博 士 ( 薬 学 ) 藤 田 健 一
学 位 論 文 題 名
ヒ ト CYP と NADPH ― CYP 還 元 酵 素 を 同 時 に 発 現 する 細菌の薬物代謝・毒性学的研究への応用
学位論文内容の要旨
],はじめに
CYPは外来異物の解毒的な代謝のみならず,環境中の変異原物質の代謝的な活性化にも関与 する.がん原性N‑ニトロソアミンはCYPにより活性化されて毒性を示す.各CYP分子種の発 現量や基質特異性には種差が存在するため,ヒトにおける変異原性を予測するためには,実験 動物によらずに直接的にヒトにおける変異原性を予測する方法が必要である.従来,N‑ニトロ ソアミンのヒトCYPによる活性化は,mMオーダーの基質を用いて検討されてきた.N‑ニトロ ソアミンの生体内における濃度は1いM以下であると考えられるため,変異原活性化はyMレ ベルの基質を用いて検討する必要があると考えられる.以上の問題点を克服するために,Ames 試験 に用いられるサルモネラ菌の菌体内にヒトCYPとNADPH‑CYP還元酵素(OR)を発現し,
変異原性試験を行うことを考案した,菌体内にて生成した活性代謝物は容易に細菌の遺伝子と 結 合 す る た め , 変 異 原 活 性 化 が 高 感 度 に 検 出 で き る と 期 待 さ れ た , そこで本研究では,ヒトCYPとORを同時に発現するサルモネラ菌YG7108株を樹立した.
続いて,樹立したサルモネラ菌株を用い,がん原性N‑ニトロソアミンの変異原活性化における ヒトCYPの役割を検討した,さらに,当研究室にて樹立したヒトCYPとORを同時に発現する 大腸菌を用いてin vilro阻害実験を行い,〃‐ニトロソアミンの活性化に関与するヒトCYPに関 して、その酵素活性を阻害する物質を探索し(発がんの化学予防に向けた研究),また抗がん 薬のヒトCYPによる代謝を介した薬物問相互作用を検討した(適正ながんの化学療法の実現に 向けた研究).ヒトCYPにより生成した代謝物や活性代謝物の一部は,第II相反応を触媒する 酵素により抱合され解毒される.したがって,CYPの機能に加えて第ll相反応を触媒する酵素 の役割を検討することは,変異原・がん原物質や抗がん薬の毒性,薬効を総合的に検討するた めに重要である.そこで第Il相反応を触媒する酵素の一例として,ヒトグルクロン酸転移酵素 (UGT)を発現するサルモネラ菌株を樹立した,
2.ヒトCYPとORを同時に発現するサルモネラ菌の樹立
11種類のヒトCYPのそれぞれとORを同時に発現するサルモネラ菌YG7108株を樹立した,
CYPの発現量は,分子種により異なっていた.例えば,培地1LあたりのCYP2A6の発現量は,
ヒ卜の肝臓約300g分に相当した,ORもCYPが触媒活性を示すのに十分量発現していた,サ ルモネラ菌に発現したそれぞれのCYPは,典型的な基質に対して酵素活性を示した.酵素反応 のキネティックパラメータは,ヒト肝ミクロゾームや他のヒトCYP発現系を用いて得られた結 果と概ね一致した,
− 229―
3.が ん 原 性 ^ ′ ― ニ ト ロ ソ ア ミ ン 類 の 変 異 原 活 性 化 に お け る ヒ ト CYPの 役 割 樹 立 し た サ ル モ ネ ラ 菌 株 を 用 い , が ん 原 性N‑ニ ト ロ ソ ア ミ ン の 変 異 原 活 性 化 に お け る ヒ ト CYPの 役 割 を 検 討 し た . 樹 立 し た サ ル モ ネ ラ 菌 を 用 い ,N‑ニ ト ロ ソ ア ミ ン の 活 性 化 をuMの レ ベ ル に て 検 出 す る こ と に 成 功 し た . さ ら に , 以 下 の 新 規 な 知 見 を 得 た . す な わ ち ,CYP2A6が NDMAを 除 く 検 討 し た 全 て の た ば こ 煙 , 食 品 お よ び 化 粧 品 な ど に 含 ま れ るAr― ニ ト ロ ソ ア ミ ン の 活 性 化 に 関 与 す るこ と を 見 い だ した . ま た ,N‑ア ル キ ル ニト ロ ソ ア ミ ンの ア ル キ ル 側鎖 の 長 さ が , 活 性 化 に 関 与 す る CYP分 子 種 の 決 定 因 子 の ー つ で あ る こ と も 見 い だ し た .
4.大 腸 菌 に 発 現 し た ヒ 卜CYPを 用 い た 阻 害 物 質 の 探 索
CYP2A6の 酵 素 活 性 を 阻 害 す る こ と が で き れ ば , 変 異 原 活 性 化 の 抑 制 , ひ い ては 発 が ん の 化学 予 防 に っ な が る と 期 待 さ れ る , そ こ で , 大 腸 菌 の 菌 体 膜 に 発 現 し たヒ トCYP2A6を 用 いてinvitro 阻 害 実 験 を 行 い ,CYP2A6の 阻 害 物 質 を 網 羅 的 に 探 索 し た.22種 類 の 有 機 含 硫 化 合 物 お よ び21種 類 の フ ラ ボ ノ イ ド 類 に つ い て 検 討 し た , 合 成 の 有 機 含 硫 化 合 物 で ある4,4 ‐ ジ ピ リ ジ ルジ ス ル フ ィ ド お よ び4,4 ‐ ジ ピ リ ジ ルス ル フ ィ ド がCYP2A6の 酵 素 活 性 を阻 害 し た ( 剛値 数10 nM). タ マ ネ ギ に 含 ま れ る ジ‑n‑プ 口 ピ ル ジ ス ル フ ィ ド や ニ ン ニ ク に 含 ま れ る ジ ア リ ル ジ ス ル フ ア ド も CYP2A6の 酵 素 活 性 を 阻 害 し た .Ki値 はuMの オ ー ダ ー で あ っ た . ま た フ ラ ボ ノ イ ド で あ る フ ィ セ チ ン も ,CYP2A6の 酵 素 活 性 を 阻 害 し た(Ki値 約1pM).
5.抗 が ん 薬 パ ク リ タ キ セ ル の ヒ トCYPに よ る 代 謝 に お よ ば す 併 用 薬 の 影 響 の 予 測 臨 床 の 現 場 で は , 抗 が ん 薬 によ る 化 学 療 法が 行 わ れ て い る. 抗 が ん 薬 を適 用 す る 患 者に は 他 の 薬 物 を 様 々 な 組 み 合 わ せ で 併 用 す る可 能 性 が あ る, 抗 が ん 薬 と他 の 薬 物 の 併用 に 起 因 す る 薬物 問 相互 作 用 を 未 然 に予 測 す る こ とは 重 要 で あ る. そ こ で , 抗が ん 薬 ノ く ク リタ キ セルを 他の薬 物と併 用 し た 場 合 に ,CYPを 介 し た 薬 物 問 相 互 作 用 が 生 じ る 可 能 性が あ る か 否 かを , 大 腸 菌 に発 現 し た ヒ トCYP2C8を 用 い て 検 討 し た , ジ ヒ ド ロ ピ リ ジ ン 系 カ ル シ ウ ム 拮 抗 薬 と 抗 が ん 薬 の タ モ キ シ フ ェ ン が ,CYP2C8に よ る パ ク リ タ キ セ ル6a‑水 酸 化 反 応 を 競 合的 に 阻 害 し た .ニ カ ル ジ ピ ンの 阻 害効 果 が 最 大 で あっ た ( 崩 値55 nM).
6.ヒ 卜UGTIA】 を 発 現 す る サ ル モ ネ ラ 菌 の 樹 立
ヒ トUGTIA1を 発 現 す る サ ル モ ネ ラ 菌TA1535株 を 樹 立 し た , サ ッ カ リ ン酸1.4‐ ラク 卜 ン な ど を 反 応 系 に 添 加 し , サ ル モ ネ ラ 菌1A1535株 のp− グ ル ク ロ ニダ ー ゼ を 阻 害す る こ と に より , 発 現 し た ヒ 卜UGTlAlの ビ リ ル ビ ン に 対 す る グ ル ク ロ ン 酸 抱 合 酵 素 活 性 を 検 出 す る こ と に 成 功 し た 樹 立 し た サ ル モ ネ ラ 菌 株 は 今 後 , ヒ トCYPとORを 同 時 に 発 現 す る サ ル モ ネ ラ 菌 株 や 大 腸 菌 株 と 併 用 し て ,CYPに よ り 生 成 し た 化 学 物 質 の ,UGTlA1に よ る 解 毒 的 な 代 謝 の 検 討 に 応 用 す る こ と が 可 能 で あ る と 考 え ら れ る .
7.ま とめ
本 研究で は,以 下の 結論を 得た,
(1)ll種 類 の ヒ トCYPの そ れ ぞ れ とORを 同 時 に 発 現 す る サ ル モ ネ ラ 菌YG7108株 の 樹 立 に 成 功 し た,
(2)樹 立 し た サ ル モ ネ ラ 菌 株 を 用 い , が ん 原 性N‑ニ ト ロ ソ ア ミ ン の 変 異 原 活 性 化 を ,uMの オ ー ダ ー で 検 出 す る こ と に 成 功し た . ま た ,〃 ‐ ニ ト ロ ソ アミ ン の 活 性 化に 主 と し てCYP2A6が 関 与 す ること を見い だし た.
(3)大 腸 菌 に 発 現 し た ヒ トCYPを 用 い て ,CYP2A6の 阻 害 物質 を 網 羅 的 に探 索 し ,4,4 ー ジ ピ リジ ル ジスル フィド ,4,4 ―ジピリジルスルフアド,ジ‐´7―プロピルジスルフィドおよびジァリルジス ル フ ィ ド がCYP2A6を 阻 害 す る こ と を 見 い だ し た . ま た フ ィ セ チ ン が ,CYP2A6の 酵 素 活 性 を 阻 害する ことも 明ら かにし た,
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(4)
大腸繭に発現したヒトCYP2C8 を用いて´vitro 阻害実験を行い,降圧薬ニカルジピンが抗が
ん薬パクリタキセルの代謝を阻害することを見いだした,
(5)
ヒ卜
UGTIAIを発現するサルモネラ菌
TA1535株を樹立した,
ー231―
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
ヒ ト CYP と NADPH ― CYP 還 元 酵 素 を 同 時 に 発 現 する 細菌の薬物代謝・毒性学的研究への応用
CYP
は外来異物の解毒的な 代謝のみならず,環境中の変異原物質の代謝的な活性化にも関 与する.各CYP 分子種の特 性には種差が存在するため,ヒトにおける変異原性の予測は,
実験動物によらずに直接的に実施する必要がある.本研究ではヒトCYP による変異原物質 の活 性化 を高 感度 に検 出するために,Ames 試験に用いられるサルモネラ菌YG7108 株の 菌 体 内 に ヒ ト
CYPと
NADPHー
CYP還 元 酵 素
(OR)を 発 現 し て 変 異 原 性 試 験 を 行う こと を考案し,新規菌株を樹立した,続いて,樹立したサ ルモネラ菌株およびヒトCYP とOR を同時に発現する大腸菌株を薬物代謝および毒性学的研究に応用した.本研究ではまず,
がん原性N‑ ニトロソアミンの変異原活性化におけるヒ トCYP の役割にっいて新規な知見 を提 供し た. 続い て活 性化に関与するヒトCYP2A6 の活性を阻害する新規な物質 を見い だした(発がんの化学予防に向けた研究).さらに抗がん薬パクリタキセルのヒトCYP を 介した薬物問相互作用に関する新規な知見を提供した(適正ながんの化学療法の実現に向 けた研究).またCYP の機 能にカIl えて第Tl 相反応を触媒する酵素の役割をも総合的に検 討するために,ヒトグルクロン酸転移酵素(UGT) を発現するサルモネラ菌株も樹立した.
本 研 究 の 成 果 は 以 下 に 詳 述 す る よ う に 極 め て 優 れ た も の で あ る と 評 価 さ れ る .
(1 )ヒトCYP とOR を同時に発現するサルモネラ菌の 樹立
11
種 類 の ヒ ト
CYPの そ れ ぞ れ と
ORを 同 時 に 発 現 す る サ ル モ ネ ラ 菌
YG7108株 を 樹立 した .CYP の 発 現量 は, 分子 種に より 異な って いた .例 えぱ,培地】L あたりの
CYP2A6の 発 現 量 は , ヒ ト の 肝 臓 約
300g分 に 相 当 し た ,
ORも
CYPが触 媒活 性を 示 す のに十分量発現していた,発現したそれぞれのCYP は,典型的な基質に対して十分な酵 素活性を示した.
‑ 232―
也
健 吉
史
哲
秀 浩
滝 関
島 崎
鎌 井
原 山
授 授
授 授
教
教 教
教 助
査 査
査 査
主 副
副 副
(2)
が ん 原 性
Ar̲ニ ト ロ ソ ア ミ ン 類 の 変 異 原 活 性 化 に お け る ヒ ト
CYPの 役 割
樹立したサルモネラ菌株を用い,ヒトCYP によるがん原性´ザニトロ ソアミンの変異 原活性化を検討した,ルニト口ソアミンの 活性化をIiM のレベルにて検 出することに成 功 し た . さ ら に ,
CYP2A6が
NDMAを 除 く 検討 した 全て のが ん原 性N‑ ニト ロソ アミ ン の活性化に関与することを兄いだした.また,〃‐アルキルニトロソアミンのアルキル側鎖 の長 さが ,活 性化 に関 与す る
CYP分子 種の決定因 子のーっであることも見いだした,
(3)
大腸菌に発現したヒトCYP を用いた阻害物質の探索
CYP2A6
の酵素活性を阻害することができれば,変異原活性化の抑制,ひいては発がん の化学予防にっながると期待される.そこで,大腸菌の菌体膜に発現したヒトCYP2A6 を 用いてCYP2A6 の阻害物質を網羅的に探索した.合成の有機含硫化合物である4 .4 ‐ジピ リジルジスルフィドおよび4 ,
4.ジピリジルスルフアドがCYP2A6 の酵素活性を阻害し た(雨値数
10 nM).タマネギに含まれるジ喞‐プロピルジスルフィドやニンニクに含まれ るジ アリ ルジ スル フィ ドも
CYP2A6の 酵素 活性 を阻 害し た .鰯 値は
uMのオーダーであ った .ま たフ ラボノイドであるフィセチンも,CYP2A6 の酵素活 性を阻害した(Ki 値約1
LtM).(4)
抗 が ん 薬 パ ク リ タ キ セ ル の ヒ ト
CYPによ る代 謝に およ ぼす 併用 薬の 影響 の予 測
臨床の現場において抗がん薬を適用する患者には,他の薬物を様々な組み合わせで併用 する可能性がある.抗がん薬と他の薬物の併用に起因する薬物問相互作用を未然に予測す ることは重要である.そこで,抗がん薬パクリタキセルを他の薬物と併用した場合に,CYP を介した薬物問相互作用が生じる可能性があるか否かを,大腸菌に発現したヒトCYP2C8 を用いて検討した.ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬と抗がん薬のタモキシフェンが.
CYP2C8
によるパクリタキセル6a‑ 水酸化反応を競合的に阻害した.ニカルジピンの阻害 効果が最大であった(崗値55 nM).
(5)
ヒトUGTIA1 を発現するサルモネラ菌の樹立
ヒ ト
UGTIA1を 発 現 す る サ ル モネ ラ菌
TA1535株 を樹 立し た, サル モネ ラ菌
TA1535株のD ‐グルク ロニダーゼを阻害することにより,発現したヒトUGTIA1 のビリルビンに 対 す る グ ル ク ロ ン 酸 抱 合 酵 素 活 性 を 検 出 す る こ と に 成 功 し た ,
以 上 , ヒ ト
CYPと
ORを 同 時 に 発現 する サル モネ ラ菌 株を 新 規に 樹立 し, ヒト
CYPと
ORを同時に発現 する大腸菌株と共に薬物代謝および毒性学的研究に応用 して多数の 新 規 な知 見を 得る こと に成 功し た. 本論 文『 ヒト
CYPと
NADPHー
CYP還 元酵 素を 同時 に発現する細菌の薬物代謝・毒性学的研究への応用』に含まれる研究成果は薬学における 基礎および応用のいずれにおいても優れており,博士(薬学)の学位を受けるに充分値す るものと認めた.
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