シャクシ・女・魂 : 日本におけるシャクシにまつ わる民間信仰
著者 王 秀文
会議概要(会議名, 開催地, 会期, 主催 者等)
会議名: 日文研フォーラム, 開催地: 国際交流基金 京都支部, 会期: 1996年10月1日, 主催者: 国際日 本文化研究センター
ページ 1‑38
発行年 1997‑02‑15 その他の言語のタイ
トル
Shakushi rice scoop・woman・soul : Shakushi in Japanese folk beliefs
シリーズ 日文研フォーラム ; 89
URL http://doi.org/10.15055/00005710
第89回 日 文 研 フ ォ ー ラ ム
■
シ ャ ク シ ・女 ・魂
一 日本 に お け る シ ャク シに ま つ わ る民 間信 仰 一
ShakushiRiceScoop・Woman・Soul:
ShakushiinJapaneseFolkBeliefs
■
王 秀文
WangXiu‑wen
国 際 日本 文 化 研 究 セ ン タ ー
日文研フォーラムは︑国際日本文化研究センターの創設にあたり︑
一九八七年に開設された事業の一つであります︒その主な目的は海外
の日本研究者と日本の研究者との交流を促進することにあります︒
研究という人間の営みは︑フォーマルな活動のみで成り立っている
わけではなく︑たまたま顔を出した会や︑お茶を飲みながらの議論や
情報交換などが貴重な契機になることがしばしばあります︒このフォー
ラムはそのような契機を生み出すことを願い︑様々な研究者が自由な
テーマで話が出来るように︑文字どおりインフォーマルな﹁広場﹂を
提供しようとするものです︒
このフォーラムの報告書の公刊を機として︑皆様の日文研フォーラ
ムへのご理解が深まりますことを祈念いたしております︒
国際日本文化研究センター
所長河合隼雄
7
● テ ー マ ●
シ ャ ク シ ・女 ・魂
一 日本 に お け る シ ャ ク シ に ま つ わ る 民 間 信 仰 一
ShakushiRiceScoop・Woman・Sou1:
ShakushiinJapaneseFolkBeliefs
● 発 表 者 ●
王 秀 文
WangXiu‑wen
東 北 民 族 学 院 助 教 授 Asslst.Prof.,NationalitlesCollegeofNortheast,China
国 際 日 本 文 化 研 究 セ ン タ ー 客 員 助 教 授 VisltlngAssoc.Prof.,Int'lResearchCenterforJapaneseStudies
1996年10月1日(火)
発表者紹介
王 秀 文
WangXiu‑wen
東 北 民 族 学 院 助 教 授 Assist.Prof.,NationalitiesCollegeofNortheast,China
国 際 日 本 文 化 研 究 セ ン タ ー 客 員 助 教 授 VisitingAssoc.Prof.,Int'lResearchCenterforJapaneseStudies
1951年 中 国 吉林 省 白城 市 に生 ま れ る。1976年 吉 林 大学 外 国語 言 文 学 系 卒 業 。 ユ977年吉 林 大学 外 国語 言 文 学 系 助 教 。1981年10月 か ら一 年 間 、 北 海 道 大 学 言 語 文化 部 日本語 ・日本 文 化 コー ス修 了 。1985年 吉 林 大 学 国 語 言 文 学 系 講 師。1987年 か ら遼 寧 師範 大 学 外 語 系 講 師、 副 教 授 、 副 主 任 、 遼 寧 師 範 大 学 日本 教 育 文 化研 究 所 所 長 な ど歴 任 。1988年9月 か ら三 カ 月 と1994年8月 か ら 一 年 間、 北 海道 大 学 客 座 研 究 員 。1995年8月 か ら、 東 北 民 族 学 院 日本 研 究 所 所 長 、助 教授 、基 礎 部 副 主 任 、 中華 日本 学 会 理事 。1996年3月 か ら一 年 間 、 国 際 日本 文 化研 究 セ ン ター客 員 助 教 授 と して 来 日 。 専 門 は 日 本 言 語 学 ・比 較 文 化 。
主 な著 書:
『武 蔵 野夫 人』(訳 書)(吉 林 人 民 出版 社 、1986年)
『現 代 日本 語 要説 』(吉 林 教 育 出版 社 、1987年)
『日本学 辞 典 』(編 集 委 員)(吉 林 教 育 出版 社 、1990年)
『日本語 言 与社 会 文化 』(大 連 海 運 学 院 出版 社 、1993年)
『現 代 日語 閲読 教 程 』1・H・ 皿 ・IV(高 等 教 育 出 版社 、!994〜1995年)
『標 準 日本語 語 彙 例 解 』(人 民 教 育 出版 社 、1994年)
『日漢双 解辞 典 』(編 集 委 員)(吉 林 教 育 出版 社 、1996年)
論 文=
「敬 語 よ くた ば れ 一 一 外 国 人 に よ る体 験 的 日本 文 化論 」
(日 本 国 際 交 流 基 金 創 立10周 年 入 賞 論 文 、1992年)
「従 外 来 語 看 日本 吸収 外 来 文 化 的 特 徴 」
(吉 林 大 学 『社 会科 学 学 報 』2期 、1987年)
「日本 氏 姓 制 度 的演 変 及 其 待 徴 」
(中 国 社 会 科 学 院 『日本 学 刊 』4期、1993年)
「論 日語 敬語 的成 立 条 件 及 其 功 能 」
(今 日中 国 出 版 社 『日本 学 研 究3』1994年 所 収)
「『うっ ぼ』 の世 界 一 ひ ょう たん の シ ンボ リズ ム に つ い て の考 察」
(日本 『北 方 文 芸 』1月号 、1996年)
一︑シャクシのくぼみlIはじめに
シャクシという用具は︑手細工のきわめて簡単なものでありながら︑日常生活
のなかでは欠くことができないものである︒この用具がいつごろ日本に現れたの
かは︑すでに考察不可能に近いが︑九州地方では今でも﹁カイ﹂(例えば︑﹁飯貝﹂)
ユ といっていることから見て︑貝殻の自然のくぼみをシャクシに利用した時代があっ
たことが分かるし︑また北海道小樽市から東北地方の大部︑新潟県︑八丈島︑東
京都御蔵島など広い地域にわたっで︑ヘラという呼び名も残っていて︑平らなヘ
ラ状の木をくりぬいたものが古くから用いられていたことも分かる︒長い歴史の
なかで︑生活用具の移り変わりの激しい時代を迎えたシャクシは︑種類もそのす
くう対象の違いによって︑汁用︑飯用︑穴シャクシ︑網シャクシなどに分かれ︑
形態もそれに伴っていろいろと変わってきた︒しかし︑﹁杓子面﹂︑﹁杓子定規﹂な
どの言葉が示しているように︑昔ながらの面影はまだ十分うかがわれるし︑また
残ってもいるのだ︒そういえば︑飯を盛り付けるためのいまのシャモジは平たい
ものではないかという疑問が出るかもしれないが︑柳田国男氏によると︑昔ふう
のものは背に丸味を持ち︑内側が少しくぼんでいたが︑ご飯がかたくなってくぼ
みを必要としなくなったのだという︒それでも︑そこにくぼみがあるという感覚
で︑円形ないし卵形を漆塗りにしたこともあるの
ヨ だそうだ︒このくぼみのあるのが日本のシャクシ
の本来の形態であり︑またシャクシに潜められ
たシンボリズムの源泉でもある︒(図1)
二︑主婦権のシンボルとしてのシャクシ
シャクシが食物をすくう用具として生まれ︑ま
た使用されてきたことは言うまでもないが︑それ
が食物分配権さらに主婦権のシンボルとされてき
たのは日本独自の伝統であると思う︒
日本の主婦は﹁シャクシ取り﹂また﹁ヘラ取り﹂
とも呼ばれている所があるように︑主婦とシャク
シとのつながりが特に強く︑今日の﹁主婦連﹂の象
徴であるシャモジも︑このシャクシにつながって
いるであろう︒いまでも日本では︑食事のときシャ
クシを握り︑家族に飯を盛りつけるのは主婦の役
図1ヒ ョウ タ ン(杓 子) 弥生時代後期 日高遺跡 出土 群馬県埋蔵文化財調査事業団蔵
目であり︑権限でもあった︒したがって嫁といえども︑主婦権がゆずり渡されな
いうちは︑シャクシを握ることは許されなかった︒以前は姑のいる家へ嫁入りし
た場合︑すぐに主婦などになれるものではなかった︒嫁入りの式は主婦候補者と
しての就任式なのであり︑主婦としての訓練をうけて︑一人前の主婦となるまで
には︑かなり永い期間が必要であった︒大藤ゆき氏によれば︑姑から見て︑嫁に
子供ができ︑十年も二十年も経過し︑家計をまかせてももう大丈夫と判断したと
き︑はじめて主婦権を譲り渡した例があるが︑一般には死にゆずりが多く︑鎌倉
じゅうに市十二所でも︑現在七十代以上の主婦はほとんど死にゆずりだという︒だから姑
がシャクシを握っている間は︑嫁は五十になっても六十になっても嫁さんで︑﹁あ
そこの嫁さんは﹂とよばれるという︒
主婦権の譲渡はふつう﹁シャヤクシ渡し﹂︑﹁シャクシを譲る﹂とよばれるが︑
﹁ヘラ渡し﹂とか﹁イギヤ渡し﹂など︑地方によってさまざまな呼び方がある︒こ
の主婦権つまりシャクシを手渡しする式は︑大晦日の晩に行なわれることが多い
という︒例えば飛騨の丹生川村では︑主婦であるカカサが年老いて︑もうそろそ
ろ気楽に余生を送ろうと決心すると︑その年の除夜︑家族一同がそろって年とり
の膳部に向かったときを見計らって嫁に向かい︑﹁あね︑みんなの御飯盛らっしゃ
い﹂と言う︒岩手県遠野地方では︑姑が鍋の蓋に大小二本のヘラを並べて持ち出
し︑その大きな方で炉の鈎端をたたいてから︑それを鍋の上に置いて両手で嫁の
ア 方へ押しやると言う︒これが﹁シャクシ渡し﹂の作法の一種であり︑姑が嫁に主
婦権を譲り渡したことの宣言である︒
この主婦権の譲渡ということは︑女の一生にとって重大な転⁝機である︒シャク
シを譲った姑はもはや家族の一員にすぎず︑嫁の囲炉裏での座席は︑この日から
末座のキジリ(木尻)からカカザ(嬶座)に昇進し︑同時に寝室も舅姑のへやを
譲られるのが普通である︒彼女はこの日以後︑家族からも村人からも﹁主婦﹂の
名をもって呼ばれ︑またこのとき初めて生家から彼女の荷物が運び込まれたり︑
穀物倉や土蔵の鍵が彼女の自由になるという例も多い︒しかし彼女が負わされる
主婦の責任なるものも︑決して容易なものではない︒日々の献立や一年を通じて
の主食副食物のあんばいはもとより︑家をめぐる村づきあい・近所づきあい.親
戚づきあい・先祖祀り・冠婚葬祭・年中行事・講ごとなどと︑全生活の多様な仕
事もまた︑主婦のシャクシによってさばかれ︑まさに家政の名にふさわしい女の
一生の大事業なのである︒
主婦権または主婦権の譲渡式に類したものは中国やヨーロッパにもあるが︑し
かし︑そのシンボルはシャクシではなく鍵である︒もっとも︑食物を盛り付けた
り運んだりする仕事も主婦に限ったことではないから︑シャクシが主婦権のシン
ダイヤオシ ダボルになるはずもないであろう︒中国では︑昔から主婦は﹁帯鏑匙的﹂(鍵を持っ
ている人)とも呼ばれているように︑﹁鍵﹂が主婦の地位を象徴してきた︒その鍵
とは倉や金箱や箪笥などの鍵であって︑鍵を持つことは家事(家政︑家務)を掌る
ダンチアダことで︑重要な存在である︒家長である夫が﹁当家的﹂とよばれるほど一家のボ
スであるが︑しかし日常家事や金銭の出し入れなどに関しては︑鍵を持つている
妻(主婦)の顔をうかがわなければならない場合が多い︒古来︑中国でも妻たる
ものが︑同時に主婦の地位を得るとは限らない︒夫の家に主婦のない場合は︑新
婦は主婦となり自ら鍵を預かることにもなれるが︑大家族の場合には姑や嫂(夫
の兄の嫁)が主婦である︑そして︑鍵を渡すことは家事を渡すことで︑いつ嫁に
鍵を渡すかはその姑の自由である︒いつ嫁に鍵を渡してもいいし︑いつまでも渡
さなくても︑社会的に非難されることはない︒しかし︑いったん鍵を嫁に渡した
姑は︑金箱ももちろん引渡し︑日常家事についての指図もしなくなる︒したがっ
て︑家長である夫が死んで四十歳ぐらいの子があっても︑鍵を嫁に渡さず自ら家
長の責務と家事を一身にする主婦の例が必ずしも少なくはな哩︒
ヨーロッパでも古くから鍵を主婦権のシンボルとしてきた︒石田英一郎氏によ
れば︑ヨーロッパ人の問では︑新婦は鍵を与えられ︑離婚された女は鍵の返還が
要求されるのであった︒夫が死んだとき︑妻が鍵をその屍の上に置くと︑それは
夫の遺産に対する権利の放棄を意味し︑またそれに関する義務からも解放された
ことになるという︒鍵は夫に従属する妻のシンボルであって︑主婦の地位の高さ
を示すものではなかった︒ロシアの古代法では︑ある人間の身に鍵を結びつける
ことは︑彼を奴隷とすることであった︒奴隷は︑主人の権力の下にはいると︑主
人のとびらに鍵をかける役目を負わなければならない︒チエーホフの﹃桜の園﹄
でも︑女地主の養女ワーリャはいつも腰に鍵束をさげているのであるが︑桜の園
が売られたと聞いたとたん︑腰から鍵をとりはずし客間の床に投げつけて去った︒
すると︑桜の園の買主で︑かつては農奴の子であったロバーヒンは﹁あの人は鍵
を投げつけて行きましたな︑もうここの主婦ではないというわけなのですな﹂と
いい︑拾った鍵を鳴らした︒有名なグリムなども︑﹁主婦が鍵を身のまわりにつけ
ゆ るヨーロッパの風習は︑夫への隷属を意味したものかもしれない﹂と述べている︒
また︑マルタ︑ノートブルガおよびジータといった聖人は鍵束を携えているが︑
け かれらは家政婦と奉公人の守護聖人なのであった︒
シャクシにしろ鍵にしろ︑ともに主婦権のシンボルであることには変わりがな
いが︑しかしそれをめぐる内容には雲泥の差がある︒日本でも中国でも家長は男
性たる夫であることには変わりがないが︑しかし日本の場合は︑主婦のことを︑
北陸.東北地方でエヌシ︑越後でイノシ︑信州でオエヌシ︑九州南部から沖縄諸
島にかけてはイエトウジ(﹁トウジー1刀自﹂は﹁頭﹂の意味)ともいうように︑﹁家主﹂
の を意味することばで呼ばれているのを見れば︑シャクシを持つ主婦が奴隷どころ
か︑その権能が想像以上に強かった時代の記憶が呼び起こされ︑ある種の神秘感
を持たざるを得ないのである︒もっとも︑狂言﹃花子﹄において初出とされる
﹁山の神﹂ということばが妻を指すように︑妻は︑日本では古くから強い存在でも
あった︒妻を意味する山の神との関係から考えてみると︑シャクシにはもっと厳
粛な意味が含まれているかもしれない︒
三︑山の神とシャクシ
そもそも主婦に喩えられている山の神とは何であろうか︒いろいろな民俗資料
によると︑山の神は︑日本の民間信仰においてほぼ全国的に伝承されている守護
神である︒里との間を往復し︑春になると里に降りてきて田の神となって稲の成