メタロキャビタンド型混合原子価銅四核錯体の構築
―磁気的挙動とアミン認識挙動―
著者 井頭 麻子
雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law
journal
巻 102
ページ 1‑18
発行年 2017‑03‑07
その他のタイトル Construction of Mixed Valent Cu?
Metallocavitands ‑Magnetic Behavior and Recognition Behavior of Amines‑
URL http://hdl.handle.net/10723/2985
メタロキャビタンド型混合原子価銅四核錯体の構築
―磁気的挙動とアミン認識挙動―
井 頭 麻 子
1.緒言
1-1. 超分子化学とホストゲスト化学
超分子とは,弱い相互作用である非共有結合性の分子間力によって分子同士 が結びつけられた化合物群であり,化学だけでなく,材料科学,表面物理,分 子生物学など,さまざまな分野で興味のもたれる対象となっている(1)。弱い相 互作用には,水素結合やCH-π相互作用,配位結合,静電相互作用,疎水性相 互作用などが含まれるが,一つ一つの相互作用は弱いものであっても,これら が多数集まると柔軟でありながらも強固な構造が組み上がる。このさまざまな 弱い相互作用を多重に組み合わせることによって分子同士が適切に配向され結 びつき,高次構造が形成される。そして,その構造的特徴に基づいて高度な機 能が発現する。生体内には超分子システムが数多く存在し,例えば,酵素反応,
複合タンパク質の集合,遺伝子コードの翻訳と転写,細胞認識といったほとん どの生命活動は,超分子の高度に組織化された集合構造によって生み出された 機能である。また,強誘電体,センサー,高分子ゲルといった機能性材料の性 質も超分子システムに由来するものが多い。今年,ノーベル化学賞を受賞した 研究内容である 分子マシン も超分子の枠組みに入っている。
分子認識 は,ある分子が特定の分子や分子集合体に対して選択的に会合 することを指し,超分子化学において重要な位置を占める。ホストゲスト化学
(包接化合物の化学)も分子認識の化学に含まれるが,これはホスト分子がゲス ト分子を非共有結合により取り込んだ化合物群を対象としている。ホスト分子 にはゲスト分子を取り込むことのできる空間が存在し,静電的効果や立体的効 果によってゲスト分子を取り込む。このホスト−ゲスト間に働く効果を利用す れば,ゲストの選択的取り込みや分離,キラル分割のような分子の精製分離が できるだけでなく,反応性や物性を制御することも可能となる。
キャビタンド(cavitands) と呼ばれる化合物群は,ゲスト分子を取り込む ことのできる空孔が強制的に作られた有機化合物であり,ホスト分子としてよ く用いられている(2)。カリックスアレーン類やシクロデキストリン類などの大 環状化合物がキャビタンドとして有名であるが,これらの分子は筒状の構造を 有するため,その内部にゲスト分子を取り込むことが可能である。また,モノ マーと呼ばれる単位ユニットが複数個連結された構造であるため,その単位ユ ニットの個数を制御することによってさまざまな大きさの空孔を実現できると いう利便性がある。これらの分子は,機能性をもつ官能基を 腕 の部分に組 み込むことにより,ゲスト分子の認識能を高める,溶解度を上げる,空孔の深 さを調節する等の調整が行われている。
最近, メタロキャビタンド(metallocavitands) と呼ばれる化合物群も興味 を集めている(3,4)。これは,金属イオンを含むキャビタンドである。有機物か らなるキャビタンドは共有結合のみを含むため,堅固な構造を有している一方 で,メタロキャビタンドは,金属―配位子間の配位結合という非共有的な結合 を有しているため,その構造に柔軟性が生まれる。また,タンパク質の特異性 でも見られるように,金属イオンそれ自身がゲスト分子と相互作用することが できるため,認識能を上げることができる。さらに,金属イオンはその電子状 態に基づいて磁性,発光性などの多彩な物性を示すため,分子認識と物性の両
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者の特徴を示す化合物を作り上げることもできる。
これまでにメタロキャビタンドとしては, 底 のない環状型と, 底 のあ るボウル型の二つのタイプの構造が報告されている。環状型のメタロキャビタ ンドはたくさんの報告例があるが,ボウル型のものは少ない。ボウル型の構造 は, 壁 と 底 が組み合わされた構造と言い換えることができるが,これ までのボウル型メタロキャビタンドでは,金属イオンは壁または底のどちらか にしか含まれていないものがほとんどである。 壁 と 底 の両方に金属イ オンが含まれるメタロキャビタンドは,認識サイトの増加や物性発現,物性調 整の観点から望ましいにもかかわらず,ほんの数例しか報告されていないとい うのが現状である(4)。
1-2.磁気的相互作用の制御
遷移金属イオンが不対電子をもっている場合,磁気モーメント(スピン)を有 することため常磁性を示す。不対電子をもつかもたないかは,遷移金属イオンの d電子数に依存する。d電子数が奇数であれば必ず不対電子をもつため常磁性を 示す。偶数の場合は,d軌道が全て詰まっているd10以外の電子配置では反磁性 を示すが,偶数であっても,配位環境などの条件によっては不対電子をもち,常 磁性を示す。このような常磁性を示す金属イオンが一分子中に複数含まれている 場合,金属イオン間には磁気的相互作用が発現する。一般に,同種の金属イオン が有機配位子で連結された場合,金属イオン間の磁気的相互作用は反強磁性的 である。これは,スピンの存在する磁気軌道間の重なり積分がゼロではないこと に起因する。一方,同種の金属イオン同士の組み合わせであっても,架橋角度に よっては accidental orthogonality と呼ばれる発現機構によって強磁性的相互 作用となることがある。これは,架橋角が 90°付近の場合は磁気軌道が(偶然)
直交し,磁気軌道間の重なりがゼロとなるため,強磁性的相互作用が発現すると いうものである。このように,一般には,同種の金属イオンの組み合わせの場合
には,架橋角が狭いと強磁性的相互作用が発現し,広くなるにつれて反強磁性 的相互作用が発現するという傾向がある(5)。強磁性的/反強磁性的相互作用が反 転する角度付近では,わずかな構造(架橋角)の変化によって磁気的相互作用が 反転することはあるが,それ以外では,ほんのわずかな構造変化は磁気的相互作 用には影響を及ぼさないという考え方が,磁気化学においては一般的である。
1-3.本論文の概要
1-1 節で示したように, 壁 と 底 の両方に金属イオンを含むボウル型メ タロキャビタンドはほんの数例しか報告されていない。今回,配位子の配位方 向を制御することによってこのタイプのメタロキャビタンドを合成することに 成功した。図 1 に示した有機配位子(salpen3−)は,N,O,S-三座で銅(II)イオンに
配位する。生成した銅(II)単核ユニット[Cu(salpen)]−(図 1, 左)は,配位可能 なフリーのカルボキシ基と空きサイトをもつ銅(II)イオンが存在するため,銅(II)
‑ カルボキシ基間の配位結合によって自己集合化し,ボウル型メタロキャビタ ンドの 壁 となることができる(色の濃い矢印)。さらに,チオラト基(硫黄原子)
が他の金属イオン(銅(I)イオン)に配位することができるため,その配位平面 がボウル型メタロキャビタンドの底になると考えた(色の薄い矢印)。このような 配位子設計により, 壁 と 底 の両方に金属イオンを含むボウル型メタロキャ ビタンドを構築することに成功した。このメタロキャビタンドの空孔にはトリ
図 1 配位子の設計およびメタロキャビタンドの合成戦略
5
アルキルアンモニウムイオンが取り込まれている。このCuICuII3四核メタロキャ ビタンドには,常磁性である銅(II)イオンが三つ含まれており,これら銅(II)イ オン間には強磁性的相互作用が発現しているが,興味深いことに,この磁気的 相互作用はわずかな構造変化に対して敏感であることも明らかとなった。すな わち,配位子salpen3−のフェニル環に置換基を導入すると,類似のCuICuII3四 核メタロキャビタンドが形成されるにもかかわらず,その銅(II)イオン間には反 強磁性的相互作用が発現していることがわかった。このような,類似の構造に もかかわらず,強磁性的/反強磁性的相互作用と全く逆の相互作用を示す化合 物は著者の知る限り報告されておらず,大変珍しい例であると言える。その要 因を探るべく,配位子にさまざまな置換基を導入し,また,空孔に取り込まれ るアンモニウムイオンの種類を変えることにより,類似のCuICuII3四核メタロ キャビタンドを複数個合成し,その磁気的性質と構造との関連性を見出したの で報告する。また,取り込まれるアンモニウムイオンの種類に応じて化合物の 色が変化することも見出したので,併せて報告する。なお,この成果の一部は,
European Journal of Inorganic Chemistryにてすでに発表した内容である(6)。
2.合成と構造
2-1.(Et3NH)[Cu2 ICuII(salpen)3 3](1a)の合成と構造
トリエチルアミン(Et3N)存在下,メタノール中にて,D-ペニシラミン(D-H2pen), サリチルアルデヒド(Hsal),塩化銅(II)を 2:2:1 のモル比で反応させると暗緑色 溶液が得られた。これを数日間静置すると,暗緑色結晶として錯体1aが約 50%
の収率で得られた(図 2)。錯体1aの同定は,赤外線吸収スペクトル,紫外可視 吸収スペクトル,円二色性(CD)スペクトル,元素分析,および単結晶X線構造 解析により行った。X線構造解析の結果,錯体1aは,混合原子価CuICuII3四核
錯体((Et3NH)[Cu2 ICuII(salpen)3 3])であることがわかった。D-penとHsalが脱水縮 合して目的の配位子salpen3−が形成されていた(図 3)。salpen3−は,イミノ窒素,
フェノキシド酸素,チオレート硫黄によるN,O,S-三座キレート配位子として銅(II)
イオンに配位しており,平面型の{Cu(salpen)}−単核ユニットを形成している。カ ルボキシ基はキレート配位していない代わりに,隣の{Cu(salpen)}−単核ユニット の銅(II)イオンに対して銅(II)―カルボキシ基の配位結合を形成しており,単核ユ ニット三つが自己集合化した環状三量体構造を形成している。これがメタロキャ
図 2 CuICuII4四核メタロキャビタンドの合成スキーム
図 3 錯体 1a の構造。(a)錯体アニオンの構造,(b)配位子の配位様式,
(c)トリエチルアンモニウムイオンの様子
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ビタンドの 壁 を形成していることになる。なお,この 壁 は配位子のキラ リティーを反映して,左巻きのらせん型となっていた。さらに,この環状構造中 に存在する三つの配位チオラト基が銅(I)イオンに配位することによってメタロ キャビタンドの 底 を形成し,ボウル型メタロキャビタンド構造が完成している。
すなわち,メタロキャビタンドの壁には三つの銅(II)イオンが,底には一つの銅(I)
イオンが存在しており, 壁 と 底 の両方に金属イオンを含むボウル型メタロ キャビタンドの構築に成功した。それぞれの銅イオンの配位環境は,銅(II)イオン はNO2S平面四配位型,銅(I)イオンはS3平面三配位型となっていた。メタロキャ ビタンドは二価のアニオンであるため,二価に相当するカチオンの存在が必要で ある。この錯体では,塩基として用いたトリエチルアミン(Et3N)にプロトンが 付加したトリエチルアンモニウムイオン(Et3NH+)二つがカチオンとして存在し ている。一つはメタロキャビタンドの空孔内に取り込まれており,もう一つは外 側に存在しており,両者ともメタロキャビタンドのカルボキシ酸素またはフェノ キシド酸素とNH…O水素結合を形成していることがわかった(図 3c)。
2-2.(Et2MeNH)[Cu2 ICuII(salpen)3 3](1b)の合成と構造
トリエチルアミン(Et3N)の 代わりにジエチルメチルアミン
(Et2MeN)を塩基として用いて,
D-ペ ニ シ ラ ミ ン(D-H2pen), サ リチルアルデヒド(Hsal),塩 化銅(II)を同様に反応させると,
暗緑色結晶として錯体1bが得 られた。単結晶X線構造解析 の結果,1bも1aと類似の構造
をもつ混合原子価CuICuII3四核 図 4 (a)1b,(b)2a,(c)3a,(d)4a の構造
錯体((Et3MeNH)[Cu2 ICuII(salpen)3 3](1b))であることが明らかとなった(図 4a)。アニオン型メタロキャビタンドの骨格はほぼ同じであり,カウンターカ チオンのみ,Et3NH+ではなくEt2MeNH+と異なっていた。
2-3. salpen 誘導体を配位子とする CuICuII3錯体(2a,3a,4a)の合成と構造
トリエチルアミン存在下,メタノール中にて,D-ペニシラミン(D-H2pen), サリチルアルデヒド誘導体(R-Hsal; R= 3-methoxy-5-nitro (2a), 3-methoxy (3a), 5-methoxy (4a)),塩化銅(II)を 2:2:1 のモル比で反応させると,それぞれ暗緑 色結晶として錯体2a,3a,4aが得られた。これらの錯体の構造は,本質的に 錯体1aと同じであり,三つの銅(II)イオンを 壁 に,一つの銅(I)イオンを 底 にもつ左巻きらせん型のメタロキャビタンド構造を有している(図 4b, c, d)。 銅イオンまわりの結合距離および結合角もほとんど類似したものであった
(表 1)。
表 1 平均結合距離(Å)および結合角度(°)。
compounds 1a 1b 2a 3a 4a
CuI–S 2.263 2.266 2.268 2.261 2.267 CuII–S 2.296 2.299 2.287 2.295 2.282 CuII–N 1.945 1.949 1.942 1.942 1.939 CuII–O 1.944 1.943 1.949 1.950 1.940 S–CuI–S 119.8 119.7 120.0 120.0 120.0 N–CuII–O(cis) 91.8 92.1 91.8 91.4 93.2 N–CuII–O(trans) 165.7 168.9 166.1 166.4 162.7 O–CuII–S(cis) 93.4 92.6 92.4 92.2 92.6 O–CuII–S(trans) 162.2 164.2 168.5 165.4 164.8
O–CuII–O 91.0 90.5 89.7 92.0 90.5
N–CuII–S 88.1 88.1 88.9 88.0 88.7
CuI–S–CuII 98.66 99.39a) 97.98 98.10 99.15
CuI…CuII 3.46 3.47a) 3.44 3.44 3.46
CuII…CuII 4.73 4.48a) 4.54 4.54 4.68
a)ディスオーダーしたCuIIイオンの距離および角度は計算から除外した。
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3.磁気的性質
3-1.磁化率測定および解析
錯体1a, 1b, 2a, 3a, 4aの磁気的挙動をSQUID法により調べた。χMT値の温 度依存性を図 5 に示す。
錯体1aのχMT値は,室 温から 50 Kまでほぼ一定 で 1.24 cm3 K mol−1で あった。この値は,g=2.0 のときのスピンオンリー値 よりもわずかに大きい。低 温になるにつれてχMT値 は 増 加 し,5 Kで 最 大 値
1.61 cm3 K mol−1となった。このχMT値の増加は,銅(II)イオン間に強磁性的 相互作用が発現していることを示している。より低温ではχMT値は減少してい るが,これは分子間の反強磁性的相互作用によるものと考えられる。HDvVモ デル(H=−2J(SCu1·SCu2+SCu2·SCu3+SCu3·SCu1))を用いて解析したところ(5),J=+6.1
(1) cm−1,θ=−0.7(1) K,g=2.04(1)であった。錯体1bのχMT値の温度依存 性も,低温側でのχMT値の増加は1aに比べて少ないものの,ほぼ同様の変化 を見せていた。解析の結果,J=+4.7(1) cm−1,θ=−1.2(1) K,g=2.08(1)で あり,銅(II)イオン間には1aに比べてわずかに弱い強磁性的相互作用が発現し ていることが明らかとなった。
一方,錯体2aの磁化率の温度変化は全く異なるものであった。図 5 では△
でプロットされている。室温から 20 Kまでほぼ一定で 1.2 cm3 K mol−1である 図 5 1a(○),1b(×),2a(△)の磁化率の温度依存性
が,より低温になるにつれてχMT値は減少し,2 Kで 0.65 cm3 K mol−1となっ た。このχMT値の減少は銅(II)イオン間に反強磁性的相互作用が発現している ことを示している。解析の結果,J=−1.0(1) cm−1,g=2.03(1)であることが わかった。錯体1a,1bとほぼ同様の骨格を有しているにもかかわらず,全く 異なる磁気的挙動が見られるという結果は,大変興味深いものである。
錯体3aおよび4aのχMT値の温度変化は図には掲載しないが,錯体1aと同 様の挙動を見せており,銅(II)イオン間に強磁性的相互作用が発現しているこ とがわかった。解析の結果,それぞれJ=+3.4(1) cm−1,θ=−0.9(1) K,g=2.03
(1)(3a),J=+10.5(1) cm−1,θ=−0.7(1) K,g=2.12(1)(4a)であった。
3-2.磁気的相互作用の発現機構
一般に,架橋配位子で連結された金属イオン間の磁気的相互作用は,
through-bond と呼ばれる結合を通した相互作用と, through-space と呼 ばれる空間を通した相互作用という二つの機構で説明される。今回の錯体では,
銅(II)イオン間の距離が 4.4 Å以上と長いため,through-space機構は除外され
る。through-bond機構を考えると,構造から考えて二種類の経路が可能である。
一つ目は,CuII–S–CuI–S–CuIIという四つの結合を通した経路(pathway I)であり,
二つ目は,CuII–N–C–C–O–CuIIという五つの結合を通した経路(pathway II)で ある(図 6)。通常,複数個の共有結合を通した経路でさらに単結合が多い場合 には,その磁気的相互作用は大変弱いため,
pathway IIをメインの経路と考えることは難 しい。一方,pathway Iは銅(I)イオンという d10の金属イオンを通した経路であるが,d10 金属イオンを通した磁気的相互作用は適度な 大きさになることが知られている(7)。これら
のことから,今回の混合原子価CuICuII3錯体 図 6 二つの磁気的相互作用発 現の経路
11
における磁気的相互作用の経路は,銅(I)イオンを通したものであると考えら れる。
3-3.強磁性的相互作用vs.反強磁性的相互作用の発現機構
今回,合成した五種類の混合原子価CuICuII3錯体(1a,1b,2a,3a,4a)は,
金属イオンまわりの結合距離,結合角を含めてほぼ同様の構造を有しているに も関わらず,四つの錯体(1a,1b,3a,4a)は銅(II)イオン間に強磁性的相互作 用が発現している一方で,錯体2aは反強磁性的相互作用が発現していること が明らかとなった。オキソ架橋銅(II)二核構造において,その架橋角度に応じ て強磁性的/反強磁性的相互作用のどちらかをとることは知られているが,本 錯体の場合,単原子架橋ではないためそれと同様には説明することができない。
3-2 節で述べたようなS–CuI–S結合を通した経路(pathway I)によって磁気的相 互作用が発現していると仮定すると,表 1 とともに、表 2 にまとめた構造パラ メータが関連するパラメータであると考えられる。なお,表 2 では,磁気的相 互作用の大きさを表すパラメータであるJ値とともに数値をまとめている。
表 2 J値と構造パラメータ
compounds 4a 1a 1ba) 3a 2a
J / cm−1 +10.5 +6.1 +4.7 +3.4 −1.0
CuII···CuII / Å 4.68 4.73 4.48 4.54 4.54
∠CuI–S–CuII / ° 99.15 98.66 99.39 98.10 97.98
∠(CuIS3)/(CuIISNO2)/ ° 69.64 67.86 67.30 72.01 73.32
∠(CuIISNO2)/(CuIISNO2)/ ° 71.23 70.27 72.46 69.11 67.86
∠(CuIISN)/(CuIIO2)/ 0 23.14 22.97 22.11 19.83 18.33
τ4 for CuII 0.23 0.23 0.22 0.20 0.18
a) ディスオーダーしたCuIIイオンの距離および角度は計算から除外した。
表 1,表 2 から,銅(I)イオンまわり,銅(II)イオンまわりの結合距離,結合角,
CuI平面とCuII平面の二面角,CuII平面同士の二面角は,J値に対して何らか の傾向は見られず,これらの構造パラメータは磁気的挙動とは関連性が見られ
ないことがわかった。一方で,銅(II)イオンの配位平面の歪みには磁気的挙動 との関連性が見られた。すべての錯体において銅(II)イオンはNO2S平面四配 位型の配位環境であるが,ほんのわずかではあるが平面型から四面体型への歪 みが見られる。これをCuIISN平面とCuIIO2平面の二面角(∠(CuIISN/CuIIO2))
によって数値化すると,二面角が小さくなるにつれて強磁性的相互作用が弱く なり,反強磁性的相互作用へと近づいている。また,平面型錯体における平面 からの歪みを表すパラメータ(τ4値(8))も比較すると同様の傾向が見られ,平 面の歪みが大きいほど強磁性的相互作用が強くなっていることが確認できる。
銅(II)配位平面の歪みによって強磁性的/反強磁性的相互作用を制御する報 告例は,ハロゲン架橋銅(II)錯体において見られている(9)。銅(II)イオンの配位 環境が平面型の場合,反強磁性的相互作用であるが,四面体型へと歪むと強磁 性的相互作用が発現するという報告であり,実験的および理論的手法の両面か ら考察がなされている。今回のCuICuII3錯体と同様の傾向であるが,異なる点 は歪みの程度である。ハロゲン架橋銅(II)錯体の場合は,ほんのわずかな歪み ではなく,平面型 vs. 四面体型という明らかな構造の違いが見られていた。一 方で,今回のCuICuII3錯体では,銅(II)イオンの配位環境はほぼ平面型であり,
四面体型への歪みの程度はかなり小さい。銅(II)平面の歪み以外に,J値と関 連のある構造パラメータが見つかっていないことからも,銅(II)平面の歪みが 磁気的相互作用を決定しているという解釈が有望ではあるが,本当にこのわず かな構造の違いによって強磁性的/反強磁性的相互作用という異なる相互作用 が発現するのかという疑問も残るため,断定はできないというのが現状である。
4.アミン認識挙動
CuICuII3四核メタロキャビタンドは,その空孔にトリアルキルアンモニウム イオンを取り込んでいる。そこで,様々なトリアルキルアミンを加えて,メタ
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ロキャビタンドがどのようなアミン認識挙動を示すかを検討した。アミンをア ンモニウムイオンとして取り込んだ場合,わずかながらメタロキャビタンドの 骨格に影響を及ぼし,銅(II)イオンに由来する吸収帯が変化すると考え,可視 紫外吸収スペクトル,円偏光二色性(CD)スペクトルにより変化を追跡した。
また,ESI-Massスペクトルを用いて溶液中における化学種の同定を行った。
なお,メタロキャビタンドとしては,1aを用いた。
まずは,溶液中におけるCuICuII3四核メタロキャビタンド構造の安定性を調 べるために,メタノール中における1aのESI-Massスペクトルを測定した(図 7)。主なシグナルはm/z=1026.9,1004.9,690.0 に見られ,それぞれ[[Cu4
(salpen)3]+Na]−,[[Cu(salpen)4 3]+H]−,[Cu(salpen)3 2]−に帰属されたこと
図 7 1a の ESI-Mass スペクトル。(a) 測定結果,(b-d) シミュレー ションパターン
から,溶液中では四核構造は保たれていることがわかる。また,吸収スペクト ルでは 611 nmにピークをもつ吸収帯が観測され,CDスペクトルでは 622 nm に負のピークをもつバンドが観測された(図 8)。
次に,アミンの認識挙動を調べるために,様々なアミン類を加えてスペクト ルの測定を行った。その結果を図 8 および表 3 に示す。1aに含まれているEt3N を 10 当量加えても,予想通り,吸収・CDスペクトルに変化は見られなかった。
1bに含まれているEt2MeNを加えると,わずかではあるが,スペクトルに変化 が見られた。8 種類のアミン類を用いて実験を行ったが,その中で最も顕著な 変化を示したものはMeNH2であった。1aの溶液にMeNH2を 10 当量加えると,
溶液の色は緑色から黄緑色へと変化し,吸収スペクトルでは短波長側へシフト し,592 nmにピークを示
す吸収帯が観測された。
CDスペクトルでも同様に 短波長へとシフトが見られ
図 8 1a(実線)および 1a に MeNH2を 加 え た 溶 液
(点線)の吸収(abs)
および CD スペクトル
図 9 1a に MeNH2を加えた溶液の ESI-Mass スペク トル。(a)測定結果,(b,c)シミュレーション パターン
15
た。吸収帯の大きなシフトが見られたため,得られた黄緑色溶液のESI-Massス ペクトルを測定したところ,m/z=1026.9,1036.0 に[[Cu(salpen)4 3]+Na]−お よび[[Cu(salpen)4 3]+MeNH3]−のシグナルが観測され,過剰のアミンを添加 しても構造は保たれていることを確認した(図 9)。
この結果より,CuICuII3四核メタロキャビタンドは,アミンをアンモニウム イオンとしてその空孔内に取り込み,その種類に応じて吸収帯がシフトし,色 が変化することがわかった。アミンのかさ高さとフェニル基の有無によって次 の四つに分類することができる。(1)最も長波長側に吸収帯を示すアミン類で 表 3 1a および 1a に各アミン類を 10 当量加えた溶液の吸収および CD スペクトルの
ピーク波長
lmax(abs)/nm lmax(CD)/nm
1a 611 622
1a+Et3N 611 622
1a+Et2MeN 610 622
1a+t-BuNH2 608 614
1a+ 607 616
1a+ 607 616
1a+ 606 612
1a+ 602 611
1a+ 601 614
1a+MeNH2 592 606
あり,三級アミンであるEt3NやEt2MeNがこれに相当する。(2) 5 nmほど短 波長シフトするアミン類であり,一級アミンであるがかさ高いtBuNH2および フェニル基を有するアミン類がこれに相当する。(3) 10 nmほど短波長シフト するアミン類であり,それほどかさ高くない一級アミンがこれに分類される。
(4)20 nmほど短波長シフトするアミンであり,ほとんど立体障害をもたない MeNH2がこれに分類される。おそらく,かさ高い三級アミンであるEt3Nに比 べてかさ高くないアミンは,メタロキャビタンドの空孔内の奥まで入り込んで 銅(II)イオンと相互作用するためにその吸収帯に影響を及ぼすためではないか と考えられる。また,アミンのフェニル基がメタロキャビタンドとπ…π相互 作用などによって近づきやすく,フェニル基の有無によって吸収帯の位置に影 響を及ぼすものと予想できる。現在,これらのアミンを添加した状態での結晶 化を試みており,それに成功すれば,アミン認識挙動についてさらに有益な知 見が得られると考えている。
また,CuICuII3四核メタロキャビタンドはキラルな左巻きらせん骨格を有し ているため,キラル選択的にアミン類を取り込む可能性がある。そこで,(R)-
(+)-1-phenylethylamineおよび(S)(−)- -1-phenylethylamineを添加して,吸収・
CDスペクトルを測定した。その結果,どちらの異性体を用いても測定結果は 全く同じであり(表 3),残念ながら,キラル選択性は見られなかった。
5.結語
本研究では,配位子の配位様式,配位方向を設計することにより, 壁 と 底 の両方に金属イオンを含むボウル型メタロキャビタンドを構築することに成功 した。銅(II)イオンと銅(I)イオンの配位環境も重要な要因となっている。すな わち,d9金属イオンである銅(II)イオンは,Jahn-Teller効果のために平面四配 位の配位環境をとりやすく,また,酸素や窒素などの硬い配位原子を好むのに
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対し,銅(I)イオンはd10金属イオンであるため,平面三配位や四面体型といっ た様々な配位環境をとることができるとともに,硫黄などの柔らかい配位原子 を好む傾向があるという異なる特徴がある。これらの金属イオンと多座配位子 をうまく組み合わせることによってメタロキャビタンドを設計・構築すること ができた。また,ほんのわずかな構造の違いによって,強磁性的/反強磁性的 相互作用が発現するという珍しい磁気的挙動を見出した。さらに,アミン類の 取り込みによって吸収・CDスペクトルが変化するという挙動も見出した。ア ミンの添加に伴って変化した吸収帯は,硫黄から銅への電荷移動吸収帯(S to
Cu CT)と帰属されるため,アミンの存在は銅イオンに対して何らかの影響を
及ぼしていると考えることができる。したがって,メタロキャビタンドの空孔 内に取り込まれるアンモニウムイオンの種類によって磁気的挙動を制御できる 可能性が残っている。今後は,この空孔の性質を活用して物性を制御するシス テムを作り上げることを目指していく予定である。
6.謝辞
本研究を遂行するにあたり,大阪大学大学院理学研究科化学専攻 今野巧教 授,同 西塔正幸氏,同 小寺俊太郎氏に大変お世話になった。この場を借り て感謝申し上げる。また,本研究はJSPS科研費(25600005)の助成を受けたも のである。
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