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単純遮断下に手術を行った胸腹部大動脈瘤の2例

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単純遮断下に手術を行った胸腹部大動脈瘤の2例

倉田 悟l   豊田 秀二1   金沢 守1 本郷 碩l   中安 清1   江里 健輔2

要  旨:68歳,女性のCrawford分類I型および72歳,男性のIII型胸腹部大動脈瘤各1 例に対し単純遮断下に瘤切除兼人工血管置換術を行った.使用した人工血管はBARD

-USCI社製のRing graftで,I型にφ26mmとφ28mmのRing graftを合成したものを用い, III型にφ24mmのものを用いた.大動脈遮断時間はI型で8分,m型で8分50秒であっ た.術後合併症は認められず,術後I型で43日目, III型で23日目に退院し,術後それぞ れ6ヵ月,1年8ヵ月健在である.  Ring graftを用いた単純遮断下の胸腹部大動脈瘤手術は試みられるべき一手術法である. (日血外会誌2 : 411-417, 1993) 索引用語:胸腹部大動脈瘤,単純遮断, Ring graft, 対麻痺,補助手段       はじめに  胸腹部大動脈瘤は比較的まれな疾患とされていたが, 近年増加傾向にある.本症の手術は開胸,開腹を必要 とするため動脈瘤への到達法,あるいは脊髄,内臓な どの重要臓器を虚血から保護するため,いかなる補助 手段が最も有用であるかなど動脈瘤の中で最もむずか しい手術の1つである.  補助手段には,一時的バイパス法,体外循環法,左 心バイパス法,あるいは単純遮断法などがあるが,動 脈瘤の部位,患者の年齢,合併症などにより,いかな る補助手段が最も有用であるのか議論の多いところで ある.  われわれはCrawford分類l)I型とm型の各1例を I 山口県立中央病院外科(Tel : 0835-22-441 1) 〒747 防府市大字大崎77 2 山口大学医学部第1外科(Tel : 0836-22-2260) 〒155 宇部市小串1144 受付:1993年2月5日 受理:1993年4月16日

単純遮断下に人工血管置換術を施行し良好な結果を得

たので若干の検討を加え報告する.

      症  例  症例1 68歳,女性.  主 訴:咳瞰,左胸痛.  既往歴,家族歴:特記すべきことなし.  現病歴:1991年12月初め咳瞰,左胸痛を認め某医 を受診した.胸部X線にて左肺野の異常陰影を指摘さ れ当院を紹介された.  入院時所見:身長154cm,体重71kg,栄養良好で血 圧100/60mmng,脈拍78/分,整で呼吸音は左肺で減弱 していた.腹部は肥満による膨隆を認めたが,拍動性 腫瘤はなかった.一般血液検査は正常であった.胸部 X線検査で左肺野に巨大な腫瘤陰影を認めた(図 IA).CTおよびMRI検査で胸部下行大動脈の大部分 と上腹部大動脈に最大径10cmの動脈瘤を認めた(図 2).大動脈造影では,左鎖骨下動脈分岐部より末梢6cm の部より腹腔動脈分岐部直上に至る胸腹部大動脈瘤を 認めた(図3A).

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412         図1 胸部X線所見 A:術前.左肺野に巨大な腫瘍陰影を認める. B:術後.瘤は消失し,左‐弓にRingを認める(矢   印).  以上よりCrawford分類I型の胸腹部大動脈瘤と診 断し手術を行った.  手術所見:患者を左半側臥位としStoneyら2)の spiralopening法で第5肋間で開胸し,下方は横隔膜を 切離し後腹膜外到達法で動脈瘤に達した.広い視野を 得るため第5,6肋骨を肋骨角部で離断した.瘤と肺と の癒着を剥離し瘤全体を直視下とした(図4).手術は 単純遮断下にRing graftを移植することとした. Graft はBARD-USCI社製Ringgraftφ28mmとφ26mmを 合成した長さ22cmのものを使用し(図5),麻酔は PGE,点滴による低血圧麻酔(収縮期血圧80mmHg)と した.大動脈を左鎖骨下動脈分岐部直下と腹腔動脈直 上で単純遮断した後,中枢側は左鎖骨下動脈分岐部よ 日血外会誌 2巻3号   図2 胸部CT検査所見 最大径10cmの動脈瘤を認める. り4cm末梢部でφ26mmのRing graft を縫着した.末 梢側は腹腔動脈分岐部より2cm中枢部でφ28mmの Ring graftを挿入縫着した. Ring挿入部は上下とも Dacron meshで被覆した後Dacron tapeで固定した. 逆流の著明であった肋間動脈を1本,φ6mmの

Cooley double velour graft を用い再建した(図6).大

動脈遮断時間は8分であった.遮断前後のsomatosen-sory evoked potential(SEP)は遮断後5分で波形が消 失したが遮断解除後10分で元に復した.  術後経過:術後経過は良好で,対麻庫,腎障害など は発生しなかった.術後30日目の大動脈造影でRing は上下とも脱落,血栓形成などの異常はなかった (図3B).患者は術後42日目軽快退院した.術後6ヵ 月後の胸部X線像に著変なく(図IB),術後7ヵ月健 在である.  症例2 72歳,男性.  主 訴:背部痛.  既往歴,家族歴:特記すべきことなし.  現病歴:1990年12月頃よりときどき背部痛があり 1991年1月当院内科受診.胸部X線にて異常陰影を 指摘され当科を紹介された.  入院時所見:身長159cm,体重60kg,栄養良好で, 血圧130/70mmHg,脈拍60/分,整であった.胸部では 呼吸音に左右差なく,腹部では拍動性腫瘤を触知しな かった.一般血液検査は正常であった.胸部X線検査

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1993年8月

倉田ほか:単純遮断による胸腹部大動脈瘤の手術

      図3 大動脈造影所見 A:術前.腹腔動脈分岐部直上まで及ぶ胸腹部大動脈瘤を認める. B:術後. Ringは上下とも脱落,血栓形成などの異常は認めない. で下行大動脈下端の拡大を認めた.胸腹部CT検査所  た(図8). 見で,横隔膜近傍に最大径5×7cm大の嚢状動脈瘤を 認めた(図7A).大動脈造影ではThloの高さ以下の下 行大動脈から横隔膜下5cmの腹部大動脈に瘤を認め          図4 手術所見 巨大な胸腹部大動脈瘤を認める(上:頭側,下:腹側). 413  以上よりCrawford分類III型の胸腹部大動脈瘤と 診断し手術を行った.  手術所見:患者を左半側臥位としStoneyらのspi-ral opening 法に準じ第8肋間で開胸し肋骨弓,横隔膜 を切離して後腹膜に達した.動脈瘤は横隔膜を中心に 上下に発達した5×7cm大の嚢状動脈瘤であり,大動 脈径は瘤より中枢側で2.7cm,末梢側で2.5cm大であ った(図9).手術は補助手段を用いることなく単純遮 断下に瘤切除を行いBARD-USCI社製Ring graft, − ■一 −f ii !i 八ヽ¥゛ ` Ki ‘ 4 芯 図5 使用した人工血管(φ28mniとφ26mmのRing   graftを合成)

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414       図6 術中写真 移植した枝つき(矢印) Ring graft を示す.        図8 大動脈造影所見 Thloの高さ以下の下行大動脈から横隔膜下5cmまでの 腹部大動脈に瘤を認める. 日血外会誌 2巻3号 A:術前胸腹部CT検査所見.横隔膜近傍に5×7cm大の   嚢状動脈瘤を認める. B:術後MRI検査所見. Ring部に血栓などの異常は認   められない.       図7

φ24mmを移植した.

Ring付着部はDacron

mesh で大

動脈を被覆した後Dacron tapeで結紫固定した.大動

脈遮断時間は8分50秒,出血量は350m/であった.

 術後経過:術後経過は良好で対麻輝,腎障害などの

合併症は認められなかった.術後20日目の胸・腹部

CT検査でRing部に血栓形成,仮性動脈瘤などは認め

られなかった.患者は術後23日目に軽快退院した.術

後1年8ヵ月目のMRI検査でRing部に著変は認め

られなかった(図7B).

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1993年8月 倉田ほか:単純遮断による胸腹部大動脈瘤の手術          図9 手術所見 横隔膜を中心に上下に発育した嚢状動脈瘤を認める(矢 印).       考  察  胸腹部大動脈瘤の頻度は他の部位の動脈瘤に比し少 ない.著者が過去9年間に手術を行った全動脈瘤100 例中,本症は2例(2%)であった.欧米では本症に対 する多数の手術例が報告されている3-5)本邦でも高齢 化社会が進み動脈硬化性病変が増加するにつれて本症 はますます多くなってくるものと思われる.  本症は下行大動脈から腎動脈分岐部末梢の腹部大動 脈まで広い領域の真性,解離性などの動脈瘤が含まれ るが,未だ分類は確立されていない.一般に広く用い られている本症の分類はCrawford分類であるが,彼 の分類も二転三転して必ずしも統一されていないのが 現状である.現在Crawfordは本症を4つの型に分類 している.すなわち,I型は胸部下行大動脈の大部分に 上腹部大動脈を含むもの,II型は胸部下行大動脈から 腹部大動脈のほぽ全域のもの,ni型は下行大動脈中央 部以下から種々の範囲の腹部大動脈を含むもの,IV型 は分枝を含む腹部大動脈の大部分を含むものである.  今回われわれはCrawford分類I型とm型の各1 例を経験した.いずれも腹部大動脈分枝を再建する必 要がなかったため単純遮断下に手術を施行した.しか し本症を手術する際には一般的に何らかの補助手段が 必要である.これは大動脈遮断により術後腎機能障害 415 や対麻舜が惹起されやすいためである.補助手段には,  ̄時的バイパス法6),人工心肺を用いた体外循環法7), Biopumpを用いた左心バイパス法8)などがあるが,最 近ではBiopumpが好んで使用されている.上記のごと く何らかの補助手段の使用は安全かつ有用であること に議論の余地はないが,大動脈遮断が短時間であれば 補助手段を用いない単純遮断でも問題は少ない.実際 Hamerlijnck^^, Kayら10)の報告のごとく約30分以内 の大動脈遮断であればまず腎不全,対麻犀などの合併 症は発生していない.われわれは胸部下行大動脈瘤3 例と本症の2例を加えた5例に大動脈単純遮断による 瘤切除を行ったが,遮断時間は8分から17分,平均11 分であり合併症は1例も認められなかった.  今回の手術に際し使用した人工血管はBARD-USCI社のIntraluminal graftである.これは解離性大 動脈瘤,特に急性期の症例に対し使用される人工血管 である. Ring graftは人工血管と大動脈吻合を縫合せ ず,大動脈内に人工血管のRing部を挿入し,大動脈外 壁よりRing付着部をテープで結紫固定するだけでよ く手術手技はきわめて簡単となり大動脈遮断時間の短 縮,吻合部出血の減少を可能にすることができ,従来 のいかなる吻合法よりすぐれた方法といえる11)しか しRing挿入部の大動脈はテープで結紫されるため, 大動脈壁断裂が生じることが報告されている.また Ring挿入に伴う血栓形成などの可能性が考えられ る12)そこで著者らは大動脈断裂による仮性動脈瘤を 予防するためDacron meshで大動脈壁を補強してか らtapeを結紫している. 1986年9月よりRing graftを 胸部大動脈瘤3例,胸腹部大動脈瘤2例(今回の報告 例),腹部大動脈瘤23例の計28例に使用してきたが, 大動脈壁の断裂による仮性動脈瘤, Ringの脱落, Ring 付着部の血栓形成は最長6年の追跡期間中1例も認め ていない13)  Ring graftは大動脈遮断時間を著明に短縮せしめ, 単純遮断下での手術を安全かつ容易に施行することが できるため, high risk症例,超高齢者,分枝再建を必 要としないI型あるいはIII型胸腹部大動脈瘤の外科 的治療の一方法である.しかしRing挿入部の長期に わたる厳重な観察が必要であろう.       まとめ  Crawford分類I型およびm型胸腹部大動脈瘤に対 81

(6)

416 し, Ring graftを用い単純遮断下に瘤切除兼人工血管 置換術を行った.いずれも術後合併症なく軽快退院し た. Ring graftを用いた単純遮断による胸腹部大動脈 瘤手術は試みられるべき一方法である.       文  献

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1993年8月 倉田ほか:単純遮断による胸腹部大動脈瘤の手術

         Abstract

Two Cases of Thoracoabdominal

Aortic Aneurysms

Treated Surgically with a Simple Aortic Cross Clamp

Satoru Kurata1, Shuji Toyota1, Mamoru

Kanazawa1,

Hiroshi Hongo1, Kiyoshi Nakayasu1 and Kensuke Esato2

1 2

Department of Surgery, Yamaguchi Central Hospital

FirstDepartment of Surgery, Yamaguchi University School of Medicine

417

Key words : Thoracoabdominal aorticaneurysm, Simple aorticcross clamp, Ring graft,Paraplegia,Adjuncts

The patients were a 68 year-old female with a Crawford type I and a 72-year-old male with a type III thoracoabdominal aortic aneurysm in whom aneurysmectomy and vascular replacement using a simple aortic cross clamp were performed. The prosthetic graft was a ring graft made by BARD-USCI. In the type I case, a <£26mm and c£28mm composite ring graft was used, while in the type III case, a 024mm ring graft

was applied. The aortic clamping time was 8 minutes in the type I case and 8 minutes and 50 seconds in the type III case. No postoperative complications developed. The type I case was discharged 43 days after the operation and the type III case after 23 days. Both patients are leading healthy lives 6 months and 20 months after surgery, respectively.

Operations using a simple aortic cross clamp and ring graft are one type of surgery which should be used in cases of thoracoabdominal aortic aneurysms. (Jpn. J. Vase. Surg., 2: 411-417, 1993)

参照

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