通常の学級におけるかけ算九九
学習多層指導モデルの構築に関
する研究
Construction of Multilayer Instruction Model for Multiplication Table Acquisition in Regular Classes
目次 1
目次
第1章 研究背景と本研究の位置づけ ... 4 第1 節 LD(学習障害)の定義とかけ算九九学習... 4 第2 節 情報処理過程におけるかけ算九九学習のつまずき ... 5 1. 情報処理モデル ... 5 2.各情報処理過程におけるかけ算九九学習のつまずき ... 7 3.発達障害の認知特性からくるつまずき ... 8 第3 節 かけ算九九学習の指導 ... 9 1.かけ算九九学習の指導の歴史 ... 9 2.かけ算九九学習の指導カリキュラムと学校現場での指導法... 10 第4節 RTI モデルと多層指導モデル ... 11 1.米国における RTI モデル ... 11 2.日本における多層指導モデル ... 12 第5 節 本研究の目的と意義 ... 13 1.本研究の目的と論文構成 ... 13 2. 本研究の独自性および意義 ... 16 第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因 ... 21 第1 節 問題の所在と目的 ... 21 第2 節 調査対象とデータ収集の方法 ... 22 1.調査協力校... 22 2.データ収集... 22 3.倫理的配慮... 23 第3 節 結果と考察 ... 23 1.つまずきやすい九九 ... 23 2.九九における特異数 ... 23 第4 節 本章のまとめ ... 25 1.本研究で得られた知見とその意義 ... 26 2.研究の限界と課題 ... 26 第3 章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因 ... 29 第1 節 調査対象とデータ収集の方法 ... 29目次 2 1.調査対象児... 29 2.データ収集... 29 3.倫理的配慮... 29 第2 節 結果と考察 ... 30 1.つまずきやすい九九 ... 30 2.発達障害児の九九における特異数 ... 30 3.発達障害種別の特徴 ... 32 第3 節 本章のまとめ ... 34 1.本研究で得られた知見とその意義 ... 34 2.研究の限界と課題 ... 36 第4 章 かけ算九九学習での発達障害児の障害特性とワーキングメモリー ... 37 第1 節 研究1 かけ算九九学習におけるワーキングメモリーの役割 ... 38 1. 目的 ... 38 2. 調査対象とデータ収集の方法 ... 38 3. 結果と考察... 39 第2 節 研究 2 障害特性とワーキングメモリーの両要因をもとにした誤答類型化 ... 39 1. 目的 ... 39 2. 調査対象とデータ収集の方法 ... 39 3. 結果 ... 41 4. 考察と課題... 41 第3 節 研究 3 障害特性や認知特性に着目した配慮指導や支援の視点 ... 44 1. 目的 ... 44 2. 調査対象とデータ収集の方法 ... 44 3. 結果 ... 45 4. 考察 ... 48 第4 節 総合考察 ... 50 第5 節 本研究の限界と課題 ... 51 第5 章 通常の学級におけるかけ算九九学習多層指導 ... 54 第1 節 研究1 反復学習方式の原理と誤りに特化したかけ算九九学習多層指導モ
目次 3 デルの試み ... 54 1. 調査対象とデータ収集の方法 ... 54 2. 結果と考察... 57 3. 本研究の限界と課題 ... 61 第2 節 研究 2 早期指導・介入を取り入れた九九多層指導モデルの試み ... 63 1. 調査対象とデータ収集の方法 ... 63 2. 結果と考察... 70 第 6 章 情報処理過程のつまずきに配慮したかけ算九九学習多層指導モデルの提案 ... 85 第1 節 かけ算九九学習におけるつまずきと支援の課題 ... 85 1.入力から認知過程におけるつまずきと支援 ... 85 2.出力におけるつまずきと支援 ... 87 3.認知過程(記憶プロセス)におけるつまずきと支援 ... 89 第2 節 障害特性とワーキングメモリーの両要因からくるつまずきへの支援 ... 91 1.障害特性とワーキングメモリーの両要因による誤答の類型... 91 2.類型に応じた支援 ... 91 第3 節 かけ算九九学習多層指導モデルの階層と方法 ... 93 1.階層の構造... 93 2.各ステージの実施時期 ... 96 3.かけ算九九学習多層指導モデルの提示 ... 96 第4 節 研究の限界と課題 ... 97 文献一覧 ... 101
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 4
第1章 研究背景と本研究の位置づけ
本研究は,日本の九九を用いたかけ算(以下,かけ算九九学習と表記)におけるつま ずきの要因を分析し,その支援の在り方を提言するものである。 本章では,本研究に関するこれまでの研究を概括する。最初に,LD(学習障害)の 定義と算数障害について再考し,かけ算九九学習のつまずきを認知処理過程から整理 する。次に,かけ算九九学習の指導方法について,日本独自のかけ算九九学習の指導 の歴史を概括し,通常の学級で行われている指導カリキュラムと学校現場での指導法 の課題を明らかにする。また,通常の学級における指導モデルとして本研究で検討す る多層指導モデル:Multilayer Instruction Model(以下,MIM と略)について説明す る。そのために,MIM の考え方の基である米国における Response to Intervention /Instruction(以下,RTI と略)モデルについて先に示す。それを基に日本で行われてい る多層指導モデルの現状を概括し,「RTI モデルを汎用したかけ算九九学習の多層指 導モデルの可能性」を示す。最後に,これらを総括して,本研究の目的と論文構成, 本研究の独自性と意義を述べる。 第 1 節 LD(学習障害)の定義とかけ算九九学習 LD(学習障害)の定義は,「学習障害とは,基本的には全般的な知的発達に遅れは ないが,聞く,話す,読む,書く,計算する又は推論する能力のうち特定のものの習 得と使用に著しい困難を示す様々な状態を示すものである。学習障害は,その原因と して,中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが,視覚障害,聴覚障害, 知的障害,情緒障害などの障害や,環境的な要因が直接的な原因となるものではない。」 (文部科学省,1999)とされている。「通常の学級に在籍する発達障害のある特別な教 育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」結果(文部科学省,2012)では,「計算 する」または「推論する」注1に著しい困難を示す子どもが 2.3%であったことから, 算数で困難を示す児童が通常の学級に一定数存在することが,示唆されている。 熊谷(2016)は,「計算する」「推論する」ための基礎として,数処理(数詞,数字, 具体物の対応ができること注2),数概念(序数性や基数性),またこれらの作業を行う 注1 LD の定義の 6 領域の中で「計算する・推論する」につまずきのある子どもは,計算障害,ま たは算数障害といわれる子どもである。算数を学ぶための基礎となる計算と推論(文章題を理解し て解くことや図形やグラフを見て思考し答えに辿りつくこと)に困難な状況を示す。 注2 数詞,数字,具体物の対応を数の三項関係という。「数詞」は聴覚的・言語的シンボル,「数字」 は視覚的・言語的シンボル,「具体物」は空間にあり視覚的で操作可能なものである。第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 5 表1-1 子どもの算数障害のサブカテゴリー(熊谷(2012)をもとに作成) 数処理:数の三項関係(数詞・数字・具体物)の相互変換・数の大小比較や操作 数概念:数に関する感覚や知識の集合(序数性と基数性) 計算:数的事実(数の操作を行わない暗算)と計算手続きが関わる計算(筆算) 推論:統合過程とプランニング過程である数学的推論(文章題) ベースとしてのワーキングメモリーの発達が必要であると述べている。子どもの算数 障害のサブカテゴリーは,数処理,数概念,計算,推論の4つ(表1-1)とされて いる。さらに,計算は,数的事実(数の操作を行わない暗算)と計算手続きが関わる 計算(筆算)の2 つである。かけ算九九学習で九九を唱えなくても九九の正しい答え を瞬時に言えるようになるということは数的事実にあたる。 「計算」については,ワーキングメモリーとの関連性に焦点をあてた研究(伊藤,2018) や足し算の繰り上がり計算に困難を抱えた発達性ゲルストマン症候群児童への実践事 例の報告(川合・生柄,2010)がある。これらの研究結果では,繰り上がりのある足 し算や繰り下がりのあるひき算の暗算や筆算時にワーキングメモリーが関与している ことが示されているが,かけ算とワーキングメモリーとの関連については,言及され ていない。かけ算でつまずく児童は次学年で学習するわり算でもつまずく一因となり (高畑,2009),かけ算の習得は,この点でも重要である。かけ算の基礎となるかけ算 九九学習については,「同じものの幾つ分」ということを意識させた効果的な指導方法 の実践報告例はあるが(小池,2016),先述したワーキングメモリーを含む情報処理過 程と九九習得との関連を検証した研究には至っていない。次の節では,情報処理モデル の各過程において,想定されるかけ算九九学習のつまずきを先行研究より整理する。 第 2 節 情報処理過程におけるかけ算九九学習のつまずき 本節では,先ず,先行研究を元に情報処理モデルについて検討する。次に,各過程で のかけ算九九学習のつまずきと発達障害の認知特性からくるつまずきについて,関連 する先行研究から,その要因を分類する。 1. 情報処理モデル 記憶は,情報が視覚や聴覚を通じて瞬時に保持される記憶(感覚記憶),10-15 秒間
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ
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図1-1 認知情報処理モデル【Baddeley & Hitch(1974)をもとに作成】
保持される記憶(短期記憶),より長期に保持される記憶(長期記憶)の3つに分類さ れる(Atkinson & Shiffrin,1968)。短期記憶として入力した情報は,繰り返し声 に出して唱える(これを維持リハーサルと定義)ことにより保持され,他の情報と結 び付けたり(精緻化リハーサル),まとめたり(チャンク化)することによって,長期 記憶へと転送される(Shiffrin & Arkinson,1969)。注意の制御(注意のフィルタに よる情報選択・注意の持続)は,入力から出力までの一連のプロセスに密接に関連し ていることが実証されている(Naglieri & Das,1977)。短期記憶の中で,検出・特 徴・分析から比較・照合・判断という認知的な作業を行う場は,ワーキングメモリーと 呼ばれ,その容量に限界があると考えられている(Baddeley,2000;Baddeley & Hitch, 1974)。ワーキングメモリーでは,入力した情報を分かりやすく並べ変えて整理し必 要かどうかを判断し,いらない情報は削除される。これらを図示したのが,図 1-1 である。 入力 認知 出力 自動化 短期記憶 「意味のまとまり」単位 7±2チャンク 検出 特徴 分析 比較 照合 判断 長期記憶 運 動 制 御 運 動 器 官 に よ る 出 力 ワーキングメモリー 注意制御(注意のフィルタによる情報選択・注意の持続) リハーサル 外 か ら の 情 報 ( 刺 激 ) 感 覚 記 憶 ( 視 覚 ・ 聴 覚 ・ 触 覚 ・ 味 覚 ・ 嗅 覚 ) 短期記憶 検出 特徴 分析 比較 照合 判断 長期記憶 運 動 制 御 運 動 器 官 に よ る 出 力 ワーキングメモリー 注意制御(注意のフィルタによる情報選択・注意の持続) リハーサル
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 7 2.各情報処理過程におけるかけ算九九学習のつまずき これまでの研究をもとに,児童のかけ算九九学習時の誤りの特徴とその要因を各情 報処理過程において検討する。 計算という視点でかけ算九九学習を捉えると,九九を唱えて維持リハーサルを行い 暗算として定着する過程である。橋本・亀井(2008)や熊谷(2016)の先行研究から,こ の過程では,注意の集中・持続,言語による入力,数を操作するワーキングメモリー, 九九表を理解する空間認知,言語による出力が必要である。各情報処理過程の各機能, 九九の誤りの特徴や習得上の困難についての研究を先述した図1-1の認知情報処理 モデルにそって整理する。 言語による入出力段階での誤りとしては,音韻的混乱がある。後藤(1999)は,問 題あるいは九九の答を呼称するときに,同一の音韻(イチとシチとハチの「チ」,シと シチの「シ」,ロクとクの「ク」)を含むことが原因であると述べている注。 かけ算九九学習は九九を唱えて音声として入力し,維持リハーサルによって,短期 記憶から長期記憶への転送を行っている。必要なときに情報を取り出して計算に使用 している。やがて,九九を唱えなくても答が瞬時に再生できる(これを自動化あるい は自動処理と定義)ようになる。維持リハーサルの段階で,九九の答えを誤って繰り 返していると,誤った答えの自動化が生じてしまう。 計算が自動化に至るまでは,数の操作を一度,頭の中で行う必要があり,ワーキン グメモリーに負荷がかかる(湯澤・河村・湯澤,2013)。ワーキングメモリーに問題が あると,九九を唱えた後,答えを導くために頭の中での操作を行っている間に唱えた 九九を忘れてしまい答えが出せない可能性が示唆されている(室橋,2014)。 空間認知に弱さがあると,位置関係を視覚的に理解することが困難であったり,数 的情報を視空間的にイメージする問題の不全があったりする。このことから,九九表 (1 から 9 までの被乗数×乗数を示したマトリックス表)を理解できなかったり,正しく 活用できなかったりする(橋本・亀井,2008;熊谷,2016)。 全過程に影響する注意の集中・持続に弱さがある場合,単調で繰り返しの多い計算 練習をすることに注意の集中が持続しにくいため,自動化に至る前に維持リハーサル をやめてしまい,計算スキルの上達にかえって時間を要する結果に陥りやすい。また, 注例えば,四七を「シシチ」を「シハチ」あるいは「シシ」と唱え間違えて答えを間違ったり,あ るいは唱えた後に頭の中で声に出さずに繰り返すときに「チ」や「シ」の音を手がかりにして他の 音に間違えて認識してしまい,答えを間違ったりする。
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ
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入力時に計算問題を見間違えたり,出力時に答えを書き忘れたりする不注意によるミ スが多い(Alloway & Alloway,2013)。
以上,情報処理過程とかけ算九九学習の誤りの関連についての先行研究では,情報 処理モデル上予想されているものの,実際の習得過程に照らした研究には成り得てお らず,認知プロセスにおいて,発達障害の特性を位置付けることに注目していない。 3.発達障害の認知特性からくるつまずき 次に,発達障害児の認知特性から各情報処理過程でのつまずきを推測する。本研究 では,発達障害は文部科学省の定義に従う。発達障害者支援法によると,「発達障害と は,自閉症,アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害注,学習障害,注意欠陥多 動性障害その他これに類する脳機能の障害であって,その症状が通常低年齢において 発現するものとして政令で定めるものをいう。」と定義が示されている。 自閉症スペクトラム症の認知特性のひとつに,細部への注意処理・部分処理特性が ある。部分処理特性は,刺激の特定部分へ注意を向けることで膨大な視覚情報の入力 を制限し,情報処理負荷を減少させている(片桐,2014)。このことから,一度に複数 の情報が提示されたり,刺激が提示される度に注意の切り替えを求められたりする一 斉授業では,つまずきが予想される。特に,かけ算九九学習においては,九九の問題 を見て唱えてから九九の答えを確認する九九カード(表面に九九,裏面に九九の答え を記載しているカード)を使用する。複数の視覚情報の入力と速いテンポでの注意の 切り替えを求められるため,自閉スペクトラム症の子どもでは,維持リハーサルの負 荷が大きくなっている可能性がある。
注意欠如・多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder : 以下,ADHD と記述)は,発達段階に応じて不適応な注意力,衝動性,多動性を示す行動障害であ る(上林・齋藤・北,2003)。かけ算九九学習では,選択的注意の弱さから,音の聞き間 違いや問題の見間違いによる誤り,注意・集中の持続の弱さから,練習量や練習時間の 継続が難しく習得が遅れることが考えられる(吉田・都築,2015)。 海津(2016)は特に,読み書きの弱さを持つ LD の場合,音韻の弱さを抱えているた め入出力での似た音による間違いを指摘し,数詞の読みにも影響があると述べている。
注 2013 年 5 月に発表された DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)-Ⅴで は,それまでのDSM-Ⅳにあった自閉性障害,アスペルガー障害などの下位分類をなくして,自閉 症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:以下,ASD と記述)に改定されている。
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 9 以上のようにこれまでの研究において,発達障害児のかけ算九九学習のつまずきの いくつかの要因は指摘されている。しかし,認知特性と情報処理過程との関連にまで は成り得ていない。情報処理過程において,発達障害児の特性からくるつまずきを誤 りの要因と関連づけることで,つまずく要因に応じた指導方法を提案することが可能 となる。 第 3 節 かけ算九九学習の指導 「小学生の計算力に関する調査」(Benesse 教育研究開発センター,2007)によると, 2 年生のかけ算九九学習 81 問の計算が,四則計算の中で正答率が一番高い結果であっ たと報告されている。保護者自身も繰り返し学習した記憶が残っているため,九九が 覚えられるかどうかに対する保護者の注目度も高く,かけ算九九学習への支援が家庭 学習として行い易いという点も正答率が高くなった一因と考えられている。 本節では,日本で行われてきたかけ算九九学習の指導についての変遷,かけ算九九 学習の指導カリキュラム,学校現場での指導法の現状とその課題を整理する。 1.かけ算九九学習の指導の歴史 わが国の小学 2 年生で学習する乗法学習はかけ算九九学習といって,九九を唱えて 記憶するという日本独自の学習方法である。伊藤(2010)によると,明治末期の国定 教科書で,既に九九を何度も唱えて覚えるという教授法がとられていたとされている。 明治末期は,「わが国における近代公教育の基本体制が形成された時期」であり,教師 から示された学習方法が普及していった(稲垣,1995)。 矢口・井上(1903)は,「実験小学各科教授案及び教授上の注意」の中で,3×7=21 を「三七二十一」と唱える教授法を記述している。その後の日本書籍編「算術教法及 び教授案尋常科 第ニ学年前期」(1905)をみると,2×2=4 を「二二が四」,2×3=6 を「二三が六」という九九を唱える教授法が,引き続き記述されている。算術教育で 権威のあった藤沢(1907)により,3×4 も 4×3 も答えがともに 12 になることを理解 させることを重視して,3×4 も 4×3 も九九の唱え方はともに「三四十二」と唱えさ せ,九九の暗記は当初,制限九九と言われる 45 個だけであった。その後,単位量のい くつ分として,被乗数と乗数の区別を厳密に行うため,広田(1909)が,大きい数か らも唱える逆九九の必要性を唱え,九九の暗記は現在のように,総九九と言われる 81
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 10 個となった。 2.かけ算九九学習の指導カリキュラムと学校現場での指導法 (1)教科書による指導時期と内容 現在のかけ算九九学習の指導が学校教育の中で,どの時期にどのような方法で行わ れているのかを教科書会社6 社(大日本図書・学校図書・啓林館・教育出版・日本文 教出版・東京書籍/アルファベット順)の内容で比較してみると,6 社とも開始時期は 小学校第2 学年 9 月末から 10 月であった。九九の学習の前半は被乗数が 2・3・4・5 を扱い,後半は 6・7・8・9 を扱う。九九の答えが被乗数ごとに増えていくことを, 児童に考えさせた後,九九を唱えて覚えるという方法がとられている。九九の表とき まりを続けて学習する教科書は1 社,期間をあけて 2 学期末に学習する教科書が 2 社, 3 学期に学習する教科書が 3 社であった。2 学期に終了する 3 社は,3 学期に九九の 再練習を入れている。 つまり,6 社とも小学校 2 年生である 9 月末から 10 月に指導を始める。この時期 は,松原(1959)が報告した乗法かけ算九九学習のレディネス注の時期と一致してい る。2 学期中かけ九九を唱えて練習し,3 学期に復習の時期をとっている。 (2)学校現場での指導法 かけ算の学習では,「乗数が1増えれば積は被乗数分だけ増えることを理解し,さら に乗法九九を記憶することによりその結果を容易に求めたり,乗法の適用問題ができ るようにしたりすること,さらに交換法則に関して成りたつ性質を理解し,乗法九九を 日常生活で生かそうとする態度を養うこと」をねらいとしている(文部科学省,2017)。 上記のねらいを達成するための指導実践例では,具体物や半具体物を操作したり,1 つ分(基準量)のいくつ分かを体験したりした後で,児童に乗法の決まりを考えさせる ことで,「基準量」に着目させている(宇野・佐藤,2016;進藤,2016;高橋,2017)。日 常生活に活用した例として,稲垣(2017)は,九九表からきまりをみつけた児童が給食 時間に,5 ずつ 4 列に並んでいる牛乳の数をかけ算をつかって先生に伝えてきたと報 告している。吉田(2009)は,「アメリカの教科書では,交換法則が成り立つことを理 注 松原は,算数学習のレディネス要因について,児童の精神的発達,身体的発達,社会的発達,性格的 要因,記憶的要因,興味的要因,算数的経験を分析研究した。第 2 学年を半ば過ぎた頃には,それまで の生活経験,学習経験を通じ,「同じ物の幾つ分」「幾つかあるものの総和を求めるには加法を適用 すればよい」「加法の答えを具体物の操作や図を利用して求める」などの知識をもっており,同じ数 の幾つ分ということを表す新しい演算としての乗法を学習する素地はできあがっていると考えた。
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 11 解するために九九表を使うことがあるが,日本の場合,体験を通して九九表作成を導く ことで,かけ算の意味や概念を理解する助けとなっている」と述べている。つまり,乗 数としての数概念の確立として,九九表を捉えているといえる。 これらの指導実践は,発達の順序性を考慮して行われている。しかし,導入部分の 九九の決まりに気づく研究(畠・須藤,1993; 細野・宮崎・関,2009;松沢・松村, 2010)や九九の定着率を授業評価とする研究(中島,1997;米倉,2008)が大半で, 九九を唱えて覚える過程では,単なる反復学習の必要性があるということにとどまっ ている。小泉(2016)は,高い知的能力を持ちながら,認知機能のアンバランスから 反復学習に適応できていない児童がいることを指摘している。九九を習得する過程に おいて得意な認知を生かし,弱い認知を補う認知的アプローチでつまずきへの指導法 が見えてくる可能性がある。 乗法九九の暗唱について,学習指導要領の改訂にともない改定された上記の教科書 会社の指導書には「発達障害の特性に配慮した指導」として,「本人に覚えやすい方法 を確認しながら練習させることが大切」と指導法の工夫をするよう明記されているが, 通常の学級における得意な認知を生かす指導方法であるといえる。しかしながら,発 達障害の特性からくる九九の暗唱でつまずく要因やその対処方法までは具体的に示さ れていない。学校現場への個別指導の方法として,得意な認知処理(継次的な指導方 略か同時的な指導方略)を生かす方法が提案されている(熊谷・青山,2000)が,認 知的な方略に加えて,通常の学級に対応した指導法を考える必要性がある。 第4節 RTI モデルと多層指導モデル 通常の学級のこれまでの指導法としては,一斉授業が一般的ではあるが,発達障害 の障害特性や認知の特性を鑑みると,それぞれの段階に分けて指導する多層指導モデ ルのような他の授業スタイルの可能性を探るべきである。 本節では,通常の学級におけるかけ算九九学習の多層指導モデルの原型として,米 国における RTI モデルとそれを基に実践されている日本での読み書きの多層指導モ デル(MIM)について概括する。 1.米国における RTI モデル
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ
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Act :IDEA)において,従来のディスク パンシーモデル注ではなく,新たなモ デル Response to Intervention /Instruction(以下,RTIと略)が認められた。
Marston(2005)によると,基本的な RTI モデルの多くは,3 層構造として概念化さ れている。第1段階では,通常の学級において全ての児童を対象に,共通指導が実施 される。ここでは,「通常の授業の中で,質の高い,科学的根拠に基づく指導」を行 うことが求められる。RTI は,障害のある児童だけでなく,障害はなくとも配慮が必 要な児童に対しての支援でもある(Fuchs & Deshler,2005)。学習面のみならず行動 面 で の 問 題 を 解 決 す る シ ス テ ム と し て も 利 用 さ れ て い る (Rollins & Johnsen,2009)。第 2 段階では,第1段階で十分な伸びが見られない児童に対して, 通常の学級に加え,専門家などによる介入指導が通常の授業に加えて補足的に行われ る。第3 段階では,第 2 段階での補足的な指導でも十分な効果が認められない児童に 対し,より集中的な指導が特別支援教育の教師によって行われる。ここでは,特性や ニーズに特化した指導の実施が想定されている。 羽山(2012)によると,RTI モデルがそれまでのディスクレパンシーモデルよりも 優れているのは,「診断の正確さ」と「診断と指導の繋がり」というディスクレパン シーモデルの問題点を概ね克服している点と述べている。RTI モデルは,スクリーニ ング検査などによってつまずく可能性がある児童達を早期に発見し,LD の判定を待 たずに介入指導を行うことで「落ちこぼれ」を防止するセーフティネットとしての役 割も果たしている。このように,つまずきを予想し,その学習過程に早期介入してい くRTI モデルは,かけ算九九学習の習得過程に着目した介入指導モデルと成りうると 考えられる。 2.日本における多層指導モデル 日本では,学習面のつまずきに対する体系的で科学的根拠のある指導方法が確立さ れていないと,海津(2006)は,指摘している。その上で,RTI モデルを基に,「特殊 音節の読み」を指導課題として「通常の学級における学習につまずきのある子どもへ の多層指導モデル」(MIM)を開発した。RTI の目的の一つは,LD 判定が主であるが, 「日本では,LD 判定の有様を論じるより,通常の学級における学習のつまずきへの 注 ディスクパンシーモデルでは,知的能力を測定するIQ と家庭の経済的な困難など環境的な要因 による学業不振とのディスクパンシーの有無を調べ,それをもって学業不振かLD かを判定してい た。
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 13 早期支援及び予防的支援を中心に据え,議論した方が,より現実的かつ建設的である」 と述べている。また,RTI では,第 2,第 3 段階の指導がかなり厳密に実施されるの に対して,MIM では,日本や学校の状況に合わせ,柔軟に編成できるように企図さ れ,RTI より学校や学級の実態に応じた指導モデルを実施しやすいという特徴を有し ている。 開発当初の指導課題であるひらがなの特殊音節をターゲットとした指導パッケージ の効果から,MIM の有効性が実証され,教師の指導・支援も個のニーズに応じた指 導・支援に変化したことが報告されている(海津,2012)。その後,海津(2016)は, 小学1 年生を対象とした算数につまずく可能性のある児童の早期把握のプログレス・ モニタリング・アセスメント(継続して子どもの学習の進捗状況を追跡したアセスメ ント)としての「MIM-PM 算数版」の開発を試みた。「MIM-PM 算数版」は,1 年生で学 習する①数系列問題と②計算問題(10 までの合成や分解,繰り上がりの計算や繰り下 がりの計算)になっている。「MIM-PM 算数版」は,読み能力は保障されているにもか かわらず,「MIM-PM 読み版」では測定できなかった算数のみに困難を示す児童の実態 が把握できるアセスメントとしての有効性が示されている。本研究のかけ算九九学習 での多層指導モデルでは,「MIM-PM 算数版」のようなアセスメントツールにとどまら ず,九九習得過程での九九習得の状態を把握し,その段階に応じた認知的指導方法を 考え,授業改善を目指す。 多層指導モデルの考え方は,特別支援教育の特別な教育的ニーズを有する児童への 支援,すなわち個々の認知特性に応じた効果的な指導形態を通常の学級での授業に取 り入れ易くする考え方である。この考え方に拠るグループ学習や小集団学習やペア学 習という指導形態の工夫を取り入れることで,一斉指導からグループ学習(小集団学 習やペア学習)へ,グループ学習(小集団学習やペア学習)から個に応じた学習形態 (得意な認知機能を活用する学習方法を取り入れた個別的な指導)へと多層化するこ とが容易になり,授業改善へとつながっていく可能性が高い。 第 5 節 本研究の目的と意義 1.本研究の目的と論文構成 前述したように,かけ算九九学習の習得は唱えて覚える(音声)を主とする繰り返
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 14 し学習が明治末期より行われてきた。実践知に裏付けられた指導法ではあるが,現在 の情報処理のプロセスに照らして見直すと,改善すべき点があり,発達障害児の特性 に配慮した学習方法とはいえない。また,かけ算九九学習の一斉指導後の反復学習は 個人の家庭学習任せの面がみられ,家庭学習の困難な児童にとっては不利益を被る可 能性もある。 かけ算九九学習の多層指導モデルは,様々なニーズをもつ子どもに応じた認知プロ セスを考慮するかけ算九九学習のスタイルであり,通常の学級の授業の柔軟性を広げ る意味でも,一つのモデルを示すことになると考える。 本研究では,通常の学級にお いて,個々の特性に合わせた多様な学習を取り入れたかけ算九九学習の多層指導モデ ルの開発を目的とする。認知特性や障害特性により,つまずきやすさが予想される発 達障害児やその周辺の子ども達が,かけ算九九学習を学びやすく誤りの少ない学習へ とブラッシュアップすることができるであろう。その後の算数の基礎となるかけ算九 九を定着させることは,乗法の筆算や除法の学習へのステップを容易にする効果も期 待できる。具体的には,以下に示す図 1-2 の論文構成によって,この目的を追求す る。 第 2 章では,通常の学級において,これまでの研究から誤答の要因とされている音 韻やワーキングメモリーの容量に起因する九九の誤答率を検証する。また,計数しな くても瞬時に量がわかったり,正答率の高い数字として特別に機能したりする数字で ある「特異数」注の存在を明らかにする。特異数が存在するならば,かけ算九九学習 においても意図的に特異数を活用することにより,九九の習得率を上げることが容易 となるであろう。 第 3 章では,同様に,発達障害児の認知特性から生じるかけ算九九学習での誤答と なる要因を特定する。また,通常の学級児のデータと比較し,LD,ADHD,ASD の ある発達障害児の方が音韻の影響を受けやすいかどうかという仮説を検証する。また, 定型発達児で機能している「特異数」が発達障害児にも機能しているかを検証する。 第 4 章では,かけ算九九学習におけるワーキングメモリーの役割を検証し,障害特性 とワーキングメモリーの両要因をもとに,かけ算九九学習の誤答の類型化を行う。そ の類型化をもとにしたかけ算九九学習の実践研究を通じて,かけ算九九学習における 注 統計的分析により他の数と違って特にすぐれて機能している数のこと。正答率が高く機能する特 異数や計算の処理速度が速く機能する特異数に着目し活用することで,新たな指導法につながる可 能性がある。
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 15 図1-2 本研究の論文構成 障害特性や認知特性に着目した配慮指導や支援の視点を明示する。 第 5 章では,まず,反復学習を効果的にする重要な要素である練習問題の選定方法 の原理(水野,2002)と誤答要因に特化した学習方法の研究を行い,多層指導の骨子 とする。次に,第 3 章と第 4 章で得られた発達障害児の知見をもとに,個々の特性に 合った学習形態,例えば,得意な方略を活用した記憶の仕方,グループ学習やペア学 習のような柔軟な指導形態の導入等を取り入れた通常の学級における九九多層指導を
【第 2 章】 【第 3 章】
誤答率の 発達障害児
高い九九の の誤答の
要因 要因
【第 5 章】 【第 4 章】
通常の学級に 発達障害児
おけるかけ算 の障害特性
九九学習多層 とワーキング
指導モデルの試み メモリー
【第 1 章】研究背景と本研究の位置づけ
【第 6 章】
情報処理過程のつまずきに配慮したかけ算九九学習
多層指導モデルの提案
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 16 試み, モデルの検証を行う。 第 6 章では,第 2 章から第 5 章までの総合考察をおこない,各情報処理過程でのつ まずきを想定し,つまずきに対応した通常の学級におけるかけ算九九学習多層指導モ デルを提案する。 2. 本研究の独自性および意義 本研究の独自性や意義として,次の2 つの柱に分けて述べる。1つめは,九九習得 過程におけるつまずきのエビデンスを明らかにするための研究であるということ,2 つめは,研究結果をもとにした通常の学級におけるかけ算九九習得多層指導モデルの 提案につながる実践研究であることである。 研究の核は,以下の点である。第一点は,唱えて覚えるかけ算九九学習という日本 独自の学習方法を,図 1-1 の認知情報処理モデルにはてはめて捉え直す。これまで実施 されている方法で生じる九九のつまずきの認知的要因を明らかにするとともに,先行 研究の中で推定されてきた誤りパターンを整理し類型化する。あわせて,かけ算九九 学習とワーキングメモリーの関連についても検証する。また,かけ算九九習得につな がる正答率が高く作用する特異数の存在を検証する。 第二点は,実践研究から多層指導モデルの提示を目的とし,通常の学級に在籍する 発達障害児に対する有効な学びを提供することである。従来から行われている間違い の多い九九を繰り返し唱えさせる方法ではなく,ワーキングメモリーの負荷を減らし た反復学習方法としての分散学習の理論に基づく練習方法を取り入れ,その学習効果 を示す。また,発達障害児を対象とした研究を行い,かけ算九九学習における誤学習 の実態から,誤りパターンを障害特性と認知特性の視点で分析し,特性に応じた指導 や支援方法を提示する。 以上,述べたように本研究では,認知情報処理モデルにあてはめて,九九習得過程 での誤りに対応した支援や配慮を通常の学級での指導における多層指導モデルに組み 込んだことが最もユニークな点となっている。これまでの通常の学級におけるかけ算 九九学習が,単調な反復学習から脱却し,様々な特性の子ども達が学びやすい算数の 授業改善にも寄与すると考える。
第1 章 研究背景と本研究の位置づけ
17 <第1章 引用文献>
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第1 章 研究背景と本研究の位置づけ
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第1 章 研究背景と本研究の位置づけ 21
第 2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因
第 1 節 問題の所在と目的 わが国の小学 2 年生で学習する乗法学習は九九学習といって,九九を唱えて記憶す るという日本独自の学習方法である。伊藤(2010)は,明治末期の国定教科書で,既 に九九を何度も唱えて覚えるという教授法がとられていたことを報告している。 1.誤答率の高い九九 「小学生の計算力に関する実態調査」(ベネッセ教育研究開発センター,2007)によ ると, 2 年生のかけ算九九 81 問の計算が,四則計算の中で正答率が一番高い結果で あったと報告されている。しかし,学校独自でかけ算九九 81 問習得に関する実態調査 を行った小学校(2013,2016)の結果では,全問正答者率は 3 年生で 43%や 71%,6 年生で 78%や 87%である。習得できていない児童の特質として,「間違って覚えてい る・忘れている・完全に身につけていない」などが見られたという。高畑(2009)は, 2 年生末に誤って覚えた九九はそのまま 3 年生で誤ることが多いことを指摘している。 これまでの実態調査の研究では, 7 や 8 の数を含む九九は誤答率が高いとされてい る(湊,1978)。 2.九九における特異数 特異数とは,計算の基になる数概念で,特異な機能を果たしている数のことである。 例えば,基数の役目を果たしていたり,生得的に量が理解できていたりする数である。 Starkey & Cooper(1980)は,生得的に乳児は 3 までの数に関する構造が存在すると 述べ,Ginsburg(1977)や Greeno,Riley & Gelman(1984)は,数を表象する際に十進法 では,10 という数が特異な機能を果たしていることを示した。 同様に,Siegler & Robinson(1982)や Fuson,Richards & Briars(1982)は,幼児が 10 を特異な機能を果た す数とする構造を表象していることを明らかにした。児童では,Yoshida & Kuriyama(1986)は,10 以下の数で,1 から5までが1つのまとま った構造として表象されていることを示した。Miura & Okamoto(1988)は,10 を基数 とした部分―全体の数知識をもっていることを示した。さらに,栗山(1996)は,分解 する数についての方略分析の正答率の結果から,5 そのものが特異数となっていると
第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因
22
述べた。後藤(1999)は,心的ひき算の減数や答えが 5 になる問題の反応時間が小さい ことから,ひき算においても,5 を特異数として表象されていることを実証した。つま り,たし算,ひき算において,5 は特異数として機能しているといえる。
かけ算において外国では,Stazyk, Ashcraft & Hamann(1982)が大学生を対象として, 反応時間と誤答率をもとに,被乗数,または乗数 5 を含む問題に特異な傾向があること を見出した。 日本においては,先に述べたように,たし算とひき算において,5 が正答率の結果 から,特異数として機能していることが示されている。後藤(2002)は,3,4 年生を 対象に 0~9 の組み合わせからなるかけ算問題を解かせ,反応時間を分析して,0 と 1 と 5 の反応時間が早かったことから,0 と 1 と 5 が,問題への反応が早く働く特異数 としている。しかし,回答が不十分であった被験者 3 年生 36 名中 10 名が除外,4 年 生 32 名中 6 名が除外されており,誤答率や正答率の視点での分析は行われていない。 このように,かけ算習得過程における 2 年生を対象とした正答率での研究は,日本に おいては,まだ見当たらない。 そこで,この章では,誤答率の高かった九九を集約し,その要因が音韻やワーキン グメモリーの容量に起因するかを検証する。また,かけ算九九学習における特異数の 存在を明らかにする。 第 2 節 調査対象とデータ収集の方法 1.調査協力校 研究の趣旨に賛同したA 市内の通常の唱える教え方をしている研究協力校 B 小学校 2 年生 4 学級 122 名(男 65 名、女 57 名)であった。 2.データ収集 201×年 12 月と 201×+1年 2 月の 2 回実施した。時間帯は、朝の会を使用した。 数字の乗数と被乗数の 1 と 9 の出現が前半と後半でほぼ均等になるように分けた後, ランダマイズして作成した九九81 問問題用紙を各担任が配布し,「始め」の合図で開 始した。10 分後に問題用紙を集め,各担任が採点し,別紙 81 問結果一覧表に誤った 結果のみを記入した。未回答の問題があった場合は,/の記入を依頼した。
第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因 23 3.倫理的配慮 研究協力校には事前に研究の趣旨を説明し,学校長及び2 年生学年担任の同意を得 たのち,実施をお願いした。個人情報を保護するために,実施したかけ算 81 問九九 プリントは結果のみを名前の代わりにコード化した番号をつけた結果一覧表に記入を 依頼した。 第 3 節 結果と考察 1.つまずきやすい九九 12 月と 2 月の誤答率の高かったかけ算九九を,表 2-1に示した。12 月も 2 月も, 4(し)と7(しち),7(しち)と8(はち)の音韻が似た数字の入っている九九が 多い。また,2 月の段階では,7×6 と 6×7,7×4 と 4×7 のように,交換法則の成 り立つ九九の間違いも4.1%存在した。 今回の結果は,ベネッセ教育総合研究所(2013)が行った「小学生の計算力に関す る実態調査 2013」2 年生の結果で報告されている乗法九九の誤答傾向とほぼ一致して いる。なお,今回の調査では,未回答はなく,誤答のみの記載であった。 各九九の 12 月と 2 月の誤答率(誤答人数)の詳細を図 2-1-1 と図 2-1-2 で示した。 網掛けがないのは,誤答率 0%(誤答人数 0 人)である。 表2-1 12 月と 2 月の誤答率の高かったかけ算九九 2.九九における特異数 調査月ごとの被乗数と乗数の正答数を集計し, 第 1 要因を乗数(1~9),第 2 要因を 被乗数(1~9),第 3 要因を調査月の 3 要因調査協力者内計画による分散分析法で SPSS Statistics 25 を使用して検定を行った。
第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因 24 その結果,乗数,被乗数,調査時期との間に有意な交互作用は見られなかった。乗 図2-1-1 12 月の各九九の誤答率(誤答人数) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 2 3 4 5 6 7 8 9 7.4%(9人) 6.6%(8人) 4.9%(6人) 4.1%(5人) 3.3%(4人) 2.5%(3人) 1.6%(2人) 0.8%(1人)
乗 数
被
乗
数
1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 2 3 4 5 6 7 8 9 4.9%(6人) 4.1%(5人) 3.3%(4人) 1.6%(2人) 0.8%(1人)乗 数
被
乗
数
第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因 25 図2-1-2 2 月の各九九の誤答率(誤答人数) 数 の 正 答 数 の 主 効 果 ( F(8,2195) = 7.49,p < 0.01 ), 被 乗 数 の 正 答 数 の 主 効 果 (F(8,2195)=7.95,p<0.01),調査時期の主効果(F(1,4391)=20.5,p<0.01)はいず れも有意であった。 そこで,Tukey-Kramer 法による乗数と被乗数ごとの 1 から 9 の正答数の多重比較 を行った。乗数の 12 月は,1 と 2 と 5 の正答数が 6 と7の正答数と比べて有意に高く (p<.05),2 月は,1 と 5 の正答数が 6 の正答数と比べて有意に高く(p<.05)なっ た。被乗数の 12 月は,1 と 5 の正答数が 4 と 6 と 7 と 8 と比べて有意に高く(p<.05), 2 月は,1 と 5 の正答数が 6 と 7 の正答数と比べて有意に高く(p<.05)なった。 被乗数と乗数の数字毎の平均正答数と標準偏差を表 2-2 に示した。 乗数と被乗数の両方において,12 月と 2 月共に 1 と 5 の正答数が高くなっているこ とから,かけ算九九において 1 と 5 が特異数であることが示唆された。 表 2-2 被乗数と乗数の数字毎の平均正答数と標準偏差 第 4 節 本章のまとめ 本章の目的は,誤答率の高い九九の要因を検討すること,九九学習における特異数 平均正答数 標準偏差 平均正答数 標準偏差 1 8.99 0.09 8.99 0.09 2 8.95 0.22 8.96 0.20 3 8.92 0.28 8.96 0.20 4 8.81 0.45 8.91 0.39 5 8.98 0.12 8.98 0.12 6 8.83 0.51 8.84 0.41 7 8.82 0.43 8.87 0.40 8 8.80 0.52 8.92 0.28 9 8.93 0.25 8.93 0.33 1 8.98 0.12 8.99 0.09 2 8.94 0.23 8.96 0.20 3 8.89 0.36 8.97 0.18 4 8.83 0.51 8.90 0.35 5 8.95 0.22 8.98 0.12 6 8.77 0.54 8.84 0.41 7 8.75 0.58 8.89 0.36 8 8.80 0.52 8.93 0.33 9 8.87 0.40 8.92 0.28 12月 2月 被乗数 乗数
第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因 26 の存在を検証することの2 点であった。以下,本章で得られた知見を整理し,研究の 限界と課題を述べる。 1.本研究で得られた知見とその意義 九九学習が何度も九九を声に出して繰り返して覚えることで短期記憶から長期記憶 へとつなげている学習スタイルが主であるが故に,音韻の似ている数字を間違えて覚 えてしまう可能性が高いことが示唆され,先行研究の結果を実証できた。音の聞き分 けや自分の発した音への集中や音韻認識が弱い児童の場合に,このように間違えてし まう可能性が高いと考えられる。九九学習で,音韻の似た数の間違いを防ぐ支援が必 要であるといえる。また,長期記憶に転送されるまでは,ワーキングメモリーに負荷 がかかるため,ワーキングメモリーに弱さがあると未習得に繫がりやすい可能性が示 唆された。 前半に学習する九九で,覚え間違えると後半に学習する九九も間違える可能性(例 えば,前半の4×7 を間違えると後半に学習する7×4 も間違えるなど)があることか ら,前半に学習する九九を正確に覚えることや,交換法則を早い段階で使えるように する等の手立てを講じる必要がある。 九九学習において,たし算,ひき算と同様に 5 が特異数であることが示唆された。 糸井(2008)が述べた乳児・幼児期から生得的に 5 を使用するメカニズムが備わって おり,かけ算でも機能していると考えられる。特異数である 5 の機能を生かし,5 の 段で,九九の【1あたり量】×【いくつ分】=【全部の数】という考えを理解させる ことが,短期記憶の弱さを補う手立てになるであろう。九九学習前の5 とびの数を唱 えるゲーム等により,特異数5 を強化することも有用であると考える。 2.研究の限界と課題 本章の研究は,通常の学級児童を対象にした研究であった。文部科学省(2012)の 公表した調査結果によると,小学校2 年生では,8.3%の児童が何らかの困難をかかえ ているという。今回の研究でも,通常の学級の中にいる発達障害児のデータが含まれ ていたと考えられる。今回は,対象者を特定しない方法で調査したため,通常の学級 にいる発達障害児のかけ算九九学習での誤答の特徴を捉えているとは言い切れない。 発達障害児の誤答の特徴を明らかにするには,発達障害児を対象とした九九学習のデ
第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因 27 ータを収集し,発達障害児の九九学習での特徴を検証する必要がある。 <第2章 引用文献> ベネッセ教育研究開発センター(2007):小学生の計算力に関する実態調査 2007-計 算力調査から-. ベネッセコーポレーション. ベネッセ教育総合研究所(2013):小学生の計算力に関する実態調査 2013 2 年生の結 果,15.
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第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因
28
を必要とする児童生徒に関する調査結果について.
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第2 章 かけ算九九学習で誤答率の高い九九の要因 29 251-266.
第 3 章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因
第2 章のまとめをふまえ,本章では,発達障害児のかけ算九九学習での特徴を明ら かにする。具体的には,発達障害児の誤答率の高かった九九を集約し,その要因を検 討する。また,発達障害児特有の誤り方や,発達障害児に機能する特異数の存在を検 証する。 第 1 節 調査対象とデータ収集の方法 1.調査対象児 LD 児親の会を通じて研究を依頼し,趣旨に賛同の得られた小学 2 年生 23 名(男子 18 名,女子 5 名)を調査対象児とした。なお,調査対象児の知的水準は,100±1SD (標準偏差)内の 85~115 であった。対象児童発達障害名別人数の内訳を以下の表 3-1 に記した。 表 3-1 対象児童の発達障害名別内訳人数 2.データ収集 201×+1年 2 月に,C 県 D 市にある研修室において,個別に調査を実施した。研 究1と同じ九九81 問問題用紙を用いて,「始め」の合図で開始し,10 分後に問題を集 めた。別紙 81 問結果一覧表記録用紙に誤った結果のみを記入し,実施した問題用紙 は,その場で返却した。23 名全てに,未回答はなかった。 3.倫理的配慮 事前に研究の趣旨と研究協力の用紙を配布し,賛同者を募集した。実施前に研究の 趣旨を再度説明し,文書にて承認を得た。個人情報にあたる知的水準と障害名は持参 した資料を基に,85~115 の範囲内の知的水準に適合するかを確認し,数値は記録し 男 女 LD 8 0 8 ADHD+LD 3 0 3 ADHD 3 0 3 ASD 4 5 9 発達障害名 性別 合計人数第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因 30 なかった。該当障害名(該当する複数障害名)にチェックし,結果一覧表には,性別 と誤答結果のみを記入した。 第 2 節 結果と考察 1.つまずきやすい九九 誤答率の高かったかけ算九九は,表3-2 に示した。4(し)と 7(しち),7(しち) と8(はち),6(ろく)と 9(く)の音韻が似た数字の入っている九九が多く,交換 法則の成り立つ九九である8×6 と 6×8 の誤答も見られた。通常の学級児童を対象と した九九の誤答と同様の誤答は,要因としても同様と考えられる。図3-1 に各九九の 詳細を示した。 同様の誤答以外に,発達障害児の誤答の特徴をあげるとすれば,被乗数が7,8,9 と九九学習後半で学習する数が多かった。また,通常の学級におけるかけ算九九学習 で正答率の高い特異数と考えられた5 が被乗数または乗数で誤答となる九九が 2 位, 3 位に上がっていた。 表3-2 2 月の誤答率の高かったかけ算九九 2.発達障害児の九九における特異数 第 2 章の研究と同様に,特異数として働く数字を確認した。被乗数と乗数の正答数 を集計し,第 1 要因を乗数(1~9),第 2 要因を被乗数(1~9)の 2 要因調査協力者内 計画による分散分析法で,SPSS Statistics 25 を使用して検定を行った。被乗数の正 答数の主効果(F(8,206)=0.95,ns),乗数の正答数の主効果(F(8,206)=1.35,ns)と もに有意差は見られなかった。発達障害児の被乗数と乗数の数字毎の平均正答数と標 準偏差を表 3-3 に示した。
1
8×6
21.7%
3
7×4
13.0%
1
6×8
21.7%
3
7×7
13.0%
2
4×9
17.4%
3
8×2
13.0%
2
8×4
17.4%
3
8×3
13.0%
2
7×5
17.4%
3
8×7
13.0%
2
6×4
17.4%
3
9×3
13.0%
3
5×7
13.0%
3
9×6
13.0%
順位
九九の問題
誤答率
順位
九九の問題
誤答率
第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因 31 分析の結果、発達障害児のかけ算九九において,正答率が高く働く特異数は見られ なかった。 図3-1 発達障害児の各九九の誤答率(誤答人数) 表 3-3 発達障害児の被乗数と乗数の数字毎の平均正答数と標準偏差 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 2 3 4 5 6 7 8 9 21.7%(5人) 17.4%(4人) 13.0%(3人) 8.7%(2人) 4.3%(1人)
乗 数
被
乗
数
第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因
32
3.発達障害種別の特徴
発達障害種別による誤答率を図 3-1 にまとめた。ADHD+LD の 3 名は LD に入れ,LD が 11 名,ASD が 9 名,ADHD が 3 名として図 3-2 に示した。LD は,11 名中 4 名が,ADHD は,3 名中 2 名が,ASD は,9 名中 6 名が,全問正解であった。 7名分の LD の誤答(図 3-2-1)を見ると,誤答は,各被乗数や各乗数で見られる。 前半(被乗数 1 から 5)の習得も完全ではなく,九九習得に苦戦している様子が伺え る。 1 名分の ADHD の誤答(図 3-2-2)では,被乗数と乗数を交換した九九(4×8 と 8×4) のみに誤りが見られた。 3 名分の ASD の誤答(図 3-2-3)では,1の被乗数や乗数での誤りは見られない。他 に,特徴的な誤りは見られない。 平均正答数 標準偏差 1 8.78 0.67 2 8.43 1.12 3 8.52 0.79 4 8.22 1.31 5 8.39 1.16 6 8.22 1.09 7 8.17 1.15 8 8.13 1.42 9 7.91 2.00 1 8.87 0.46 2 8.74 0.69 3 8.39 1.23 4 8.09 1.56 5 8.43 1.08 6 8.17 1.07 7 8.13 1.29 8 8.22 1.04 9 8.30 1.29 被乗数 乗数
第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因 33 図3-2-1 LD 児の各九九の誤答率(誤答人数) 図3-2-2 ADHD 児の各九九の誤答率(誤答人数) 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 2 3 4 5 6 7 8 9 21.7%(5人) 17.4%(4人) 13.0%(3人) 8.7%(2人) 4.3%(1人)