基礎的科学概念形成のための
「児童の気づき」を大切にした授業づくり
一小学校5年理科「ものの溶け方」における粒子の保存性一
教育実践高度化専攻 小学校教員養成特別コース
PO8073F
林和己
はじめに
理科学習の目標は科学的な事実や原理を暗記することなのだろうか。実験や観察をして 操作技能を身につけることなのだろうか。確かに,自然科学の原理,法則,概念の習得や 内容を理解するための観察や実験は大切であるだろう。また,「手を使うこと」と「頭を使
うこと」を,理科授業で行われるべきだとよく言われる。しかし,これらだけでよいのだ ろうか。教師が一方的に話をして子どもに注入的な指導をし,知識を得させるためだけの 実験や観察では,良い授業とは言えないだろう。
子どもが自然事象に接するとき,子どもは教師からみれば誤った概念(以下誤概念)と 捉えられるような考えを持っていることがある。子どもたちは自分たちの経験から物事を 考えるため,子どもによってそれらの考えは様々なものなのである。子どもたちは,自然 事象を見つめ,よく考え,イメージして,経験や知識の内部情報と新しい外部からの情報 を比較,参照しながら情報を処理することにより知識や技能を習得する。そして,自分の 見方や考え方を仲間に話し,仲間の見方や考え方をよく聞きながら,違うところや,共通 のところを意識しながら考え,どれが正しいか,その真理を探りたいと彼らは思う。見つ けた問題を解決するために,このようにすればよいだろう,こんなことが起こるのではな いかと様々な経験や知識や方法を総動員して,アイデアを出し,その考えを練り上げ,予 想や仮説を導き出し,実験計画をたてる。
しかし,これらの学習課程は,子どもの発達段階や現象の特性によって異なってくる。
観察や実験,実験結果の考察も個々の子どもの経験や知識,思考の深さによって異なる。
今日,理科学習において子どもの自然認識の仕方を構成的に捉えることが理科の学習指 導法の研究の課題となっている。これらの研究内容は,子どもの自然事象に対する興味・
関心,学習意欲や態度,子どもの素朴概念,科学的な思考,観察や実験,子どもの問題解 決,自然認識の再構成による認知の体系に関する研究である。
本研究は,上記のような考えに基づき,子どもの気づきの過程を,連携協力校での第五 学年理科「ものの溶け方」の授業実践によって検証したものである。
筆者は工学部卒業であり,工学的な研究を行ってきた。教育実践高度化専攻における教 育理論での実践的研究は,今までの研究とは異なり,子どもたちの目の輝きや興味・関心 を引き出す授業づくりの中に大きな喜びを感じることができる研究である。また,そのよ
うな授業づくりを行い,様々なことに興味を持ち,物事について深く考えることのできる 子どもたちを育むことのできる研究を今後も追及していく。そして,学校現場の中でもこ のような研究を進めて理科学習の充実に貢献できる教師になりたい。
目次 はじめに
第1章 研究の目的と研究の方法の概要 1問題の所在と研究の目的
2 研究の方法の概要
19臼
第H章 小学校における理科教育の概要 1理科教育の目的
(1)理科教育の価値・目標 (2)近年の課題とその動向 2 私の考える理科の学習指導 (1)概念獲得について
(2)概念変容と子どもの気づき (3)協同的な学びによる概念変容 3 「粒子の保存性」と小学校理科教材 (1)「粒子の保存性」の位置づけ
(2)小学校理科での「粒子の保存性」の指導
34
ド0ハ080 81
第二章子どもの気づきを大切にした授業づくり 1児童の実態
(1)子どもの理科に関する興味・関心について全国と連携協力校との比較
・… 12 (2)児童の第5学年理科「ものの溶け方」に関わる知識・理解について
・… 14 2 指導計画 ・ 20
3授業実践
(1)第2時「溶ける様子を確認しよう」の授:業実践 ・ 25 (2)第5時「色のついたものを溶かすと」の授業実践 ・ 28 (3)第6時「溶けたものの重さは」の授業実践 ・ 33 (4)第7時「溶けたものは取り出すことができる」の授業実践 ・ 39
4 ポストテストの結果 ・ 45 5 プレアンケートとポストテストの分析 ・ 46 6 授業実践の考察 ・ 51
第IV章研究成果をもとにした授業改善プラン 1授業実践の改善点
2 誤概念を変容させる指導方法について
3 単元全体における粒子の保存性の概念獲得を図る単元構成
4▲FDハOFOFO戸り
第V章 研究の成果と今後の課題 1研究の成果
2 今後の課題
おわりに
引用・参考文献
附記資料
00
ハリハ0第1章研究の目的と方法
1 問題の所在と研究の目的
近年理科の学習指導について,子どもたちの自然認識の認知の過程を追及し た研究報告が多くなされてきている。これは,知識・技能の伝達を主とした業 が見直され,子どもたち自身に主体的に知識・理解の構成を促すという考えか
ら,子どもに寄り添った授業づくりが求められているためである。理科の学習 において,子どもたちが自然現象に直面する時,誤概念を持っていることがし ばしばある。子どもたちは自分の経験から物事を考えるため,子どもによって 現象に対する考えは様々なものである。また,誤概念や現象に対する考えは,
強固なものであるという報告がある(村山,1994)。このような誤概念や現象 に対する考えは,適切な学習指導のもとで正していかなければならない。
また,第5学年理科「ものの溶け方」は,溶けて目に見えないものを扱った 単元であり,様々な実験を行い,「溶ける」現象についての学習がなされてきて いる。だが平成17年度の国立教育政策研究所が行った「特定課題調査」では,
「水に食塩を溶かした後の食塩水の質量」を問う問題に対する正答率は5割台 の低い結果であった。これは「見えないけれど存在する」という粒子の保存性 の概念理解が十分に達成されていないことを示している。
一方で,平成20年3月には,理科の新しい方向づけとも言える学習指導要 領の告示が行われた。小学校では平成23年度から全国で新しい教育課程が実 施され,理科・算数においては平成21年度から先行実施されている。新しい 告示の背景として,平成20年1月に出された中央教育学議会答申(中央教育 審議会、2008)では,以下のような課題を挙げている。
①理科の学習に対する意欲は他の教科として比較して高いが,理科の学習が 大切だという意識は高くない。
②また,国際的にみると,我が国の子どもの理科の学習に対する意欲は低い 状況が見られる。
③理科の学習の基盤となる自然体験,生活体験が乏しくなってきている状況 がみられる。
④内容の基礎的な知識・理解が十分でない状況がある。
⑤科学的思考力・表現力が十分でない状況がある。
これらの課題を踏まえて,改善の基本方針には,科学的な見方や考え方を重 視するようなものが示された。例えば,観察・実験の結果を整理して考察する 学習活動,科学的な概念を使用して考えたり説明したりする学習活動を充実さ せるなどである(中央教育審議会、2008)。
また小学校の新学習指導要領における理科の目標は,「自然に親しみ、見通 しをもって観察,実験などを行い,問題解決の能力と自然を愛する心情を育て るとともに,自然の事物・現象についての実感を伴った理解を図り,科学的な 見方や考え方を養う。」(文部科学省、2008)である。このように,新学習指導 要領においては,「実感を伴った理解」という文言が加えられた。さらに,新学 習指導要領では科学的な思考や考え方を養うことが目指されており,平成20
年1月の中央教育審議会で議論された課題に対する方法論として,実感を伴っ た理解の定着を図るために,具体的な体験,主体的な問題解決,実際の自然や 生活との関係等を理科の学習に取り入れていくことが重要であると考えられる。
これらを踏まえ,本研究では,第5学年理科「ものの溶け方」の単元におい て,粒子の保存性の概念の理解に向け,子どもたちの気づきを大切にした授業 づくりのもとで授業実践を行い,知識を構成していく過程について明らかにし た。また,指導方法として用いた概念変容モデル(Hashweh,1986)において 行った授業実践が,どんな効果があるかを検討した。なお,授業実践にあたっ ては,理科教育そのものの価値や目的を確認した上で,上記に示した平成20 年3,月に告示された学習指導要領理科の「実感を伴った理解」の定着を図る授 業づくりを視野に入れ,具体的な体験,主体的な問題解決,実際の自然や生活
との関係を示す場を授業づくりに取り入れて授業を行った。
2 研究の方法の概要
本研究における研究の方法を要約すると以下のとおりである。
① 「学習指導要領(平成20年3月改定)」及び「概念の形成」,「粒子の保 存性」に関する先行研究の検討
②粒子の保存性の概念獲得に向けた授業づくりとその実践による実証的な 研究
③実証的な研究の分析・考察を踏まえての改善した新たな授業モデルの提案
(1)「子どもの気づきを大切にした授業づくり」の授業実践
対象としたのは,連携協力校の公立小学校5年生の児童(2クラス81名 通 級学級生2名含む)であり,実施日時は,平成22年10,月28日〜12A2日 で授業実践を行った。また対象授業は,第5学年理科「ものの溶け方」(全14 時間2クラス分)とした。
a.実施方法
第5学年理科fものの溶け方」の単元計画モデルと単元指導計画等の授業プ ランを作成した。授業プランの作成は,理科に対する興味・関心や児童の「溶 ける」ことに対する体験の有無や,粒子の保存性に関わる知識・理解の程度を 測るアンケート調査を行った。そのアンケートの結果から,「溶ける」現象に十 分に触れる実験の場を設け,一人ひとりが現象と向きあえるようにした。それ
らの過程を通して,概念形成が円滑に進むように,その誤概念を科学概念に引 き上げるための指導方法について検討した。加えて,子どもたちが多くの知識 や考えと触れ合うことで,知識の構成がより進むように,グループにおいて協 同的に学習を行い,概念をより深く掴むことができるようにした。また,「溶け る」現象の知識・理解に加えて,現象に対して科学的に見る力をつけるために,
概念獲得のプロセスを大切にした指導計画になるようにした。単元全体では、
「溶ける」現象に対する体験的な場面を多く設定し,課題解決に意欲的に取り 組めるようした。
b.指導方法
概念の形成のためには,児童の既有知識や経験に寄り添い,どのような手段 や段階を経て概念を獲得・変容していくか,その過程についてよく吟味するこ
とが大切である。これには,概念変容モデル(Hashweh,1986)が有効である とされている。
そこで本研究では,第1に概念変容モデルの枠組みに沿って教授方法を考え た。これについては,本稿6項で取り上げた。また,具体的な方法については,
第3章において授業ごとに取り上げた。第2に本実践の授業展開は,①既有知 識に基づいて,課題に対しての予想・仮説を設定する,②なぜそのように思う かを意見交流してから検証実験を行う,③結果の解釈についてグループで検討
し,最後にクラス全体で検討して「粒子の保存性」についての概念獲得を目指 す,という一連の過程を主として授業を展開した。
(2)授業実践の検証方法
授業実践の対象は5年生2クラスであり,それぞれクラス固有の雰囲気や特 性がある。両クラスの事前アンケートを用いて分析した後,指導計画は同一の
ものを用いて授業実践を行い,児童の思考の過程を個人,グループ,クラス全 体毎に追究した。
検証のために用いる資料は,ビデオカメラによる映像,ICレコーダーによる 音声及び発話,プレ、ポストアンケートによる知識・理解や興味・関心に関す る記述,各授業で使用したワークシートへの記述,板書記録等である。
第日章 小学校における理科教育の概要 1 理科教育の目的
まず,理科の授業実践を行う上で、理科教育とは何かについて考えるため,
理科教育の価値・目的について学習指導要領や参考文献をもとに検討した。
(1)理科教育の価値・目的
理科教育の意義について,ベイリーは「人類の知識の量を増す目的で新し い真理を発見するためか,生徒の生活のよろこびを増す目的で彼の自然に対 する共感的な態度を育てるためかのどちらかである」と述べている(宇佐美
訳;L.H.Bailey,1972)。
また,鶴岡は理科教育の価値・目的の多面性について述べており「①日常 生活を円滑に進めるための価値,②科学・技術系職業の基礎としての価値,
③民主社会の市民性を支える価値,④豊かな精神生活のための価値がある」
として,この4種は,互いに関連しているが,それぞれ異なった力点がある としている。①日常生活を円滑に進めるための価値については,日常生活の 実用的な知識を理科教育にだけに依存できないものであるが,そうした基礎 的な知識や関心を培う上で一定の役割を果たすことができるものである。② 科学・技術系職業の基礎としての価値については,将来自然科学の知識を使 う科学・技術系の職業に就くための基礎を養うものである。③民主社会の市 民性を支える価値については,望ましい民主社会は,知的で主体的に参画す
る市民の存在を期待しており,理科教育は科学の知識・理解だけでなく,科 学的思考を育てるものであることが必要である。④豊かな精神生活のための 価値については,科学も文化であり,自然そのものではなく,人間精神が自 然に働きかけながら創る活動や成果であり,科学の核となる部分は他の文化 と同様に,精神作用に他ならないだろう。この4つの側面について,すべて
を取り入れた理科教育を目指すには,理科学習をテスト目的・進学目的に閉 じ込めてはならず,学習者の日常に近づけていくのが重要である。科学を文
化・社会の中における生身の人間の営みとして捉え,科学そのものだけでな く,科学や科学者についての理解をも視野に入れた理科教育が必要になって くるとしている(鶴岡,2008)。
(2)近年の課題とその動向
まず,理科教育の在り方について文部科学省の見解を以下に示した。平成 20年3月改定の学習指導要領の改定の経緯について,OECDのPISA調査な
どの各種の調査から,①思考力・判断力・表現力を問う読解力や記述式問題,
知識・技能を活用する問題に課題,②読解力で成績分布の分散が拡大してお り,その背景には家庭での学習時間などの学習意欲,学習習慣・生活習慣に
課題,③自分への自信の欠如や自らの将来への不安,体力の低下といった課 題がみられると指摘した。これらを踏まえて,理科改善の基本方針を,児童 が知的好奇心や探求心をもって,自然に親しみ,目的意識をもった観察・実 験を行うことにより,科学的に調べる能力や態度を育てるとともに科学的な 認識の定着を図り,科学的な見方や考え方を養うと全体的に示した。その上 で,基礎・基本的な知識・技能の確実な定着,科学的な思考力や表現力の育 成,観察・実験や自然体験,科学的な体験の一層の充実,理科を学ぶことの 意義や有用性を実感する機会をもたせ,科学への関心を高めることなど,柱
となる方針を示している(H20小学校学習指導要領解説理科編)。
また,平成20年3,月告示の学習指導要領では,上記の改定の経緯や改善の 基本事項をもとに,理科の目標が改定された(表2.1)。
表2.1学習指導要領新旧比較表
平成10年告示 平成20年告示
理科の目標 自然に親しみ,見通しをもって観察,
実験などを行い,問題解決の能力と自然 を愛する心情を育てるとともに自然の 事物・現象についての理解を図り,科学 的な見方や考え方を養う。
自然に親しみ,見通しをもって観察,
実験などを行い,問題解決の能力と自然 を愛する心情を育てるとともに,自然の 事物・現象についての実感を tつた理 を図り,科学的な見方や考え方を養う。
下線 は追加された文言
この目標の改定で加えられた「実感を伴った理解」については後に詳しく取 り上げる。またその内容の配列も変更され,基礎的・基本的な知識・技能の定 着のため,科学の基本的な見方や概念(「エネルギ・一一・」,「粒子」,「生命」,
「地球」)を柱に,小・中学校を通じた内容の一貫性が重視され,国際的な通 用性,内容の系統性の確保等の観点から,必要な指導内容(「物と重さ」,「人 の体のつくり」等)が充実された。また同じ内容であってもその中身について 変更があり,科学的な思考力・表現力等の育成の観点から,観察・実験の結果 を整理し,考察する学習活動,科学的な概念を用いて考えたり説明したりする などの学習活動を充実させた。さらに,科学を学ぶことの意義や有用性の実感 及び科学への関心を高める観点から,日常生活や社会との関連を重視した。こ れに伴い,小学校と中学校の系統性や一貫性の観点から各単元の位置づけや,
その目標をしっかりと見据えて授業を行っていく必要がある。加えて,観察・
実験等の具体的体験活動を行うとともに,その経験を生かして,それをどのよ うに活用するのか,社会ではどのようにして使われているのかを,考えさせる ことが必要になってくる。
2 私の考える小学校理科の学習指導
昨今の子どもたちを取り巻く社会は,知識基盤社会や高度科学技術社会へと 向かっている。このような時代の学習指導では,理科の教師は単なる学習の量 ではなくて子どもの学習の質を主眼に取り組まなければならないと考える。機 械的な記憶よりも概念的理解を通しての知識の獲得やその応用力を重要視すべ きである。また,その内容と同時に,科学のプロセスについても重視するべき だと考える。プロセスを理解することができれば,自ら科学の内容を習得でき るようになり,急速に変わりうる科学的知識や現代社会に対応できると考える。
そもそも新たな人の知識の獲得は,生涯に渡って必要にせまられるものである。
このような考えのもと,理科における概念獲得からその授業論までを以下に検
討した。
(1)概念獲i得について
学習者を積極的に環境に働きかけ,既存の知識を駆使して,新しい知識を主 体的に構築していく存在とみなして,学習者が主体的に事象に関わることを支 援するための環境を整えることに重きを置くといった考え方がある。この考え 方は構成主義という考え方であり,j.Piagetの認知・発達理論に基づいている。
その本質は,人間が自分自身がすでに持っている知識構造(シェマ)を通して 外界と相互作用しながら,新しい知識を獲得し,新しい知識構造を構成するこ とである。このことを筆者は,「その人物をとりまく環境や他から与えられた情 報により自分自身の中に自発的に知識や概念を構成すること」であると捉えた。
特に学習の仕方が身についておらず,知識の量が乏しい小学生に対しての学 習指導おいては,知識伝達中心の一斉授業では児童を受け身にさせるだけで,
興味を持てず,考えも深まらない。小学校理科での指導については,子どもの 興味・関心や既有の知識を出発点とし,主体的に学習に取り組める環境を整え,
子どもの発達段階や個々の特性に適合した体験や経験をさせて,課題に対して 考えが深まるように支援することが必要であると考える。ただし,小学校段階 における子どもは基礎的な知識量が少ないうえ,授業時数にも限りがある。加
えて,科学では概念の厳密さが要求されるが故に,単に個人の考えるだけの過 程では,一定の厳密な科学的概念の獲得を達成させることはできない。もちろ ん,一人ひとりの考えを大事にすることは大切である,基本的な知識について 一斉授業で知識伝達を正しく行うことも重要であり,より深く授業の構成を考 えていく必要があるように思う。
また概念獲得を考える上で,子どもたちは,学校で理科の授業を受ける前に 既に日常生活の中から自分自身にとっては意味を持つ自然解釈の理論を構成し ている。これを素朴概念という。例えば,「ものの溶け方」について,コーンポ タージュをお湯で溶かす時について考えてみる。溶け切れずに底に溜まる,下 の方を飲んだ時の味が濃いという現象から,物を溶かした溶液の濃度は下の方 が濃いであると考えるのはごく当然のことであり,これが素朴概念にあたる。
これは,理科の授業において,「水溶液の濃さはどこでも均一である」という科 学的概念を獲得するのに障害になる。この素朴概念は,日常生活の中では適応 的な性質をもっているが,科学的概念と適応しないため「誤概念」もしくは「も
うひとつの概念」と呼ばれる(岡本,1995)。また,素朴概念及び誤概念は通 常の授業によって組み替えることは困難であるという報告がされている(村山,
1994)。加えて,概念獲得を達成する上で授業者は,このような障害があるこ とを念頭において,子どもがどのような考えを持っているかを事前に調査し知 っておく必要がある。
(2)概念変容と子どもの気づき
学習者が授業にのぞむとき,授業に関するある現象についてすでに素朴概念 を構成していた場合には,学習者は素朴概念と新たに学習した科学概念とを一 時的に共存させることがある。学習者は,これらの概念のうち自分にとって「納 得」ができる方の概念を残す(川村,1998)。ここで重要になってくるのは,
学習者自身が「納得」するということである。科学概念について納得させるた めには,素朴概念と科学概念との間で認知的葛藤を生じさせることが必要であ る。つまり,子どもが持っている素朴概念に対して,説明不可能な現象や実験 を提示して,結果を考察させ自分の抱いていた素朴概念について再考する場面 を設けることが必要であるということである。このようにして科学概念を「納 得」に持っていく必要がある。
ここで,この「納得」に持って行くとき,「橋渡し方略」(Clelnen七,1987)
という手だてがある(高垣他,2005)。これは,学習者に親しみのある経験や知 識(アンカ・・一・・)を学習の出発点とし,最終的に獲得されるべき科学的概念(タ ーゲット)との間に存在するジャンプを橋渡しするために,両者のアナロジー
となり得る概念(ブリッジ)を媒介させる。このように中問的に橋渡しとなる 事例を子どもに示す方法は,一般的な考え,つまり概念獲得を行いやすくする
と考えられる。
また,概念を変容させる手だてとして,概念変容モデル(Hashweh,1986>が ある(高垣,2005)。これは,誤概念と科学的概念との間に生じる「認知的葛 藤」を解消するために,①暗黙のうちに使われている誤概念に直面させ,明白
に意識化させること,②誤概念は学習者の限定された経験に基づくものである が,科学的概念はより一般性を有していることに気付かせる,といった指導方 法である。図2.1に,概念変容モデルのイメージとその具体的な例を示す。
概念変容モデル 誤概念
概念変容モデル①
児童たちの誤概念やプリコンセプショ ンに直面させ,明白に意識化させる。
概念変容モデル②
誤概念やプリコンセプションに対して 科学的概念はより一般性を有している
こと存気付かせる.
例
概念の変容,獲得
〔溶けたものは消える:
」_」
r 、
nける現象を観察し,目に見
@えなくなる様子を観察する。
g ノ r 、⊥当
nけたものが消えないことを タ感させる実験や観察を行う。
j ノ
↓」,
、
@粒子の保存性の概念獲得、
図2.1 ,t谷モァルのイメージとその1
次に気づきについて整理した。気づきの動詞である「気づく」は,「それまで 気にとめていなかったところに注意が向いて、物事の存在や状態を知る」(デジ タル大辞泉)という意味で定義されている。これを概念変容や概念獲得の場面 で考えると,上述の認知的葛藤や「橋渡し方略」の過程において,必ず学習者 が気づきを示す場面がある。例えば,ある授業において真の科学的概念を獲得 する場面があるとする。ここで,学習者はなんらかの経験等から,科学的概念 に近い考えや誤概念を持ち込んで授業に参加する。授業者は概念獲得のための 手だてを施し,学習者は実験や観察,他者の意見と交わりながら授業が進む。
誤概念を持っていた学習者は当然自分の考えについて問違いないと思っている が,この場面において新しい概念及び自分の誤概念に注意が向く。これが概念 獲得時における「気づき」である。
また,こういつた気づきを尊重するための教師の行える支援として,ブルー ナーの「足場づくり」(bruner,1975)の考え方がある。具体的には教師による 子どもの意味の価値づけや意味づけ,表現の多様性の保証,確認や言い替え,
板書という行為等を意味する。さらには,子どもを新しい世界に誘うような考 え方の導入もそれらに含まれると考えることができる。「足場づくり」とは,子 どもの論理の必然性に基づく学習の場づくりであり,彼ら自身が学習を見通せ るように,適宜教師が与えなければならない。こうして,子どもたちは,適切 な足場を与えられることにより,彼ら自身の必然性に即した学習を一段階進め ることができるようになる。つまり,気づきを尊重することとは,子どもの行 動や言動,状況や認知の価値を見落とさずに価値づけることであると考える。
(3)協同的な学びによる概念変容
ここでは,相互教授(Palincsar&Brown,1984)について整理する。概念の
変容をもたらすためには,異なった見方を持つ他者から,自分のもつ概念が正 しいかどうかの評価やフィードバックを受けることが重要である。ここで相互 教授(reciprocal)とは,生徒どうし,あるいは生徒と教師が共通の課題を成
し遂げていくなかで,本来は個人内(=intermental)で行われる学習の方略を,
個人間(=intermental:生徒どうし/生徒と教師)の役割として明確化し,対話 による相互作用をとおして学習活動を進めていく教授法である(高垣,2005)。
上述した科学的概念の獲得は,個人におけるものを示した。ここでは,相互 間における科学的概念の獲得として,ヘレンコール(Herrenkhol rt al.,1999;
Herrenkoh1&Guerra,1998;Palincsar et al.,2000)らの報告によるものを 取り上げる。ヘレンコールらは,科学的な説明を協同構築していくための文化 的道具として,科学者が研究を進めていく過程で取るような①指導枠組み,② 教授方略,③参加構造を提示し,相互教授による議論を展開している。①の指 導枠組みについては,探索,調査,説明,報告のサイクルを繰り返すことであ り,現在の理科教育の授業構成にも多く取り入れられている。②の教授方略に ついては,小グループの議論の場において,科学的な説明を協同構築していく ために,予想の理論化,発見の要約,証拠と予想を取り入れるべきだとし,こ れは,小グループにおける学習活動における具体的な活動の仕方を示すもので ある。③の参加者の構造については,メンバーは役割を毎時間ローテーション を繰り返すものとし,その役割は,リーダー役,聞き手,レポーター役,記録 役,評価役があると示した。
これらのことから,相互教授によって子どもたちの相互作用を促す理科学習 を行う時,授業者が留意すべき点は,ただ単にグループ学習を行うだけでなく,
グループにおける個人や個人間の役割や責任を明確にすること,常にグループ での個人や個人間の学びを注視し,学びに対してグループ全体で積極的に取り 組めるように支援することが重要であると考える。
3「粒子の保存性」と小学校理科教材
ここでは、今回の実践で行う5年「ものの溶け方」で扱われる粒子概念及び 粒子の保存性について参考文献をもとに整理した。
(1)「粒子の保存性」の位置づけ
物質学習における粒子概念の位置づけとして,粒子概念の重要性の観点から 整理すると以下の3点があげられる(菊池ら,2008)。①科学知識としての重 要性が高い。②マクロな物質に関わる事象の科学的な説明・理解に不可欠であ る。③マクロの物質に関する学習内容(物質の分類,状態,性質,反応)を関連付 けることができる概念である。小学校段階で扱うべきとされる粒子概念の代表 的な内容を整理し表1にまとめた。表1に示すように,粒子概念の最初の段階
として「小さな粒」としての粒子概念がある。これは,物質の不連続性(粒子 性)に着目した段階として,粒子の種類を明確にしない「小さな粒」としての 取扱いを考えることができる。これらをもとに、様々なことを科学的に説明す ることができるようになる。①と②が小学校段階に取り扱うべき「粒子の保存
性」にあたる部分であり,これらを前提にして,物質の質量は粒子一個の粒数 と質量によって決まり,このことが理解されると質量保存の法則を一般化して 説明できる。また段階を追ってこれらの概念を積み上げていくことで,それ以 外の発展的な科学概念についても説明できるようになる。これらの概念を小学 校段階から一つ一つ押さえていくことが重要になる。
表2.2 粒子概念の段階化と内容
(菊池ら,「粒子概念の位置づけと物質学習カリキュラム」,2008を参考に作成)
段階 粒子概念 粒子に関する基本的事項
1 「小さな粒」とし ①物質は全て小さな粒で ②粒は消滅しない。また、粒の質量、
ての粒子概念 できている。 体積は変わらない。
③粒と粒の間は無の空間である。
④粒は互いに引き合う性質がある。
⑤粒は熱運動している。
(
次に,「粒子概念(粒子の保存)」に対する文部科学省の考えをまとめた。平 成20年小学校学習指導要領解説理科編の第2節理科の内容区分によると、A.
物質・エネルギ・一一・の内容区分に「エネルギー」や「粒子」を位置づけた。この A.物質・エネルギーの内容区分について,小スケールでの直接実験が可能で、
条件の設定が比較的容易であり,何度も人為的に再現性のある実験が行いやす い分野とし,この対象に対して,主体的,計画的に働きかけ,追究することに より科学的な考え方を養うことができるとしている。また「粒子」について内 容の系統性が図られているとし,粒子概念を段階的に身に着けていくことが重 要であると説明している。次項の図2.2に「粒子」の内容区分の系統性を示す。
図2.2から、今回実践で扱った「ものの溶け方」の単元において、既習事項 と直接関係があるのは、「小学校第3学年(1)物と重さ」の内容であり、本 実践においても系統性を重視する上で、復習を行いながら実践をすすめた。特 に、粒子の保存性という粒子概念の下位概念としての系統性が強く、特に関連 づけて指導を行うことが重要であるように考える。
概念 物質 ぐ■系統 ←関連
下位
T念
粒子の存在 粒子の結合 粒子の保存性
粒子のもつ Gネルギー
rω物と重さ
3 年 生
・物の形と重さ
カ物・禰と重さノ
︐
4 年 生 ω空気と水の性質・空気の圧縮による体積変u
サと圧し返すカ E水の圧縮と体積
「(1脳,水,空気と醸
@・金属,水,空気の温度と体 マの変化
@・金属,水,空気の温まり方 フ違い
@・水の温度のによる三態変化曳
7
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「(1)物の溶け方 、
@・物が水に溶ける量の限度
5 年 生
灘灘断水く ・物が水に溶けた時の重さ覧 ノ
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17
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L
「 (1撚焼の仕組み
@ ・植物体の燃焼と酸素、二酸化炭素
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6 年 生
77
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1
@ ω水溶液の性質L
「一■ V ・酸性、アルカリ性、
@・気体が溶けている水溶液 b鋸を変化させる水溶液
、
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@ .ノ
図2.2「粒子」内容区分の系統性(H20年学習指導要領解説理科編を参考に作
成)
(2)小学校理科での「粒子の保存性」の指導
ものの溶け方の学習において,水溶液について学ぶ場合に注意する点は,1,
溶質を水に溶かすと別の物に変化する,または溶かすと消えてなくなる,2,溶 質は、元の溶質と水を足した重さより軽くなるという誤解を児童がしゃすいと いう2点があげられる。
これらについて、「溶ける」とはどういう現象なのかを粒子のモデルを使って 学ぶことで誤解せずに理解できるようにしたい。図2.3に粒子のモデルによる
「溶ける」現象を示す。
獺
撒
十
n
溶ける 溶けてない
図2.3「溶ける」現象の粒子モデル
図2.3から「溶ける」とは溶媒と溶質が均一に混ざり合うことであり,「溶け る」現象の基本要素の一つである。
ここで逆に,溶けるとは水と溶かすものが混ざり合ったという現象と考える。
混ざり合っただけなので、別の物質へ変化はしないし、溶かした前後の重さの 変化はない。「溶ける=混ざる」という概念で考えれば直感的にこれらを理解さ せる事が出来る。また、水溶液とそうでないものの違いについても直感的に理 解できる。食塩が水に溶ける場合例にしてみると、食塩は目に見えない小さな 粒が集まって出来たもので、水に溶かすと集まっていた粒がバラバラになりな がら水と(均一に)混ざり合うと考えることができる。
水(溶媒)と溶質が均一に混ざり合っていると水溶液は透明になる。これは、
溶質が細かくなって非常に小さな粒子となって溶質と混ざり合う結果である。
これらを学ぶ例として食塩水、砂糖水を用いる場合が多い、また色がついてい ても透明であれば溶液であることを示す例としてコーヒーシュガーを溶質とし て用いる場合もある。水溶液は水と均一に混ざり合っているが,土や砂は水に 溶かそうとしても溶けずに沈殿する。これは、土や砂の粒子が水と均一に混ざ らないからである。これは「溶けない=混ざりあわない」ということを示して いる。加えて,粒子の大きさについて濾過の操作の学習において,濾紙を通過 するか否かを実験することで,これらを理解できるであろうと考える。
第皿章 子どもの気づきを尊重した理科の授業実践
小学校第5学年理科「ものの溶け方」の単元における授業を実践事例として,
「粒子の保存性」の概念獲得をねらいにし,その時の児童の認知過程について 検討した。
1 児童の実態
授業実践を行うにあたり,実施対象とした連携協力校の5年1組,2組の実 態を調査しまとめた。はじめに,子どもの理科への興味・関心の度合いを調べ るために,全国の子どもの実態と連携協力校(以下対象児童)の実態を比較し た。なお全国の子どもの実態は,国立教育研究所による『平成15年度小中学 校教育過程実施報告書』のデータを参考にし,対象児童の実態は,単元導入に 行ったプレアンケートのデータをもとにした。
(1)子どもの理科に関する興味・関心について全国と連携協力校との比較
まず,小学校第5学年の児童が「理科が好きであるかどうか」について,全 国と対象児童のデータを比較するために図3.1.1を作成した。
理科が好きである
60 50 40 30 20 10
o
(%) 全国 連携協力校
覆そうである
■どちからといえばそうである ロどちらかといえばそうでない 日そうでない
図3.1.1 「理科が好きであるか」について
(国立教育政策研究所「平成15年度小中学校教育過程実施状況調査」を参考 に作成)
図3.1.1から,対象児童においては「そうである」「どちらかといえばそうで ある」といった肯定的な回答が,全国においての値より上回った。また否定的 な回答については,対象児童は約1割だけであり,「そうでない」と回答した 児童については一人も回答がなかった。これらのことから,今回実践を行った 対象児童の理科に対する興味・関心は,全国的に見てもかなり高いと見ること
ができる。
次に小学校第5学年の理科の「理科は普段の生活で役に立つか」について,
全国と対象児童のデータを比較するために図3.1.2を作成した。
普段の生活で役に立つ
60 50 40 30 20 10
I ol (%)
全国 連携協力校
■そうである
■どちからといえばそうである 護どちらかといえばそうでない ロそうでない
図3.1.2 「普段の生活で役に立つか」について
(国立教育政策研究所「平成15年度小中学校教育過程実施状況調査」を参考 に作成)
図3.1.2から理科が普段の生活で役に立つと思っている児童の割合は,「そう である」「どちらかといえばそうである」の肯定的な回答について,対象児童の 割合は「そうである」が55.6%,「どちらかといえばそうである」が42%であ った。約9割が理科について生活に役に立つと回答し,全国の値を大きく上回 った。また,否定的な回答についても「どちらかといえばそうでない」「そうで ない」と回答した児童の割合はいずれも1.2%と低く,理科に対する肯定的な 回答が対象児童においては目立った,
次に小学校第五学年の理科の「理科の授業が分かる(自信がある)」につい て,全国と対象児童のデータを比較するために図3.1.3を作成した。
理科の授業が分かる(自信がある)
so 40 30
20
10
o鮒
全国 連携協力校
■そうである
匿どちからといえばそうである 臓どちらかといえばそうでない mそうでない
図3.1.3 「理科の授業が分かる(自信がある)」について
(国立教育政策研究所「平成15年度小中学校教育過程実施状況調査」を参考 に作成)
図3.1,3から理科の授業が分かる(自信がある)について,肯定的な回答を した割合は,全国においては71%,対象児童おいては56%と,対象児童は全 国と比べて理科の学習に対して自信がないことが分かった。また否定的な回答 に関して,全国においては,「どちらかといえばそうでない」が19.2%,「そう でない」が4.4%と「そうでない」と回答した児童は,全体の5%に満たず,全 国の第五学年の児童は理科に対して,自信を持っている傾向にあることが分か った。反面,連携協力校においては,否定的な回答が5割弱であり,その中で も理科の学習に対して,全く自信がないと感じている児童が全体の10%を占め,
理科に対して自信がないことが分かる。
二の.よ.う.に、_理避に.対.すゑ興賎∴.盟心にご2込て∴一粒象児童Ω傾血は2_タ壬豊で ある.や役に立ご2.と感.三二戴こ.蛋児童は,...全国に比岱よ」亘2.て.虹る,カΣ,..理科の堂習,
に対する自信は下回っており,特に全く自信がないと感じている児童が約1割
、を.占竺工お.り.L里五一を旗威.す.る一上で,.配慮上工込.≦.必.要.粧あ.る一二..と二分か2,た9_
理科璽適言に対.レ話好.き.と答え工h益の鑑五関ねら.ず.,苦.壬意識蚕あゑ二.と鮭λ.
危慢す.盈き.課題であ.り.λ_学習,Ω難易度馬上距2工黛.《,に.っ.れ.、...理科堂賢鑑対す、
る.学.習意欲カミ低≦.な.る,と.考.え.ら.れ.る。軌..亡ぶ意欲を維控」」.22、...分か.り.やす曳△授,
業を揖成す亙なji嬢こもλ_実験.や.観察を二二亟.り.入れ∴..体験.や経験か.6概念理解.
を.図」2.、...認識を深盈工■こ.:く授業Q一.擁成力玉望まえ』る..よ.う.に思う.Q...
(2)児童の第5学年理科「ものの溶け方」に関わる知識・理解について
ここでは,第5学年理科「ものの溶け方」に関する知識・理解の理解度につ いて整理した。全国的な調査データを用いて,対象児童のプレアンケートと比 較した。全国の調査データは平成17年に国立教育政策研究所が実施した特定 課題調査の結果を使用した。なお,特定課題調査は,「ものの溶け方」の授業後 の理解度の調査であり,プレアンケートは単元前に実施したものである。図 3.1.4に,特定課題調査において出題された設問を示す。
①食塩を水に溶かして,とかす前ととかした後の重さをくらべます。映像をみな がら実験を進めましょう。
(1)とかす前と比べて,とかした後の水よう液の重さはどうなると思いますか。
( )に入る言葉として,あなたの考えに近いものをアからエまでの中から1つ 選んで・その記号を?フ中に書きましょう・
とかした後の水よう液の重さは( O
ア 水の重さと同じになる
イ 食塩と水を合わせた重さより軽くなる ウ 食塩と水を合わせた重さと同じになる 工 食塩と水を合わせた重さより重くなる
図3.1.4「水に食塩を溶かした後の食塩水の質量」の設問
(国立教育政策研究所,平成17年特定課題調査から抜粋)
この設問は,平成20年度告示の学習指導要領5年理科の内容A(1)ウの「物 が水に溶けても,水と物とを合わせた重さは変わらないこと」について知識・
理解を問うものである(平成17年特定課題調査の時点では,平成10年告示学 習指導要領5年理科の内容B(1)のウである)。
図3.1.5に,その調査結果を示した。
物を溶かした時の水溶液の質量の設問の解答
70 60 50 40 30 20 10
︶
0%
︵■ア水の重さと同じになる
ロイ食塩と水を合わせた重さより 軽くなる
雛ウ食塩と水を合わせた重さと同 じになる
ロエ食塩と水を合わせた重さより 重くなる
図3.1.5「食塩を水に溶かした時の食塩水の質量を問う設問の解答」
(国立教育政策研究所,平成17年特定課題調査を参考に作成)
この結果に対して,国立教育政策研究所は,質量の保存の考え方が十分に定 着していないということを示している。この問題は,食塩が水に溶けて見えな くなっても,重さは水と食塩を合わせた重さと変わらないことを理解している かどうかをみる問題である。またその理由を記述させた結果において,アやイ を選択した理由については, 「食塩は溶けるとなくなることと同じだから」,
「食塩は,溶けて液体になると軽くなるから」などの記述が主であり,質量の 保存の考え方が十分に定着していないことが考えられる。また同様に,ウを選 択した理由については, 「食塩は溶けて見えなくなっても,水の中にあるので 重さは変わらない」, 「食塩は溶けても,なくなったわけではないから全体の 重さは変わらない」というようなものであった。これらの回答は,粒子の保存 性の概念について理解しているものであると考えられる。また,ウを選択した 者で,その理由が「100g+20g=120gだから」, 「水100gと食塩20gを合わ せると120gになるから」と回答した者については,食塩が溶けた後の水溶液 の重さについて適切な番号を選択できているが,単に問題を式への置き換え,
言葉への置き換えにとどまっている場合がある。これは「溶けて見えなくなっ ても,食塩自体がなくなったわけではないので,重さの総和は変わらない」と いうような具体的なイメージをもって理由付けをするまで至っていないといえ
る。
次に,対象児童の第5学年理科「ものの溶け方」に関する知識・理解の度合 いをプレアンケートの結果を用いて整理する。知識・理解に関するアンケート と同時に,ものを溶かした経験があるかについての設問を設定した結果を図
3.1.6に示す。
ものを溶かした経験がある
93%
万
鰐繍∵
■そうである100%
W0%
U0%
S0%
Q0%
紺・「罰華誓 口そうでない
馨淵・i−I!㌧,1亀艶出謹幽
7%
0% 願
図3.1.6「ものを溶かした経験がある」の回答
図3.1.6から,対象児童は,全体の93%がものを溶かした経験があると回答し,
ほとんどの児童がなんらかの形でものを溶かした経験があることが分かった。
残りの7%の児童は,溶かした経験がないと回答した。このことについては,
溶かすという行為がどのような行為であるかを理解できていないということも 考えられる。これらの児童について配慮しながら,ものを溶かす体験的な活動
も多く取り入れた授業構成を考える必要がある。
次に,図3.1.7に,「ものを溶かしたらそのもの自体は残っているか」の設問 についての回答結果を示す。
「ものを溶かしたらそのもの自体は残っている」
35 30 25 20 15 10 5 o
■そうである
■どちらかといえばそうである 1どちらかといえばそうでない 司そうでない
全体81名
(%)
図3.1.7「ものを溶かしたらそのもの自体は残っている」の回答
この設問はものを溶かした時に,水溶液中で微粒子になり,溶かしたそのも の自体は液中に存在しているかどうかを問う問題である。図の3.6から48%の
「児童は溶かしたものは町中に残っている」と回答した。その内の21%の児童 は自分の回答に自信を持っているが,27.2%の児童は「どちらかといえばそう である」と回答し,考えが確かでないことが分かる。また,51.9%の児童は「溶 かしたものは液中には残っていない」と回答した。そのうち21%の児童が「そ うでない」と回答し,液中に溶かしたものは残っていないという間違った概念 に自信を持っていた。「どちらかといえばそうである」「どちらかといえばそう でない」と回答した児童は過半数を超える58.1%であり,溶かした経験はある が,物が溶けることについて深く考えたことがないことが伺える。
次に,図3.1.8に,「ものを水に溶かすとものの重さの分だけ重さが増えるか」
についての回答結果を示す。
「ものを水に溶かすとものの重さの分だけ重さが増える」
35 30
25 20
15 10 5
︶
0%
︵■そうである
贋どちらかといえばそうである 曝どちらかといえばそうでない 図そうでない
全体81名
図3.1.8「ものを水に溶かすとものの重さの分だけ重さが増える」の回答 この設問は,もの(溶質)を水(溶媒)に溶かして水溶液にしたとき,溶質
の重さと溶媒の重さの和が水溶液の重さになるかを問う設問である。図3.8か ら,ものの重さの分だけ重さが増えると回答した児童は51.9%で,そのうち 21%の児童は自分の回答について自信を持っており,粒子の保存性の概念に同 等もしくは近い概念を持っていることが考えられる。また,ものの重さの分だ け重さは増えないと回答した児童は,48.2%であり,そのうちの21%の児童は 間違った概念に自信を持っていることが分かった。
次に,「ものを溶かしてもそのもの自体は残っている」の設問において,回 答パターンは4種類あるが,それらのうちいずれかを選んだ者が,「ものを水
に溶かすとものの重さの分だけ重さが増える」の設問についてどれを選択した かをまとめたグラフを図3.1.9に示す。
r 1
/ 13
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/ 覇
11
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8 14
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図3.1.9粒子の保存性の概念の知識・理解を測る設問の回答のクロス分析 図3.1.9において,「ものを溶かしてそのもの自体は消えない」の回答を,「そ
うである」は「残っている」,「どちらかといえばそうである」は「おそらく残 っている」,「どちらかといえばそうでない」は「おそらく残っていない」,「そ
うでない」は「残っていない」とする。また,「ものを溶かすと重さはその分だ け増える」の回答を,「そうである」は「増える」,「どちらかといえばそうであ る」は「おそらく増える」,「どちらかといえばそうでない」は「おそらく増え ない」,「そうでない」は「増えない」として扱った。
このようにして,2つの変数をクロス分析することで,単元開始前に児童が どの程度「粒子の保存性」の概念について,正しい考え方や間違った考え方を しているか,またはあいまいな考え方しか持つことができていないかどうかが
分かる。
図3.9からは,どちらの設問に対しても正しい概念を持てており,自信を持 って回答できているのは,8人であり,自信はそれほどないが,正しい回答が できている者を合わせると16人であった。反対に,どちらの設問に対しても 間違った概念を持っており,自信を持って回答している者は7人で,自信はそ れほどないが,間違った考え方を持っている者を加えると,35人であった。ま た,回答について論理立てて考えることができておらず,一方の回答は正しい がもう一方の回答が間違っている児童は30人であった。
全国的な知識・理解に関するテスト結果は,授業後に実施したものであり,
対象児童と比較することはできないが,この結果から「粒子の保存性」の概念 は,授業終了後であっても6割程度しか達成されていないことが分かった。
また対象児童へのアンケート調査結果を分析すると,ものを溶かした経験が あるが,粒子の保存性の概念について,正しい考え方ができているのは,全体 の約2割であり,全く間違った考えを持っている児童は,5割弱にも至った。
これらの結果から,こういつた誤概念をどのように正しい概念へと変容させて
いくかの方法についてより計画的に指導方法や指導計画を練る必要があった。
そのためにも,概念変容モデルや,橋渡し方略において段階的に現象を考えさ せることや,相互教授により様々な意見や考えと触れ合わせることが必要であ ると考えた。
2 指導計画
指導を進めるにあたっては,プレアンケV一一一Lトの結果をもとに粒子の保存性の 概念獲得のための単元構想と単元指導計画を考えた。プレアンケートの結果に おいて,ものを溶かす経験をほとんどの子どもたちがしてきているのにも関わ らず,溶けることについてしっかりと考えたことがなく,ものが溶けることに 関して誤概念を持っている児童が多いことが分かった。また理科の学習に自信 のない児童が多くいることも構想を練る上での参考にした。溶けることについ て知識・理解が乏しいことや溶けることについての誤概念とは,溶けたものは 無くなるといった考えや,ものを溶かしても重さが加算されないといった粒子 の保存性の概念とは全く逆の考えである。そこで本単元ではそういった誤概念 を逆手にとり,ものの溶ける現象について科学的に見ていけるような単元構想 のもと指導計画をたてた。子どもたちの中にある,溶けたものがなくなる等の 誤概念を,「粒子の保存性」の概念や溶ける性質について段階的に学習し,身近 で気にも留めてこなかったことを科学的にみることで,概念獲得とともに,も のを科学的に見る力や自然現象について興味をもってもらうことを目的とした。
図3.2.1に粒子の保存性の概念獲得のための指導方法を,図3.2.2に粒子の 保存性の概念獲得のための単元構想を,表3.2.1に単元指導計画を示した。
図32.1の指導方法で単元を進めた。指導方法として,2時と4時において,
概念変容モデルの①にあたる「児童たちの持つ誤概念に直面させる」ことを意 識した。また,5時,6時,7時において概念変容モデルの②にあたる「個人の 経験に基づく誤概念よりも,科学的概念の方が一般性を有していることに気付 かせる」ことを意識した。
単元構想は,導入である第1時「溶けるってなあに?」において,まず何種 類かのものを水に入れ,溶けることに興味が持てるようにした。
第2時では,大きい容器内で食塩が溶ける様子を観察し,溶ける現象につい て意識的に観察できるように,スケッチする活動を行った。ここでは,概念変 容モデルの①に基づき,溶けたものが目に見えなくなる様子を視覚的に見るこ とができる実験を行った。「溶けたものが消えるのではないか」という自分の考 えを確認させる手だてを行った。
第1次のはじめに,児童たちに「溶けたもののゆくえ」について考えさせ,
疑問を持たせた。第3時「溶けているのはどっち」においては,溶けたものと 溶けていないものを観察することで,「溶ける」ということが,透明になること
をつかめるようにした。
第4時「溶けていないものを取り出そう」においては,濾過の操作の技能を 習得させることをねらいとした。加えて,概念変容モデルの①に基づき,水溶 液が濾紙を通過することを観察することで,溶けたものが本当に無くなってし まったのではないかという疑問を強く持たせることができるようにした。
第5時「色のついたものを溶かすと」においては,色のついたコーヒーシュ ガーを水に溶かして観察させた。ここで,溶けたものが溶液全体に均等に拡散 することや,粒としては見えないがコ・・一一ヒーシュガーの色が水溶液についたこ
とを確認できるようにした。また,均等に拡散したコーヒーシュガーが水溶液 中にどのように存在しているかについて,児童のイメージをスケッチする時間 を設定した。このとき,コーヒーシュガーや水を粒に見立てて考えることがで きるように支援した。ここで,概念変容モデル②に基づいて,「溶けて消える」
という誤概念に対して「粒子の保存性」の概念の方が一般性を有していること を気付けるようにした。加えて,ものを溶かした水溶液を長時間静置しておい ても,下にたまらず,均等に拡散していること検証するために,ペットボトル にコーヒーシュガーが溶けた水溶液を入れ静置し,後日確認する実験を同時に
行った。
第6時の「溶けたものの重さは?」においては,プレアンケートでも設問と して取り上げた「溶けたものが重さを保存するのか」について自分の考えを持 たせ予想させた。ここでは指導方法として「橋渡し方略」を取り入れて授業を 展開した。アンカーとして第4学年理科「ものと重さ」の内容である「水に溶 けないものが,水の中に沈んでいる時,重さは保存すること」を実験において 復習させた。そして次に,ブリッジとして「水に溶けないものが,水の中に浮 かんでいる時も重さは保存すること」を実験において現象に向き合わせた。そ して,ここで,再度「溶けたものが重さを保存するのか」を発問し,考えの変 容について自分の意見をまとめさせた。そして最後にゴールとして「水に溶け たものも,重さを保存すること」を実験において検証させた。ここでも,概念 変容モデル②に基づいて「溶けたものの重さは,溶けたものが消えるため溶け たものの重さは増えない」といった誤概念に対して「粒子の保存性」の概念の 方が一般性を有していることに気付けるようにした。
第7時の「溶けたものを取り出すことができる?」においては,指導方法と して,相互教授及び協同的な学習の形態を取り入れて授業を行った。まず,溶 けたものを取り出すことができるかについて,できるかできないかを,その理 由についても考えさせ発表させた。そこで,児童たちが他者の意見を聞いて,
実験を成功させる方法を真剣に考えることができるように,実験計画から実験,
実験の片づけまでを全て児童に任せることを伝えた。この一連のプロセスをグ ループによって行わせ,他者との関わりの中で,粒子の保存性の概念や科学的 に見通しを持って検証する過程を児童に体験させるねらいで行った。ここにお いても,概念変容モデルの②に基づいて,「溶けたものは,消えているから取り 出すことはできない」といった誤概念に対して「粒子の保存性」の概念の方が 一般性を有していることに気付けるようにした。
第2次では,「いくらでも溶けるの?」において,溶けたものが水の中にあ ることを前提にして,溶ける量には限界があることを検証させた。また「もっ とたくさん溶かすには?」において,溶ける量の限界は,温度や水の量が関係 していくことを,児童たちの考える方法によって検証させた。
第3次では,「溶けるものは取り出すことができる?part2」において,第2 時で学習した内容である温度による溶解度の変化の知識を用いて,溶解度差に おける再結晶の方法を用いて溶けたものを取り出す活動を行った。また,それ