博士学位論文
ジホスフィンジオキシド配位子を有する 発光性銅一価錯体の合成
成蹊大学大学院 理工学研究科 理工学専攻 応用錯体化学研究室
D156102 西 達也
2
3 目次
1 章 序論
1-1 発光性金属錯体について 6
1-2 銅一価錯体の発光について 9
1-3 ホスフィンスルフィドを用いた銅一価錯体 10
1-4 ホスフィンオキシドを用いた金属錯体の研究例 11
1-5 DFT計算 12
1-6 本研究の目的と論文構成 13
参考文献 15
2 章 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体 2-1 はじめに 19
2-2 実験 20
2-2-1 試薬と測定 20
2-2-2 合成 20
2-2-3 単結晶X線構造解析 21
2-2-4 分光測定 22
2-2-5 DFT計算 22
2-3 結果と考察 23
2-3-1 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の合成 23
2-3-2 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の構造 24
2-3-3 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の分光学的性質 26
2-3-4 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体のDFT計算 29
2-4 まとめ 34
参考文献 35
3 章 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体 3-1 はじめに 38
3-2 実験 39
3-2-1 試薬と測定 39
3-2-2 合成 40
3-2-3 単結晶X線構造解析 41
3-2-4 分光測定 42
3-2-5 DFT計算 42
3-3 結果と考察 43
4
3-3-1 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の合成 43
3-3-2 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の構造 44
3-3-3 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の分光学的性質 46
3-3-4 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体のDFT計算 56
3-4 まとめ 64
参考文献 65
4 章 架橋型ホスフィン配位子を用いた二核銅一価錯体 4-1 はじめに 69
4-2 実験 71
4-2-1 試薬と測定 71
4-2-2 合成 71
4-2-3 単結晶X線構造解析 72
4-2-4 分光測定 73
4-2-5 DFT計算 73
4-3 結果と考察 73
4-3-1 架橋型ホスフィン配位子を用いた二核銅一価錯の合成 73
4-3-2 架橋型ホスフィン配位子を用いた二核銅一価錯の構造 75
4-3-3 架橋型ホスフィン配位子を用いた二核銅一価錯の分光学的性質 76
4-3-4 架橋型ホスフィン配位子を用いた二核銅一価錯のDFT計算 80
4-4 まとめ 87
参考文献 88
5 章 総括 91
発表状況 95
謝辞 96
5
第 1 章
序論
6
Fig. 1-1-2. Ir(ppy)3 Fig. 1-1-1. Tris(8-hydroxyquinolinato)Al(III)
1. 序論
1-1. 発光性金属錯体について
長い間発光性金属錯体として知られていたのはM(bpy)32+ (M = Ru, Os)、M(CO)6 (M = Cr, Mo, W)やfac-[LRe(CO)3(bpy)]PF6 (L = Cl, pyridine, CH3CN)などのように限られた数のもので あった1。トリス(キノリラト)アルミニウム(III) (Fig. 1-1-1)2が有機EL素子として用いられ、
それ以降 Ir(ppy)3 (Fig. 1-1-2)3等の様々な金属を用いた錯体の発光の研究が盛んに行われる
ようになった。また、錯体の発光は有機 EL 素子等の発光性材料としての利用だけでなく、
センシング材料4,5、人工光合成6-8や太陽電池9といったエネルギー変換としての利用も注 目されている。
これまで、Ru(II)やIr(III)といったd6金属種やPt(II)のようなd8金属種を用いた発光性金属 錯体が主に研究されてきたが、近年d10金属種を用いた錯体の発光の研究も盛んに行われて
いる10, 11。Fig. 1-1-3に示すように、d10金属種はd軌道が10個の電子で満たされているため、
金属中心の遷移 (MC, metal-centered) の一つである強度の弱いd軌道間の遷移であるd-d遷 移が起こらないという特徴を持っている。そのため、基底状態のπ軌道からπ*励起状態へ の遷移に基づくπ-π*遷移といった配位子内(LC, ligand-centered)の遷移や中心金属から配 位子への遷移に基づくMLCT(metal-to-ligand charge-transfer)遷移といった遷移が主で起こる
7
Fig. 1-1-3. Electron configuration of d6 and d10 metal.
ことが考えられる。
MLCT励起状態を有する錯体は、発光スペクトルに振動構造が強く乗らずブロードにな ることや発光寿命が短い等といった特徴を持っている。しかし、実際の錯体はMLCT性だ けでなくπ-π*遷移といったLC遷移も有していることが多い。そのためどちらの遷移が優 勢であるかによって発光の性質を議論する。kr(輻射速度定数)とMLCT性には相関があると 考えられており、りん光の場合LC性に比べてMLCT性が大きいとkrも大きくなる傾向が ある12。
金属錯体の発光は3つの発光のメカニズムが知られている(Fig. 1-1-4)。錯体が光を吸収し、
基底状態から一重項励起状態になる。そこから、基底状態へと戻る過程での発光を蛍光と いう。一般的に蛍光スペクトルは吸収スペクトルの長波長側の一部と重なって観測され、
発光寿命は長くても数ナノ秒である。また、一重項励起状態から三重項励起状態へと移動 し、基底状態へと戻る過程での発光を燐光という。燐光スペクトルは蛍光スペクトルより も長波長側に観測され、発光寿命は長い。多くの錯体の発光は燐光と報告され、最もよく
8
研究されているのは、[Ru(bpy)3]2+ (bpy = 2,2’-bipyridine)とその誘導体である。[Ru(bpy)3]2+は
450 nm付近に吸収を持ち、この吸収帯を励起すると一重項励起状態が生成するが、その寿
命は非常に短い。この一重項励起状態は量子効率100%で三重項励起状態へと項間交差する。
生成した三重項励起状態は比較的長寿命であり、600 nm付近に極大を持つ燐光を発するこ とが知られている13。最後に、一重項励起状態から三重項励起状態へと遷移が起こり、一重 項励起状態と三重項励起状態間のエネルギー差が小さいと2つの状態が熱平衡状態となり、
三重項励起状態と同じ寿命を持つ蛍光が観測される。これを熱活性化遅延蛍光(TADF)とい う。また、燐光は、発光スペクトルを測定する際に温度を下げていくと発光強度が大きく、
寿命が長くなるのに対し、TADFは発光強度が小さくなり、寿命が短くなるという特徴があ る 。 TADF は 様 々 な 金 属 錯 体 で 観 測 さ れ て お り 、 [Cu(dmp)2]+ (dmp = 2,9-dimethyl-1,10-phenanthroline)もその一つである。[Cu(dmp)2]+は低温で 1 μsの燐光の他に
13 psの短寿命の蛍光が観測される。室温での発光は90 nsの長い寿命であるのにもかかわ
らず、発光スペクトルは蛍光のものとほぼ一致する。これは、三重項励起状態と熱平衡状 態にある一重項励起状態からのTADFである13。
Fig. 1-1-4. The schematic drawing of emission mechanism.
9 1-2 銅一価錯体の発光について
銅錯体の発光メカニズムは、一般的にTADFが多いことが知られている14, 15。また、銅一 価錯体は励起されると、d9 電子配置を取り、正四面体型から平面型へと構造が歪むことが 予想され、これが励起状態の失活の要因とされている。そのため、嵩高い置換基を導入し、
励起状態の構造の歪みを抑えることによって発光が強くなると考えられている(Fig. 1-2-1)。
Fig. 1-2-1. Structure of copper(I) complex of the ground state and the emission exited state.
実際、[Cu(phen)2]+ (phen = 1,10-phenanthroline)はほとんど発光を示さないのに対し、
[Cu(dmp)2]+は 量 子 効 率 が 0.02%で あ っ た(Fig. 1-2-2)16。 ま た 、 混 合 配 位 型 錯 体
[Cu(diimine)(diphosphine)]+は溶液中で比較的高い量子効率が得られることから、よく研究さ
れてきた。例として、[Cu(dmp)2]+の dmp 配位子 1 分子をジホスフィン配位子である DPEphos(= 2,2'-bis(diphenylphosphino)diphenyl ether) を 用 い た 混 合 配 位 型 錯 体
[Cu(dmp)(DPEphos)]+は量子効率が 16%であると報告されている(Fig. 1-2-3)17。他にも、
[Cu(dmdpp)(DPEphos)]+ (dmdpp = 2,9-dimethyl-4,7-diphenyl-1,10-phenanthroline)は、28%の量子 効率が報告された10。これらは、ホスフィンの銅一価に対する親和性が高いかつ、ジホスフ ィン配位子の広いP-Cu-P角のため銅周りが覆われ、構造の歪みが抑制されるためではない かと考えられている。これらのジイミン配位子とジホスフィン配位子を有する混合配位型 [Cu(diimine)(diphosphine)]錯 体 は 銅 一 価 錯 体 の 中 で も よ く 研 究 さ れ て い る 。 例 え ば 、 [Cu(XANTPHOS)(dmp)]tfpb (XANTPHOS = 4,5-bis(diphenylphosphino)-9,9-dimethylxanthene;
10 Fig. 1-2-2. [Cu(phen)2]+ (R = H)
[Cu(dmp)2]+ (R = CH3)
Fig. 1-2-3. [Cu(dmp)(DPEphos)]+ Fig. 1-2-4. [Cu(dppbz)2]+ tfpb = tetrakis(bis-3,5-trifluoromethylphenylborate)18や[Cu(6dmbpy) (dfppe)]PF6 (6dmbpy =
6,6′-dimethyl-2,2′-bipyridine)19といった錯体は固体状態の発光が酸素濃度に依存すること
から酸素センサーへの応用が期待される。また、金属錯体の分野で現在盛んに研究が行わ れている二酸化炭素還元光触媒の光増感部位に用いた報告もされている20。
一 方 、 ビ ス ジ ホ ス フ ィ ン 型 錯 体 も 研 究 さ れ お り 、[Cu(dppbz)2]+ (dppbz = 1,2-bis(diphenylphosphino)benzene) (Fig. 1-2-4)のような錯体も報告されているが、強発光を示 すものはなかった21。
1-3 ホスフィンスルフィドを用いた銅一価錯体
柔らかい酸である銅一価と相性が良い柔らかい塩基であるホスフィンスルフィドを配位 子として用いている銅一価錯体の研究例は多くない22, 23。当研究室でも、発光性金属錯体を 作る目的で[Cu(dppmS2)(diimine)] (dppmS2 = 1,2-bis(diphenylphosphino)methane disulfide)や [Cu(dppmS2)(diphosphine)] が各種研究された24。その過程で[Cu(dppmS2)(diphosphine)]錯体の ホスフィンスルフィドの硫黄原子がもう片方のジホスフィン配位子のリンへと移動すると いった反応が見つかった25。この反応によって[Cu(S=P^P=S)(P^P)]+錯体は[Cu(S=P^P)2]+に変 化 する 。ま た、 ホス フィ ンス ルフ ィド として dppaS2− (N,N-bis(diphenylphosphino)amide disulfide)配 位 子 を 用 い た 研 究 も 行 わ れ て お り 、[Cu(dppaS2)(BINAP)] (BINAP = 2,2’-bis(diphenylphosphino)-1,1’-binaphthyl)が溶液中で約 100μs と非常に長寿命の発光を示す
11
Fig. 1-3-1. [Cu(dppaS2)(BINAP)] Fig. 1-3-2. [Cu(dppaSe2)(BINAP)]
ことを見出した(Fig. 1-3-1)26。しかしながら、BINAP 配位子以外のジホスフィン配位子を
dppaS2 と組み合わせた銅一価錯体も合成されたが、いずれも[Cu(dppaS2)(BINAP)]のような
長寿命発光を示すものはなかった。一方、硫黄の代わりに同族元素であるセレンを用いた 研究も行われたが、著しく発光が弱くなることが報告された(Fig. 1-3-2)27。
1-4 ホスフィンオキシドを用いた金属錯体の研究例
硫黄やセレンと同じ第16族の酸素を持つ、ホスフィンオキシドを配位子として用いてい る銅錯体の報告例は大変限られている。ホスフィンオキシドはホスフィンスルフィドのよ うな柔らかいルイス塩基ではなく硬いルイス塩基に分類され、柔らかい酸である銅 1 価と は相性が悪いと思われてきた。Ir (Fig. 1-4-1)28やEu 29といった金属ではホスフィンオキシド を配位子として用いた錯体の発光などの報告例はあるが、銅一価錯体での合成の報告例は [Cu(dppfO2)(dppf)] (Fig. 1-4-2)30や[Cu(HdppaO2)3]PF6 (Fig. 1-4-3)31と数例に限られている。
2016年にT. M. Dauらが [Cu(P3O)Cl]錯体(Fig. 1-4-4)の発光について報告したが、発光はと ても弱いとされた32。
12
1-5 DFT計算
近年、量子力学計算は計算機器の発達により様々な分野の研究者らも用いる機会が多く なってきた。金属錯体の光化学分野でも盛んに用いられており、分子軌道エネルギーや励 起状態の構造の推測等に貢献している 33。本論文中でも DFT(密度汎関数理論)および
TD-DFT(時間依存密度汎関数理論)計算を用い、合成した錯体の一重項基底状態(S0)もしくは
三重項励起励起状態(T1)の構造および分子軌道を得て、発光の機構の推測、議論を行ってい る。一重項基底状態と三重項励起状態の安定構造を比較することによって、銅一価錯体に よくみられる励起状態における構造の歪みの大きさを推測することが出来る。また、分子 軌道を計算することによって吸収もしくは発光における電子遷移の推定が行える。
Fig. 1-4-1. [Ir(4-tfmppy)2(dppaO2)]
Fig. 1-4-3. [Cu(HdppaO2)3]PF6
Fig. 1-4-2. [Cu(dppfO2)(dppf)]
Fig. 1-4-4. [Cu(P3O)Cl]
13 1-6 本研究の目的と論文構成
上述のように、ジホスフィンジスルフィド配位子dppaS2−とBINAP配位子を用いた銅一価
錯体[Cu(dppaS2)(BINAP)]は非常に魅力的な発光特性を示した。一方、硫黄と同族元素であ
るセレンを有するジホスフィンジセレニド配位子 dppaSe2−を用いた銅一価錯体は発光が著 しく弱くなることが分かった。そこで、セレンと同じく硫黄の同族元素である酸素を有す るホスフィンオキシドを配位子として用いた銅一価錯体に注目し、ジホスフィンジオキシ ド配位子であるdppaO2−を用いた銅一価錯体を合成したところ、合成に成功し、得られたホ スフィンオキシド錯体は予想とは異なり強い発光を示した。加えて、ホスフィンオキシド は銅一価と相性が悪いと考えられてきたため、ホスフィンオキシドを配位子として用いた 銅一価錯体の報告例は少なく、詳細にかつ系統的に調査されていないのが現状である。そ こで、本研究はジホスフィンジオキシド配位子dppaO2−を用いた銅一価錯体の発光特性の調 査を目的とした(Fig. 1-6-1)。ジホスフィンジスルフィド配位子 dppaS2−を用いた銅一価錯体 でも見られたように、残り二つの配座を埋める際、用いるホスフィン配位子を変えると発 光特性や安定性などの性質が変化することが知られている。そのため、dppaO2−配位子とモ ノホスフィンおよび種々のジホスフィン配位子を用いたホスフィンオキシド錯体の合成を 行い、系統的に発光特性を調査した。また、長寿命発光を示す[Cu(dppaS2)(BINAP)]とジホ スフィンジオキシド錯体の発光の機構等の比較も目的とした。
第 2 章では、モノホスフィン配位子であるトリフェニルホスフィン(PPh3)を用いたホスフ ィンオキシド錯体を合成し発光特性を調査した。また、モノホスフィン配位子を用いたホ スフィンスルフィド錯体は未調査であったため、併せて合成し、その発光特性を調査した。
モノホスフィン配位子を用いたホスフィンスルフィド錯体およびホスフィンオキシド錯体 の発光特性について量子化学計算も用い比較した。第 3 章では、ジホスフィンジオキシド
配位子dppaO2と種々のジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の合成を行い、それらの錯
体の発光特性を評価した。また、ホスフィンスルフィド錯体の中で唯一強発光性を示す
14
[Cu(dppaS2)(BINAP)]と比較し、ホスフィンスルフィド錯体とホスフィンオキシド錯体の発
光機構の違いを検討した。第 4 章では、溶液中においてより高効率な発光性銅一価錯体の 合成を目的として、励起状態中における構造変化の抑制に期待できる多核構造に着目した。
そ こ で 、 多 核 錯 体 を 形 成 し や す い こ と が 知 ら れ て い る dppm (1,2-bis(diphenylphoshino)methane)配位子をジホスフィン配位子として用いた銅一価錯体の 合成を行った。
Fig. 1-6-1. Conceptual diagram showing this study.
15 参考文献
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16
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27. 澤村翔太 2012年度 修士論文.
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Zuo, Inorg. Chem., 2015, 54, 161.
29. T. Harada, Y. Nakano, M. Fujiki, M. Naito, T. Kawai, Y. Hasegawa, Inorg. Chem., 2009, 48, 11242.
30. G. Pilloni, B. Corain, M. Degano, B. Longato, G. Zanotti, J. Chem. Soc., Dalton Trans., 1993, 1777.
31. H. Liu, M. J. Calhorda, M. G. B. Drew, V. Félix, J. Novosad, L. F. Veiros, F. F. Biani, P. Zanello, J. Chem. Soc., Dalton Trans., 2002, 4365.
32. T. M. Dau, B. D. Asamoah, A. Belyaev, G. Chakkaradhari, P. Hirva, J. Jänis, E. V. Grachova, S.
17
P. Tunik, I. O. Koshevoy, Dalton Trans., 2016, 45, 14160.
33. a) K. Nozaki, K. Takamori, Y. Nakatsugawa, T. Ohno, Inorg. Chem., 2006, 45, 6161; b) L. Y.
Zou, Y. X. Cheng, Y. Li, H. Li, H. X. Zhang, A. M. Ren, Dalton Trans., 2014, 43, 11252
18
第 2 章
モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体
19 2 章 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体 2-1 はじめに
序論にも述べたように、最も研究されてきた銅一価錯体は、窒素およびリンドナー原子 を用いた[Cu(diimine)(diphoshine)]+型錯体であり、これは強い発光および長寿命の励起状態を 示すものが多い1。また、硫黄ドナー原子は柔らかい塩基であるため、柔らかい酸である銅 一価イオンと相性が良いことが知られており、当研究室では、ジホスフィンスルフィド配
位子dppaS2とジホスフィン配位子BINAPを用いた銅一価錯体[Cu(dppaS2)(BINAP)]の合成を
行ったところ、ジクロロメタン溶液中で約100 μsと長寿命の発光を示した2。
一方、ジホスフィン配位子ではなくモノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体は古くか ら研究されており、特にジイミン配位子と組み合わせた混合配位型銅一価錯体はジホスフ ィン配位子を用いた系[Cu(diimine)(diphoshine)]+と共に精力的に研究されてきた。モノホスフ ィン配位子を用いた錯体はジホスフィン配位子を用いた錯体に比べ発光が弱いことが多い。
これは、ジホスフィンに比べ構造的に制限が少なく構造変化が起こりやすいためであると 考えられる。また、銅一価は置換活性であるためモノホスフィン配位子が容易に外れ、こ れが失活の原因にもなる。しかしながら、容易に配位子が外れ、他の配位子が配位する性 質を利用し、触媒反応などへと応用されている報告例もある3。そのため、モノホスフィン 配位子を用いた銅一価錯体は、発光にはあまり期待は出来ないが、系統的に評価する上で は重要であると考えられる。
本章では、モノホスフィン配位子であるトリフェニルホスフィン(PPh3)を用いたホスフィ ンオキシド錯体[Cu(dppaO2)(PPh3)2]を合成し発光特性の調査を目的とした。また、モノホス フィン配位子を用いたホスフィンスルフィド錯体[Cu(dppaS2)(PPh3)2]は未調査であったため、
併せて合成し、その発光特性を調査した。
20 2-2 実験
2-2-1 試薬と測定
triphenylphoshine (PPh3)およびpotassium tert-butoxide (tBuOK)は東京化成工業株式会社より 購入したものを用いた。tetrakis(acetonitrile)copper(I) hexafluorophosphate ([Cu(CH3CN)4]PF6) 4 および N,N-bis(diphenylphosphino)amine disulfide (HdppaS2)5 は文献に従って合成した。
N,N-bis(diphenylphosphino)amine dioxide (HdppaO2)は溶媒をTHFからエタノールに変更した 以外は論文6に従って合成した( 31P{1H} NMR (202 MHz, DMSO-d6) 20.1 (s))。1H NMR及び31P NMR スペクトルメーターは JEOL Delta-500 を 用い、1H NMR では内部標準として tetramethylsilane (δ = 0.00 ppm, 1H)、31P NMRでは外部標準として85% phosphoric acid (δ = 0.00
ppm, 31P)を用いた。元素分析は、株式会社ア・ラビット・サイエンス超微量元素分析研究セ
ンターに依頼し、C、H、Nについて測定を行った。
2-2-2 合成
[Cu(dppaS2)(PPh3)2] (1)
アルゴン雰囲気下で脱気したジクロロメタン5 mlにHdppaS2 (135 mg, 0.3 mmol)とtBuOK (35 mg, 0.3 mmol)加え撹拌した。その後、PPh3 (157.4 mg, 0.6 mmol)と[Cu(CH3CN)4]PF6 (111.8
mg, 0.3 mmol)の順に加えると白色固体(KPF6)が析出した。1時間撹拌した後に濾過し、ろ液
に貧溶媒としてエタノールを加えて静置した。その後、無色の結晶が析出したためろ過し、
無色結晶を得た。(収量:256 mg、収率:82%)
Anal. Found: C, 69.43; H, 4.85; N, 1.36%. Calcd. for [Cu(dppaS2)(PPh3)2], C60H50NS2P4Cu: C, 69.51; H, 4.86; N, 1.35%. 31P{1H} NMR (202 MHz, CDCl3) 34.6 (t, J = 53.16 Hz, dppaS2), −2.5 (s, br, PPh3).
21 [Cu(dppaO2)(PPh3)2] (2)
アルゴン雰囲気下で脱気したジクロロメタン 1.5 ml に HdppaO2 (125.30 mg, 0.3 mmol)と
tBuOK (38.14 mg, 0.3 mmol)加 え 撹 拌 し た 。 そ の 後 、PPh3 (156.52 mg, 0.6 mmol)と [Cu(CH3CN)4]PF6 (120.41 mg, 0.3 mmol)の順に加えると白色固体(KPF6)が析出した。20分間 撹拌した後に濾過し、ろ液に貧溶媒としてメタノールを加えて静置した。その後、白色固 体が析出したためろ過し、白色固体を得た。(収量:98 mg、収率:33%)
31P{1H} NMR (202 MHz, CDCl3) 19.7 (s, dppaO2), −4.2 (s, br, PPh3).
なお、錯体2の結晶構造はJ. E. Drakeらによって報告されている7。
2-2-3 単結晶X線構造解析
解析に用いた単結晶は1の合成の際、ジクロロメタンとエタノールの液相-液相拡散法に より得た。1∙CH2Cl2のX線結晶解析は、Rigaku社製Saturn 70 CCD単結晶自動X線構造解 析装置を用い、光源は単色光化したグラファイトの MoKα 線を用いた。画像の収集とデー タの処理はCrystalClear8を用いた。構造は直接法のSIR-929用いて解き、全行列最小二乗法
(SHELX-97)10により精密化した。描写ソフトには Mercury11を用いた。結晶学データはケン
ブリッジ結晶学データセンターに投稿した(Deposition number CCDC-1557968 for 1∙CH2Cl2)。 データは、http://www.ccdc.cam.ac.uk/conts/retrieving.html にて無償で入手できる。以下に 1∙CH2Cl2の結晶データを記載する。C60H50CuNP4S3∙CH2Cl2, Mr = 1121.56, colorless crystal, triclinic, space group P1 ̅, a = 10.610 (3) Å, b = 12.929 (3) Å, c = 21.782 (5) Å, α = 80.450 (8)°, β
= 80.644 (8)°, γ = 67.642 (7)°, V = 2708.8 (12) Å3, Z = 2, T = 123 K, Dc = 1.375 g cm−3, μ = 7.38 cm−1, R1 = 0.0485 for 11403 reflection with I > 2σ(I), Rw = 0.152, GOF = 1.015.
22 2-2-4 分光測定
吸収および発光スペクトルは首付き石英セルを用い、最低15分以上のアルゴンバブリン グを行った脱気溶媒を用い測定を行った。吸収スペクトルの測定はAgilent Technology社製 の8453紫外可視分光光度計を用い行った。溶液中の発光スペクトルおよび発光寿命は、研 究室自作の装置にて測定した。定常状態の発光スペクトルにおいて、脱気したサンプル溶 液は単色光化したXeランプ(Oriel Cornerstone 130 monochromator に接続した75 Wランプ) によって励起し、発光は石英ファイバーを通し、冷却された CCD センサーを持つ分光器 (Ocean Optics model QE65000)に送られる。固体状態の発光スペクトルおよび発光量子効率は、
積分球(Labsphere, 4P-GPS-030-SF)の中にサンプルを入れた石英シャーレを入れ、絶対法で測
定した。発光寿命は、株式会社宇翔製のN2レーザーKEN-1520(励起波長337 nm)を用い試 料を励起し、発光は20 cm分光器(Jovin Yvon H-20)により分光した。発光を光電子増倍管(浜 松R928)で検出し、Tektronix社製のDigital Phosphor Oscilloscope TDS5034を用いてデジタル 化した。
2-2-1 DFT計算
計算はGaussian 0912で汎関数B3LYP13-15を用いて行った。1の一重項基底状態(S0)の構造 最適化において、単結晶X線構造解析より得られた座標を基に行った。2は1のS0の座標 を基に初期座標を決定した。三重項励起状態(T1)の構造最適化は、それぞれのS0の座標を初 期座標として用いて行った。S0からS1への遷移のTD-DFT計算は、一重項構造最適化した ものを、S0からT1への遷移には、三重項構造最適化したものを用いて行った。一重項もし くは三重項の構造最適化の妥当性を確認するために振動数計算を行い、その結果に虚数振 動が含まれていないかで妥当性を確認した。基底関数は、銅は6-311G(4p関数16を分極関数 として追加)、硫黄、リン、酸素、窒素は6-31+G ⃰、炭素は6-31G ⃰、水素は6-31Gを用いた。
AOMixプログラム17を用いて各軌道内の原子成分比を求めた。軌道の図はGaussViewソフ
23 トウェア18を用いて描写した。
2-3 結果と考察
2-3-1 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の合成
各錯体の合成は、室温、アルゴン雰囲気下で行った。脱気したジクロロメタンにHdppaS2
もしくはHdppaO2と等モルのtBuOKを加え撹拌した。その後、二当量のPPh3と等モルの銅
の原料錯体である[Cu(CH3CN)4] PF6を加え撹拌すると白色のKPF6が析出した。KPF6をろ過 で取り除き、エタノールもしくはメタノールを加え、再結晶させることで目的の錯体を得 た(Scheme 2-3-1-1)。[Cu(dppaS2)(PPh3)2] (1)が81%と収率良く得られたが、[Cu(dppaO2)(PPh3)2] (2)は33%と収率は良くなかった。これは、dppaS2配位子を用いた錯体に比べdppaO2配位子 を用いた錯体はより安定性が低いためだと考えられる。
得られた錯体は、1H NMR、31P NMR、元素分析によって同定した。31P NMRでは、34.6 ppm付近にdppaS2−もしくは19.7 ppm付近にdppaO2−のリンのシグナル、−2.5 (1)および−4.2
(2) ppm 付近にブロードなモノホスフィン配位子 PPh3のリンのシグナルが観測された(Fig.
2-3-1-2)。dppaS2−および dppaO2−のリンのシグナルはシャープであるのに対し、PPh3のリン
のシグナルはブロードであった。これは、PPh3 のリンが大きな核四極子モーメントをもつ Scheme 2-3-1-1. Synthesis of complex.
24
銅に直接配位しているためである19。しかし、2の31P NMRスペクトルには、PF6−由来と思 われるシグナルがわずかではあるが観測された。それ以外の31P NMRスペクトルの特徴は1 と同じであり、錯体2もX線で構造を決定した錯体1と同様に[Cu(dppaO2)(PPh3)2]の四面体 型錯体と思われる。
2-3-2 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の構造
1は良質な単結晶が得られたため、単結晶X線構造解析によって構造を決定した。単結晶 X線構造解析に用いた1の単結晶は、合成の際、ジクロロメタンとエタノールを用いた液相 -液相拡散法により得た。1の結晶構造をFig. 2-3-2-1に示す。dppaS2−配位子の硫黄原子二つ と二つのPPh3配位子の二つのリン原子が銅原子に配位した無電荷錯体であることが示され た。さらに、銅一価錯体に一般的な四面体構造であり、S-Cu-S平面とP-Cu-P平面がなす角、
二面角は86.69°と正四面体に近い値であった。ジホスフィンジスルフィド配位子と銅原子に
より六員環を形成しており、舟形に近い構造であった。P6-S2 および P7-S3 間の結合距離 (1.9927(12)および2.0038(10) Å)は、一般的なP=S結合間の距離(1.91 Å)よりも長いため、P6-S2
および P7-S3結合の結合次数は 2 よりも小さいと考えられる。また、P6-N8 および P7-N8
の結合距離(0.1587(2)および0.1584(2) Å)が一般的なN-P結合距離(1.66 Å)よりも短いため二 重結合の性質を持っていると考えられる。Cu-S および Cu-P 間の結合距離は、それぞれ
Fig. 2-3-1-2. 31P NMR sprectarum of 1 in CDCl3.
25
2.3462(9)、2.3484(9)および2.3167(9)、2.2969(9) Åであった。この値は当研究室の大力が報
告したdppaS2配位子と種々のジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体3のCu-SおよびCu-P
間の結合距離とほぼ同様な値であった。しかし、P-Cu-P角は約10から30°大きかった。こ れは、モノホスフィンはジホスフィンの様に構造の制限が少なく、比較的自由に配位でき るためであると考えられる。J. E. Drakeら報告した2の結晶構造7と比較すると、Cu-P結合 (2.2554(7)および2.2449(7) Å)およびP-Cu-P角(126.10(3)°)と比較的近い値を示した。それに 比べ、Cu-S結合とCu-O結合(2.122(2)および2.165(2) Å)を比較するとCu-S間の結合距離は
約0.23 Å長かった。これは、硫黄原子と酸素原子のvan der Waals半径の差の値(0.28 Å)20に
近く予想通りであった。また、Cu-S 間の結合距離に比べ Cu-O 間の結合距離が短いため、
O-Cu-O角(100.32(7)°)もS-Cu-S角に比べ小さくなっていた。
Fig. 2-3-2-1. The crystal structure of the complex 1. Hydrogens, counter anion and solvent molecules are omitted for clarity. Important bond length (Å) and angles (°) for 1:
Cu1-S2, 2.3462(9); Cu1-S3, 2.3484(9); Cu1-P4, 2.3167(9); Cu1-P5, 2.2969(9);
S2-Cu1-S3 114.96(3); P4-Cu1-P5 121.28(3). The thermal ellipsoids are drawn with 50%
probability.
26
2-3-3 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の分光学的性質
錯体1および2のジクロロメタン溶液中の吸収スペクトルをFig. 2-3-3-1に示す。両錯体 とも紫外域に同様な形状の吸収を示した。[Cu(dppaS2)(BINAP)]は可視域に吸収帯を持つの に対し、1、2が可視域に吸収帯を持たないのは、BINAP配位子のような広いπ共役部位を 持たないためであると考えられる。この紫外域にのみ吸収を示すことは後述の計算結果か らも支持される。
ジクロロメタン溶液中の発光スペクトルをFig. 2-3-3-2に示す。溶液中の発光スペクトル、
発光減衰曲線および発光量子効率はアルゴンバブリングにより脱気したジクロロメタン溶 液中にサンプルを溶解し測定した。1および2の発光極大波長はそれぞれ500、535 nmに観 測された。しかし、両錯体とも発光強度が弱いため発光寿命および発光量子効率は測定出 来なかった。また、トリフェニルホスフィン単体も発光することが知られているため、ト リフェニルホスフィン単体のジクロロメタン溶液中の発光スペクトルを測定した。その結 果、Fig. 2-3-3-3に示すように1の発光スペクトルはトリフェニルホスフィンの発光と一致 し、観測された発光スペクトルはトリフェニルホスフィン由来のものであることが分かっ
Fig. 2-3-3-1. Absorption spectra of 1 and 2 in dicloromethane solution.
27
た。一般的に、溶液中では単座ホスフィン配位子を有する銅一価錯体はジホスフィン配位 子を有するものに比べ、配位子が外れる、励起状態の構造変化が大きいといった失活の要 因が大きいと考えられている。
1は、[Cu(dppaS2)(BINAP)]などのホスフィンスルフィド錯体と同様に固体状態では発光を
示さなかった。それに対し、2は中程度の強度の青色発光を示した(Fig. 2-3-3-4, 2-3-3-5)。2 の固体状態の発光減衰曲線は二次指数関数でフィッティングした(Fig. 2-3-3-6)。その結果、
Fig. 2-3-3-2. Emission spectra of 1 and 2 in dicloromethane solution.
Fig. 2-3-3-3. Emission spectra of 1 and PPh3 in dicloromethane solution.
28
マイクロ秒オーダーの発光寿命(τ = 1.3 (32%), 6.9 μs (68%))を示し、三重項との関連を示した。
固体状態の発光量子効率は、16%であった。
Fig. 2-3-3-4. Emission spectrum of 2 in the solid state.
Fig. 2-3-3-5. Picture of 2 sample under irradiation UV.
Fig. 2-3-3-6. The emission decay curve of 2 in the solid state.
29
2-3-4 モノホスフィン配位子を用いた銅一価錯体のDFT計算
1および2のDFT計算の結果をFig. 2-3-4-1 – 2およびTable 2-3-4-1 – 2に示した。1の一 重項構造最適化構造は、結晶構造と概ね一致した。計算された Cu-SとCu-P の結合距離お
よびS-Cu-SとP-Cu-P角は、X線構造解析の結果と約0.08 Åおよび2.5°以内の差であった。
2の構造最適化された構造は、J. E. Drakeらが報告した2の結晶構造7と概ね一致していた。
1と2の最適化した構造の比較は、結晶構造の比較と同様な傾向であった。
HOMOとLUMOのエネルギーは1、2共にあまり変わらないが0.1 eVほど1の方がHOMO が高い。これによって、1の方がHOMO-LUMOギャップが0.1 eV狭くなっている。1の最 高被占有分子軌道(HOMO)は、主に銅中心の軌道(41%)からなり、それに加え、dppaS2配位 子の硫黄原子(26%)およびPPh3配位子のリン原子の軌道およびπ軌道(28 %)から構成されて いた。最低空分子軌道(LUMO)はほぼPPh3配位子のフェニル部位のπ*軌道(69%)から構成さ れていた。これは、[Cu(dppaS2)(BINAP)]や[Cu(dppaS2)(DPEphos)]の計算結果と類似していた。
2 の HOMO は、主に銅中心の軌道(63%)からなり、それに加え、dppaO2配位子の酸素原子
(12%)およびPPh3配位子のリン原子の軌道およびπ軌道(22%)から構成されていた。LUMO
Table 2-3-4-1. Parameters of the optimized structure of complex 1 and 2.
[a] E = S or O. [b] Dihedral angle between E-Cu-E and P-Cu-P plane. [c] reference 11.
30
およびLUMO+1はほぼPPh3配位子のフェニル部位のπ*軌道(84および86%)から構成され
ていた。ホスフィンスルフィド錯体である1 とホスフィンオキシド錯体である 2 を比較す ると、HOMO中の銅原子上の軌道の割合が41%から63%へと非常に大きく増加していた。
一方、LUMO以降の軌道は大きな違いが見られなかった。
Fig. 2-3-4-1. Kohn-Sham Orbitals (HOMO, LUMO, LUMO+1, LUMO+2 and LUMO+4) of 1.
31
Fig. 2-3-4-2. Kohn-Sham Orbitals (HOMO, LUMO, LUMO+1, LUMO+2 and LUMO+4) of 2.
32
二錯体について、time-dependent DFT (TD-DFT)計算(Table 2-3-4-3)を行った。その結果、基 底状態(S0)から一重項最低励起状態(S1)への遷移(S0→S1)はHOMOからLUMOへの遷移が主 であった。このHOMOからLUMOへの遷移は、MLCTおよびLC(ホスフィン配位子内の遷 移)由来であると帰属された。また、HOMO→LUMO+1、HOMO→LUMO+2などといった遷 移も、S0→S2のような低い励起状態も光物性に寄与している。まとめると、これらの遷移は MLCT、LCおよびホスフィン配位子からdppaE2への配位子間電荷移動の組み合わせからな
Table 2-3-4-2. Mulliken population analysis[a] of the DFT calculations based on the optimized structures.
[a] Cu: copper atom, E: sulfer or oxygen atoms, dppa: dppaE2 ligand except E atoms, P:
33
る。二錯体間ではHOMO中の軌道の割合のみが大きく異なっていることが分かる。ホスフ ィンスルフィド錯体に比べホスフィンオキシド錯体のHOMO中の銅原子上の軌道の割合が
41%から 63%へと非常に大きく増加していた。LUMO 以降の軌道は大きな違いが見られな
いため、ホスフィンオキシド錯体はホスフィンスルフィド錯体に比べMLCT性が大きくな っていることが分かる。MLCT性の増大は、krが増大する傾向があると知られている。その ため、1 は固体状態で発光を示さなかったのに対し 2 が青色発光を示したのではないかと 考えられる。
Table 2-3-4-3. Results of TD-DFT calculation.
34
2-4 まとめ
今回、モノホスフィン配位子を用いたジホスフィンスルフィドおよびジホスフィンジオ キシド錯体の合成およびその発光特性について調査した。ホスフィンスルフィド錯体
[Cu(dppaS2)(PPh3)2] (1)の吸収スペクトルは、紫外域にのみ吸収を示した。溶液中の発光は、
非常に弱くPPh3由来であった。また、ホスフィンオキシド錯体[Cu(dppaO2)(PPh3)2] (2)は固 体状態で青色発光を示し、量子効率は 16%であった。ホスフィンスルフィド錯体とホスフ ィンオキシド錯体をより詳細に比較検討するためにDFT計算を行った結果、HOMO中の軌 道の割合が異なることが分かり、ホスフィンスルフィド錯体に比べ、ホスフィンオキシド 錯体はMLCT性の割合が増大しており、より発光性になると考えられる。
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37
第 3 章
ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体
38 3 章 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体 3-1 はじめに
第 2 章において、ジホスフィンジスルフィドおよびジホスフィンジオキシド配位子と単 座ホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の合成およびその発光特性について調査した。単 座ホスフィン配位子を用いた[Cu(dppaS2)(PPh3)2]も BINAP 配位子以外の種々のジホスフィ ン配位子を用いた[Cu(dppaS2)(diphosphine)]錯体と同様に強い発光を示さなかった。一方、ホ スフィンオキシド配位子 dppaO2 を用いた[Cu(dppaO2)(PPh3)2]錯体は固体状態で青色発光を 示した。
単座ホスフィン配位子に比べ、ジホスフィン配位子はキレート効果により形成される錯 体は安定であり、溶液中での配位子の解離、およびそれに伴う不均化を抑制する。また、
ジホスフィンを配位子として用いた銅一価錯体は、単座ホスフィン配位子を用いた錯体よ りも構造がより強固になり、MLCT励起状態の構造の歪み(flattening distortion)1を抑制し、
発光の増強にも期待できる。例として、単座ホスフィン配位子を用いた[Cu(dmp)(PPh3)2]+ (dmp = 2,9-dimethyl-1,10-phenanthroline) (Fig. 3-1-1)はτ = 0.33 μs、Φ = 0.14%と非常に弱い発光 しか示さないのに対し2、二座ホスフィン配位子を用いた[Cu(dmp)(DPEphos)]+ (Fig. 3-1-2)は τ = 14.3 μs、Φ = 15%と比較的強い発光を示すことが報告されている3 。
Fig. 3-1-1. [Cu(dmp)(PPh3)2]+ complex. Fig. 3-1-2. [Cu(dmp)(DPEphos)]+ complex.
39
第 2章で議論した単座ホスフィン配位子を用いた[Cu(dppaS2)(PPh3)2]は溶液中でほとんど 発光を示さなかったのに対し、ジホスフィン配位子を用いた[Cu(dppaS2)(BINAP)]は溶液中 で長寿命の発光を示すことは、上述の効果の影響もあると考えられる。
本章では、モノホスフィン配位子よりも発光の増強が期待されるジホスフィン配位子を 用いた銅一価錯体[Cu(dppaO2)(diphosphine)]を合成し、発光特性の調査および発光性である ホスフィンスルフィド錯体[Cu(dppaS2)(BINAP)]との比較を目的とした。
3-2 実験
3-2-1 試薬と測定
(R)-(+)-2,2'-bis(diphenylphosphino)-1,1'-binaphthyl ((R)-BINAP) 、 2,2'-bis(diphenylphosphino)-1,1'-biphenyl (BIPHEP) 、 bis[2-(diphenylphosphino)phenyl]ether (DPEphos)および 4,5-bis(diphenylphosphino)-9,9-dimethylxanthene (XANTPHOS)は和光純薬工 業株式会社より、potassium tert-butoxide (tBuOK)は東京化成工業株式会社より購入したもの を用いた。tetrakis(acetonitrile)copper(I) hexafluorophosphate ([Cu(CH3CN)4]PF6)は文献に従って 合成した4。N,N-bis(diphenylphosphino)amine dioxide (HdppaO2)は溶媒をTHFからエタノール に変更した以外は論文5に従って合成した( 31P{1H} NMR (202 MHz, DMSO-d6) 20.1 (s))。1H
NMR及び31P NMRスペクトルメーターはJEOL Delta-500を用い、1H NMRでは内部標準と
してtetramethylsilane (δ = 0.00 ppm, 1H)、31P NMRでは外部標準として85% phosphoric acid (δ
= 0.00 ppm, 31P)を用いた。元素分析は、株式会社ア・ラビット・サイエンス超微量元素分析
研究センターに依頼し、C、H、Nについて測定を行った。
40 3-2-2 合成
[Cu(dppaO2)((R)-BINAP)] (1)
アルゴン雰囲気下で脱気したジクロロメタン5 mlにHdppaO2 (128.2 mg, 0.3 mmol)とtBuOK (34.0 mg, 0.3 mmol)加え撹拌した。その後、(R)-BINAP (188.0 mg, 0.3 mmol)と[Cu(CH3CN)4]PF6
(112.0 mg, 0.3 mmol)の順に加えると溶液は黄色になり、白色固体(KPF6)が析出した。1時間
撹拌した後に濾過し、ろ液に貧溶媒としてエタノールを加えて静置した。しかし、固体が 析出しなかったため、乾固させ、黄緑色固体を得た。(収量:122 mg、収率:39%)
Anal. Found: C, 74.10; H, 4.94; N, 1.16%. Calcd. for 1, C68H58NO2P4Cu: C, 74.07; H, 4.75; N, 1.27%. 31P{1H} NMR (202 MHz, CDCl3) 21.8 (s, dppaO2), −7.04 (s, br, BINAP).
[Cu(dppaO2)(DPEphos)] (2)
アルゴン雰囲気下で脱気したジクロロメタン2 mlにHdppaO2 (125.44 mg, 0.3 mmol)とtBuOK (33.59 mg, 0.3 mmol)加え撹拌した。その後、DPEphos (162.39 mg, 0.3 mmol)と[Cu(CH3CN)4]PF6
(112.98 mg, 0.3 mmol)の順に加えると白色固体(KPF6)が析出した。1時間撹拌した後に濾過し、
ろ液に貧溶媒としてエタノールを加えて静置した。その後、無色の結晶が析出したためろ 過し、無色結晶を得た。(収量:114 mg、収率:37%)
Anal. Found: C, 69.52; H, 4.47; N, 1.29%. Calcd. for 2 + 0.3CH2Cl2, C60H48NO3P4Cu∙(CH2Cl2)0.3: C, 69.60; H, 4.70; N, 1.35%. 31P{1H} NMR (202 MHz, CDCl3) 19.4 (s, dppaO2), −22.0 (s, br, DPEphos).
[Cu(dppaO2)(XANTPHOS)] (3)
錯体2の合成と同様の方法でDPEphosの代わりにXANTPHOS (116.16 mg, 0.2 mmol)を用い、
合成を行った。白色固体を得た。(収量:41 mg、収率:19%)
Anal. Found: C, 69.90; H, 4.78; N, 1.36%. Calcd. for 3 + 0.5CH2Cl2, C63H52NO3P4Cu∙(CH2Cl2)0.5: C,
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69.27; H, 4.85; N, 1.27%. 31P{1H} NMR (202 MHz, CDCl3) 18.5 (s, dppaO2), −19.6 (s, br, XANTPHOS).
[Cu(dppaO2)(BIPHEP)] (4)
錯体2の合成と同様の方法でDPEphosの代わりにBIPHEP (113.93 mg, 0.3 mmol)を用い、合 成を行った。薄黄色固体を得た。(収量:158 mg、収率:53%)
Anal. Found: C, 71.98; H, 4.76; N, 1.28%. Calcd. for 4, C60H48NO2P4Cu: C, 71.89; H, 4.83; N, 1.40%. 31P{1H} NMR (202 MHz, CDCl3) 22.5 (s, dppaO2), −11.4 (s, br, BIPHEP).
1、2 および 4は大気下、ジクロロメタン-エタノール混合溶液中にて再結晶を行ったが、
3はアルゴン雰囲気下にて行った。3のNMRスペクトルは大気飽和した溶液に溶かし、直 ぐに測定を行った。1、2および4のNMRスペクトルは通常の手順で測定を行った。1-4の 固体は大気下で取り扱った。
3-2-3 単結晶X線構造解析
解析に用いた単結晶は、2のジクロロメタンとエタノールの混合溶液をゆっくりと蒸発さ せることにより得た。2∙CH2Cl2のX線結晶解析は、Rigaku社製Saturn 70 CCD単結晶自動X 線構造解析装置を用い、光源は単色光化したグラファイトの MoKα 線を用いた。画像の収 集とデータの処理はCrystalClear6を用いた。構造は直接法のSIR-20047用いて解き、全行列 最小二乗法(SHELX-97) 8により精密化した。描写ソフトにはMercury9を用いた。結晶学デー タはケンブリッジ結晶学データセンターに投稿した(Deposition number CCDC-1458101 for 2∙CH2Cl2)。データは、http://www.ccdc.cam.ac.uk/conts/retrieving.html にて無償で入手できる。
以下に 2∙CH2Cl2 の結晶データを記載する。C60H48CuNP4O3∙CH2Cl2, Mr = 1103.42, colorless crystal, triclinic, space group P1 ̅, a = 13.095(4) Å, b = 14.127(5) Å, c = 14.907(5) Å, α = 80.779(9)°, β = 84.138(9)°, γ = 78.339(9)°, V = 2658.9(16) Å3, Z = 2, T = 123 K, Dc = 1.378 g cm−3, μ = 6.787
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cm−1, R1 = 0.0519 for 9039 reflection with I > 2σ(I), Rw = 0.1705, GOF = 1.416.
3-2-4 分光測定
吸収および発光スペクトルは研究室自作のテフ ロンコックがついた石英セル(Fig. 3-2-4-1)を用い、
最低5回以上凍結脱気を行った溶媒を用い測定を 行った。溶液中の発光量子効率はアセトニトリル 中の[Ru(bpy)3]PF6(Φ = 0.095)10 を標準物質として 用い求めた。アルゴン雰囲気下の固体状態の発光 量子効率測定は、アルゴンを通じた幅1 mmの石 英セルを積分球に入れて行った。それ以外の、測 定に用いた機器および測定方法は第 2章で記述し たのと同様である。
3-2-1 DFT計算
計算はGaussian 0911で汎関数B3LYP12-14を用いて行った。1の一重項基底状態(S0)の構造 最適化において、初期座標は[Cu(dppaS2)((R)-BINAP)]の単結晶X線構造解析の座標を基に行 った。2の初期座標は、単結晶X 線構造解析より得られた座標を用いた。3は2のS0の座 標を基に初期座標を決定した。三重項励起状態(T1)の構造最適化は、それぞれのS0の座標を 初期座標として用いて行った。S0からS1への遷移のTD-DFT計算は、一重項構造最適化し たものを、S0からT1への遷移には、三重項構造最適化したものを用いて行った。一重項も しくは三重項の構造最適化の妥当性を確認するために振動数計算を行い、その結果に虚数 振動が含まれていないかで妥当性を確認した。垂直エネルギー差の計算は、Gaussian 09の マニュアル中の SCRF キーワードの説明の方法に従って行った 15。基底関数は、銅は Fig. 3-2-4-1. Picture of quartz cell fitted with a Teflon vacuum stop cock.
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6-311G(4p関数16を分極関数として追加)、リン、酸素、窒素は6-31+G ⃰、炭素は6-31G ⃰、水
素は6-31Gを用いた。AOMixプログラム17を用いて各軌道内の原子成分比を求めた。軌道
の図は GaussViewソフトウェア 18を用いて描写した。これらすべての計算は conductor-like
polarizable continuum model (CPCM) 19を用い、溶媒としてベンゼンを指定して行った。
3-3 結果と考察
3-3-1 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の合成
各錯体の合成は、室温、アルゴン雰囲気下で行った。脱気したジクロロメタンにHdppaO2
と等モルのtBuOK を加え撹拌した。その後、等モルのジホスフィンと銅の原料錯体である
[Cu(CH3CN)4] PF6を加え撹拌すると白色のKPF6が析出した。KPF6をろ過で取り除き、エタ
ノール加え再結晶もしくは乾固させ目的の錯体を得た(Scheme 3-3-1-1)。得られた錯体は、
[Cu(dppaO2)(BINAP)]は黄緑色、[Cu(dppaO2)(BIPHEP)]は薄黄色、それ以外の錯体は白色であ
った。[Cu(dppaO2)(BINAP)]が39%、[Cu(dppaO2)(DPEphos)]が37%、[Cu(dppaO2)(XANTPHOS)]
が19% 、[Cu(dppaO2)(BIPHEP)]が53%とdppaO2−配位子を用いた錯体の収率は低かった。こ れは、後述のようにジクロロメタン溶液中においてdppaO2−配位子を用いた錯体の溶液中の
安定性がdppaS2−配位子を用いた錯体に比べ低いためであると考えられる。
Scheme 3-3-1-1. Synthesis of [Cu(dppaO2)(diphosphine)].
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得られた錯体は、1H NMR、31P NMR、元素分析によって同定した。31P NMRでは、18.5 - 22.5 ppm付近にdppaO2−のリンのシグナルと−7.0 - −22.0 ppm付近にブロードなジホスフィ ン配位子のリンのシグナルが観測された(Table 3-3-1-1, Fig. 3-3-1-2)。dppaO2−のリンのシグナ ルはシャープなのに対し、ジホスフィン配位子のリンのシグナルはブロードであった。こ れは、ジホスフィン配位子のリンが大きな核四極子モーメントをもつ銅に直接配位してい るためである20。
3-3-2 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の構造
錯体2は、良質な単結晶が得られたため、単結晶X線構造解析によって構造を決定した。
単結晶X 線構造解析に用いた2の単結晶は、ジクロロメタンとエタノール混合溶媒をゆっ くりと蒸発させることにより得た。2の結晶構造をFig. 3-3-2-1に示す。dppaO2−配位子の酸
Table 3-3-1-1. Structure of synthesized compounds and 31P NMR.
Fig. 3-3-1-2. 31P NMR spectrum of 1 in CDCl3.
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素原子二つとDPEphos配位子のリン原子二つが銅に配位した無電荷錯体であることが示さ れた。さらに、銅(I)に典型的な正四面体形の配位構造をとっていることが分かった。dppaO2
配位子は 2 中では六員環構造であり、舟形に近い立体配座をとっていた。また、結合距離 はCu-O1 = 2.063 Å、Cu-O2 = 2.147 Å、Cu-P3 = 2.236 Å、Cu-P4 = 2.257 Å、角度は∠O1-Cu-O2
= 98.30°、∠P3-Cu-P4 = 113.93°、O1-Cu-O2面とP3-Cu-P4面の二面角は82.14°であった。Cu-O 間の結合距離は、既に報告されているジホスフィンジオキシド配位子を用いた銅一価錯体 [Cu(HdppaO2)3]+錯体(1.97 - 2.18 Å)21や[Cu(dppaO2)(PPh3)2]錯体(2.12 - 2.17 Å)22と同様な値を 示していた。また、当研究室の大力が報告した[Cu(dppaS2)(DPEphos)]の結晶構造23と比較す ると各結合距離は短くなっており、∠O1-Cu-O2は[Cu(dppaS2)(DPEphos)]の∠S-Cu-Sに比べ
約10°小さくなっていた。また、他の[Cu(dppaS2)(diphosphine)]錯体と比較しても同様に、各
結合距離は短くなっており、∠O1-Cu-O2もの∠S-Cu-S に比べ10°程小さくなっていた。Cu-S 間の結合距離に比べCu-O間の結合距離が短くなるのは予想されていたが反対側のCu-P間
の結合も[Cu(dppaS2)(DPEphos)]錯体のCu-P結合(2.30 Å)に比べて短くなることが分かった。
そのためdppaS2−配位子を用いたときよりも銅周りの結合が強くなっていると考えられる。
また、∠O1-Cu-O2が小さくなったのはCu-O 間の結合距離が短くなったためであると考え
られる。
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3-3-3 ジホスフィン配位子を用いた銅一価錯体の分光学的性質
錯体 3 および 4 はジクロロメタン溶液中で紫外線を照射すると吸収スペクトルの変化が 観測された(Fig. 3-3-3-1)。また、ジクロロメタン溶液中の発光スペクトルを測定すると二つ の発光のピークが観測された(Fig. 3-3-3-2)。長波長側のピークは錯体由来であるが、短波長 側 の ピ ー ク は 何 ら か の 分 解 物 で あ る と 考 え ら れ る 。 以 前 当 研 究 室 で 合 成 さ れ た
[Cu(dppaS2)(XANTPHOS)]はジクロロメタン溶液中で紫外線を照射すると吸収及び31P NMR
が変化することが報告されている23。これは、銅(I)錯体を含むハロゲン溶媒に紫外線を照射 すると、銅が酸化還元反応によって銅(I)から銅(II)になるためであると報告されている 24。 したがって、3 や 4 でも[Cu(dppaS2)(XANTPHOS)]と同様の反応が起こっていると考えられ る。そこで、3および4の分光測定を行うために、吸収スペクトルの経時変化を測定し、吸 収が変化しない溶媒を探索した。3はベンゼン溶液中では吸収の変化が見られなかったため、
Fig. 3-3-2-1. The crystal structure of the complex 2. Hydrogens and solvent molecules are omitted for clarity. Important bond length (Å) and angles (°) for 2: Cu1-P3, 2.2359(10);
Cu1-P4, 2.2570(9); Cu1-O1, 2.063(2); Cu1-O2, 2.146(2); P3-Cu1-P4 113.93(4);
O1-Cu1-O2, 98.30(8). The thermal ellipsoids are drawn with 50% probability.