...L ノ、
存覚教学における幸西義の受容について
本 願 寺 派 堀祐
.:u:’
早
タ
覚如︵一二七O
l
一三五一︶、ならびにその長子存覚︵一二九OI
一三七二一︶の時代は、真宗門徒集団内における 異義の流行、浄土異流の盛行、法華宗の勢力拡大ならびに法然の念仏往生の教説への批判、山寺聖道諸僧等による専 修念仏への非難弾圧等といった社会状況であった。そういった状況のなか、主として、覚如は真宗門徒集団や浄土異 流の主張する異義を意識し、一方、存覚は浄土異流の異義、法華宗徒による批判を意識し、親驚一流の教学を顕示す るため教化活動していった。なお、存覚は、元亨四年︵一三二四︶存覚三十五歳の時に﹃破邪顕正抄﹄を撰述して、 山寺聖道の諸僧等による非難に対して十七カ条にわたって答えている。ただ、こういった非難弾圧は承元の法難以来、 絶えず行われていることである。従って、存覚は、主として、浄土異流や法華宗徒の主張を意識して教化活動を行つ ︵ 3 ︶ ていたと言うことができるであろう。 まず、存覚教学の立場を窺ってみると、存覚の著作中には、念仏往生︵称名正定業︶・信心正因の主張が見られる。 また、念仏往生を信心正因で説明されていたり、信心正因を念仏往生で説明されたりもしている。つまり、存覚は念仏往生がそのまま信心正因、信心正因がそのまま念仏往生という念仏往生即信心正因、信心正因即念仏往生といった ︵ 4 ︶ ことを示そうとしているのである。﹃六要紗﹄において、善導の第十八願取意の文を解説して、善導が第十八願取意 の文に﹁至心信楽﹂の句を除き、﹁称我名号﹂の句を加えられた意は、加えられた﹁称我名号﹂と﹁至心信楽欲生﹂ は一具であるからという。そのわけは﹁至心﹂等の信心とは念仏往生の本願を信知することであって、信心を発すこ つまり、存覚は念仏往生の枠組みのなかで信心正因を主張しており、 ︵ 5 ︶ 覚如の信心正因・称名報恩の立場とは異なる教学展開をなしていると窺うことができる。 とが即ち称我名号の義であるというのである。 一方、幸西の教義は一念義とよばれているが、幸西の著書の殆どが失われていてわずかに﹁京師和尚類衆伝﹄ 巻 章立と に 玄 お 義 い 分 て 抄 現 』 存
し
な しミ 書 で あ る 一巻しか残っていなく、そのなか教義書は ﹃玄義分抄﹄しか存しない。また他には﹃浄土法門源流 ﹃敬仏記﹄﹃一補記﹄﹃略料簡﹄がわずかに引かれているだけである。﹃浄土法門源 流章﹄は法然の弟子で諸行本願義を主張した覚明房長西から浄土教を学んだと言われる凝念によって、極めて客観的 に解説されているのが特徴である。その中、幸西の一念義については、その著書を引用して詳細に述べられている。 幸西の教説を知るためには重要な丈献ということができる。以下、幸西の一念義については、﹁玄義分抄﹂﹃浄土法門 源流章﹄の両書を通して、窺っていくことにする。 覚如と存覚の修学は禅と日蓮の系統を除くほとんどの仏教諸宗にわたっていると言われているが、存覚は覚如のよ うに、浄土宗系の諸流の教義を広く学んでいない。史料によると、覚如は、西山派東山流の阿旦房彰空、幸西の一念 義の慈光寺勝縁、隆寛の長楽寺流の慈信房澄海、禅日房良海より学んだとされている。 一方、存覚はわずかに徳治二 ︵ 9 ︶ 年 ︵ 一 二 一O
七︶存覚十八歳の時に、西山派東山流の阿日房彰空より学んだと記録されているだけである。従って、存 ︵ 印 ︶ 覚の教学における浄土異流義の影響としては、西山派から大いに受けていると言われている。しかしながらもう少し 存覚の教学全体を窺っていくと、存覚自身は修学をされていないと言われている西山派以外の浄土異流からも教学的 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 七存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て J¥ な影響を受けているように思われる。そこで、小論において、存覚教学における幸西義の受容について考察していく ﹂ と に す る 。 存覚における幸西義受容の背景として考えられるものとしては、以下のものが挙げられるであろう。 ー 、 当 時 、 最 多 頁 敬 一 重 念 絵(義 詞巳系 』 の に 影 は 響 を 大 しミ 戸L Jι け て し、 た 一念義系の名僧浄恵が、覚恵の臨終の病床を訪れ、 一 念 義 系 一時札讃を行った。また、 の札讃念仏は、覚恵の多年修習するところであり、名手の誉れ古向かった。なお、覚恵は一念義系音曲の節拍子を定 ︵ ロ ︶ めた教達の上足の弟子である楽心を招いて、修習していた。教達という人物は幸西の弟子だと言われている。 覚如は一念義の勝縁から、 影響が濃いのであるが、その一因として覚恵による感化も大きかったであろうと言われている。従って、その子存 一念義の教学を学んだと一言われている。従って、覚如の教学のうえには、 一 念 義 系 の 覚においても一念義の影響はないとは言えないであろう。 2 、覚如は幸西の門流の勝縁から一念義の教学を学び、幸西の著作の書写をゆるされる。 又慈光寺の勝縁上人に対して、 一念の流をも習学ありけり。これも﹃凡頓一乗﹄﹃略観経義﹄﹃略料簡﹄﹃措心偶﹂ ﹃持玄紗﹂などいふ幸西上人の製作ゆるされによりでかきとり給けり。 ︵ 真 聖 全 三 ・ 八 四 六 頁 ︶ 覚如が勝縁より一念義を学んだのは正応五年︵一二九二︶覚知二三歳であった。存覚は当時、三歳であったので 覚如とともに習学することはありえない。また、 一念義を学んだという記録も残っていないのであるが、覚如の所 持していた幸西の書によって一念義を学ぶことは出来たはずである。
3 、当時、親驚教義の体系化はなされておらず、浄土異流義を学んでいく中で、それを立てようとしていた傾向があ った︵一念義以外からの受容・影響もみられる︶。 ﹃ 最 須 敬 重 絵 調 ﹄ に は 、 いづれの義趣を聞ても、かの教旨をもてあそばんとにはあらず、ただ所伝の珠玉をみがかんがためなり。あまた の宿才に謁し給も、他の相承をならベんとにはあらず、 ひとへにわが家の所伝に同異をわきまへんがためなり。 きれば彼をきき此をききても、 いよいよ一流の気味をそへ義につけ文につけても、ますます当祖の師承をぞたふ と み 給 け る 。 ︵ 真 聖 全 三 ・ 八 四 七 頁 ︶ と言われている。以上のことは覚如のことであるが、それいった傾向は存覚においてもみられたはずである。 4、親鷲においても幸西義の影響を多分に、つけている。親鷲義と幸西義とは共通性があり、 しかも交流もあったと思 われる。存覚自身にとってそのような幸西義について親近感があったに違いない。すなわち、幸西が編纂されたと みなされている﹃唐朝京師善導和尚類衆伝﹄ 一巻は奥書によれば、幸商が建保二年︵一二一四︶までにこの書を編 纂し、門弟の明信によって開版されていることがわかる。本派本願寺に、親驚がこの書から抄出されたと考えられ 一巻は、少康の伝記と善導の教化を受けて、称名しつつ捨身往生を遂げた長安の屠児 宝蔵の伝記を集めたもので、その筆蹟は﹃観経弥陀経集註﹄につぐ親鷲壮年期のものと言われている。そのことは る ﹃ 烏 龍 山 師 並 屠 児 宝 蔵 伝 ﹄ 幸西によってこの書が編纂されてそれほど聞のないころ、すなわち関東在住のころに入手して、抜書されたと考え られるから、親驚と幸西との交渉も推定できる重要な資料の一つであると言われている。 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 九
存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て
。
存覚教学における幸西義の受容について、まず、仏智の義について窺っていく。幸西は、﹃玄義分抄﹄別時門に、 当知南無阿弥陀仏ト念スル外ニ、帰命モ入ルヘカラス、発願モ入ルヘカラス、回向モ入ルヘカラス、唯仏智ヲ了 ス ル 一 心 ニ 皆 具 足 ス ト 也 。 ︵ 日 大 蔵 九0
・ 三 九 一 l 二 一 九 二 頁 ︶ と、﹁南無阿弥陀仏﹂と仏智を領納して称えるところに、自ら衆生往生のための願行を具足するのであって、行者の はからいによって具足するものではない。それを幸西は、﹁仏智を了する一心にみな具足﹂するからであると言われ る。弘願の行者とは仏智を了する者というのである。善悪平等に摂取するという大悲の智慧が阿弥陀仏の本願をあら しめている本体であるので、幸西は弘願を仏智としている。従って、仏智を本体とした本願を信じ、本願力に乗託し ている状態を、仏智に契った能所不二、信知日唯一なる信心といいあらわしたのである。即ち、﹃略料簡﹄ の一乗海釈 一乗者即弘願、弘願即仏智、仏智即一念心也。 ︵ 浄 全 一 五 ・ 五 九 一 頁 ︶ と仏智を一念心といわれているのは、信心即仏智一念心、仏智一念心即信心の状態であるので、弘願の行者は仏智を 了する者であると言うのである。つまり、﹃源流章﹂に、 念仏往生具周成立、必由信心与彼仏智一念相応契会、此事成立、任運往生。 ︵ 浄 全 一 五 ・ 五 九 三 頁 ︶ と、凡夫の信心と仏智一念の心と相応契会している状態を指して念仏往生の法義が成立すると言われているのである。 しかしながら、称名念仏自体を不要として廃することを言っているのではない。すなわち、 行者信念与仏心相応、心契仏智願力一念、能所無二信智唯一、念念相続決定往生。 ︵ 浄 全 一 五 ・ 五 九 一 頁 ︶と、決定往生を﹁念念相続﹂をも含めて主張していたとしていることからも明らかである。幸西は、あくまで念仏往 生の枠内で仏智と相応契会する信心について言及している。ただ、念仏の法門は機のはからいによって成ずるといっ たものではないことを明かすために、幸西は、願力に乗託している念仏の心相である信心を強調するのである。すな わち、信心を仏智と一不すことによって、信心は仏智と同質の無漏智としての性格をもつことになり、行者のはからい によって得るところの有漏智とは全く異なるものということを明らかにしているのである。 ま た 、 ﹃ 玄 義 分 抄 ﹄ 宗 旨 門 に 、 念仏三昧トイハ、釈名ノ南無阿弥陀仏、序題ノ弘願、説偶ノ一乗也。何ソ一乗ト名クル、 一乗トイハ無二無三ノ 義也。其義正ク当教ニ有ト云ヘトモ其文法華ニ出タリ、十方仏土中唯有一乗法無二亦無三除仏方便説トイヘリ。 此一仏果ノ理、初地ニ至テ初テ顕ハル。今経ノ呆ノ念仏三昧ト名別義通也:::当教一一正ク一乗ノ義アリト云ハ、 一乗トイハ弘願、弘願トイハ南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏トイハ念仏三昧、念仏三昧トイハ仏智大乗広智也。群 萌ヲ運載シテ広ク生死ヲ出ス。是レ諸仏ノ無上ノ智慧、真実ノ大乗也。 ︵ 日 大 蔵 九 0 ・ 三 八 二 頁 ︶ と言われている。すなわち、 一乗とは無二無三の絶対の教法のことで一切の衆生を仏に成らしめる唯一の法のことで あ る 。 ま ず 、 一乗法は弘願であるという。弘願とは阿弥陀仏の本願であり、あらゆる衆生をわけへだでなく平等に浄 土に往生せしめるという阿弥陀仏の智慧を体とするから、弘願は仏智ということができる。また、弘願の中心は念仏 往生の願であるから、念仏往生の本願は仏智の顕現ということができる。法然は ﹃選択集﹄第三本願章において、念 仏往生の願を立てられた仏意、すなわち称名選択の願心について、勝劣・難易の一一義でもって開顕していかれる。す な わ ち 、 同日。普約諾願、選捨箆悪選取善妙、其理可然。何故、第十八願、選捨一切諸行、唯偏選取念仏一行、為往生本 一者勝劣義、二者難易義。初勝劣者、念仏是勝、余行 願乎。答日。聖意難測、不能親解。難然今試以二義解之、 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て
一
一
存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て
一
一
一
是劣。所以者何。名号者是万徳之所帰也。︵中略︶然則仏名号功徳、勝余一切功徳。故捨劣取勝、以為本願歎。 次難易義者、念仏易修、諸行難修。︵中略︶故知、念仏易故通於一切、諸行難故不通諸機。然則為令一切衆生、 平等往生、捨難取易為本願歎。若夫以造像起塔、而為本願者貧窮困乏類、定絶往生望。然富貴者少、貧賎者甚多。 若以知日慧高才、而為本願者、愚鈍下智者、定絶往生望。然智慧者少、愚痴者甚多。若以多聞多見、而為本願者、 少聞少見輩、定絶往生望。然多聞者少、少問者甚多。若以持戒持律、而為本願者、破戒無戒人、定絶往生望。然 持戒者少、破戒者甚多。自余諸行、準之応知。当知、以上諸行等、而為本願者、得往生者少、不往生者多。然則 弥陀如来、法蔵比正之昔、被催平等慈悲、普為摂於一切、不以造像起塔等諸行、為往生本願、唯以称名念仏一行、 為 其 本 願 也 。 ︵ 真 聖 全 一 ・ 九 四 三 1 九 四 五 頁 ︶ と、言われるように、真に一切の衆生を善悪・賢愚のへだでなく平等に連載して、成仏せしめる教法は唯一念仏の法 門しかないというのである。従って、真実の意味で仏智の顕現している一乗の教法は念仏の法円であるということが できる。すなわち﹃玄義分抄﹄宗旨門によれば、 然則法華経云、説仏智慧故諸仏出於世、唯此一事実、余二則非真、終不以小乗済度衆生、仏自往大乗、知其所得 法、定慧力荘厳、以此度衆生、自証無上道大乗平等法、若以小乗化乃至於一人我則堕樫貧此事為不可 玄 一 去 己 ニ仏智ノ大乗ヲ除テ己外皆ナ小乗トス。 ︵ 日 大 蔵 九 0 ・ 三 八 三 頁 ︶ と、﹁法華経﹄は仏智顕現の一乗教であるということなので、浄土教が一乗教であるためには仏智を体とした教法で あることを言わなければならなかったのである。即ち、善悪平等に摂取するという本願の体を仏智とし、諸仏無上の 智慧とみなすことによって、念仏の法門の絶対性・普遍性が明らかになり、法華一乗を超えた真実の一乗法として位 置 づ け て い っ た の で あ る 。 以上のような幸西義を受けて、念仏の法門は仏智一乗の法と主張していくのは存覚である。法華宗徒との対論を背︵ 凶 ︶ 景とし、仏智一乗の法門を決判されているという著﹃決智紗﹂によると、法華・念仏ともに出世の本懐と名づけるこ とのできるのは、教法そのものが仏智であり一乗であるという、仏智一乗の頓教であるからである。ただ、末法の鈍 根の凡夫には念仏門こそが真実出離の道であるので、時機相応の教である念仏の法門が出世本懐となると言、つのであ る
。
まず、存覚は名号を仏智としている。﹃決智紗﹄に、 念仏はこれ無上大利の功徳、凡夫往生の正固なり。諸経の所説おなじくその勝利をほむる丈おほく、自他宗の祖 師、ともに念仏の益を嘆ぜり。まことにこれ大乗無上の正法、仏智無生の名号なり。まさしく往生の因をもて、 なんぞかへりて無聞の業といはん。 ︵ 真 聖 全 二 了 一 九 八 l 一 九 九 頁 ︶ と一二百う丈は法華宗徒が念仏は無間の業なりと批判したことに対する反論である。ここで、念仏が凡夫往生の正因とな るのは、仏智無生の名号がまさしく往生の因となるからであると言われている。 一 方 、 ﹃ 六 要 紗 ﹄ で は 、 依帰仏心真実之徳為其仏徳得往生益、就其所帰云真実心。 ︵ 真 聖 人 玉 二 ・ 二 七 九 頁 ︶ と 一 一 百 い 、 ま た 、 帰仏願者発真実心、此心難似凡夫所発、是為仏智所施心故云真実心。 ︵ 真 聖 全 二 ・ 二 八 O 頁 ︶ と言われているように、仏願に帰するという信心が真実心であるというのは、凡夫の所発心ではなく、仏智所施の心 であるが故に真実心というのである。さらに、﹃浄土真要紗﹄では、 きれば一念帰命の解了たつとき、往生やがて定まるとなり。うるといふは定まるこころなり。この一念帰命の信 心は凡夫自力の迷心にあらず、知来清浄本願の智心なり。 ︵ 真 聖 人 玉 ゴ 了 一 二 九 頁 ︶ と 一念帰命の信心は、凡夫自力の迷心ではなく、如来清浄本願の智心と言っている。 つまり、ここでは信心のこと 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て一
一
一
存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 四 を 仏 智 と し て い る 。 以上のように、存覚は、まず、名号や信心のことを仏智とすることによって、往生の因は無漏智であることを示し、 行者が功をつのり、廃悪修善して得るところの有漏智とは全く別なるものであることを顕わす。 つまり、存覚は浄土 異流義を意識して仏智の義で他力念仏の立場を説示しているのである。また、存覚は念仏の教法を指して仏智一乗の 正法とする。法華の教法は仏智であり一乗であると論じられているが、念仏の教法も仏智一乗であると言、っ。つまり、 念仏の教法においても、真如法性を悟る因行として語る真知観と同じ徳をもち、法華一乗が目指しているのと同様の 果徳を実現する徳用をもっているということであり、そのことは以下に示す如く因中説果の義でもって念仏行︵念仏 三味︶を説明していることから明らかである。 それでは、念仏三昧の困中説果の義について、まず、幸西は ﹃玄義分抄﹄宗旨門において、次のように論じている。 念仏三昧トイハ因中説果ノ義也。:・然ルニ念仏ノ衆生ハ必ス摂取セラル、摂取ノ故ニ往生ス、往生スルカ故ニ弥 陀ヲ見ルヘシ。弥陀ヲ見ルカ故ニ諸仏ヲ見ルヘシ。諸仏ヲ見ルカ故ニ念仏三昧ト名クヘシ。比ノ果ノ名ヲカテ因 ノ名トス。是則依果念仏三昧文釈因念仏三昧義也。 ︵ 日 大 蔵 九 0 ・ 三 八 一 真 ︶ と、念仏三昧が因中説果であるというのは、﹃観経﹄真身観の 無量寿仏有八万四千相:::念仏衆生摂取不捨。其光明相好、及与化仏、不可具説。但当憶想令心眼見。見此事者、 即見十方一切諸仏。以見諸仏故、名念仏三昧。 ︵ 真 聖 全 一 ・ 五 七 頁 ︶ の経文にもとづいて立てられた義である。そこで、阿弥陀仏の真身の光明相好及び化仏を﹁具さに説くべからず﹂と 説示されるのは、﹁観門を閉﹂じたのであって、﹁心眼をして見たてまつらしむべし﹂と説かれるのは、現生ではなく、 往生後の﹁証果の益﹂として真身を見たてまつることを知らせたものであると言うのである。真実念仏の行者は現生 において必ず摂取の利益を得ている。摂取の益を得ているから、必ず往生する。往生すれば必ず報身の弥陀を見たて
まつる。報身の弥陀を見たてまつるが故に、仏々平等の真如をさとり、十方一切の諸仏を見たてまつる。故に念仏三 昧を成就するというのである。念仏三昧を成就するとは、真如法性にかなった無漏智をもって証得する無漏定に住す ることである。このような無漏定である念仏三昧を結果として獲得せしめられることから、因である称名念仏のこと を念仏三昧といわれたというのである。つまり、念仏三昧が因中説果であると言われることである。 一方、存覚は﹃六要紗﹄において、念仏三昧の因中説果の義で 問。於観仏者、観若成者則可見仏、故称三味其義可然。於念仏者散称之行不得見仏、何称三味。答。縦難散称、 繋心一境声々連注、功行積累得念仏定可得見仏、﹃観念法門﹄云﹁口称三昧﹂蓋此義也。又現身不得念仏定人、 臨命終時必可見仏、約当得益予名三味、是則因中説果義也。 ︵ 真 聖 全 二 ・ 三 九 O 頁 ︶ と述べている。まず、観仏を成就したならば見仏するということから観仏三味と言われる義はあきらかであるが、
口
称念仏したところで見仏することができないにもかかわらず、念仏三昧と称するのはどういうことか、と問う。その 問いについて二義でもって答えている。第一に、念仏定を得たならば見仏することができることを言う。次に、現身 に念仏定を得られない人も往生後には見仏することができるので、当得の益に約して予め因の称名念仏を指して念仏 三味というのであると、因中説果の義によって釈している。このように二義でもって答えているが、ここでは後義を 本とすることは当然である。存覚がここで示している念仏三昧の因中説呆の義は幸西義の受容と思われる。因中説果 の義を一不すことによって、称名念仏を行ずれば、定善観法が如実に成就したときに得るのと同じ果徳を得しめられる ということを顕しているのである。 以上のように、幸西が阿弥陀仏の本願を仏智の顕現として強調したのは、まず、念仏往生の法門が仏智を体とした 教法であって、法華一乗を超えた真の一乗法であることを顕わすためである。また、本願を信ずる信心も仏智の徳を ︵ 日 ︶ もつことになり、往生の因は無漏智であることを示すためである。このような幸西の仏智の義を存覚は受容する。そ 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 五存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て
一
一
_.L. ノ、 こで、存覚は念仏の法門が仏智一乗法であることを主張することによって、念仏・法華の両法門ともに仏智一乗であ ると、教法そのものの価値を示していくが、機の利鈍に約すれば、時機相応の念仏の法門のみが出世本懐であるとい ︵ 日 ︶ うのである。存覚は法華宗徒の出世本懐・教法の権実論の主張を意識し、念仏の法門の出世本懐を論じていくうえで、 幸西の仏智の義を受容していると言、つことが出来るであろう。 また、存覚は信心や名号のことを仏智とすることによって、当時の浄土異流の念仏の法門を自力でとらえている 人々に対して、往生の因は無漏智であることを顕していったのである。 つまり、存覚は仏智の義で他力念仏の立場を 明らかにしていったのである。 さらに、存覚は念仏三昧の因中説果の義をも幸西より受容する。 つまり、法華宗徒による法華・念仏の価値論を意 識しているのである。幸西は、因である称名念仏を行ずることによって、念仏三昧を成就するところに得られる果徳 と同じ利益を究極的には獲得できるというので、﹁念仏三昧トイハ因中説果ノ義也﹂と説示されているのである。こ の義を存覚は受容して、称名念仏の果徳を明らかにしていくとともに、称名念仏は法華一乗の目指している果徳と同 じ利益を獲得することができるということを顕している。これも前の出世本懐論を存覚が主張するうえで、念仏の法 門が法華の法門とともに仏智一乗法であることを論ずるために、幸西義より受容したということができるであろう。四
次に弥陀本仏論について窺う。弥陀本仏論においても存覚教学における幸西義の受容がみられると思われる。 まず、親驚は﹁浄土和讃﹄において、 久遠実成阿弥陀仏 五濁の凡愚をあはれみて 釈迦牟尼仏としめしてぞ 迦耶城には応現する︵ 真 聖 全 二 ・ 四 九 六 頁 ︶ と言っているように、久遠の阿弥陀仏より釈迦仏が応現するといった、弥陀仏と釈迦仏の関係を示している。また、 弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり法身の光輪きはもなく 世の盲冥をてらすなり ︵ 真 聖 全 二 ・ 四 八 六 頁 ︶ 弥陀成仏のこのかたは いまに十劫とときたれど塵点久遠劫よりも ひさしき仏とみえたまふ ︵ 真 聖 全 二 ・ 四 九 二 頁 ︶ とあるように、弥陀仏の上に、久遠仏と十劫仏の両面をみている。この久遠の弥陀と十劫の弥陀の関係は、日本天台 でいうような釈迦仏の本遮二門の論理で解されるものではない。しかしながら、全く違う異仏をあらわしたのではな く、同一の弥陀一仏の衆生済度の事態を示したものであって、十劫即久遠、久遠即十劫の不一一一体の関係にあるもの と い う 顕 わ し 方 で あ る 。 さて、存覚は﹃浄土真要紗﹄において、 それ阿弥陀如来は三世の諸仏に念ぜられたまふ覚体なれば、久遠実成の古仏なれども、十劫以来の成道をとなへ たまひしは果後の方便なり。 ︵ 真 聖 全 二 了 一 三 O 頁 ︶ と、三世の諸仏に念ぜられる覚体を久遠実成の阿弥陀仏であるとし、 一方、十劫の弥陀仏は﹁果後の方便﹂であると いうのである。﹁果後の方便﹂というのは幸西義においても用いられている語句であり、存覚は幸西より受容したと いうことができるが、その指し示す内容について幸西・存覚の両者において若干の相違がある。 まず、幸西は弥陀本仏論の教説を﹃玄義分抄﹄二乗門において述べている。その中、 凡ス諸仏ノ因行、惣別二種ノ願、皆是垂跡ノ利生、呆後ノ方便也。 と、﹁果後の方便﹂の語句が用いられている。﹁果後の方便﹂というのは、本門より衆生済度のために大悲をもって示 ︵ 日 大 蔵 九 0 ・ 三 九 三 一 真 ︶ 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 七
存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て J¥ 現せられ応紘一を垂れた相ということであり、幸西の場合は、十方一切の諸仏のことを言い、存覚の場合は十劫成道の 阿 弥 陀 仏 を 指 し て い る 。 幸 西 は 前 の 丈 に 続 い て 、 利生ノ方便云何トナラハ、惣願ノ方便ハ別願ノタメ︹且ク果ノ不同ヲ弁シテ縁仏ヲエラハシム︺、別願ノ方便ハ 弥陀ノ為メ︹諸仏ニ簡異シテ不取正覚ト云ヘリ︺、四十八願ノ方便ハ念仏往生ノ為メ、十念ノ方便ハ一念ノ為メ 也。故ニ観経ニハ二一世諸仏浄業正因ト説キ、般舟三味経ニハ三世諸仏持是念阿弥陀仏三味皆得成仏ト云ヘリ。十 劫 正 覚 量 誠 説 ナ ラ ム ャ 。 ︵ 日 大 蔵 九 0 ・ 二 一 九 三 頁 ︶ と、まず、利生方便の諸相を説明し、続いて念仏が三世諸仏の成仏の正因であることを﹃般舟三昧経﹂﹃観経﹄によ って証明されている。ここで、﹃般舟三味経﹄として引用されている文を見ると、﹃般舟三昧経﹄勧助品の原文を善導 が ﹃ 観 念 法 門 ﹂ の 結 勧 修 行 分 に 、 過去諸仏持是念阿弥陀仏三昧、四事助歓喜皆得成仏。現在十方諸仏亦持是念仏三昧、四事助歓喜皆得作仏。未来 諸 仏 亦 持 是 念 仏 三 昧 、 四 事 助 歓 喜 皆 得 作 仏 。 ︵ 真 聖 全 一 ・ 六 四 二 頁 ︶ と取意した文をさらに幸西は取意して、﹁三世諸仏持是念阿弥陀仏三味皆得成仏﹂とし、諸仏成仏の因も念仏のほか は な い と い う 念 仏 の 法 門 の 唯 一 無 一 一 な る 一 乗 法 で あ る こ と を 示 す 文 証 と し て い る 。 さらに、幸西は﹃法事讃﹄の文として﹁上従海徳初際知来、乃至今時釈迦諸仏、皆乗弘誓勧念弥陀﹂を引用してい るが、﹃法事讃﹂の本文では﹁上従海徳初際如来、乃至今時釈迦諸仏、皆乗弘誓悲智札制﹂となっている。幸西は、 ﹁乗弘誓﹂の後の﹁悲智双行﹂を略して、﹁勧念弥陀﹂という語を続けているのである。従って、﹃法事讃﹄の文脈で は、﹁弘誓﹂は諸仏各々の総別二願のことを指す。しかし、幸西は、この弘蓄を阿弥陀仏の本願︵第十八願︶のこと であると意味を転換させている。このように、幸西は﹃法事讃﹄の文を加減して、二一世一切の諸仏の出世本意は衆生 に弥陀念仏をすすめているということを明かす文とみなしている。即ち、﹃法事讃﹄の引丈の後に、
比ノ義ヲ以テノ故ニ、如来出世ノ本意、顕ニ別意ノ方便ヲ開示シテ、隠−二乗真門ニ悟入セシム。 と言っていることからも、諸仏の諸教は、弘願に入らしむるための方便の法門を開示しているのであって、諸仏出世 の本意は、弘願一乗の真実の法門に悟入せしむるにあるということを一不す文証として引用している。つまり、幸西が 弥陀本仏論を立てることは、仏身論を明らかにするためではなく、念仏の行が諸行︵衆行︶よりも勝っているという 念仏の超勝性を顕すためである。そこで十方一切の諸仏を指して﹁果後の方便﹂と言われたのも、諸仏の出世本意が 弘願念仏を弘通するためにあることを言うためである。幸西は浄土真実・聖道方便を主張するために弥陀本仏を論じ ているのである。直接的に文字によって明示されているのではないけれども、阿弥陀仏における久遠仏と十劫仏の関 係・阿弥陀仏と諸仏の関係は示されているのである。 まず、阿弥陀仏と諸仏の関係については、前に挙げた﹁凡ス諸仏ノ因行、惣別二種ノ願、皆是垂跡ノ利生、果後ノ 方便也﹂の文によって、十方の諸仏が本門より応誠一を垂れた相であること、また、﹃般舟三昧経﹄の文として引用さ れている﹁三世諸仏持是念阿弥陀仏三味皆得成仏﹂の文によって、コ一世諸仏がすべて阿弥陀仏を念じて成仏されたこ とを示していることから阿弥陀仏は三世諸仏の本師本仏という関係となる。また、阿弥陀仏は三世諸仏によって念ぜ られる覚体︵本師・本仏︶ であるということは、無限の過去から未来際にかけて三世を尽くして唯一無一一の仏でなけ れば本師本仏とはならない。もし阿弥陀仏が久遠の仏であったならば、﹃大経﹂所説の十劫正覚は垂遮の相というこ とになる。従って、幸西は﹁十劫正覚量誠説ナラムヤ﹂と言われる。十劫正覚が誠説ではないというならば、久遠実 成を誠説とし、十劫正覚をその垂遮示現の善巧方便の相とみなしていたとみなければならない。しかしながら、﹁然 則覚行窮満ノ無縁ノ慈、常没ノ衆生ヲ摂シテ報身常住ノ土ニ生セシメムカ為ニ大乗広智ヲ顕開ス﹂と言われているよ うに、阿弥陀仏の大慈大悲の大用、仏智顕現の衆生済度のはたらきといったものが阿弥陀仏の活動相であるので、 ﹃大経﹄によって十劫正覚の相を衆生に開示することなくして、阿弥陀仏の真証はあり得ない。そういう意味で阿弥 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 九
存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 四 0 陀仏は久遠実成そのままが十劫正覚である。また久遠実成の仏といっても十劫正覚の真証をあらわしたものにほかな らない。従って、十劫即久遠、久遠叩十劫という不二不離の関係にあるというのが、幸西の基本的な阿弥陀仏の仏身 論ということができるであろう。 一方、存覚においても弥陀本仏論を主張している。﹁果後の方便﹂という語句を、幸西は三世一切の諸仏としたの に対し、存覚は十劫正覚の弥陀とする。そのような存覚の主張の背景には、釈尊は久遠実成の実仏であり、 一 切 諸 仏 ︵川口︶ の本師本仏であり、阿弥陀仏は釈尊の分身、所従の権仏という日蓮の主張を受けた法華宗の立場があったのであろう。 存覚の如来論は当然、法華宗の立場を意識して立論されているのである。覚知においても法華宗の主張を意識して弥 陀本仏論を主張されていると思われるが、存覚のように直接、法華宗徒と対論したという記録は残っていない。 一 方 、 存覚の場合は法華宗徒との対論を通して弥陀本仏論を立てているのである。﹁決智紗﹂には、 開ていはく、薬王品にとくところの阿弥陀と、念仏の行者の帰命する阿弥陀とは各別の仏なり。そのゆへは、 ﹃法華﹄所説の阿弥陀は化城聡品よりいでたり。かの丈のごとくならば、大通智勝仏の十六王子のうちとして、 すなはちかの仏にあふて出家成道せり。﹃双巻経﹄の説のごときは、世自在王仏にあふて発心し、四十八願をお こせり。また﹁法華﹂の説は一一一千塵点のさきなり。浄土宗の説は十劫成道ととけり。もとも各別の仏なるべし。 これによりて妙楽大師、薬王品の身土を釈するに、﹁直観此士、四土具足、故此仏身即三身也﹂と判じたまへり。 い か ん が 一 仏 な り と い ふ べ き や 。 ︵ 真 聖 全 二 了 二 O
一
l 二 頁 ︶ と言い、阿弥陀仏の成道を﹁﹃法華﹄ の説は三千塵点のさき﹂とし、﹁浄土宗の説は十劫成道﹂と言っているので、 ﹃法華経﹄薬玉品の弥陀と念仏行者の帰命する弥陀とは別仏とすると言、つ法華宗の主張に対して﹁浄土宗の弥陀、法 華の弥陀とて、さらに各別なるべからず﹂と答えて、その後の文では、 但発心も各別に、成道の時分も相違せりといふにいたりでは、大聖の化儀、弥陀一仏にかぎらず。諸経の所説、異義あること、みな機にしたがふがゆへなり。まづ教主釈尊についてこれをいふに、今日一代の化儀は、十九除 城、三十成道、八十入滅の仏なれども、﹃法華﹂の説によらば、遁化は三千塵点のむかし、実成は五百塵点のい にしへなり。これみな三身の功用、二門の差別としりぬれば相違なし。いづれの宗よりもこれを別の仏とはここ ろえず、弥陀如来もまたこれにかはるべからず。十劫成道といひ三千塵点といふ、その説ことなりといへども、 ともにこれ遮化なり。 と、法華宗の人々は阿弥陀仏の成道の時期を十劫・三千塵点という相違があるので、各別の仏であると言っているが、 発心や成道の時期が相違するからと言って、諸経の所説がおのおの異なっているのではない。皆、機にしたがって説 示されているというのであって、別の仏を言っているのではない。十劫成道や三千塵点というのは遮化であると言う のである。つまり、﹃顕名紗﹄において、 阿弥陀知来は久遠実成の覚体、無始本有の極理なり。迷悟・染浄一切の万法ことごとく阿弥陀の三字に摂在せず といふことな
L
o
−−::しかるあひだ無作の誓願やむことなく、無縁の慈悲にもよほされて、かの群類を度し、そ の迷情をひるがへさしめんがために、かりに法蔵比丘となり、さらに四十八の大願を超発したまへり。このゆへ に十念往生の誓願をおこし十劫成道の方便をしめして・: ︵ 真 聖 全 土 了 三 四 O 頁 ︶ と、存覚は無始久遠の阿弥陀仏が迷情をもった衆生を救わんために応遮をたてかりに法蔵比正となり、発願修行して 成道されたのが十劫仏であるというように、久遠仏と十劫仏の関係を説明している。 また、存覚は阿弥陀仏と諸仏の関係についても論じている。基本的な立場は幸西義と共通する。 つ ま り 、 浄 土 宗 の こ こ ろ は 、 一仏一切仏なるがゆへに諸仏みな一体なり。﹁皆従無量寿極楽界中出﹂なるがゆへに、諸仏 弥陀よりいでたり。されば釈迦・薬師・観音・弥勅等の諸仏・菩薩みな弥陀一仏なりとしるべし。たとひ他宗の こころなりといふとも、同名の一仏にをいて、なんぞしゐて別体のおもひをなさんや。 ︵ 真 聖 全 三 ・ 二 O 二 頁 ︶ 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 四存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 四 と、阿弥陀仏は、釈迦・薬師・観音・弥勤等の諸仏・菩薩の本仏であると言い、 さ ら に 、 ﹃ 諸 神 本 懐 集 ﹄ に は 、 般舟経ニハ一二世ノ諸仏ミナ念弥陀三昧ニヨリテ正覚ヲナルトトキタレハ、弥陀ハ諸仏ノ本師ナリトミヘタリ。本 師ヲ念シタテマツラハ諸仏ノ御ココロニカナフヘシ。 マタ拐伽経一一ハ十方ノ国土ノアラユル仏菩薩ハミナ無量寿 ノ極楽界ヨリイテタリトトケリ。 コレハ諸仏ミナ弥陀ノ分身ナリトキコヘタリ。シカレハ本仏ノ弥陀ニ帰センヒ ト分身ノ諸仏ニ帰スルコトハリイハサルニ顕然ナリ。 コノユヘニ垂遮ノ御ココロニカナハントオモハハ本地ノ仏 菩薩ヲ信スヘシ。本地ノ仏菩薩ノ御ココロニカナハントオモハハ本仏ノ弥陀ニ帰シタテマツルヘシ。 ︵ 真 宗 資 料 集 成 一 ・ 七 O 九 頁 ︶ と 、 ﹃ 般 舟 経 ﹄ の文には念仏が諸仏成道の因と説示されているので、弥陀は諸仏の本師というのである。念仏弘通す ︵ 幻 ︶ ることが諸仏出世の本意であると言、っ。また、﹃楊伽経﹂には、十方一切の仏菩薩は﹁皆従無量寿極楽界中出﹂と説 示されていることから、諸仏はみな弥陀の化身と言われるのであると、阿弥陀仏と諸仏の関係について明示している。 以上のように、存覚における弥陀本仏論の中、弥陀と諸仏の関係についての基本的な立場は幸西義と共通している。 ただ、﹁果後の方便﹂の語句については、存覚は久遠仏と十劫仏の関係を明らかにするために用いたのである。 つ ま り、阿弥陀仏における久遠・十劫の関係を明らかにするために、久遠実成の覚体より衆生済度のために十劫成道の方 使相を示したと言い、その方便相を﹁果後の方便﹂と言われたのである。その主張の背景には、前の ﹃ 決 智 紗 ﹄ の 丈 のような、念仏行者の帰命する阿弥陀仏が﹁大経﹄所説の十劫正覚の仏であるとし、それを根拠として念仏批判をし ている法華宗徒の言動があった。 つまり、法華宗の人々の主張を意識し対抗するために、﹁大経﹄に十劫正覚の阿弥 陀仏を説示されたのは機にしたがって顕されたということを示していくのである。しかしながら、阿弥陀仏に久遠仏 と十幼仏と二仏あるのではなく、久遠仏即十劫仏、十劫仏即久遠仏で不二一体というのが存覚の仏身論の基本的な考 えである。このような仏身論は基本的に親驚義と共通する。ただ、法華宗徒の主張を意識してかりに久遠仏と十劫仏
を分け、﹁果後の方便﹂という語を用いたのである。 一方、幸西は﹁果後の方便﹂を使うことによって、弥陀と諸仏 の関係を明らかにし、浄土真実・聖道方便という教説の権実論を明らかにしていったのである。それに対して、存覚 は幸西の用いた﹁果後の方便﹂の語句を用いて法華宗の人々の主張に答えていったのである。以上のように、存覚は 弥陀本仏論を主張しているが、その基盤には幸西の弥陀本仏思想があるように思われる。 さらに存覚は、以上の弥陀本仏論を展開させて、神明の権実二社の分類、諸神諸仏菩薩|弥陀という二重の本地 ︵ 辺 ︶ 垂遮説を﹃諸神本懐集﹂において主張している。その主張の背景には、浄土門の神紙不持を非難する旧仏教・法華宗 ︵ 幻 ︶ 等の批判があり、その批判に対して答えていったものと思われる。
五
次に、隠顕の義について窺ってみる。存覚は出世本懐論について、﹃六要紗﹄によれば、﹁教の権実に約す﹂と﹁機 の利鈍に約す﹂といういわゆる与奪の論理でもって示していく。まず、教の権実に約するとは、教法の真実・不真実 の論であり、法華一乗が真実で、他は一一一乗法で権教となるので、﹁法華経﹄が出世本懐経といえる。しかしながら、 機の利鈍に約すれば、大悲の本懐はただ障重根鈍常没の衆生を済度するにある。末法の時代には利根の者は少なく、 鈍根の者は多いので、諸教によって出離する者は少なく、浄土の法門によって得脱する者は多いということであるか ら、所施の利益について浄土の法門は諸教よりも超過しているので、出世本懐ということができる。 つまり、聖道門 を時機不相応として廃し、浄土門を時機相応としていくという立場である。時機によって聖道浄土の二門の権実を分 ︵ お ︶ 別していくという論は親驚と共通している。ただ、存覚の場合は聖道の諸経を隠顕釈でもって見ていく。つまり、顕 説とは経の文相のうえに顕露に説かれている法義のことであり、隠説とは、顕わには説かれていないが、﹃大経﹄の 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 四存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 四 四 弘願の仏意に依ってみていくとき読み取ることのできる法義のことである。このような存覚の隠顕義についても、幸 西 義 の 受 容 と み る こ と が で き る で あ ろ う 。 幸西は、まず﹁観経﹄について隠顕の義でもって釈される。﹃玄義分抄﹂宗旨門に、 此の理を顕すに即其の因に二あり。 一には真如観︹今経の観仏三味に同す、是れ顕説の因也︺。こには称仏︹念 仏 三 味 に 同 す 、 乃 隠 説 の 因 也 ︺ 。 ︵ 日 大 蔵 九 0 ・ 三 八 二 頁 ︶ と 、 ﹁ 玄 義 分 ﹂ の ﹁ 今 此 観 経 即 以 観 仏 三 味 為 宗 、 亦 以 念 仏 三 昧 為 宗 。 一 心 回 願 往 生 浄 土 為 体 ﹂ ︵ 真 聖 全 了 四 四 六 頁 ︶ と ﹁ 観 経 ﹂ の宗体を論じるなかの、﹁観仏三味為宗﹂とは﹁真知観﹂、﹁念仏三昧為宗﹂とは﹁称仏﹂を宗とすることで つ ま り 、 こ の 経 に は 二 つ の 法 門 が 説 か れ て い る と し 、 ﹁ 真 知 観 ﹂ は ﹁ 顕 説 の 因 ﹂ 、 ﹁ 称 仏 ﹂ は ﹁ 隠 説 の 因 ﹂ であると隠顕釈でもって﹁観経﹂を論じている。そして、﹁観仏三昧ヲ廃シテ仮宗ノ諸門ヲ塞キ、念仏三昧ヲ立シテ 真 宗 ノ 正 門 ヲ 開 ﹂ く と 、 ﹁ 真 如 観 ﹂ ﹁ 顕 説 の 因 ﹂ ﹁ 観 仏 三 味 為 宗 ﹂ の 法 門 を 廃 し 、 ﹁ 称 仏 ﹂ ﹁ 隠 説 の 因 ﹂ ﹁ 念 仏 三 昧 為 宗 ﹂ あ る と 言 、 っ 。 の法門を立するという廃立で宗義を建立していくのが﹃観経﹄の真面目であるというのが、幸西の﹃観経﹄観である。 ま た 次 に 、 ﹃ 法 華 経 ﹄ に つ い て も 隠 顕 の 義 で 釈 し て い く 。 前 の 文 の 後 に 、 今此の一乗に隠顕あることは、証果は高妙にして心想巌劣なり、大聖の智力に非すは生死を出へからす、故に必 す凡心にかなふ易行あるへし、真の一乗是也。此の一乗若し顕説せは方便の諸教廃へし、真実は易行にして方便 は難行なるか故に。方便の門若し無くは一乗の機あるへからす。此義を以ての故に、諸仏出世の本意、難行の一 乗を顕説して易行の一乗を了せしめむか為也。然則顕の一乗の文に依て隠の一乗の義を了すへし。 ︵ 日 大 蔵 九 0 ・ 三 八 二 l 三 頁 ︶ ﹃法華経﹄を指し、顕説として難行の一乗、隠説として易行の一乗︵真の一乗︶を 各々立てる。﹃法華経﹄方便品には﹁一称南無仏、雄日己成仏道﹂と説かれていることから、称仏が法性をさとる因で と、﹁今此の一乗﹂というのは
あることを隠説として顕しているというのである。しかしながら、この文について、善導は﹁玄義分﹂別時門に、 経中称仏為簡異九十五種外道、然外道之中都銀⋮称仏之人、但使称仏一口即在道中摂、故言巳寛。 ︵ 真 聖 全 一 ・ 四 五 五 頁 ︶ と 一 言 っ て い る 。 つまり、﹁玄義分﹂の当意では、称名する人は九十五種の外道をはなれ、すべて仏道に帰入している ことを顕している。決して、仏を称するならば仏果を成ずることだとは言っていない。この場合の称名は、成仏につ いていえば別時意説であるというのが善導の立場であるが、幸西はその意味を転じていく。﹃法華経﹄所説の称名は 一乗の理を顕す絶対無二の因であることをあらわしているとする。 つまり、幸西は隠顕の義を﹁法華経﹂にも及ぼし て い く の で あ る 。 また、﹃玄義分抄﹄二乗門には、﹃大品経﹄についても隠顕の義によって釈されている。すなわち、幸西は﹁玄義 分﹂の解釈書である﹃玄義分抄﹄において、﹁玄義分﹂所引の ﹃大品経﹄には経文当分の顕説の義と、宗義から読み 取れる隠説の両義があるから、それを釈顕するために、﹁実有変化﹂と﹁実無変化﹂の二種をあげ、経文を七科に分 節して解釈していくと言っているのである。 つまり、幸西は聖道諸経全体について隠顕の義によって釈しているのである。﹃玄義分抄﹄二乗門の 如来出世の本意、顕に別意の方便を開示して、隠に一乗真門に悟入せしむ。方便は一乗の為に説き、 の為にまふけて、敢て違背せすと云とも、機に浅深有か故に教に隠顕あり。顕といは浅也、隠といは深也、・ 一 乗 は 方 使 ︵ 日 大 蔵 九 0 ・ 三 九 三 頁 ︶ と言、つ丈は前に挙げた弥陀本仏論の後に続いている。三世諸仏はすべて阿弥陀仏を念じて成仏された。諸仏出世の本 意は、衆生に称名念仏を勧めることであると言うのである。すなわち、諸仏は顕説としては聖道の諸教や観仏一一一昧と いう別意の弘願に誘引するための権仮方便の教説を開示されているが、弘願一乗という真実の法門に悟入せしめるこ 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 四 五
存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 一 四 六 とを出世の本意としているというのである。幸西が弥陀の本師・本仏を論じるにあたって、仏身論を主張することを 主とするのではなく、あくまで浄土真実・聖道方便を論ずることを目的としている。その聖道の諸教が、浄土真実の 法門に帰入せしめるための権仮方便であることをあきらかにするために、隠顕の義でもって聖道諸経を釈されている ということができるであろう。 以上のような、幸西の隠顕義を存覚は受容されたと見ることが出来る。親驚は﹃教行証丈類﹄﹁化身土文類﹂では、 ﹃観経﹄並びに﹃阿弥陀経﹄の隠顕釈を明らかに示されているが、重道諸経全体についての隠顕釈は見られない。そ れに対して、存覚は、まず﹃法華経﹂について隠顕の釈をみることができる。﹃決智紗﹄に、 こたへていはく、﹃法華﹄は成仏をあかし、念仏は往生をすすむ。しかるに在世三周の声聞には成仏の記をあた へ、滅後五障の女人には往生の益をしめすがゆへに、﹁法華﹄の益も凡夫のためには商方の往生に帰すること、 その義あきらかなり。ただしその生因、念仏にあらずといふ難にいたりでは、・浄土門にをいて諸行往生・念仏往 生の二門あり。いま﹁法華﹄の説は、そのなかに諸行往生の門をあらはすなり。これすなはち﹃観経﹄にとくと ころの三福のなかに読諦大乗の行なり。しかれば定・散・弘願の三門のなかに、定散は能顕の方使、念仏は所顕 の真実なるがゆへに、かの﹃法華﹄の読諦大乗の行は ﹃ 観 経 ﹂ に い り て 、 つゐに念仏往生に帰すべきなり。され ばかの知説修行の女人も、もし弥陀の名願力によらずは、千劫・万劫・恒沙等の劫にもつゐに女身を転ずべから ずとこころ、つれば、顕には読諦大乗の往生をとくといへども、密には念仏往生の義をふくめり。 いはんやまた法 華と念仏と一法なりとしるときは、この経の益、聞往安楽に帰しけるは、もとも道理なりとこころえらるるなり。 ︵ 真 聖 全 二 了 二 001 二
O
一 頁 ︶ ︵ 担 ︶ と言、つのは、﹃法華経﹄薬王品に﹁聞往安楽世界阿弥陀仏所﹂と弥陀の浄土への往生が説かれている。これはこの品 ︵ 犯 ︶ に﹁若有女人聞是経典如説修行﹂とあるように、﹃法華﹄の読諦大乗の行によって即往の益を得るのであって、念仏を行じて得る益ではない。従って﹃法華﹄ の益が念仏に帰するということは言い得ないという反論である。それに対 して、浄土門には諸行往生と念仏往生の二門がある。今﹁若有女人間是経典如説修行﹂とある﹃法華﹄の説は諸行往 生の門を顕わし、﹁観経﹄所説の二一福中の読諦大乗の行である。しかるに定・散・弘願のコ一門に分けると、定散は能 顕の方使、念仏︵弘願︶は所顕の真実であるから、﹃法華﹂の読調大乗の行は、究極的に念仏に帰せしめるために顕 された方便行であるというのである。このように﹃法華経﹄について、顕説には読諦大乗の行によって往生を得るよ うに説かれているが、究極的には念仏の法門に入らしむるために説かれているというのである。以上のように、存覚 は法華宗徒による批判に答えるために、﹃法華経﹄を隠顕の義によって釈しているのである。 さらに、存覚は隠顕釈について﹃法華経﹄に限らず、 一 代 諸 経 全 体 に も 及 ぼ し て い く 。 す な わ ち 、 ﹁ 六 要 紗 ﹄ に 、 一代教丈隠顕雄殊、併説弥陀済凡利生。得此意時、諸文無違。以之言之、或云一道、或云一実、或云一乗。潜顕 念仏一乗之理、粗明浄土一実之義、遁説清閑一道之利::: ︵ 真 聖 人 玉 二 ・ 二 六 三 頁 ︶ 依此等意﹃法華﹄﹃華厳﹄以下諸経、皆隠顕彼弥陀利生。 等と言われているように、﹃法華経﹄﹃華厳経﹄以下の諸経について、顕説によると諸文の意がそれぞれ異なっている ︵ 真 聖 全 二 ・ 二 八 八 頁 ︶ 全体にも隠顕釈を及ぼしていく。 ように見えるが、それらの教説は権仮方便の法円であって、弥陀済凡の利生を説くことを如来の本意とすると、諸経 つまり、存覚は隠顕釈を﹃法華経﹂のみに隈らず、諸経全体にまで広げていったの で あ る 。 以上のように、幸西の隠顕の釈義を存覚は受容しているのである。幸西は浄土真実・聖道方便を論じていくために、 弥陀本仏を主張し、諸経を隠顕で釈していくのである。存覚は弥陀本仏論と同様に、隠顕義においても幸西義より受 容する。それらを受容し主張していく背景としては、法華宗徒による念仏批判が存する。そういった法華宗徒の批判 に答えていくために、隠顕釈によって論じていき、 一代の諸経はすべて念仏一門に帰するということを説示していく。 存 覚 教 学 に お け る 幸 西 義 の 受 容 に つ い て 四 七
存覚教学における幸西義の受容について 四 人 つまり、﹁法華経﹄に絶対的な価値を置き、念仏をはじめ一切の教法は 張を意識して立論しているということができるであろう。 ﹃法華経﹄に会するという法華宗の人々の主 −−−−'−ー・ ノ、 以上、存覚教学における幸西義の受容について、仏智の義、弥陀本仏論、隠顕の義の三方面より考察した。法華宗 徒による念仏批判は、浄土門流すべてにおける大きな課題であった。決して避けて通ることのできないものであった。 特に存覚は、実際に法華宗徒との論争を通して、その問題に答えるべく教学を立てていったのである。また、存覚教 学の立場は法然教学を正統に継承した親驚の教学の真意を開顕していくというものでもあり、浄土異流の主張も無視 することのできないものであった。これらの主張に対して反論していくために、存覚は幸西義を受容することによっ て、親驚一流の教学を顕示していったものと思われる。 註 ︵ 1 ︶ 普 賢 晃 毒 著 ﹃ 中 世 真 宗 教 学 の 展 開 ﹂ ︵ 一 二 一 五 l 一 一 一 一 七 頁 ︶ ︵ 五 六 1 六九頁︶、拙稿﹁覚如上人における幸西義受容につい て ﹂ ︵ ﹃ 龍 谷 教 学 ﹂ 第 三 六 号 ︶ 参 照 ︵ 2 ︶ 真 聖 人 玉 三 了 一 五 五 1 一 八 七 頁 ︵ 3 ︶ 拙 稿 ﹁ 存 覚 教 学 に お け る 行 信 論 の 基 本 的 立 場 ﹂ ︵ ﹃ 教 学 研 究 所 紀 要 ﹄ 第 一 O 号︶参照 ︵ 4 ︶ 真 聖 全 二 ・ 二 四 七 頁 、 コ 一 六
O
頁 ︵ 5 ︶ 拙 稿 ﹁ 存 覚 教 学 に お け る 行 信 論 の 基 本 的 立 場 ﹂ ︵ ﹃ 教 学 研 究 所 紀 要 ﹂ 第 一 O 号︶参照 ︵ 6 ︶ 浄 全 一 五 ・ 五 九 一 3 ︷ 五 九 四 頁 ︵ 7 ︶山田雅教氏﹁初期本願寺教団における顕密諸宗との交流﹂︵﹃仏教史研究﹄第二七号︶参照 ︵ 8 ︶﹃最須敬重絵詞﹂真聖全三・八四六 1 八 四 七 頁( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( ( 32 31 30 29 28 27 26 25 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ﹁ 本 願 寺 史 ﹄ 第 一 巻 、 重 松 明 久 著 ﹁ 覚 如 と 存 覚 と の 関 係 ﹂ ︵ ﹃ 中 世 真 宗 思 想 の 研 究 ﹄ 所 収 ︶ な ど を 参 照 重 松 明 久 著 ﹃ 中 世 真 宗 思 想 の 研 究 ﹄ ︵ 一 一 一 一 八 l 二 二 九 頁 ︶ 参 照 真 聖 ︿ 玉 三 ・ 八 五 二 l 四 頁 重 松 明 久 著 ﹁ 覚 如 ﹂ ︵ 一 一 ! 一 一 一 一 頁 ︶ 参 照 ﹁ 親 鴛 真 蹟 集 成 ﹂ 九 解 説 ︵ 士 一 六 七 頁 ︶ 参 照 真 聖 人 玉 三 一 ・ 一 九 二 ! 一 九 三 頁 梯実円著﹃玄義分抄講述