【緒 言】
膀胱損傷は婦人科手術において最も注意すべき 合併症の1つである。今回我々は全腹腔鏡下子宮 全 摘 出 術(Total Laparoscopic Hysterectomy: 以下TLH)の術後に遅発性の膀胱損傷を生じ、 偽性腎不全を呈した1例を経験した。偽性腎不全 (Pseudo-renal failure)とは腹膜からの尿の再吸 収による見かけ上の急性腎不全であり、膀胱損傷 の発見のための手掛かりとして重要であると考え られたため、若干の文献的考察を含めて報告する。 なお、本症例報告の投稿にあたり患者本人より同 意を得た。 【症 例】 年齢:52歳 妊娠分娩歴:0妊0産 月経歴:初経年齢12歳、月経周期28日、過多月経 あり 既往歴・手術歴:特記すべき事項なし 身長・体重:身長161㎝、体重49.0㎏、BMI 18.9 主訴:過多月経 2020 December 日産婦内視鏡学会 第36巻第2号
症例報告
Case of pseudo-renal failure with delayed bladder injury after
total laparoscopic hysterectomy
Takeshi Goto, Tsutomu Takaki, Amane Mitake, Tomofumi Matsuoka, Yoshiki Sakamoto
Department of Obstetrics and Gynecology, Mimihara General Hospital Abstract
Pseudo-renal failure is a rare condition with laboratory abnormalities mimicking acute kidney injury despite normal kidney function. When upper or lower urinary tract injury causes intraperitoneal urine leakage, reverse intraperitoneal urine dialysis leads to elevated levels of blood urea nitrogen and creatinine, hyperkalemia, and metabolic acidosis. We report a case of pseudo-renal failure with delayed bladder injury after total laparoscopic hysterectomy (TLH). A 52-year-old woman visited our hospital for treatment of multiple uterine myoma, for whom TLH was performed. After surgery, she had no urination desire and was made to urinate using urethral catheters as appropriate. After 3 days of surgery, laboratory findings showed elevated serum creatinine level. A urethral catheter was indwelled, the creatinine level improved. However, the creatinine level increased again after removal of the urethral catheter. Abdominal computed tomography (CT) showed presence of several ascites and cystoscopy showed a perforated bladder. After 6 days, bladder repair surgery was performed.
Bladder injury is one of the complications to be avoided in TLH. If the uterus is large, the surgery is more difficult and the risk of bladder injury is higher. In this case, uterus was large and there was an anatomical change due to a broad ligament myoma. The bladder injury occurred when the bladder was detached from the lower uterine segment. In general, cystoscopy and CT cystography are useful for identifying bladder injury due to pelvic surgery. This case suggests that pseudo-renal failure is an indication of bladder injury after pelvic surgery.
Key words: total laparoscopic hysterectomy, bladder injury, pseudo-renal failure
全腹腔鏡下子宮全摘出術後に遅発性の膀胱損傷を生じ
偽性腎不全を呈した1例
耳原総合病院 産婦人科
現病歴:多発子宮筋腫による過多月経および腹部 膨満感のため、他院より手術目的に当科へ紹介と なった。 初診時所見:帯下は白色で異常なく、内診で超新 生児頭大の子宮を触知、可動性はやや不良で、圧 痛を認めなかった。経腹超音波断層法とMRI検査 で、子宮体部筋層内や漿膜下に85mmまでの腫瘤 が多発しており、子宮筋腫の診断となった(図1)。 血液検査所見:WBC 5700 /μL、Hb 12.9 g/dL、 Plt 24.5 万/μL、LDH 270 IU/L その他の生化学、凝固検査は異常を認めなかった。 CA125 15 U/ml、CA19-9 11.5 U/mlは基準範囲 内であった。 子宮腟部細胞診:クラスⅡ(NILM) 以上より多発子宮筋腫の診断で手術適応と判断 し、十分に説明した上でTLHの方針となった。 術前にリュープロレリン酢酸塩による偽閉経療法 を3回行なったが、筋腫の有意な縮小は認められ なかった。 術中所見:術式はTLHおよび両側卵管切除術を 施行し、手術時間は4時間55分、出血量は100ml、 摘出標本は1411g(子宮および卵管)であった。 トロッカーは臍部に12mm、左右の下腹部および 下腹部正中に各々5mm、計4本をダイヤモンド 法で配置した。腹腔内を観察するに、腹水は少量 で、子宮および付属器周囲に癒着を認めなかった。 子宮は多発筋腫で超新生児頭大であった。子宮に は子宮頚部カップ無しのマニピュレーターを留置 した。円靭帯、卵巣固有靭帯、仙骨子宮靭帯など の靭帯組織の切断にはENSEAL®を使用した。腹 膜の切開や剥離操作にはPROBE PLUSⅡ®(モノ ポーラ電極付吸引注水管)を使用した。膀胱の辺 縁の同定が困難であったため、膀胱の子宮頸部か らの剥離操作は、子宮の可動性が確保されてから 行うこととした。広間膜後葉に沿って子宮側方の 結合組織を剥離し、尿管のおおよその走行を確認 した。子宮動脈上行枝を内子宮口の高さで凝固切 断した。子宮動脈本幹と尿管の剖出、および子宮 動脈本幹での結紮処理は行わなかった。子宮の可 動性の改善後、子宮を可能な限り押し上げた状態 で膀胱の剥離を行った。子宮および卵管は臍部の トロッカー創を約4cmに延長切開した上で、子 宮および卵管を細切しながら体外に回収した。腟 断端は2-0バイクリルで2層連続縫合を行った。 手術終了前に膀胱内に20%ブドウ糖液を50ml注入 し、膀胱鏡検査で明らかな膀胱壁の損傷が無いこ とと、両側の尿管口から尿の流出があること確認 した。 病理組織学的所見:組織学的に平滑筋の増殖を認 め、子宮平滑筋腫の診断であった。悪性所見は認 めなかった。 図1 (MRI T2強調像 脂肪抑制 矢状断):子宮体部筋層内や漿 膜下に85mmまでの腫瘤が多発しており、多発子宮筋腫と診 断した。 表1 術後のクレアチニン(Cre)、BUN、Kの推移 POD:postoperativeday、UC:尿道留置カテーテル
術後経過:手術翌日に尿道留置カテーテルを抜去 したが自尿を認めなかった。硬膜外麻酔による尿 閉と考え、硬膜外麻酔を中止した上で間欠的導尿 を行いながら経過観察した。しかし、術後3日目 に血液検査でクレアチニン値の上昇を認め、尿閉 による腎後性腎不全が疑われたため尿道留置カテ ーテルを再留置した(表1)。術後4日目にはク レアチニン値の改善を認めたため、再び尿道留置 カテーテルを抜去して経過観察した。しかし、依 然として自尿がなく、術後5日目に再度クレアチ ニン値が上昇した。同日、導尿を行なったところ 1550mlと多量の排尿があり、腹腔内の評価目的 に腹部CTを撮影したところ、多量の腹水を認め た。経過から膀胱破裂による偽性腎不全を疑い、 当院泌尿器科にコンサルトを行った。泌尿器科で 施行された膀胱造影CTでは尿道留置カテーテル の先端が腹腔内に突出している所見があり、造影 剤の腹腔内への流出を認めた(図2)。膀胱鏡検 査を行ったところ、体部の膀胱壁の中央部に熱損 傷と思われる1cm大の白色変性を認め、その辺 縁が穿孔している状態であった(図3)。手術に よる膀胱損傷と診断し、泌尿器科に依頼して術後 6日目に膀胱修復術を施行した。クレアチニン値 は術後速やかに改善した。 膀胱修復術の術中所見:臍下腹部正中切開にて腹 腔側から膀胱を観察し、茶色に熱変性した穿孔部 位を確認した(図4)。両側尿管口にオープンエ ンドカテーテルを挿入して尿管口の損傷を予防し た後に、穿孔部位を周囲の不良組織を含めて3㎜ 程度のマージンをとって全周性に切除した。オー プンエンドカテーテルを抜去し、粘膜と筋層漿膜 に分けて縫合した。生理食塩液100mlでリークが ないことを確認し手術を終えた。手術時間は3時 間2分、出血量は50mlであった。 膀胱修復術後経過:術後経過に問題なく、術後7 日目に膀胱造影検査にてリークのないことを確認 した上で尿道留置カテーテルを抜去し、術後9日 目に退院となった。術後約2ヶ月で排尿状態はほ ぼ術前レベルにまで回復した。 後方視的動画検証:膀胱損傷が発生した場面につ いて、後に動画で検証した結果を下記に述べる。 子宮上部靭帯および子宮動脈上行枝を処理して子 図2 (膀胱造影CT)尿道留置カテーテルの先端が腹腔内に突出し ており、造影剤の腹腔内への流出を認める。 図3 (膀胱鏡検査):膀胱壁に熱損傷と思われる1㎝大の白色変性を 認め、その辺縁が穿孔している。 図4 (膀胱修復術術中所見):膀胱壁に茶色の熱損傷部位(矢印) を確認できる。
宮の可動性が改善された後に、子宮を押し上げた 状態で膀胱の剥離を行った。子宮頸部付近に広間 膜内筋腫があり、その上に膀胱が薄く伸展されて 乗っている状態であった(図5)。剥離操作は主 に鈍的に行い、結合組織の切断には適宜モノポー ラおよびENSEAL®を使用した。両側の側方から 正中に向かって慎重に膀胱の剥離を進めた(図 6)。正中部の剥離は最後に行ったが、その際に 結合組織と誤認して膀胱壁をENSEAL®で焼灼・ 切断した(図7,8)。 【考 察】 膀胱損傷は婦人科手術において最も注意すべき 合併症の1つである。TLHでは腹式単純子宮全 摘術や腟式単純子宮全摘手術に比べて尿路損傷の 発生頻度が高いとされており1,2)、Adelmanらに よる2014年のシステマティックレビューでは、 TLHにおける膀胱損傷の割合は0.63%と報告され ている3)。術中の膀胱損傷のリスク因子としては、 子宮の大きさや子宮内膜症による癒着、骨盤内の 手術歴などがあり4,5)、子宮重量500g以上をリス ク因子として挙げている報告もある6)。また、 Marie-Christineらは膀胱損傷の割合は術者の経 験とともに減少すると報告している7)。 TLHにおいては、子宮が大きいほど手術の難 易度が高くなり、開腹手術への移行や合併症のリ スクが懸念される。そのため、術前に診察所見や MRI所見から手術難易度や合併症のリスクを予想 し、術者の技量や経験を踏まえて適応を考える必 要がある。本症例は大型の子宮であり、術前の MRI所見から頸部周囲組織の処理に時間を要する ことが予想されたが、子宮上部靭帯の処理を行い 子宮の可動性が改善すれば比較的安全に手術を行 うことが可能であると判断していた。また、本症 例の執刀医はTLHの執刀経験が300例近くある日 本産科婦人科内視鏡学会の腹腔鏡技術認定医であ り、技術的にもTLHでの手術完遂が可能である と判断してTLHを行うことにした。 本症例は子宮の可動性の制限と広間膜内筋腫の 存在により膀胱辺縁の識別が難しい症例であり、 膀胱位置を誤認した状態でエナジーデバイスを用 いて膀胱の剥離操作を行ったことで膀胱壁を熱損 図5 (術中腹腔内所見)子宮頸部付近に広間膜内筋腫があり、その 上に膀胱が薄く伸展されて乗っている。 図7 (術中腹腔内所見)正中部の剥離は最後に行ったが、この際に 結合組織と誤認して膀胱壁をENSEAL®で焼灼した。矢印:熱 損傷部位。 図8 (術中腹腔内所見)腟管切断後の所見。矢印:熱損傷部位。 図6 (術中腹腔内所見)両側の側方から正中に向かって膀胱の剥離 を進めた。
傷 す る に 至 っ た。 剥 離 操 作 の 際 に 使 用 し た ENSEAL®は先端が鈍な形状になっているため細 かな操作にはやや不向きであり、本症例のような 膀胱位置の見極めが難しい場面においてはより慎 重に使用するべきであったと考える。また、安全 に剥離操作を行うために、膀胱位置をより正確に 把握するための工夫が必要であったと考える。膀 胱位置の正確な把握のためには、以下のような工 夫が考えられる。まず、尿管の走行を膀胱移行部 のあたりまで同定することで、膀胱の辺縁を識別 しやすくなる可能性がある。また、膀胱の輪郭を より明瞭にする工夫として、生理食塩水や空気な どを膀胱に注入する方法がある。今井らは、頸部 腫瘍と膀胱子宮窩の高度癒着により膀胱損傷のリ スクが高い症例のTLHにおいて、膀胱内に空気 を150ml注入することで膀胱の輪郭が明瞭とな り、安全に剥離を行うことができたと報告してい る8)。また、剥離操作の際には剥離部分に十分な テンションがかかるよう、子宮をしっかりと挙上 することも重要である。本症例では、子宮の挙上 が不十分な状態で剥離を進めたことも膀胱位置の 誤認および膀胱損傷の一因であると考えられる。 子宮をより十分に挙上・牽引するための工夫とし て、カップ付きマニピュレーターやスクリュー型 の補助鉗子を用いることや9,10)、筋腫核出や腟上 部切断を先行させることなどが挙げられる10)。カ ップ付きマニピュレーターは子宮の可動性を向上 させるだけでなく、カップ自体が腟円蓋部や膀胱 位置の識別にも寄与する。早期に腟円蓋部を認識 して腟管の切開ラインを把握することができれ ば、膀胱の剥離操作を最小限にとどめることがで きる。本症例においても、カップを使用すること で膀胱剥離操作に先立って腟円蓋部を認識するこ とができていれば、今回の損傷部位の剥離操作を 行わずに済んだ可能性も考えられる。 膀胱損傷の発見には術中の膀胱鏡検査が有用と されている。Gilmourらの報告では、膀胱鏡検査 を行わなかった場合に術中に膀胱損傷を発見でき た割合は25%に満たなかったのに対し、術中に膀 胱鏡検査を施行した例では膀胱損傷の80%を術中 に発見することができたとしている11)。また、
the American Association of Gynecologic Laparoscopists(AAGL)では、術中の膀胱鏡検査 の尿路損傷に対する感度は80-90%として、術中 にルーチンで膀胱鏡検査を行うことを推奨してお り12)、これは日本産科婦人科内視鏡学会ガイドラ インでも引用されている13)。 本症例では、手術終了前に膀胱鏡検査にて明ら かな膀胱損傷の所見がないことを確認していた。 したがって、ENSEAL®の使用により膀胱壁に熱 損傷が起こってはいたものの、穿孔にまでは至っ ていなかったと考えられる。熱損傷によって脆弱 化した部分に、尿道留置カテーテルによる物理的 刺激や尿貯留による膀胱壁の伸展が加わったこと で膀胱壁が穿孔し、術後に膀胱損傷が顕在化した ものと考える。術中に膀胱鏡検査を行うことでも 発見できない膀胱損傷が20%程度存在するのは、 このようなエナジーデバイスによる熱損傷が原因 の遅発性の穿孔があるためと考えられる。 一方、膀胱鏡検査で膀胱のドームの観察を十分 に行うためには約200〜300mlの液体で膀胱を拡張 させる必要があると指摘している報告があり14)、 本症例の場合は観察の際の膀胱の拡張が不十分で あった可能性も考えられる。 術後に膀胱損傷を疑う場合には、膀胱鏡検査の 他に、膀胱造影CT(CT cystography)も有用で あるが、血液検査所見が参考になることもある。 膀胱損傷により腹腔内に尿が流出した場合、尿中 の尿素、クレアチニンおよびカリウムが腹膜を介 して再吸収されることにより血清中で高値を示 し、血液検査上は急性腎不全と混同される状態を 呈する15,16)。また、アシドーシスを認める場合も ある。これは偽性腎不全(Pseudo-renal failure) といわれ、実際には腎機能は正常に保たれている。 したがって、腹腔内に流出した尿のドレナージや 尿道カテーテル留置を行うことで、血液検査所見 は速やかに改善する15)。Heynsらの報告では、腹 腔内膀胱破裂(尿の腹腔内への流出)の発症直後 には、上記のような偽性腎不全の所見が認められ ないこともあるが、発症後24時間以上経過した場 合にはほぼ全例に血液検査上の異常が認められた としている17)。本症例でも、術後3日目の血液検 査でクレアチニン値の上昇を認めたが、尿道カテ ーテル留置を行うことで速やかに改善した。その 後、尿道留置カテーテルを抜去すると、再びクレ アチニン値が上昇した。術後1日目の血液検査で は異常を認めなかったが、この時は尿道留置カテ ーテルが留置されている状態であった。また、術 後に尿閉が続いていたのは、膀胱損傷により尿が 腹腔内に流出していたことが原因と考えられる。 本症例では術後5日目で膀胱損傷の診断に至った が、もう少し早い段階で偽性腎不全を鑑別に挙げ ることができていれば、より早期の診断が可能で あったと考えられる。
【結 語】 今回我々は、TLH術後に偽性腎不全を呈した ことを契機に膀胱損傷の診断に至った1例を経験 した。膀胱損傷の発見には術中の膀胱鏡検査が有 用であるが、本症例のように術後に損傷が顕在化 する場合もあり、そのような場合には偽性腎不全 の鑑別診断が重要となる。 本論文の要旨は第140回近畿産科婦人科学会 (2019年6月)において発表した。すべての著者 は開示すべき利益相反はない。 <参考文献>
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投稿日:2020年1月29日 採択日:2020年6月28日