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日本内科学会雑誌第106巻第10号

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Academic year: 2021

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はじめに

 成人発症II型シトルリン血症(adult-onset type II citrullinemia:CTLN2) は, 高アンモニア血 症,高シトルリン血症により,意識障害や異常 行動,痙攣等の多彩な精神神経症状を呈する疾 患である.ミトコンドリア内膜に存在する輸送 蛋白質であるシトリンをコードするSLC25A13 遺伝子の異常が原因であることが明らかにされ ており1),遺伝形式は常染色体劣性遺伝を示す. 20~50 歳代,男性での発症が多いが2),今回, 我々は高齢で発症した稀なCTLN2 の 1 例を経験 したので報告する.

症例

 患者:77 歳,女性.主訴:意識障害.現病 歴:2015年9月下旬からめまいと嘔気・嘔吐が あり,次第に食欲不振が増強してきたため,当 院循環器内科を受診し,脱水症と腎前性腎不全

繰り返す意識障害と高アンモニア血症を

契機に発見された成人発症II型

シトルリン血症の1例

北潟谷 隆1)  佐々木 塁1)  常松 聖司1)  多谷 容子1)   馬場 麗1) 塚本 祐己1)  武藤 修一1)  木村 宗士1)  加藤 瑞季2)  大原 行雄1) 要 旨  77歳,女性.脱水と腎不全で加療中に意識障害と高アンモニア血症を繰り返した.特徴的な食癖と血漿シトル リン値の上昇があり,遺伝子検査にてSLC25A13遺伝子に変異を認め,成人発症II型シトルリン血症(adult-onset type II citrullinemia:CTLN2)と診断した.繰り返す意識障害と高アンモニア血症では本疾患を鑑別に挙げ,特 徴的な食癖の有無等を確認することが重要と考えられる. 〔日内会誌 106:2222~2228,2017〕 ポイント ・ CTLN2 では高アンモニア血症による意識障害や異常行動などの症状を来たす. ・ CTLN2 の患者は,豆類を好み,糖質を嫌うといった特異な食癖を持ち,問診でこうした食 癖の有無を確認することが診断の一助となる. ・ 肝移植により良好な予後が得られることが知られているが,内服や食事療法だけで長期に 増悪なく経過する例も報告されてきており,正確な診断と適切な治療が重要である. Key words 成人発症II型シトルリン血症,高アンモニア血症,L-アルギニン製剤,食事療法

〔第278回北海道地方会(2016/11/19)推薦〕〔受稿2017/03/22,採用2017/05/16〕

1)国立病院機構北海道医療センター消化器内科,2)同 循環器内科

Case Report;A case of adult-onset type II citrullinemia founded on the occasion of repeat consciousness disorder and hyperammonemia. Takashi Kitagataya1), Rui Sasaki1), Seiji Tsunematsu1), Yoko Taya1), Urara Baba1), Yuki Tsukamoto1), Shuichi Muto1), Toshio Kimura1), Mizuki

Kato2) and Yukio Ohara1)1)Department of Gastroenterology, National Hospital Organization Hokkaido Medical Center, Japan and 2)Department

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と診断され入院した.11月中旬から意識レベル の変動や空笑,失禁,ストローでものを食べよ うとする等の異常行動を繰り返すようになっ た.11月下旬に意識障害を来たした際に高アン モニア血症を認め,当科紹介となった.既往歴: 関節リウマチ,大動脈弁狭窄症,無症候性心筋 虚血,慢性心不全.生活歴:幼少期より卵や豆 類,肉を好み,麺類等の糖質を嫌う食癖がある. 飲酒歴:なし.家族歴:両親はいとこ婚で,血 縁者に代謝性疾患はいない. 豆類を好み,糖質を嫌う特異な食癖と, 近親婚の家族歴を認めた. 当科受診時現症:身長153 cm,体重33.9 kg.体 温36.7℃.脈拍94/分,整.血圧132/107 mmHg. SpO2(室内気)96%.JCS 100,瞳孔左右差な し,対光反射両側迅速.四肢筋緊張低下.深部 腱反射はびまん性に低下.心音整,雑音なし. 呼吸音は清,ラ音なし.腹部所見なし.血液検 査 所 見: 赤 血 球 253 万/μl,Hb 8.2 g/dl,Ht 24.1%,白血球 3,900/μl,血小板 16 万/μl,PT 99.4%,随時血糖103 mg/dl,Alb 3.4 g/dl,IgG 846 mg/dl,IgA 299 mg/dl,IgM 113 mg/dl, BUN 38.6 mg/dl,Cr 1.11 mg/dl, ア ン モ ニ ア 233 μg/dl(基準値 18~70 μg/dl),総コレステ ロール97 mg/dl,総ビリルビン0.69 mg/dl,AST 82 U/l,ALT 54 U/l,LD 418 U/l,ALP 269 U/ l,γ-GTP 210 U/l,Na 142 mEq/l,K 3.9 mEq/l, Cl 105 mEq/l,CRP 0.49 mg/dl,抗核抗体<40 倍,抗ミトコンドリア抗体<20倍,抗平滑筋抗 体<20 倍,HBs抗原 陰性,HCV抗体 陰性.腹 部エコー:肝腫大はなく,肝縁は鋭,辺縁は整, 実質エコーは均一,腹水なし.腹部造影CT(図 1):肝に異常所見なし,脾腫や門脈―体循環シャ ントなし.両側胸水あり.頭部MRI(図 1):左 尾状核に陳旧性脳梗塞あり. 高アンモニア血症を認めたが,肝硬変所 見はなかった.

臨床経過

 意識障害時には頭部MRI(magnetic resonance imaging)検査では異常なく,低血糖も認めな かった.直近の薬剤変更もなかった.血中アン モニアが高値であり,意識障害の原因は高アン モニア血症によるものと考え,分枝鎖アミノ酸 製剤輸液とラクツロースの投与を行ったとこ ろ,速やかに意識障害は改善し,高アンモニア 血症も改善した.画像検査では肝の形態は正常 で,肝硬変所見は認めなかった.CT検査で両側 胸水を認めたが,既往の慢性心不全に伴うもの で,入院前と著変はなかった. 高アンモニア血症を繰り返し,それに 伴って意識障害も繰り返し認めた.  意識障害や高アンモニア血症を繰り返すこと から,代謝性疾患を疑い,血漿アミノ酸分析検 査(表)を施行した.その結果,シトルリンや アルギニンの高値やセリン/スレオニン比の上 昇を認め,シトリン欠損症が疑われた.遺伝子 検査を施行したところ,シトリン欠損症の原因 遺 伝 子 で あ るSLC25A13に[I]851del4 と IVS4+6A->Gの複合ヘテロ接合体変異を認め, CTLN2 と診断した.食事内容を低糖質・高蛋 白・高脂質食に変更し,L-アルギニン製剤の投 与を開始したところ,意識障害や高アンモニア 血症の頻度は減少した(図 2).

考察

 CTLN2は7q21.3に存在するSLC25A13遺伝子 の変異により,その産物であるシトリンが欠損 することで発症する常染色体劣性遺伝疾患であ る1).シトリン欠損症では新生児・乳児期には 胆汁うっ滞症を生じ,成長して見かけ上健康な 代償期を過ごした後,その一部にCTLN2を発症 すると考えられている.発症率は1/100,000で, 男女差は約7:3と男性に多い傾向にある.患者 の多くは 20~50 歳代に高アンモニア血症によ 一口メモ 一口メモ 一口メモ

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る意識障害,異常行動,失見当識,痙攣などの 症状を来たす.一般的な代謝性疾患と異なり, 幼少期の症状が明らかでないこともしばしばあ るため,CTLN2の約30%はてんかん,統合失調 症,うつ病,精神遅滞等と初期診断されている. 血中アミノ酸分析による高シトルリン血症は CTLN2 を強く示唆するが,他に豆類(ピーナッ ツや大豆等)や卵や乳製品などを好み,米飯等 糖質の多いものやアルコールを嫌うといった特 異 な 食 癖 を 持 つ こ と も 診 断 に 有 用 で あ る. CTLN2 は常染色体劣性遺伝疾患であり,本来, 確定診断はSLC25A13遺伝子の変異ホモ接合体 の証明であるが,CTLN2患者の遺伝子検査にて 複 合 ヘ テ ロ 接 合 体 変 異 を 認 め た 報 告 も み ら れ3),本症例では症状や特異な食癖や検査所見 も踏まえてCTLN2 と診断した.  本症例は 77 歳と高齢での発症であり,「成人 発症II型シトルリン血症」をキーワードとして 医学中央雑誌およびPubMedを用いて我々が調 べた範囲では最高齢は 79 歳で4),本症例は 2 番 図 1 画像所見

A:腹部 CT,B:頭部 MRI FLAIR 画像,C:頭部 MRI 拡散強調画像 A

C B

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目に高齢であった4,5).齲歯や海外旅行を契機に 本疾患を発症した報告では,食生活が意図せず 変化してしまったことが発症に至った要因と推 測されており5,6),本症例においても自然と特異 な食癖を獲得し,これまで無意識のうちに症状 出現から免れていたところを,入院したことで 食生活が変化したため,症状が出現したものと 考えられた.  CTLN2では,一般的な肝性脳症の治療である 低蛋白・高糖質食は症状を悪化させるため,低 糖質・高蛋白・高脂質食が基本とされる.その 他,L-アルギニン製剤やピルビン酸ナトリウム 製剤が有効とされる.また,近年,根治的な治 療法として肝移植が施行されるようになり,移 植成功例では非常に予後が良いことが知られて いる.本疾患は肝移植以外の治療では予後不良 の疾患とされてきたが,その原因の多くは誤っ た治療法にあることが判明してきており,脳症 発症後も内科的治療のみにて比較的長期間,増 悪なく経過する症例も報告されている7).今後 の有効な薬剤や治療法に関するさらなる検討が 望まれる. 表 血漿アミノ酸分析

Amino acids (nmol/ml)Lab data Normal range

Citrulline 728.8 (17.9~48.0) ↑ Arginine 222.2 (31.8~149.5) ↑ Ornithine 93.7 (42.6~141.2)   Aspartic acid 3.2 (<7.2)   Glutamic acid 58.4 (12.2~82.7)   Serine 76.2 (91.5~186.4) ↓ Threonine 298.1 (74.2~216.1) ↑ Valine 189.9 (156.2~360.4)   Leucine 85.5 (74.2~169.1)   Isoleucine 53 (37.0~100.4)   Phenylalanine 89.8 (43.5~79.8) ↑ Asparagine 68.9 (43.8~90.6)   Glutamine 494.2 (418.0~739.8)   Alanine 134.6 (258.8~615.2) ↓ Methionine 43.3 (15.5~38.6) ↑ Fischer ratio 2.4 (2.2~4.3)   図 2 臨床経過 1月 2月 3月 4月 5月 12月 NH3(μg/dl) JCS L-アルギニン6→9 g/day :分子鎖アミノ酸製剤点滴 低糖質・高タンパク・ 高脂質食に変更 ラクツロース 30 g/day :意識レベル :NH3 100 200 300 400 500 0 Ⅰ Ⅱ Ⅲ

(5)

最終診断

成人発症II型シトルリン血症

おわりに

 入院したことで食生活が変化してしまったこ とを契機に,高齢で発症したCTLN2 を経験し た.一般的な肝性脳症時の食事では逆に症状が 増悪するため,低糖質食とする必要があること や,L-アルギニン製剤等の有効な薬剤があるこ と等,治療法は肝性脳症のそれとは異なるた め,適切な診断が重要となる.高アンモニア血 症と意識障害を繰り返す患者では,特徴的な食 癖や高シトルリン血症の有無を確認すること が,本疾患の診断に有用と考えられる. 謝辞 原稿を終えるにあたり,遺伝子検索においてご 協力いただきました信州大学先鋭領域融合研究群バイ オメディカル研究所神経難病学部門 矢﨑正英先生に 深謝致します. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし 文 献

1) Kobayashi K, et al : The gene mutated in adult-onset type II citrullinaemia encodes a putative mitochondrial car-rier protein. Nat Ganet 22 : 159―163, 1999.

2) Yazaki M : Adult-onset typeⅡ citrullinemia. Brain and Nerve 55 : 1015―1025, 2003.

3) Takahashi H, et al : A case of adult-onset type Ⅱ citrullinemia―deterioration of clinical course after infusion of hyperosmotic and high sugar solutions. Med Sci Monit 12 : CS13―15, 2006.

4) 中村保清,他:高齢発症の高シトルリン血症の一例.日臨代謝会記録 35 : 63, 1998. 5) 松嶋 聡,他:高齢で発症した成人型シトルリン血症(CTLN2)の 1 女性例.臨床神経学 51 : 8, 2011. 6) 山﨑正禎,他:海外旅行を契機に発症した成人発症Ⅱ型シトルリン血症の 1 例.臨床神経 54 : 747―750, 2014. 7) 中島龍馬,他:初診時深昏睡から良好な転帰を遂げた成人発症Ⅱ型シトルリン血症の一例.日臨救急医会誌 10 : 539―545, 2007.  

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 北海道医療センターは三次救命救急の超急性 期から小児慢性疾患,結核まで幅広い医療ニー ズに対応する地域の基幹病院です.その中で, 消化器内科は専門医療に注力しつつ,地域の医 療機関のみならず,北海道全域からの患者様を 受け入れております. 【スタッフ】  医長 4 名(検診センター長 1 名),医員 5 名 【病棟】  当科単科の病床としては 40 床を有しており ます.その他,救急症例においては当院救命救 急センターの病床を活用し,積極的な消化器救 急診療を行っております.また,難病医療拠点 病院,精神科合併症受入協力病院,結核指定医 療機関といった指定医療機関であることから, 様々な基礎疾患を有する患者様を,他科と連携 しながらスタッフ一丸となって日々の診療に携 わっています. 【各種学会認定施設】  ・日本内科学会教育関連病院  ・日本消化器病学会認定施設  ・日本大腸肛門病学会専門医修練施設  ・日本消化器内視鏡学会研修施設  ・日本肝臓学会関連施設 【研修内容と到達目標】  当科ではグループ診療を行っており,初期研 症例掲載施設紹介

独立行政法人国立病院機構 北海道医療センター 消化器内科

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修医,後期研修医を問わず,指導医のもとで入 院患者を主治医として担当します.二次・三次 医療も積極的に受け入れているため疾患は多岐 にわたり,消化器疾患から総合内科的診療に携 わることが可能です.上部・下部消化管内視鏡 検査,胆膵内視鏡検査の完遂を第一の目標とし て,指導医のもとで検査・治療を実施します. 多彩な専門分野を持つ指導医がおり,多施設共 同研究への参加や学会発表等も積極的に行って います.各々の興味のある分野の習熟のみなら ず,広い視点を兼ね備えた志の高い医師を形成 する場を提供することを目標としています. 【主な実績:2015 年度】  上部消化管内視鏡検査:2,054 例  下部消化管内視鏡検査:1,402 例  内視鏡的粘膜切除術:222 例  内視鏡的粘膜下層剝離術:46 例 ホームページ https://www.hosp.go.jp/˜hokkaidomc/cancer/ cancer_digestive_organ.html 文責:北海道医療センター消化器内科    医員 常松 聖司

参照

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