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南アジア研究 第29号 011書評・黒崎 卓「川満直樹『パキスタン財閥のファミリービジネス―後発国における工業化の発展動力―』」

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(1)南アジア研究第29号(2017年). 書評. 川満直樹『パキスタン財閥のファミリービジネ ス 後発国における工業化の発展動力 』 京都:ミネルヴァ書房、2017年、304ページ、4000円+税、ISBN 978-4-623-07856-1. 黒崎 卓 パキスタンの経済発展に関し、財閥に焦点を当てた貴重な研究成果が 公刊された。パキスタンは1947年にインドと分離独立し、当初は東パキ スタンと西パキスタンからなる両翼国家であったが、製造業・金融業企 業の多くが分離独立によってインドに帰属したため、経済的に多くの困 難を抱えてのスタートとなった。しかし1960年代には、アユーブ・ハー ン軍人政権の下で急激な工業化と経済成長を成し遂げた。これを担った のが民間部門の企業家、とりわけ財閥であった。とはいえ財閥への富の 急激な集中と、東西パキスタンの経済格差の拡大は、1971年にバングラ デシュの独立と、それに続く主要企業国有化につながった。1980年代以 降は、再び民間部門推進の経済政策に戻り、新たな財閥も多数誕生した。 21世紀に入り、治安悪化や政治の不安定、電力不足などの問題を抱えて パキスタン経済の成長率は鈍化しているが、20世紀を通じて着実な成長 を示したことは特筆に値する[Kurosaki 2017:107-110] 。 しかし、この経済発展過程において財閥がどのような役割を果たし、 財閥が実際にどのように経営を行ってきたのかに関する実証研究は限ら れている。コチャネクによる古典的な研究書[Kochanek 1983]や山中一 郎による一連の論文は1980年代までしかカバーしておらず、その後の研 究成果は、英語・日本語とも断片的なものばかりである。その最大の理 由は、データ収集の困難さである。外部者に経営の詳細を明らかにしな いのがほとんどの財閥である上に、パキスタンの財閥傘下企業の多くが 非上場株式会社であるために、株式市場を通じて公開される情報も限ら れている。 他方、パキスタン経済は、インドと植民地経験を共有し、独立後の経 済諸制度も似通っているために、インド経済と比較することは、異なる 政治体制が生み出す長期的なインパクトを明らかにすることにつながる [Kurosaki 2017:7-10] 。したがって、研究蓄積が豊富なインドの財閥と比 較すべく、パキスタン財閥の詳細を明らかにすることは、付加価値の大 204.

(2) 書評. 川満直樹『パキスタン財閥のファミリービジネス. 後発国における工業化の発展動力. 』. きな研究課題となる。加えてパキスタンでは、1970年代末以降、経済の イスラーム化がうたわれるようになり、現在でもイスラーム金融がある 程度浸透している。このことは、イスラーム圏における後発工業化の過 程を明らかにする意義も、パキスタン財閥研究にあることを意味してい る。 本書は、これらの課題に応えるべく、筆者による詳細なケーススタ ディーに基づいて、パキスタン経済を支える財閥のファミリービジネス としての特徴を明らかにしたものである。著者は、現地でのフィールド ワークでの聞き取りにより正確な家系図を作成した上で、主要企業の年 次報告書を系統だって収集し、分析している。これらの資料的価値は非 常に高い。 本書の構成を説明しておこう。まず序章にて、本書の意義と課題が既 存研究との関係の中で丁寧に説明される。第2章から第7章が個別財閥 のケーススタディーである。取り上げられるのは、ハビーブ、アーダム ジー、ダーウード、アトラス、ビボージー、ラークサンの6財閥だが、パ キスタンを代表するトップの財閥であるだけでなく、時期区分と出自と いう点でパキスタン財閥の重要な特徴が網羅されるように配慮されてい る。時期区分としては、独立運動にも関連した財閥の第1形成期(194050年代)を代表するのがハビーブとアーダムジーとダーウード、アユー ブ軍政期に伸長した第2形成期(1960年代)を代表するのがアトラスと ビボージー、そして国有化ショック後の第3形成期(1980年代以降)を ラークサンの事例で扱っている。出自に関しては、メーモン、ホージャ、 ボホラ、パンジャービーといったコミュニティでの対比と、分離独立時 にパキスタン外から移民した者(ムハージル)なのか非移民の企業家な のかという対比が6財閥のケースに含まれている。 第8章では、以上6財閥のうち、年次報告書がほとんど得られない アーダムジーを除く5財閥について、財閥傘下企業と個々の財閥一族員 の関係や、株主タイプ別の株式所有比率の変遷をシステマティックに分 析した章である。この結果、参加企業の取締役会の半数前後を財閥一族 員が占める構造に変化はないものの、 「プライベート・カンパニー」と 呼ばれる一種の持ち株会社の役割が近年になって上昇していること、取 締役に就く一族員の教育水準が近年急激に上昇し、英米の大学・大学院 卒が多数派になっていることなどの興味深い変化が明らかになった。終 205.

(3) 南アジア研究第29号(2017年). 章は、以上を総括した上で今後の研究課題をまとめている。 本書に含まれる財閥のケーススタディーは、個別論文として既に公刊 されたものに基づいている。それらを評者が読んだ際には、本著者によ るケーススタディーが単なる事例研究にとどまり、パキスタン経済論あ るいは途上国企業研究として物足りないと感じていた。しかしその不満 は、本書によってほぼ解決された。ムスリムの中でも少数派、あるいは 移民といった一種の外部者性が財閥の成功につながったことや、各々の 政権の傾向に対応して財閥と政治との連関が時代を追って変化したこと といったファインディングを通じて、パキスタン経済のダイナミックス が生き生きと語られているのが本書であり、そのような特色はインドや 他の途上国と比べても興味深い。財閥研究として、インド研究に匹敵す るパキスタン研究が現われたことを喜びたい。また、本書は、南アジア 現代史という観点、すなわち分離独立前後の企業家の動向に関する研究 成果としても重要であり、より広い関心を日本南アジア学会員に持たせ る興味深い内容が多く含まれることも強調したい。 本書に難を上げるとすれば、ケーススタディーの対象となった6財閥 以外についての情報が少ないことが挙げられる。ナワーズ・シャリーフ 元首相(任期1990-93、1997-99、2013-17)はパキスタン初の財閥一族出 身の首相だが、彼のイッテファーク財閥など、新興財閥の興味深い例は 数多く存在する。また、株式所有に関する定量的な指標は、インドや他 の途上国の財閥との比較も可能だったように思われるが、本書では試み られていない。さらには、 「イスラーム(系) 」と「ムスリム(系) 」 、およ びイスラーム関連用語の使い方に一貫性がなく、不正確・不適切な用法 がいくつか見られる。 とはいえこれらの難点は本書の価値に比べればマイナーなものである。 著者によるパキスタン財閥研究のさらなる進展に期待したい。. 参照文献 Kochanek, Stanley A., 1983, Interest Groups and Development: Business and Politics in Pakistan, Karachi: Oxford University Press. Kurosaki, Takashi, 2017, Comparative Economic Development in India, Pakistan, and Bangladesh: Agriculture in the 20th Century, Tokyo: Maruzen Publishers. くろさき たかし ●一橋大学. 206.

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