした,
1.ヒ トと 実験 動物 に存 在す るCYP2Aに よる タバ コ関 連N‑ニト ロソ アミ ン類 の変異原活性化 CYPの 性 質 およ び発 現臓 器分 布に は, 種 差が 存在 して おり ,同 一の サブ ファ ミリ ーに 属 する分子種においても動物種によって異な ることが知られている.したがって,ヒトと実験動 物 に 存 在 す るCYP2Aの タ バ コ 関 連N‑ニ ト ロ ソ ア ミ ン 類 の 変 異 原 活 性 化に おけ る毒 性学 的 役割 を比 較検 討す るこ とは重要である.そこで,マウ ス,ラット,ハムスターおよびヒトの CYP2Aの そ れ ぞ れ と ヒ トNADPH‑CYP還 元 酵 素 を 同 時 に 発 現 す る サ ル モ ネ ラ 菌YG7108 株を 用い て, タバ コ煙 中の7っの 主要 なが ん原 性N‑ニ トロソアミン類に対して変異原性試験 を 実 施 し た . そ の 結 果 , マ ウ スCYP2A4お よ びCYP2A5, ラ ッ トCYP2A3, ハ ム ス タ ー
CYP2A16およ びヒ トCYP2A13は検 討したN‑ニトロソアミン類のうちとりわけNNKをnMレ ベルの低濃度にて効率よく活性化した.また,NNKに対する実験動物とヒトのCYP2Aの活 性化能は他のN‑ニトロソアミン類と比較して極めて高かった.以上の結果から,実験動物 とヒトの肺に発現しているこれらのCYP2AがNNKを変異原活性化して,肺がんの誘発に寄 与している可能性が示唆された.
2. NNKの変異原活性化におけるマウスCYP2Aの役割
マウスはNNKにより誘発される肺発がんに対する化学予防の検討で汎用されている実験 動 物モ デルである.そこで,生体でのNNKの変異原活性化におけるCYP2Aの役割につい てマウスを用いてさらに詳細に検討した.(1)マウス臓器ミクロゾームをサルモネラ菌 YG7108株の 菌体 外に 添加 したAmes試 験,(2) RT‑PCRによるマウス肺における各CYP分 子 種 の 発 現 の有 無に 関す る検 討, およ び(3) CYP2A4,CYP2A5お よびCYP2810の それ ぞ れ とORを 発現 する サル モネ ラ菌YG7108株 を用い た変 異原 性試 験の 結果 ,NNKの発 が ん標 的臓器である肺におけるNNKの変異原活性化には,主としてCYP2Aが関与するこ とが分かった.さらに,CYP2Aの代表的な阻害物質であるメトキサレンの前投与により,
NNKの投与によってgpt deltaトランスジェニックマウスの肺に誘発された遺伝子突然変異が 阻害された.これらの結果から,CYP2AはNNK誘発肺発がんのイニシエーションにおいて 重要な役割を果たしていることが示唆された.
3. CYP2A阻 害 物 質 メ ト キ サ レ ン のNNK誘 発 マ ウ ス 肺 腫 瘍 の 発 症 に 及 ぼ す 影 響 メトキサレンの前投与が実際にNNK誘発マウス肺腫瘍の形成に影響を及ぼすか否かを検 討した.その結果,マウスの肺にNNKの投与によって誘発された腫瘍がメトキサレンの前投 与によってその投与量に依存して抑制された.また,免疫組織化学染色の結果から,NNK によって誘発された肺腫瘍部位においてCYP2Aが高発現していることが明らかとなった,
以上 の一連の検討結果から,CYP2Aの触媒活性がNNKの投与によって誘発されるマウス 肺腫瘍の発症に重要な役割を果たしていることが示唆された.
以 上, 本研 究に よっ てCYP2Aに よるNNKの 代謝 的活 性化 の阻 害がタバコ関連肺発が んに対する化学予防の新規な分子標的になり得ることを明らかにした.本研究によって得ら れた知見は,タバコ関連肺発がんの基盤情報として有用であり,タバコ関連発がんの予防 医学に十分に貢献できることが示された.本論文『ヒトと実験動物のCYP2Aのタバコ関連 発がんにおける役割に関する研究』に含まれる研究成果は薬学における基礎および応用 のいずれにおいても優れており,博士(薬学)の学位を受けるに充分値するものと認めた.