動脈硬化症に関する研究
第1報 血清脂質値と実験的粥状硬:化症
金沢大学医学部第二内科学教室(主任 村上元孝教授)
松 本 和 之
(昭和38年5月6日受付)
本論文の要旨は,昭和35年第2回日本老年医学会総会および 昭和36年第58回内科学会総会において発表した.
動脈硬化症は病変が多様,かつ慢性的であるため臨 床的に直接成因を解明し,予防・治療の効果を判定す ることは,はなはだ困難である.特に本症においては 生体動脈の直接観察はほとんど不能であり,適当な対 照群の確保にも問題がある.一般にある疾患を実験動 物に再現することは,その病態を熟知し,効果的な治 療法を発見する上に重要であることは言をまたない.
動脈硬化症の病因の追求も早くよりこの実験面に向け られていた.
今世紀の始め,既にJosu6(1903年)1)は家兎ヘア ドレナリン静注による動脈硬化の発生を報告した.し かしこれによる大動脈の硬化性病変は中膜の変化を主 とし,その変性壊死,カルシウム沈着をきたすもので 病理学的には一般にアドレナリン型硬化症と呼ばれて いる.そののち人の動脈硬化症と脂質およびコレステ ロールとの関係が解明されるにつれ実験的にもこの面 に関心が集まり,最初Ignatowsky(1909)2)が家兎 に卵,牛乳,肉を与え,内膜にアテローム型の病変を 起こすことに成功した.そのあとAnitschikow 3)の
基礎実験によりOhne Cholesterin kann keine Athe・rosclerose entstehenと結論され,以来卵黄,ラノリ ンなどのコレステロールに関連した物質の含量の大き い食品,または油脂類の飼育によってもアテローム硬 化を作りうることが明らかにされた.これ以後動脈硬 化症を対象とした病理解剖学的,生化学的研究には,
コレステロール飼育家兎によるこのコレステロール型 実験的動脈硬化症がひろく用いられ,多くの知見の開
発が行なわれて来た.近年脂質に関する生化学的分析法が進歩するにつ れ,血中各脂質はそれぞれ独立して存在するものでな
く,ほとんどが蛋白と結合した高分子物質すなわち 1ipoproteinとして存在し代謝されていることが明ら かとなった.この血清リボ蛋白と動脈硬化症の関係に ついて,各種の分析法が駆使され,血中10w density IiPoProteinがatherogenesisに深いつながりをもっ
こと4)5)が明らかにされた.
ところで実験的動脈硬化形成の途上において動物の 種族差によりその発現に難易があることは周知のこと である.すなわち各種の実験に際してニワトリ・家兎 では比較的容易にアテローム硬化を生じうるが,犬・
ラットでは困難であり,またニワトリにはしばしば動 脈硬化の自然発生をみるが,犬・家兎ではほとんど認 められない.また同一条件で飼養された同種の動物の 間にもしばしば硬化巣の発現の程度に大きな差のある ことが知られているが,その理由についてはまだ明ら かでなく,個体差という便利な言葉の蔭に隠されてし まっている.もちろんこれに関連した脂質代謝の面よ りの検討は皆無の現状である.著者は家兎を用いラノ リン負荷を主として実験的動脈硬化症を作成し,その 前後における脂質分画の変動から,脂質処理能力の面 と従来のいわゆる硬化発現の難易に関連した個体差に ついて若干検討し,2,3知見を得たので報告する.
実 験 方 法 1.血清各脂質分画の測定
βリボ蛋白はDextran sulfate法4),総:コレステロ ールはZak−Henly法6),総脂酸はアルカリ滴定法,
燐脂質はZilversmit 7)法に若干改良を加えた方法,
中性脂肪はHande1&Zilversmit法8),遊離脂酸は
Dole法9)でそれぞれ測定した.Studies on Atherosclerosis.1. Serum Lipids Levels and Experimental Atherosclerosis Kazu・
yuki Matsumoto, Department of Internal Medicine(II)(Director:Prof, M. Murakami)
School of Medicine, University of Kanazawa.
2.研究対象 1)正常家兎
体重2〜3kgの白色成熟雄性家兎を用い,実験基本 食としてオリエンタル固形餌料RC5を1日200g投
与した.その組成は100g中,水分7.0,粗蛋白質
21.5,粗脂肪4.8,粗灰分6.7,粗繊維11.5,可溶性無病縞物48・5である.この固形食のみ投与したものを無
処置対照群とした.Term of Feeding No・
鋤 〃〃〃〃〃〃〃 1234567890 1
mean
Control 11
〃 12 〃 13 〃 14
mean
β一1ipo.
mg%
B
一5080086058 一2一12 35318 1
1
A
771
1702
651425 595 1397 2100
13022860 5000 49.o11680.3 1
nO直りり召0 7
KU34
−匠りnO9μ
QUQU90063
Cholesterol
mg%
B
23
19
20 42 33 24 39 277 60 11 54.808040
00り召400
32
A
269 732 265 339 348
506 900573
1020 1938689.0
7■謀りρUgU ビリリ召QU4
40
Phospllolipid
mg%
1
B 6一288559264 5826213152
A
183
294
198334 228 239 402 303 395 448 68.51302.4 [ 04﹂仙RUnO
1001145 84 86
79 226
119。TFA mg%
B
103 57
40
178 11043
86 2正5 17844 105.4
69
56 133 89 87A
258 602 377
500270 418 925 497 220
1800586.7
95 145 105 109 113
mg%
NF 1B 17406979802152421136
42.1
﹂饅40U9召 9Uり召9召4
31
A
202
71
70 220 460 60 620 162 840 1850455.5
40U−﹂任00玉ビUKU
38
Scl.
十十十十十朴什什珊柵
Term of Feeding No・
脚
〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃 〃5678901234511111222222
mean Contro1
〃 〃 〃 〃ハ07・8QUO Ω乙29召0乙00
mean
β一lipo.
mg%
B 76684910500771623131
32.4
0071Qu7置0014001
7
A241957 7513 25305208176
1
160
Ω49召700qU OO−り召20乙
28 24
Cholesterol
mg%
B
4644885工349 24111521311
25.1
9Uワ804nO
9召11001黒
20
00
響五A2041568362721652742215
74.0
10404護り4
111 0413.6
Phospholipid mg%
1 11 B 8629258847842439117182
1
9召 111111
A3466278218909620220978
8・・61118・7
101
87 70 89 85102 105 100 86 94
TFA
mg%
B 2095095179375346778743 1 1 11 1■葡
A1166100523275683569656
mg% NF B
lA75 4432441
9【522582399647 67531885903674364223
Scl.
十土
6…11・7・9136・7145・81
86
OnO19βΩ4ビOPOOOnO3
97・6146
024QU4
ワ.﹃0﹂49り4
50
nOQU8﹂400 Qリ001009召
30
008810U
nOΩ41﹂040◎
27
B:Before A:After
2)ラノリン投与家兎
上記の基本食に局方脱水ラノリンを15%の割合に添 加したものを同量投与した.
両群とも実験には耳翼中心動脈より採血し,一部は 3週間後に,一部は3カ月後に頸動脈より全採血し剖 検に供した. ・
3カ月ラノリン投与群は10例,同対照群4例,3週 間ラノリン投与群は11例,同対照群5例計30例を用い
て実験を行なった.実 験成績
各群の家兎の実験前後の各血中脂質分画の変動およ り び大動脈壁における変化は,表1に示したごとくであ る.大動脈のアテローム硬化の程度はその進展範囲と 硬化度により,軽度(+),中等度く替),高度(柵)
の3段階に分類した.
3カ月固形食のみ投与した対照群では前後の血清各 脂質分画に著明な差を認めなかったが,ラノリン投与 群ではβリボ蛋白は平均49mg%から1680mg%へ,
コレステロールは平均55mg%から689 mg%へ,
燐…脂質は平均69mg%から302mg%へ,総脂酸は 105mg%から587mg%へ,中性脂肪は42mg%か ら455mg%へと各脂質分画とも著しい上昇を示し た,3カ月ラノリン投与群の大動脈壁には全例肉眼的 アテローム硬化の発現が観察されたが,対照群では硬 化の発現はまったく認められなかった.
3週聞固形食のみ投与した対照群では前後の血清各 脂質分画にいずれも著差を認めなかった.3週間ラノ リン負荷群ではβリボ蛋白は32mg%から160mg%
へ,コレステロールは25mg%から74mg%へ,燐 脂質は81mg%から119mg%へ,総脂酸は60mg%
から108mg%へ,中性脂肪は37mg%から46mg%
へと軽度の上昇を示した.3週間投与後の大動脈壁の 変化をみると,血清βリポ蛋白値の高値を示した1例
(77mg%→722mg%)にアテローム硬化の発現がみら
れた,
とくにアテローム硬化とβリボ蛋白値の関係をみる と図1のごとく,両者はほぼ平行しており,硬化のは なはだしい例では実験開始前にすでにβリボ蛋白高値 を示す傾向が認められ,これらはラノリンを負荷した 場合,動脈硬化発現が早期かつ高度であり,始めより 低山のもの,とくにa−beta−1ipoproteinemiaともいう べきカテゴリーにはいるものは,動脈硬化発現の程度 がはるかに弱かった.また他の脂質分画の上昇の程度 も,最初βリボ蛋白値の低いものは小さく,高いもの は大きい傾向がみられた.また実験後血清βリボ蛋白
実験前βリボ蛋白値
Fig・1実験前血清βリポ蛋白値と硬化度
㎎%伽
100
50
0
●●●●● ●
●
●
●
●
Fig・2
㎎
5000
轟 監 秀
某4… 書
値
5000
2000
、ooo
0
十
琳 硬化度
実験後血清βリボ蛋白値と硬化度
●
●●●● ●●
●
●
●
十
珊 硬化慶
値の高値を示すものに大動脈病変も高度となるごとき 傾向がみられた(図2).
なお一部のニワトリおよびラットについてその血中 βリボ蛋白値を測定したところ,ニワトリは4例平均 404mg%(236,345,470,565mg%),ラットは23例 う
平均18・0±13・1mg%(S.D.)であった.考
按
脂質負荷による実験的動脈硬化症に関する業蹟は古 くより数多く,枚挙にいとまがないが,以下著者の成 績と関連した面から考按を加えてみる.脂質と硬化発
現に関しては,相関を認める傾向のもの10)11)12),認めないとするもの13)14)15)16)17)があるが,個々の例につい て詳細に検討を加えたものは必ずしも多くない.
Libertら10)は家兎およびラットで,コレステロール と各種の脂肪などを組み合わせて実験的動脈硬化症の 作成に成功しているが,その際リボ蛋白を含む各種血 清脂質分画を測定し,家兎においてもラットにおいて も血清脂質値とアテローム硬化の程度との間にはつき り乏関係のあることが認められている.
Pageら18), Bollmanら蔑9)は,正常家兎においては
血中燐脂質値はコレステロール値より常にいくぶん高 く,これに反してコレステロール飼育家兎ではアテロ ーム硬化を伴うようになるとこの関係は反対になって 血中コレステロール値が燐脂質値よりかなり高くなる ことを認めている.著者の成績ではC/P比はβ門下
ド群で平均0.β0より2.28へ(対照0.71→0.34),3週間群で平均0.31より0.62へ(対照0.23→0.14)と変化
し,3週間群のうちでもはっきり硬化を認めた重例で は0・50より1.58へとこの報告に合致している.また一 方コレステロール飼育家兎に表面活性剤を静注した場 合,燐脂質の上昇が著明で,その高脂血症にもかかわ
らず,アテローム硬化が軽度であったとの報告20)21)がある.その他にもコレステロール飼育家兎にその高コ レステロール血症を増強しながら一方大動脈の病変を 抑制するように働くような減作が2,3存在すること
が明らかにされ22)23),アテローム硬化症の成立についてもただ単に血中のコレステロールないし脂質の量と いう概念から進展して,血中各脂質の物理化学的性状 や相互関係といった質的な面にも関心が向けられて来 ている.そして血中各脂質分画の存在様式についても 新しい分析法から種々考察が加えられて来ている。
Gofmanら12)は血中リボ蛋白のある分画の濃度がアテ ローム硬化症の発生に一つの役割を演じている可能性、
を予想し,超遠心法を用いて血液脂質をHoatation rateにしたがってSf単位で分画定量し,動脈硬化症
との関係を追求してSf 5−10のリボ蛋白分画が種々 の濃度であらゆる正常家兎に存すること,コレステロ ール飼養により,まずこれらの分画が増加,次いで Sf工0−30の分画が増加することを明らかにレてい
る.そして15週飼養後の兎の剖検所見と対比検討し,
アテローム硬化の程度が強い程Sf 10−30分画の最 終濃度も高く(1000〜2000mg%),反対にこの分画の 二値のものでは(200mg%以下)ほとんどあるいは 全く肉眼的アテローム硬化層を認めることができなか ったとしている.この所見はDextran sulfate法を用 いた著者の成績ともよく一致している.ただし実験開 始前のリポ蛋白値を基とした,硬化発現との結びつき については考察はなされていない.著者はこの実験的 動脈硬化症の成績から,硬化を起こしやすい例では,
各種条件負荷前にすでに血中βリポ蛋白の高値のもの が多く,これに反し,脂質負荷前にβリボ蛋白のほと んどないものやきわめて三値のものでは動脈硬化の発 現しにくい傾向があり,動脈硬化の発現にはβリポ蛋 白を中心とした脂質代謝に関する素因が重要であると
の成績を得た,Katz 24)はラットに比し家兎にアテローム硬化を発 生しやすいことを指摘しているが,Constantinides 25)はこの理由は家兎ではラットに比しmast cellの 二二が若く,かつその数も少なくヘパリン分泌能が劣
るためであると説明し,Marx 26).も同様の報告を行なっており,リボ蛋白の処理に関係した清浄因子系列に 動物の種属によるかなりの差のあることが考えられ る.実験的に動脈硬化を起こしやすく,し回しば自然 にも動脈硬化を起こすといわれているニワトリでは特 別な条件を負荷しないでもその血中βリボ蛋白値が 200〜600mg%ときわめて高く,ラノリン投与のみで は動脈硬化を起こしにくいラットでは10〜30mg%と 非常に低い値を示し,草食家兎では特別な飼育条件を 負荷しないで100mg%以上に及ぶものから,ほとん ど認められないものまでかなり幅広いβリボ蛋白値の 開きが認められる.Dextfaロsulfate法でβリボ蛋白 の認められないものは25%,抗β血清によるOuchter・
10ny法で19%で,実験に用いられる家兎の中には脂 質負荷実験を行なう前にすでに脂質代謝面にかなりひ ずみをもったものがあり,こういったひずみが個体差 として従来の成績の中で表現されて来た,硬化発生を 左右する一つの因子と考えられる.動脈硬化の発症
は,もちろん脂質代謝異常のみに基づくものではな
く,多くの因子が関与しているが,少なくともアテロ
ーム形成のような脂質の修飾を主体としたものは10w
density lipopfoteinなどを中心とした脂質代謝異常の
可能性はきわめて大きい.
結 語
家兎においてラノリン飼育により実験的動脈硬化症 を作製し,硬化発現の難易に関連した個体差について 脂質代謝面から考察を加え次の結果を得た.
1.硬化を起こしやすい例では各種条件負荷前すで に血中βリボ蛋白の高値を示すものが多かった.
2.脂質負荷前βリボ蛋白低値のもの,とくにβリボ 蛋白の認められないa・beta・1ipoproteinemiaともいう べき例では動脈硬化が発現しにくかった.
3,従来個体差として一括表現されて来た動脈硬化 発現の強弱にはβリポ蛋白代謝に関する素因が重要な
役割.を演じているものと考えられる.終わりに御懇切なる御指導・御校閲を賜わった恩師村上教授に.
深く謝意を表わし,あわせて日夜直接御激励・御指導をいただい た関本博士に深謝するとともに,御協力・御援助下さった竹中,
小村,藤田.安田,品川博士ならびに辰口,益田,元田,池島,
山田諸学土に厚く感謝します・
文 献
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23)Adlersberg, D.,
Wang, C.1.=Science
24)Kat沼, L. N.3Cir・
25)Constantinidρ8,
26) 蔦蛋arx,
Abstract
Experimental atherQsclerQsis was produced in rabbits by lanolin feeding, and the author studied frorロthe viewpoint of Iipid metabolism in connection with the individual difference
in the ease with whiεh to produce atherosclerosis. The following semm lipids were deter−mined before and after the experiments:β.lipoprotein, cholesterol, phospholipid, non・esteri・
fied fatty acid, total fatty acid and neutral fat, and they were compared with the degree of atherosclerosis in the rabbits. The e翠peri恥ents brought about the following results.
1.The rabbits which were easy to produce atherosclerosis abounded in those proved high serumβ一1ipoprotein levels before the experimental procedure.
2.It was difficult to produce atherosclerosis by the cases which proved low〆94ipoprotein levels, especia11y、 noβ一1ipoprotein that m三ght be included as a・beta−lipoproteinemia before the procedure.
3.Inferences were drawn from the experiments that the disposition concerningβ・1ipopro・
teln metabolism played an important role with regard to inequality on the occasion of ex−