本章では,第2章から第5章までの研究の総合考察として,第一に,唱えて覚える かけ算九九学習という日本独自の学習方法を,認知情報処理モデル(第1章図1-1)
にあてはめて捉え直し,整理したつまずきの要因に応じた支援や配慮を明確にする。
第二に,通常の学級における実際の指導を想定して,要因に応じた支援や配慮を取り 入れた 3 つのステージからなるかけ算九九学習多層指導モデルを提示する。そして,
最後に,本研究の限界と課題について述べる。
第1節 かけ算九九学習におけるつまずきと支援の課題
第2章では,誤答率の高かった九九を集約し,誤答要因の分析を行った。第3章で は,小学2年生発達障害児の誤答率の高かった九九を集約し,その要因を検討した。
第4章では,かけ算九九学習におけるワーキングメモリーの役割,ADHD児とASD 児の障害特性とワーキングメモリーの困難さとを組み合わせた要因をもとに,類型化 し,各型に応じたかけ算九九学習への事前の配慮や学習支援の実践研究を行った。第 2 章から第 4 章の研究をふまえて,通常の学級におけるかけ算九九学習多層指導モデ ルの実践を行い,通常の学級における効果的なかけ算九九学習指導の在り方を検討し た。1st ステージから3rdステージまでの各型の配慮や学習支援の実践を第5章に示 した。
通常の学級におけるかけ算九九学習多層指導モデルの階層と方法の詳細については,
第 3 節で述べるが,この節では,1stステージと 2stステージで重視する認知情報処 理過程(入力・認知・出力)におけるつまずきとそれに応じた支援や配慮モデルを提 示する。
1.入力から認知過程におけるつまずきと支援
まず,かけ算九九学習が音声を中心とした学習であることから,音声入力でのつま ずきに対する支援が必要であると言われてきた。音声入力でのつまずきの要因として,
音韻認識の弱さ,聴覚的ワーキングメモリーの弱さ,聴くことの選択的注意の弱さ(後 藤,1999;湯澤・河村・湯澤,2013;室橋,2014)と考えられている。それぞれの要因 について,本研究の知見との関連性について示す。
第6章 情報処理過程のつまずきに配慮したかけ算九九学習多層指導モデルの提案
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第2章の通常の学級児童122名の誤答率の高かったかけ算九九の集約結果(23頁,
表2-1)では,4(し)と7(しち),7(しち)と8(はち)の音韻が似た数字の入
っている九九に誤答が多く見られた。このことから,かけ算九九学習で,音韻の似た 数の間違いを防ぐ支援が必要であるといえる。そこで,通常の学級の一斉指導で行う 音声入力でのつまずきに配慮した支援として,第5章の指導実践では,授業導入時に は,以下のことが有効であると示された。教師が行う指導上の配慮としては,音韻の 混乱を生じない手立てを講じる。入力時の音韻認識の弱さに対応した,特に誤答を防 ぐ手立てとして,数詞を言い換える方法(4→シからヨン,7→シチからナナ,9→
クからキュウ)を取り入れる。聞き誤りを防ぐ手立てとして,聴覚把持の弱さに対応 して,特に数詞の一部を強調する(1→イ・チ,6→ロ・ク,7→シチ・,8→ハ・チ)ように 指導上の工夫を行う。児童が覚える方略として,児童が使用し易い認知方略に着目し,
九九を何度も唱えて音声を頼りに覚える継次的な聴覚音声回路の練習方法に併せて,
問題と答えがセットになった九九表を見て覚える視覚優位の同時的な練習方法を取り 入れるようにする。発達障害児の誤答率の高かったかけ算九九の集約結果(30頁,表 3-2)から,前述した数詞だけでなく,1(いち)と7(しち)と8(はち),6(ろ
く)と 9(く)と,発達障害児は,さらに音韻の混乱が生じやすい。したがって,通
常の学級で行うかけ算九九学習では,学習当初,1st ステージに入る導入段階から,
前述した音韻認識の弱さへの指導上の配慮や工夫を意識して行うことが重要である。
次に,入力部分として,ワーキングメモリーの弱さからくるつまずきへの配慮や工 夫を述べる。WISC-Ⅳのワーキングメモリー指標(WMI)と正答数は有意な正の相関が 認められた結果(38 頁,第 4 章研究1の結果)から,かけ算九九学習における,ワー キングメモリーの役割が大きいことが示唆された。そこで,ワーキングメモリーに課 題のある児童には,ワーキングメモリーへの負荷が軽減できる指導上の配慮が重要と 考えられる。九九の式は言わないで,答えのみを言うように促すことが有効であろう。
また,通常の学級における実践の過程において,九九の式を見て答えるという,学 習場面での視覚入力による形の似た数字の見間違いや黒板からノートへの写し間違い などのつまずきが生じていることも確認された(75 頁)。視覚入力でのつまずきの要 因は,先述した第5章の研究(75頁)やこれまでの研究(秋元,2000;坂本,2005;
橋本・亀井,2008,熊谷,2016)から,視空間認知の弱さ,眼球運動の弱さ,視覚的 ワーキングメモリーの弱さ,見る場所への選択的注意の弱さと考えられる。入力のつ
第6章 情報処理過程のつまずきに配慮したかけ算九九学習多層指導モデルの提案
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表6-1 入力によるつまずきの要因とそれに対応する指導上の配慮と工夫
まずきの要因を音声入力と視覚入力に分けた上で,それぞれに対応する指導上の配慮 と指導の工夫を表6-1に整理した。
2.出力におけるつまずきと支援
かけ算九九学習は,覚えた九九の段を教師に聞いてもらい,正しく言えたら「合格」
という学習スタイルがオーソドックスな方法であり,出力部分の音声に頼る部分は大 きい。全体の指導場面でも,「2×2」という式を聞いて「シ」と音声で答えさせる。
入力 つまずきの要因 指導上の配慮(◎)や要因に対応する工夫(○)
音韻認識の弱さ
◎似た音の聞き間違いや言い間違いを防ぐ ために本人の言いやすい方法(例えば,「7」
を「シチ」ではなく「ナナ」,「4」を「シ」ではなく「ヨ ン」,「9」を「ク」ではなく「キュウ」等)を奨励す る。
〇聞き分けしやすいように音の一部だけを強 調する。
聴覚的ワーキングメモリの弱さ
◎九九の式を言わないで答えのみ(例えば
「2×2=4」を「ニニンがシ」ではなく「シ」)を言う ように促す
〇九九を体感(例えば,身体で九九を表現す る,運動場で4×2を4人組を2つ作って,フラ フープ2個に4人ずつ入っている活動を行った り見たりするなど)する。
聴くことへの選択的注意の弱さ
◎行っている九九のみを前に書く,提示す る。
〇声のトーンを変えて,聞き誤りやすい音の みを大きく言う。
〇本人に「今から〇〇の九九をするよ」と注 意喚起をしてから練習を始める。
視空間認知の弱さ
◎本人の見やすい字体や文字の大きさを使 用する。
〇九九表は,見出しの行と列(被乗数と乗 数)の色を変える。
〇九九表の見る場所だけを提示する。
眼球運動の弱さ
◎時間的制限をかけないで,本人が問題を 見る時間を保障する。教師は「待つ」。
〇九九表は縦,横の空間を見易いように間 隔をあける。
視覚的ワーキングメモリの弱さ
◎提示される九九と同じ九九を自分の近くに 置く。
〇練習している九九を掲示しておく。
見る場所への選択的注意の弱さ ◎見る「九九」のみを提示する。
〇注意喚起してから練習を始める。
音声入力
視覚入力
児童の方略(☆)
☆音声に頼らないで九九 カードや九九表を「見て」覚え る。
☆九九の式を見て答えのみを 言う。
☆板書している九九に注目し て、九九を唱える。
☆自分の見やすい色や大きさ の九九表を選び,自分の机に 貼る。
☆全体の九九表では,枠に囲 まれた場所のみに注目して,
声に出して唱える。
☆九九を指で押さえ,順番に 見る。
☆九九表を個別に用意し,手 元にある九九表を使用する。
☆九九を声に出して読む。
☆「九九のうた」や「ゴロ合わ せ」のように,得意な聴覚的 ワーキングメモリーや意味ルー トを使って覚え方を工夫する。
☆どこを見ているかを指でおさ える。
☆見ている場所がわかるよう に,定規等をあてる。
☆見る九九に注目できるよう に見る九九にしるしをつける,
丸で囲むなど自分なりにわか りやすいやり方を選択する。
第6章 情報処理過程のつまずきに配慮したかけ算九九学習多層指導モデルの提案
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また,覚えた段のかけ算の確認として,式の並んだプリントに答えを書くという書字
(目と手の協応)での出力も求められる。音声出力でのつまずきの要因は,音声入力 と同様に,音韻認識の弱さ,聴覚的ワーキングメモリーの弱さ,注意の弱さがあると 考えられる。書字出力(目と手の協応)でのつまずきの要因は,視覚に頼る部分が強 いので,視覚入力と同様,視空間認知の弱さ,眼球運動の弱さが考えられる。それ以 外に筆記用具を扱うため,不器用さも影響し,書字の誤りも生じる。出力のつまずき の要因とそれに対応する指導上の配慮と指導の工夫を表6-2に示した。
以上,入力,出力におけるつまずきと支援を整理した。1stステージでは,認知情 報処理過程(入力・認知・出力)で,この入力・出力の過程を主たるターゲットとす る。
表6-2 出力のつまずきの要因とそれに対応する指導上の配慮と工夫
出力 つまずきの要因 指導上の配慮(◎)や要因に対応する工夫(○)
音韻認識の弱さ
◎出力時に似た音での再生間違いを防ぐために,入 力時に使用した本人の言いやすい方法で答えること を認める。
〇聞き分けしやすいように音の一部だけを強調して 出題する。
〇出題する九九と同じ九九を一緒にカードで出題す る。
聴覚的ワーキングメモリの弱さ ◎問題の九九の答えも同時に示しておき,選んで答 えることを認める。
聴くことへの選択的注意の弱さ ◎答えるまで忘れないように出題している九九を提 示しておく。
視空間認知の弱さ ◎児童の見やすい色や大きさの九九表を使うことを 認め,提示する課題には印をつける。
眼球運動の弱さ ◎時間的制限をかけないで,本人が答えを書く時間 を保障する。
不器用さ
◎書き終わるまでの時間を保障する。
◎字が汚くても,枠からはみ出ても,答えが合ってい れば,正解にする。
〇問題の間をあけて,答えを書くスパースを大きめに とる。
〇式を写さなくていいように,式を書いた問題を出題 する。
☆(書く負担を減らすため)答えの みを書くようにする。
書字出力
児童の方略(☆)
音声出力
☆4をヨン,7をナナ,9をキュウと言いや すい言い方で答える。
☆音声と一緒に出題される九九 の式を見て答える。
☆答えを選択肢の中から探して 答える。
☆提示された九九を見ながら答 える。
☆自分の見やすい色のついた九 九表を用いて解答する。
☆九九表の乗数と被乗数を指で 辿り,重なった九九の答えを書く。
☆九九を指や色つき定規で押さ えながら,答えを書くようにする。