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かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因

第2章のまとめをふまえ,本章では,発達障害児のかけ算九九学習での特徴を明ら かにする。具体的には,発達障害児の誤答率の高かった九九を集約し,その要因を検 討する。また,発達障害児特有の誤り方や,発達障害児に機能する特異数の存在を検 証する。

1節 調査対象とデータ収集の方法 1.調査対象児

LD児親の会を通じて研究を依頼し,趣旨に賛同の得られた小学2年生23名(男子 18名,女子5名)を調査対象児とした。なお,調査対象児の知的水準は,100±1SD

(標準偏差)内の 85~115 であった。対象児童発達障害名別人数の内訳を以下の表 3-1に記した。

表 3-1 対象児童の発達障害名別内訳人数

2.データ収集

201×+1年2月に,C県D市にある研修室において,個別に調査を実施した。研

究1と同じ九九81問問題用紙を用いて,「始め」の合図で開始し,10分後に問題を集 めた。別紙 81 問結果一覧表記録用紙に誤った結果のみを記入し,実施した問題用紙 は,その場で返却した。23名全てに,未回答はなかった。

3.倫理的配慮

事前に研究の趣旨と研究協力の用紙を配布し,賛同者を募集した。実施前に研究の 趣旨を再度説明し,文書にて承認を得た。個人情報にあたる知的水準と障害名は持参 した資料を基に,85~115の範囲内の知的水準に適合するかを確認し,数値は記録し

男 女

LD 8 0 8

ADHD+LD 3 0 3

ADHD 3 0 3

ASD 4 5 9

発達障害名 性別

合計人数

第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因

30

なかった。該当障害名(該当する複数障害名)にチェックし,結果一覧表には,性別 と誤答結果のみを記入した。

2節 結果と考察

1.つまずきやすい九九

誤答率の高かったかけ算九九は,表3-2に示した。4(し)と7(しち),7(しち)

と8(はち),6(ろく)と9(く)の音韻が似た数字の入っている九九が多く,交換

法則の成り立つ九九である8×6と6×8の誤答も見られた。通常の学級児童を対象と した九九の誤答と同様の誤答は,要因としても同様と考えられる。図3-1に各九九の 詳細を示した。

同様の誤答以外に,発達障害児の誤答の特徴をあげるとすれば,被乗数が7,8,9 と九九学習後半で学習する数が多かった。また,通常の学級におけるかけ算九九学習 で正答率の高い特異数と考えられた5が被乗数または乗数で誤答となる九九が2位,

3位に上がっていた。

表3-2 2月の誤答率の高かったかけ算九九

2.発達障害児の九九における特異数

第 2 章の研究と同様に,特異数として働く数字を確認した。被乗数と乗数の正答数 を集計し,第 1 要因を乗数(1~9),第 2 要因を被乗数(1~9)の 2 要因調査協力者内 計画による分散分析法で,SPSS Statistics 25 を使用して検定を行った。被乗数の正 答数の主効果(F(8,206)=0.95,ns),乗数の正答数の主効果(F(8,206)=1.35,ns)と もに有意差は見られなかった。発達障害児の被乗数と乗数の数字毎の平均正答数と標 準偏差を表 3-3 に示した。

1

8×6

21.7% 3

7×4

13.0%

1

6×8

21.7% 3

7×7

13.0%

2

4×9

17.4% 3

8×2

13.0%

2

8×4

17.4% 3

8×3

13.0%

2

7×5

17.4% 3

8×7

13.0%

2

6×4

17.4% 3

9×3

13.0%

3

5×7

13.0% 3

9×6

13.0%

順位 九九の問題 誤答率 順位 九九の問題 誤答率

第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因

31

分析の結果、発達障害児のかけ算九九において,正答率が高く働く特異数は見られ なかった。

図3-1 発達障害児の各九九の誤答率(誤答人数)

表 3-3 発達障害児の被乗数と乗数の数字毎の平均正答数と標準偏差

1 2 3 4 5 6 7 8 9

1

2

3

4

5

6

7

8

9

21.7%(5人) 17.4%(4人) 13.0%(3人)

8.7%(2人) 4.3%(1人)

乗  数

第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因

32 3.発達障害種別の特徴

発達障害種別による誤答率を図 3-1 にまとめた。ADHD+LD の 3 名は LD に入れ,LD が 11 名,ASD が 9 名,ADHD が 3 名として図 3-2 に示した。LD は,11 名中 4 名が,ADHD は,3 名中 2 名が,ASD は,9 名中 6 名が,全問正解であった。

7名分の LD の誤答(図 3-2-1)を見ると,誤答は,各被乗数や各乗数で見られる。

前半(被乗数 1 から 5)の習得も完全ではなく,九九習得に苦戦している様子が伺え る。

1 名分の ADHD の誤答(図 3-2-2)では,被乗数と乗数を交換した九九(4×8 と 8×4)

のみに誤りが見られた。

3 名分の ASD の誤答(図 3-2-3)では,1の被乗数や乗数での誤りは見られない。他 に,特徴的な誤りは見られない。

平均正答数 標準偏差 1 8.78 0.67 2 8.43 1.12 3 8.52 0.79 4 8.22 1.31 5 8.39 1.16 6 8.22 1.09 7 8.17 1.15 8 8.13 1.42 9 7.91 2.00 1 8.87 0.46 2 8.74 0.69 3 8.39 1.23 4 8.09 1.56 5 8.43 1.08 6 8.17 1.07 7 8.13 1.29 8 8.22 1.04 9 8.30 1.29 被乗数

乗数

第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因

33

図3-2-1 LD児の各九九の誤答率(誤答人数)

図3-2-2 ADHD児の各九九の誤答率(誤答人数)

1 2 3 4 5 6 7 8 9

1

2

3

4

5

6

7

8

9

21.7%(5人) 17.4%(4人) 13.0%(3人)

8.7%(2人) 4.3%(1人)

乗  数

第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因

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図3-2-3 ASD児の各九九の誤答率(誤答人数)

3節 本章のまとめ

本章の目的は,発達障害児の九九の誤答要因を検討すること,発達障害児特有の誤 り方があるのか,あるいは正答率が高くなる特異数があるのかを探ることの2点であ った。以下では,研究で得られた知見を整理し,研究の限界と課題を述べる。

1.本研究で得られた知見とその意義

発達障害児の九九の誤りの傾向は,通常の学級で得られた誤り方と同様であった。

しかし,詳細にみると,いくつかの点で差異が見られた。まず,音韻の似ている数字 に間違えて覚えてしまう可能性があることは,同様に示唆されているが,似ている音 の九九が4(し)と7(しち),7(しち)と8(はち)に限らず,1(いち)と7(し ち)と8(はち),6(ろく)と 9(く)と多岐に渡っていた。海津(2016)が,読 みと算数の基礎学力との関連を分析し,読み書きにつまずくLDは,より音韻の影響 を受けることを明らかにしていることから,九九を唱えることでつまずいた可能性が 高い。

熊澤・後藤・雲井他(2011)の研究結果では,音韻ループの弱い児童(聴覚記憶の弱

1 2 3 4 5 6 7 8 9

1

2

3

4

5

6

7

8

9

22.2%(2人) 11.1%(1人)

乗  数

第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因

35

い児童)に対しては,意味ルートを活用した指導が有効であったことが報告されている。

したがって,音韻の影響を受けやすいLD児には,九九のきまりを自分で意味づける 意味ルートを強化し,九九を想起できるようにすることが,誤答を防ぐことになるの ではないかと考える。

後半に学習する九九ほど,誤答が多い要因としては,九九後半で学習する交換法則 が理解できなかったためと考えられる。前半に習得した九九を交換法則として使用で きず,後半の九九も1から丸覚えをしようとしている,一度誤って覚えた答えを自己 修正できないまま,前半の九九学習で九九練習が嫌になり,意欲を失った,十分な練 習時間がとれなかったことなどが要因として推察される。

Imbo & Vandierendonck(2007)の研究によると,1桁の加算であっても,答えを

記憶から検索するときにワーキングメモリーの負荷が大きいという。限られた容量の ワーキングメモリーへの負荷を減らす方法として,指導者が問題を読み上げる,自分 の選択した方略で答えを出すことが有効であるという湯澤・湯澤・齋藤(2009)の研 究結果もある。ワーキングメモリーが弱い児童の場合,九九カード(九九毎にカード になっていて,表に九九の式,裏に答えが書いてある)を用いる練習では,答えのみ を言う方法が有効と思われる。

注意の集中・持続に弱さがある場合,九九を自動化する,正確に記憶するまでの練 習が十分でないと考えられる。今井・黒田(2011)の研究によると,注意の集中・持 続に弱さがある児童に対して,問題数を絞る方が有効であるという。注意の集中・持 続に弱さがある児童の九九練習は,1回の練習時間を短くした上で,繰り返し反復練 習を飽きさせない工夫が必要であろう。

次に,発達障害児における九九学習での特異数について検討する。算数の学習困難 の原因が,乳児期からの数量概念の発達が阻害されるとの報告がある(Raghubar ,

Barnes & Hecht,2010)。また,手指失認・左右識別障害・書字障害(失書)・計算

障害(失算)の4症候で構成される障害として発達性ゲルストマン症候群がある。発 達性ゲルストマン症候群の児童の場合,手指を使用して計算すると,かえって計算誤 りが生じやすくなる。川合・生柄(2010)は,暗算・筆算の反復学習により,計算誤 りを改善した症例を報告している。

これらの研究結果は,本来,数量概念として発達に伴い機能する 5 が機能しない児 童が存在することを意味している。今回の研究においても,発達障害児の中に 5 を特

第3章 かけ算九九学習での発達障害児の誤答の要因

36

異数として活用できない児童がいたと考えられる。5 のかけ算に誤りのある児童の場 合,1 年生の学習「9 までの数」で 5 のかたまりが意識できているかまで確認する(小 林・野崎,2012)ことが重要であろう。そして,5 の概念の未学習か,学習困難かに よって支援を考える必要性がある。算数障害の定義(熊谷,2016)に関わる着目点と いえ,今後さらに詳細に調べる必要度がある。

2.研究の限界と課題

今回の研究対象のデータ数が少なかったため,分散分析で有意差が出なかった可能 性が高い。特異数については,データ数を増やし,再度,検証を行うべきであろう。

考察で,発達障害児の誤答から,発達障害児の認知特性に応じた九九学習でつまず く仮説とその支援を検討した。実際にどのような支援が有効であるかを個別の事例を 通して,詳細に検証していきたいと考えている。また,通常の学級での九九練習に対 する支援として,認知特性に応じた九九練習を取り入れ,その効果を検証する必要が あろう。

<第 3 章 引用文献>

今井俊彦・黒田吉孝(2011):計算能力に困難がある ADHD・LD 事例と知的障害学級在 籍事例への支援を通した比較研究. 滋賀大学教育学部紀要教育科学,61,77-90.

Imbo, L., & Vandierendonkc, A. (2007): The development of strategy use in elementary school children:Working memory and individual differences, Journal of Experimental Child Psychology, 96,284-309.

小林道正・野﨑昭弘(2012):算数・数学つまずき事典 9 までは忘れちゃいけない 5 といくつ. 日本評論社,6-9.

熊谷恵子(2016):算数障害とは. こころの科学,187,46-52.

熊澤 綾・後藤隆章・雲井未歓他(2011):ひらがな文の読み障害をともなう LD 児に おける漢字単語の読みの特徴:―漢字単語の属性効果に基づく検討―. 特殊教育学 研究,49,117-126.

栗山和広(1996):幼児の数表象の構造 -特異数に関する 2 つの仮説の検討―. 宮 崎女子短期大学紀要, 23,27-34.

文部省(1999):学習障害児等に対する指導について(最終報告).