第3章の課題として,発達障害児の認知特性に応じた九九学習のつまずきと支援方 法の仮説を検証していくことを示した。
本章では,かけ算九九学習における ADHD 児と ASD 児のつまずきに応じた必要な配慮 や支援の視点を,障害特性と認知特性に着目して明らかにする。そのために,研究1 では,九九学習における認知機能であるワーキングメモリーの関与について客観的に 実証するための事前研究を行う。研究 2 では,その結果を踏まえ,九九学習において,
ADHD 児と ASD 児の障害特性とワーキングメモリーとの両要因をもとに,「九九学習へ の配慮に必要となる要因の組み合わせの類型化」のための調査研究を実施する。研究 3 では,研究 2 の結果等による類型に対応させた「九九学習で ADHD 児と ASD 児の障害 特性や認知特性に着目したときの配慮や支援の視点を明らかにする」ための実践研究 を行う。得られた結果をふまえ,通常の学級における九九習得多層指導モデルにつな がる障害特性や認知特性への配慮や支援の視点をまとめる。
第4章 かけ算九九学習での発達障害児の障害特性とワーキングメモリー
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第1節 研究1 かけ算九九学習におけるワーキングメモリーの役割 1. 目的
先述した通り,九九学習は,自動化に至るまでは,該当する九九を頭の中にとどめ て,頭の中で九九を唱えたり,九九の答えを導いたりとワーキングメモリーに負荷の かかる活動と考えられる。九九習得にワーキングメモリーが関与していると推定され るが,客観的に実証した研究は見当たらない。そこで,「ワーキングメモリーは,九九 習得に関与し,ワーキングメモリーに課題のある児童は,九九学習での九九習得にも困 難が生じる」との仮説を検証する。このことから,九九学習の難易に認知的要因の一 つとして,ワーキングメモリーが関与していることが立証でき,九九学習での重要性 は,ワーキングメモリーへ配慮することであることを提示できる。
2. 調査対象とデータ収集の方法 1.研究協力者
研究の趣旨と方法を明記したプリントを通じて研究協力者を募り,研究協力当日に も再度研究の説明を本人と保護者に行い,書面にて,承諾を受けた通常の学級に在学す る知的水準の FSIQ が 100±1SD(標準偏差)内の 85~115 である知的遅れのない小学 2 年生男子 18 名,女子 2 名,計 20 名であった。
2.実施時期
20××年 2 月末から 3 月上旬にかけて実施した。
3.手続き
A 県内の B 研修室で WISC-Ⅳの実施と, A4 サイズ 1 枚に,被乗数 1 から 9 に,それ ぞれ乗数を 1 から 9 までをかけた計 81 問をランダマイズして作成したプリントで九九 習得率の評価を行った。字体は HG 教科書体を用い,ポイント数は 16 ポイントを使用し た。「始め」の合図開始と同時に,所要時間を計測した。
4.分析方法
WISC-Ⅳの全検査 IQ(Full Scale Intelligence Quotient ;これ以降は FSIQ と略記)
や言語理解指標(VCI),知覚推理指標(VCI),ワーキングメモリー指標(WMI),処理 速度指標(SPI)の 4 つの各指標 IQ と九九の正答率との相関分析を行なった。
5.倫理的配慮
事前に研究の趣旨と研究協力の用紙を配布し,研究協力への承諾を得た。実施前に 研究の趣旨を再度,口頭と文書で説明を行い,合意の後,文書にて承認を得た。個人
第4章 かけ算九九学習での発達障害児の障害特性とワーキングメモリー
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情報にあたる WISC-Ⅳや聞き取りの情報については,個人名は記入せず,鍵のかかる 保管場所にて管理し,論文においても,個人が特定されないような記述とした。
3. 結果と考察
SPSS による相関分析を行なった結果,ワーキングメモリー指標(WMI)と正答数は 有意な正の相関が認められた(r=.469,p<.05)。FSIQ や他の 3 つの指標(VCI,
PRI,PSI)と正答数との間に有意差はなかった。
九九学習においても,ワーキングメモリーの役割は大きいことが実証できた。ワー キングメモリーに課題のある児童には,ワーキングメモリーへの負荷が軽減できる学 習方法の提案が重要と考えられた。今回の研究では,WMI が 85 以下の児童に,九九の 誤りがあった。九九学習に入る前に,ワーキングメモリーに困難がある児童の場合,
ワーキングメモリーへの配慮の必要性が示唆された。ADHD や ASD を抱える児童の場合,
障害特性からくる困難さも九九学習に関与している可能性について先述した通りであ り,その障害特性の要因を考慮した支援も必要となる。そこで,認知特性と障害特性 の両要因をどのように配慮していくかのタイプ別を検討することが必要であると考え られる。
第2節 研究2 障害特性とワーキングメモリーの両要因をもとにした誤答類型化 1. 目的
研究1で,九九学習の難易に関与する認知的要因として,ワーキングメモリーの困 難さが明らかになった。しかし,かけ算九九学習において,ADHD 児と ASD 児の場合,
吉田・都築(2015)や室橋(2014)が指摘したように,障害特性からくる困難さにも 配慮することも必要である。また,同様の障害名であっても,障害特性は一律ではな く,障害特性の顕著さ,そして,ワーキングメモリーの困難さにより,配慮の度合い も異なってくるであろう。そこで,本研究 2 では,ADHD 児と ASD 児の障害特性とワー キングメモリーの困難さとを組み合わせた要因をもとに,九九学習への配慮に必要と なる要因の類型化を試みる。そのことで,より細やかな九九学習への事前の配慮や学 習支援も可能にすることができると考えられる。
2. 調査対象とデータ収集の方法 1.研究協力者
発達障害を抱える子どもの親の会を通じて研究を依頼し,趣旨に賛同の得られた小
第4章 かけ算九九学習での発達障害児の障害特性とワーキングメモリー
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学 2 年生 37 名(男子 31 名,女子 6 名)を研究協力者とした。なお,研究協力者の知 的水準は,FSIQ が 100±1SD(標準偏差)内の 85~115 であった。対象児童の障害種 別毎の人数の性別や WMI を表 4-①, 表 4-②に記した。
2.実施時期
20××年の 3 月に実施した。
3.手続き
A 県内の B 研修室で,研究1と同様の手順で,WISC-Ⅳと九九プリントを実施した。
加えて,ADHD と診断されている児童の保護者には,ADHD 評価スケール(以下,ADHD
-RS と表記)を,ASD と診断されている児童の保護者には自閉症スペクトラム指数(AQ)
児童用(以下,AQ と表記)を実施した。
4.倫理的配慮
事前に研究の趣旨と研究協力の用紙を配布し,研究協力への承諾を得た。実施前に 研究の趣旨を再度,口頭と文書で説明を行い,合意の後,文書にて承認を得た。個人 情報にあたる WISC-Ⅳや ADHD-RS や AQ や聞き取りの情報については,コード化して個 人名は記入せず,鍵のかかる保管場所にて管理し,論文においても,個人が特定され ないような記述とした。
図 4-1 ワーキングメモリー合成得点と ADHD-RS パーセンタイルまたは AQ 指数とのプロ
ワーキングメモリー合成得点
110 ⑫
109 ③
108 ち
107 106 105 104
103 ⑰ た
102 そ ⑤ ⑧
101
100 ④ お
99 98
97 ⑨ つ
96
95 ⑦ さ
94 け ① ⑪ て し
93
92 か
91 ② ⑥ こ い
90 す
89
88 き ⑱ ⑬
87
86 ⑩ ⑮
85 せ う
84 あ
83
82 く え
81 80
79 ⑯
78 77 76 75 74
73 ⑭
72
99 98 97 96 95 94 93 92 91 90 89 88 87 86 85 84 83 82 81 80 79 78 77 76 75
39 38 37 36 35 34 33 32 31 30 29 28 27 26 25 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 自閉症スペクトラム(AQ)指数 ADHD評価スケールパーセンタイル
第4章 かけ算九九学習での発達障害児の障害特性とワーキングメモリー
41 ット
注:丸数字は ADHD 児,ひらがなは ASD 児を表す。太字で下線は九九に誤りのあった児童 を表す。
3. 結果
ワーキングメモリーの値を縦軸に,ADHD-RS のパーセンタイル値もしくは AQ のス ペクトラム指数を横軸に記入したグラフに研究協力者をプロットし,類型をこころみ た。ワーキングメモリー合成得点は,100(標準得点)から1SD(標準偏差)以下にあた る 85 以下を配慮要とみなし,ADHD-RS では 85%タイル以上を配慮要とした。AQ スコ アでは、カットオフ得点とされる 25 点以上を配慮要として各児童をプロットした。丸 数字は ADHD 児,ひらがなは ASD 児である。太字で下線は,九九に誤りがあった児童で ある(図 4-1,表 4-①, 表 4-②参照)。
4. 考察と課題
ワーキングメモリー合成得点を 85 と 86 の間を境界線とし,ADHD-RS では 84%と 85%の間,AQ 指数では,カットオフにあたる 24 と 25 の間に境界線を引くと4つのグ ループに類別された。ワーキングメモリーへの配慮を要するという意味を W で表し,
障害への配慮を D で表し,ⅠWD 型,ⅡW 型,ⅡD 型,Ⅲ型(九九の誤りのないグルー プ)と4つの類型に分類した(Fig.4-2 参照)。4 つのグループは,ワーキングメモリ ーと障害特性の両方に配慮を要するグループ(ⅠWD),ワーキングメモリーのみに配慮 を要するグループ(ⅡW),障害特性に配慮を要するグループ(ⅡD),配慮をあまり必 要としないグループ(Ⅲ)である。ⅡD 型にあたる ADHD 児は,HI(多動・衝動優位)
タイプ,IA(不注意優位)タイプ,混合タイプの 3 タイプになる。このように,類型 することで,九九学習での認知特性や障害特性への配慮指導を行うことができる。そ の類型化別の指導効果を検証することが,次の課題であると考えられる。
表 4-① ADHD 児の WMI と ADHD-RS パーセンタイルと九九誤答数